novela 【裏切り者】エントリー作品− 

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  ACT.2  友愛 2-3  

 美奈子は一人、街を歩いていた。週末の今日は、飲み会が多くあるらしくどの店も同じように混んでいる。人がたくさんいて、うるさいくらいだ。
 それなのに、いや、だからこそ余計に孤独を感じるのかもしれない。
 彼らは楽しそうに笑っているのに、自分はこんなにも泣き出しそうだ。
 胸が苦しい。息ができない。
 頭の中に浮かぶのは、もう戻っては来ない彼の変わらない笑顔。
 こんなにも鮮やかに思い出せるのに、もうその温もりを感じることも、手を握ることも、抱きしめることもできない。
「……っ」
 溢れてきた涙を必死に抑える。こんなところで泣いたって、どうにもならない。
 早く家に帰って、熱いお風呂にでも入って、寝よう。
「美奈子さん?」
 突然声をかけられ、美奈子は驚いて顔を上げた。
「やっぱり。偶然ですね」
 そこにいたのは、忠和だった。
「後藤さん……」
「どうかされたんですか?」
 すぐに心配される。自分はそんなに酷い顔をしているのかと改めて気づいた。
「あ、いえ……」
「そうですか?」
 納得しない顔をした忠和だったが、すぐに笑顔に切り替わる。
「そうだ。美奈子さん、お時間大丈夫ですか?」
「ええ……」
 頷くと、忠和の優しい笑顔が更に緩んだ。

 二人がやって来たのは、韓国料理屋だった。忠和は仕事終わりだったようで、これから食事をするとのことだった。
「すみません。食事に付き合わせてしまって……」
「いえ」
 向かい合って座ると、忠和の顔がよく見えた。相変わらず柔らかい笑顔だ。
「ここのキムチ鍋、そんなに辛くなくて美味しいんですよ」
「そうなんですか?」
 忠和の笑顔につられて、自然と笑顔が零れる。
 たわいもない会話をしていると、鍋が運ばれて来た。ぐつぐつとよく煮えている。
「本当に美味しそう」
「早速いただきましょう」
 忠和はそう言って、お皿に取り分けてくれた。
「ありがとうございます」
 美奈子はお皿を受け取ると、よく煮えた野菜を口に運ぶ。
「本当に美味しいです」
「良かった。どんどん食べてください」
 忠和に進められ、美奈子の食も進んだ。さっき少し食べてはいたものの、暖かい料理が胃の中に入ると、何だかホッとする。
「そう言えば今日は秘書さんいらっしゃらないんですか?」
 いつも後ろに付き添っているイメージがあったのに、今日はいない。
「あぁ。斎木には別の仕事をさせているので。今日は私一人で取引先に行っていたんです」
「そうだったんですか」
 秘書とはまともに会話をしたことがないが、斎木という名前だと言う事は知っている。彼は寡黙で何を考えているのかその表情を読むことすらできないほどのクールな人だ。忠和とは対極にいる感じがする。
「それより、もう落ち着きましたか? 光俊のこと……」
 気遣う声に我に返った。
「そう……ですね。やっぱり実感がないです。未だに……帰ってくるような気がして……」
「私もです。こればっかりは時間が解決してくれるのを、ただ待つしかないみたいですね」
 忠和はそう言って苦笑する。美奈子も頷いた。
 この人にだけは、素直でいられる自分がいる。不思議だった。それは同じように大切な人を亡くした者同士の、妙な繋がりのせいかもしれない。
「今日はお一人だったんですか?」
 忠和は聞くのを躊躇いながら、訊ねた。
「いえ。本当は……友人達との飲み会があったんです」
 その言葉に忠和は驚いた。
「え? 大丈夫なんですか? 戻らなくて……」
 美奈子は苦笑して頷く。
「逃げて来たんです。私」
「え?」
 言葉の意味が分からず、忠和は聞き返した。
「光くんが亡くなったこと、知っている仲間だったんですけど。途中で思い出してしまって……。何だか胸が苦しくなって……。逃げるように店を出て来たんです。みんなに心配かけたくなくて。でも余計に心配をかけてしまって……」
 別れ際の知華達の顔を思い出す。口ではああ言ってくれたけど、やはり心配していた。
「大丈夫ですよ」
「え?」
 忠和の意外な言葉に、美奈子は俯いていた顔を上げた。
「だって、仲間、なんでしょう? 美奈子さんのことを、きっと私よりよく知っている仲間でしょうし。心配するのは、大事に思われてるからですよ」
 その言葉が暖かくて、胸の奥でつかえていた物が取れたような気がした。
 そうだ。そんなことくらいで友達を辞めるなんて言い出すような人たちではない。
「逃げたくなる気持ちもよく分かります。それもよく分かっているからこそ、何も言わずに送り出したんじゃないんですか?」
 確かにあんな分かりやすい嘘、見抜けないはずはない。きっと気持ちを汲んでくれたのだ。
「ええ。そうだと思います」
 そう言うと、忠和は優しい笑顔を見せた。
「なら大丈夫ですよ」
 その笑顔と言葉が、心の奥に染み渡る。何故か忠和が言うと本当に大丈夫だと思える。
「はい」
 美奈子は笑顔で頷いた。

「すみません。またご馳走になってしまって……」
 店を出ると、美奈子は謝った。
「何言ってるんですか。私が誘ったんですから」
 そう言って忠和は笑う。
「何かいつもご馳走になって……。ありがとうございます」
 お礼を言うと、忠和は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「こちらこそありがとうございます。また是非お食事しましょう」
「はい」
 二人は広い車道がある道へと出た。
「この後どうされますか? タクシーで帰ります?」
 忠和に聞かれ、美奈子は頷いた。
「ええ。そうですね」
「タクシーを拾えるところまで行きましょうか」
「はい」
 二人はタクシーの停留所になっている場所まで歩くことにした。

「あーあ。せっかくの飲み会だったのにな……」
 慶一郎は間延びした声で愚痴を言う。
 三人はコースを楽しみ、先ほど店を出て来たばかりだ。
「お前が言うな」
 諒介にツッコまれるが、物ともしない。
「で? この後どうすんの? カラオケでも行く?」
 知華が次のプランを提案すると、慶一郎は嬉しそうに挙手した。
「はーい! カラオケでいいでーす」
「切り替え早いな」
 諒介は呆れて慶一郎を見やる。マイペースにも程がある。
「この辺でカラオケ屋って……国道沿いにあったっけ?」
「そうだな」
 知華に聞かれ、諒介は頷いた。一番近いのはそこだが、週末なので混んでいそうだなと内心思った。
「じゃあとりあえずそこ行ってみようか」
「らじゃー」
 知華の提案に、慶一郎は楽しそうに歩き始めた。
「あれ?」
 ふと諒介の視界に入った人物に驚く。
「江藤じゃね?」
 諒介が指を指した方向を二人が見やった。
「ホントだ」
「誰だよ、あれ」
 確かに美奈子がいた。それはまだいいとして、隣に誰かいる。慶一郎は瞬間不機嫌になる。
「何で……帰るって言ったじゃん」
 静かな怒りを宿したような言い方をする慶一郎を知華がなだめる。
「途中で知り合いに会ったのよ。きっと」
「それにしたって……あんな顔してたのに……」
 泣き出しそうな顔で店を出た美奈子は笑顔になっていた。
 慶一郎の胸の中で沸々と何とも言い難い気持ちが沸き上がってくる。
「あ、村西! どこ行くの?」
 突然歩く速度が上がった慶一郎を呼び止めるが、聞く耳を持っていない。慶一郎はどんどんと美奈子に近づいていく。
 知華と諒介はお互いに顔を見合わせ、すぐに慶一郎を追った。
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