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novela 【裏切り者】エントリー作品− 

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  ACT.1  壊頽(かいたい) 1-1  

 八月ももうすぐ終わろうかと言うある日。美奈子はいつものようにオフィスで仕事をしていた。大学を卒業後に就職した会社はそう大きくはなく、社内もアットホームで温かい雰囲気がある。そんな会社に就職できたのは、本当にラッキーだったと今でも思う。
 仕事も順調にこなせるようになった三年目。美奈子はこの仕事が大好きだった。
 もちろん、結婚しても仕事を続けるつもりだ。光俊も了承してくれている。

「江藤さん。この書類お願い」
 課長が書類の束を机の上に置いた。
「はい」
 課長が置いて行った書類の束を見やった。これまた大量の仕事をくれたものだ。
「がんばろ」
 まだ途中になっている書類に戻り、パソコンのディスプレイに向き直った。

 お昼を告げるチャイムが鳴った。美奈子と同じくパソコンに向かって仕事をしていた同僚たちは、それを聞くと席を立った。
「美奈ちゃん、お昼行こう」
 すぐ上の先輩である木下冴子が声をかけて来る。
「はい」
 二人は財布と携帯電話だけを持って、外に食べに出た。

 いつも昼食を取るのは、冴子が見つけた小さな洋食屋さん。ここの日替わりランチが安くて美味しい。お昼になってからすぐに出ないと長蛇の列に並ばなければいけなくなるほどの人気店だ。
 今日も早めに着いた美奈子と冴子は、少し並んだだけですぐに店内に入れた。
「今日の日替わりランチはこちらです」
 ウエイトレスがメニューを差し出しながら説明する。
「「じゃあそれで」」
 あまりに綺麗にハモったので、思わず笑ってしまった。

「美奈ちゃん、もうすぐだね。式」
「はい。冴子先輩、絶対来てくださいね」
 そう言うと、冴子は「もちろん」と頷いた。
 木下冴子は、仕事を教えてくれた先輩で、美奈子は彼女に憧れている。美人なのにそれを鼻にかけず、優しくて明るい性格。そんな素敵な女性になりたいと美奈子自身思っている。

 しばらくしてようやく日替わりランチがやって来た。今日のランチはチーズハンバーグにトマトソースがかかっている、ハンバーグ定食だ。それにライスとポテトサラダとオニオンスープがついて、九百八十円。
「美味しそう」
 運ばれてきた瞬間、甘いトマトソースの香りが鼻を抜けた。早速一口を頬張ると、トマトソースとチーズが程よく絡んで、口の中に広がる。
「美味しい」
 美奈子がそう言うと、冴子も頷く。
「やっぱりここのは何を食べても美味しいわね」
 二人はランチに幸せを感じながら完食した。

 食事が終わり、少し休んでいる時、美奈子の携帯電話が震え始めた。
「すいません」
 一応断わりを入れ、携帯電話を確かめる。知らない番号からだったが、市外局番が入っているから固定電話だろう。
「もしもし?」
『江藤美奈子さんでいらっしゃいますか?』
 相手は突然身元確認をしてきた。聞き覚えのない声に驚きながらも答える。
「はい。そうですが……」
『北警察署の者ですが……』
「……警察?」
 思わぬ言葉に再び驚いた。どうして警察が携帯電話にかけてくるのだろう?
 美奈子の呟きに、冴子も驚いたようで、こちらをずっと見ている。
『はい。石川光俊さんをご存じでしょうか?』
 彼の名前が出たので、美奈子は頷いた。
「あ、はい。私の婚約者ですが……」
『そうですか。……こちらで携帯電話とお荷物をお預かりしているんですが、取りに来ていただけますか?』
「はい。それは結構なんですが、今すぐですか?」
『そうですね。出来れば早い方がいいかもしれません』
 腕時計で時刻を確かめた。昼休みはまだあと三十分ある。北警察署はここから近いので、三十分もあれば行って帰ってこれるだろう。
「分かりました。今から取りに伺います」
『よろしくお願いします』
 そうして電話は切れた。電話を切り、携帯電話を机の上に戻すと冴子が訊いてきた。
「何だったの?」
「何か『彼の荷物を預かってるから取りに来てくれ』って……。携帯も一緒に預かってるみたいで……」
 そう言うと、冴子の綺麗な顔が一瞬歪んだ。それを隠すように冴子が問う。
「荷物って忘れ物か何か?」
「そうだと思うんですけど……。携帯を見て私にかけてきたのかなって」
 きっとそうだ。携帯電話も預かっていると言うことは、本人への連絡手段が何もないのだ。恐らく着信履歴か発信履歴を見て、かけて来たのだろう。
「仕事で必要なものだったら困るし、私、取りに行ってきますね。昼休み終わるまでには帰れると思うので」
 美奈子は時計を見ながらそう話した。しかし冴子の様子がおかしい。
「冴子先輩?」
 顔を覗き込むと、冴子はハッとし、顔を上げた。
「そうね。もし遅れるようなら、私が課長に言っておくわ」
「ありがとうございます」

 清算を終えると、美奈子は冴子と別れ、警察署に向かった。歩いて十分もかからないうちに到着する。
 建物の中に入ると、すぐ目の前に受付カウンターがあった。
「あの……荷物を取りに来るように言われたんですが……」
「失礼ですが、お名前は?」
「江藤美奈子です」
 そう言うと、受付の婦警さんの後ろにいた男性の制服警官がこちらにやって来た。
「あぁ、江藤さん。こちらへどうぞ」
「はい」

 警官に案内され、ある部屋に着く。そこはよく会議室にあるような机とパイプ椅子が置いてある狭い部屋だった。
「こちらでお待ちください」
 部屋に通され、椅子を勧められる。美奈子は素直に椅子に座り、言われたとおり待つことにした。

 数分後、二人の刑事らしき人が入って来た。先程の制服警官とは違い、スーツを着ている。後ろ側にいた若い刑事が荷物を手に持ってきた。
「江藤美奈子さんですか?」
 最初に入って来た中年の刑事に確認され、美奈子は「はい」と頷いた。
 すると、若い刑事が持っていた荷物を机に広げた。
「こちらの荷物は、石川光俊さんの物に間違いないですか?」
 そう確認され、美奈子は一つ一つをよく見てみた。
 まず鞄は確かに光俊のものだ。あれは誕生日に美奈子がプレゼントしたものなので間違いない。その他のものも恐らく光俊のものだろう。会社で使うものはよく分からない。
 次に無造作に置かれた携帯電話を手に取ってみた。光俊の機種だ。ストラップも美奈子とお揃いのもの。二つ折の携帯電話を開いてみる。待ち受け画面は光俊と美奈子のツーショット。間違いない。
「はい。彼の物です」
 そう言うと、二人の刑事は顔を見合わせた。何やら渋い顔をしている。
 もしかしてこういうのって、手続きとか面倒臭いのだろうか? ……それよりも光俊は鞄ごとどこかに忘れたのだろうか? しっかり者の彼にしては間が抜けている。
 そんなことをぼんやりと考えていると、若い刑事がゆっくりと口を開いた。
「非常に……言いづらいことなのですが……」
 美奈子にはその次の言葉を予測することなどできなかった。
「石川光俊さんは、今朝……ご遺体で発見されました」
 その刑事の言葉は、確かに美奈子の耳に届いていたのに、脳の情報処理が追いつかない。
「え? ……どういうことですか?」
 一拍遅れて聞き返す。若い刑事は相変わらず神妙な面持ちで答えた。
「昨夜遅くに、石川さんは歩道橋から転落して、そのまま意識を失い、発見された時にはもう……」
 何を言われたのか、分からない。
「何、言ってるんですか?」
 零れた呟きに、刑事も複雑な顔をしている。今度は中年の刑事が口を開いた。
「昨夜は雨がひどく降っていました。恐らく路面で足を滑らせたのでしょう」
 全身の力が抜ける。ただ呆然としてしまう。
「ご遺体の、確認をお願いできますか?」
 若い刑事に言われ、我に返る。
 そうだ。まだ光俊だと決まったわけじゃない。たまたま光俊の鞄と入れ替わってしまった赤の他人かもしれない。
「分かりました」
 そう返事すると、二人の刑事が立ち上がり、美奈子を案内した。
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