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ACT.4 希望
葬式は滞りなく行われた。お経が読まれている間、武士は今まで義彰と過ごしてきた17年間を振り返っていた。気づけばいつも一緒に居た。まるで兄弟のように育ち、武士が荒れても義彰の態度は変わらなかった。それどころかいつも心配してくれた。義彰の傍にいるだけで、不思議と苛立ちも消えた。それなのに・・・。もう還っては来ない。再び涙が溢れ出した。 そして献花。もう二度とは会えない。 最後に触れた義彰の頬は、残酷すぎるほど冷たく硬かった。武士の涙が義彰の頬に落ちる。 「アキ・・・・ごめん」 何度謝っても足りない。 『謝んなよー。武士ぃ』 ふと耳に義彰の声が聞こえた気がした。こいつは謝られるのはあんまり好きじゃなかったと思い出す。 「おおきにな・・。アキ」 命をかけて助けてくれた。この命はもっともっと大切にしなきゃいけない。義彰の分まで。 本来なら親戚のみで行われる骨上げに武士は参加させてもらった。義彰の骨を見ても、いまいち実感は沸かなかった。きっと皆同じ気持ちだろう。 荒井家に到着し、義彰の母は義彰の骨壷を仏壇の前に置いた。線香の香りが部屋中に広がる。 「最後までありがとなぁ。武士くん」 振り返った義彰の母はいつもと変わらぬ笑顔だった。いや、やはり少し顔色が悪い。 「いえ。俺・・何もできんかったから・・・。アキは、俺のためにたくさんしてくれたのに、俺は何も返せんかった・・・」 また涙が込み上げてくる。グッと堪え、目の前にいる義彰の父と母に誓う。 「やから俺、生まれ変わります。アキが助けてくれたこの命、アキの分まで生きようって思う。・・・アキと最期にした『もう喧嘩はせん』って約束、守れるように努力する。俺にできるんは、これくらいやから・・・」 震える声を必死で搾り出した。 「そうやな。アキもきっとそれ、願ってる」 義彰の父が、武士の肩を優しく叩いた。 「武士くん、またいつでも遊びに来ぃや。アキも待ってると思うわ」 義彰の母は仏前にある義彰の遺影を見つめた。武士も笑顔で写っている遺影を見つめた。 「はい」 「岸本くん」 義彰の家を出ると、この間病院で会った刑事に呼びとめられた。 「ちょう一緒に来てくれるか?」 その言葉にピンッときた。 「見つかったんっすか!?」 その言葉に刑事は「そうだ」と頷いた。 「確認を取りたい。署まで来てくれるか?」 刑事の問いに、武士は深く頷いた。 刑事に連れられ、警察署内へ入る。 「ここだ」 武士が連れて来られたのは、マジックミラー越しに隣の室内が見える部屋だった。 「どうや?あれか?」 刑事に促され、室内の男たちを見やった。雨の日の記憶を必死に思い出す。あの時の映像が映画のように頭の中を流れた。顔を思い出した瞬間、身体中が震えた。 「そうや。あいつらや。・・・あいつらがアキを殺した・・・」 「ありがとう。もうええで」 別の刑事に促され、武士は部屋を出た。 震える腕を押さえる。 殺してやりたい。殺してやりたいほど憎い。 これほどまでに人を憎んだのは初めてかもしれない。 だけど、ダメだ。もう喧嘩はしないと約束した。一発殴らなきゃ気が済まないが、それじゃ義彰との約束をイキナリ破ってしまうことになる。 武士は左の拳をぎゅっと握ると、警察署を後にした。 怪我をした右腕は二週間ほどで治った。だが、義彰が居ない生活は未だに実感が沸かない。 屋上でサボっていると、どこからともなく義彰が現れるような気がした。 目の前に広がる青い空は、眩しすぎて涙が溢れた。 「岸本武士っ!今日こそお前叩きのめす!」 やはりこういう輩は絶えなかった。だが、武士は一切抵抗せず、ただやられてるだけだった。 「何で殴り返さんのやっ!手加減しとるんが一番ムカつくんじゃ!!」 一層強く殴られたり、蹴られたりしたが、武士は一切手を出さなかった。 「何や、つまらん」 最後には抵抗しない武士に興味を失くし、去っていった。 時々考えた。何のために生きてるんだろう?何で義彰じゃなくて自分が生きてるんだろう? 答えが出るはずはなく、ただ堂々巡りをしていた。 殴られたり蹴られたりしてできた傷はもちろん痛かった。だが、武士はそれよりも呼吸ができないくらい胸を締め付けられた。義彰がどれだけ自分の中で大きな存在だったのかに今更ながらに気づく。涙が頬を伝い、顔にできた傷口に染みる。 「ってーよ。ちくしょー・・・」 ある日の学校帰り。武士はまた違うグループに絡まれた。 「一度お前を殴りたかってん」 男が拳を振り上げた。武士は歯を食いしばった。しかし、いつまで経っても衝撃は来なかった。 「あれ?」 武士が目を開けると、そこには見慣れない男の人が立っていた。武士に殴りかかってきた男の拳を片手で止めている。 「無抵抗な人間を殴るのはどうかと思うで?」 長身の男に睨まれた男たちはさっさと逃げて行った。 「大丈夫か?」 こちらを振り向いた男は少々目つきが悪かった。この目に睨まれたら確かに怖いかもしれない。だが、どこかで見たことがある。 「あれ?お前、岸本?」 向こうから聞かれ、武士は頷いた。 「俺のこと知らんかな?同じスタジオで練習してるんやけど」 「あっ!」 やっぱりどこかで見たことある顔だった。義彰のバンドが練習しているスタジオでよく顔を合わせる男だった。 「俺は相沢龍二。【BLACK DRAGON】ってバンドのベースやってます」 右手を差し出され、武士も右手を差し出した。 「俺は岸本武士。・・・って知っとるか」 そう言うと龍二は笑った。 二人は近くの喫茶店に入った。 「そういや・・・こんな話、せん方がええかもしれんのやけど、【BEAT】のドラム、亡くなったんやってな・・・」 【BEAT】とは義彰のバンドである。もう知られているのかと武士は驚いた。 「うん・・。俺が、殺したようなもんや」 「え?」 思わぬ言葉に龍二は顔をしかめた。 「俺を助けるためにアキは・・・」 「せやったんか・・」 どうやら龍二は詳しくは知らなかったようだ。 「俺、アキの分まで生きようって思たけど、正直分からん。何のために生きてるんか、何でアキやなくて俺が生きてるんか」 初対面の人に話す内容じゃないかもしれない。だが、龍二は受け止めてくれる気がした。 「難しい問題やな」 思わぬ言葉に武士は龍二を見つめた。目が合い、龍二は苦笑した。 「俺も分からん。生きてる理由とか難しいよな。俺はその答えを音楽に見つけようとしてるんかもしれん」 「音楽・・・」 武士は何となく龍二の言葉を繰り返した。 「音楽やってる時が一番安心できる気ぃする。辛くて悲しいことあっても、乗り越えれたんは音楽があったからや。音楽が俺を助けてくれた」 龍二は武士の言葉を肯定も否定もしなかった。 「まぁ人によるやろうけど」 龍二は言葉を付け足した。 「俺も・・・見つけれるんかな?存在理由」 「絶対見つけれるで」 龍二の言葉が胸に響いた。 そうこうしているうちにもう誰も喧嘩を仕掛けてこなくなった。無抵抗なのは面白くないからだろう。武士に平穏な日々が訪れた。 隣にいるはずの義彰はもういないけど・・・。 それは突然だった。その日は両親が珍しく喧嘩をしていなかった。 「武士、ちょっと来い」 父に呼ばれ、武士はリビングにやって来た。こうして両親と座るのは何年ぶりだろう? 「武士。父さんたち、離婚することにしたんや」 「は?」 その言葉を疑うように武士は聞き返した。 「話し合った結果なんや。それで・・武士はどうする?」 「どうするって・・・」 親権のことを聞かれてるのだろう。もう高校生だし、今更親の元に居ても居なくても一緒だ。 「俺はどっちでもええよ。できたら苗字変わらんように親父のがええかもしれんけど。・・・離婚するんやったら、俺一人暮らしする」 「「え?」」 思わぬ武士の言葉に両親が同時に聞き返した。 「それくらいええやろ。離婚は親の都合なんやから。高校卒業したら自分で働くし」 両親は顔を見合わせた。驚き入った顔をしている。 「分かった。ええやろ。住むところは自分で探しなさい」 父はそう言うと部屋から出て行った。母親も台所へ移動した。 何て冷たい家族だろう。義彰の家族とは対照的だ。だから義彰に温もりを求めていたのかもしれない。 アパートは意外とあっさりと見つかった。家から程近い場所。実家に近いからと言うより、義彰の家の近くにいたくて選んだ。 父に契約してもらい、早速武士は引っ越した。 「何でもっとはよこうせんかったんやろ・・・」 もっと早くこうしていれば、両親の喧嘩にストレスを感じることも、喧嘩でそれを発散させることもなかったのに。 後悔だけが今もまだ渦巻いてる。 時々義彰の家にドラムを叩かせてもらいに行った。義彰が小遣いをはたいて買ったドラムは、義彰の両親によって手入れされていた。武士がドラムを叩くと、両親は義彰が戻ってきたような気持ちになるらしく、叩き終わるとなぜかお礼を言われた。 「また来ます」 武士はドラムを叩きに毎日のように顔を出した。 日課になっていた義彰のバンドの練習にも時々は顔を出した。義彰の代わりにドラムを叩く。義彰がいなくなってから、何だかバンドの雰囲気がおかしくなっていたことに、武士は薄々気づいていた。何だかんだ言って義彰はムードメーカーだった。そのムードメーカーがいないとこんなにも暗くなってしまうものなのだろうか? 「なぁ、武士。俺らと一緒にバンド組まん?」 「え?」 それは思いがけない誘いだった。確かにドラムを叩くのは好きだ。バンドだって組んでみたいと思ってる。だけど・・・。 「わりぃ。俺はここにおったらあかん人間や」 「どういう意味や?」 洋が聞き返す。 「アキがおらんようになったんは俺のせいや。サポメンとしてはええかもしれんけど、正式なメンバーになるんは、俺にはできん。」 武士の言葉を納得できない洋が掴み掛かるように言う。 「何で?あれは武士のせいちゃうやん!俺らと組むんが嫌なんか?」 武士は首を横に振った。 「ちゃう。・・・ちゃうよ」 言葉を少し選ぶ。 「【BEAT】の音楽は好きやし、ドラム叩くんも好きや。やけど、ここは・・・アキの思い出が多すぎる」 武士の言葉に全員が言葉を失った。 「ごめん。自分勝手なんは分かってるけど、正式メンバーってのは俺にとって荷が重すぎるんや」 武士の気持ちはメンバーにしっかりと伝わった。真司が武士の肩を叩く。 「分かった。無理強いはせんよ。武士と組めんのは寂しいけど」 「真司・・・」 「お前がバンド組んだら、対バンしょうな」 真司の笑顔に、武士も笑顔を見せる。 「おう。」 練習が終わり解散した武士は、スタジオに貼ってあるメンバー募集の紙を何となく見ていた。こんな自分と組んでくれる人なんているのか分からないが、当たってみようとは思う。だがドラマー募集っていうのはあまりなく、肩を落としていたその時、ドラマー募集と言う文字を見つけた。 「あれ?これって・・・」 武士はその偶然に驚き入った。 「あれ?岸本?」 不意に声がして振り返ると、龍二が立っていた。 「何やってん?」 龍二に聞かれ、武士はメンバー募集の紙を指差した。 「相沢んとこ、メン募出してたん?!」 龍二はその指先にある紙を見つけ、笑った。 「ああ。せやねん。こないだドラムが抜けてな・・」 「俺やる!」 龍二の言葉に被り気味に叫んだ。龍二は驚いて一瞬固まった。 「え?ドラム?」 龍二の問いにうんうんと頷いた。龍二は一瞬考えた。 「よし。じゃあ、こっち来て」 「うぃっす」 武士は龍二について歩いた。 その部屋の中ではメンバーらしき人がそれぞれの楽器の準備をしていた。ギタリストとヴォーカルらしき男が龍二に気づき顔を上げた。キーボードの前にいた男が、武士を見つけ声をかける。 「龍二、彼は?」 「ドラム希望や」 龍二の答えに、全員が武士を見た。その視線に一気に緊張が高まる。 「って【BEAT】の・・・?」 ヴォーカルが武士の顔に気づいたようだ。同じスタジオを使っているからか【BEAT】とは顔見知りらしい。 「彼は【BEAT】のメンバーちゃうよ」 龍二は背負っていたベースを下ろし、ケースから取り出した。 「そうなんや」 「まぁとりあえず名前からな。彼は岸本武士」 紹介された武士は頭を下げた。 「お前ら自己紹介しろ」 「めんどくさがり」 キーボード担当が悪態をつく。 「あん?」 「初めまして。俺はキーボード担当で、龍二の幼馴染の黒田透です」 透は睨む龍二を無視し、握手を求めてきた。武士も「よろしく」と手を差し出し、握手をした。 「俺は関口直也。ヴォーカルやってます」 同じように握手をする。最後にかわいらしい男が口を開いた。 「笠原慎吾。ギター」 短くそう言うだけで、プイッと顔を背けた。握手をしようと差し出した武士の右手が悲しく固まる。 「お前はもっと愛想よくできんのか?」 龍二に軽くペチッと頭をはたかれるが、慎吾はムスッとしているだけだった。 「まぁとりあえず叩いてもらおうで」 直也に言われ、龍二は本題に戻った。 「そうやな。岸本、とりあえず何か叩いてみて」 「何かって・・・」 武士はとりあえずドラムの前に座った。ドラムを始めてまだ半年も経っていない。急に不安になる。 『武士なら大丈夫やって』 不意に義彰の声がした気がした。 (大丈夫) 言い聞かせるようにそう心の中で呟く。武士は少し調整をし、スティックを握った。今練習しているリズムを叩き始める。【BEAT】のサポートのドラムだ。大した技術もない。義彰に教わった叩き方をフル稼働して、リズムを打ち出す。 一通り叩き終わると、顔を上げた。全員が驚いた顔をしている。 「なんや、結構叩けるんやん」 直也が笑う。 「そやな。意外やったわ」 透も呟いた。 (意外ってどういう意味や・・・) 何だか引っかかる言い方をされて、ちょっとムッとする。 「んじゃ採用?」 龍二の問いに全員一致で頷いた。 (そんなあっさりしたんでええんか?) 逆に心配になる。 「岸本は俺らの曲聞いたことある?」 透に聞かれ、武士は首を横に振った。 「そりゃそうやろ」 龍二が呆れる。 「まぁライブやったことないもんなぁ」 直也が付け足すように言いながら、マイクスタンドの調節をした。いつの間にかメンバーはスタンバイをしていた。 「まぁドラムおらんからしゃーないわ。打ち込みやしな」 龍二はそう言いながら、ベースを肩にかけた。 「んじゃま、とりあえず聞いて。入るかどうかはそれから決めてもらってええから」 龍二が合図を出すと、透がイントロ部分をキーボードで弾き始めた。入りは静かだったが、ヴォーカルが入り、サビに向かうにつれて激しい曲に変わって行った。武士はその曲に惹きこまれた。 【BEAT】と違い、キーボードが入っているせいか、音に厚みがある気がする。というかとにかくここでドラムを叩いてみたい。素直にそう思った。 演奏が終わると、武士は立ち上がった。 「俺、やりたい!」 「そう言うてもらえて、よかったわ」 龍二は安心したように笑った。 「改めてよろしくな」 龍二に手を差し出され、武士は固く握手を交わした。 |