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ACT.2 音楽
ある日、やはり家に居たくなくて武士は義彰の家にやってきた。
「おー。武士、ええとこ来たな」
義彰はいつもより上機嫌で武士を出迎えた。
「何や?」
不思議に思いながら、武士は義彰の後について行った。
「こっちこっち」
そう言う義彰について行くと、そこはガレージだった。ガラガラとシャッター開けたガレージの奥の方にドラムセットが見えた。
「ドラム?どしたんや?これ。」
「こつこつ小遣いとか貯めてこないだ買ってん」
義彰は嬉しそうにドラムセットの真ん中にある椅子に座った。置いてあったスティックを手に取り、叩き始める。素人から見ても慣れている手つきである。
「え・・・?アキってドラムできたんや」
「そやでー。俺これでもバンド組んどんやで」
義彰の意外な言葉に、武士は驚いた。
「え?初耳やっ」
「そやったっけ?」
義彰はあっけらかんと言い放つ。
「いつの間にバンドなんか組んだん?」
「んー。って言ってもまだ半年くらいやで」
「半年も前かい!」
思わず突っ込んだが、よくよく思い返してみると、半年前は今よりもっと荒れていた。言い出しにくかったのかもしれない。
「それより・・・お前がドラムとはねぇ」
武士はドラムセットの真ん中に座る義彰を見ながら、呟いた。
「どういう意味や?」
義彰の片眉が上がる。
「なんつーか・・・似合わん」
笑いながら言うと、義彰はぷぅと膨れた。
「何やてー!・・・まぁメンバーにも言われたけどさぁ」
しょんぼりする義彰を慰めるようにポンッと肩を叩く。
「大丈夫。そういうギャップあった方が女にモテるって」
よく分からない理屈を言ってみる。
「そうか?」
疑いの眼差しで武士を見上げるが、武士が真顔でうんうんと言うと納得したようだった。何でこいつこんなに単純なんだろう。こみ上げる笑いを噛み殺す。
「武士も叩いてみっか?」
不意に義彰が立ち上がり、スティックを武士に差し出した。
「え?でも俺、叩いたことなんて・・・」
「分かっとるって。好きなように叩いたらええんやって」
そう言われ、何だか急に興味が沸いた武士はスティックを受け取り、椅子に座る。初めての感覚に少し鳥肌が立った。武士はとりあえず目の前にあるタムを叩いてみた。
「おぉ」
振動がスティックを通して少し伝わる。何だか妙に感動する。
「どや?おもろいやろ?」
義彰に言われ、武士は大きく頷いた。
「武士がその気あるんやったら、教えたるで?」
「マジで?」
義彰の言葉に余りにもすぐに食いついたので、義彰は驚いていた。
「お、おう。なんやったら、バンド練習見に来るか?」
「ええのんか?」
武士が聞くと、義彰は微笑んで答えた。


「・・・俺やっぱ帰るわ」
「えー!ちょう待て!」
回れ右をして来た道を帰ろうとした武士の腕を義彰がガシッと掴んだ。
「ここまで来て何で帰るん」
「・・俺おったら絶対雰囲気悪くなるやん」
「そんなことないて!」
義彰はずるずると武士を引きずって、スタジオへ向かった。義彰のどこにそんな力があるのだろうかと冷静に思ってしまう。

ノンキにそんなことを考えていると、いつの間にかスタジオに着いてしまった。
「こっちこっち」
義彰はどことなく楽しそうに武士を案内した。諦めた武士は義彰の後ろをついて歩いた。

「ちーっす!」
元気に入った義彰の声に答えるようにスタジオの中から同じような声が聞こえる。
「「ちーっす」」
「ちっす」
武士が義彰の後ろから入ると一瞬空気が凍りついた。
(やっぱりか)
武士は有名人だった。もちろん喧嘩で、だ。
「どしたん?入ってこいや」
入り口で立ち尽くす武士に、義彰が話しかける。こんな空気を悪くするために来たわけじゃない。やっぱり義彰の腕を振り払ってでも帰るべきだったんだ。
「やっぱ俺・・・」
「どうした?」
『帰る』と言いかけた武士の背後から声がした。
「真司」
義彰がその人物の名前を呼ぶと、彼は「よっ」と軽く挨拶してから、自分より少し背の高い武士を見上げた。
「あ。岸本武士やん」
フルネームで呼ぶが、その声に怖がった様子はなく、武士は複雑に思いながら軽く頭を下げた。そのことに関しては特にリアクションもなく、真司は義彰の方に顔を向けた。
「アキの幼馴染やっけ?」
「せやで」
義彰が答えるのを聞きながら、真司はスタジオに入った。
「何やってん。練習見に来たんやったら、そんなとこ突っ立っとらんと中入りぃや」
真司の意外な言葉に驚きつつも、武士は中に入りドアを閉めた。
「紹介するな。あれがギターでリーダーの藤本真司」
義彰が紹介すると、ギターを取り出しながらこちらを見て軽く頭を下げた。武士も釣られて頭を下げる。
「で、こっちがボーカルの近藤洋とベースの田村尚史」
さっきまで固まっていた二人は紹介されると、勢い良く頭を下げた。
「まぁ紹介せんでも知ってるみたいやけど、これが俺の幼馴染の岸本武士。喧嘩ばっかしよるけど、ホンマはええやつなんやで」
義彰の余計な一言に武士は溜息を吐きそうになった。『ええやつ』なんて言っても、悪いイメージしかないだろうに。
「狭いスタジオやけど、その辺おったらええわ」
いつの間にかギターを抱えセッティングし終わった真司が入り口付近を指差す。機材を置いたスタジオはこの少人数で既にいっぱいで、武士が一人加わるのもやはり困難な状況だった。その狭いスタジオの中で、全員がスタンバイする。

ドクン。

武士の心臓が高鳴る。武士自身が演奏するわけでもないのに、何故か緊張する。
義彰のカウントで一斉に音が打ち鳴らされる。その音の大きさに始めは驚いたが、体中に響き渡る振動が心地よく感じた。

「どうやった?」
一曲演奏し終わった義彰は早速武士に感想を聞いた。武士は少し放心状態だった。
「・・いや・・なんつーか・・すげぇ」
それしか言葉が出てこない。こんなに間近で演奏を聴くのは初めてだからかもしれない。武士の感想を聞き、義彰は嬉しそうに笑った。
「な。スゴイやろ?」
「スゴイのはお前ちゃうて」
義彰が嬉しそうに言うと、後ろから間髪入れずに真司が突っ込む。
「えー・・・」
「えーちゃうわ。またお前途中からリズム走ってたで」
「そやった?」
義彰が聞き返すと、洋や尚史がうんうんと頷いた。
「テンション上がるとリズム走るクセやめてや。こっちは合わせるん大変なんやで?」
ベースの尚史が呆れながら言う。
「俺も焦った」
歌っている最中にリズムが変わったので、必死でついてきたのだろう。洋も溜息をついた。
「ぷっ」
そのやり取りに武士は笑いが堪え切れず、噴出してしまった。
「武士ぃ。何笑ってんねん」
義彰がどアップで迫ってくる。その顔を避けながら、答える。
「だって・・アキはどこ行ってもアキなんやなぁって」
「何やそれ」
武士の言うことが分からず、首を傾げる。
「やられキャラ?」
「えーーー!?」
武士の言葉にショックを受ける。しかしそんな義彰の肩を真司がポンッと叩いた。
「大丈夫。ショック受けんでもみんな知ってた」
その言葉に更にショックを受ける。クルクル変わる義彰の表情に武士とバンドメンバーは終始笑っていた。

初めは洋や尚史は武士を怖がっていたが、義彰のおかげで場が和み、武士はメンバーと打ち解けられた。やはり義彰に助けられている自分が不意に情けなくも思うが、義彰自身は別に助けたとは思っていない天然なので、敢えて本人には何も言わないでおく。
「今日の練習どうやった?」
帰り道、義彰に問われ、武士は瞬間考えた。
「どうって?」
「いやぁ・・・。人が練習してるん見てもおもろいんかなぁって・・・」
あれだけ無理やり引っ張って来ておいて、そんなことを言うのかと思って武士は笑いをかみ殺した。ここで笑うとまたいじけると思い、何でもないフリをしながら口を開く。
「練習見てんのはおもろかったで。お前がいじられまくってたし」
「えー!そこかい!」
予想通りの反応に思わず忍び笑いをする。
「何笑ってんさ。・・・・俺ってやっぱやられキャラ?」
武士が言った事を気にしているのか、真剣な眼差しで問われ、武士は更に笑ってしまった。
「笑うなー!」
背の高い武士に本気で怒ろうとするが、迫力に欠けるため、やはり武士に笑われた。
「ごめんて。でもやっぱすごかったな。あんだけ近くで演奏聞いたん初めてやし・・・」
武士の言葉に義彰は嬉しそうに笑った。


それから何度か練習に足を運ぶようになった。相変わらず見ているだけだったが、楽しそうに演奏する彼らを見て、武士は羨ましく思った。そしていつしか自分もあんな風になりたいと思った。

ある日武士は義彰の家に来ていた。ある事を頼みに来たのだ。
「え?ドラムを教えて?」
聞き返され、武士は深く頷いた。思ってもみなかった武士の頼みに、義彰は驚いた。武士はいつになく真剣な顔で頼み込んでくるので、義彰は驚きながらも了承した。
「分かった。じゃあやるからには、マジメにやりや」
「もちろん」
武士は笑顔で頷いた。

義彰の部屋からガレージに場所を移動し、早速二人は練習を始めた。
「まずこの椅子がスローンって言うねん。んで、このバチみたいなんがスティック」
義彰はまず名称を教え始めた。
「これがスネアドラム」
左側にある中くらいのドラムを叩く。
「んでこれがタムな」
そう言いながら目の前の小さいドラムを叩いた。
「これがバスドラムでこっちがフロアドラム」
そう言いながら次々と説明していくので、武士の頭がこんがらがった。
「ちょー待って!そんな一気に言われても頭こんがらがるわ!!」
武士がそう言うと、義彰はきょとんとした。
「俺は音楽に関して素人なんやから、もっとゆっくり教えてくれ」
そう言うと、「あ、そっか」とやっと気づいたようだった。
「んじゃまぁ今日はドラムの名称覚えるのをメインでやろっか」
義彰は立ち上がると、どこからか紙とペンを持ってきた。何をするのかと思えば、義彰はそこに簡単にドラムを上から見た図と、正面から見た図を描き始めた。
「これがさっき言うてたスネアドラムな」
説明しながら図に名称を書き込んでいく。さっきより数段覚えやすい。
義彰は一通り書き終わると、その図を武士に渡した。
「座って叩きながら覚えた方がええかも」
と言う義彰の言葉に従い、武士は早速ドラムの前に座った。
義彰にリズムを教えてもらいながら叩く。この間とは違って、何故だか妙に緊張するが、叩いているうちに楽しくなってくる。
「飲み込み早えな」
義彰にそんなことを言われながら、武士は熱心にドラムを叩いた。

元々リズム感が良かったのか、時折武士は義彰よりもいいドラムを叩いた。
それをバンドの練習中に発揮しようものなら、真司に
「アキ解雇して武士入れるか?」
などと冗談を言われ、義彰がふてくされていた。
「俺が教えてんのにぃ・・・」
いじける義彰に武士は思わず悪ノリしてしまう。
「まぁ実力は俺のんが上やったってことやな」
その言葉にますますいじける。しょんぼりする背中を見ていると、本気でかわいそうになったのか、洋と尚史がフォローに入る。
「真司も武士も冗談で言うてるんやって!」
「誰もアキ解雇しようなんて思ってへんよ」
その言葉に、ピクッと耳が動いた。泣き出しそうな顔で確認する。
「ホンマに?」
「「うんうん」」
二人は大きく頷いた。
「そうそう。アキがおってのバンドやねんから」
真司がそう言うので、義彰の機嫌は一気に直る。
「玩具が居らんかったらつまらんやろ?」
その言葉に直ったはずの機嫌は一気に急降下する。
「真司ぃ!余計な事言うなよ!」
「わりぃ。ついな。」
どうも真司は義彰を見ると、遊びたくなる性分なようだ。武士も同じようなものなので、思わず笑ってしまう。
「武士・・・わろたな!」
恨めしげに義彰に言われるが、事実なので否定はしない。
「いやぁ。微笑ましいなぁと思て」
「うそつきぃ!」
義彰で遊ぶのはとっても楽しくて、武士は笑いが止まらなかった。
「嘘ちゃうって。それより、練習しぃや。ライヴやるんやろ?」
「そうやった」
武士の言葉でバンドメンバー全員が気づいた。今まで忘れていたなんて何ともノンキである。
「武士も来てくれるんやろ?」
「もちろん」
義彰の言葉に笑顔で答える。その言葉を聞くと、義彰は嬉しそうな笑顔を見せ、練習に戻った。