novela 【つばさ】エントリー作品−   

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  act.2 敵と味方 2-3  

 その様子を翼は遠くから見ていた。
「難しいなぁ……」
 思わず溜息が漏れる。由美が優子と居る場面を見て、少なからずホッとしていた。優子に友達ができるかもしれないと、淡い期待を抱いた。
 だけどそう簡単にはいかないようだ。
「俺が女に化けて転校してくりゃ良かったなぁ」
 入り方を間違えたようだ。女子と男子ではグループの成り立ちが違いすぎる。
 仮に女子になって来たとしても、それを天界で見てるであろうダンが大爆笑するのは目に見えてる。だから実はやらなくて正解かもしれない。
「それは今関係ないな」
 思わず自嘲し、教室に残る優子を廊下から盗み見る。今は平然とプリントをまとめているが、心なしか震えている。
 あの記憶を、思い出したんだろうか? 罵倒され、傷つき、打ちのめされたあの日々を。
 ずっと天界から見ていた。どれほど助けに行きたかったか……。飛び出そうとする度にダンに止められた。
 そして今、目の前に彼女がいる。だけど、その傷を癒すことは到底できそうにない。
 だったら、やれることをやるしかない。
『言い忘れてたけど、お前の力は人間並みしかないからな』
 ふとダンの言葉を思い出した。
『へ? 何で?』
 思わぬことに聞き返すと、ダンは溜息と一緒に言葉を吐いた。
『いいか。お前は普通に考えたらここにはいたらいけない存在だ。お前が天使としての力を使えば悪魔に気づかれる。そうなれば、お前だけじゃなく、周りの人間にまで危害が及ぶだろ?』
 ダンの言うことはもっともだった。だから空も飛べなければ、ちょっとした魔法も使えない。
 自分にあるのは、今までの記憶と人間としての肉体。
 さて。それをどう使うか。

「優子? 何かあったのか?」
 健太の見舞いに行くと、唐突にそう訊かれた。
「何も……ないよ」
「そうか? 何か顔色悪いぞ」
 健太に言われ、顔にまで出ていたのかと驚き、思わず頬に手をやった。
「……ちょっと、寝不足なだけ」
「そう?」
 誤魔化したが、健太はまだ不審そうだ。それに気づき、話題を変える。
「……怪我、どう?」
「あぁ。もうすぐ退院できるってさ」
「良かった……」
 ホッと胸を撫で下ろす。
「ごめんね。……あたしのせいで」
 その言葉に健太は溜息をついた。
「優子、いつも言ってるだろ。お前のせいじゃないって。避けきれなかった俺が悪いんだって」
「でも……」
「もう退院できるんだし。気にすんなって」
 健太の言葉に頷くしかなかった。

 健太は優しいからああ言ってくれるけど、本来なら自分があのベッドに寝ていたはずだった。
 助けられた命が、価値がないように思える。
 どうしてこんな人間のために、犠牲になろうとする?
 まるで母親と同じだ。

 優子は家に帰ると、真っ直ぐに自分の部屋に入り、唯一飾ってある写真を取り上げた。古い写真の中に映る今は亡き母の姿。あの頃に戻りたいと願っても、それは叶わぬ夢。優しかった母。厳しい父から庇ってくれるのはいつも母だった。
 そんな母は、優子に突っ込んできた車から優子を助けるために自分が犠牲になった。余りにも唐突過ぎて、その時の記憶はあまりない。
 目の前には赤く染まった母の姿。運転手が慌てて飛び出してきて、救急車を呼んだが、病院で息を引き取った。
 どうしてこんなことになったんだろう?
 どうして自分じゃなくて母が死んだんだろう?
 どうして……何故?
 その事ばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 それから心を閉ざすようになった。元々父と折り合いが悪かったので、お互いに話す機会もないまま、五年の月日が流れた。
 それでもまだ胸の奥に残るシコリ。自分が動かなきゃ、周りだって動くはずはない。そんなことは分かってる。けれど、動く勇気すら持てないまま、優子は自分の殻に閉じこもるようになった。

 そのせいで中学時代に、楽しい思い出なんてない。元々地味で大人しく目立たなかったが、健太以外に話しかけてくれる友達なんていなかった。
 健太は女子に人気だったので、そのせいで言われもないイジメを受けた。
 無視から始まったそれは、いつしか言葉の暴力に代わり、元々上手く話せないでいた優子を更に押し潰した。
 もう何も話さない方がいい。大人しくしていれば、飽きて去っていくのだと悟り、そうやって自分を押し込めて中学時代を過ごした。

 高校で別れられると思っていたのに、誤算があった。図ったわけではないのに、健太と同じ高校になったのだ。健太と同じだけならまだよかった。その健太についてきた人物がいた。
 中田真由子。中学時代、優子をイジメていた中心人物。向こうもまさか優子がいると思っていなかったらしく、入学式で会った時はお互いに驚いた。
 一年の頃はクラスが別と言うこともあり、お互い関わることもなかったが、二年になり同じクラスになってしまった。
 お互い関わろうとしないようにしているが、それでも真由子は優子が気に入らないらしく、女子全員を味方につけて優子を無視している。今は中学時代に比べて、攻撃されない分まだマシな方だ。
 だが、今日の真由子の様子を考えると、明日からまた中学時代に逆戻りしそうな予感もする。
「ハァ……」
 思わず溜息が漏れる。
 生きている価値なんてないのに、それを終わらせる勇気もない。
 どうして自分は生きているんだろう? 生かされているんだろう?
 優子はベッドに身を沈めた。ゆっくりと体が沈む。
 このまま沈んで、闇の中に堕ちて行けばいいのに……。

 ふと静かな部屋にどこからかバイブレーションの音がした。鞄に突っ込んだままの携帯電話だと気づき、優子は身を起して、鞄から携帯電話を取り出す。
 ディスプレイを見ると、翼からのメールを受信したところだった。誰かからメールが来るなんて初めてだ。この携帯電話自体、親に持たされているだけで、あまり活用していない。
 早速メールを開いてみる。
『翼です。これから少しずつでも木元さんとお話できたらなぁって思ってるんだ。だからメールや電話、付き合ってやってください』
 話すよりも少し硬いメールに少しだけ口の端が緩む。
 スクロールすると、まだ少し文章が残っていた。
『追伸。俺はいつだって木元さんの味方だからね』
 その言葉が、胸の奥に赤い火を灯したようだった。
 彼は優子の事なんてほとんど知らないはずなのに、まるで知っているような口ぶりだ。
 彼は透視能力でもあるんだろうか? それとも、自分は分かりやすいのだろうか。
 恐らくは後者だろうが、それにしても不思議だ。最初に会った時から、不思議な人だと思っていたが、ますます良く分からない。
 だけど一つだけ言えること。
『彼は絶対攻撃してこない』
 絶対とも言える確信が、どこからか湧き上がる。根拠なんて何もないのに。自分でもよく分からないが、それだけは確信を持って言える。
 優子は早速メールに返信し始めた。


 昨日から持ち始めた携帯電話がシンプルな着信音を奏でた。
「来た来た」
 翼は携帯電話を開き、メールの受信ボックスを開く。
『早速メール、ありがとう。私は上手く話せないから、メールの方がいいな。私なんかと友達になってくれて、ありがとう』
 その言葉はきっと優子の本心だ。そう言ってくれて、素直に嬉しい。
『追伸。味方になってくれてありがとう』
 その言葉に、思わずニヤけてしまったのは言うまでもない。
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