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rainy memory

rainy memory_2

 雨音が耳の奥で響く。目の前には力なく倒れた親友の姿。雨で流されていく彼の真紅の血を止める術を、武士は知らない。
「アキッ!」
 駆け寄って血をどうにかして止めようとするが、どうしたらいいのか分からない。
「アキ……」
 手を伸ばすと、親友、義彰がこちらを向いた。
「武士」
 その穏やかだった顔が、一変して鬼のような形相になる。
「許さない」

「!」
 嫌な汗を掻きながら目を開けると、見慣れた天井が見えた。
 一瞬、どこにいるのか分からず悩むが、そう言えば青田と家に帰って来たのだと思い出す。
 何だか喉が渇いたので、ゆっくりと体を起こす。すると額に乗っていたタオルがパサッと落ちた。それを手に取りながら、布団をめくり、ベッドから足を下ろす。その時、水を張った洗面器が視界に入った。
「青田……女みたいやな」
 看病してる姿を想像し、思わず噴き出した。しかし根が真面目な青田のことだから、ちゃんと看病してくれそうだ。
 だがこの部屋には武士以外誰もいない。リビングにでもいるのだろうか? それとももう帰ってしまっただろうか?
 サイドテーブルに置いてあった眼鏡を取り上げ、それをかけて立ち上がる。

 トイレで用を足してから、キッチンへ行く。まだ体はだるいのだが、体は水分を欲していた。
 リビングへの扉が開けっぱなしになっていて、掃除機の音がする。
 まさか青田は掃除までしてくれてるのだろうか?
 武士はリビングに入って驚いた。
「へ? 美佳ちゃん?」
 そこには掃除機をかけている美佳がいた。良く見ると、外で洗濯物が揺れている。
「あれ? 武士くん。起きて大丈夫なの?」
 美佳は掃除機のスイッチを切り、それをそっと置いて近付いてきた。
「えっと……。何で美佳ちゃんが?」
「……何言ってんの? 看病のために青田さんと来たじゃない」
 そう言われて、武士は記憶を巻き戻した。熱で朦朧としていて、ぼんやりとしか覚えていないが、言われてみれば確かに美佳もいた。
「あぁ、そっか。そうやったな」
「熱でボケてんの?」
 美佳がそう言って笑うと、武士も笑った。
「で、熱は下がった?」
「分からん」
 聞かれて、武士は即答した。美佳はその答えに笑いながら、体温計を出した。
「あれ? 体温計なんてあったっけ?」
 渡された体温計のスイッチを入れ、脇の下に挟む。
「買ってきてもらったのよ。青田さんに」
「あー、そっか。で、青田は?」
 立っているのは結構辛いので、武士はソファに腰掛けることにした。
「何か電話で呼び出されて、戻ってったけど」
 美佳はそう言いながら、キッチンに入って行く。
「武士くん、お粥作ったけど食べる?」
 対面キッチンの向こう側から、美佳が問う。
「食う食う。あ、てか、喉乾いた……」
 そのためにキッチンに来たことを思い出した。美佳はコップに冷蔵庫から取り出した水を入れると、武士の元に持ってくる。
「はい」
「ありがとう」
 渡されて、一気に飲み干す。程よく冷やされた水が喉を潤し、体に沁み入った。
「相当喉乾いてたんだね」
 空になったコップを渡すと、美佳が笑った。
「汗もいっぱい掻いたしなー」
 そう言いながら、体を横に倒す。ソファが静かに沈み、その感触が何だか心地よかった。
「そんなとこで寝ちゃダメだよ」
 キッチンに移動した美佳が、武士の様子を見てそう忠告する。
「分かってるってー」
 そう言いながらも、目を閉じる。あんなに寝たのに、まだ眠れる。日頃の疲れも一気に出ているのだろうか?
 美佳がキッチンで何やら作業している音が聞こえる。この家で、自分以外の誰かがいるなんて珍しい。しかも何だか妙に安心する。
 体が弱っているせいか、誰かがいてくれることは、ありがたい。こんなに安心できるのは何年振りだろう?
『武士』
 不意に聞こえた優しい声。もう二度と聞くことはできない、親友、義彰の声。
 しかしさっきの夢を思い出し、怖くなって目を開ける。
「武士くん、起きて」
 美佳がお盆に茶碗とスプーンを乗せてやって来た。武士は体を起こし、机の前に座る。その時、体温計が鳴ったので、取り出して見た。
「見せて」
 武士は言われたとおり、美佳に体温計を渡す。
「三七度八分か。ちょっとは下がったのかな?」
「うん。スタジオで計った時は、三八度超えてたから」
 美佳たちが来る前、青田がどこからか持ってきた体温計で計ったのだ。武士自身は見ていないのだが、体温計の表示を見てメンバーがそう言ったのを、何となく覚えている。
「はい。食べれる?」
 美佳が目の前にお粥を置いてくれた。
「何? 食わしてくれんの?」
「え?」
 思わぬ言葉に、美佳は驚いて固まった。
「ちょっとした冗談やーん。そんな固まらんでや」
 武士は笑いながら、スプーンを手に取る。
 全くこの男は、病気になって余計に言動が読めなくなっている。
 美佳が睨んでも、武士は気にすることもなく、早速お粥を一口食べた。
「お。美味いやん」
「よかった」
 久しぶりに作ったため塩加減がよく分からなかったので、実は少し不安だった。
「何かあったかいもん、久し振りに食うたわ」
 武士はそう言いながら、嬉しそうにお粥を食べている。それを見て、美佳は少しホッとした。食欲があるということは、だいぶ回復してきたのかもしれない。
「てか美佳ちゃんがこの部屋、片付けてくれたん?」
 武士は綺麗になった部屋を見ながら聞いた。
「あ、うん」
「洗濯までしてくれとるし」
 窓の外で洗濯物が揺れているのを見やる。
「あ、ごめん。お節介だった?」
 特に違和感なく洗濯したのだが、よくよく考えると、赤の他人に洗濯されるのは嫌かもしれない。
「ううん。助かった。おおきに」
 武士は相変わらず優しく笑った。その笑顔を見て、美佳はホッと胸を撫で下ろした。
「てか美佳ちゃん、家事できるんやなー」
 改めて関心されると、何だか恥ずかしい。
「家事できたらおかしい?」
 思わず可愛くない言葉が飛び出す。素直に頷いておけばいいのに。
「おかしいこたぁないけどさ。美佳ちゃん、お嬢様やから家事とか全然せんのかと思ってた」
「それは……」
 武士の考えもあながち間違いではない。日向家の手伝いをしなければ、未だに家事なんてできなかっただろう。
「葵のご両親が亡くなってから、葵が働きに出るようになって。まだ中学生だった双子の面倒をあたしが見るようになって、その時に覚えたの。って言っても、本当に何もできなかったから、双子に教えてもらったって言った方が正しいかも」
 美佳がそう笑うと、武士はいつになく穏やかに微笑んだ。
「そっか。美佳ちゃんが葵ちゃんたち支えてたんやな」
 褒め言葉に、何だか照れる。
「支えるなんて……そんな大層なことしてないよ」
「美佳ちゃんはそう思ってても、葵ちゃんたちは助かってたと思うで」
 武士の言葉が嬉しい。
「そう……かな?」
「そうやって」
「そうだといいな」
 そう言うと、武士は満足そうに笑った。

「ぷはー。んまかったー」
 お粥を平らげると、武士は美佳にもらった薬を飲んで、すぐ背後にあるソファにもたれた。
「食欲あるみたいだから、もう大丈夫かな?」
「そやなー。けどちょっとしんどいかなぁ」
 そう言われ、美佳は武士の顔を見た。確かにまだ熱っぽいようだ。顔が赤い。
「無理しないで、寝てたら?」
 美佳はベッドに誘導しようとするが、動こうとしない。
「まだしんどいからここおる」
 そう言い張るので、美佳は食器を片付けに立ちあがった。
「いいけど……そんなとこで寝たらぶり返すよ?」
「寝ないから大丈夫ー」
 そう言いながら、もぞもぞとソファの上に座り、再び横になる。
「つか汗掻いて気持ちわるー」
 武士は着ていたTシャツの胸元を掴み、肌から離した。対面キッチンからその様子が見えた美佳は、ふと双子が揃って熱を出した時を思い出す。
 そう言えば葵と一緒に汗を拭いてあげたっけ?
「着替えるついでに体拭こうか?」
「へ?」
 言った瞬間、武士は驚く。
「ええってー、そこまでしてもらわんで」
「でもちゃんと汗拭いた方がいいし。気持ちいいよ」
 美佳はそう言いながら、さっさとお湯の準備を始める。
「着替えってある?」
 散乱していた服は洗濯したので、まだ乾いていない。
「あ、っと……タンスにあると思う」
「分かった」
 美佳はその言葉を聞いて、タンスを置いてある寝室へと行ってしまった。
「……マジでか」

 美佳はさっさと準備をし始めた。武士は帰ってきてそのままの服で寝ていたので、着ていたTシャツが汗を含んで色が濃くなっている。
「脱いで」
「いやーん。美佳ちゃん、そんな・・・・・・恥ずかしいわー」
 まるで乙女のような返しに美佳は呆れた。
「何言ってんの……」
「ちょっとした遊びやん……」
 あまりに呆れられたので、武士もつまらないと渋々Tシャツを脱いだ。
 Tシャツの下から現れた肉体は、確かに男の人の身体で、程よく引き締まっている。それを見た瞬間、双子が熱を出した時とは違う状況だということに美佳はようやく気づいた。
 彼らが寝込んだのは中学生の時で、まだ成長過程の彼らの身体は男の人と言うよりはまだ少年で、こんなに意識をすることはなかったのだ。
「どしたん?」
 武士は固まってる美佳の顔を覗き込んだ。その瞬間、我に返る。
「な、何でもないよ」
 美佳は洗面器のお湯に浸けたタオルを絞った。
「背中から拭くね」
 美佳は赤くなる顔を隠すように、武士の背後に回る。大きな背中に緊張するが、それを隠して背中を拭き始めた。
「何か悪いなぁ」
「え?」
 突然武士がそう呟く。
「何から何までしてもろて。……彼女でもないのに」
 その言葉が何だか悲しい。それを隠すように、美佳は頭を横に振った。
「ううん。あたしこれでも家事とか好きだから。……家にいたらやらないけど」
 そう言うと武士は笑った。
「そうなんや。でもホンマ、助かった。美佳ちゃんがおってくれて良かった。ありがとう」
 思わぬ言葉に、顔がニヤける。顔が見られなくて良かったと、変に安心した。
「あ。美佳ちゃんって彼氏おったっけ?」
「へ?」
 突然の質問に妙に焦る。
「な、何? 急に」
「いやー、彼氏さんおったら悪いなぁって」
 何でこんな時にそんな気を使うのだろう? 不思議に思いながらも口を開く。
「大丈夫よ。そんな人いないから」
「えー? そうなん? でも美佳ちゃん、モテるやろ?」
「モテないよ」
 実際そうだ。告白なんてされたこともないし、彼氏がいたこともあるが、それは自分から告白したからだ。
「そうなんか? じゃあ男が見る目ないんやな」
「何それ」
 思わず美佳は笑う。だけど嬉しい。少なくとも武士は好意的に見てくれているのだから。
「そんなこと言って、お嫁に行けなかったらどうするのよ」
 意地悪く聞いてみる。
「そん時は俺がもらったげるよ」
 武士はそう言って笑った。
 嬉しすぎる言葉に、何だか泣きだしそうになってしまった。例え冗談だとしても、例え熱に浮かされてるとしても、嬉しい。
「そんなこと言って、武士くんの方が先に結婚してたりして」
 口をついて出た言葉はかわいくないものだった。どうしてこうなんだろう? 自分が嫌になる。
 しかし武士は気にせず、苦笑した。
「どうやろなー」
 こんな会話ばかり続けていても、変なことを口走りそうなので、美佳は話題を変えることにした。
「ねぇ、武士くん、あの写真って……」
 武士の腕を拭きながら、棚の上の写真立てやコルクボードを指差す。
「あぁ、あれは俺の宝物」
「宝物?」
 美佳は思わず聞き返した。
「俺さ、アキ……俺助けてくれた親友、義彰って言うんやけど。アキが亡くなってから、『一期一会』って言葉がすごい身に沁みてな。今日は会えたけど、明日は会えんかもしれん。もしかしたら一生会うことないかもしれんって思うようになってな。それから今まで会った人を忘れんように、写真に撮ってんねん」
「それでよく写真撮ってたんだ?」
 美佳の問いに、武士は頷いた。
 いつもどこからかデジカメを取り出し、皆の写真を撮る武士を少し不思議に思っていたが、その謎が解けた気がする。
「ねぇ……あの端っこにある写真に写っているのって、義彰さん?」
 美佳の言葉に、武士は写真を見やる。眼鏡のレンズ越しに見えた写真には、確かに義彰が写っていた。
「そう」
「義彰さんって、どんな人だったの?」
 美佳はそう聞きながら、タオルをお湯に浸し、洗う。
「アキは……不思議な奴やった」
「不思議?」
 聞き返した言葉に、武士は頷いた。
「どんなにムシャクシャしとっても、イライラしとっても、アキが現れたら、そんな感情いつの間にかなくなってた。あいつが俺の精神安定剤みたいな感じやった」
「精神安定剤……」
 そこまで大きな存在だったとは、考えもしなかった。
 タオルを絞り、今度は武士と向かい合う。
「あ、美佳ちゃんに似てたかも」
「え? あたしに?」
 目の前の満面の笑顔と言葉に、美佳は驚いた。
「うん。雰囲気とか、美佳ちゃんに似とるかも」
 そう言われて、嬉しいような恥ずかしような複雑な気分になる。
「あたしの雰囲気って……?」
 少々緊張しながら手を伸ばす。男性だということを意識せずにはいられない喉仏がゆっくり動いた。
「明るいとことか、友達思いなとことか」
「それ、別にあたしじゃなくてもたくさんいるんじゃない?」
 また口をついて出てしまう、可愛くない言葉。どうしてもっと素直になれないんだろう。
 美佳は武士の顔が見れずにいた。しばらくの沈黙の後、武士が口を開く。
「美佳ちゃんさ、もし葵ちゃんが誰かに殺されそうっていう現場におったら、どうする?」
「助けるよ。迷わずに」
 美佳は自分でも驚くほどの即答をした。
「自分が、死ぬかもしれんくっても?」
 武士の質問に、美佳は頷いた。
「何で……?」
 呟くような声に、美佳は顔を上げる。
「葵は今まですごく苦労してきた。両親が亡くなって、双子の弟育てて、働いて……。自分のやりたいことも、自分の気持ちさえも押し殺して今まで生きてきた。そんな葵がせっかく掴んだ幸せを、誰かに壊させたくない。葵は幸せにならなきゃいけないの。絶対に」
 段々と目線が下がり、タオルを思わず握りしめた。すると大きな手が美佳の頭を優しく撫でた。驚いて顔を上げると、武士は辛そうに笑った。
「うん。やっぱりアキに似とるわ」
「武士くん……」
 その笑顔の意味が、美佳には分からない。
「なぁ、美佳ちゃん。抱きしめてもええ?」
「え?」
 その言葉に動揺するが、武士の泣きだしそうな顔に折れる。
「いいよ。……今日だけ、ね」
「おおきに」
 そう言うと、武士は美佳を引き寄せ、抱きしめた。
 武士の大きな体が美佳を包み込む。美佳は心臓が破裂しそうだったが、緊張する手を伸ばし、武士の背中を撫でた。
 美佳の温かい手が、武士を安心させる。思ったよりも華奢で細い体は、力を入れれば折れてしまいそうだったが、不思議なほど安心できた。
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