rainy memory

rainy memory_1

「もう……ケンカ……すんなよ」
 今は亡き親友の最期の言葉が浮かぶ。
 あの日、親友と約束してからは、一度も喧嘩していない。
「約束、やもんな」
 武士は切れることのない雨の糸を見上げ、そう呟いた。


「は? 風邪?」
 美佳は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「……大きい声出さんで……響く……」
 今にも死にそうな声で武士が呟く。
「ごめん。でも何で風邪なんて……」
「雨に打たれてたんやってさ」
 美佳の問いに、透が淡々と答える。
「自業自得やな」
「アホやから」
 龍二の言葉に慎吾が付け足した。いつもなら言い返すのに、全くそんな気配がないので、相当重症っぽい。
 ここは音楽スタジオ。ロックバンドBLACK DRAGONのメンバーは、今ここで曲作りをしている。
 美佳と葵が差し入れに来たのは、つい五分前。差し入れに飛び付く四人をよそに、一人ソファで沈んでいた武士に美佳が気づき、声をかけた。
 返って来た言葉はシンプルに「風邪引いた」だった。
「でも熱出てるのに、こんなとこで寝てたら余計に悪化するんじゃない?」
 葵が心配そうに武士の顔を覗き込む。
「って言うてもなー。帰らせてもええけど、一人暮らしやから余計心配やしな」
 龍二がそう言うと、ガバッと武士が起きた。
「俺、仕事しに来てるんやけど」
「ソファで死んどる奴が何言うてんの」
 慎吾が冷たく言い放つ。
「一応さっきまで仕事してたやんかぁ……」
 慎吾の冷たさに武士はいじけた。
「無理しないで、ちゃんと布団で休んだ方がいいよ?」
 葵の言葉に美佳も頷く。
「そうだよ。無理しても長引くだけだよ?」
「分かってるけど……仕事、残ってるし……」
 武士はどうやらそれが気がかりなようだ。
「それより先に風邪治して、後でやったらええやん」
 亮が正論を言うが、武士は納得しない。
「でも……皆に迷惑かけてるし……」
「そんなん、いつまでも風邪こじらせたままでおられる方が迷惑や」
 慎吾は歯に衣着せぬ言い方で返す。だけど正論すぎて言い返せない。
「じゃあさ。美佳ちゃん、こいつの看病してやってくれん?」
「へ?」
 突然の透の提案に美佳は変な声を上げた。
「何言うてんの。透。美佳ちゃんに迷惑やろ」
 武士が反論するが、透は相手にしない。
「俺は美佳ちゃんに聞いてるんや。どう? 美佳ちゃん。お願いできん?」
 透の言葉に、美佳は思わず武士を見やる。赤い顔をして、眼鏡越しにまるで捨てられた仔犬のような潤んだ目でこちらを見ている。そんな目で見られると放っておけないではないか。
「美佳、看病ぐらいしてあげたら?」
 葵が意地悪く肘で小突く。
「……いいよ。看病しても。どうせ、暇だし……」
「ホンマ? ありがとう」
 透はホッとしたように笑った。チラリと武士を見ると、辛そうにしながらも微笑んだ。
「ありがとう」

 何だか不思議な感じだ。
 美佳は予想もしなかった展開に、今更緊張し始めた。
 マネージャーの一人である青田と共に、武士の家まで向かう。車の運転はもちろん青田で、後部座席には美佳と武士が乗っている。
 一人暮らしの男性の部屋に行くのは、初めてではない。だが、いつもとは違う。いつもは高校時代や大学の仲間と遊ぶときに大人数で押し掛けるのだ。
 今日は仮にも想い人の家なのである。
(まぁ……熱で倒れてるけど)
 美佳は武士を見やった。だるそうにシートのヘッドに頭を預けている 。何だかその方が辛そうに見えるのは、気のせいじゃないはずだ。
「武士くん、その方が辛くない?」
「んー? しんどいなぁ」
 そう言いながら、美佳の方を向いて意地悪く笑う。
「美佳ちゃんが、膝枕でもしてくれるん?」
「なっ!」
 何を言ってんだ。この男は。熱にうなされてるからって、変な冗談は止めてほしい。
「冗談やって」
 武士は笑いながら、美佳の頭をポンポンと優しく叩いた。
 何だか非常に悔しい。熱があるくせに……悔しい。やられっぱなしじゃ悔しいので、美佳は口を開いた。
「いいよ。膝枕、してあげても」
 その言葉に武士が驚く。
「え? でも……」
「辛いんでしょ? でも今日だけだからね」
 そう言うと、武士は嬉しそうに笑った。
「らっきー」
 そう言いながら、美佳の膝に頭を預ける。ほんの少しの重みがかかるだけなのに、膝が緊張する。
 いつもは見上げるだけの武士の頭がこんなにも近くにあるのはとても不思議だ。
 恐る恐る髪に触る。明るい茶色にカラーリングされた髪は、思っていたよりも柔らかかった。
 すると向こうを向いていたはずの顔がゆっくりとこっちに向いた。
「ごめん」
 思わず謝ると、武士が笑う。
「何謝ってんの」
「だって……」
 勝手に髪を触ったことに、変な罪悪感が沸く。
「頭撫でてもらったんなんて、いつ振りやろ……」
 武士は瞼をゆっくりと閉じた。しばらくすると寝息が聞こえて来て、美佳は拍子抜けした。
「何か言うのかと思った……」
 眠りに落ちた武士を起こさないように、少しだけ髪を撫でる。
 彼は普段おちゃらけているが、人一倍辛いことも経験してる。だけどそのことをメンバーは知らない。いや、龍二だけは何となく知っているとは言っていた。だが、真相全てを知っているのは美佳だけらしい。
 美佳は不思議でたまらなかった。どうして自分にだけ話してくれたのだろう?
(期待、しちゃうよ?)

 武士の家は、トップのロックミュージシャンらしい高級マンションだった。
「大丈夫ですか?」
 青田が武士を支えながら、エレベーターへ向かう。美佳も後ろから補助しながら、エレベーターの上のボタンを押す。
 何度か訪ねたことがある龍二の家よりは階数は少ないかもしれないが、それでも一人で住むには十分過ぎる。
(あたしが言えることじゃないか)
 思わず自嘲する。自分はBLACK DRAGONが所属する事務所の社長令嬢なのだから。
「十一階お願いします」
 エレベーターに乗り込んだ美佳は青田の言葉の通り、十一と書かれたボタンを押した。
「熱、上がってきたかもしれないですね」
 青田はどんどん力が抜けて行く武士を支えながら、呟いた。その言葉に美佳は手を伸ばし、武士のおでこに触れた。確かに少し熱い気がする。
「何か、さっきより熱くなってる」
「早く布団に寝かせてあげた方がいいですね」
 青田の言葉に美佳は頷いた。
「それにしても、武士さんにしては珍しいですね。風邪を引くなんて」
「馬鹿だから引かないって?」
 美佳が茶化すと、青田は慌てて否定する。
「ち、違いますって。武士さんってメンバーで一番体調に気を使ってるんですよ。だから今まで風邪を引いたり、まして発熱なんてしたことなくて……それで……」
 青田の慌てぶりに、美佳は思わず笑った。
「そうよね。武士くんが休んだ、なんて聞いたことないもの」
「何で雨に打たれたりなんかしたんでしょうか?」
 青田の質問に、美佳は武士の顔を見た。熱のせいで、会話に参加する気力もないらしい。
「そういう気分だったんじゃない?」
「気分、ですか?」
 美佳の言葉に、青田は驚く。まさかそんな答えが返ってくるとは思ってもいなかった。
「人間だもの。そう言う時だってあるわよ」
「そういうもんですかねぇ……」
 何だか腑に落ちないようだったが、エレベーターが到着したので、三人は降りて武士の部屋へと向かった。

 武士を支えている青田から鍵を受け取り、美佳が鍵を開け、ドアを開く。まず青田と武士が入り、最後に美佳が入る。
 青田は部屋に来たことがあるらしく、武士を寝室へと連れて行った。美佳は玄関から伸びる廊下をまっすぐ進み、突き当たりにあるドアを開けた。予想通り、キッチンがあり、その奥にリビングが広がる。
 美佳はキッチンに入り、冷凍庫を開く。水をセットしておくと自動で氷が作られるタイプで、酒飲みの武士はきちんと氷を作っていた。
 それを確認し、次に浴室を探す。
 今来た廊下に戻り、開けっ放しになっている寝室の向かい側のドアを開いてみる。
「ビンゴ」
 思わずそう呟いた。そこには脱衣所があり、洗濯機も置いてある。
 美佳は浴室を開け、洗面器を取った。洗濯機の上の棚に置いてあった綺麗に畳まれたタオルを拝借し、キッチンに戻る。
 洗面器に水を溜めながら、氷を入れた。それにタオルを浸けて冷やす。適度に冷えた頃に取り出して絞る。
「つっめたー」
 思ったより冷えたタオルに、思わず声が出てしまう。何とか絞って、そのタオルと洗面器を寝室へと運ぶ。

 寝室にはキングサイズのベッドが壁際に置いてあり、反対側にテレビとタンスが置いてあった。リビングにもテレビがあったのを思い出し、意外とテレビっ子だったことに思わず笑う。
 自分よりも体格の大きい人間を運んできて疲れ果てている青田をよそに、美佳はベッドのサイドテーブルに洗面器を置き、絞ったタオルを武士のおでこに乗せた。
「気持ちえー」
 もう眠ったものと思っていたのに、乗せた途端にそう呟く。起きているのならと声をかける。
「武士くん、体温計は?」
「あるわけない」
 目を閉じたまま、そう返された。
「青田さん」
「はひっ!」
 突然声をかけられて驚いたのか、思いきり噛んだ。しかし美佳は気にしない。
「体温計買ってきてくれる? あと食材と」
「あ、はい。何買ってきたらいいですか?」
 青田の質問に美佳は肩から掛けたままの鞄からメモとペンを取り出し、必要な物を書いて渡す。
「体温計って……どこに売ってるんでしょうか?」
 その質問に美佳は思わず固まった。そう言えば買ったことなんてない。
「どこだろう? ドラッグストアにでもあるんじゃない?」
「あぁ、そうですよね」
 納得し、青田が立ち上がった。
「青田さん、これ」
 美佳は財布を出し、一万円を渡すと、青田は驚いた。
「へ?」
「ちゃんと領収書貰ってきてね」
「はい!」
 やたら返事が良すぎて、美佳は思わず笑った。

 青田が出かけてしばらくすると、武士は再び寝息を立て始めた。
 美佳は起こさないように立ち上がり、リビングの方へと戻る。
「……汚い……」
 さっきはリビングの方はあまり見ていなかったが、主にリビングで生活しているらしく、服が脱ぎ散らかり、弁当の空き箱やビールの空き缶、更にはお酒の空きボトルが転がっている。
 よくこんなところで生活できるものだと思わず感心した。
「ったく。しょうがないなぁ」
 美佳は毒づきにながらも、片付けることにした。亮だってあまり家に帰っていないのだから、武士だってあまり家に帰って来ないのかもしれない。それこそ寝に帰って来ているだけなのかもしれない。それならこの汚さも何だか分かる気がした。

 まず脱衣所から洗濯カゴを持って来て、脱ぎ散らかしてある服をかき集める。次にキッチンを漁ってゴミ袋を見つけ、それに空き箱と空き缶を分別しながら集めた。
 部屋一面に広がっていた服とゴミを片付けると、床が顔を出した。
 集めた衣類を持って脱衣所へ向かい、洗濯機に衣類を分けながら入れる。置いてあった洗剤を確かめて入れ、洗濯機のスタートボタンを押して、一度寝室を覗いてみた。

 武士はよく眠っているようだ。
 温くなったタオルを洗面器に浸し、絞って額に置く。その時少し顔に触れてみると、何となく熱が下がったような気もする。体温計がないので、気のせいかもしれないが。

 もう一度リビングに戻り、分別したゴミ袋を邪魔にならないところに置き、掃除機を探す。掃除機は部屋に備え付けてある物入れに入ってあった。
『美佳、掃除は雑巾がけからやるのよ』
 掃除機を取り出そうとすると、ふと葵の言葉が浮かんだ。
「あ、そうだった」
 確か葵がテレビで見たと言っていた掃除の仕方は、雑巾がけを先にやるというやり方だった。そうすれば無駄に埃が舞わないので、掃除しやすいらしい。
 美佳は掃除機の奥にバケツと雑巾を見つけた。ここは一応掃除用具入れにしているらしい。
「散らかしてる割には、変なところできっちりしてるんだ」
 思わず感心する。武士はもしかしてA型なのかもしれないと思いながら、雑巾を濡らすために洗面所へやって来た。
「ったく。こんなところで役に立つなんてねぇ……」
 思わず自嘲する。
 美佳はこれでも社長令嬢なので、普段家にいる時に家事なんてしない。家事をやり始めたのは、葵の両親が亡くなってからだ。
 それまで普通に暮らしていた日向家は、突然の両親が亡くなり、葵は生活費を稼ぐためバイト尽くしになってしまった。まだ中学生だった双子だけにしておけないので、美佳が保護者代わりになり、その時に家事を覚えた。
 日頃から母親の手伝いをしていた葵たちとは違い、何をやるのも初めてで、双子の面倒を見ているというより、双子に家事を教えてもらっていた、と言った方が正しいかもしれない。
 元々器用な美佳は覚えるのも早く、一時期、葵と夫婦のような生活をしていたことを思い出し、思わず笑みが零れた。

 固く絞った雑巾で埃を床に落とす。リビングにある棚を拭いている時に、写真が多いことに気づいた。
 写真立てに飾っていたり、大きなコルクボードに無造作に貼っている写真をよく見ると、写っているのはほとんどBLACK DRAGONのメンバーだった。その中に時々自分や葵が混ざっている写真を見て、何だか口元が緩む。コルクボードを見ていると、美佳と武士のツーショットの写真があった。
「何で……これ飾ってんの……」
 酔っぱらった慎吾か誰かに不意打ちで撮られたものなので、被写体が斜めに写っている。しかしピントがきちんと合っているので、デジカメで撮ったものだろうと推測できる。
 何だか恥ずかしいが、嬉しい。
 武士にとっては、たくさんある写真の一枚なのかもしれないが、武士のプライベート空間に自分がいるみたいだ。
 美佳は機嫌よく、再び棚を拭き始めた。しかし勢いあまって写真立てに手が当たり、倒してしまう。
「ヤバッ」
 慌てて写真立てを元の位置に戻す。写真立てのガラスは割れておらず、ホッと胸を撫で下ろした。
「……誰だろ?」
 その写真は見たこともない男の子が写っていた。一緒に写っている武士が心なしか若い。
「もしかして……」
 彼は武士の亡くなった親友なのではないだろうか?
 根拠はないが、何だかそんな気がする。
「どんな子だったんだろ?」
 武士の心に今も存在する彼。武士の人生を変えたと言っても過言ではない。もし彼が庇ってくれなければ、武士は今この世にいないかもしれない。喧嘩ばかりしていた武士を変えた人物。
「武士くんを助けてくれて、ありがとう」
 会ったこともない彼に、そう言わずにはいられなかった。もし武士を庇ってくれなければ、一生武士に逢うことはできなかったのだから。

 玄関の開く音がした。
「ただいま戻りましたー」
 廊下への扉を開けっ放しにしていたので、青田はこちらにやって来る。
「ありがとう。ごめんねー。重かったでしょ?」
「いやー。武士さんに比べたら全然ですよ」
 そう言って笑う青田に、美佳も思わず笑う。
「これで大丈夫ですか?」
 青田は風邪薬や体温計、食材をリビングのテーブルに置いて美佳に聞いた。
「うんうん。本当は病院に連れてった方がいいのかもしれないけどねぇ」
 美佳は風邪薬の箱を手に取り、説明書きを読み始める。
「ですよねぇ。でも武士さんがあんな状態じゃ、無理ですよね」
「そうねぇ。せめて自分で歩いてくれないとね」
 美佳がそう言うと、青田は苦笑いを浮かべた。
 その時、携帯電話のシンプルな着信音が鳴る。
「すいません」
 青田は美佳に一礼し、電話に出た。美佳は食材が入った袋を持ってキッチンに移動する。
 さっきゴミ袋を探すためにキッチンを漁った時に見つけた鍋に水を溜め、火にかけた。食材を取り出し、調理台に並べる。
「美佳さん、すみません」
 電話が終わったらしい青田が声をかけてきた。
「どうしたの?」
「何か戻らなきゃいけないみたいで……。武士さん、お願いしてもよろしいですか?」
 予感が的中したので、美佳はあまり驚かず頷いた。
「いいわよ。そのつもりで来たんだし」
「あ、でも美佳さん、どうやって帰られます?」
 青田が運転する車に乗って来た美佳に、足はない。
「誰かに迎えに来てもらうか、電車にでも乗って帰るから大丈夫よ」
 以前から思っていたが、青田は心配症過ぎると思う。ここは都会だ。田舎と違い、帰ろうと思えばどうやってでも帰る手段はある。
「そうですか。あ、忘れないうちに、お釣りと領収書です」
 律儀に領収書とお釣りを取り出し、美佳に手渡す。
「ありがとう。気を付けてね」
「はい! ありがとうございます」
 青田は丁寧にお辞儀をすると、帰って行った。

 青田を見送り、キッチンへと戻る。
 武士の家は食材が全くなかったので、買ってきてもらった白飯のパックを使ってお粥を作ることにした。本当は野菜を入れた雑炊の方がいいのかもしれないが、病人が食べるには少し辛いかもしれないので、シンプルに卵粥にしようと思う。
 お粥を作るのは久しぶりだったが、調理法はとても簡単なので、美佳は手際よく作った。

 後は炊くだけになり、とりあえず弱火にかけて、一度武士の様子を見に行く。しばらくぶりにタオルを持ち上げると、冷たかったはずのタオルはやはり温くなっていた。洗面器に張った水も少し温くなっていたので、美佳は一度キッチンに持って行って水を替えて氷を足し、タオルを冷やす。もう一度部屋に戻り、武士の額に乗せる。
 かなり熟睡しているようで、特に反応もしないので、美佳はゆっくりと立ち上がり部屋を出た。

 脱衣所を覗くと、洗濯機はもう既に止まっていた。美佳は洗濯機の蓋を開け、洗濯カゴに洗濯物を入れ、リビングに持ってきた。
 そこにはベランダがあり、洗濯物を干す竿もハンガーなども揃っているのだが、良く見るとうっすら埃が溜まっていた。
「……洗濯どうしてたんだろ?」
 不思議に思いながらも、洗濯カゴをそこに残し、美佳は雑巾を取ってきて、埃を落とす。
 そう言えば、亮は独身時代に洗濯をまともにしたことがないと聞いたことがある。武士の場合、最初はちゃんとしていたのだろうが、きっと忙しさで洗濯にまで手が回っていないのだろう。
 散乱していた部屋を思い出し、美佳は苦笑いを浮かべた。
「しょうがないか」
 一通り拭き終わり、洗濯を干す。
 洗濯を干すのも久しぶりだ。実家にいると、特に美佳の家では家事をすることはない。双子がデビューして売れるようになって、葵が家にいるようになってからは、家事をする機会もなくなった。
 だけど意外と体が覚えているものだ。どうすれば効率よくできるか、感覚で分かるようになっている。
 いつしか美佳は家事を楽しんでいた。
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