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rainy memory

rainy memory_3

 翌日。すっかり熱が引いた武士は、仕事に復帰した。
「ご迷惑かけましたー」
 スタジオに顔を出した武士は、何だか妙にすっきりした顔をしていた。
「俺らより、美佳ちゃんにお礼言わなな」
 龍二が苦笑する。
「美佳、熱出てるって」
 電話を切った亮が平然とそう言った。
「へ?」
「何で美佳ちゃんが?」
 予想もしなかった言葉に武士も慎吾も驚いた。
「お前、美佳ちゃんに移して復活したな?」
 透が意地悪く言う。
「……何したんや? お前」
 龍二に恐ろしい形相で睨まれ、武士は震えた。
「な、何もしてへんよ! ……あ」
 思い当たる節を見つけ、思わず言葉が漏れる。
「『あ』ってなんや! お前まさか……」
 龍二が立ち上がり、武士に詰め寄った。
「ホンマ何もしてへんって!」
 確かにいい雰囲気にはなった。けど手は出していない。大体、熱を出しているのにそんな体力があるはず……。
「熱出しとんやから、何もできんやろ」
 自分の考えていたことを透があっさりと言ってくれた。
「それもそうか」
 龍二は何とも簡単に納得した。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は透が黒い笑みを浮かべている。
「でも、何もしてないのに、そんな簡単に移るわけないよなぁ?」
 時々透は透視能力があるんじゃないのかと思ってしまう。
「確かに。何があったのか、聞かせてもらうか」
 今まで参加していなかった慎吾が、これまた意地悪く笑っている。
「何もないってー!」
 武士の叫び声が空しく響いた。

「美佳、大丈夫?」
 葵が心配そうな顔で、ベッドに横たわる美佳を覗きこんだ。
 夕方、葵は仕事帰りに美佳の家に寄った。部屋に入ると、早めの夕食(と言ってもお粥)を食べ、薬を飲んで横になったところだった。
「大丈夫。お医者さんにお薬もらったし」
 美佳はベッド脇のサイドテーブルに置いてある薬を指差した。それを見て葵はいくらか安心した。
「あ、今朝亮くんから電話あってね。武士くん、熱下がってスタジオに来たって」
「そっか。よかった」
 葵の言葉にホッとする。
「でも美佳が熱出したんじゃ、世話ないね」
 葵はそう言って笑った。
「ホントにね」
 自分でも可笑しくて笑える。
「熱は?」
「んー。今朝よりは下がったと思うよ」
 やはり体のだるさが違うので、何となく分かる。
「ならいいけど。あんまり続くようなら、もう一度お医者さん診てもらいなよ?」
「うん」
 そんな会話をしてると、部屋のドアがノックされる。葵が返事して、ドアを開けた。
「あれ? 亮くん」
 ドアの外にいた人物に驚いた。よく見ると、亮の後ろにもう一人いる。
「こいつがどうしても見舞いに来たいって言うから」
「そっか。どうぞ」
 葵は亮の後ろの人物を招き入れた。彼と入れ替わるように、葵はドアの外に出る。
「じゃあ、美佳。あたし帰るね」
「え?」
 驚いて、思わず起き上がった。寝そべっていた美佳の位置からは、ドアは見えない。起き上がった美佳は部屋に入って来た人物に驚いた。
「武士くん!」
「よう」
 武士は苦笑いを浮かべて、挨拶をする。
「何で……」
 その時、自分がパジャマだということに気づき、急いで布団で隠した。
「俺の風邪、移してもーたみたいやから」
 そう言いながら、武士は美佳に近づく。手には大きい果物かごがあった。
「これ、お見舞い。って言うても病人がこんなに食えんか」
 いつもと同じ笑顔で笑う。昨日のことなどなかったかのようだ。果物かごを横に置き、ベッドの傍に座った。
「武士くんは……もう治ったの?」
「おう。めっちゃ元気んなったで! 昨日美佳ちゃんが作ってくれたお粥のおかげかな?」
 そんな嬉しいことを言われると、ニヤけてしまうではないか。
「よかった。風邪、治って」
「ごめんな」
 突然謝られ、美佳は驚いた。
「俺の風邪、移したみたいで」
「違っ! これは……移されたんじゃなくて。帰りに雨が降ったのよ。だから……」
 慌ててそう言うと、武士は柔らかく笑った。
「ほらほら。病人なんやから、寝そべって」
 武士はベッドの上に座っている美佳を寝かせ、布団をかけた。
「ねぇ、もし義彰さんが生きてたら、今頃どうしてた?」
 突然の質問に、武士は驚く。少し唸りながら考えた。
「うーん。どうしとったかなぁ? でも……何かしら音楽はやっとったと思うで」
「義彰さんと?」
 聞かれ、武士は笑った。
「どうやろー。あいつもドラマーやったからな。でもやっぱり音楽やってたと思うで」
「そっか」
 美佳はその言葉を聞いて、少し安心した。どうして安心したのかは自分でもよく分からない。
「義彰さんは、幸せだっただろうね」
「へ?」
 突然の美佳の呟きに、武士は驚いた。
「だって武士くんと一緒に過ごせて、武士くんの命を救って、武士くんを更生させたんだもん」
 そう言われても、武士自身そんな風には思えない。
「でも……俺がおらんかったら、あいつは死なんでもよかった……」
「違うよ」
 泣きだしそうな武士の頬に、美佳は右手を伸ばし優しく触れた。
「義彰さんは、離れようと思えば、いつだって武士くんから離れることできた。でもそれをしなかったのは、武士くんのこと、本当に大切に思っていたからだよ」
「そう……かな?」
 武士が呟くように訊くと、美佳はゆっくり頷いた。
「きっと、今も見守ってくれてるよ……」
 そう言いながら、美佳はゆっくりと目を閉じた。どうやら薬が効いてきたらしい。
 左頬に触れていた手が力なく落ちた。
 武士はその手を布団に入れ、もう一度掛け布団を首までかける。
「敵わんなー。美佳ちゃんには」
 武士はそう言って、寝入った美佳を優しく見つめた。


 帰り道、ふと空を見上げると、さっきまで晴れていた空が灰色に染まったいた。
「ヤバいな」
 そう言いながら、ヘルメットを被る。バイクのエンジンをかけ、走り始めた。
 雨の日は嫌いだった。あの事件を思い出してしまうから。
『義彰さんは、幸せだっただろうね』
 美佳の言葉が頭に響く。
 今となってはその真偽を確かめる術もない。
 だけど、どんな時もずっと傍にいてくれた。当時の自分がどん底だと思っていたあの頃も、実は義彰のおかげでギリギリでもどん底には堕ちてはいなかった。
「ごめんな、アキ」
 謝ったって、彼はもう帰ってこない。分かっているが、謝らずにはいられない。
『そういう時は『おおきに』って言うんやで』
 ふと義彰の顔が浮かんだ。
「おおきに。アキ」
 降り始めた雨に、そう呟きながら、武士はバイクを走らせた。
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