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ACT X 階段 「あっごめんねぇ。芹華ちゃん。呼び出しちゃって。」 智子は芹華を見るなり、いきなり謝った。やっぱり綺麗だ。高校生の子供がいるとは思えない。智子は近くにいた秘書らしき人を呼び、何かを伝えるとその女の人は出て行った。 「ああ。芹華ちゃん。そこに座って楽にしてていいから。」 芹華は言う通りにソファに座った。しばらくすると、違う女の人が入ってきて芹華にお茶を出し、また出て行った。 「今日芹華ちゃんを呼び出したのはね、貴女にモデルをやってほしいと思ったからなの。」 芹華はその言葉を聞いて飲んでいたお茶を噴きだしそうになった。 「もっ、モデルですか?」 芹華が素っ頓狂な声を上げて聞き返す。 「ええ。そうよ。」 智子はにっこりと笑った。 「もちろん、バイト料も払うわ。悪い話じゃないと思うんだけど。」 「いえ。そうではなくて、なんであたしなんかに?」 「貴女にぴったりだと思ったからよ。背は高いし、美人だし。」 智子は終始笑顔だった。 「・・でも・・あたしなんか・・・。」 「あのね、芹華ちゃん。そうやって自分を消極的に見てちゃダメ。やれることは片っ端からやってみる。そうすると、自分の可能性、やりたいこと、すべて見つかるわ。大丈夫。貴女ならできる。私が見込んだんだもん。絶対できるわ。」 智子の目はしっかりと前を見ていた。自分に自信がある。とても強い瞳。 「それにね。今回は芹華ちゃんだけじゃなくて、遙もやることになってるの。あとメンズは遼平とそのお友達も。ってまだ決まったわけじゃないけどね。でも遙は決定してるから。安心していいわよ。」 智子はまたにっこりと笑った。 芹華は帰り道悩んでいた。 (どうしよう。一応考えさせてください、とは言ったものの自信ないしなぁ。) 「はぁー。」 「何悩んでんの?」 芹華が顔を上げるとそこには3人の男がいた。どこかで見たことがある。 「あっ、あんた。」 芹華は思わず声を出してしまった。 「うわっ。覚えててくれたんだ。光栄やな。」 1人の男が笑う。嫌な笑い方だ。そう、こいつらはいつか芹華をナンパした、あの3人組だった。芹華は関わらないように立ち去ろうとした。 「待ってよ。どーせヒマなんやろ?俺たちと遊ばん?」 「そうそう。今日は1人なんやろ?」 芹華は無視してすたすたと歩き出した。 「無視せんでよ。」 男たちはしつこくまとわりついてきた。それでも芹華は無視。 「待ってよ。なぁ、俺たちと遊ぼうって。」 芹華はどうすることもできず、そのまま歩いていた。しかし1人が芹華の腕を掴んだ。 「ちょっと離してよ。」 「やだ。」 芹華はその手を振りほどけなかった。そのままずるずると引きずられて行った。そのとき、横から手が伸びてきてその男の手を捻じ曲げた。 「いてっ。何すんねんな。」 芹華は驚きながらその人物を見た。 「哲哉。」 「芹華、大丈夫?」 哲哉は男の手を捻ったまま、芹華に声を掛けた。 「うん。」 「良かった。」 「おい。離せや。」 男があまりの痛さに泣き出しそうなっていた。 「今度彼女に近づいたら、どうなるか分かりませんよ。」 哲哉は冷ややかな笑みを浮かべた。男たちは背筋に悪寒が走った。そして一目散に逃げて行った。 「あいつらもしつこいな。」 哲哉は彼らを見送りながら言い放った。芹華はただ呆然としていた。あの冷ややかな哲哉の微笑みの恐ろしさが伝わってきたのだろう。いつもはとても穏やかなのに。芹華の知らない哲哉がまだまだいることを思い知った。 「芹華?大丈夫か?」 動かない芹華に気付き哲哉が顔を覗き込む。 「うっうん。」 芹華は頷く。 「ところで哲哉。ここで何やってんの?」 「ああ。遼平のおふくろさんに呼び出されて、そのあとこの辺の楽器屋とか覗いてたんや。そしたら芹華があいつらに襲われてんのが見えて・・。」 「なるほど。」 芹華は妙に納得した。 「芹華は?」 「うちも哲哉と同じ。遼平のお母さんに呼び出されて、その帰り。」 「ふーん。やっぱモデルの話だったん?」 「うん。そう。」 「で、芹華はどうする気なん?」 「まだ悩んでる。急にそんなこと言われてもどうしたええか分からんし。」 「そっか。」 「哲哉は?」 「俺?俺は別にやってもええかなって思う。なんか新しい自分が発見できそうやん?」 哲哉は明るく笑った。 「芹華もやりなよ。絶対ええ経験になると思うで。」 「うーん。」 「まぁ。無理にとは言わんけど・・。」 芹華が俯いたのを見て哲哉は少し言葉を濁した。 「やっぱ、も少し考えて見る。」 芹華は顔を上げた。哲哉は微笑んだ。 その日の間、ずっと考えていた。確かに悪い話ではない。だが、あまりに唐突すぎる。今までの自分からモデルになる自分は想像できない。 芹華は智子からもらったパンフレットを見ていた。華やかで、モデルは皆綺麗だった。哲哉や遼平がモデルをやったら、さぞハマるだろうな。 遙もいつもは大人しいのに写真に写るときはとても堂々としていた。そのパンフレットには主に遙や遼平の写真が載っていた。2人とも自信に満ちている。 『新しい自分を発見できそう。』 ふと哲哉の言葉が頭に浮かんだ。確かにそうかもしれない。何事も経験してみなければ、どれが自分に合っているのかなんて分かるわけない。 「芹華。入るよ。」 ノック音と共に清華の声がした。 「どうぞ。」 「風呂開いたから入りな。」 「ん。」 「何やってんの?」 清華は芹華が見ていたパンフレットを覗き込んだ。 「何これ。遼と遙やん。」 「うん。モデルやってるときのね。」 「どして芹華が持ってんの?」 「今日智子サンに呼び出されて、モデルしないかって・・。」 「すごいやん。」 清華はベッドに座った。 「そお?」 「そうやって。なかなかそんな話ないで。しかも『water moon』のモデルなんてさ。」 「・・・。」 「で?受けるん?その話。」 「実はまだ悩んでる。」 「なんで?いい話やんか。」 「そうだけど。うちなんかがモデルやってもえんかなって。」 「あのね、芹華。モデルの人だって元々は普通の人なんよ。それにモデルになりたいって思ってもなれない人がおるんやから。芹華なら大丈夫。背はあるし、スタイルいいし。だからもっと自信持ちな。」 清華の目はとても迫力があった。 「そ・・だね。何でもやってみたほうがええよね。やっぱ。」 「うん。ムダだって思っても絶対後からついてくるモンだってあるし。やってみなって。応援するからさ。」 清華は微笑んだ。芹華も微笑んだ。 「うん。やってみる。」 「でもまず母さんと父さんに許可もらわんとね。」 「うっ。」 「大丈夫やって。芹華。うちも一緒におるから。」 「でも・・・。」 芹華は親の部屋の前で立ち止まっていた。 「大丈夫だって。母さん、ちょっといい?」 清華は芹華をつかまえたまま、ドアに向かって叫ぶ。 「いいわよ。」 「ほら。行くよ。」 返事が返ってきたと同時に清華はドアを開けた。 「あれ?父さん。帰ってたん?」 「いちゃ悪いか。」 「悪くないけど。いつ帰ってきたの。」 「さっき。やっと事件が一段落ついてな。」 そう芹華たちの父は刑事なのだ。こうして家にゆっくり帰ってきたのも実に1ヶ月ぶりぐらいだ。父、雅希は母、由華子にマッサージしてもらっていた。 「で?どうしたの?2人そろって。」 由華子がマッサージしながら尋ねる。 「ああ。ちょっと話が・・。芹華から。」 「ええっ!」 急に振られて驚く芹華。雅希と由華子が芹華を見る。 「何?芹華。」 由華子が優しく訊ねる。 「えっと。あのですね・・・。」 「芹華。モデルやりたいんだって。」 芹華がまごついているので清華があっさりと言う。 「お姉ちゃんっ。」 芹華は清華を軽く睨む。どうしてそんなあっさりと言うかなぁ。 「ホントなの?芹華。」 由華子が訊く。 「うっうん。まぁ。」 「どういうことや?」 雅希がクエスチョンマークを飛ばしながら尋ねる。 「えーっと・・今日ですね。あの・・智子サンに呼び出されて、モデルやらないかって言われたのでございます。」 芹華はパニクっていて日本語がおかしかった。 「それで芹華はやりたいって?」 由華子が推論しながら尋ねる。 「うん。返事はしてないけど・・・。」 そう言うと雅希と由華子はお互い顔を見合わせた。芹華は怒られると思った。雅希が口を開く。 「えんちゃう?今のうちだけやかんな。何でもできるんは。」 「そうね。自分の娘がモデルだなんて、自慢だわ。しかも智子ちゃんの指名なんて。」 由華子はなんかうきうき気分だ。雅希の意外にあっさりと穏やかな返答に芹華は腰が抜けそうになった。 「よかったね。芹華。」 清華は笑顔で芹華に話し掛けた。芹華はほっと胸を撫で下ろした。 それから数日後。撮影の日がきた。芹華たちはあるスタジオに来ていた。 「良かったわ。みんなOKしてくれて。」 智子はにっこりと笑った。結局芹華、遙、遼平、哲哉、響介がモデルとして来ていた。 「ほぼ脅しやんけ。」 遼平が呟く。 「何か言った?遼平くん。」 智子が冷ややかな笑みを浮かべる。 「ナンデモナイデス。」 「よろしい。ではみなさん、早速着替えてみて。」 智子はやはり笑顔で皆に言う。芹華は遙に更衣室に連れて行かれた。 「遙。おかしくない?」 芹華は用意された衣装を早速着てみた。 「うん。全然おかしくないよ。」 遙が微笑む。それでもなぜか芹華は不安だった。 「そお?なんか緊張してきた。こんな女の子っぽい服、あんま着ないし。」 「でも似合ってるよ。芹華姉。」 遙はにっこりと微笑んだ。まるで天使のようにカワイイ笑顔。女の子らしいロングヘアーに短めのふわっとしたスカート。絵本から飛び出したような。芹華は遙を羨ましく思った。 「遙の方がカワイイやん。」 「ありがと。でも芹華姉はかわいいっていうより綺麗だよね。大人の女の人ってカンジ。」 遙の意外な言葉に芹華は動揺した。 「おっ大人?」 「そお。芹華姉の綺麗さがすっごくよく出てる。その服。」 確かに大人っぽい服ではある。それが自分に合ってるかどうかは別として。そこでノック音がした。 「どうぞ。」 遙が答える。 「着替え終わった?」 「お父さん。」 入ってきた人物は遙の父親柊平だった。ヘアーメイクアーティストである柊平は芹華たちにメイクをしに来たらしい。初めは遙にメイクをする。芹華はそれを見守った。柊平は慣れた手つきで遙にメイクする。飽くまでナチュラルに。芹華は感動していた。遙もただメイクが終わるのを待っている。メイクが終わると、次はヘアースタイルを変え始めた。遙のロングヘアーは柊平の指によってまとめられた。芹華は本当に感動していた。魔法が掛けられたかのように遙は美しくなっていく。自分もそうなりたいと思った。 「次は芹華ちゃんの番やね。」 柊平がにっこりと笑った。芹華は大人しく座り、鏡をじっと見た。 「いい?今から君に魔法をかける。けどこれは君も一緒に掛けるんだ。じゃないと掛からないからね。瞳を閉じて、綺麗になりたいって願うんだ。何度も何度も心の中で唱えるんだ。それこそ呪文のようにね。分かった?」 柊平は鏡越しに芹華に話し掛けた。芹華はこくんと頷く。そして柊平のメイクが始まった。芹華は心の中で何度も願った。 (綺麗になりたい。綺麗になりたい。綺麗に・・・。) メイクもヘアーも終わった。 「いいよ。芹華ちゃん。瞳を開けて。」 柊平の声に従ってゆっくり瞳を開ける。 「えっ?」 目の前にいた鏡の中の人物に驚いた。まるで自分ではないようだ。想像以上に変化した自分に終始驚いていた。 「芹華姉。時間だよ。」 遙が声を掛ける。 「うん。」 芹華はドアに向かって歩き出した。 撮影は順調に進み、芹華たちもだんだん慣れてきた。芹華は1人でカメラの前に立っていた。カメラマンの声と同時に動き、笑い、睨む。芹華は何だか楽しくなってきた。 「はい。OK。じゃあ、次の撮影まで休憩してていいよ。」 カメラマンの大林が笑いながら言う。 「はい。ありがとうございました。」 芹華は一礼して休憩に入った。 「智子ちゃんやろ?あのコ見つけてきたん。」 大林が隣にいた智子に話し掛けた。 「そうよ。いい子でしょ。礼儀正しくて。」 智子が微笑む。 「確かにね。でもそれ以上にモデルになる素質はあるよ、あのコ。」 「・・・・。」 智子は黙って聞いていた。微笑みながら。 「どこで見つけてきたんや?」 「隣に住んでんのよ。」 智子は笑いながら答える。 「ふーん。それにしても前に写真で見たカンジとはだいぶ違うみたいやけど。」 「女の子はね、服とかメイクで幾らでも違うコになれるのよ。」 「まぁ、確かにそうかもね。」 「でもあのコの場合はちょっと違うわね。」 「どういうこと?」 「恋してるってことよ。」 智子が微笑んだ。 「お疲れさん。」 芹華は急に差し出されたジュースに驚いた。哲哉だった。 「哲哉。ありがと。」 ジュースを素直に受け取ると、口に含んだ。 「あー。生き返った。」 「オーバーやな。」 哲哉が笑う。 「でも結構楽しかった。」 芹華は最高の笑顔を見せた。哲哉は微笑み、呟く。 「良かった。」 「なんで?」 「だって芹華、悩んでたやんか。だからこの話受けるって聴いた時、正直大丈夫かなって思ってた。だから、こうして芹華の笑顔見れて嬉しかったんや。」 哲哉の言葉に少し照れてしまった。 「ありがと。ごめんね。心配かけて。でも哲哉が言ったとおり、違う自分って言うのを見つけたかったの。これも千載一遇のチャンスだと思って。だから・・・。」 「そっか。で、見つかった?違う自分。」 「うーん。まだよく分かんない。でも見つけられそうな気がする。」 「がんばろうな。お互い。」 「うん。」 2人は微笑んだ。 そして次の撮影に入る。いつの間にか遙は違う服に着替えていた。今度はさっきとは打って変わって大人っぽい。中学生とは思えない色気を感じた。 「次は皆で撮るからね。」 大林が笑う。一列に並んだ芹華たちは個々にポーズを取らされた。 「じゃあ、芹華ちゃんと遼平クン、くっついて。」 「えっ?」 「マジっすか?」 遼平の声が裏返る。 「いや?」 大林の笑みが妙に怖かった。 「いやってわけじゃ・・・。」 遼平が困ったように答える。そりゃそうだろう。幼なじみとはいえ、今は親友の好きな人なのだから。芹華もちょっと困っていた。何より哲哉が見ているのが気になった。 「ったく。しゃーねーな。いいか。芹華。仕事、ビジネスだかんな。」 遼平がなぜか念を押す。 「分かってるよ。」 芹華が不機嫌に答える。その間に他の皆はカメラから離れる。 「いいか。いくで。」 大林がカメラを覗く。2人はまるで恋人同士のように振る舞った。コンセプトはそれだったから。芹華は半分ヤケだった。 「もっとくっついて。」 大林の無茶苦茶な条件もクリアしつつ、2人は笑顔でこなした。 「あー。疲れた。」 芹華が溜息を吐く。哲哉と2人で夕方の道を歩きながら。ちなみに遼平と遙と響介は先に車で帰った。 「でも楽しかったんやろ?」 哲哉が微笑みながら言う。 「うん。まーね。」 芹華も微笑む。 「にしてもさ、びっくりしたわ。遼平と組むなんてさ。」 芹華が不機嫌に言う。 「ヤだったん?」 哲哉の不意の問いに芹華は一瞬困惑した。 「うーん。そういうわけじゃないけど・・・。でも哲哉が見てる前であんまりやりたくなかったな。」 芹華がポツリと呟く。 「えっ?」 哲哉が思わず聞き返す。妙に嬉しさが込み上げてきた。 「何ニヤニヤしてんのよ。」 芹華は哲哉の顔を見て、察したのか、照れながら言った。 「いや。別に。」 哲哉は本当に嬉しそうに笑った。 それから1ヵ月後、芹華たちがモデルをしたポスターが街角にデカデカと貼られていた。もちろん、2学期が始まった学校ではこの話題で持ちきりだった。 芹華や哲哉は生徒会委員だし、遼平や響介はバンドコンテストで顔は知られている。4人はちょっとした有名人だった。だから余計に噂の回りが早かった。 そしてある日のことだった。芹華たちは校長室に呼び出されていた。もちろんモデルのことで。親も呼び出されていた。と言っても来ていたのは芹華の母と響介の母だけだが。 「どういうことですか?我校の生徒が4人も。しかもその中の2人は生徒会員ではないですか?恥さらしもいいとこだ。お母さん方は知っていたんですか?自分の子供がこんなことしてるなんて。」 教頭は血管がぶち切れるほどの勢いで言った。 「お言葉ですが教頭先生。私たちは別に恥ずかしいとは思ってません。むしろ誇りに思ってるんです。それなのに・・・。」 芹華はつい勢いに任せて言ってしまった。 「しかしだね、萩原くん。これじゃあ、他の生徒に示しつかないだろう。」 「萩原さんの言う通りです。僕たちは別に恥ずかしいこともいけないこともしてはいません。これは一種のバイトです。ここの社長の智子サンに声をかけていただいたので、千載一遇のチャンスだと思ったんです。眠っているかもしれない自分の可能性を試すために。それに校則で『モデルはしてはいけない』なんてなかったですよ。」 哲哉は芹華の言葉に付け加えた。 「っ。だっだがねぇ・・・。」 教頭は汗をふき取った。確かに校則では決められてはいない。校長は何も言わず、ただ芹華たちのやりとりを聴いていた。新任の哲哉たちの担任と芹華の担任がおろおろしながら立っていた。その時ノックがしてある人物が入ってきた。 「げっ。おふくろ。」 遼平がのけぞった。この世で最も苦手な人物だからだ。 「遅れてすみません。水槻遼平の母親です。」 智子が一礼する。教師たちは驚いていた。思いのほか若かったからだ。そりゃそうだ。智は遼平をはたち20歳のときに産んでいる。現在の年齢、36歳である。 「で?何かしでかしたんです?このバカ息子。」 智子はどうやら事情を聞いていないらしい。遼平の隣に座る。 「何もしてねーよ。」 遼平が鬱陶しそうにそっぽ向く。 「いえ、息子さんがですね。そちらの3人と一緒にモデルをしてですね・・・。」 教頭が言い終わらないうちに智子がいきなり笑い出した。 「どっ、どうかなさったんですか?」 突然笑い出したので、教頭は驚いて訊いた。 「いえ。ごめんなさい。それ、私が4人に頼んだんですの。」 智子は笑いを堪えながら答えた。 「は?」 教師陣はクエスチョンマークを飛ばした。 「ですから、私がこの4人にモデルになってほしいと。」 もう一度説明し直す。 「でもこれはwater moonの・・・・。」 教頭がやはりワケが分からないと言ったカンジで言う。 「ええ。私のブランドですよ。」 智子があっけらかんと言う。 「私のブランドって・・・ってことは・・・あなたがあの有名な・・・。」 後ろにいた新任教師2人がかなり驚いていた。教頭はよく分かっていないようだった。特に芹華の担任の女教師はwater moonのファンらしく、ぶっ倒れそうになった。 「ええ。」 智子がにっこりと頷く。 「では、貴女がこの4人にモデルを依頼したと。」 教頭がまとめなおす。 「そうです。あっ。名刺お渡ししときますね。」 智子が名刺を配りながら返事する。 「で、それがなんで親呼び出しになったんです?」 「えっと・・・それはですね・・・。」 さっきまで血管がぶち切れそうになっていた教頭は今度は冷や汗をかいていた。勢いのよさも本人の前ではでないのだろうか。 「もういいじゃないですか。」 ずっと黙っていた校長がようやく口を開く。 「こっ校長。」 「確かに、赤樹くんの言った通り、校則でモデルをしてはいけないとは書いていない。呼び出したのは、君たちがこのことに対してどう思っているかを知りたかったんだ。萩原さんや赤樹くんが言ったように自分がしたことにプライドをもつというのはとてもいいことだ。それがエスカレートしてはだめだが。君たちはいい意味で誇りを持っている。それに自分の可能性を積極的に試すというのも、大切なことだ。私は君たちからその言葉を聴けて嬉しかったんですよ。それに他の生徒たちにはいい刺激になるだろうしね。」 校長はそう言うとにっこりと笑った。 「じゃあ。モデルの件、彼らに続けてもらってもいいんですね。」 智子が嬉しそうに言う。校長は微笑んだまま頷く。 「げっ。」 遼平がうなる。 「さてと、私は仕事に戻らせていただきます。遼ちゃん。今日はすき焼きがいいなぁ。」 智子が甘えた声を出す。 「分かったから、早よ行け。」 「親に向かってなんつー口の利き方。」 智子が絶対零度の微笑みで遼平のほっぺたを引っ張る。 「ひっ。ごへんなはーい。」(訳:ごめんなさい。) 「では失礼します。」 智子は遼平のほっぺたをパッと離し、校長室から出て行く。相変わらすマイペースな人だ。一同呆気に取られていた。 それからまた数日後。芹華はまた例のごとく呼び出されていた。 「ファッ・・ファッションショーですかぁ?」 芹華は素っ頓狂な声を上げた。 「そう。今度、冬物のファッションショーするんだけどね。イメージが芹華ちゃんにぴったりなのよ。だからね、お願い。」 「お願いって言われても・・。」 芹華はまた悩んだ。今度は休み中のことではない。 「いつやるんですか?」 「そうねぇ、多分11月くらいかしら。」 「11月・・・。」 「文化祭っていつだっけ?」 「11月の第2土日ですけど。」 「そう。一応、11月下旬くらいで予定組んでみるけど?」 智子がメモしながら言う。 「じゃあ、やります。」 芹華は意を決した。ここまでくれば怖くはなかった。学校側も認めてくれたし。 「ありがとう。そう言ってくれてホント助かるわ。」 智子がにっこり笑った。 それから多忙な日々を送った。まず文化祭の展示用の作品を作成。生徒会長としての仕事をこなし、バスケ部キャプテンとして練習に励む。その間を縫って服のサイズ合わせ。ファッションショーの打ち合わせやリハーサルをしていた。家には寝に帰っていた。 またまた文化祭の時期がやってきた。今年芹華は生徒会長として運営していた。事がスムーズに運ぶよう見守るため、哲哉と共に校内の見回りをしていた。 「にしても今年は一般客が結構入ってるよね。」 哲哉が嬉しそうに言う。 「そうやね。でもみんなバンド目当てちゃうの?」 芹華が哲哉の方を見る。 「そーかなぁ。」 哲哉ははぐらかした。今年も例のごとく哲哉たちのバンドは演奏することになっている。特別に譲も入って演奏する予定だ。許可も何とか下りた。 「そうやって。だって圧倒的に女の子が多いやんか。」 芹華はちょうど通りかかった渡り廊下から下に見える、私服の女の子たちを指差した。 「気のせいちゃう?」 哲哉はあっけらかんと言った。どうやらそんなに関心がないらしい。芹華は何となくホッとした。 「せーりか。」 後ろから懐かしい声がした。 「あっ。友里先輩。お久しぶりです。」 芹華は振り返るなり、笑顔になる。卒業して以来だ。 「おう。萩原。ちゃんと生徒会長やってるか?」 友里の後ろから声がした。 「遠藤先輩。先輩だけには言われたくない台詞です。」 芹華が昨年の博之の行動を思い出しながら言う。懐かしい。 「まぁ、博之が卒業できたのも就職できたのも半分以上は芹華のおかげかもね。」 友里が小悪魔的な笑みを浮かべる。 「なんでですか?」 芹華は不思議がって訊ねる。 「だってこいつがやった仕事ってちょっとやん。ほとんど代わりに芹華やってたもんね。」 「そんなことないよ。友里ちゃん。」 博之が否定する。 「そんなことあるよ。」 即答で返された。博之はしょんぼりしてしまった。相変わらずな2人だ。芹華はそんな2人を見て微笑ましくなった。 「そういやぁ、あんた遠野と別れたんやって?」 友里がいきなり話題を変えた。 「あっ。・・・まぁ、そうなんです。」 芹華はどもった。もう数ヶ月が過ぎようとしている。それでもまだ胸に焼き付いている。 「でもなんで?」 「元々、卒業までってことだったんです。最初告白された時、遠野先輩のこと、恋愛対象とは見てなかったし、先輩を傷つける気がしたんでお断りしたんですけどね。でも・・。」 「遠野がしつこかったと。」 友里が1人で納得しながら言う。 「・・・。」 芹華が返事に困る。 「そっか。別に喧嘩別れとかしたわけじゃないんだね。で、遠野からの連絡は?」 「今んとこはないです。」 「じゃあ、今頃は気持ちの整理でもしてるってとこか。」 友里が推理する。 「ああ。思い出した。」 突然、博之が大声で叫ぶ。 「なんなん?突然。」 友里が迷惑そうに言う。 「萩原さ、ポスターんなってたよね。water moonの。」 「ええ。まあ。」 「えっ?やっぱあれって芹華だったん?じゃあ、あとは遼平くんとか?」 友里が聞き返す。 「ええ。ここにいる哲哉とか。」 芹華は後ろに立っていた哲哉を呼び寄せる。 「でもよく学校が許したよね。」 友里が不思議がる。 「ああ。智子さんが説得してくださって。おかしいんですよ。教頭ってば、血管浮き出るくらい怒ってたんですよ。1人で。」 芹華は思い出し笑いをした。哲哉も笑った。 「マジで?で、校長は?」 「私たちの気持ちを分かってくださって。尊重してくださったんです。」 「やるな。校長。」 博之が顎に手をやる。 「あんたが威張ってどうすんのよ。」 友里がツッコむ。 「でもさ、どうやってモデルになったん?」 友里が芹華に詰め寄る。 「えっと・・・・そこの社長の智子さんが遼平のお母さんで、小さい時から知ってるんで。」 「いいなぁ。」 「はっ?」 「だってwater moonやで?そんな話、うちには一生こんやろうな。」 友里が肩を落とす。 「大丈夫だって。僕が友里ちゃんモデルに写真、いっぱい撮ったげるからさ。」 博之はおそらく慰めのつもりでいったのだろう。一応写真部だったので、腕は信用できる。 「ちゃうよ。あんたのモデルじゃなくて、ブランドのモデルってことであって・・・。」 友里がそう言うと博之は泣きそうな顔になった。 「だー。もー、ごめんって。だからそんな顔せんでよ。」 友里が謝る。どうやら泣き顔は苦手らしい。 「あっ。もうこんな時間や。芹華。俺、バンドのリハあるけん、先行くな。」 「うん。」 「行っちゃったけどええの?」 「ええ。」 「なんや。カレシちゃうの?」 「違いますよ。哲哉は生徒会のメンバーです。引継ぎしたじゃないですか。」 「なーんだ。」 友里はつまらなさそうに言う。 「何なんですか。一体。」 芹華が友里の反応に困る。やっぱりつかみ所のない人だ。 「あっ、いたいた。会長ぉ。何やってんですかぁ?リハ、始まっちゃいますよ。」 亜依が呼びに来た。 「ごめん、ごめん。じゃあ、先輩方、楽しんでってくださいね。」 「そーする。」 友里が返事する。 そうしてまたコンテストが始まった。今年も司会は嵩志だ。 「はい。というわけで、またまた今年も始まりました。バンドコンテスト。今年も実力者揃いの戦いです。みなさん、心ゆくまで楽しみください。」 そうして初めのバンドが演奏し始める。芹華たちは舞台袖にいた。 「哲哉たちって今年は最後なんやね。」 芹華がプログラムを見ながら言う。 「会長。しっかりしてよ。」 哲哉が呆れつつ言う。確かに会長ならちゃんと把握していて欲しいものだ。 「ごめん。見たけど忘れてて。」 芹華は疲れきっていた。連日遅くまで残って準備をしていたせいだろう。 「大丈夫か?ショーもあるんやろ?」 「うん。下旬にね。」 「ぶっ倒れんなよ。」 哲哉がぶっきらぼうに言う。だが心配してくれているのが、芹華には伝わった。 「うん。」 芹華は乾いた笑顔を見せた。 「あー。なんか緊張してきた。」 響介が胸を抑える。 「そお?僕はワクワクしてんやけどな。」 譲が笑顔で言う。 「そりゃ、お前だけや。」 遼平がツッコむ。 「何?あんた柄にもなく緊張してんの?」 芹華が思わずツッコむ。 「うるせー。」 「遼って結構シャイやんな。」 哲哉が笑う。 「そお?神経図太いと思うけど。」 芹華が反対意見を言う。 「・・・勝手に言ってろ。」 遼平はそっぽを向いた。 そんなこんなで哲哉たちの出番がやって来た。緞帳が下りている間に準備する。そして響介がギターを鳴らし始める。静かに緞帳が上がる。 哲哉が歌いだす。聴いたことのない曲だった。また新しく作ったらしい。芹華は聴き入っていた。他の客たちも静かに聴いていた。そしてドラムやベース、キーボードも入り、本格的な音が出された。 去年とは比べものにならないくらい大きく成長しているのが、目に見えた。キーボードが入っただけで、音の重なりに深みが出て、それが妙に哲哉の声に合っていた。 この曲が終わると『イチゴジャム』が演奏された。芹華は何度も聴いているが、毎回違う印象を受ける。キーボードのアレンジが毎回違うのだ。 芹華には分からなかったが。キーボードの音色を変えただけでもかなりイメージが変わる。今日も微妙に音が変わっていた。3曲目はあのロック調の英語曲だ。観客たちは圧倒されていた。高校の文化祭でプロ宛らのライブが聴けるとは思わなかったのだろう。演奏が終わると、拍手が沸き起こった。緞帳がゆっくり下りる。拍手は鳴り止まなかった。 「お疲れ。すごく良かったよ。」 芹華は拍手しながら哲哉たちに近づいた。 「ありがと。」 哲哉は照れ笑いを浮かべる。 「あー。楽しかった。」 譲が最高の笑顔を見せる。本当に楽しそうだった。傍で見ていた芹華にはそれがすごく伝わってきた。芹華は微笑んだ。 そして後片付けをして、次に使う演劇部に渡した。 翌日の日曜日。今日は午前中にバンド演奏がある。リハーサルを早めに終わらせ、客入れを開始した。今日は休日のせいもあるが、昨日よりも客がたくさん入っていた。芹華たち生徒会役員は入り口で整理していた。 「ゆっくり入ってくださーい。」 「押さないでください。」 「靴はこのビニールに入れて、体育館に入ってください。」 芹華、亜依、航、嵩志の4人は声を限りに叫んだ。もちろん生徒会以外の委員会なども案内係になっていた。哲哉はと言うとバンドマンとして舞台袖に待機していた。 「今日は何か昨日より客が多いってよ。」 哲哉が情報をみんなに回す。 「そんなこと言うなや。余計に緊張するやんけ。」 遼平が叫ぶ。 「大丈夫やって。お前はドラムでほとんど顔見えてへんから。」 哲哉が茶化す。 「うっさい。」 遼平が怒る。まあ、事実なんだが。 「でもさ。客がいっぱい入ってるってことは、それだけたくさんの人に僕たちの曲を聴いてもらえるってことやん?それだけで僕はワクワクするけどな。」 譲がにっこりと笑う。 「まぁ、確かにな。自然と力も入ると。」 哲哉が返答する。 「うおー。おいらも緊張してきたっ。」 響介はバクバク言ってる心臓を抑えた。 「落ち着けって響介。」 哲哉は落ち着き払っていた。 「なんでお前はそんなに落ち着いてんねん。」 遼平がツッコむ。 「なんでやろ?不思議とそんなに緊張してへんねや。」 哲哉は眉をひそめた。 「さすが譲の血縁者。」 遼平が皮肉っぽく言う。 「どうゆう意味だよ。」 譲がムッとする。 「別に深い意味はない。」 遼平はたじたじだった。 「そろそろ開演時間だよ。」 芹華が入ってきた。そしてまたライブの幕が上がる。 そして演奏も無事に終わり、哲哉たちは帰る準備をしていた。 「芹華。一緒に回ろう。」 やっと暇になったときを見計らって、哲哉は芹華に声をかけた。 「いいよ。」 芹華も笑顔で答える。 「そういやー、他の人たちは?」 「響介と譲は鷹矢と一緒に回ってる。遼平は遙ちゃんたちが来てたから案内してる。」 「遙たちって?」 「篤季と紘樹。」 「なんだ。あいつら来てたんや。」 「うん。芹華捜してたみたいやけど、見つからんからって。」 「なんじゃそりゃ。まぁ、ええけど。」 「ところでさ、どっから回る?」 「そうだねー。」 そうして2人は文化祭を楽しんだ。 それから1週間後。ファッションショーの日がやってきた。芹華はすでに準備を済ませていた。メイクもヘアーアレンジもばっちりだ。 「芹華姉。」 後ろからカワイイ声がした。一緒に出ることになっていた遙だった。 「遙。」 「どお?今の感想は。」 遙は隣に腰掛けた。 「うーん。緊張してる。」 芹華がそう言うとは遙はにっこりと笑った。 「初めは緊張するけど、段々楽しくなるよ。」 「そうかなぁ。」 芹華が溜息をつく。 「大丈夫だって。要するに自分の気の持ちようだと思うよ。」 「そう・・やね。なんでもポジティブに考えた方がええよね。」 「そうそう。」 「そう言えば、遼平も出るんだって?」 「そう。ほぼ強制的にね。」 「災難というか・・。」 その頃、遼平はブスッとしていた。父親にメイクされながら。 「遼くん。もっと嬉しそうな顔しなよ。」 柊平も呆れていた。 「できるかっ。」 遼平は小声で呟いた。 「まぁ、確かに強制的だとは思ったよ。けど今回はしかたないっしょ。モデルの子が急に熱出しちゃったんだから。」 「そりゃ今回はな。けど前はちゃうかったやんか。」 遼平が強く言う。 「まあね。でもキライじゃないやろ?こうやって来てんだから。毎回。」 柊平が鋭くツッコむ。 「・・・・。」 遼平は黙りこくってしまった。図星だったらしい。柊平はそんな遼平に微笑んだ。 そしてファッションショーが始まった。芹華は舞台袖で待機していた。たくさんの綺麗なプロのモデルが芹華たちよりも先に登場する。 「だっ大丈夫かな?うちがプロよりも後に登場して。」 芹華は近くにいた遥に問い掛ける。 「大丈夫だよ。構成的に芹華姉の方が後になっちゃうもん。今舞台に出てる人たちもwater moonのモデル違うし。」 「へっ?どうゆうこと?」 芹華は遥の意外な言葉に訊き返す。 「だからね。母さんは特定のモデルは起用しないの。つまりwater moonの専属モデルは存在しないの。うちとかお兄ちゃんは除いてね。だからあのモデルさんたちもwater moonとしては素人なの。芹華姉みたいに。」 「なんだ。そうなんだ。でもあの人たちはちゃんとした舞台って結構立ってるんだよね。」 「芹華姉。そんなこと考えてたら余計緊張しちゃうよ。大丈夫だって。誰でも最初っていうのはあるんだから。心を落ち着けて、ゆっくり歩けば大きな失敗ってのはないんだから。」 「うっうん。頑張る。」 「じゃ、あたし出番だから。」 「いってらっしゃい。」 芹華は遙を見送った。遙は慣れているようだ。笑顔をいっぱいに振りまいている。果たして自分もあんな風にできるのだろうか。ひきつった笑顔にならないだろうか。芹華の胸に不安がよぎる。 「芹華ちゃん。」 不意に後ろから呼ばれた。振り返る。 「とっ、智子さんっ。」 芹華は驚いた。智子のデザインの服のショーなのだから、居てもおかしくはないのだが。 「どお?緊張してる?」 笑顔で話し掛ける。 「それはもう。ものすごく。」 芹華は心臓の鼓動を手で確かめる。 「そう。ほどよい緊張感はあったほうがいいわ。でもね、私は芹華ちゃんに楽しんでもらいたいの。確かに今まではたいへんだったけど。そういうのは舞台ではすべて忘れて。何てったってその服のコンセプトは『楽しむ』なんだから。」 智子はまたにっこりと笑う。 「はい。」 芹華はその言葉を胸に刻み込んだ。 「同時にメンズも出るから。ぶつかんないようにね。」 「はい。」 芹華は笑いを堪えた。どうやったら向こう側から出てくるメンズのモデルとぶつかるのだろうか。でも智子がきっと芹華を落ち着けるために言ったことだと分かった。 芹華の出番がやってきた。ただ1度限り舞台に出る。でもそれだけで今までになく緊張する。失敗は許されない。芹華は瞳を閉じ、心を落ち着ける。そして1つ大きく深呼吸する。 「よしっ。」 芹華は1歩踏み出した。不思議と怖くなかった。自然に笑顔が零れた。その理由は。 (哲哉だ。) そう。なんと反対側から出てきたメンズは遼平ではなく哲哉だった。遼平は既に遙と出ていた。哲哉の後ろから響介が出てきた。3人は笑顔で歩いた。本当に楽しみながら。芹華は響介がバスケットボールを持っていることに気付く。 (なんでボール持ってるんだろ?) 芹華は前方になぜかバスケットゴールがあるのを発見する。その後すぐに響介が駆け出す。そして勢いよくジャンプし、ダンクを決める。観客が沸きあがる。恐らく智子の発案であることが分かった。 (お祭り好きだからなぁ。智子さんは。) 芹華は呆れつつも、楽しんでいた。それは他の人たちも同様だった。 「カンパーイ。」 グラスがカチッと鳴る。ここはとある居酒屋。ファッションショーの打ち上げをしている。芹華たちは未成年なので当然ジュースである。 「でもびっくりした。哲哉たち、出るなんて言ってへんかったやん。」 芹華はジュースを一口飲み、隣に座っている哲哉に問い掛けた。 「うん。言ってないもん。」 あっさりと哲哉が答える。 「あのねぇ。」 芹華に呆れが入る。 「いやマジで。決まったのって文化祭、終わってからだったし。だったら当日まで秘密にしといて芹華を驚かすのもおもしろいかなって・・。」 「おいっ。」 芹華がツッコむ。 「智子さんが。」 哲哉が笑いながら答える。 「もう。でも楽しかったよね。ちょっとは緊張したけど。でも心地いい緊張感だった。」 芹華は今日のことを思い出しながら言った。 「うん。見てて思ったけどさ。芹華ってモデル業が合ってるんちゃう?」 「へっ?」 思いがけない哲哉の言葉に詰まる。 「だからさ。芹華、モデルしてるとき、すごいいい顔してるやんか。心から楽しんでるっていうかさ。部活してるときより、ええ顔してるんちゃう?」 「そっ・・かな。」 哲哉の言葉に少し照れる。そこまで見ていてくれたのかと思うと胸が熱くなる。 「うん。」 哲哉は極上の笑顔を見せる。 「ラブラブやなー。」 遼平が横から口をはさむ。 「おいらたちは寒いっすねぇー。遼平サン。」 響介が悪ノリする。 「そーだねぇー。響介サン。」 遼平がまた意地悪く笑う。まったく。何なんだ?こいつらは。 「何言ってんの?あんたたち。」 芹華が冷たく返す。 「冷たいっすねぇー。響介サン。」 「冷たいっすねぇー。遼平サン。」 「何言っても無駄だよ。芹華。」 哲哉がツッコむ。確かにそうかもしれない。芹華は2人をほっとくことにした。 そして楽しく忙しかった夜は更けていった。 |