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ACT V 告白
文化祭が終わり、恐怖の期末テストがやってきた。範囲が一気に広がり、全員四苦八苦していた。芹華たちも同じだ。この日ばかりは部活は休みになる。 部長の権限で。3年生は引退したので芹華が女子部の新部長になった。文化祭が終わってから遼平たちは部活に顔を出さなかった。芹華はそれが少し気になった。本当にやめるつもりなのだろうか。
「芹華ちゃん。」
期末テスト全科目終了後、校舎から出ると聞き覚えのある声がした。
「遠野先輩。」
「久しぶりやね。」
遠野が笑う。芹華も相槌を打って笑う。
「それよりさっ。時間ある?」
遠野が真剣な眼差しで芹華を見る。
「今からですか?少しなら・・・。」
芹華はこれから哲哉の家に行くことになっている。鷹矢と譲がどうやら哲哉の家に泊まっているらしいのだ。鷹矢の熱い要望で芹華が遊びに行くことになったのだ。
「ごめんね。急いでた?」
遠野は歩きながら申し訳なさそうに言った。
「いえ。そんな急ぐほどのコトじゃ。」
芹華は慌てて手を振る。
「良かった。」
「で、先輩。話って?」
いつの間にか人気のない校舎の裏に来ていた。遠野は芹華の少し前を歩く。
「あっ、あのさ・・。」
遠野が不意に立ち止まる。芹華も遠野の数歩手前で立ち止まる。遠野が振り返る。
「俺。芹華ちゃんのこと、好きなんや。」
「えっ?」
一瞬、時が止まる。芹華が困惑した表情をする。
「・・・もし・・よかったら、付き合ってくれへんか?」
遠野は勇気を振り絞った。芹華は何も答えられなかった。
「あっ・・急に言われても困るよな。返事は待つから・・・。」
遠野は芹華の困惑した顔を見て焦った。困らせるつもりじゃなかった。
「じゃっ。また。ゴメンな。」
そう言うと遠野は冷たくなった北風に吹かれながら、校舎の陰に消えていった。
芹華はただ呆然と立ち尽くしていた。

「・・か?芹華?大丈夫か?」
哲哉の呼ぶ声で我に返った。あのあと、立ち尽くしていた芹華を遼平が見つけ、こうして哲哉の家にまで連れて来てくれた。哲哉の家は異様にでかい。遼平の家も大きいが、哲哉の家のほうが遥かに大きくて広い。鷹矢が心配そうに覗き込んでいる。
「ダイジョブ?」
まだ片言だ。
「大丈夫よ。ごめんね。心配かけて。」
芹華は心配そうにしている鷹矢に微笑んだ。
「よかった。セリカ、笑った。うれしい。」
そう言って鷹矢も微笑んだ。そんな鷹矢を見て芹華は考えるのはやめた。鷹矢の頭を撫でる。こんな弟、欲しかったな。と密かに思った。素直でかわいい。アメリカ育ちなのかどうかは分からないが、感情表現が率直だ。
「昼飯。できたで。」
響介が呼びに来る。みんなでダイニングへ行く。料理担当の遼平が皿を並べていた。今日の昼食は遼平特製のチャーハンだ。 こう見えても遼平は料理が上手い。というか家事全般できる。それはそうしなければいけなかった家庭環境の賜物だった。遼平の両親は2人とも仕事を持っている。 父親はヘアーメイクアーティスト。母親はファッションデザイナー。夫婦揃って海外で活躍している。だから家にはほとんどいない。 妹の遙と2人で暮らしているようなものだった。そのせいかもしれないが、遼平はどこか自分を抑えている気がする。決して他人には本心を見せない。それが芹華には不安だった。
「おいしー。」
鷹矢が絶賛する。
「ホントだ。美味しい。」
譲が一口食べて感想を述べる。
「やろ?俺の自信作や。」
遼平がにっこりと笑う。そう言えば音楽を始めてから遼平の表情が増えてきた気がする。
「うん。おいしー。こないだのオムライスもイケてたけど、これもイケる。」
哲哉がゆっくり味わいながら食べている。響介はというと。ただ掻き込んでいた。
「響介。汚い。」
目の前で犬食いしている響介に哲哉がつっこむ。さすがはおぼっちゃま。食べ方も綺麗だ。響介とは大違いである。
「セリカはリョーリしないの?」
不意に話題が芹華に向いた。
「えっ?うち?」
芹華は驚いて声が裏返りそうになった。
「そう言えば芹華が料理したところって見たことないや。」
哲哉も芹華を見る。芹華の隣で遼平が笑いをかみ殺している。
「えっと・・うちは・・・。」
言葉に詰まった。哲哉と鷹矢がじっと芹華を見る。
「こっこいつ・・。めっちゃ不器用で・・。」
遼平が笑いを堪えながら返事する。
「目玉焼きもろくに・・・作れへんのや。」
遼平がひぃひぃ笑いながら説明する。
「笑いすぎ。」
芹華は恥ずかしくなってきた。
「へぇー。意外。芹華って器用そうやけど。」
哲哉が目を丸くする。
「やろ?こいつ、ゆで卵作れったら、レンジに入れようとすんやで。」
遼平は笑いすぎて涙が出た。芹華は下を向いていた。恥ずかしい。
「えっ?違うの?」
哲哉の意外なリアクションに一瞬の間があく。そして遼平はさらに大爆笑した。
「っ・・ちっげーよ。ゆで卵はお湯、沸騰させて作るんや。」
遼平は笑いを堪えながら説明した。
「そうなんや。」
哲哉は初めて知ったようだった。芹華は意外だと思った。1人で暮らしているからてっきり料理は上手いと思っていたのだ。
「でもご飯、どうしてんの。」
芹華が尋ねる。
「執事が作る。」
哲哉があっさり答える。
「へぇー。」
さすがは御曹司。自分では作らんのやな。
「で?その執事サンは?」
遼平が訊く。そういえば姿が見えない。
「今は買出し。最近は商店街がお気に入りらしい。」
「じゃあ、遙に逢うかもな。あいつも商店街で買い物するから。」
「もう逢ってるかもよ。こないだかわいくて親切な女の子に会ったって言ってたから。」
「そうなん?」
「うん。どうやらまた勘違いした日本語話してたらしくて。買いたいモノが買えんかったんやって。そんときに英語で話しかけられて助けてもらったって。」
「ならそうかも。あいつは俺より英語できるから。」
遼平が苦笑する。でも優しい笑顔。遼平はホントに妹が大事らしい。しかしそんな会話の間ただ1人、響介だけが黙々とご飯を食べていた。

「ごちそうさま。」
芹華は立ち上がって食器を片付けた。スポンジを手に取ると哲哉が駆け寄ってきた。
「いいよ。芹華は向こうにいて。」
「ええよ。やらして。皿洗いくらいはできるから。」
「でも・・。」
納得がいかないようだ。
「本人がやるっ言うてんねんから、やらしとけばええねんって。」
遼平が哲哉の肩をポンっと叩き、囁いた。哲哉は渋々リビングへ向かった。遼平は芹華の後ろでどうやらコーヒーを入れているようだった。お皿を洗ってると、鷹矢がやって来た。
「ぼくも手伝う。」
「そぉ?じゃあ、洗ったお皿、拭いてくれる?」
「OK」
鷹矢は元気よく返事すると、掛けてあった布巾で洗った食器を拭き始めた。

「ありがとう。鷹矢クンのおかげで早く終わったよ。」
そう言うと鷹矢は照れ笑いをした。誉められたのが、よっぽど嬉しかったのだろう。
「コーヒー、入ったけど飲む?」
「うん。」
3人はコーヒーを手にリビングへ向かった。
「そういえば譲クンの髪って天然栗色?」
芹華はソファに座り、コーヒーを一口飲んで訊く。
「そうだよ。一応これでもハーフだしね。」
そう言えば確かに外人っぽい顔をしている。
「へぇー。どこの国の人?」
「ドイツだよ。」
「今のシャレ?」
不意に響介がツッコむ。場がしらける。
「サブいで。響介。」
遼平が身震いする。
「なんでおいらやねん。」
「確か鷹矢もクォーターなんよな。」
哲哉が話題を切り替える。
「オレ、無視かい。」
響介がツッコむ。
「そだよ。イギリス人の。」
譲が代わりに答える。
「へぇー。そういやぁー、鷹矢の髪も茶髪っぽいもんね。」
芹華は隣に座っている鷹矢の髪を触った。
「あれ?鷹矢。ピアスしてんやね。」
伸びたサイドの髪で見えなかった。
「うん。瑠璃の形見。」
「瑠璃?」
芹華が聞き返す。
「死んだぼくのお姉ちゃん。」
切ない眼差しで鷹矢が俯く。その瞬間周りが静まる。
「そっか。大切にしてんやね。お姉さん、きっと喜んでるよ。」
「そ・・かな。」
芹華が言うと鷹矢は少し照れくさそうに言う。
「うん。大好きな鷹矢に自分のモノを大事にしてもらえるんだから、絶対嬉しいよ。」
芹華が微笑む。鷹矢もわら微笑う。穏やかな空気が流れる。
「そうそう、話、変わるけど。譲もバンドメンバーになったから。」
哲哉が話題を変える。
「そうなん?何のパート?」
芹華が話に乗る。
「キーボードだよ。」
譲が少し照れくさそうに笑う。
「へぇー。キーボード。」
「うん。ピアノ習ってたしね。これでも一応。っていうか、それしかできんのやけど。」
「でも楽器できるのはすごいよ。」
芹華がそう言うと間髪入れず遼平が一言。
「芹華はなーんもできへんもんな。」
「うるさい。でもうちの妹と1番下の弟はピアノ弾けるんよ。」
「へぇー。あっ、弟って文化祭の時に来てた子?」
譲が興味を持ったように明るい笑顔を見せる。
「そう。短髪の方。ちょっと長めのが1番目の弟。」
「遼平の妹は何か楽器できるん?」
哲哉が話を振る。
「ん?ああ。エレクトーンやってるで。」
「そうそう。遙って上手いよね。小っちゃい頃からやってたから。」
芹華が微笑む。
「篤季・・あっ1番下の弟ね。がピアノやりだしたのって、確か遙がやるって言ったから始めたんよね。」
思い出して芹華は思わず吹き出す。
「あいつら、昔っから仲良かったからな。」
遼平も笑う。妹のことになると、表情が穏やかになる。
「弟さん、今もピアノ、やってんの?」
譲はコーヒーを口に含んだ。
「うん。まだやめてないと思う。」
「すごいね。俺だったら絶対やめてるよ。」
哲哉がコーヒーを飲み干した。
「まぁ。基本的に音楽好きやしね。ギターもやりたいってるし。」
「ギター?篤季が?」
遼平が驚いたように言う。
「うん。兄貴が持ってるヤツ、もらいたいみたいやけど。」
芹華がコーヒーを口に入れる。
「そのうち篤季もバンドやったりして。」
響介が冗談混じりで言う。
「でも空手もおもろい言うてたから・・・どうかな?」
「カラテやってるの?」
鷹矢が会話に入る。
「うん。1番下の弟がね。」
「ぼくもやりたい。」
「えっ?」
鷹矢のリアクションに一同唖然とした。
「ぼく、強くなりたい。」
「強くなってどうするの?」
芹華が訊ねたが、それは愚問だった。
「もうダイジな人、なくしたくない。」
そう、鷹矢は両親を事故で亡くし、たった1人の身内だった姉もつい1年前に亡くしてしまったのだ。大切な人を失い、その辛さや哀しみが鷹矢の意思を堅くした。
「そうね。じゃあ、篤季に聞いてみる。篤季に教えてもらうといいよ。」
鷹矢の気持ちが通じたのか、芹華が希望を差し出す。
「ほんと?ありがとう。セリカ。」
鷹矢の顔が明るくなる。光が射したかのように。
そのあと、しばらく他愛もない話をし、解散した。

芹華は眠れなかった。遠野のコトが頭を駆け巡っていた。
(先輩のコトは嫌いじゃないけど。でも恋人として見たことないし・・・。)
明日から部活が再開される。引退したが、たまに顔を出している。遠野は明日来るんだろうか。もやもやしたものが胸につかえる。
(うちは一体誰が好きなんやろう。)
遼平や響介でないことは確かだ。哲哉は?・・・そんな風に見たことない。一体誰を好きなんだろう。考えると頭が痛くなる。だが、考えないワケにはいかない。 今は眠るべき時間だが、そんなことお構いなしだ。明日、きっと遠野と顔を合わせることになる。その時、どうするべきか。芹華は悩んだ。 が、すぐに答えが出るはずはなく、ベッドにもぐりこんでいた芹華はいつの間にか眠りについてしまった。

翌朝。芹華はとても寝不足だった。日課にしていた朝練も今朝は起きられずに行けなかった。
(哲哉。怒ってるやろうな。)
哲哉は部活には来ないものの、芹華としていた朝練には来ていたのだった。
「あっ。芹華。」
教室に向かう途中、呼び止められる。
「哲哉。」
振り返った目線の先に哲哉がいた。
「「ごめん。」」
2人同時に謝る。
「「えっ?」」
2人は顔を見合わせた。
「えっと。今朝、朝練行けなかったコト、謝ろうとしたんやけど・・・。」
哲哉は頭を掻いた。
「うちも。」
芹華は拍子抜けしたまま、頷く。
「ということは、2人して朝練に行けなかったってことか。」
哲哉が整理する。
「そう・・みたい。」
「昨日、譲たちと盛り上がって・・・。で、朝起きられんで。」
「うちは昨日、眠れんで。朝起きられんかった・・。」
2人は立ち尽くしたままだった。次の瞬間吹き出した。
「なんだ。謝る必要ないやん。」
哲哉が笑いを堪えながら言う。
「ホンマやね。」
芹華も笑いをかみ殺す。しばらく笑ったあと、芹華が話を切り出す。
「あのさっ。哲哉。無理してうちに付き合ってくれんでええよ。」
「えっ?」
「だって、部活も来てないみたいやし。部活やめるんやったら、別にうちの朝練に付き合わんでも・・・。」
「無理なんかしてへんよ。」
芹華が言い終わらないうちに哲哉が否定する。
「別に無理してへん。それが習慣なってるし。それに俺が好きなこと、してるだけやもん。確かに部活には行ってへんけど。でもバスケは好きでやってることやし。イヤならとっくにやめてるよ。」
哲哉があまりに真剣に言うので芹華は少し圧倒された。
「そう。ならええんよ。哲哉がイヤじゃなかったら。」
芹華は心から微笑んだ。
(あれ?うち、ホッとしてる?)
哲哉がイヤイヤ付き合ってるのではないことが判ると、なぜか妙に嬉しかった。それがどういうコトなのか、まだよく判らなかった。

1週間経っても、遠野に返事できずにいた。授業中も部活中も四六時中、そのことが頭の中を駆け回った。
2週間目に入ったその日、芹華は遠野に呼び止められた。
「久しぶり。」
遠野が笑顔で挨拶する。
「お久しぶりです。」
芹華はどう接すればいいか、分からなかった。
「あのさっ。ちょっといい?」
「はい。」
芹華は妙に緊張した。遠野が数歩先を歩く。2人はまた人気のない体育館の裏に来ていた。
「あのっ。先輩。うち・・・やっぱり・・・。」
芹華がまだ言い終わらないうちに遠野が口を開く。
「やっぱしね。芹華ちゃん、好きなヤツでもおんの?」
「いえ、そうじゃなくて・・・。」
「じゃあ、俺のことキライなん?」
「いえ。先輩のコトは好きですよ。でもそれは先輩として尊敬しているっていう好きで・・・だから恋人とかそういう風に見たことなくて・・・。」
芹華は自分で何を言っているのか、解らなかった。ただこんな中途半端な気持ちで付き合うのは、遠野に対して失礼だと思ったのだ。
「じゃあ、まだ望みはあるわけだ。」
遠野はいきなり笑顔になった。
「えっ?」
下に俯いていた芹華は思いっきり顔を上げた。
「卒業までの3ヶ月間、俺と付き合ってみて。言うたら、お試し期間ちゅうことや。どお?」
「どおって言われても・・・。」
芹華は困惑した。
「なっ?男としての俺を見てや。」
遠野はしつこかった。芹華は返事できなかった。
「期間中に好きな人ができたり、俺のこと好きになれんって判ったら、そこで終わりにしてええから。なっ?」
「・・・ホンマに先輩がそれでえんだったら、うちは構いませんけど。」
芹華は仕方なしに返事した。
「ホンマに?やったぁー。」
遠野は手放しに歓んだ。

それから校内中の噂になった。哲哉と付き合っているという間違った噂のため、皆困惑していた。芹華自身は噂など気にもしていなかったが。これで哲哉狙いの女共が哲哉にアタックしまくるだろう。哲哉にとっては恐怖となる。
「よぉー。芹華。」
遼平が悪魔の笑みを浮かべながら近づいてきた。後ろには響介と哲哉がいる。
「遠野先輩と付き合ってんやって?」
「なんで知ってんの?」
「学校中のウワサ。」
またしても意地悪な笑みを浮かべている。
「で?なんで付き合うことにしたんや?」
遼平が話を切り出す。
「別に。ただ成り行きでそうなっただけで・・・。」
芹華はそっぽを向いた。こいつを相手にしていたら、根掘り葉掘り訊かれそうで嫌だった。
「成り行きって?」
哲哉まで会話に入ってくる。芹華は仕方なく説明する。
「初め、先輩に告白されて、1回断ったの。」
「なんで?」
遼平はきょとんとしていた。
「恋愛対象として見てなかったから。急に言われても分かんないし。中途半端な気持ちで付き合っても先輩に失礼だと思ったから。」
「で、なんで付き合うことんなったんや?」
遼平が先を聞きたがる。
「先輩が卒業するまでの間、お試し期間に付き合ってみてって言われて・・・。」
「断れなかったんか。」
遼平は芹華が言い終わらないうちに頷く。
「そゆこと。」
芹華も頷く。それを聞いていた哲哉は複雑だった。胸の中にモヤモヤしたものがあった。それが何かは分からなかった。遼平はただ面白がっていた。

あれから1週間後の日曜日。午前中は部活、午後からは初デートだった。芹華は何を着るか、とても悩んだ。結局いつも通り、ジーパンにセーター、髪はポニーテールだった。
「芹華。デートなんやろ?」
妹、鈴華が部屋に立っていた。
「そっそうやけど。なんで知ってんの?」
「遼平に聞いた。」
「おしゃべりがっ。」
芹華は怒りを通り越して呆れていた。絶対面白がって言ったに違いない。
「そんな格好で行くの?」
「うん。」
「ちょっと来な。」
鈴華は芹華を自分の部屋に連れて行った。そしてクローゼットを開け、あさり始めた。
「何やってんの?」
芹華にはよく分からなかった。
「ちょっと服脱いで。」
「えっ?ちょっちょっと・・・。」
鈴華はおもむろに芹華の服を脱がした。そして自分のクローゼットから出してきた服を芹華に着せた。
「うん。似合う。似合う。」
鈴華は1人で納得していた。
「ちょっ、なんでミニスカートなん?」
芹華はなんだか恥ずかしくなってきた。顔が真っ赤になる。
「ええから。ちょお動かんで。」
そう言うと今度は芹華の髪をほどいた。そして丁寧にブラッシングする。芹華はされるがままにされていた。腰まである長い髪が光に反射し、とても綺麗だった。
「ええな。芹華。」
急にポツリと鈴華が呟く。
「なんで?」
思わず聞き返す。
「だって背ぇ高くてカッコいいし、綺麗なストレートだからロングヘアーがすっごい似合うからさ。うちなんて背は低いし、髪はちょっと天パ入ってるから伸ばせんし。」
鈴華の髪はクセがあり、伸ばすと蛇女ゴーゴンのようになってしまうのだ。だからいつもショートだったのだ。
「でもうちは鈴華のが羨ましいで。」
「えっ?」
「だって男の子には女扱いされんし、ロングにしたら少しは女の子っぽくなるかと思たら、背が高いせいで何も変わらんかったし。鈴華みたいにショートにしたらホンマに男みたいになるし。そんな自分がめっちゃイヤで、すっごいコンプレックス持ってんねんで。」
「ふーん。芹華にも悩み、あるんやね。」
「どうゆう意味?」
「だって芹華はいつも強気で・・・いろんなことに立ち向かってんだと思った。」
「強気でいなきゃ、負けちゃうからね。」
「えっ?それってどうゆう・・・。」
「あっ、もう出なきゃ。鈴華、もういい?」
「えっ、うん。」
「じゃあ、行ってきまーす。」
芹華は家から飛び出した。

「遅れてすいません。」
芹華は待ち合わせ場所の駅にすでに来ていた遠野に謝った。遠野はにかっと笑った。
「大丈夫。待ち合わせした時間、ピッタシだったで。」
芹華は駅の大時計を見た。確かに待ち合わせ時間ぴったりだった。
「よかった。」
芹華は胸を撫で下ろした。
「にしても、私服の芹華ちゃんもかーいーなぁー。」
ちょっとオヤジが入っている。
「ミニスカもええな。」
遠野がじぃーと芹華の脚を見ている。
「きゃー。見ないでください。」
「えっ?俺のためにそんなカッコしてるんちゃうの?」
「・・・妹にやられたんです。」
「そうなん?でもええわ。こんな美人、連れて歩けるんやから。」
遠野の顔は緩みっばなしだ。遠野の言葉に芹華は照れた。
「さて。どこ行く?」
遠野が話を変える。
「どこへでも。」
「ならホテルへ・・。」
「なんでそうなるんですか。」
芹華が照れながらツッコむ。
「ウソウソ。冗談やって。」
遠野は悪気なく謝る。
「悪い冗談はやめてくださいよ。」
「ゴメンって。」

その様子を道路の向こう側で1人の少年が見つめていた。眼鏡をかけたその美少年は街行く人々の視線を集めていた。哲哉だ。 たまたま駅前に買出しに来ていた。荷物を抱えたまま、立ち尽くしていた。芹華から聞いて、真相を知ってはいても、やはり胸のモヤモヤは消えなかった。楽しそうな2人を見ていると胸がズキズキした。
「テツヤ?どしたの?」
一緒に来ていた鷹矢が心配そうに覗き込む。
「何でもないよ。」
哲哉は笑って見せたが、やっぱり辛かった。
「あっ。セリカだ。」
鷹矢が気付く。隣にいる男が気になったらしい。
「あれ、だれ?」
「えっ?ああ。芹華の恋人だよ。」
その言葉を発するのがとても辛かった。
「コイビト?」
「そう。恋人ラヴァー・・・。」
哲哉は切ない眼差しで2人を見つめた。

遠野と芹華はデパートでぶらぶらすることにした。服を見たり、CDをチェックしたり、本屋を覗いたり・・・。楽しい時間はあっという間に過ぎた。暗くなったので、遠野は芹華を家まで送った。
「今日はありがとな。」
遠野が微笑む。
「いえ。こちらこそ。楽しかったです。」
芹華も微笑む。
「じゃあ、また明日な。」
「はい。送ってくださってありがとうございました。」
芹華が一礼する。
「いいって。これでも一応彼氏なんやからさ。そんな他人行儀なこと言わんとってよ。」
「はい。」
芹華は照れ隠しに笑った。『彼氏』という言葉がなんだかくすぐったかった。遠野が見えなくなるまで見送ったあと、芹華は玄関の扉を開けた。
「ふーん。カッコええやん。芹華の彼氏。」
玄関には鈴華が立ちはだかっていた。
「なっ・・・。」
「うーん。背は高かったよな。」
紘樹も鈴華の隣で感想を述べる。
「えーっ。俺は哲サンのが、カッコええと思うで。」
なぜか篤季もいる。
「ちょっと。あんたたち。何盗み見してんよ。」
芹華が静かに怒る。すると一斉に逃げ出す。
「ったく。」
言葉を吐き捨て、家に上がる。

自室に戻り、明日の予習をし、準備をする。一息吐いて今日1日を振り返る。楽しかったけど、疲れた。遠野は歩くのが早いので、付いていくのがやっとだった。
(哲哉と歩くときはそんなことなかったのに・・・。)
遠野より哲哉の方が少し背が高い。その分、哲哉の方が脚が長いはずだ。矛盾が生じた。
(あれ?哲哉のが脚が長いのに、遠野先輩のが歩くのが早い?)
違う。哲哉がゆっくり歩いているのだ。芹華に合わせて。遼平や響介も歩くのが早いと感じていた。哲哉はちゃんと芹華を女の子扱いしていたのだ。そう考えて芹華は頭を振った。
(そんなことない。きっと。)
芹華は考えるのをやめ、風呂に入ってとっとと寝た。

2人が弁当も一緒に食べるようになってから、真相とは裏腹な噂が流れていた。
そして今年も会長選の時期になっていた。
「芹華はぜっったい会長になるべき!」
という友里の勧めで、なぜか芹華は会長選に出ることになった。
「芹華ちゃん、会長選に出るんやって?」
一緒に屋上で弁当を食べているときに、いきなり遠野が話題を振った。
「そうなんですよ。友里先輩が無理やり・・。」
「あー。やっぱし。」
「で、会長も友里先輩の肩持つし。」
「ははっ。あいつ、友里のコト好きやからな。」
遠野が笑う。
「山本先輩は我関せずやし。結局勝手に友里先輩が会長選に出る手続きしちゃって。」
「ひっこみ、つかんようなったんか。」
また遠野は楽しそうに笑う。
「もう。笑い事じゃないですって。」
芹華がふくれる。それをじぃーっと遠野が見る。
「なっ、なんですか?」
芹華は困惑する。
「いやぁー。かわいいなぁーと思って。」
遠野が真剣な表情で言う。それを聞いた芹華が赤くなる。
「ははっ。カワイ〜。」
芹華の様子を見て、まるでオヤジのように遠野が喜ぶ。芹華はますます赤くなった。

会長選の当日。芹華はステージの袖にいた。そこには嵩志もいる。嵩志も立候補したのだ。そして他に見慣れた顔と言えば、哲哉。 会長選だが他の役員も選ばれるので、1年生もちらほらいる。哲哉の場合、遼平たちの推薦・・・というか面白半分にやらされることになったのだった。そして演説が始まる。

芹華は自分で何を言ったかを覚えていないほど緊張していた。開票は生徒会と先生方数人で行われる。結果は1週間後の朝礼のときに明らかになる。
「芹華ちゃん。良かったで。演説。」
遠野が笑いかけてくる。
「先輩。もー、自分で何言ってるか、分かんなくなって・・。」
芹華が疲れた表情を見せた。
「でも、哲哉が出とるとは思わんかった。」
「うちもですよ。びっくりしました。」
「黙ってたんやな。あいつ。」
「どーせ、遼平たちにやられたんですよ。」
芹華が呆れたように言う。
「やっぱり?俺もそう思った。」
そう言って遠野が笑う。芹華も思わず笑った。

1週間後。選挙の結果、会長はなんと芹華に決定した。そして嵩志が副会長になった。書記が哲哉。会計と広報は1年生に決定した。
「えっと・・会長に選ばれました萩原芹華です。よろしくお願いします。」
ここは生徒会室。引継ぎが行われている。芹華が挨拶すると一種の礼儀としての拍手が起こる。
「副会長の天野嵩志です。よろしくお願いします。」
嵩志が一礼する。
「書記の赤樹哲哉です。よろしくお願いします。」
「会計の峰岸わたるっす。よろしくっ。」
航は明るく外交的でお笑い向きな性格だった。
「広報の美作亜依でーす。よろしくお願いしまーす。」
語尾にハートマークが付きそうな彼女は、かなりのベビーフェイスで守ってあげたくなるタイプだ。芹華にはちょっと苦手な人種だ。
そんなこんなで引継ぎが終わり、芹華はどっと疲れが出てきた。
「早くもお疲れっすか?会長。」
哲哉が笑いながら言う。
「まーね。いろいろと忙しいもんで。」
芹華が苦笑する。
「あっそうだ。美作さん。早速お仕事なんやけど。」
「亜依って呼んでくださーい。会長。」
「じゃあ、亜依ちゃん。この用紙を30枚、コピーしてくれる?」
「えっ?でもコピーの仕方、分かんないですぅー。」
甘えた声で言う。
「嵩志。この子にコピーの仕方、教えてあげてくれる?」
芹華は隣にいた嵩志に声を掛ける。
「ああ。」
そう言うと2人はコピー機の方へ歩いていった。
「そういえばさ、鷹矢がいつ芹華、遊びに来るんかってウルサイんやけど。」
哲哉が急に話題を変える。
「鷹矢ってまだ哲ん家におったん?」
「うん。なんか居ついちゃって・・・。」
「そっか。ええやん。そしたら哲哉も1人ちゃうし。」
芹華が微笑む。
「うん。まーね。」
哲哉が照れ笑いする。
「そーだなぁ。もうちょっと落ち着いたら、遊びに行くよ。来てくれてもかまわんし。」
「じゃあ、そう伝えとく。」
「よろしく。」
2人は思わず笑った。

「会長って、赤樹くんと仲いいんですかぁー?」
ある日ふと亜依に声をかけられた。
「うん。まぁ。部活の後輩。幼馴染の親友。」
芹華は生徒会室の棚の整理をしながら答えた。
「幼なじみって?」
「水槻遼平。哲哉のバンドのドラマー。」
「えぇー。あの人と幼なじみなんですかぁー?」
亜依は素っ頓狂な声を上げた。
「うっ、うん。」
亜依の反応に芹華は戸惑った。
「いいなぁー。カッコいいですよね。水槻クン。」
亜依は夢の世界へと飛んでいった。
「そーかなぁー。」
芹華は眉をひそめた。
「そーですよぉー。会長の周りの人って皆カッコいいから、気付かないんですよぉ。」
果たしてそうなんだろうか?芹華は首を傾げた。それよりもやっぱり亜依のテンションにはついていけないことを改めて確信した。

しばらくして冬休みがやってきた。
「先輩、勉強しないでいんですか?」
ここは芹華の家。なぜか突然遠野がやって来た。ちょうど誰もいなかったので良かったものの、紘樹がいたら何言われるか、分からない。とりあえず芹華の部屋にいる。
「うん。就職、決まったから。」
遠野はこたつでぬくぬくとしていた。芹華が入れたての紅茶を差し出す。
「そうなんですか?いつ決まったんです?」
「今日。」
「それでフヌケになってんですね。」
芹華は妙に納得した。遠野はこたつに顔をつけたまま頷く。
「それよりさぁ。先輩はええとしても、敬語はやめてや。」
急に遠野が話題を変える。
「だって、先輩だし。」
「引退したからカンケーなし。それに今は一応彼氏なんやから。」
「・・・分かりました。」
「既に敬語やん。」
「う”っ。」
鋭いツッコミ。その後の雑談は本当に雑談なのでよく覚えてない。

クリスマスイヴ。世の若者が浮かれ騒ぎをする日。浮かれまくっている人がここにも1人。
「イェーィ。今日は待ちに待ったクリスマスイーヴ。」
響介だ。お祭り好きな性格は分かりきっていたが、異様に高いテンションに一同唖然としていた。というか、呆れていた。
「キョー。ハイテンションだね。」
鷹矢がツッコむ。
「おーよ。明日はクリスマス。俺たちのライブがあるんや。」
「ライブすんの?」
芹華が呑気に聞く。鷹矢の要望で芹華が哲哉の家に遊びに来ていた。
「あれ?言ってなかったっけ?」
哲哉が聞き返す。
「うん。聞いてない。」
「俺、遼が言ったんかと思てた。」
哲哉が言うと遼平が呑気に返す。
「俺は哲が言ったと思ってたけど。」
「ははっ。おいらは2人のどっちかが言うたんかと思った。」
響介が笑う。誰も聞いちゃいない。
「・・明日、ライブハウスでやらしてもらうことんなったんや。」
哲哉が説明する。
「なんで?いきなりライブハウス?」
芹華が聞き返す。
「文化祭ん時のライブを見に来てたライブハウスのマスターが直々にお願いに来てくれて。で、それならやらしてもらいますって。」
哲哉が答える。
「ふーん。でもすごいやん。そんなん、滅多にないで。」
「まぁね。」
哲哉が照れ笑いする。
「でもさ、1曲だけやんの?」
芹華が素朴な質問を投げかける。
「うんにゃ。なんと3曲。」
遼平が嬉しそうに言う。
「3曲もやんの?でも、うちはまだ1曲しか聞いたことないんよね。」
「だからさ、明日聴きに来てよ。」
哲哉が誘う。芹華は戸惑った。明日は遠野とデートの約束をしているのだ。
「あっ、明日は・・。」
「デートやろ?」
遼平が意地悪く笑う。
「うっうん。まぁ。」
「そっか。でもさ、夕方の6時からだから、来れたら来て。」
哲哉が切なく笑う。その笑顔を見たとき、芹華はなぜか胸が痛くなった。
「いっ行くよ。その時間なら大丈夫やと思うから。」
芹華が励ますかのように言った。
「セリカ、行くなら、ぼくも行く。」
鷹矢が意気込んだ。
「うん。おいで。」
哲哉が明るく笑う。その顔を見たとき、芹華はなぜかホッとした。

クリスマス当日。今日ばかりは部活は休み。朝から遠野と一緒に出かけた。といっても何するわけでもなく、ただ街を徘徊していた。
「あっ、そう言えば哲哉たち、今日ライブするんやって。」
昼食をファーストフード店で食べていたとき、芹華はふと思い出した。
「そうなんや。何時から?」
「6時から。」
「ほな、見に行かなあかんな。芹華も行く?」
遠野がポテトをほおばりながら言う。
「そのつもりやけど。」
「じゃあ、決まり。」
遠野はにかっと笑った。それまで2人は映画を見たり、ショッピングしたりした。

「ここ?」
遠野が扉を指差して聞く。
「うん。哲哉が書いてくれた地図によると。」
芹華が手元の地図を見ながら答える。遠野が扉を開ける。まだ始まっていないが、客は結構入っていた。
「あれ?姉ちゃん。何やってんの?」
不意に聞きなれた声がした。
「篤季。あんたこそ何やってんのよ。こんなところで。」
「何って。遼平のライブ、見に来てやったんや。」
「えらそうに。それより中学生がここにおったら、まずいんちゃうの?」
「大丈夫やって。マスターに許可もらってるから。」
「そーじゃなくて。」
「芹華の弟?」
遠野が芹華の肩越しに篤季を見る。
「そう。1番下の。」
「ふーん。なんか芹華と似とるな。姉弟だけあって。」
遠野が笑う。
「そうかなぁ?」
「うん。」
遠野が笑う。
「姉ちゃんのカレシだっけ?」
篤季がふいに聞く。
「うっうん。」
返事すると篤季はじぃーと遠野を見た。
「なっ、何?」
見るというより、睨むに近い視線に遠野は戸惑った。
「・・・モノ好き。」
ポツリと言ったその言葉に芹華が睨む。
「なんだって?」
芹華の静かな怒りが篤季を襲う。
「なっ、なんでもないっス。」
篤季が慌てて否定する。
「ははっ。モノ好きでもなんでもええけど、これでも芹華はモテるんやで。」
遠野がまた笑いながら言う。
「うっそだぁー。」
篤季が思いっきり否定する。
「いや、ホンマに。」
遠野が真剣な顔で言っても篤季は疑いの眼差しだった。
「本性、隠してるやろ?」
篤季の言葉に今度は芹華の鉄拳制裁が下る。
「ほらっ。こんなことすんやで。イタイケな少年をイジメて・・。」
篤季が殴られた頭を抑えながら、遠野に訴える。
「うーん。ますますええね。」
マジ顔でそう言った彼に篤季は何も言えなかった。そうこうしているうちにライブが始まった。ライブハウスと言っても一種のバーみたいなところなので、席につくことができる。 芹華たちは6人掛けの丸テーブルに座った。そこには芹華と遠野に加えて、篤季、遙、鷹矢、紘樹が座っていた。
哲哉たちは1番初めだった。総勢4バンドが演奏を行う。初めの曲は文化祭でも演奏した『Spark』。やはり哲哉のヴォーカルが切なく響いていた。 ここでMCに入る。まずメンバー紹介。そしてここで唄うことになったきっかけを話す。哲哉は結構天然ボケが入ってるので、ボケる度に客は笑う。 そして2曲目。1曲目とは一転して明るいポップス系。そのタイトルはズバリ『イチゴジャム』。本人たちによると、かわいい名前が良かったらしい。 哲哉のヴォーカルも一転して明るく楽しそうだった。そしてまたMC。今度はさっきの曲の作っている最中のエピソードを語った。この曲は譲が作詞作曲をしている。 内容的には彼女の大好きなイチゴジャムを自分が食べてしまい、それに腹を立てた彼女と喧嘩してしまい、謝って、彼女の機嫌を取っているというのを彼氏の立場で唄っている。譲の実体験かという観客からの問いに譲は
「まさか。兄貴の失敗談ですよ。」
と笑っていた。そして最後の曲。『花』。バラード系。哲哉が作詞。遼平が作曲。MCでこの曲ができた経緯を語った。 最初、遼平が曲を作るとき、歌詞があったほうが書きやすいというので、哲哉が作詞をし、遼平がイメージを膨らませて書いたらしい。 なぜバラードにしたかというと、このライブが決まっていて、クリスマスにやるということだったので恋人たちに捧げる歌として書いたのだ。 そう言った曲だけあって心温まるカンジがする。哲哉たちは確実に力をつけていた。芹華は応援する気持ちと共に言い表せない気持ちがあった。 自分だけが取り残されたような・・・。自分より1つ下の皆は既に自分のやりたいことを見つけている。自分もデザインの勉強をしていて、それなりに楽しいが、なんだかしっくりこない。自分には他にやりたいことがあるんじゃないかと最近思い始めた。 でもそれが何なのか判らず、どうしていいか解らないのだ。それが今の芹華の悩みだった。哲哉たちの演奏は素晴らしかったが、芹華は哲哉たちを見られなかった。

「どうやった?」
自分たちの演奏が終わり、一度が控え室に戻り、会場にまた出てきた響介が嬉しそうな顔をしながら芹華たちに近づいてきた。
「Great!」
鷹矢が答える。さすがに発音がいい。
「よかったで。」
「かっこよかった。」
口々に皆が感想を言う。だが芹華は下を向いたままだった。
「どしたん?芹華。気分でも悪い?」
響介の後ろから来た哲哉が声をかける。
「えっ?あっ、違うよ。」
芹華は慌てて顔を上げる。
「じゃあ・・・?」
哲哉が不思議そうに尋ねる。
「すごくよかったよ。でもなんか、バンドがんばってる皆見てると、自分が情けなくなちゃって・・。」
芹華はまた俯いた。
「どして?どして自分が情けなくなんの?」
譲が尋ねる。
「・・なんかさ、皆ちゃんと自分のやりたいこと見つけてて。うちは・・デザインの勉強してるけど、何か他にできること、あるんちゃうかなって思い出して・・・。皆に嫉妬してたの。やること、見つかってる皆に・・・。」
「芹華・・・。そう・・かもしれんけど・・・きっと芹華にもちゃんと見つかる。ただそれは今やなくて、・・・どう言うたら分からんけど・・。でも、やれることってーのは、ある時期になったら見つかると思う・・。」
哲哉が必死に説明する。それが芹華にも解り、妙に嬉しかった。
「そうそう。あんま悩んでたら、そのうちハゲるで。」
遼平が意地悪く笑う。芹華は思わず笑った。皆も笑った。
考えるのはやめよう。悩むのは大切だけどそればっかじゃ何かも変わらない。『今を生きる』それが大切。生き方は人それぞれだけど。 いつかは見つかるから。自分の人生みち

帰り道。再び遠野と2人になる。月明かりが2人を照らしていた。
「あのさ、これ。」
不意に遠野が小さな箱を取り出した。綺麗に包装されている。
「なんですか?」
「ささやかやけど、俺からのクリスマスプレゼント。開けてみて。」
遠野は少し照れながら言った。芹華はその箱を開けた。
「これ・・。」
芹華は声が出なかった。小さな宝石がついたネックレス。
「気に入ってくれた?」
「こんな高価なもの・・・。」
「実はそうでもないから、安心して。」
遠野が笑う。芹華はまだ困惑したようだった。
「いちお、恋人やん?って俺が強引に押したんやけど・・・。でも、芹華の喜ぶ顔が見たかっただけやから・・・。」
遠野が今度は乾いた笑いを見せる。それがすごく切なかった。
「ありがと・・・。嬉しい。」
芹華は微笑んだ。それは心から本当にそう感じた。芹華の笑顔を見て遠野は安心した笑顔を見せた。
「あのっ、これっ・・。」
今度は芹華が鞄の中から、袋を取り出した。
「開けてもええ?」
遠野が嬉しそうに訊ねる。芹華が頷く。開けると中にマフラーが入っていた。
「これって、芹華が編んだん?」
その問いに小さく頷く。遠野はそそくさとそのマフラーを首に巻く。
「ははっ。暖かいや。ありがとな。」
遠野が笑う。芹華はほっとした顔になった。
「・・ごめん。初めて編んだから所々変かも・・・。」
芹華が申し訳なさそうに言った。
「ええよ。手編みってカンジして。それに芹華が一生懸命編んだんやもん。」
遠野は嬉しそうに笑う。芹華も笑う。そしてまた歩き出す。
「にしてもさ。知らんかった。芹華がそんな風に感じてたやなんて。」
「えっ?」
急に話題が変わったので芹華は何の事を言っているのか、分からなかった。
「さっきライブハウスで言ってたやん。自分のやりたい事が見つからへんて。」
「ああ。」
「俺なんか就職決まったけど、ホンマにそれをやりたいんか、判らへんしな。」
「電気工事士だっけ?」
「そお。」
「でも好きだからやるんやろ?」
「まぁ、そうやけど・・・。」
遠野は少し言葉が詰まった。
「さっき哲哉が言ってたみたいに、やりたい事って必ず見つかると思う。それにまだまだ人生これからやん。」
芹華が微笑む。
「そ・・やね。」
遠野もわら微笑う。そうして2人は家路に着いた。

そして年が暮れる。今年は哲哉の家で集まった。哲哉、遼平、響介、譲、鷹矢、芹華、遙、篤季、そして遠野。遙と遼平と篤季が食事係となり、他の人たちはゲーム大会をしていた。
「あっ、セコいで。響介。」
「全然セコくないっスよ。」
遠野と響介が対戦している。格闘ゲーム。鷹矢と譲はそれに見入っている。
「芹華はやらんの?ゲーム。」
哲哉がソファに座ったままの芹華に話しかけた。
「うん。苦手やから。格闘系は。」
芹華は苦笑いを浮かべた。
「そうなんや。何が得意なん?」
「うーん。強いていえばパズル系かな?」
「へぇー。でも芹華ってあんまゲームとかしてそうにないよな。」
「うん。しない。ゲームって篤季とか紘樹が占領してるからね。」
芹華が笑う。哲哉が微笑み返す。
「ええなぁ。楽しそうや。」
「でも毎日おったら五月蝿いよ。」
芹華が苦笑する。
「悪かったな。うるさくて。」
いつの間にか芹華の背後に篤季が立っていた。
「うん。悪い。」
芹華があっさり言うので篤季は拍子抜けした。
「あれ?遼と遙ちゃんは?」
キッチンから出てきていない2人を哲哉は不思議に思った。
「料理、作ってるで。」
篤季があっさりと言う。
「あんたは?」
芹華が訊ねる。
「追ん出された。」
「2人に?」
「正確に言うと遼平に。」
そう言うと哲哉と芹華が笑い出した。
「どーせ、つまみ食いでもしてたんやろ?」
芹華が笑いながらツッコむ。
「・・・だってマジで美味そうったもん。」
図星だったらしい。
「そりゃ、追い出されるわ。」
芹華がまた笑う。
「笑うなや。」
篤季はなんだか恥ずかしくて顔が真っ赤になっている。
「ごめんごめん。」
芹華はそう言いながら篤季を抱きしめた。
「離せ。」
「ヤダ。」
「離れろ。」
「や。」
今度は篤季をからかって遊んでいる。哲哉は微笑ましくそれを見ている。
「ん?どしたの?鷹矢。」
じぃーと見ている視線に気付き、芹華が声をかける。何も答えない。察した芹華は篤季を突き飛ばし、鷹矢を抱きしめた。鷹矢は照れている。
「なんやねんな。」
突き飛ばされた篤季が怒る。
「篤季より鷹矢のが素直でカワイイ。」
芹華は鷹矢を抱きしめたまま言う。
「あっそ。」
篤季が呆れたように返す。
「そう言やぁー、こないだから仲ええよな。2人。」
哲哉が芹華たちに向かって言う。少し確かめたかったのかもしれない。何を?分からない。
「うん。だってうち、鷹矢のお姉ちゃんだから。」
「は?」
いまいち状況がつかめない哲哉と篤季の2人が聞き返す。
「だから、鷹矢のお姉ちゃん代理やってんの。」
鷹矢の姉が亡くなったことを哲哉たちは思い出した。状況は何となく分かった。
「なーにやってんや?」
譲と交代した遠野が芹華の後ろから抱きつく。図的には変だ。
「姉ちゃん。暑くない?」
傍で見ていた篤季がツッコむ。確かに部屋は暖房が効いてるので、サンドイッチ状態になってる芹華は暑いだろう。
「暑い・・・。」
そんな光景を見ていた哲哉はなんだか分からない嫉妬心にかられた。どうしてかは哲哉自身、まだ気付いてなかった。そんな気持ちは決して表には出さなかった。
「先輩。どいてよ。」
鷹矢は自然にのいてくれたが、遠野がまだくっついたままだった。
「ええやん。」
遠野は頑として離れなかった。
「暑いんやってば。」
芹華は無理やり遠野を押しのけた。哲哉以外の人は2人のやりとりを見て、爆笑していた。哲哉は一応笑ってはいたが、その瞳は笑っていなかった。

「あっ、鐘の音だ。」
響介が遼平の作った年越しそばを口に含んだまま言ったので、そばが飛び散った。
「汚い。」
遼平が呆れた口調で言う。
「おう。美味いな。」
遠野が驚きと感動に包まれていた。
「でしょう。」
遼平が威張る。
「人間1つくらい特技ないとね。」
哲哉が冷たく言い放つ。
「なんや?今日の哲哉の言葉、チクチクすんやけど。」
遼平がクエスチョンマークを飛ばしながら不思議がる。
「機嫌でも悪いんちゃう?」
響介がふざけて言う。哲哉は図星だったが、顔には出さなかった。
「どうかしたん?」
芹華が心配そうに訊く。哲哉は芹華の顔を見て、思い切り首を横に振った。
「そお?ならいいけど・・・。あっ、ほら12時過ぎたし、中学生は寝なさい。」
急に芹華が母親口調になる。
「ええやん。せっかく年明けたんやし。」
篤季が抗議する。
「だめ。外泊許可もらうとき、『12時過ぎたらちゃんと寝さすように』って言われたんやから。」
「母さんたち、おらんけん、ええやんか。バレへんって。」
「バレてからじゃ遅いの。そこに意地悪な遼平がおるし。」
「どうゆう意味やねん。」
遼平がツッコむが、あえて無視。
「遙だって疲れたやろ?」
芹華が篤季の隣の遙を見る。遙は眠い目をこすっている。
「おい、無視かい。」
遼平の言葉は耳に入ってないフリ。
「はいはい。2人とも哲哉に部屋貸してもらって、寝てなさい。」
芹華が篤季と遙を追い出す。それと同時に哲哉が立ち上がる。
「鷹矢?眠いの?」
眠そうにしている鷹矢を見て芹華が訊ねる。鷹矢は小さく頷く。
「じゃあ、歯磨いて、寝よう。」
芹華は鷹矢を立たせ、洗面所に向かわせる。
「芹華ってさ。面倒見、ええんやね。」
遠野がポツリと言う。
「まぁ、下に3人もおりゃあね。」
遼平がお茶をすすりながら答える。
「あれ?確か上にもおったよね。」
遠野が遼平に向かい合うように座り直す。
「・・2人。」
「めっちゃ兄弟おんねや。」
「あれ?先輩は?」
響介がミカンを食べながら訊く。
「俺は下にクソ生意気な弟が2人。」
「へぇー。2人なんっすね。」
「そうゆう響介は?」
「おいらは兄貴が1人いるっス。でも年、離れてるから。もう随分会ってないっすね。」
「そういやおったな。そんなん。」
遼平が間の抜けた答えを返す。
「そんなん呼ばわりすんなや。人の兄貴捕まえて。」
響介が反論する。
「まあまあ。それよりお兄さん、今何やってんの?」
遠野がなだめる。
「何てったっけな?」
響介が首を傾げる。
「忘れんなよ。」
間髪入れず、遼平がツッコむ。
「そうそう。音楽のミキサーかなんか。だったと思う・・・。」
「自信、ないんかい!」

「さぁ、蒲団入って。」
鷹矢は素直に蒲団に入った。芹華は鷹矢に蒲団を掛ける。
「セリカ。寝るまで、ココにいてくれる?」
鷹矢は泣き出しそうな目で芹華を見た。芹華は微笑んだ。
「ええよ。おったげる。」
「よかった。」
鷹矢は安心したようだ。寝付くまで、そんなに時間はかからなかった。
「・・・かわいい。」
芹華は思わず微笑んだ。無邪気な寝顔。だが、芹華よりも遥かに辛い経験をしているのだ。そう思うとなぜか泣けてきた。時々見せる泣きそうな笑顔。 芹華はその笑顔を見るのが、1番辛かった。肉親を全て失った辛さは家族を亡くしたことのない芹華には、全ては解らない。が、もし失ったとしたら? 大事な人、大切なものをすべて失ったとしたら?・・・考えられない。考えたくもない。・・・だがそんな経験を鷹矢は実際したのだ。どんなに辛かっただろう。 どんなに痛かっただろう。鷹矢のお姉さんは目の前で殺された、と譲が言っていた。目の前で人が死ぬのを見るのは、どんなカンジだろう?それもたった1人の家族・・・。 芹華の瞳に涙が溢れていた。そのときドアをノックして誰かが入ってきた。
「芹華。・・・どしたんや?」
哲哉は芹華の瞳から溢れ出ているものに気付き、ドアを閉め駆け寄る。

「そうだよね。」
芹華から涙の理由わけを聞き、芹華の気持ちに同意した。
「でも、鷹矢はもう立ち直ってると思うよ。」
「えっ?」
哲哉の意外な言葉に俯いていた顔を上げる。
「だって、今は芹華がお姉さんなんやろ?だから今は孤独ってゆう辛さからは救われてると思うよ。」
哲哉は鷹矢の寝顔を見ながら言った。芹華も鷹矢を見た。安心しきった寝顔だ。
「ほら、幸せそうな顔してるやろ?譲から聞いたんやけど、日本に来てすぐくらいは、夜中に何度も目が覚めて、なかなか眠れなかったようやったんやて。 あの時の光景を・・・目の前で姉貴が殺される夢を何度も何度も見て・・うなされて。でも芹華に会ってから、そうゆうのも少なくなって、今じゃちゃんと眠れるようになってるって。」
芹華は哲哉の言葉を聞いて少し救われた気がした。
「でも、うちだけじゃないと思うよ。哲哉にも救われてると思う。」
芹華がそう言うと、哲弥は驚いた。
「だって譲クン家より哲哉ん家にいついちゃったってコトは哲哉のことが気に入ったってことやろ?哲哉なら自分の辛さ、分かってくれるって思ったんちゃう?」
「・・・もしそうやとしたら、すっげー嬉しい。」
哲哉が微笑む。芹華も笑顔になっていた。

翌日。快晴だった。芹華は今日も早起きだった。
「うーん。ええ天気や。」
リビングから庭に出て、芹華が伸びをする。ただいまの時刻。午前8八時半。芹華としては寝坊したほうだ。他の人はまだ寝ているはずだ。
「あれ?芹華、早いね。」
後ろから声がした。振り返ると哲哉だった。
「哲哉こそ。」
そう言いながら家に入る。
「まーね。」
「まだ皆寝てんの?」
「うん。多分。」
「先輩は低血圧だし。遼たちも朝は弱い方やモンね。」
「篤季と遙ちゃんは?」
哲哉がコーヒーを入れながら尋ねる。
「篤季はどうやろ?結構ばらばらやからな、起きるんは。遙は早い方かな。」
「そっか。譲はもうそろそろ起きてくると思うけど。鷹矢はよく寝るタイプやしな。」
哲哉が入れたてのコーヒーを芹華に差し出す。
「ありがと。あっ、おはよ。遙。」
「おはよぉー。お兄ちゃんたち、まだ寝てんの?」
遙はすでに着替えていた。芹華もだが。哲哉はまだパジャマだ。
「うん。多分。昨日遅くまで起きてたみたい。先輩と響介と。」
「いつものことやけど。あっ、ご飯作るね。」
料理のできない2人は遙にまかせることにした。芹華も一応手伝った。
「いっつも思うけど、家事得意な兄妹やね。」
哲哉がカウンターから覗く。
「そうせざるを得なかったんで。」
遙が苦笑する。確かに。必然的に家事は2人で分担しなければならなかった。
「・・・俺も一応そうせざるを得ない状況なんやけどね・・・。」
哲哉も苦笑する。そう哲哉も同じような状況ではある。が、根がお坊ちゃまなので仕方ない。ちなみに執事は今アメリカに里帰りしている。
「おはよー。」
譲がアクビしながら入ってくる。
「「「おはよー。」」」
3人で返事を返す。
「美味そうな匂い・・・。」
譲は鼻をくんくんさせた。
「うん。もうすぐできるよ。」
遙が笑顔で答える。芹華は食器を並べる。一応人数分。
「でも皆起きて来ないね。」
遙が一言。
「確かに。」
芹華が頷く。
「ええやん。ほっとけば。」
哲哉が冷たく言い放つ。
「そうやね。後で起きた人は自分で作ると。」
芹華が賛同する。そして楽しい朝食タイム。
しばらくして頭をかかえながら響介が起きてきた。
「うー。頭いたい・・・。」
「なんで?」
芹華が響介に近づく。
「うっ。お酒くさっ。」
響介からぷんぷんと匂ってくるその匂いはまさしくお酒の匂いだった。
「そりゃ2日酔いや。」
哲哉が遠くで教える。
「ちょっとなんでお酒なんか飲んでんの?」
急に芹華が母親口調になる。
「やべでぇー。頭に響くぅー。」
耳元で怒鳴られた響介は頭を抑えた。
「未成年やろ?ってゆうか、どっから酒が・・・。」
「先輩が持ってた・・・。」
芹華におどおどしながら響介が答える。
「もしかして遼平も飲んだんじゃ・・・。」
「うん。先輩と楽しく。おいらは被害者・・・。」
どうやら響介は無理やり飲まされたらしい。芹華は絶句していた。

「遼平!起きなさい!」
芹華は遼平を叩き起こした。
「うるせー。も少し寝かせろ。」
遼平は言葉を吐き捨てて蒲団をかぶる。芹華は蒲団を剥ぎ取る。
「うおっ。さっみー。」
蒲団を剥ぎ取られた遼平が身震いする。
「うるさい。起きろ。」
芹華の口調がだんだん悪くなっていた。
「なんやねんな。」
遼平は寝っ転がったまま目をこする。
「昨日、先輩と響介とお酒飲んだやろ。」
芹華が見下したまま、問いただす。
「げっ。」
「なんで飲むの。未成年でしょーが。あんたたち。」
「先輩に・・勧められて・・・。」
遼平は苦しい言い訳をした。
「断りなさい。」
芹華が間髪入れず返す。
「断れる状況ちゃうかってん。」
「まだ苦しい言い訳すんの?」
芹華は既に呆れていた。その後ろで哲哉たちが見学している。
「・・・ゴメンナサイ。」
芹華が怒りを通り越して呆れていることを悟ったのか、遼平は素直に謝った。しかも蒲団の上で正座して。さすがの芹華も怒るのをやめた。
「もうええわ。もう勧められても飲んだらあかんよ。」
「・・・はい。」
遼平が小さく返事する。
「よし。あとは先輩だぁね。」
芹華は意気込むと遼平の部屋を出た。

「せーんーぱーい。」
何度呼んだだろう。ゆすっても起きやしない。なんと言う低血圧だろうか。低血圧というより夜中まで起きていたせいだろうが・・・。でもまさか殴るわけにもいかない。
「ったく。」
芹華は溜息を吐いた。呆れすぎた芹華は遠野を起きるまでほっとくことにした。

遠野以外はお参りに行くことにした。芹華と遙は哲哉と譲に引っ張って行かれ、行き着いた先で着物を着せられた。そこは譲の家で、譲の母親(ドイツ人)に着付けされた。
「わぁー。芹華サン、綺麗っス。遙ちゃんもかわいい。」
1番に誉めたのは響介だった。
「やっぱ女は化けるんやな。」
遼平の毒舌が飛ぶ。
「何か言った?」
芹華がにっこりと言う。静かな怒りほど怖いものはない。
「何でもないです。」
遼平が冷や汗をかきながら返事する。怖いのなら言わなきゃいいのに、と誰しもが思った。
「やっぱりね。芹華って着物も似合うと思った。」
哲哉が満足げに笑う。
「うん。にらんだとおり。芹華さんも遙ちゃんも似合ってる。」
譲が頷く。
「How beautiful!」
鷹矢は感激したようだ。だが篤季だけが何も言わない。
「篤季、どお?」
芹華が面白がって訊く。芹華には分かっていた。篤季が自分ではなくずっと遙の方を見ていることを。うすうす感づいていた。篤季自身はまだ自覚してなかったが。
「綺麗や・・・。」
篤季は遙の方へ向いたまま答えた。その様子に他の皆も状況がわかったらしい。遼平がにやにやしながら篤季に近づいた。
「なんや。お前、遙のコト好きなんか。」
「ばっ、ちゃうよ。」
篤季は顔を真っ赤にしながら否定した。
「ふーん。」
遼平は意地悪く笑った。篤季は耳まで真っ赤になっていた。
「よしよし。とにかく早くお参りしよう。」
芹華はまだ自分より低い篤季の頭を撫でながら、提案した。芹華はとにかく早くこの人ごみから抜け出したかった。着物に着慣れていない芹華と遙はそれぞれ哲哉や譲にエスコートしてもらいながら歩いた。それは人の目をかなり引いた。本人たちは気付いていないようだったが。

哲哉の家に着いたのは既に午後7時を回っていた。着物を着た上、人ごみの中にいた芹華たちはとても疲れていた。
「なんだい。君たち。なんで置いてくんや?」
家に入ると遠野が開口一番こう言った。
「だって先輩起きへんかったもん。」
芹華が説明する。
「それでも起こしてや。」
「殴ってほしかった?」
「げっ。」
芹華のパンチの威力を博之から聞いて知っている遠野は絶句した。
「いいえ。」
しばしの間があった。
「なら、文句言わない。」
芹華はソファでへばっていた。
「お疲れっスか?」
隣に座りながら遠野が話しかける。
「疲れるよ。着物着せられて、人ごみに連れて行かれれば。」
哲哉に差し出されたココアを受け取る。
「えっ?着物着てたの?見たかったぁ。」
遠野が残念がる。
「写真撮りまくってますよ。」
響介がこたつでミカンをほおばりながら言う。
「焼き増しして。」
遠野が素で返事する。
「オッケーっすよ。」
響介がにっこりと返事した。そしてこの日は皆疲れているので早く寝ることにした。

そんなこんなで2,3日、哲哉の家に泊まったあと、各々自分の家に戻った。
それから数日後。3学期の始業式があった。
「うー。まださみー。」
始業式が終わり、午後からは部活に行こうとしていた芹華の隣で遠野が呟いた。
「確かに。で?先輩は何やってんの?こんなとこで。」
「芹華サン。冷たい。」
「先輩・・・。」
芹華は呆れた視線を送った。
「ウソだって。いやー、ヒマやからさ、後輩たちに指導をね。」
「遊びに来たんちゃうの?」
「芹華って結構毒舌やなぁ。」
「遼平のが移ったかもね。」
芹華はすたすたと先を歩き出した。
「待ってぇーな。」
遠野が芹華を追いかける。

体育館に入る。見渡してもやはり哲哉たちは来ていない。芹華は溜息を吐いた。本気でやめるつもりということが、芹華にとって少し寂しい気がした。
「あっ、遠野先輩。」
芹華と一緒に入ってきた遠野を見て、男バスの人たちが遠野にたかってきた。
「萩原。ちょっと。」
芹華はコーチである先生に呼ばれた。人があまりいない隅っこに行った。
「なんですか?」
「ああ。赤樹や水槻のことやけど・・・。本気で辞める気なんか?」
「・・・よくは知りませんけど。多分。バスケよりバンドの方が楽しいみたいで。」
「そ・・か。」
芹華の言葉を聞いた先生は少し寂しそうだった。
「先生・・・。」
「辞めるなら早く退部届出すように言っといてくれんか?」
「・・・分かりました。」
芹華には先生の気持ちが痛いほどよく分かった。だから余計に何も言えなかった。

そして時が過ぎ、街はバレンタイン一色になった。
「せーりか。今年は遠野先輩にあげるんやろ?」
後ろからうるさい声が聞えてきた。
「紗智。さっきから煩い。」
芹華はうっとおしげに顔を背ける。
「だって一応恋人なんやろ?あげな、かわいそうやで。先輩が。」
クラスメートの紗智がしつこく迫ってくる。
「紗智には関係ないやろ。」
「芹華。冷たい。」
冷たいわけではなかった。ただ照れているだけなのだ。
「でもさっ。こうやって街に出て来てるってことは、やっぱりあげるんや。」
紗智はしつこかった。そう2人は今商店街に来ていた。2人のほかにも何人かはいたが。
(やっぱあげるべきなんかなぁ。)
遠野が一方的に付き合ってくれって言い出したわけだし。でもOKした以上、恋人ってことになる。芹華は意を決した。
「これください。」
綺麗に包装してあるチョコレートの箱をレジに差し出した。
「なんだ。結局あげるんやんか。」
横から紗智が覗きこむ。
「ほっといて。」
芹華はチョコレートを買うとさっさと店を出た。
「待ってよー。」
紗智が背後で叫んでいる。芹華は無視を決め込んだ。そのとき。
「かーのじょっ。1人?」
芹華の目の前に3人の男が立っていた。俗に言うナンパだ。ガラが悪そうだ。
「急いでるんで。」
芹華は男たちを一瞥いちべつすると通り過ぎようとした。
「ちょっと待ってよ。」
男たちは芹華の腕をつかんだ。
「放してください。」
芹華は男たちを睨みつけた。
「おっ。いいねぇ。その眼。美人って怒ってても綺麗やなぁ。」
呑気にそんなことを言っていた。芹華は心の中で助けを求めていた。
「行こうよ。ちょっと茶ぁでも飲んでさ。」
「行こう。行こう。」
男たちは芹華をひっぱった。
「やだ。助けてぇー。哲哉ぁー。」
思わず叫んだ。そのとき、芹華の目の前に腕が伸びてきた。
「なんや?お前。」
突然現れた人物に男たちはガンを飛ばした。
「彼女は俺の連れなんで。」
聴きなれた声に芹華は俯いていた顔を上げた。
「哲哉。」
そう。目の前にいるのは紛れもなく哲哉本人だった。
「それとも俺たちとやる?」
いつの間にか、遼平と響介がいた。いきなり現れた自分たちより背の高い男たちを見て、芹華の腕をさっさと放し、逃げるように去って行った。
「ったく。だらしねーヤツら。」
遼平が吐き捨てるように言った。
「大丈夫?芹華。」
哲哉が芹華を覗きこむ。
「うん。ありがと。3人共。」
「しっかしまぁ芹華をナンパする男が現れたってーのは、世も末だね。」
「何か言った?」
遼平のいつもの毒舌に静かな怒りのオーラが立ちこめた。
「なんでもないです。」
遼平が明後日の方向に向かって答える。
「ところでさ。あんたたちは何でここにいんの?」
「ああ。俺らは楽器屋さんに行こうと思って。」
芹華の問いに哲哉が答える。
「芹華ってば何急いで・・・あれ?赤樹クンたち。ここで何してんの?」
同じバスケ部である紗智が問う。
「楽器屋さんに用があって。」
また哲哉が答える。
「ふーん。」
「紗智。あんた、これからバイトちゃうかったっけ?」
芹華が商店街の真ン中にある時計を見ながら訊ねる。
「あー。そうだった。ごめん。もう行くね。バイバイ。」
紗智はそう言うと、ダッシュで駆けて行った。
「嵐が去った。」
芹華は溜息をついた。
「そうだ。芹華サンも一緒に来る?」
響介がいきなり話しかける。
「どーせヒマなんやろ?」
遼平が意地悪く笑う。
「ええよ。どーせヒマですから。」
芹華は遼平に皮肉っぽく返す。というわけでなぜか芹華も行くことになった。

「わー。すごーい。」
芹華は店の壁全体に並べられているギターやベースに驚いた。中は以外に広く、真ン中の方にはピアノやドラムも並べられていた。 2階建てで2階には管楽器などクラシック系の楽器があるらしい。哲哉たちはさっそくギターやベースを見ている。本当に楽しそうに。
(羨ましい。)
芹華は哲哉たちを見て思った。自分にはそんなに熱中できるものはない。確かにデザインの勉強もバスケも好きだか、本当にそれが自分のやりたいことなのかが、分からない。
「で?楽器を買うん?」
ずっとギターやらベースやらを触りまくっていた3人に声をかける。
「うんにゃ。これは飽くまで下見。本来の目的は楽譜買いに来たんや。」
遼平がギターを抱えたまま答える。
「楽譜って?」
自分たちで作曲していて、今更一体何の楽譜を買うというのだろう?
「やっぱいろんなバンドもコピーして勉強しときたいしね。」
哲哉が遼平の言葉に付け加えるように言った。
「そっか。で、見んでええの?楽譜。」
芹華に言われて初めて3人は楽譜売り場に訪れた。
「何がええかな?」
「これは?」
「それ、ベース簡単過ぎるから・・こっちのがええかも。」
3人はバンドスコアのずらっと並んでいる本棚の前で、思案していた。芹華はヒマなので(見ても分からないというほうがいいかもしれない。)楽器を見ていた。
「あれ?芹華サン。どしたんです?こんなとこで。」
不意に声をかけられて振り返ると、そこには栗色の髪をしたかわいい男の子が立っていた。
「譲クン。譲クンこそどしたの?」
「僕はここでバイトしてるからさ。さっき入ってんやけど。」
「へぇー。そうなんだ。」
あれ?大病院の息子ってことはお坊ちゃまなのに・・バイト・・?疑問が持ち上がる。
「芹華サンは?」
「うちは哲哉たちに連れて来られたの。」
「ふーん。で、哲哉たちは?」
「そこで楽譜見てる。」
芹華は本棚の前で思案中の哲哉たちを指差した。
「ほんとだ。あっそうだ。芹華サン、ギター持ってみる?」
「は?」
譲のいきなりの提案に芹華は一瞬理解不能だった。
「ほら。これが響介の持ってるヤツ。」
譲は芹華にエレキギターを持たせた。
「うわっ。結構重いね。こんなん持ってよく演奏できるねぇ。」
芹華は持たされたギターの重みに驚愕した。
「でしょ。で、これが哲哉が持ってるのと同じヤツ。」
今度はベースを渡された。ギターよりも重い。
「何これ。こんなに重いもんなん?」
芹華は唖然とした。ベース1本でこんなに重かったら、ライブのとき辛くないだろうか。芹華よりも力があるとはいえ・・。
「これだと結構重低音が出るからさ。哲哉が気に入ってんだ。」
「ふーん。」
芹華にはよくは分からなかったが、哲哉が本当に音楽が好きであることが伝わってきた。好きでなければ、こんなに重いモノを持って演奏しようだなんて考えないだろう。
「芹華サン。これなら軽いよ。」
次に手渡されたギターは本当に軽かった。
「これは女の子でも弾けるヤツ。結構人気があるんだ。このモデルは。」
「へぇー。でもホンマにさっきのより軽いね。」
「うん。それはエレキだけど。最近はアコギも結構人気あるんだよ。」
「アコギ?」
「そう。アコースティックギター。ほら、これがそうだよ。」
譲は軽く弾いて見せた。
「エレキとは違うの?」
「うん。エレキはアンプっていう機械に接続して大きな音を出すんだけど、アコギの場合は、アンプに繋がなくても演奏できるんだ。」
「へぇー。いろんなんがあるんやね。」
「何やってんだ?」
芹華の背後でいきなり声がした。
「・・・びっくりさせんでよ。」
背後にいた遼平に怒る。
「何?芹華サンもギターやんの?」
芹華がギターを持っているのを見て響介が早とちりする。
「ちゃうよ。持ってただけ。」
芹華がそう言うと、響介は「なーんだ。」とつまらなさそうに呟いた。
「で?楽譜買ったの?」
「おう。ばっちし。」
遼平は楽譜が入っていると思われる袋をバシバシと叩いた。
「じゃあ帰ろっか。譲クンまたね。」
「うん。バイバイ。」
そうして芹華たちは家路に着いた。

芹華はベッドの上で寝付けずにいた。
(あのときなんで哲哉の名前が出てきたんだろう。)
そう、芹華はからまれたとき、遠野ではなく哲哉の名前を叫んでいた。とっさとはいえ、なぜ哲哉が出てきたのだろう?それがすごく不思議でならなかった。
だけど疲れていたせいだろうか。考えながらいつの間にか眠ってしまっていた。

そうこうしているうちにバレンタイン当日になった。今年のバレンタインは平日なので、もちろん授業がある。生徒たちはやはりそわそわしていた。
「芹華っ。」
授業が終わり、掃除をしていたところに遠野が現れた。
「何してんの?もう授業ないんやろ?」
「うん。でもほら今日はさぁ、あれやんか。」
「あれって?」
芹華はとぼけたように返事する。
「・・・ひどひ。芹華ちゃんってば冷たい。」
遠野は少し落ち込んだ。
「ウソ。ちゃんと用意してあるからさ。」
「ホンマ?」
「うん。後で渡すから待ってて。」
そう言うと遠野の周りが明るく輝いたように見えた。

「はい。」
芹華はなぜか体育館の裏でチョコレートを渡した。人に見られるのが恥ずかしかったらしい。遠野はそんなことは気にはしていなかったが。
「おう。サンキュー。」
遠野は本当に嬉しそうにチョコレートを受け取った。芹華は複雑な気持ちだった。だって芹華の心は遠野には向いていなかった。確かに遠野と付き合って楽しかった。キライではない。けど、恋人として好きかと聞かれるとそうは思えない。ただ友達としか見られない。
「先輩・・・あの・・・・・。」
芹華には言葉にできない気持ちが渦巻いていた。遠野は芹華の目の前に立った。そしておもむろに顔を近づけてきた。
「イヤ。」
芹華は思わず顔を背けた。そしてなぜかそこから走って逃げてしまった。
後には立ち尽くしたままの遠野が影を落としていた。

芹華はなぜか走っていた。遠野に対して失礼だとは思いながらも、何処を目指すわけでもなく、ただ走っていた。
「あれ?芹華?」
聴き慣れた声がした。でも止まれない。
「ちょっと待てよ。何があったんや?」
哲哉に腕を捕まれ、芹華はようやく立ち止まった。
「芹華?」
芹華が顔をあげる。哲哉の顔を見た途端、何かに包まれるような安心感が生まれた。
「えっ?ちょっ、芹華サン?」
哲哉は焦った。芹華の頬に一筋の道ができた。芹華の瞳から涙が溢れ出していた。

後のことはよく覚えていない。どうやって帰ってきたのかさえ。ただずっと哲哉が傍にいてくれた。それが妙に安心できた。年下の(といっても1つしか変わらないが)男に慰められるなんて、思ってもみなかった。芹華はただぼーっとそんなことを考えていた。

結局、翌日は遠野に会うことはなかった。この時期3年生は、自由登校なので、超低血圧である遠野が来ていないのは無理でもないが。昨日の今日だから来にくかったのだろうか。実を言うと芹華も会いにくかった。
しかし何日経っても遠野は現れなかった。芹華は生徒会や部活で忙しい日々を送っていたので、遠野に連絡をつけられなかった。

そして日々は無情に過ぎていった。