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ACT U 新しい夢 「俺、バンドやろうと思てんねん。」 「はぁ?何言ってんの?」 ここは芹華の部屋。相談がある、というので部屋に入れたのだ。 「だから、バンドやりたいねんて。」 「そーやなくて。なんでいきなり・・・。」 「別にいきなりってワケやないよ。前から考えてたんや。けど、やっぱり迷ってて。で、芹華に意見、聞こうと思って。」 芹華はため息をつ吐いた。 「・・・別に引き止めんけど。男バスやめんの、結構勇気いるよ。あんたは期待の新人らしいからね。」 「大袈裟な。」 遼平は鼻で笑うように言った。 「大袈裟なんかやないよ。あんたと響介と哲哉、遠野先輩のお気に入りなんやから。」 「・・・。別にえーよ。どーなったって。バスケよりやりたいコト、見つけたんやから。」 遼平は紅茶を一気に飲み干した。 「・・・まっ、いいけど。先輩たちと監督、説得すんの、がんばってね。」 芹華はこのとき、遼平のことを甘く見ていた。その後、後悔することになる。 数日後、またまた遼平が芹華の部屋に来ていた。今日は響介と哲哉も来ている。外で微かな物音がした。「ちょっと失礼。」と芹華が立ち上がり、ドアを思い切り開けた。 ドアを開けた瞬間、2人が部屋に倒れ込んでくる。案の定、下の弟、2人だった。芹華が睨みつけると、2人は苦笑いしながら走り去っていった。 「ったく。ごめんね。馬鹿な弟共で。」 芹華は『馬鹿』に妙に力がこもった。それを聞いて3人は笑った。 「それより何?話って。」 芹華は本題に入った。急にみんなの顔がまじ真剣になった。 「あのな・・・。俺たち3人、バスケ部やめようと思て。」 遼平のその言葉に芹華は飲みかけた紅茶を噴きだしそうになった。 「なんで?」 芹華は裏返った声で聞き返す。 「ほら、こないだ話したやん。バンドやるって。」 「3人でやんの?」 「そぉ。今んとこはね。でもやっぱセンセーには言い出しにくくて。どうしようかと思って。」 遼平は下を見たり、芹華を見たりしながら言った。 「どうしたらええかと思って。とりあえず芹華サンの意見を聞こうと思ったんっス。」 響介が口を開く。 「んー。まぁ、今の時期はやめといたほうがええと思うよ。中途半端やし。2年になってから、もう一度考えたら?」 芹華は自分でも無責任だと思った。どうせ、すぐ諦めるだろうと思ったからだ。でも意外と素直に言うことをきいた。芹華は心底驚いた。 まさかこんなに素直にきくとは・・・。しかもそれであっさりと話は終わってしまったのだ。 「それで、誰がどのパートか決まってんの?」 芹華は何となく興味を持った。 「んー。別に今んとこは決まってへんけど。とりあえず、みんなギターやってる。」 遼平は笑顔で答えた。遼平は普段あまり笑わないので芹華は安心した。遼平が笑うのは、響介をイジメて楽しんでいるときか(通称:悪魔の笑い)、自分の妹に対してくらいだからだ。 「でも俺はベースの練習もしてる。」 哲哉が微笑む。本当に楽しいらしい。芹華は彼らを少し羨ましく思った。 2学期が始まり、しばらく経ったある日の朝、芹華はいつものように早めに学校に出かけた。するとすでに誰かが来ていた。哲哉?いや、違う。 「遠野先輩?」 芹華が声をかけると、遠野はこちらを見た。芹華は驚きのあまり声が出ない。なぜなら遠野は超がつくほどの低血圧だからだ。 「おう。芹華ちゃん、おはよう。」 遠野は笑顔で元気よく挨拶してきた。 「おっおはようございます。」 芹華はやっとの思いで口を開いた。 「珍しいですね。先輩がこんな朝早くに学校に来るなんて。」 「んー?今朝、何やは早よ目が覚めてしもて。2度寝して遅刻するより、朝練してて遅刻したほうがええかなと思て。」 「・・・。遅刻するつもりなんですね。どっちにしても。」 芹華は冷たい視線を送った。 「ははっ。まーね。 遠野は笑いながら言い放った。 「だめですよ。ちゃんと出なきゃ。H・Rに遅れても遅刻に入るんですから!」 芹華が怒って言うと遠野はジーッと芹華を見つめた。 「なっ、なんですか?」 「いやぁー。さすが生徒会副会長やなーっと。 遠野はなぜか1人で納得している。芹華は照れた。 「・・・。問題点を逸らしてもダメです。」 「あっ、ばれた?」 遠野は舌を出した。何考えてんだ?この人わっ・・・。 「ところで哲哉、来てませんか?」 芹華は話題を変えた。いつもなら来ているはずなのに、いないからだ。 「さぁ。オレが来たときは、誰もおらんかったけど。」 「そーですか。」 寝坊でもしているのだろうか。 「あっあのさっ、芹華ちゃん。」 遠野がいきなり話しかけてきた。顔が 「何ですか?」 「あっあのねっ・・・。」 そう言いかけた途端、「遅れてゴメン!」と哲哉が入ってきた。遠野は言いかけた言葉を飲み込んだ。 「おはよ。珍しく遅かったね。」 「ああ。昨日遅くまで遼と電話してたから。」 きっとバンドの話だろうな。芹華にはすぐ予想できた。 「あれ?キャプテンも来てたんっスか?」 哲哉は遠野に気付き、目線をそちらに向ける。遠野は笑って頷いた。 「よーし。赤樹。みっちりしごいてやる。ボール取ってこい。」 「うぃーっス。」 哲哉は忠実な犬のように遠野の言うことをきいた。 「先輩。さっき何言おうとしたんですか?」 「えっ?ああ、何でもない。忘れて。」 遠野は苦笑いを浮かべた。 2学期に入ると校内は浮き足立つ。毎年恒例の文化祭が近づくからだ。文化祭ではそれぞれの科が作品を展示したり、各クラスや部活が店を出す。 しかし何と言っても1番盛り上がるのは『校内バンドコンテスト』だろう。生徒会がその実行委員となる。芹華も一応副会長なので、今日も会長と共に忙しく業務を果たしていた。 が、しかしこの会長が曲者でいつもボーッとしていて使いものにならない。変わりにほぼ芹華が仕事をしている。しっかりするのは、文化祭や体育祭などのお祭りごとのときだけなのだ。 「萩原ぁ。」 「何です?会長。」 芹華は書類を遠藤の前に山積みにした。 「ええ天気やねぇー。」 遠藤博之(会長)は窓の外を眺めていた。 「そーですね。」 芹華は窓の外を見た。確かにポカポカしていて、いい気持ちだ。 「なのに、なんでこんなトコ生徒会室に閉じ込められな、あかんのぉ〜!」 博之(一応これでも3年生)は半泣きで芹華に訴えた。 「何言ってるんですか!そもそも会長がいっつも仕事サボって、とっとと帰っちゃうのが、いけないんじゃないですか。この書類、全部目を通すまで帰っちゃいけませんからね。」 芹華は山積みの書類をバシッと叩いた。 「萩原、代わりにやってよ。」 「ダメです!これは会長の仕事なんですから。ちゃんとやってください!」 芹華は怒鳴り散らした。 「萩原ぁ、そんなんじゃ男寄ってこないよ。綺麗な顔なのに。」 博之はぽつりと言った。芹華は考えるよりも先に手が出ていた。気にしてるコト言うから。 「あーあ。会長がノビてちゃ、仕事にならんやん。」 入り口で声がした。見ると書記の吉川友里だった。 「友里先輩。だって会長が・・。」 「分かってるって。この 友里はそう言うとノビている遠藤に往復ビンタを喰らわした。 「はっ。友里ちゃん。」 「友里ちゃん、やないやろ?ちゃんと仕事しろ。」 友里は無表情のまま、博之に命令する。 「だってぇー。」 博之は甘えた声を出す。が、友里は無言で睨みつけた。すると博之は渋々仕事を始めた。 「さすが友里先輩。」 芹華は感動していた。実は博之と友里は小学校からの腐れ縁で、博之は友里のことが好きらしい。会長に立候補したのも友里と一緒にいたいという甘い考えが生み出した結果だった。博之を知っている奴らが面白半分で投票したため、当選してしまったのだった。 「そーいやぁ芹華。この水槻遼平ってあんたの幼馴染やろ?」 友里はそう言って一覧表のような紙を芹華に渡した。芹華は紙を受け取り、友里が指差すところを見た。確かに遼平の名前が載っている。 「そーですけど。これって何の・・・?」 芹華は大きく書かれたその文字を見て驚いた。そこには『バンドコンテスト出場希望者』と書かれていた。 「かっこええやん。幼馴染がバンドマンやなんて。」 友里が珍しく笑った。しかし意地悪げだ。 「でも確かそいつってバスケ部やろ?」 博之が口をはさんだ。 「そうですけど。なんで会長が知ってるんですか?」 だがそれは愚問だった。 「遠野がいっつも自慢してる。」 博之はうんざりした様子で答えた。そう、博之と遠野は同じクラスなのだ。 「じゃあ、そのバスケ部のコが急きょ入ってるってワケ?」 友里は博之の言葉を聞いて芹華に質問した。芹華は一覧表に目を落とした。リーダーが哲哉で楽器がベース。でもってヴォーカルぅ〜?響介がギターで、遼平はドラム。 「いや、この3人共バスケ部。」 芹華は 「へぇー。バスケ部からバンドが出てくるなんて珍しいやん。」 友里は感心したように言った。 「こいつらバスケやめて、バンドに走るみたいですよ。」 芹華は呆れていた。 「ふーん。でもあのバスケ部やめんのって、かなり勇気いるんやないの?」 「先輩、そんなのあいつらには愚問ですよ。特に遼平は。自分が決めたコトは絶対にやり遂げるヤツですから。それに響介は遼平の後をついてくタイプだし。」 「じゃあ、この赤樹クンは?」 友里はツっこむように言った。 「えっ?哲?哲哉は・・・。」 そういえば、哲哉のコトあまり知らない。一緒に朝練しているとはいえ、遼平たちほど仲が良いワケじゃない。でも1つだけ言えることは・・・。 「哲は、何か夢中になるコトを見つけると、それに打ち込んじゃうタイプかな。」 これは芹華が哲哉を見ていてそう思っただけ。 「ふーん。何かええね。そういう人。」 友里は珍しく他人に興味を示した。 「ゆっ、友里ちゃん?」 今まで大人しく仕事をしていた博之が素早く反応する。ホンマに好きなんやなぁ。しかし友里は博之の気持ちを知っていて、その反応を楽しんでいるようだった。 文化祭が近づくにつれ全校生は浮き足立ち、授業さえも進まなかった。芹華の高校はみんな、お祭り好きらしい。そう言う芹華も実はそうだった。学校全体、文化祭に力を入れるようになり部活は自主練になった。しかし芹華は生徒会の仕事があるので、部活になかなか顔を出せなかった。 文化祭2日前。全校生は前日祭の準備をしていた。この前日祭で生徒会主催のバンドコンテストが行われるのだ。 「芹華ぁー。あの 友里が体育館のステージ上から叫ぶ。バカで通用する会長・・・。 「えっ?先輩と一緒にいたんじゃないんですか?」 芹華も大声で答えを返す。 「逃げたね。ったく、 友里は芹華の隣にいた広報の天野嵩志(2年)に命令した。この生徒会の影の支配者は、友里先輩なのかもしれない・・。芹華はふとそう思った。嵩志は渋々会長を探しにいった。 前日祭当日。午前中、みんなは明日の文化祭の準備をしていた。生徒会員は午後からのバンドコンテストに向け、音響のテストをしていた。珍しくちゃんと博之がいた。まぁ、昨日さんざん友里先輩に怒られれば、さすがにサボりづらかったんやろうな。 「はーい、OKでーす。次ぃ〜。Static Sparksのみなさん、準備してくださーい。」 放送部員でもある嵩志がアナウンスする。そのアナウンスを聞いて出てきたのは、なんと遼平たちだった。バンド名まで付けて・・・。やる気満々やん。 芹華は笑いを堪えるのに苦労した。ここでは1コーラスしか歌わない。音がちゃんと通るかどうかをテストするだけだから。芹華は曲名を見た。 けど、こんな曲知らない。イントロが静かに始まる。そして哲哉のヴォーカルと共に次第に激しくなる。すごい。いつも落ち着いてる哲哉とは思えなヴォーカル。 短い間だったが、芹華はその演奏に惹かれていった。 「はーい、OKでーす。次ぃー・・・。」 芹華は嵩志の声で我に返った。そして芹華はステージから下りてくる3人駆け寄った。 「3人共、すごいやん!」 「あっ、芹華サン。ありがとーございマス。」 響介が元気よく返事する。 「でもさっ、あの曲って誰の曲?聞いたことないけど。」 そう言うと3人は一斉に笑い出した。 「何?なんで笑ってんのぉ〜?」 芹華はワケが分からなかった。 「聞いたコトあるわけないって。あれは俺たちのオリジナルなんやから。」 遼平は笑いを堪えながら答えた。 「へぇー。オリジナルなんやぁ。で、誰が作ったん?」 と芹華が訊くと、遼平と響介は顔を見合わせて意地悪く笑った。そして2人同時に哲哉を指差し、ニヤニヤと笑った。哲哉は照れているのか、俯いたままだ。 「哲が作ったん?」 芹華は驚嘆した。すると、哲哉は小さく呟くように言った。 「そぉ・・やけど。変・・やろ?」 「何言うてんの。ええ曲やん。うち、どっかのアーティストが作ったんかと思たもん。」 「そっ、そぉ?」 芹華の言葉に哲哉は軽く微笑んだ。なんかカワイイ。 「ドラムとベースとギターだけやけど、ズブの素人の割にはガンバってるよな。オレら。」 響介はニコニコしながら他の2人に相槌を求めた。2人は「ああ。」と軽く頷いた。 「萩原ぁー。」 後ろで博之が芹華を呼んだ。芹華は「はぁーい。」と返事をし、 「じゃぁ、午後からのコンテストがんばってね。」 と3人に言ってから、遠藤の方へ向かった。 そしていよいよ『バンドコンテスト』が始まった。順番はくじ引きで決める。哲哉たちはくじ引きの結果、10バンドのうち4番目だ。司会は嵩志。かなりノリがいい。 「今年も始まりました。毎年恒例の『バンドコンテスト』。今年は10バンドがエントリーされてまーす。それでは、とっとと参りましょう。まず第一発目は、軽音部所属。昨年、特別新人賞に輝いた実力派グループ。《noise》で『NOSTALGIA』。」 嵩志の紹介で そしていよいよ哲哉たちの番だ。嵩志が盛り上げる。 「はぁーい。盛り上がってきました。次のバンドは初お目見えです。バスケ部の仲の良い3人が組んでいます。《Static Sparks》で『Spark』。」 アナウンスが終わると同時に響介のギターが鳴り響く。静かなギターソロ。会場が静まりかえる。急に激しくなる遼平のドラム。安定感ある哲哉のベース。共に哲哉のヴォーカルは響介のギターと同じように迫力がある。芹華はしばらく聴き入っていた。友里に肩を叩かれるまでは。 「芹華。何やってんの?仕事せな。」 「はい。すいません。」 芹華は慌てて次の出番の人たちに準備するよう伝えた。 そしてやっと10バンドのすべての演奏が終了した。このコンテストは全校生徒の投票で決まる。この後教室に戻った生徒がアンケートを書き、各クラスの委員長がとりまとめ、それをまた生徒会委員が集計する。結果は明日の朝に出ることになっている。そして上位3バンドと、特別賞の1バンドが一般客の前で演奏することができる。 毎年人気のあるこのコンテストは出場するバンドはもちろん、観客である生徒たちも盛り上がる。お祭好きのこの学校ならでは。このコンテストが1番の見せ場でもある。そのため生徒会が死ぬ気でがんばっている。でもその苦労は一般生徒には、あまり知られていない。 生徒会役員は全員、生徒会室に集まっていた。カリカリとシャーペンで書く音だけが響いている。かれこれ1時間ほど経った。 「疲れたよぉー。お腹すいたよぉー。」 博之が幼稚園児のように駄々をこね始めた。すぐに友里の鋭い目線が飛ぶ。 「五月蝿い。黙って集計取る!あとちょっとで終わるんだから。」 「あうー。」 博之は唸りながら、顎を机に乗っけた。 「会長。ホントにあとちょっとで終わりますから。あとでお茶、入れますからがんばってください。」 芹華が優しく励ます。博之は顎を机に乗っけたまま、目の前にいる芹華を見る。 「絶対だよ。」 そう言うと、身を起こしペンを持ち直す。この時、一同は博之のコトを『 それから数十分後。パソコンの前に全員が群がっていた。この中で唯一パソコンを扱える嵩志が椅子に座り、嵩志を取り囲むように他の役員がパソコンの前にいた。みんなで取りまとめたアンケートを打ち込む。これでホントに結果が出る。緊張の瞬間だ。 「会長。邪魔っス。」 嵩志の右側にいた博之がだんだん画面に近づき、嵩志は右手が使いにくくなっていた。そして画面も見にくくなっていた。博之は「ゴメン。」と言ってしゃがみ込んだ。 「出た。」 嵩志がエンターキーを押す。一気に結果が出た。上位3位は大体の予想通りの結果だった。が。 「えっ?これって・・・。」 芹華は一瞬、時間が止まったような気がした。 「特別賞。Static Sparksってことは、あのバスケ部3人組?」 博之が顔をあげて芹華を見る。芹華は固まったように動かない。 「芹華?」 隣にいた友里が声をかける。 「あっ。そっ、そうです。遼平たちのバンドですけど・・。」 芹華は我に返った。信じられなかった。確かにいい演奏をしたとは思うけど、他にもいい演奏した人はいっぱいいるし、遼平たちは全くの素人だ。まさか遼たちが特別賞を受けるとは思いもしなかった。 「プリントアウトしますよ。」 嵩志が用紙をセットし、印刷し始める。 「さて、どうする?残ってる生徒、結構おるみたいやけど。」 会計の山本龍一(3年)が伸びをしながらみんなに問い掛けた。この結果は明朝発表することになっている。今張り出してしまえば、明日の朝の仕事はなくなるが、結果を知られてしまう。別に構わないと言ってしまえばそれまでだが。でも結果を楽しみにしている人が多いのだ。期待を裏切るワケにはいかない。 「どうすんの?会長。」 腕組みした友里が博之を睨む。 「うーん。明日の朝にしよう。」 意外にあっさりと答えが返ってきた。 「あんた、今日はもう疲れたから、明日に仕事を回す、とか言うんちゃうやろね。」 友里の鋭いツッコミが入る。博之は変な汗が流れた。図星だったのだ。 「ったく。誰よ。こいつを会長にしたんは。」 友里がきつく言い放つ。 「とっ、とにかく、今日はみんな疲れてるし、明朝ってことでいいじゃないですか?」 芹華がまとめようとする。 「副会長がそう言うなら、えんとちゃうか?」 龍一が腰に手を当てて後ろに踏ん反り返りながら言った。 「まぁ、別に明日でもええけど。」 友里が溜息を吐きながら言う。 「じゃあ、明日は8時に集合ってことで。」 芹華がそう言うと、ただ1人だけが文句を付けた。 「えぇぇー。僕、その時間に起きてるのに。」 言わずと知れた博之だ。学校から徒歩10分の場所に家があるため、である。 「その30分前に起きなさい。」 博之の向かいの家である友里がまるで母親のように命令する。それでも博之は不満そうだ。 「文句あるなら、来んでもええよ。でもあんたの分のお菓子、全部食べちゃうからね。」 もちろん、お菓子なんてない。友里が勝手に言っているだけだ。 「えー。ダメぇー。僕のお菓子ぃー。」 この言葉を博之が発した瞬間、友里以外の3人は「やっぱり 翌朝。8時前には到着していた、博之以外の人間で昨日の結果を張り出しに回った。昨日、あれだけ友里とお菓子で言い争っていたが、例のごとく寝坊したらしい。友里曰く、 「居ても居なくてもええようなんはほっといて、とっとと仕事した方が能率上がる。」 そうだ。全員一致で博之は除け者にされた。8時になるとチラホラと登校してくる。特に、昨日出演したバンドは結果が気になり、生徒会よりも早く来ている人もいた。張り出すと同時に、一斉に人が集まる。そこから必死に抜け出し、いろんな所に張って回った。 「あー!オレたち、入っとるで!」 響介が遼平をバシバシ叩く。かなり興奮しているようだ。 「響介、痛いって。」 遼平は響介の手を振り払った。横で見ていた哲哉が笑う。 「何笑っとんねん。」 遼平は哲哉を睨んだ。 「いや。別に。」 哲哉は手を口に当てて笑いを堪えた。それでも遼平は面白くなくムスッとしている。そのとき、ふいに遼平は後ろから肩を叩かれた。後ろを振り返る。芹華だ。 「おめでと。3人共。」 「さんきゅー。」 遼が軽く笑う。 「でも芹華は知ってたんやろ?」 哲哉がツッコむ。確かに昨日の時点で知ってはいた。 「まあね。結果が出たんは、夕方だったしね。」 芹華が返す。哲哉は「ふーん。」と軽く言った。 「それより入賞したバンドは、午後から一般の人の前で演奏することになってんの。後で集合かけると思うから、ちゃんと体育館に集まってよ。」 芹華はそう言うと、仕事に戻った。 午前中にもう一度リハーサルをし、後は午後の演奏だけになった。順番は毎年同じ。3位のバンド、2位、特別賞、1位、となる。つまり遼平たちのバンドは3番目なのだ。 全バンドは舞台袖にすでに控えている。芹華の仕事は順番通り進められるように皆をまとめること。つまり影の進行役。司会は嵩志。音響の方には龍一と博之。友里は会場整理の責任者になっている。 「なんか、芹華ってすげーね。」 見事にまとめ役を果たしている芹華を見て、哲哉は呟いた。 「まぁ、昔っから男共の中でリーダーシップとってたしな。」 遼平が苦笑する。曲がったことがキライな芹華はいつも堂々としていた。幼馴染だった遼平はいつもそれに付きあわされていた。こっちとしてはいい迷惑だと思っていた。だが、哲哉は違った。哲哉自身、人の上に立つのは苦手だ。まとめるのも上手くはない。だからかもしれないが、哲哉には芹華がカッコよく見えた。芹華が話しているときは、皆静かにしている。怒らすと怖いという説もあるが。 「ではそろそろ開演時間なので準備してください。」 そう言うと1番手のバンドが立ち上がり、ステージに向かった。そして幕が上がった。 芹華は聴き入っていた。哲哉のその声が切なさを誘う。時には激しく、熱くなるその曲は観客を魅了した。曲もそうだが、歌詞も切なくなる。 それはまるで哲哉の胸の内を唄っているようだった。掻き鳴らす響介のギターが傷む気持ちを、激しく打ち鳴らされる遼平のドラムはやり切れない想いを、哲哉の重みのあるベースと切ない歌声が不安定な今を表現しているようだった。 傷ついて、悩んで、絶望にうなされる、そんな気持ちを表しているようだった。芹華は哀しくなった。なぜかは分からない。多分、押し潰されそうな哲哉の想いが伝わったのだろう。 芹華は涙が溢れ出そうになった。胸が痛くなった。いつもは結構明るく振る舞っている哲哉だが、心の中には消せない過去の傷みがあるのだろう。 こんなにもひしひしと伝わってくる。芹華は今にも泣き出しそうだった。だがぐっと堪えた。最後の数小説は響介のギターと哲哉のヴォーカルだけだった。その音が儚く消えゆくと拍手が沸き起こった。幕が下り、3人が戻ってくる。最後の演奏者がステージに出る。 「お疲れ。」 芹華は零れ落ちそうな涙を必死に堪えて 「おう。」 哲哉が満足そうに微笑む。 「なんや、楽しかったな。」 遼平が本当に楽しそうに笑う。 「うん。緊張したけど。」 響介も笑う。 「なんかね、すごかった。どう表現すればええか、分からんけど。・・・哲哉の声がすごく・・・切なくて。消えちゃいそうで・・。 遼のドラムや響介のギターが余計に切なくて・・・。胸が苦しくなっちゃった。・・あっ、そうそう、哲哉のヴォーカル、いつもより気合入ってなかった?」 芹華の鋭いツッコミに3人は顔を見合わせた。 「さすが芹華サン。確かに入ってたよ。気合。一般の人にも俺らの曲、聴いてもらえると思ったら、自然と力入っちゃった。」 哲哉が照れくさそうに笑う。その時、会場に拍手が起こった。どうやらもう演奏が終わったらしい。幕が下り、メンバーが戻ってくる。スピーカーから嵩志の声が漏れる。 まとめの挨拶をしているようだ。このあと、演劇部の劇がある。急いでドラムセットやアンプを片付ける。と言ってもほとんど力仕事なので、放送部や生徒会の男共が行い、芹華たち女子はただ傍観しているだけだった。 その間にバンドのメンバーたちは帰り支度をしていた。ギターやベースをケースにしまい、演劇部に場所を空け渡していた。 こうして1日目の文化祭は難なく終わった。 芹華が帰宅すると既に家族は食事を済ませていた。あのあと、生徒会としての仕事をしていたため、帰りが遅くなったのだ。 今は8時を少し回っている。他の家族はというと。刑事である父は今日も帰ってきていないようだ。警察官志望の兄、祐貴は今警察学校の寮にいる。 美容師見習の姉、清華はまだ帰ってきていないらしい。すぐ下の妹、鈴華は自室にいるらしく、鈴華の双子の弟紘樹とその下の弟篤季はリビングでテレビを見ている。母はどうやら、風呂に入っているらしい。 「姉ちゃん、おかえり。」 芹華に気付いた篤季が振り返った。 「ただいま。もうみんな食べたん?」 「うん。清華姉はまだやけど。」 「そう。」 見習いだからきっと店の片付けでもしてるんだろうな。芹華は自分で給仕し、食事をした。 そのあと、母が出てきたのを見計らって風呂に入り、ベッドに潜った。睡魔に疲労感も手伝って、蒲団に入ると吸い込まれるように眠りについた。 翌日。この日は日曜日なので、昨日よりも客入りが期待できそうだ。午前中に軽く音合わせをして、あとはライブが始まる1時間前まで自由となった。昨日は忙しくてあまり見て回れなかったので、芹華はこの時間を楽しみにしていた。 「せーりか。1人?」 聴きなれた声がした。後ろを振り返る。 「哲哉。うん。1人だけど・・・。」 「じゃあさ、一緒に見て回らん?」 「ええけど。あと2人は?」 「どっか行った。」 「どっか行ったって・・・。」 芹華の口調は呆れが入っていた。 「まぁええわ。じゃ、どっから回る?」 「そーやなぁー・・・・。」 哲哉が校内案内図のパンフレットを開き、考える。 「ここ行こっ。」 哲哉が指差したところはお化け屋敷だった。 「えっ・・・。怖い系、ダメなんやけど。」 芹華が一歩下がる。そう、芹華は意外にお化けが苦手だった。 「大丈夫やって。俺がついてるからさっ。行こっ。」 哲哉はそう言うと芹華の手を取って歩き出した。・・・この行為がまた噂を広げるコトになるのだが・・本人は気にしていないようだった。 「ホンマに入るん?」 芹華はやっぱり一歩引いてる。 「うん。おもろそうやん。大丈夫やって。どうせそんなに怖ぁないって。」 「ホンマに?」 「さっ。行くで。」 「え――。」 哲哉は張り切って芹華の手を引いて歩き出した。芹華の絶叫がこだました。 「ごめんって。」 哲哉はずっと謝っていた。お化け屋敷に入ってからずっと哲哉にしがみついていた。生徒がやっているので一般的には怖くないはずなのだが、芹華は別だった。 何でも幼い頃の恐怖体験が関係しているらしく、お化け屋敷どころか、実は暗闇も嫌いなのだ。 「いい加減、機嫌直してくれません?」 哲哉はふくれている芹華に言った。 「じゃぁ、あれ。おごって。」 芹華が指差した先にはソフトクリームが売ってあった。 「仰せの通りに。お姫様。」 一礼すると、哲哉は二人分のソフトクリームを買ってきた。1つを芹華に渡す。 「機嫌、直していただけます?」 哲哉が困惑した笑顔を見せる。 「いいよ。直したげる。」 芹華は哲哉の笑顔に免じて許すことにした。 「良かった。次は芹華の行きたい所でええよ。」 哲哉はソフトクリームを食べながら言う。 「じゃあ・・・。」 そうして2人で自由時間を共有した。間違った噂など気にもせずに。 「てーつや。」 後ろから呼び声がする。2人は後ろを振り返った。芹華には見慣れない男の子が2人。2人とも身長は芹華より小さい。いや、芹華がでかいだけかもしれない。 1人はかわいらしい顔立ちをしている。そして微笑んでいる。もう1人は何かに怯えるかのように、一緒に居る男の子にくっついている。 「譲?どしたんや?こんなトコで。」 哲哉は驚いた。かなり。譲と呼ばれた男の子はにっこりと笑った。 「哲哉がバンド組んだって聞いたから、聴きにきた。」 「・・・どっから聞いたんや。」 「秘密。」 「あっそ。あっ。紹介しとく。こいつ、松沢譲っていって、俺の従兄弟。ちなみに俺たちは同い年。で、そっちが杜野鷹矢。」 「へぇー。あっ、うちは萩原芹華っていって、哲哉より1つ年上なの。よろしくね。」 芹華が微笑む。鷹矢が微かに微笑んだ。 「年上の彼女?」 譲が切り返す。それを聞いて哲哉と芹華は吹き出した。 「ちゃうよ。俺らはおんなしバスケ部なんや。あと俺のバンドメンバーの幼馴染やから、自然と仲良くなっただけやねんで。」 哲哉が説明する。 「ふーん。でもいつかそうなるよ。」 譲が不思議なコトを言った。芹華から見た譲の第一印象は不思議少年だった。 「ごめんな。こいつ、いっつもこうなんや。」 哲哉が小声で芹華に耳打する。芹華は妙に納得してしまった。 「あっそうだ。良かったら一緒に回る?」 芹華が話を変える。 「ホント?良かった。ここ、迷路みたいに複雑なんやもん。助かった。」 譲が微笑む。芹華は妙に安心した。 「なぁー。哲。」 譲は鷹矢を置いて、哲哉の横を歩いた。芹華は必然的に鷹矢の隣を歩いた。 「・・鷹矢クンだっけ?」 芹華が話しかける。少年はこくんと頷く。 「譲クンと同い年?」 「・・・1つ下。」 鷹矢は下に俯いたまま答えた。 「そーなんだ。うちにもね、鷹矢クンと同い年の弟がいるんだよ。」 そう言うと鷹矢は顔を芹華に向けた。 「どしたの?」 急に向けられたその顔には哀しみがあった。鷹矢はまた下を向く。何も答えない。芹華はそれ以上、聞いてはいけない気がした。 「鷹矢はね、事故で両親を亡くしてるんだよ。」 譲が小声で囁くように言った。 「それは鷹矢の物心がつく前だったから・・・。でもね、年の離れたお姉さんがいてね、そのお姉さんが鷹矢のことを育ててくれてたんだ。ずっとアメリカに住んでた。」 鷹矢は哲哉と輪投げをしていた。譲と芹華はその後ろで傍観していた。 「でもこの前、1年位前になるかな。お姉さん、銃で撃たれて亡くなったらしいんだ。それってどうも鷹矢を助けるためだったらしいんだよね。 詳しいことはよく分かんないけど。だから鷹矢はさ、自分のせいでお姉さんが死んだと思ってるみたいなんだ。身寄りもなくて・・・。 そのときちょうどアメリカに仕事で行ってた父さんが、連れて帰ってきたんだ。今の話も全部父さんから聞いたんだけどね。こっち日本に帰ってきたときは日本語がほとんど話せなかったんだ。 すごいよ。1年で日本語をほとんどマスターしたんだから。」 芹華は黙って譲の話を聞いていた。 「僕にはなんとかなついてくれたけど、やっぱ他の人にはなかなか自分から話そうと思わないらしくて。だからこうやってわざと人の多いトコに連れてきたんだ。」 「鷹矢クンの心の傷はまだ癒えてないんだよ。」 「えっ?」 今まで黙っていた芹華が口を開く。 「きっとそれは皆が思ってるよりも深くて大きな傷ちゃうかな?鷹矢クン自身もどうしたらええか、分からんのよ。きっと。だからって周りの人が焦ったら、余計に傷を抉ってしまうかもしれん。ゆっくりのんびり鷹矢クンが心を開いてくれるのを待たな。ねっ?」 芹華はにこっと笑った。輪投げから戻ってきた2人を迎える。譲はじっと芹華を見ていた。 午後になり、譲と鷹矢を客席に案内し、芹華は舞台袖に戻った。すると遼平が意地悪げに笑いながら、芹華に近づいた。 「哲哉と校内回ってたんだって?」 「哲哉に聞いたん?」 「校内中の噂。」 また意地悪く笑う。しかし芹華は気にしていなかった。 「ふーん。でもなんで噂んなんの?」 「・・・・。哲哉ってモテるんやで。」 「そうなん?」 芹華のリアクションに遼平は拍子抜けした。 「そうなんって・・・気付いてへんかったんか?お前。」 「うん。噂には耳、貸さんし。」 そうだった。こいつは正義感の塊みたいなもので、『噂』という不確かな情報には耳を貸さないのだ。それは哲哉も同じかもしれない。 「・・。ついでに言うたら、お前も結構男共に人気あんねんで。」 少しの間があく。 「悪い冗談はやめてよ。」 芹華ははにかみながらそっぽを向く。 「ホンマかウソかは、そのうち分かるけどな。」 遼平はやっぱり意地悪く笑いながら、哲哉たちのほうへ戻っていった。 「なーに言ってんだか。」 芹華は仕事に戻った。 やっぱり芹華は聴き入っていた。昨日の今日だが。でもなぜか涙が溢れ出す。哲哉の痛々しい歌声は昨日にも増して、強くなっていた。 気合が入っているのは分かるが、飽くまで曲の雰囲気を壊さぬ程度だった。3人は本当に楽しそうだった。昨日も感じたコトだったが、昨日は緊張しているのも伝わってきていた。 今は本当に楽しんでいた。少しの緊張と倍の楽しさ。曲的には楽しいモノではないが。それでも彼らは楽しんでいた。 次の演劇部のためにさっさと片付ける。体育館を出ると、譲と鷹矢が待っていた。 「哲哉。良かったよ。」 譲がにっこり笑う。鷹矢はやはり譲の後ろにいた。 「さんきゅ。」 哲哉は照れながら、お礼を言う。 「哲哉。芹華サンは?」 ふいに譲が尋ねる。 「ああ。芹華は生徒会の仕事ちゃうか?」 「ふーん。」 譲が気のない返事をする。 「なんや。芹華にもう会ったんか?」 遼平が尋ねる。 「あっうん。さっき一緒に回っとったからね。」 哲哉が答える。 「あれ?芹華姉は?」 ふいに後ろから声がした。全員が振り向く。 「紘。篤季も。来てたんか?」 遼平が話しかける。 「も1人おるで。」 篤季が自分の後ろを指差す。 「遙。あっこいつは俺の妹で、こっちのガキ2人は芹華の弟や。」 遼平がみんなに説明する。 「遼平。ガキ、言うたって1コしか変わらへんやんか。」 紘樹が抗議する。 「うっせー。中坊の癖に生意気ばっか言いやがって。」 遼平が切り返す。紘樹は言い返せなかった。ジャ○アンか・・こいつは・・。 「それより姉ちゃんは?」 篤季が冷静に言う。遙はでっかい図体した男ばっかいるのが怖いのか、篤季の後ろに隠れている。 「生徒会。」 響介が答える。 「何やってんの?こんなとこで皆集まって。」 不意に聞き覚えのある声がした。 「姉ちゃん。」 「芹華。」 弟2人と哲哉たち3人の声が混ざる。 「なっなに?」 その声にびっくりした芹華は一歩下がる。 「噂をすればなんとやら・・・だね。」 譲がポツリと言う。 「何?うちの悪口でも言ってたん?」 芹華はムッとした。 「ちゃうって。」 哲哉が慌てて否定する。 「じゃあ、何?」 「姉ちゃん。金、貸して。」 紘樹が間髪入れずに言葉を発する。一瞬の間。次の瞬間、笑いが起こる。 「なんで笑うんや?」 本人だけ分かっていないようだった。芹華の後ろで嵩志が笑う。 「嵩志。笑いすぎ。」 芹華が後ろで笑いを必死に堪えてる嵩志にツッコんだ。 「だって・・だって、おもろすぎ・・・。芹華の弟・・・。」 笑いながら言い訳をする。 「天然やけんね。言っとくけど。それより、今財布、持ってないから、遼にでも借りてよ。」 「やだよ。」 即行で返事が返ってくる。 「なんで?」 芹華が訊ねる。 「だって遼平、利子取るんやもん。」 「まーだそんなことしてたんかい。」 芹華は静かに怒り、遼平の両側のほっぺたをつねる。 「ひっひたひ。しぇひかしゃん。ひゃめへー。」(訳。「痛い。芹華サン。やめてぇー。」) 「利子なしで、貸しなさい。」 「わっ分かひまひた。」 そう言うと芹華は手を離した。 「芹華。行くで。」 やっと笑いが収まった嵩志が話しかける。 「喧嘩したらあかんよ。」 芹華はそれだけ言って仕事に戻った。 「うーん。やっぱし遼は芹華には負けるんやな。」 哲哉が笑いながら感想を述べる。 「ほっとけ。」 遼平はほっぺたをさすりながら言う。 その間、鷹矢は亡くなった姉のことを想っていた。芹華のように強く、 「鷹矢?」 急に泣き出した鷹矢を見て、譲は驚いた。まだ忘れられない。忘れられるはずがない。自分の目の前で殺されたんだから。 ここで二手に別れた。哲哉、譲、鷹矢の3人と遼平たち5人。譲と哲哉はとりあえず鷹矢を人目のつかない所へ連れて行った。 芹華が見つけたときには鷹矢1人だった。 「どしたの?鷹矢クン。」 芹華の声に気付き、顔を上げる。泣きはらした瞳。芹華は少し戸惑った。 「えっと・・哲哉たちは?」 「・・テツヤはジュース、買いにいった。ユズルはトイレ。」 まだ片言の日本語で答える。芹華は隣に座った。 「・・・どしたの?なんで泣いてたの?」 訊こうかどうか迷ったが、とりあえず訊いてみた。やはり何も答えない。 「言いたくないんやったら別にええけど。・・・もしかしてお姉さんのコト?」 芹華の言葉に顔を上げる。どうして知ってるのか、瞳で訊ねている。 「ごめんね。さっき譲クンに聞いたの。」 芹華はどう言えばいいか、言葉が見つからなかった。 「・・・僕、どうしても忘れられない・・・。」 「どうして忘れる必要があるの?」 芹華のリアクションに鷹矢は言葉に詰まった。 「そりゃね。確かに目の前で殺されたら、忘れたくなるかもしれんけど。でもね、それってどんなに努力したって忘れられないよ。絶対。その残像は目に焼き付いてるだろうしね。」 残像という言葉の意味は分からなかったが、鷹矢にはなんとなく伝わった。 「でもね、忘れんでもええよ。辛いかもしれんけど。お姉さんだって忘れられたら、きっと哀しいと思う。生きている頃のお姉さんを1番よく知ってるのは鷹矢クンだけやん?その鷹矢クンに忘れられたらやっぱり哀しいよ。」 鷹矢はずっと俯いていた。芹華はどうしたらいいか迷った。 「そうだ!うちが鷹矢クンのお姉ちゃんになったげる。」 それを聞いて鷹矢は驚き、顔を上げる。 「鷹矢クンのお姉さんがどんな人やったかは分からんけど。でもうちがお姉さん代わりになるよ。そしたら寂しくないやろ?」 芹華はにっこりと笑った。穏やかな笑顔。 「いいの?」 鷹矢が困惑した顔で尋ねる。 「うん。弟2人いるし、遼平たちだって弟みたいなモンだから。鷹矢クンさえイヤじゃなかったら。」 鷹矢は首を横に振った。涙が溢れ出す。それは悲しみの涙ではなく、安心と歓びの涙だった。思わず芹華に抱きつく。一瞬驚いた芹華だが、すぐに背中に腕を回した。頭を撫でる。 「よしよし。」 芹華には堪らなくかわいかった。弟たちはこんなに素直ではない。 そんな2人を哲哉は遠目で見ていた。 (なんで?なんで抱き合ってんの?) それは多分鷹矢への嫉妬心だった。ジュースを3人分抱えたまま、立ち尽くしていた。 同じ頃、譲もただ黙って2人を見つめていた。鷹矢の安心しきった顔が見える。鷹矢に逢ってから見たこともない穏やかな顔。芹華には人を安心させる力があるのか。それは初めて芹華に逢ったときにも思ったことだ。冷たかった哲哉の表情が久々に会ったら、穏やかになっていた。必然的に芹華には人を丸くさせる力がある、と思った。 自分の目に狂いはなかったと自負する。向こうの方で哲哉が立ち尽くしているのが見えた。譲は2人に駆け寄った。 「もう大丈夫?」 不意に後ろから声がして芹華は驚いた。振り返ると譲だった。鷹矢は芹華から離れる。 「うん。」 鷹矢が頷く。すると哲哉も帰ってきた。ジュースは3本しかない。 「これで良かったらあげるよ。」 哲哉が芹華にコーヒーを差し出す。 「いいよ。さっき飲んだし。哲哉の分やろ?」 芹華は遠慮した。哲哉は「そぉ?」と言って缶を開けた。 「それより他の皆は?」 「さっき別れた。今多分遼平たちが弟くんたちを校内案内してると思う。」 哲哉がコーヒーを一口飲んで答える。 「そっか。じゃ、うちらはうちらで回ろっか。」 「芹華サン、仕事終わったの?」 譲が尋ねる。 「うん。仕事っても大したことやないし。さて。どこ行く?」 そうして4人は歩き出した。 |