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STAGE 5  糸
グルルルルルゥゥウ・・・。

とても強烈にルカのお腹の虫が鳴いた。ルカは死んでしまいたいくらい恥ずかしかった。
「お腹、空きましたね。」
聞こえたらしいマリアが苦笑しながら言った。あぁ・・穴があったら入りたいとはまさしくこのことだ・・。
「特に怪しいヤツもいねぇみてぇだし。たまにはまともな飯食うか。」
シュンも同意する。
「ピィ♪」
ロッピーが嬉しそうに叫んだ。隠してたようだが、ロッピーや猫も相当お腹が空いていたらしい。一行は近くの料理店に入った。
「らっしゃい。」
元気よく店主が叫ぶ。席に着き、適当に注文する。待ってる間に店の中を見渡した。がらんとしていて、誰も居ない。外にはたくさんの人が溢れているのに、だ。
「ここ・・マズイ店とかじゃないよね・・。」
ふとした不安に駆られ、ルカが呟いた。
「店誰もいないってのがなぁ・・。」
シュンも不安に思ったのか、小声で呟いた。
「今ご飯時じゃないからじゃ・・。」
マリアがつっこむ。そう言えば、今の時間、朝食には遅すぎるし、昼食には早すぎる。
「そっか・・。そうだよな・・。」
ルカはマリアの言葉に納得した。
「そうですよ。それにこれだけ大きな町だと、おいしくないとすぐ店潰れるんじゃないですか?」
「確かに・・。」
「マリア、今日冴えてるな。」
シュンが妙なところを感心する。
「どういう意味ですか・・。」
苦笑しながら聞き返す。まるでいつもダメみたいだ。
「いや。特に意味はない。」
はっきりきっぱり言われ、マリアはそれ以上何も言えなかった。
「おまちどうさま。」
料理が運ばれてくる。久しぶりのまともな食事を全員は楽しんだ。

お腹いっぱいに食べた後、何故かシュンが店の支払いをした。
「自分の分くらいは出すよ?・・あとロッピーの分も・・。」
ルカが申し出ると、シュンは首を振った。
「いいよ。どうせお前らあんま金持ってきてねぇだろ?」
「うぅ・・。」
痛いとこを突かれる。
「俺は賞金があるからな。」
ジャラっと賞金が入った革の財布を見せる。そう言えばシュンは賞金稼ぎで生計を立ててたんだった。
「お前らに会う前に上玉捕まえたから、結構儲かったんだよ。」
シュンは賞金の入った革の財布をしまいながら、言った。その瞬間、隣を誰かが通りかかった。
「あ・・。」
シュンは走って通り過ぎたヤツを見据えた。
「待てや、ゴラァ!!」
どうやら財布を盗られたらしい。ルカたちは驚いてその場に立ち尽くしていたが、シュンは犯人を追って行ってしまった。
にしても・・シュンの財布を盗るなんて、恐ろしい人も居るもんだとルカは妙に感心した。
「大丈夫、ですかねぇ・・。」
マリアが追って行った方向を見据えたまま呟いた。
「・・犯人さん・・。」
シュンの実力はよく知っている。足も速いからすぐに追いつくだろうし、犯人よりは強いだろう。
「俺たちも・・追いかけた方がいいのかなぁ・・。」
ルカが呟く。
「でも・・どこ行ったのか・・。」
マリアはもう姿が見えなくなったシュンを探した。
「・・・ったく。足速ぇよ・・。」
ルカは溜息を吐いた。

ルカたちはシュンが走って行った方向へ向かった。でもシュンの姿は見当たらなかった。
「どっち行ったんだろ・・。」
ルカが辺りを見回していると、ロッピーが指をさして「ピィ!」と叫んだ。
「あっちか。」
ロッピーの言う通りに道を進んで行くと、シュンの姿を見つけた。シュンの足の下には財布を盗ったであろう少年が居た。予想通り、シュンにこてんぱんにやられたのだろう。
「ったく。手こずらせやがって。」
シュンが悪態をつきながら、自分の財布を取り戻した。
「離せよっ。」
「お前いつもこんなことしてんのか?」
「関係ねぇだろ!!」
少年は即行そう切り返した。
「いつもこんなことしてんなら、もっと上手くやらねぇと今日みたく捕まるぞ。」
そう言いながら少年を踏みつけていた足を退けた。思わぬ行動に少年は驚いた。
「な・・逃がしてくれるのか・・?」
「当たり前だ。お前捕まえても賞金もらえねぇし。俺は自分のモン取り戻したら文句ねぇよ。」
「賞金って・・賞金稼ぎ・・?」
少年は立ち上がりながら尋ねた。
「そうだけど?」
そう答えると少年の顔が変わった。
「お願いだ!捕まえて欲しい奴がいる!」
「賞金首か?」
「いや・・違う・・けど、お礼はするよ!」
「だったらやらねぇよ。」
「え・・?」
「お前、スリするくらいなんだから、どうせ金ねぇだろ?」
そう言うと、少年は俯いた。
「シュン・・話だけでも聞いたげたら?」
ルカに言われ、シュンは「しゃーねぇな。」と頭を掻いた。
「言うだけ言ってみろ。」
「実は・・。」
しばらくの間があり、少年は口を開いた。
「もう・・3年前からこの町に住み着いてる輩が居るんだ。そいつらのせいで、この町は俺みたいな子供が増えた・・・。」
少年は拳をギュッと握った。
「大人はほとんどヤツらに捕まって・・どこに行ったか分からない。俺の両親も行方知れずなんだ。」
ルカは胸に痛みを覚えた。自分はもう両親に会うことはできない。でも突然両親を失った悲しみは痛いほどよく分かる。
「そいつらに捕まったって何で分かる?」
シュンが聞いた。
「権力者だからさ。この町を支配してるディアノス一家。そいつらが来てから、大人たちが居なくなったんだ。そいつらしか居ないよ。」
シュンがピクリと動いた。
「ディアノス・・だと・・?」
「あぁ。ココに来て居ついてる。」
「シュン、知ってるの?」
「知ってるも何も・・。」
と言いつつ、口を噤む。
「いや、その話は後にしよう。で、そいつらが大人たちを捕まえたってことは分かった。目的は?」
少年は知らない、と頭を振った。
「大人たちが捕まったってことは、この町は子供しか居ないの?」
「いや・・全員が捕まってる訳じゃないから・・。ホントに少数の大人しか居ないし・・いつ捕まるか分からないから、皆怖がってる。」
ルカの問いに、少年はすぐ答えた。しばらくの沈黙。
「・・・ヤツらが・・捕まらなきゃ・・大人が戻ってきてもまた捕まるかもしれない。受けてもらえない?」
少年は切羽詰ったようにシュンに迫った。
「そうだな。ルカ、少しココに滞在することになるけど・・大丈夫か?」
シュンの問いに、ルカは明るく『うん』と頷いた。
「詳しい話、聞かせてもらうか。」
シュンは少年に向き直った。

話を詳しく聞いてくれるなら、と少年は自分の家にルカたちを案内した。
「どうぞ。」
椅子を勧められ、ルカたちは座った。
「自己紹介、しますね。僕はクリス。13歳です。両親は僕が10歳の時に居なくなったんです。」
クリスは頭を下げた。
「さっきは本当にすみませんでした。親が居なくて・・働くこともできなくて・・ああするしか生きる道がなかったんです。」
「もういいよ。それより、詳しく話聞かせてくれるんだろ?」
シュンがさっきの話の続きを催促した。クリスはこくんと頷き、話を始める。
「ディアノス一家が来たのは、3年前。その頃、町長が何者かに殺されたんです。結局その犯人は見つからないまま、ディアノスが次の町長になったんです。それから何かが狂ってしまったように、町が荒れ始めたんです。大人たちが少しずつ居なくなっていって・・。初め、友達の両親が居なくなったんです。だから僕とその友達は、どこに行ったのかを調べてたんです。でもすぐに僕の両親にバレて・・。危険だから止めろと言われました。・・・その翌日・・両親は居なくなってました。」
「その時調べた時、何か分かったの?」
ルカが質問すると、クリスは首を横に振った。
「ディアノス一家が怪しいと言うことしか・・。」
「その大人たちが居なくなったのって、何か心当たりないのか?ディアノスに反対してたとか・・・。」
「特には・・。ディアノスに逆らったら命がないことくらい分かってますから、誰も逆らおうとはしてなかったと思います。」
「なるほど。」
分かってることは、3年前から大人が急に居なくなったこと。3年前にはディアノスが町長としてこの町に君臨したことだけだった。
「最近、居なくなった人は?」
ルカが尋ねると、クリスは考え込んだ。
「ここ数ヶ月の間は誰も・・。」
「最後に居なくなった人ってのはいつ頃?」
「えーっと・・・多分半年前だったかと。」
シュンの質問に考えながら答えるが、曖昧なようだ。
「その居なくなった人も、急に?」
ルカの言葉に頷く。
「もうちょっとちゃんとした手がかりがあればな・・。」
シュンは呟いた。

ルカたちはクリスが集めた情報を分析していたが、失踪した理由やどこに行ったのか等は全く分からなかった。ただ1つ分かったこと。
『失踪した大人は、全員訳あり。』
クリスが集めた情報の中にある失踪者は、そのほとんどがディアノス一家に良い印象を持っていない人たち、更にディアノスとは無関係と思われるが、借金をしていたり、身元があやふやなままこの土地に居ついていた人たちだった。クリスの両親も例外ではなく、友人の借金の保証人になったため、たくさんの負債を持っていたことが分かった。
「これとディアノスがどう結びつくんだろ・・。」
ルカたちは頭を抱えた。
「そう言えば・・シュンさんはディアノスさんのこと、何か知ってるんですか?」
不意にマリアが思い出した。
「あぁ。このディアノスと一緒なのかは知らないけどさ・・。何年か前に捕まえたんだ。正確にはディアノスと名乗る男、だけど。」
シュンの言葉にクリスは驚き入っていた。
「町長のディアノスじゃないとは思うけど・・。俺が捕まえたのは、若いヤツだったし。」
「じゃあ息子とかかな?」
ルカの問いに曖昧に頷く。
「かもな。」
「その息子らしき人物は何で賞金賭けられてたの?」
「その土地の裏社会で売人として名を馳せてたからさ。正確には俺の親父が捕まえたんだけどな。」
そうだ。数年前シュンは親父さんと一緒に賞金稼ぎをしていたのだ。
「じゃあ親であるディアノスが裏社会と繋がってるかもしれないってこと?」
ルカが思いついたことを口に出した。するとシュンの目が変わった。
「そうかもしれない・・。」
「でもこの失踪事件とどんな関係が?」
クリスが戸惑っている。
「もし裏社会と繋がってたりしたら、『訳あり』の大人たちは秘密をばらされたくなかったり、借金を早く返したいがためにディアノスの言いなりになるかもしれないってことだよ。」
ルカが説明する。
「なるほど・・。」
「じゃあ失踪した人は・・もしかしたらどこか別の場所で生きてるってことでしょうか?」
マリアは最悪の想像をしていたらしい。
「恐らくは・・。でも最悪の結果になってるかもしれない・・。」
ルカの言葉に一同息を呑んだ。
「とにかくこれだけじゃ情報が足りない。調べるしかない。」
シュンが俯いたまま言った。
「でもどうやって?」
クリスが問う。
「それを今から考えるんだよ。ディアノスの情報もだけど、失踪者の情報もね。」
ルカが答えた。
「失踪したのは大人の人だけなんですよね?」
マリアが確認するように問うと、クリスが頷いた。
「うん。」
「クリス、友達の親も消えたって言ってたよな?その友達、今どこに居る?」
「あ・・家に居ると思いますけど・・。」
シュンの質問に驚きつつも答える。
「悪いけど、その友達連れてきてくれる?話、詳しく聞きたい。」
「うん。待ってて。」
そう言うとクリスは友達を呼びに走って行った。

しばらくするとクリスは友達を数人連れてきた。どうやら親が失踪した子供たちばかりらしい。
「本当はもっといるんだけど・・今捕まらなくて。」
町中を走り回って、連れて来たらしい。
「んじゃまぁ、とりあえず皆の親がいつ居なくなったのかと・・何か問題を抱えていたかとか分かったら教えてくれる?」
ルカが言うと、目の前に居た子が話し始める。ルカたちはメモを取りながら、話を聞いた。
一通り話を聞き終わると、情報を照らし合わせてみた。
「同時期に居なくなってる人がいるな。」
年に1度ずつ、決まった時期に居なくなっている。
「この時期は、ディアノスがこの町に居ませんけど・・?」
クリスが眉をしかめながら言った。
「居ない?何で?」
「旅行に行くんです。家族全員で。行き先は知りませんけど・・。」
「旅行・・。」
「のん気だな・・。」
シュンが溜息を吐いた。
「無関係って思わせたいんですかね?ディアノスさん。」
マリアはメモを見比べながら言った。
「え?」
「この失踪事件って、ディアノスさんが関係してるらしいってことは町の皆さん知ってるんですよね?だとしたらディアノスさんが居ない時期に失踪すれば、ディアノスさんと無関係って思わせれません?」
「なるほど。」
「仮に金儲けの話とかで誘ってもディアノスが無関係だとホイホイ着いてくってことか。」
シュンがなるほどと納得しながら言った。
「こうして見ると皆お金に困っていたみたいだしね。」
ルカはメモを見た。借金の内容も様々だった。父が居ないため、母一人で稼がなければならない大家族や、重い病気の家族の薬代と言ったものである。
「ディアノス、ホントに関係あるのかなぁ?」
ルカが疑問視し始める。
「でも居ない時狙ったように失踪するのも変じゃね?」
シュンに言われ、ルカは頭が混乱してきた。
「う"〜。一回整理してみよう。」
そう言うとルカは新しく紙にまとめ始めた。
分かっていること。
1)失踪者はお金に困っていたり、身元がはっきりしていない人。
2)全員秋に居なくなっている。ディアノスはこの時期家族旅行中。
3)失踪する前の足取りが全く掴めない。
4)ある日突然居なくなっている。

「こんなもん?」
ルカがまとめた物を皆に見せた。
「だな。」
「何か手がかりがあったらいんだけどなぁ。」
ルカは頭を掻いた。
「あの・・1つだけ思い出したんですけど・・。」
クリスが連れて来た友達が、口を挟む。
「うん。何?」
「母さんがいつも身に着けてたはずのペンダントだけ、家に置いてあったんです。」
「ペンダント?」
「これ・・なんですけど・・。」
彼女は服の下に隠すように持っていたペンダントを取り出して見せた。ルカたちは目を疑った。
「これっ!!」
「知ってるんですか?」
ルカたちは頷いて、あの石を見せた。
「似て・・ますね・・。」
彼女が見せたペンダントは、あの石そのものだった。ペンダントに加工してある以外はルカたちが持っているのと代わりない。
「他に・・この石持ってる人居る?」
念のために聞いてみると、全員が持っていた。
「えぇ・・。」
ルカたちは言葉を失った。
「もしかして・・もしかするの・・?」
一同言葉を失う。繋がってる?どうやって?
「あの・・この石が何か・・?」
クリスが問うと、ルカが石の説明をした。もちろん分かってることだけだが。
「じゃあ・・ルカさんが追ってる人たちと・・何か関係があるってことですよね・・?」
クリスが呟く。
「まだ・・分かんないけど。可能性は高い。」
「その組織の人に連れ去られたってことですか?」
「分からない。ただ・・俺たちが今まで会った人で、石の持ち主は、全員・・亡くなった・・。」
ルカが言うと、全員の顔が凍りついた。
「飽くまで、俺たちが会った人たちってことだから、君たちの家族が殺されたって訳じゃないよ。ただ・・。」
ルカが言葉を続けるのを躊躇った。
「どう・・言っていいか・・分かんないけど・・。最悪の可能性がない・・とは断言できない。」
全員の気持ちが重くなる。繋ぐ言葉が見つからずに、沈黙が支配する。
「探そう。」
ルカが大きく息を吸い、そう言った。俯いていた顔を上げる。
「失踪事件がどうして起こったのか、どうして俺の親が殺されなきゃいけなかったのか。どうしてこの石の持ち主が殺されたのか。俺は知りたい。だから探す。・・絶対探し出す。どんな結末になっても、俺は絶対この事件の真相を知りたい。」
ルカは自分に言い聞かせるように言った。
「僕も同じ気持ちです。」
クリスが言った。
「でも僕たちに何ができますか?できることなら何だって協力します。僕も両親を見つけたいです。たとえ・・最悪の結果でも・・。」
クリスがそう言うと、他の皆も同意した。
「そうなりゃ話早いな。これからのこと、話し合おう。」
シュンは椅子に座り直した。そしてまた新しい紙を広げた。
まず情報が少なすぎるので、情報を集める班を決めた。ディアノスの情報を集める者と石に関する情報を集める者。
「マリア、何か感じる?」
ルカに聞かれ、マリアは首を振った。
「微弱な力も・・感じません・・。」
「そか・・。」
「ルカはあんまり動かない方がいいかも。」
「?!何で?」
シュンの言葉にルカは素っ頓狂な声を上げた。
「嫌な予感する。ここに来る前に襲ってきたヤツいたろ?」
「うん・・。」
「あいつ、確実にルカを狙ってた。だから・・。」
「でも・・俺別に命狙われるようなことは・・。」
「でも両親は殺されたろ?」
そう言われ、ルカはハッとした。もしかして両親が殺されたのは・・自分のせい?
「でも・・それなら・・何で・・父さんたち殺した時に俺を殺さなかったんだ?どうして・・。」
ルカは頭が真っ白になっていた。両親が殺された理由。それに何か手がかりがあるのだろうか?森の中でひっそりと暮らしていたのは、奴らから隠れる為?
「この町ですることは、飽くまで情報収集だけだ。下手にリスク負わない方がいい。」
「・・・。」
シュンに言われ、何も言えなくなる。ルカは椅子にへたり込んだ。
「じゃあ・・この班は・・。」
シュンが皆に指示を出し始めるが、ルカの耳にはもう何も聞こえなかった。

情報を収集している間、ルカとマリアは連絡係としてクリスの家に残った。ロッピーや猫が心配そうにルカを見ている。ルカはロッピーや猫の頭を撫でながら、色んな事を考えていた。
自分は何者なんだろう?両親が殺されたことと自分と何か関係があるのだろうか?あの石を持っている組織は一体何なのか?両親は・・何かをしたのだろうか?
グルグルと頭の中を駆け巡る疑問。どれ1つとして答えが分からない。答えを果たして得ることができるんだろうか?
考える度に頭が痛くなる。
「・・・っ。」
「ルカさん。」
マリアに声をかけられ、顔を上げる。
「あまり考えすぎない方が・・。コレでも飲んで落ち着いてください。」
そう言いながらマリアは暖かいミルクを出してくれた。
「ありがとう・・。」
受け取り、一口飲む。暖かいミルクが冷えた体を温める。
「あたしも・・すごく考えてたんです。師匠のこと。自分のこと。」
マリアはロッピーたちにもミルクをやりながら、ポツリと話した。
「あたし・・捨てられたってことは、そんなに恨みには思ってないんです。でもあたしは何者なんだろうって・・。師匠が居なくなって、自分はどれだけ価値のある人間なんだろうって考えちゃって。魔法が使えるって言ってもまだまだ見習いだし。無理を言ってルカさんと旅をしてても、結局あたしは力になれてるのかなって・・。」
「十分力になってるよ!マリアが居なきゃ、俺とロッピーだけじゃ・・ここまで旅はできなかった。マリアの魔法の力がなきゃ、あのモンスターだってやっつけられなかったよ。」
ルカがそう言うと、マリアは微笑んだ。
「良かった。・・・あたしなんかでも力になれたんですね。」
「・・・『なんか』って言う言い方は止めようよ。マリアだからできたんだ。」
励ますようにそう言うと、マリアは頷いて嬉しそうに笑った。マリアに言い聞かすつもりで言った言葉が、自分の胸に響いた。そうだ。今考えたって、答えなんか分かるはずないんだ。答えがあるとするなら、総ての事件の意味が明かされた時。今考えても、気持ちが落ちるだけだ。もうグダグダ考えるのはやめよう。
「ルカさん?」
「俺も、もう考えないよ。何度もそう決意してきたけど・・今考えたって答え出ないし。今できることをやるよ。」
ルカは強くそう言った。

クリスとシュンはディアノスの屋敷に入り込んだ。警備が意外と手薄だったので、あっさりと中に入れた。
「こんな手薄な警備なのか?」
「いつもは門から警備固めてます・・。なのに何で今日・・。」
クリスは首を傾げた。こっそりとディアノスの部屋を覗く。誰も居ないようだ。
「ディアノスの予定調べてくれば良かったな。」
下手に部屋に入って見つかってもややこしくなる。シュンは考えた。
「僕が見て来ようか?」
「いや。危ないよ。クリスは顔知られてるだろうし。」
「でもココで待機って言うのも・・。」
そんな話をしていると、部屋に誰かが入ってきた。2人は思わず隠れた。
「ディアノス・・。」
クリスが呟いた。
「あいつが・・。」
シュンはこっそりと窓から覗いた。恰幅のいいおじさんだ。でも悪者には見えない。
「なぁ、ホントにディアノスが関わってるのか?」
シュンがもう一度聞くとクリスは俯いた。
「確証は・・ないんです・・。」
「そっか・・。」
顔が見えた。優しそうな顔をしている。性格も穏やかそうだ。まぁ人は見かけによらないと言うから見かけだけで判断しちゃいけないけど。
シュンとクリスは窓からじっと中の様子を窺った。
「はぁ・・。」
頭を抱え、ディアノスは溜息を吐いた。少し見えた顔。あれは・・・涙?
シュンは見逃さなかった。
『何故涙・・?』
泣くような辛いことでもあったのだろうか?少なくとも嬉し泣きではないことは分かる。
「町長。書類です。」
秘書らしき人がノックをして入ってくる。顔を上げたディアノスは何事もなかったような顔をした。
「お疲れですか?」
「いや。大丈夫だよ。それより、居なくなった住民たちの捜査状況は?」
「今のところ何も掴めてません。情報が少なすぎます。」
「そうか。・・大変だろうけど、続けるように言ってくれ。」
「はい。失礼します。」
秘書はそう言うと部屋を出て行った。ディアノスは秘書が持ってきた書類に目を通しているようだ。
シュンは壁に背を向けて座り直した。
『本当に関わっているのか?』
その疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
もし関わっているとしたら、あの涙の理由は?失踪者の捜索もしてるようだし。
「シュン・・さん・・?」
クリスに話しかけられ、シュンは顔を上げた。クリスは心配そうに見ている。
「何でもない。」
それよりこれからどうするかだ。せめて一つくらいは情報を掴みたい。もう一度部屋の中を窺う。ディアノスはずっと書類に目を通しているだけだ。何処かに連絡しようとか、そういう動きは全くない。ここに居ても無駄なのだろうか?
「そこに居るのは誰だ。」
シュンたちが振り向くと、警備員が居た。
「あ・・。」
クリスが驚いている。「逃げろ。」と叫んだが、クリスは全く動けなくなっていた。警備員の声に他の警備員が現れる。あっという間に取り囲まれてしまった。
「マジかよ・・。」

あっさりと捕まってしまったシュンとクリスは、当然町長、ディアノスの元へ連行される。
「この子達は?」
突然現れた少年たちに驚き、ディアノスが警備員に尋ねる。
「屋敷に侵入し、町長の部屋を覗いていました。」
そう報告され、ディアノスは「ふーん」と特別興味もなく答えた。
『このまま逃がしてくれ・・。』
シュンはそう願った。
「君たちは・・何をしに来たんだい?」
「えっと・・。」
クリスはどう答えていいか分からない。
「貴方のことを調べにきました。」
代わりにシュンが答える。クリスは目を丸くしてこっちを見ている。堂々と言い切ったシュンを見て、クリスはどうしたらいいか分からなくなっている。
「私を・・調べてどうする気だい?」
「この町の住人が大勢消えていることは、町長もご存知ですよね?」
「あぁ。」
「その調査はしてるんですか?」
「もちろん、全力でしているよ。だが、情報が少なすぎるんだ。だから手の打ちようがない。」
「情報と言うのは・・どう調べてるんですか?」
「特別に捜査班を組んでいる。目撃者も居ないので、情報が集められない状況だ。」
言っている事は口ぶりからして本当のようだ。なので、直球を投げてみる。
「町長、町では貴方が失踪事件に関わっているという噂が流れているようなのですが、その件について、知っていましたか?」
「!?」
シュンの問いに驚き入っている。
「それは、本当か?」
「はい。」
短くそう答える。ディアノスは頭を抱え、溜息を吐いた。
「確かに、そう思われるのは仕方ないことなのかもしれない。」
「と言いますと?」
「前町長が殺害されてすぐ、私が町長になった。住民からすれば、怪しいことこの上ないだろうから。」
「それだけですか?」
「それだけ・・とは?」
ディアノスは顔を上げた。もう一度直球を投げてみることにする。
「私は賞金稼ぎで生計を立てています。以前ディアノスと名乗る若い男を捕まえたことがあります。貴方の関係者じゃないんですか?」
「・・それはきっと・・私の息子だね。もうとっくの昔に縁は切ってるよ。」
溜息と共に言葉が吐き出される。もう忘れかけていたのかもしれない。
「そうですか・・。」
「君たちは・・何か情報を持っているのか?」
「いえ、何も。何もないから、噂になっていた貴方のことを調べようと思ったんです。」
「そうか・・。」
「でもどうやら貴方は無関係のようだ。大変失礼しました。」
シュンは一礼する。クリスも慌ててシュンに習う。
「いや、いんだよ。町長として住民の信頼を得られて居ないと言うのは、何とも辛いことだね。私の力不足なのかもしれないが。」
そう言いながら、一呼吸置いてディアノスは口を開いた。
「私たちも全力で探している。もし何か分かったら君たちに知らせるよ。約束する。」
そう言ったディアノスの目をシュンは信じることにした。
「ありがとうございます。・・最後に1つだけいいですか?」
「何だい?」
「クリス、あの石。」
シュンはクリスが持っている石をディアノスに見せた。
「この石に見覚えは?」
「・・・?」
ディアノスは石を見つめながら、首を傾げた。
「いや・・見たことないね。これが何か?」
「いえ。関係ないと思いますが、念のために聞いてみただけです。」
ディアノスは本当に石のことを知らないようだった。
「そうか。君たちも何か情報が分かったら、教えてくれ。協力し合った方がきっと早く見つかる。」
「そうですね。何か分かったら、また来ます。今日は大変失礼しました。」
もう一度深々とお辞儀をする。クリスもそれに習う。
そして2人はディアノス邸を後にした。

シュンとクリスが戻ると、他の皆も集まっていた。
「おかえり。大丈夫だった?」
「捕まった。」
「えぇ!?」
あっさりと言い放つシュンに一同驚く。
「でも無事に開放されたってことですよね。」
マリアが聞くと、2人は頷いた。
「ディアノスに直接会って話を聞いてきた。」
シュンとクリスは実際聞いたことを、全員に報告した。
「うーん・・。その感じだとディアノスは無関係?」
ルカが話を聞きながら、唸った。
「多分な。見てる感じも、無関係だと思う。それに・・。」
「それに?」
「捕まる前に、ディアノスの部屋覗いた時、多分だけど、泣いてた。」
「え?」
全員が驚く。
「自分が町長になって、それから住民たちが失踪して・・辛いんじゃないかな?やっぱ。」
シュンの言葉にクリスたちは何も言えなくなった。単なる噂で、ディアノスの事を疑っていた。
「何て言うか・・振り出しに戻った感じ?」
ルカが苦笑する。
「てことは、他の皆は・・。」
「全く。情報が掴めなくてさ。目撃者も居ないし、この石を知ってる人も居ない。」
「そっか。」
「考えたんだけどさ・・。」
そう言ってルカは口を開いた。
「俺は・・西へ向かって行こうかと思う。」
「旅を続けるってこと?」
シュンの問いに頷く。
「ここに居てもやっぱり何も分からないままだと思うんだ。マリアに聞いたら、少しずつ魔力が強くなってるらしい。やっぱり西に何かあるんだと思う。だから俺は西に向かって行こうと思う。」
「あたしもその方がいいと思います。」
マリアが頷く。
「クリスたちにはココでできる限りの情報を集めてもらうことにしたんだ。その方が効率もいいと思う。」
ルカの言葉にクリスたちは頷いた。
「そうだな。その方がいいかも。」
「シュンは・・どうする?」
「そうだな・・。俺、連絡係んなるよ。」
「連絡係?」
「何か決定的な情報が得られたら、ルカたちを追いかける。それまではクリスたちと一緒に情報集めるよ。俺、足には自信あるからさ。」
「そうだね。そうしてもらうと助かるかも。」
「出発はいつですか?」
クリスが問う。
「うーん。今日はもう暗いから明日の朝かな。」
「分かりました。じゃあ夕飯、食べて行って下さい。すぐに用意しますから。」
そう言ってクリスは台所に消えた。町の子供たちはそれぞれの家に戻って行った。

夕食は質素なものだったが、ルカたちはありがたくいただいた。
その夜、部屋を借り、それぞれが整えられた布団で眠ることができた。布団で眠ることが久々で、今までの疲れも手伝ってか、深い眠りに就いた。
ただロッピーだけが窓枠に座り、窓から見える大きな月を眺めていた。

そして明朝、ルカとマリアはロッピーと猫を連れて旅支度を整えた。皆に見送られながら、西に向けて再度出発した。