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STAGE 2 新たな仲間
1日中歩き通しで、ようやく町が見えてきた。町に入ると、懐かしい感じがした。人々の活気が何となく安心させる。「とりあえず宿探さないとな。」 「あ、でもあたしお金なんて・・。」 「あー、そっか。俺もあんま持ってないしなぁ・・。」 そんなことを言っていると、「キャー。」と誰かの叫び声が聞こえた。 「行ってみよう。」 ルカたちは声がした方へ向かった。 そこでは1人の婦人が地べたに座り込んでいた。 「どうかしたんですか?」 マリアが話しかける。 「あの・・・お店の・・・ご主人さんが・・。」 婦人は指を刺しながらそう言うだけだった。ルカは婦人が指差す店の中をそっと覗いた。ルカは自分の目を疑った。店の主人はうつ伏せになって倒れていた。その周りに血が溜まっていた。ルカは生唾を飲んだ。 「ルカさん?中、どうなってるんですか?」 「来るな!」 マリアにこんな場面を見せられない。マリアとロッピーを婦人の傍に残し、ルカは店の中に入った。血が乾いて来ているので、殺されてから時間が経過しているようだった。ルカは辺りを見回した。薄暗い店の中で、何かが光った気がした。 『まさか・・。』 ルカは光った物を取り上げた。 「嘘・・だろ・・。」 再び自分の目を疑った。やはり形は違うがあの石のような何かの欠片のようなもの。 ルカはその石を握り締め、店を出た。 「ルカさん?」 「これ・・。」 マリアにも石を見せる。 「え・・。嘘・・。」 マリアも驚きを隠せない。3人はそこに立ち尽くしていた。 誰かが通報したのか、警察がやってきた。 第一発見者の婦人に事情を聞いている。ルカたちはその後ろで婦人の言うことを聞いていた。 「今日は・・お店はお休みなんですけど・・。どうしてもお薬がいるもので、ご主人さんに無理を聞いてもらおうと思ったんです。ご主人さんはいつも優しくて、突然にお店に行っても嫌な顔一つせず、お薬出して下さいますので。」 この店は薬屋のようだ。 「お店の電気がついていたので、おかしいと思ったんです。お休みなら、お店の電気は消えてるはずですし。たまたま私のようなお客さんが来てるものだと。お店のドアも開いていましたので・・入ると・・・その・・血まみれで・・倒れていました・・。」 気持ちを落ち着けながら婦人が話している。 「怖くなって、引き返しました。」 「怪しい人物は、見ませんでしたか?」 「いえ。」 警察の質問に首を傾げて答えた。 「君たちにも話を聞かせてもらっていいかい?」 今度はルカたちが警察に話を聞かれた。 「君たち、この町の人じゃないね?」 「はい。旅の者です。」 「君たちがココに来たのはいつぐらい?」 「夕方になりかけた時刻にこの町に入りました。宿を探さないと、と話している時に、ご婦人の叫び声がして、ここに走ってきました。」 「なるほど。」 ルカの説明を警察は聞き入った。 「ご婦人はここに座り込んでいました。事情を聞いて、お店を指差していたので、入るとご主人が倒れてました。」 「お店に入ったのか?」 「はい。でも店のものやご主人のご遺体には触っていません。」 触ったのはあの石だけだ。 「よろしい。怪しい人物や物は見ていないね?」 「はい。」 はっきりと返事する。マリアは一瞬戸惑った。あの石はどうするのだろう。 「ありがとう。」 警察はそう言うと、現場に戻った。 「ルカさん、あの石は・・。」 マリアが小声で尋ねる。 「警察に渡しても、解決しないと思うよ。それに俺らの持ってるのと似てるから、俺らが疑われるかもしれない。」 「・・ですね。」 マリアも納得した。 「貴方たち、さっき宿を探してるって言ってたわね?」 婦人が声をかけてくる。 「はい。」 「まだ見つかっていないでしょう?」 婦人の質問に頷いて答える。 「なら、私のお家に泊まってらして。狭いところですけど。」 「いいんですか?」 「ええ。貴方たちが来てくれなかったら、私一人でどうしようかと思ったわ。お礼もしたいし。」 「では、お言葉に甘えて。」 ルカたちは婦人について行った。 婦人の家は薬屋から程近い場所にあった。 「どうぞ。」 そう言われ、ルカたちは家に足を踏み入れた。そこには子供が2人いた。 「お兄ちゃんたち、誰?」 「旅の人ですよ。泊まる所がないそうなので、家に泊まってもらうことにしたんです。」 婦人が子供たちに説明する。 「そうなんだ。僕、デビット。」 「僕はブライアン。僕たち双子なんだ。」 「俺はルカ。こっちはマリアでこっちがロッピー。」 紹介すると、双子はロッピーに興味を持ったようだった。 「珍しい・・。モンスターだよね?」 「うん、そうだよ。」 「大丈夫なの?」 「大人しい性格だから人を襲ったりはしないよ。」 ルカはマリアの肩に乗っていたロッピーを双子に抱かせてあげた。 「あ、私ったら、自己紹介してませんでしたね。私はエリンと申します。この子達の母親です。あ、どうぞ。寛いでてください。」 「ありがとうございます。」 「そう言えば、お薬が要るって言ってませんでした?」 マリアはさっきの警察との話を思い出した。 「ええ。でもご主人があんなことになってしまったので。仕方ありません。」 「あの、何のお薬だったんですか?差し支えなければ教えていただけます?」 マリアの質問にエリンは戸惑った。 「私の夫、この子達の父親が病気で伏せってまして、そのお薬なんです。」 「病気・・ですか・・。」 「ええ。ここ数日、ずっと熱が引かないんです。それで熱冷ましのお薬を・・。」 「そうだったんですか。」 「あの・・あたしでよかったら治療させてください。」 「え?」 マリアの突然の申し出にエリンは驚いた。それを聞いたルカも驚いた。 「あたし、見習いですけど・・魔法使いなんです。主に治療の・・。」 「そうなの?」 「ええ。もしかしたら、治せるかも・・しれません。」 「それなら・・お願いしようかしら・・。」 エリンは少し戸惑いながらも、マリアを部屋へ案内した。ルカや双子もその後をついて行った。 寝室では熱を出して苦しそうにしている主人が横たわっていた。 「あの・・完全に治せるかどうか分かりませんけど・・。」 「ええ。」 マリアは一応断った。見習いなので、完璧に治せる、と期待はできない。それでもエリンや双子たちは治って欲しいと言う淡い期待を抱いていた。マリアは主人の頭の上に手を乗せた。そして目を閉じて気を集中させる。 どれくらいの時間が経ったのだろう?マリアの集中力は切れることなく、ずっとあのままの姿勢だ。 「マリ・・。」 「集中切れるから、話しかけないで。」 ルカが話しかけると、マリアはそう言った。ずっと見守っていたエリンも夕食の準備のため、部屋を出て行った。ルカと双子はずっとマリアを見守っていた。 それからしばらくすると主人が苦しそうにしていたのが、落ち着いてきた。マリアはゆっくりと頭の上に置いていた手を外した。さっきまで熱で真っ赤だった主人の顔が冷めてきたようだ。 「お父さん!」 デビットとブライアンが近寄った。マリアは膝をついた状態から立ち上がった。その時、少しふらついた。ルカが慌てて支える。 「大丈夫?」 「ええ。ありがとうございます。」 マリアはルカに支えながら、体勢を直した。 「熱は・・一応引いたみたいです。目が覚めるかどうかは・・。」 デビットがエリンを呼びに行く。 「あなた!」 エリンも主人に近寄る。おでこに触れ、熱が下がったことに気づく。 「ありがとうございます。」 エリンは深々とお辞儀をした。 「いえ。熱を取り除いただけで・・。ご主人が目覚めるかどうかはまでは・・。」 マリアがそう言い終わらない内に、「うぅ。」という声がした。全員が主人に注目する。 「あなた!」 「「お父さん!!」」 エリンと子供たちが必死に呼びかけると、ゆっくりと目が開いた。 「あれ・・?私は・・一体・・。」 「よかった。目が覚めて・・。」 マリアはホッと一息ついた。エリンは主人を起こしながら状況を説明する。 「そうだったんだ。ありがとう。」 「いえ。」 「丁度夕食もできたので、お食事しながらお話しましょう。」 エリンの申し出に、全員賛同した。 何とか起きれるようになった主人は、食卓の席について自己紹介を始めた。 「初めまして。私はジョージ、と申します。この度は病気を治して頂いてありがとうございました。」 ジョージは深々と頭を下げた。マリアとルカはつられて頭を下げた。 「実を言うと医者も諦めていたんです。」 エリンが告白する。 「原因不明の熱だから、下げれないって。でも偶然とは言え、マリアさんが来て下さって本当によかったです。」 エリンはマリアに感謝した。 「いえ。熱が下がって良かったです。」 「こんなこと聞くの、失礼ですけど・・熱が出る原因とかって心当たりあります?」 突然のルカの問いにジョージとエリンは顔を見合わせた。そして同時に首を横に振った。 「・・ですよね。」 考えすぎていたのかもしれない。関係があるのかもしれないと・・。ルカはポケットからあの石を一つ取り出した。 「これ、見たことないですか?」 差し出すとジョージが驚いた顔をした。 「これはっ。」 「知ってるんですか?」 「あ、いや。詳しくは知らないんだけど。」 ジョージはそう言ってから口を開いた。 「・・これは、ある組織が持っているメンバーの証と言う石だ。」 ジョージは石を見つめながら言った。 「組織?」 全然意味が分からない。ジョージは頷きながら答えた。 「あぁ。メンバーしか持っていないものだよ。」 それは、何を意味しているのだろうか? 「でも、どうしてこれを?」 「実は・・。」 ルカは両親が殺されたこと、マリアの師匠が失踪したこと、その晩、村全体が焼き払われ、父が親しくしていた店主が持っていたこと、そして今日殺された薬屋のご主人が持っていたことを話した。 「え?あのご主人が?」 エリンは驚いた。 「えぇ。でもどういう意味なのか・・。父たちがその組織のメンバーだったのか、それとも父たちを殺した犯人がその組織の者なのか。」 「そうだね・・。」 ジョージも考え込んだ。 「あの・・その組織って何者なんですか?」 マリアが問う。 「それが・・私にもよく分からないんだ。それがいい組織なのか、悪い組織なのか。」 「でも、何でこの石のことを?」 「噂で聞いたんだ。もう何年も前の話なんだけどね。私の兄が実は殺されたんだ。その時にもその石が現場にあった。」 ジョージの話にルカとマリアは息を呑んだ。 「警察は何の疑いもしなかったが、実は・・私の友人で裏で商売しているやつが居てね。そいつから聞いたんだ。でもその友人はそれ以上話そうとしなかった。もしかしたらヤバイ組織なのかもしれない。」 ルカとマリアはショックを隠せなかった。 「まさか・・父さんが・・。」 そんなヤバイ組織と関わっていたのだろうか? 「飽くまで推測だから。詳しいことは分からないから何とも言えない。」 ジョージは落ち込んだ2人に言い聞かせるように言った。 「ご飯にしましょう。食べれば、きっと落ち着くわ。」 エリンが提案し、ルカたちは食事にすることにした。 ルカとマリアは暖かい食事を頂いた後、それぞれ部屋に案内された。部屋に案内されたルカはずっと両親が持っていた石を見つめていた。 『組織のメンバーの証。』 それが何の組織なのか全く見当がつかない。父たちがメンバーだったのか、犯人がそのメンバーなのか。どちらにしてもやばそうな組織ということには変わりない。何かの都合があったのかもしれないが、人を平気で殺すのだから。 「ピィ。」 険しい顔をしていたからか、ロッピーが心配そうに覗き込んでいる。 「大丈夫だよ。ありがとう。」 ルカはロッピーを優しく抱きしめた。温かい体温にルカは涙が出そうになった。 その頃マリアも師匠が持っていた石を見つめていた。 信じたくなかった。師匠がそんな組織と関わっていたなんて。もしかしてあの村に逃げてきたって言うのはやっぱりその組織と関係があったのか。失踪した事にも何か関係があるのだろうか? 不安で胸が押しつぶされそうになる。この出来事の総ての意味を知ることができたなら、この不安もなくなるかもしれない。それがどんな結果になろうとも、見届ける必要がある。マリアは覚悟を決めた。 翌朝。ルカは複雑な思いのまま目が覚めた。隣で寝ているロッピーを起こし、ルカはロッピーと共に部屋を出た。 「おはようございます。」 先に起きていたエリンに挨拶する。 「おはようございます。よく眠れましたか?」 「ええ。まぁ。」 曖昧に返事しておく。 「洗面所はこちらですよ。」 案内され、ルカは顔を洗った。しっかりしなければ。これから何が起ころうとも、動揺なんかしてられない。総ての出来事が、どう繋がっているのか、それを知る必要がある。 「おはようございます。」 顔を拭いていると、マリアがやってきた。 「おはよう。眠れた?」 「えぇ。まぁ。」 マリアも曖昧に返事する。マリアも複雑な思いでいるのだろう。気持ちはよく分かる。 マリアにもタオルを渡し、ルカはダイニングの方へ行った。 「ルカさん、悪いんですけど、子供たちとジョージを起こして来てもらえますか?」 「あ、はい。」 エリンに頼まれ、ルカはまず子供たちの部屋へ行き、2人を起こした。 「「おはよう、お兄ちゃん。」」 「おはよう。お母さんが美味しそうな朝食作ってくれてたよ。」 「それ聞いたらお腹空いてきちゃった。着替えたらすぐ行くね。」 デビットとブライアンは飛び起きて着替え始めた。ルカは2人を残し、ジョージの部屋へ向かった。 『何だ・・。嫌な予感がする。』 飽くまで予感なのだが、嫌な感じがした。ロッピーも何かを感じているようだった。一応部屋をノックする。返事はない。 「入りますよ。」 そう言いながら、扉を開けた。 「うっ。」 何だか異様な匂いがした。ベッドから匂っている。ルカは手で口を押さえながら、ベッドに近づいた。思い切って布団を剥ぎ取った。 「!!」 ルカは自分の目を疑った。そこには焼け焦げた人らしき形があった。 「嘘・・だろ・・。」 ルカは立ち尽くしていた。 「ルカさん?ジョージ起きました?」 遅いと思ったエリンが部屋の方に近づいてくるのが分かった。 「来るな!!」 ルカは布団をもう一度かけた。エリンは驚いたのか、その場で止まっている。 「どうか・・したんですか?」 ルカの大声が聞こえたマリアも近寄ってくる。部屋の前に立った途端、マリアは背筋が凍った。 「マリアさん?」 顔色を悪くしたマリアをエリンが心配そうに覗き込んだ。 「魔法・・?」 「え?」 マリアの言葉に、エリンは首を傾げた。 「ルカさん、まさかっ。」 何かを察したマリアが部屋の中のルカに問う。 「あぁ。そのまさかだ。」 ルカはベッドの前に立ち尽くしていた。まさか、こんなことになるなんて。ルカはとりあえず辺りを見回した。もしかしたら・・。 「ピィ。」 ロッピーがあの石をルカに差し出した。 「やっぱり。」 ルカはその石を受け取り、もう一度布団をめくった。布団は焦げてもいない。ただ・・ジョージだけが焼け焦げていた。 「ロッピー、おいで。」 そう言うとロッピーはルカの肩に飛び乗った。ルカは部屋を後にした。 ルカは何があったかをエリンたちに説明した。 「そんなっ。まさか・・。」 エリンは驚き入っている。子供たちも唖然としている。 「これも・・落ちてました。」 ルカはロッピーが拾った石をエリンたちに見せた。 「え・・何で・・?ジョージは、あの人は何も知らないって・・。」 「それなんです。何でジョージさんは殺されたのか、それがよく分からないんです。」 ジョージの口ぶりからして、彼が組織の一員という訳ではなさそうだった。 「それにいつ殺されたのかも。」 マリアが呟く。確かにそうだ。物音がすれば誰かが気づくはずである。 「エリンさんはどちらで寝ていたんですか?」 「私は、ジョージの隣の部屋です。でも物音なんて・・。」 エリンは震える腕を両手で押さえるように答えた。 何故ジョージは殺されなければならなかったんだろう?組織の話をしたから?それならルカたちだって殺されてるかもしれない。だが、ジョージだけが・・。 「ココで悩んでても仕方ない。俺らはこの謎を解くために旅してる。だからもう行くよ。早くこの出来事の意味を知らなければいけない。」 ルカは立ち上がった。 「ええ。そうですね。これを。」 そう言ってエリンは箱を差し出した。 「食べ物です。旅の途中にでも食べてください。」 「ありがとうございます。マリア、ロッピー、行こう。」 ルカの言葉に2人は頷いた。 「全てのことが分かったら、また戻ってきます。」 「ええ。待ってます。」 ルカたちは再び旅に出た。 ルカとマリアとロッピーはこの街を後にした。 これから何が待ち受けてるのか、全く想像できない。行く先々で人が死んでいる。もう見たくなかった。人が死ぬのを。どうしてこんなことになったんだろう。ルカは込み上げてきそうな涙を堪えた。ここで流すわけにはいかない。マリアやロッピーに心配をかけてはいけない。流すのは、全てが解決した後。それまでは何があっても決して泣かない。ルカはこっそりと心に決めた。 「待て!」 隣町に入った時、不意に声が聞こえた。ルカたちは辺りを見回した。ふと目の前を猫らしき生き物が通る。その後ろからどこかの店の主人らしき人が追ってくる。 「チッ。逃がしたか。」 「どうかしたんですか?」 店主に声をかけると、汗を拭きながら店主が答える。 「最近この辺に出るんだよ。猫みたいなモンスターが。」 と言いつつ、店主はルカの肩の上に乗っているロッピーを見つけた。 「そいつは、君のかい?」 「あ、はい。あ、こいつは大人しい奴なんで・・。」 「そうか。でも気をつけてくれよ。その猫のモンスターは人襲うみたいだから。」 「そうなんですか?」 マリアが驚いたように言う。確かにモンスターの種類によっては人を襲うかもしれないが、さっき見かけたのがそのモンスターなら、そんなことをするようには見えなかった。 「昨日もあいつがやってきて大怪我した奴がいたんだよ。重症で・・通りかかった人がそのモンスターを見たって言ってる。あんたたちも気をつけな。」 「あ、はい。ありがとうございます。」 店主はそう言うと、店の方へ戻って行った。 「人を襲うようには見えなかったですよね?」 マリアが言う。 「うん。でももしかしたら変身するのかもしれない。もし会ったらマリアも気をつけた方がいいよ。」 「はい。」 一行は郊外に出た。一瞬風が吹き抜けた。カサッと物音がして、目の前にあの猫のモンスターが現れた。ルカは剣に手をかけた。ゆっくりとマリアとロッピーを自分の後ろに誘導する。猫はそんなルカの様子をじっと見ていた。間合いを取りながら、ルカは剣を抜こうとした。すると猫が威嚇を始めた。手にかけた剣を抜こうかどうするかルカは悩んだ。もし抜けば、襲ってくるかもしれない。かと言って逃げることもできない。 『どうする・・?』 ルカは必死に考えた。剣に手をかけたまま、必死に考えた。すると風がまた吹き抜けた。ザッと音がして、上から人が落ちてくる。どうやら木の上に居たらしい。 「待て。」 降りてきた男が、そう言い放つ。ルカたちは不信そうに男を見ていた。しかし、男は気にもせずに猫に近づいた。ルカに威嚇していた猫は今度はその男に威嚇を始める。男は怯むことなく、猫に近づき、手を差し伸べた。 ガブッ。 差し伸べた手を猫が噛む。男は顔色を変えず、手を引っ込めたりもしなかった。猫は噛みながら、男をじっと見ていた。しばらくすると、猫は噛んでいた部分を舐め始めた。男はもう一方の手で猫を抱き上げた。大きさからすると、ロッピーと変わらない。 「あれ・・?」 拍子抜けしたルカが思わず言葉を漏らす。 「こいつが人襲ったって噂が流れてるみたいだな。」 男が口を開く。 「そう・・聞いたけど、違うのか?」 そう聞くと、男はルカを見た。 「こんなちっこいヤツが人襲うと思うか?」 その問いにルカたちは首を横に振った。 「こいつは『猫じぇらC』と言って人に危害を加えるどころか、一緒に居るだけで人の攻撃力や防御力を上げるモンスターだ。それに加えて治癒力すら上げてしまう。」 「じゃあ・・あの大怪我したって人は・・。」 「誰かに襲われてるときに、こいつも居たのかもしれないな。」 「そういうことか。」 「君たちは・・旅の人?」 「あ、はい。」 聞かれて思わず返事する。 「そうか。俺も旅をしている。紹介が遅くなったな。俺はシュン。賞金稼ぎをしながら、世界を回っている。」 「俺はルカ。こっちはロッピー。」 「マリアです。」 「君たちは何で旅してるんだ?」 ルカとマリアは顔を見合わせた。少し戸惑いつつ、ルカが口を開き、一通りを掻い摘んで話した。辺りは既に薄暗くなっていた。ロッピーと猫じぇらCは近くで戯れていた。 「そっかぁ。大変だったんだな。」 火に薪をくべながら、シュンは返事した。 「で、その石ってのはどんなんだ?」 シュンに問われ、ルカは石の1つをシュンに見せた。 「!」 シュンの顔色が変わってきた。 「知ってるんですか?」 マリアが問う。 「知ってると言うか・・。俺が捕まえたヤツが持っていた。よくは知らないけど・・。」 「その人は!?」 「捕まえて、引き渡したその日に誰かに殺されたよ。」 「・・・。」 ルカとマリアは絶句した。 「地下牢に居たはずなのに・・誰も入れなかったはずなのに、そいつは殺されてた。」 「それって・・魔法か何か・・?」 マリアの問いに、シュンは頷いた。マリアは眉根を寄せて俯いた。 「君たちがそいつらを探すのはいいとしても、ある程度の覚悟は必要だな。」 「覚悟は・・してる。」 両親を殺されてから、ルカはただ復讐のために生きると決めた。 「俺は止めないけどさ。・・・なぁ、俺も一緒に行っていいか?」 「え?」 思わぬ申し出にルカたちは驚いた。 「すげぇ腑に落ちねぇんだ。だから、この目で総てを見届けたい。」 「そりゃ、俺たちはシュンが居てくれた方が心強いけど。」 「なら決まりな。この猫も連れて行こう。きっと役に立ってくれる。」 「うん。ロッピーとも仲良くなったみたいだし。」 戯れているモンスターたちをルカたちは優しい目で見守った。 とりあえず夜はこの森の中で過ごすことにした。ルカとロッピーは木の実を、シュンは薪を集めに行っていた。マリアは火の番をしながら、猫と戯れていた。 「君も1人なの?」 何となくそう問うと「ニャー。」と返事した。 「人間の言葉が・・分かるの?」 そう聞くと猫はこくんと頷いた気がした。モンスターの中には言葉は話せないものの、人間の言葉を理解しているものもいるようだ。あのロッピーも恐らくそうだろう。 「そうなんだぁ。」 マリアは猫を抱き上げた。頬擦りする。猫は機嫌良く、マリアに懐いた。 森の木々がざわめく。マリアは嫌な予感を拭えなかった。 『何か居る・・?』 何かは分からない。でも気配がする・・気がする。 マリアは猫を抱いたまま、辺りを見回す。気配を読むのはあまり得意な方ではない。マリアは攻撃型の魔法より防御や治癒の魔法を得意とする魔法使いだった。正確には見習いだが。 とにかく何かが居る気はするのだが、それが何者なのか、殺意を持っているのか、何も分からない。 『早く戻ってきて。』 マリアは猫を抱きしめながら、そう願った。 「ピィ。」 「どした?ロッピー。」 ロッピーは何かを感じたのか、辺りを見回し始めた。ルカも何となく辺りを見渡す。 「何も居ないじゃないか。ロッピー、おいで。マリアのとこに戻ろう。」 ロッピーは一瞬戸惑ったが、ルカの肩に乗った。 マリアは神経を研ぎ澄ました。近くに居るであろう何かを探ろうとした。 ガサッ。 葉の揺れる音にマリアは振り返った。 「どうかしたの?マリア。」 「ルカさん・・。」 眉根を寄せているマリアにルカが話しかけた。 「何か居る・・気配がしたんですけど・・。気のせいだったのかも・・。」 マリアの言葉にルカは辺りを見回した。ざわめく木々。変わった様子はなさそうだ。しかし、さっきロッピーも何かを感じていた。 「気のせい・・じゃないかも・・。」 強くなる気配にルカもようやく気づいた。ルカは取ってきた木の実をそこに置いた。腰に着けている剣に手をかけ、辺りの気配に集中する。強くなる気配がフッと消えた。 『来る!』 直感で剣を抜く。 「へぇ。やるねぇ。」 喉元に剣を突きつけられ、意外と言うように驚いている。 「シュン。何でこんなことを・・。」 「試したんだよ。」 「試す?」 「これから一緒に旅するんだから、君らの実力を知っておこうと思ってね。」 「だからって・・。」 「悪かったよ。怖い思いさせて。」 シュンはマリアを見た。本気で怖がっていたことに気づいた。 「でもこれからの道中、こういうことはきっと付きまとう。それでも君らは旅をする覚悟ができてるかを見極めたかったんだ。それと実力もな。」 シュンはそう言った。ルカは剣をゆっくりと下ろした。 「マリアはすぐに気配に気づいたし、ロッピーも気づいた。ルカは気づくのは遅かったが、反応は早かった。剣の腕も確かなようだしな。」 剣を喉元で寸止めしたことは、シュンの期待以上だった。 「父親に仕込まれたからな・・。」 ルカは短く答えた。 「腕のいい剣士だったようだな。」 シュンの言葉にルカは複雑な気持ちになった。確かに父親は腕のいい剣士だった。なのに何故かあんな山奥にひっそりと隠れるように住んでいた。あの組織と関係があるのだろうか。それが引っ掛かる。 「ホント悪かったよ。飯にしようぜ。腹減った。」 シュンの言葉に我に返り、ルカとロッピーが拾ってきた木の実を皆で食べた。 日もすっかり落ち、ルカたちは火の番をしながら、他愛のない話をしていた。 マリアは疲れのせいか、ロッピーや猫と一緒に眠ってしまっていた。 「ルカも寝れば?俺、番してるから。」 「・・うん。でも・・目が冴えちゃってて。」 「そうか。」 2人は燃える火を何となく見ていた。 「シュンこそ、寝ていいよ。俺が番してるよ。」 「そうか?じゃあ、先に休ませてもらうよ。ルカも眠くなったら、俺起こせよ。交代するから。」 「うん。」 シュンは火から少し遠ざかり、横になった。ルカはシュンが集めてきた薪をくべながら、頭の中でグルグル回っていることをずっと考えていた。考えて答えの出るようなものではないことは分かっている。だけどどうしようもない。 『両親は何故殺されなければならなかったのだろう?』 それだけじゃない。マリアの師匠が失踪したことも、あの村が焼き払われたのも、ジョージが殺されたのも・・恐らく総て繋がっている。それも総てこの石が現場に残されていたから。 ルカは石を並べてみた。総て形は違うが、同じ鉱石のようだ。総ての石に何かの形が彫られている。ルカは1つを取って、よく見てみたが、何の形なのか、よく分からなかった。一体何の組織なんだろう。この石が示すメンバーの証。いい組織なのか、悪い組織なのか、全く見当は付かないが、この旅が思った以上に危険であることに、今更ながら気がついた。 でも始めてしまった以上、今更後に引けるわけがない。 『何があっても逃げちゃいけない。』 今は亡き父にそう教えられていた。 『人は長い人生の中で、必ず何かにぶち当たる。それが例え危険が伴うとしても、それを乗り越えなければ前には進むことはできない。その時の為に、今のうちから自分を訓練しておくんだよ。』 そう言って、父は剣の使い方をルカに仕込んだ。今がその何かにぶち当たっている時。ルカは持っていた石を強く握った。 必ず、必ず両親を殺した犯人を見つけてやる。そして一連の事件の決着も。 ルカは再び決意を新たにした。 それから何時間か後にシュンが起き、ルカと見張りを交代した。 そして朝。ルカは夢も見ずに眠っていた。辺りが明るくなってきたことに気づき、目が覚めた。 「おはようございます。」 先に起きていたマリアが挨拶する。 「・・はよ。」 ルカは寝惚けた頭で周りを見た。シュンがいない。 「シュンは?」 「朝ご飯になる木の実を取りに行きました。」 マリアが答える。 「そう。」 そんな会話をしているとシュンが戻ってきた。 「お、起きたか。」 「はよ。」 「はよ。眠れたか?」 その問いにルカは頷いた。夢を見ることなく相当深い眠りに就いていた。まだ旅は始まったばかりだと言うのに、もう疲れているのだろうか。ルカは自分の顔を両手で叩いた。マリアとシュンが驚いた顔をしたが、何も言わなかった。 「そういや昨日聞くの忘れてたんだけど。」 シュンは取ってきた木の実をルカたちに渡しながら、話を切り出す。 「どこに向かってるんだ?」 ルカとマリアは顔を見合わせた。『どこ』と言っても、はっきりとした場所に向かっている訳ではない。 「マリアが魔法の力が西に向かって行ったって言ったから、とりあえず西を目指してるけど・・。どこってはっきりした場所じゃ・・。」 「西か・・。昔から魔物が住むと言われてる場所だな。」 シュンが木の実をかじりながら言った。 「魔物?」 ルカは思わず聞き返した。 「本当か嘘かは知らないが、『西の方角に魔物が住む』と言う言い伝えがある。どこの村でも、町でも似たような言い伝えがある。」 「魔物・・か・・。」 「あたしも・・聞いたことあります。・・実は師匠に『何があっても西には行くな』って言われてたんです・・。」 「え?」 マリアの思わぬ発言に驚く。 「どうして・・?」 今まで黙っていたのだろうか。 「ごめんなさい。黙ってて。・・置いて行かれる気がしたから・・。」 「置いてったりは・・しないけど。マリアの師匠は他に何か言ってた?」 ルカの問いにマリアは首を横に振った。 「それ以上・・聞いてはいけない気がして・・。」 「そうか・・。」 「その話からすると、やっぱり師匠は何か知ってたんだな。」 冷静にシュンが判断する。 「恐らく・・。この石とも関係があったと思います。」 マリアは師匠が持っていた石を握り締めた。 「まぁ・・とりあえずさ、食えよ。腹が減ってたら何もできねぇからよ。」 シュンが木の実を2人に勧めた。2人は木の実を取って食べた。 |