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エピローグ
俺は着替えを済ませ、おかんに兄貴の伝言を伝え、そのまま遙の家に直行した。
「おう。篤季。また紘にイジメられたんか?」
玄関に上がった時、2階から下りてきた遼平が意地悪く言う。
「ちゃうわ。まぁ、強いて言うなら遼平にイジメられてんな。俺。」
「よく言うわ。」
遼平は俺の頭を小突いた。こんなじゃれあいも俺はほっとする。張り詰めた数日を過ごし、記憶を無くしてまた不安に駆られていた。だからこんな日常も愛しい。
「あ、篤季。ケーキ食べる?」
リビングに入ると、遙が声を掛けてきた。
「食べる。」
即答。もちろん、遙お手製のケーキである。今回はミルフィーユだ。うまそう。
「あれ?俺のは?」
遼平が首を傾げる。
「あ、お兄ちゃんもいるの?」
「遙シャン、ちゅめたい・・・。」
「おめーが冷たいんだろ?」
「何か言ったか?」
遼平が俺の首を絞めようとする。
「やめなよ。ちゃんとあるんだから。」
遙は冷蔵庫からミルフィーユを出してきた。
「さんきゅ。」
遼平は俺から即座に手を離し、食べ始めた。現金なヤツ。
「何か言ったか?」
遼平が睨む。
「な、何も言ってませんっ!」
慌てて否定する。なんで俺の思考が読めんだよ?怖い上に不気味だ。こいつホンマに人間か?と疑いたくもなる。
「おい。遙。俺、来月ロンドン、行くから。」
「なんで?」
遼平の言葉に遙が素で返す。ここん家の会話、初めっからレベルがちゃうねんな。分かってたけど。
「ウィルにまた声掛けられたんだよ。新作出すから、イメージモデルやってくれって。」
「そうなの?」
ウィルとはウィリアム・ベイリーのこと。彼は世界的なアクセサリーデザイナーで、遼平の憧れの存在である。遼平が高校生の時、モデルとしてウィリアムと仕事をしてから、ちょくちょくイメージモデルをやっているのだ。
「だから来月1ヶ月くらい留守んするけど・・・。」
「俺がいるから大丈夫だって!」
俺は胸をドンっと叩いた。
「だから心配なんや。」
「どうゆう意味だよ。」
「遙が襲われるかもだろ?篤季に。」
「んなことしねーよ!」
「いや、分かんねー。」
遼平は首を横に振った。信用ねーな、俺。
「あたしなら大丈夫だよ。泉水が泊まりに来てくれるやろうし。」
「そうやな。ま、多分。親父とか帰ってくるし。とにかく来月はいないから。」
「そういやさ。来月って、ライブあるんじゃなかったっけ?」
俺の言葉に遼平が固まる。
「・・・・忘れてた。」
「もー。何やってんのよ。ほら、早くウィルに電話しときなよ。」
遙が呆れながら言う。遼平は電話機の方に向かって行った。その様子を見て、俺と遙は笑った。

こんな当たり前の日常が幸せに思える。普段は気づかない。当たり前すぎて。俺も気づかなかった。だけど命をかけて敵と戦ったとき、どんなにあの日常が懐かしかったか。怖かったし、逃げ出したかった。いつか遙が言ったみたいに、もう逃げられなかった。だってもし俺たちが逃げ出してしまったら、怜哉一人で立ち向かわなくてはいけなくなる。そんなことできなかった。これから先、あんな経験はしないと思う。けど、きっと逃げたくなるときがあるはずだ。でもきっとがんばれる。あの時のことを考えればきっと。

そして過ぎ行く。ありふれた日常と共に・・・・。