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STAGE 6 真相
警察のその後の調べで、あの組織は馨の推理通り不正入試を斡旋していたことが分かった。教頭はそれに雇われ、高校3年生を対象に仕事をしていた。 白井が仲間になったのは別の理由があった。彼は麻薬に手を出し、それ欲しさに麻薬も取り扱っていた教頭と手を組んでいたのだった。 それは他の数人の教師も同様だった。それは俺たちが見たあのパソコン画面に打ち出されていた遼平たちが集めた情報と一致していた。 また俺が会議室横の準備室で見たあの名前と数字が並んでいた紙はその麻薬の量と金額を書いたもので、馨たちが生徒会で発見した書類は不正入試に関する書類だった。 全て証拠として、警察が押収した。数人の教師たちは麻薬所持で逮捕され、不正入試に関わろうとした生徒も事情徴収を受けた。
怜哉を襲おうとしたのもやはり馨の推理通り、麻薬を受け取る現場を見られたからだった。また怜哉は不正入試に関する書類も発見していたのだった。 警察にバラされることを恐れた彼らは怜哉を不良に襲わせた。そのとき『殺してもいい。』と言ったらしい。その不良たちはお金で雇われたその場限りの関係だった。そしてそれを理由に停学にし、隙を狙って怜哉をさらい、殺すつもりだったと言う。 だが、どうしても殺すことができず、組織に相談し、組織直々に殺してもらうはずだったらしい。
理科室の薬品を盗んだのは、その薬品を使って怜哉を自殺に見せかけて殺そうとしたためだった。 自暴自棄になった生徒の自殺に見せかけて。
沈黙を保ってきたヤツらも怜哉の証言により、全てを話すこととなった。
マスコミがそれを嗅ぎつけ、ものすごい騒ぎになった。俺たちは犯罪を暴いたヒーローとして取り上げられていた。
しかし俺はというと、まだ生死の境を彷徨っていた。

「篤季、まだ目覚めてないよ。」
オレが見舞いに行くと、廊下で馨に会った。
「そっか。」
もうあれから一週間経つ。オレは溜息を漏らした。ようやく馨とも仲良くなった。
「怜哉。ちょっといい?」
「ん?ああ。」
オレたちは待合室のソファに座った。
「怜哉。遙のこと、好きなんか?」
「は?」
唐突過ぎる質問に驚く。
「だから、遙のことどう思ってんだ?」
「・・・なんで急にそんなコト訊くワケ?」
「・・・。」
そう言うと馨は黙り込んだ。
「お前も遙ちゃんのコト・・・。」
「・・・好きだよ。ずっと前からね。」
「そうなんや。」
オレの問いかけに馨は答えた。ちょっと意外。馨は俯いた。
「でも、あのとき、おれは遙の気持ちが完璧に分かってしもた。前から分かってたけど。」
「それって、遙ちゃんが篤季のコト・・ってヤツ?」
「なんや。怜哉も気づいてたんや。」
「ま。薄々な。」
「ホンマ、篤季には敵わんよ。知ってる?遙、ずっと篤季の看病してんだよ?病室に泊まりこんでさ。学校には来てるけど。」
「ああ。」
「でさ。聞いてみたんや。ホンマは学校行ってる時間も篤季にずっと付いててあげたいんちゃうかって。」
「うん?」
「そしたらさ。『もし篤季が目覚めた時、あたしが学校に行ってなかったら篤季に怒られる』って言うんや。篤季は優先順位、ちゃんとせんのは許せん性格なんや。 だからもし自分のせいで学校休んだって知ったら、確かに怒ると思う。」
「・・・・。」
遙ちゃんは分かってるんや。篤季のこと。
「篤季も遙のこと、命がけで守ってさ。マネできんよ。あれは。」
「そうやな。」
あの話は後から聞いた。遙ちゃんに撃たれた弾を篤季が自分を盾にして避けたコト。
「おれなんて足すくんじゃって・・・一歩も動けなかった・・・。」
「・・・。」
そりゃそうだ。誰だって動けなくなるよ。そんな状況じゃ。でも馨は諦めモードに入ってる気がした。
「諦めようとしてる?」
「・・・うん。だって叶わん恋やし・・・。打ち明けないままの方がいいかもしれない。」
オレの問いに苦笑しながら答える。
「オレは諦めんで。」
「えっ?」
「だってあいつらまだ恋人じゃないんやろ?ならチャンスはあるってコトやん?」
「・・・あはっ。怜哉らしいや。」
「そお?」
その後雑談して、オレは篤季の病室に向かった。ノックすると遙ちゃんが返事する。
「どうぞ。」
「おじゃまします。」
「あ。怜哉クン。いらっしゃい。座って。お茶入れるね。」
「サンキュ。」
オレは言われた通り椅子に座った。篤季はずっと変わった様子はない。篤季には管がいっぱい付いていた。栄養を取るための点滴も打ってある。一週間ずっとこのままだ。オレのせいだ。オレが篤季に相談したりしなきゃ、こんなコトにはならなかった。
「はい。どうぞ。」
遙ちゃんが紅茶を差し出す。
「ありがと。・・・・おいしい。」
「よかった。・・・ねぇ。もしかして自分のせいだって思ってる?」
「えっ?」
イキナリ図星を付かれ、オレは動揺してしまった。
「そんなことないからね。篤季は昔っからこうなの。自分がそうだって決めたことはちゃんとやる。友情に篤くて誰とでも仲良くなれるの。」
「羨ましい?」
「うん。すごくね。篤季とあたし、全然正反対の性格だから。でもいつでも傍にいてくれるんだ。気づいたらいっつも篤季に助けられてる。」
「そ・・なんだ。」
オレは何と言っていいか、分からなくなった。遙ちゃんの気持ちに気づいてしまったから・・。
「ん・・・・。」
その時、篤季が動いた。
「あ。篤季。」
遙ちゃんが呼びかける。篤季はゆっくり目を開けた。
「よかった。このまま死んじゃうかと思った。」
遙ちゃんが安堵の胸を撫で下ろした。
「・・・・。」
篤季が不信そうな顔をする。
「篤季?」
それに気づいた遙ちゃんが声をかける。
「キミ、誰?」
「えっ?」
イキナリの言葉に遙ちゃんは声が出なかった。
「篤季。オレのこと、分かるか?」
オレを見たが、篤季は首を傾げ、眉をしかめる。
「キミも誰?」
ショックで言葉を失う。俺よりも遙ちゃんのほうがショックが大きいだろう。固まってる。

「記憶喪失ですね。」
「記憶喪失?」
オレたちは医者から告げられた言葉を理解できなかった。
「そうです。恐らく銃で撃たれたことのショックから来ているものだと思いますが。今、彼は自分が誰なのかさえ分からない状態です。 あまり刺激を与えすぎても困りますが、ちょっとしたことで思い出す可能性もありますから。長い目で見てやってください。」
医者の言葉を胸に医務室を出る。なんてことだろう。事件を解決できたのも、篤季のおかげなのに・・・。一番お礼を言いたい相手が記憶を失ってるなんて。 オレはまた篤季の病室に戻った。遙ちゃんは外の風に当たってくると言って、病院を出た。
コンコンっとノックする。
「どうぞ。」
オレが入ると篤季はじっとオレを見た。
「何?」
「なあ。あんたは俺のコト、知ってんの?」
「ああ。少しな。」
「じゃあ、教えてくれ。俺の名前とか・・・。」
訴えるような目でオレを見る。やっぱり先生の言ったとおりだ。自分のことさえも分からないんだ。
「名前は萩原篤季。歳は17。」
「もっと教えて?」
「・・・オレより彼女の方が知ってる。」
「彼女って、さっきの?」
「ああ。お前の幼馴染だよ。名前は水槻遙。同い年。」
「は・・るか・・。」
篤季は遙ちゃんの名前を呟いた。
「じゃあ、オレはそろそろ帰るわ。」
立ち上がった時、篤季に呼び止められる。
「あのさ。よかったらキミの名前、教えて?」
「怜哉。橘怜哉。」
「怜哉・・・。また来てな。」
篤季はオレに微笑んだ。変わらない笑顔。・・・どこも変わってないよ。記憶を失った以外は。オレには悔しさだけが渦巻いていた。 だって・・・・オレだって記憶を失っていた。それがどんなに不安か、オレにはよく分かる。全ての記憶を失った篤季はどんなに不安だろう。悔しい。 こんなことなら、1人であいつらと戦うんだった・・。このまま記憶が戻らなかったら?不安で押しつぶされそうだ。どうして?なんでこうなったんや? 泣きたくなる気持ちを抑え、バイクにまたがる。
「また・・明日な。」
篤季の病室に向かって呟く。メットをかぶり、エンジンをかけ走り出す。

俺は誰、なんやろう?なんで入院してんだろ?
萩原篤季、これが俺の名前。水槻遙、彼女の名前。橘怜哉、あいつの名前。
全く思い出せない。すごく不安になる。不安で押しつぶされる。その時、ノック音が鳴る。
「どうぞ。」
そう言うと、遙・・ちゃんが入ってきた。
「あれ?怜哉クンは?」
「さっき帰ったよ。・・・キミ、遙ちゃん・・やんね?」
「えっ?あ、うん。」
彼女は驚いている。だから説明を加える。
「さっき怜哉に教えてもらった。」
「そお。・・・でも、あたしのことは遙でいいよ。」
「えっ?」
「いっつも遙って呼んでたの。だからイキナリちゃんづけで呼ばれると変なカンジ。」
「あ、そうなん?」
そう訊くと、苦笑しながら頷いた。
「なあ。遙は俺のコト、知ってんやろ?教えてくれる?」
「怜哉クンに聞いたんじゃ・・・。」
「あいつからは名前と歳だけ。それに怜哉が遙の方が俺のこと、知ってるって。」
「まあ。確かに付き合いは長いね。怜哉クンより。あたしらは小学校に上がる前からの幼馴染で、家が隣同士なの。うちの親が海外とかに行ってるコトが多いから、 篤季ん家によくお世話になってた。篤季ん家は6人兄弟の8人家族で、篤季は末っ子。警察官のお父さんとお兄さんがいて、美容師のお姉さんモデルのお姉さん、 専門学生のお姉さんにフリーターのお兄さんがいるの。この2人は双子ね。あ、お母さんは専業主婦だよ。」
「結構大家族だ。」
「そうだね。」
そう言うと遙は笑った。カワイイ。
「遙は笑った方がカワイイよ。」
そう言うと遙は一瞬にして顔が真っ赤になった。ますますカワイイ。
「あ・・りがと。・・・あ、そうだ。写真あるんだ。見る?」
その言葉に頷くと遙は鞄から写真を取り出した。そして1枚の写真を俺に見せた。
「これはうちの家族と篤季の家族全員が写ってるんだ。これが篤季とあたしで、これがうちのお兄ちゃん。遼平って言うの。これが警察官のお兄ちゃんで、祐貴。 こっちが下から2番目の紘樹。一番年上が美容師の清華姉で、モデルの芹華姉。それから鈴華姉。これが篤季のお父さんとお母さんで、こっちがうちの父さんと母さん。」
写真には楽しく笑っている俺たちの姿があった。何や?頭ん中にモヤがかかったみたいや。頭が痛い。
「篤季?」
遙の声が遠くに聞こえる。俺は頭を抱えた。それからの記憶がない。

どうやら俺は記憶を思い出そうとすると、頭が痛くなるらしい。
「ムリして思い出そうとしなくていいよ。」
遙はそう言ってくれるけど、すごく不安。記憶を失ってる分、誰かを傷つけてしまうんやないんかって。そう言うと遙は
「篤季らしい。」
と笑っていた。俺らしい?俺がどうゆう人間なんかも分からんのに。
不安は積もるばかりだった。しかし皆、優しかった。俺に同情してるのかもしれない。それでも嬉しかった。これで皆に突き放されてしまったら、俺はどうしたらいいのか分からない。

いい加減、ベッドにいるのにも飽きた。そう思っていたとき、学校帰りの遙が入ってきた。
「篤季。車椅子借りてきたよ。ちょっとなら、外に出てもいいって。」
どうして分かったんやろう。
「篤季、退屈そうだったから。外にでも出れば気分転換になるでしょ?」
遙はそう言いながら、俺に車椅子に乗るよう促した。
外には心地よい風が吹いていた。
「大丈夫?寒くない?」
「ああ。全然。」
「よかった。」
遙は病棟の周りを回ってくれた。木々がたくさん植えられていて、心を癒してくれる。
「遙。」
「ん?何?」
「俺がこのまま記憶戻らなかったらどうする?」
「ダイジョブだって。戻るよ。」
「でも!もし戻らなかったら?」
しばしの沈黙。
「だとしても、篤季は篤季だってゆう事実は変わらない。それでも不安だって言うなら、あたしが傍にいてあげる。今までずっと篤季があたしの傍にいてくれたみたいに、今度はあたしが傍にいる。思い出だってこれから作ればいい。」
「遙・・・。」
「あ。ごめん。押し付けがましかった?」
「ううん。その言葉に救われたよ。」
「よかった。・・・でも、諦めないで。いつかは絶対戻ってくるんだから。」
「そうやな。」
俺たちはしばらく辺りを散策した。
「俺ってさ。遙から見てどんなヤツ?」
「・・・そうだなぁ。熱血だね。」
「熱血?」
「うん。でも意外とクール。」
「クール?」
どっちだ、おい。
「うん。皆の頭に血が上ってる時は冷静沈着に物事を見るの。だけど、友達がピンチんなったら飛んでって助けに行く。そんな人。」
「ふーん。」
自分のコトのようでそうじゃないカンジ。
「リーダーシップ取るんだけど、皆に好かれる存在。たぶんそれは篤季が皆のコトを好きだからだろうね。そんな篤季が羨ましい。」
「えっ?」
「それにね、あたしのコト命がけで守ってくれたの。涙出たよ。嬉しくて。でも篤季が倒れてこのまま死んじゃうんじゃないかって・・・すっごく心配だった。だから篤季が生きていてくれるだけであたしは嬉しい。」
「・・・ありがと。」
そんなこと言われるとなんだか照れる。
『篤季が生きてることが嬉しい。』
うん。でも俺は記憶がない。きっと遙との思い出だってたくさんあったはずや。遙は言わへんけど、ホンマはごっつ寂しいんちゃうか?そう思うと胸が痛い。
「あーつきっ。」
呼ばれ顔を上げる。すると目の前に女の子がいた。
「えっ?」
「えっ?じゃないよ。せっかくカワイイ彼女が来てあげたのに。」
「彼女?」
「泉水っ!」
遙が叫ぶ。
「篤季。違うよ。この人は篤季の従兄妹で・・。」
「何言ってんのよ。あんた。人の彼氏振り回しといて。」
「泉水こそワケ分かんないコト言わないでよ!」
2人が言い合いしている。えーっと。遙が言うにはこいつは俺の従兄妹で、こいつが言うには俺の彼女。さっぱ分からん。頭も混乱してきた。どっちがホンマなんや?
「篤季!うちと来るよね?」
「行かなくていいよ。篤季。」
2人に責められる。むー。そんなん言われたって、どうしたらええねん?
「篤季!」
「篤季。」
ふにゃ〜。頭が混乱する。
「ほら、行こっ。」
そう言いながら遙を押しのけ、泉水とかいう女が俺の車椅子を押した。
「ちょっと泉水!」
遙が止めに入る。
『大丈夫。悪いようにはせんから。』
そう小声で遙に言ったのは聞き取れた。その意味が何なのかは分からない。俺は泉水に連れ去られた。
「ごめんね。お見舞い来れなくて。課題が溜まっててさ。」
「あんた、ホンマに俺の彼女?」
「そーや?何言うてんの。」
「いや。別に。」
俺はこの子より、断然遙のがいい。
「もしかして遙の方、信用してる?」
「・・・。」
単刀直入に訊かれると、答えに詰まってしまう。だって遙は俺が気を失ってる間から、ずっとついててくれた。いきなり現れて『彼女だ』なんて言われたって、信じられるワケない。すると泉水が立ち止まった。
「ねえ。篤季は誰が好きなん?」
「えっ?」
風がサーっと吹き抜ける。しばしの沈黙。俺は誰が好き?一番に顔が浮かぶのは?
『篤季。』
『退屈そうだったから、車椅子借りてきたよ。』
『篤季。外行こ?』
思い浮かぶのは遙の笑顔ばっかりだった。
「・・・遙。」
「なら、彼女んトコ行って真相を聞きな。」
俺は泉水の手から離れ、自分で車椅子を動かした。鳴れない手つきで車輪を動かす。向かってる間も遙の顔が浮かぶ。しばらくすると、遙の後ろ姿が見えた。
「遙―――――ぁ。」
俺は大声で叫んだ。遙がゆっくりと振り返る。俺は一生懸命漕いだ。何度も転びそうになりながら。遙は驚いたまま、こっちを見てる。ようやく近くにまで来る。
「俺。あいつに言われた。誰が好きなんや?って。で、俺考えた。一番に顔浮かぶんは誰やろうって。そしたら、遙の顔が・・・笑顔が浮かんだ。どう言うってええか分からんけど、その・・・俺、昔っから遙のコト好きやった。」
そうだ。俺は遙が好きだったんや。なんでこんな大切なこと忘れてたんやろ?しかも今はなんだか素直に言える。
「・・・今思い出した。俺は遙が好きや。ずっと前から。」
「篤季・・・・。」
遙は涙をいっぱい浮かべていた。
「ははっ。ごめん。なんでこんな大事なコト、忘れるんやろう?アホやな・・。」
俺が苦笑しながらそう言っている間に遙が抱きついてきた。
「遙?」
「あたしも・・あたしも篤季のコトが好き。忘れられてたのはショックだったけど、生きててくれるだけでいいって思った。」
「遙・・・。」

「あーあ。世話焼ける2人だこと。」
泉水が盗み見て溜息を吐いた。
「余計だったんちゃう?」
おれがそう言うと泉水はキっとおれを見た。
「何言うてんの?記憶失ってるからこそ、篤季を試したんやん。そうでもしなきゃ、あの2人、絶対くっつかんと思ったんやもん。」
「そう。」
気のない返事をする。
「もしかして馨ちゃん、遙のコト好きやった?」
イキナリ核心を突かれ、おれは一瞬頭ん中が真っ白になった。
「そう・・やね。でも、分かってたコトやし。」
「2人が両思いってコト?」
泉水の問いに縦に首を振る。
「そっか。」
泉水の顔が一瞬沈んだ気がした。
「泉水?」
「さーって帰りますか。」
泉水の笑顔におれは言葉を飲み込んだ。

あれから一週間が過ぎた。記憶は徐々に戻っていた。それもこれもすべて遙のおかげだと思う。いつも傍にいてくれるから、気持ちが落ち着く。 俺は家族のことは何とか思い出した。しかし自分のコトが思い出せない。遙は少しずつ俺のコトを教えてくれる。自分のことを他人ひとに聞くのも変な感じだ。
「篤季。びっくりしないでよ。」
「何が?」
遙が病室の入り口で何やら笑っている。
「じゃーん!」
遙の後ろから1人の女の人が入ってきた。
「久しぶり。」
俺は固まった。
「・・・芹華姉!」
そう、なんと東京にいる芹華姉が来ていた。
「なんだ。元気やん。」
素で言う芹華姉に言葉が出ない。
「あんた記憶なくなったんだって?」
「うん。まあ。」
「最初はね、自分の名前さえも分からなかったんだよ。」
「ふーん。あ、はい。お見舞い。」
「何これ?」
「あんたが欲しがってたヤツ。」
「?」
とりあえず渡された袋を開ける。中から指輪とネックレスが出てきた。
「あ!これ。クロムハーツやん!」
「そ。あんた欲しがってたやろ?」
「でも高かったんじゃ。」
「こうゆう時ぐらいしか買ってあげられんからね。でも紘には内緒ね。」
「分かった。」
俺は大きく頷いた。
「でもさ。あんたが入院するとは思わんかった。元気の塊みたいなんがさ。」
「芹華姉。」
遙が何やら小声で話している。
『篤季、なんで自分が入院してんのか分かってないから。』
「そうなんや。でも、うちのことは思い出してくれてたんや。」
芹華姉は話題を変える。
「うん。家族んコトはね。自分のことはさっぱり。」
俺がそう言うと、芹華姉は俺の頭をガシガシとなでた。
「???」
「大丈夫。あんたはあんた。そのうちふと思い出すって。」
そう言われ、俺は噴き出した。
「何?」
「それ、遙にも言われた。」
「あ。そっ。」
そこでノック音が鳴る。返事をすると、数人が入ってきた。
「哲サン。」
そう、芹華姉の彼氏とそのバンド仲間たちだ。
「よお。篤季。元気んなった?」
鷹矢が一番に声を掛けてくれる。
「うん。順調に回復してるって。」
「そっか。よかったな。」
「さんきゅ。」
なんでか分からんけど、鷹矢と話してると落ち着く。遙によると気心知れた友達らしい。
「あ。そうそう。さっき兄貴に聞いたんだけど。もうすぐ退院できるって。」
譲が思い出しながら言う。そう、ここは譲の実家なのだ。
「よかったじゃん。篤季。」
芹華姉が喜んでくれる。もちろん皆も。
「ああ。」
そこに担当医である譲の兄貴、松沢悟が入ってくる。
「こりゃまた見舞い客でいっぱいやな。」
と苦笑する。
「しかも男ばっかね。」
付け足しとく。
「ははっ。じゃあ、ちょっと横んなって。」
俺は言われた通りに寝そべる。
「うん。痛みはなくなってきてるみたいやね。譲にも言ったけどこのまま順調に行けば、もうすぐ退院できるよ。」
俺は言葉が出なかった。嬉しすぎて。
「何食べたらこんなに元気んなるんやろうね。他の患者さんより回復力があるよ。」
「そりゃ、篤季は空手で鍛えてるもんね。」
譲がツッコむ。
「そーか。・・それにキミの周りにはいい人がたくさんいるみたいやしね。」
「そりゃ、俺の人柄っすよ。」
「よく言う。」
遼平が冷たく言い放つ。
「ははっ。とにかく精神面も体力面も心配なさそうだ。」
そう言うと、悟兄は出て行った。
「芹華、今日はオフなん?」
哲サンがさっそく訊ねる。
「うん。朝仕事で、昼からはオフだったの。」
「休みって久々ちゃん?」
遼平が訊く。
「そーだね。ほとんど1日中仕事だかんね。」
そう言えば芹華姉の顔、何か疲れてる。
「姉ちゃん。帰って休んだ方がええよ。せっかくの休みなんやし。俺は大丈夫やからさ。」
「ありがと。篤季。でも大丈夫だよ。それに篤季の元気そうな顔見たら、安心した。」
芹華姉は俺の頭を撫でた。いつまで経っても子供扱いだ。
「茶化すな。本気で心配してんねんから。」
「・・・。」
芹華姉は驚いた顔をした。ん?俺、変なこと言ったか?
「ありがと。」
芹華姉は微笑んだ。その時、またノック音がした。
「どうぞ。」
返事すると、怜哉と馨が入ってきた。
「うわっ。」
「人口密度高すぎ。」
怜哉が驚き、馨が溜息を吐いた。
「あれ?芹華サン。帰ってたんっすか?」
姉貴に気づき、馨が話し掛ける。
「うん。久々にオフ取れたから。」
「あ。モデルのセリカサン?」
怜哉は姉貴に会うのは初めてらしい。
「そーだよ。篤季の友達?」
「はい。」
「ほら、例の事件に巻き込まれた・・・。」
遙が耳打ちする。
「ああ。橘クンね。」
「あ。はい。」
「哲哉から聞いたときはびっくりしたけど。でも無事でよかった。」
「いつ聞いたんや?」
遼平が問う。
「新聞沙汰んなったとき、電話して問い詰めたら、白状した。」
「脅迫かけたな。」
「失敬な。」
遼平の言葉に怒る姉貴。そんなことで言い争うな。・・・でも、なんなんやろ。例の事件?新聞沙汰?俺が入院してるコトと関係あるんかな?不安に駆られる。
「違うよ。哲哉は芹華サンにめっちゃ惚れてんやって。」
「譲!」
本心を読まれたのか、哲サンは顔が真っ赤になっている。
「篤季?」
俺が俯いてるのを見て、遙がそっと声をかけてくれた。
「大丈夫?」
「ああ。」
俺は苦笑した。完全に戻らない自分の記憶。どうしたらいい?大丈夫だって言われても、不安には変わりない。成す術もなく、ただ黙って待つしかない。ホンマにそれでええんか?
「さってと。そろそろ帰りますか。じゃあね。篤季。」
「うん。来てくれてサンキュな。」
そう言うと姉貴はニコッと笑った。
「送ってく。」
芹華姉に続いて哲サンが出て行く。
「俺も。バイトあるし。」
「じゃあ。俺も。」
「んじゃおいらも。」
とゆうわけで鷹矢、遼平、響介が出て行った。
「さて。じゃあ、そろそろ俺も行かなきゃ。じゃね。篤季。」
「ああ。」
そうして譲が出て行き、病室には遙、馨、怜哉が残った。
「何か嵐みたい。」
遙が呟く。うん。俺も思った。何やったんやろう。一体。
「はい。お見舞い。」
そう言って馨は俺に花束を渡した。
「男から花束ってどうかと思う。」
「あ。やっぱり。」
俺が言うと、馨が苦笑した。
「だから言ったやんか。」
怜哉が馨を小突く。
「じゃあ、花、生けてくるね。」
遙が笑いながら出て行った。
「篤季。もういいの?」
馨が椅子に掛けながら訊く。
「うん。このまま順調に行けば、もうじき退院だって。」
「よかった。」
馨はほっと胸を撫で下ろした。
「で。記憶の方は?」
怜哉が身を乗り出すように訊く。
「・・・。あんまし。けど、徐々に思い出せてる。」
「そっか。いきなり思い出すもんじゃねーしな。」
怜哉は溜息を吐いた。そういや遙が怜哉も記憶を失くしたコトがあるってたな。だから俺の心境も分かるんか。このもどかしい思いが・・・・。
「でも篤季はすごいよ。」
「はい?」
馨に不意に言われ、ワケ分からんようなる。
「だってさ。いつも笑顔じゃん。不安抱えてんのにさ。おれは記憶失くしたことないけど、もし篤季と同じ立場んなったらって考えた。・・・怖くなった。おれなら笑ってらんないだろうなって。篤季は力も強いけど、精神面も強いなって。羨ましくなった。」
「強くなんかない。」
「えっ?」
「俺は全然強くなんかないよ。笑ってなきゃ、不安で押しつぶされそうな気がして。それが怖いだけ。ただ単に臆病なんや。夜だってまともに寝られない。寝付けない。1人になると、どうしようもなくなる。怖くて目も閉じられない。」
「篤季・・・。」
「やけど毎日遙や馨や怜哉が来てくれる。それがどれだけ俺の支えになってると思う?誰かが傍にいなきゃ、ダメなんや。傍で大丈夫だよって言ってくれる人がいなきゃ、俺は不安でどうしようもなくなるんや。」
俺は蒲団を掴んだ。手が震える。唇も。体中、震えが止まらない。怖い。堪らなく怖い。目をぎゅっと瞑る。
「篤季・・・。」
「篤季。大丈夫。オレには分かるよ。その気持ち。不安で堪らん気持ち。だから何でもオレに言えや。何だって聞いてやる。」
怜哉は俺の手をぎゅっと握った。不思議や。こんなことで安心するなんて。
「怜哉・・・。」
「だってさ。オレたちは親友やって言ってくれたん、篤季やもん。オレもそう思ってるし。だからさ、力になりたい。篤季がオレの力になってくれたように。」
「怜哉・・。」
「じゃあ。おれも。」
そう言って馨は俺たちの手の上に手を置いた。
「おれだって昔からの篤季の親友やもん。」
馨はニッっと笑った。そこに遙が帰ってきた。
「あれ?何か楽しそうだね。」
「そう?」
「うん。だって篤季、今までで一番いい笑顔してるもん。」
遙に言われ何だか照れる。だって友情を深めてたなんて、青春ドラマじゃあるまいし、言える訳ない。俺たちは顔を見合わせて笑った。

「なあ。馨。」
「ん?何?」
オレと馨は病室を出た。
「あのさ。槙原から聞いたんやけど。」
「うん?」
「あの2人って付き合ってんの?」
「・・・うん。」
馨は軽く頷いた。
「そ・・なんだ。」
「でもさ、今まで付き合ってなかったのがおかしかったんや。周りはとっくに気づいてた。」
馨は俯き加減に言った。そしてオレたちは病棟を出た。

それから1週間後、俺は退院することになった。
「おめでとぉ。篤季。」
遙が俺のおかんと一緒に迎えに来てくれた。もちろん遙は学校帰り。
「さんきゅ。」
「まあ、大丈夫やろうけど。ムリすんなよ。また入院せなあかんよなるで。」
担当医の悟が笑う。
「うん。分かってるって。」
「篤季。おめでと。」
譲が顔を出す。
「譲。いつの間に。」
「アツキ。やっと退院やね。」
「鷹矢。」
「あれ?お兄ちゃんたちは?」
「バイトが重なってんだと。あ、テツは急にお兄さんが帰ってきたとかで来られないって。」
鷹矢が説明する。
「母さん。清華姉、来たよ。」
紘樹が呼びに来る。そこにつかつかと歩いてくる団体が来た。なんやねん!
「篤季。退院、おめでとう。」
それは兄の祐貴だった。後ろにいるのは部下らしい。俺は兄貴に花束を渡された。男から花束もらっても・・・。ってゆうか、団体で来んなよ。周りが怯えてるやんけ。
「入院費は警察がもってくれるって。」
「え?そうなの?助かるわ。」
おかんが本気で喜んでいる。でも俺にはさっぱり分からない。
「なあ。なんで、警察が俺の入院費払ってくれんだ?」
「・・・。そーか。まだ記憶、戻ってないんやな。」
やっぱり俺は大事なこと、忘れてんねや。
「焦るな。ゆっくり思い出せ。じゃないと、きっと心が壊れてしまう。」
兄貴は俺の両肩をポンッと叩いた。俺はこくんと頷いた。しかしその言葉の意味を理解できなかった。
「兄貴、仕事は?」
紘樹が問う。
「近くまで来たから寄っただけだ。」
「あっそ。」
なら、なんで部下まで引き連れて来てんねや?謎や。
「篤季。ありがとう。」
急に兄貴にお礼を言われ、驚く。
「????何かした?俺。」
「いや。なんとなくね。」
兄貴は苦笑した。なんやねん。一体。
「さて仕事に戻るか。あ、そういや清華が早く来いってさ。」
「あ。忘れてた。」
おかんが叫ぶ。おいおい。兄貴は笑いながら、帰っていった。
「さて、帰りますか。」

懐かしの我が家。微かに覚えがある。玄関をくぐると、懐かしい香りがした。うん。俺ン家だ。リビングに入る。覚えてる。覚えがある。 確かに俺ン家だ。俺は徐々に記憶を取り戻した。あのテレビゲームは俺と紘樹が親にねだって買ってもらったモンだ。そしてよく紘樹と奪い合いしたっけ。 あちこちに飾ってある写真は行事ごとに撮ったヤツで、家族全員が写ってる。ミーハーなおかんはモデルとして雑誌に載っている芹華姉や俺の写真を台所に飾っている。 そう。俺はモデルのバイトをしたことがある。遙のおかんに頼まれて。
「篤季?どうかした?」
入り口で立ち尽くしていた俺の後ろから遙が声を掛ける。
「いろいろと思い出してきた。・・そうだ。遙ん家に行ってもいい?」
「え?」
「思い出せそうなんや。頼む。」
「それは構わないけど。おばさんたちに言ってかなきゃ。」
「そうやな。あ、おかん。俺ちょっと遙ン家行って来るわ。」
「いいけど。ご飯までには帰って来なさいよ。お祝いするんだから。」
「分かった。じゃ、行ってきます。」
「はい。いってらっしゃい。」

俺は隣の遙ン家に入った。
「入って。」
遙に誘導され、中に入る。・・・何度も来たコトがある。紘樹と喧嘩したときによく逃げて来たっけ。俺と紘樹は同じ部屋やったし。 (今は紘樹が元芹華の部屋に移動した。)窓とか木を伝って遙の部屋に入って。で、遼平に
『ここはお前の避難所か?』
って皮肉言われたりして。自分家じぶんちより居心地良くて。
「篤季?どしたの?」
遙が心配そうに覗き込む。俺の目には涙が溢れていた。なんや?妙に安心する。やっと思い出せた。完全ちゃうけど。でも、今までの俺の生活や、遙とのいろんな思い出が頭に浮かんでくる。嬉しい。今までの不安が一気に吹っ飛ぶ。でもまだ大事なこと忘れてる気がする。ごく最近のコト。俺が入院するに至った何かが。

「篤季。おばさんが呼んでる。ご飯ができたって。」
「えっ?」
もうそんな時間か?見ると、2時間弱経っていた。
「篤季。気持ち良さそうに寝てたよ。」
遙がくすくすっと笑う。そうか。あんま気持ちいいんで、寝てしもたんや。
そして俺と遙は俺ん家に戻った。晩飯は豪華だった。母さんと遙特製の中華だった。中華は俺の好物だ。相変わらず親父と兄貴は帰って来ない。 しゃーないか。警察の仕事は不規則やし。
「いっただきまーす。」
と食べ始めた時だった。親父と兄貴が帰ってきた。
「珍しい。どうかしたの?」
おかんが2人を迎えた。
「いや、すぐ帰らなあかんのやけど。篤季が退院したってんで、無理言って交代してもらった。」
そう言いながら、親父は席に着いた。
「兄貴は?」
紘樹が問う。
「ああ。俺は仕事上がりだ。報告書は部下が書いてるし。」
「ふーん。お疲れぇ。」
「うっす。」
そう言いながら、兄貴も席に着く。母さんは2人の食器を出しながら言った。
「全員が揃った所で、仕切り直ししましょうか。」
「あれ?あたしのこと忘れてない?」
リビングの入り口には芹華姉が立っていた。
「芹華姉。どうして?」
「あ。うちが連絡したの。」
鈴姉が紘樹の呟きに答える。
「そ。鈴華に連絡もらって、ちょうどこっちの仕事があったからそのまま泊まりにしたの。」
芹華姉も説明しながら席に着いた。
「じゃあ、改めて。篤季、退院おめでとう。」
親父はお茶のコップを取り上げ、乾杯をした。
「ありがとう。」
家族にこんな風に祝ってもらえるのって、何か嬉しい。大切にされてんだなって実感。
夕食後、親父はさっさと仕事に戻ってしまった。祐兄はそのまま風呂へ。紘樹や鈴姉は勉強のため、自室に戻る。この感覚が懐かしい。
「篤季、明日から学校出れる?」
「あ、うん。せやな。調子もええし。」
遙に問われ、答える。
「じゃあ、祐貴が出てきたら、あんた入りなさい。今日は早く寝た方がええわ。」
おかんがテーブルを拭きながら言う。
「うん。」
そうこうしている内に兄貴が出てきた。俺はさっさと風呂に入り、すぐさま寝た。

翌日。おかんに起こされ、まだだるい身体を起こす。とりあえずカーテンを開ける。いい天気だ。俺は着替えを済ませると、1階に下りた。
「おはよう。篤季。」
おかんが挨拶する。
「はよっ。」
俺も返す。こんな当たり前のコトなのに、妙に嬉しい。今まで病室で1人ぼっちの朝だったからな。個室だったし。
「朝ご飯、できてるわよ。早く食べなさい。」
「はーい。」
「そんなのんびりしてたら、遙が来ちゃうよ?」
席に着いた俺の後ろから芹華姉が沸いて出る。
「おわっ。びっくりしたぁ。」
「とっとと食べなさい。」
芹華姉は持ってた新聞で俺の頭をパシッと叩いた。全然痛くないけど。俺は言われた通り、さっさと朝食を掻き入れた。
ピーンポーン。
「ほら。来たよ。」
チャイムの音に芹華姉が急かす。俺は出された牛乳を飲み干し、玄関に走った。ドアを開けると、案の定遙が立っていた。
「おはよ。・・・またご飯、掻き込んだの?」
俺のリス状態の口を見て、遙が笑う。
「っるさいなぁ。時間なかったんだよ!」
慌てて飲み込み、言い訳を言う。遙はまだ笑っている。
「笑うな!」
「だって。ほら、篤季。口に付いてる。」
そう言うと遙はハンカチを取り出し、俺の口を拭った。
「はい。OK」
「・・・さんきゅ。」
妙に照れる。
「あ。ほら、急ご?遅刻しちゃう。」
遙は自分の腕時計を指差した。それで、俺たちは学校へと向かった。

懐かしいカンジがする。何だろう?頭に何かが引っかかってる。もう少しで思い出せそうなのに・・・。悔しい。
「おはよー。」
教室に入ると、皆がしんと静まり返った。
「あ、あれ?」
なんで?俺、教室間違えた?
「篤季じゃんか。久しぶり。」
「元気んなったんか?」
「もう大丈夫なんか?」
今度は一気に質問攻めに遭う。
「だー。離れろぉー。暑苦しい―――。」
俺が叫ぶと全員一歩下がった。
「わりぃ。何か嬉しくって。つい。」
1人が謝る。
「ごめん。篤季いないと、皆暗っくってさ。」
「そうそう。明かりが消えたみたいで。篤季来てくれたから、つい嬉しくなって。」
口々に言われると、何だか照れる。
「それじゃ。改めて・・・退院おめでと―――――。」
1人が叫ぶと、周りにいた皆がクラッカーを鳴らす。いつの間に・・。
「なんで皆知ってたんだ?俺の退院。」
「ああ。馨と橘に聞いた。」
1人が言う。自然と2人を探す。
「馨!怜哉!さんきゅ。」
俺は少し後ろにいた2人にお礼を言った。俺がニカっと笑うと、馨も笑った。怜哉は少し照れくさそうに横向く。
「よかったね。篤季。」
「おう。」
遙に言われ、素直に返事する。嬉しい。皆が俺のことを思っててくれるなんて。感謝してもしきれないくらいだ。

そんなこんなで1時間目。L・H・Rロングホームルームだ。
「篤季。ちょっとこっち来て。」
遙に呼び出され、廊下に出る。
「何?1時間目始まるで?」
「いいから。」
遙はムリヤリ俺を引っ張った。仕方なく付いて行く。
「篤季。退院おめでと。ホントは昨日渡そうと思ってたやけど、いろいろあって忘れてて。」
遙は小さな包みを渡した。
「えっ?あ、ありがと。開けてもええ?」
俺が聞くと、遙が頷く。俺はさっそく包みを開けた。
「ギターのピック?」
「うん。新しいギターが欲しいって言ってたでしょ?だからプレゼントしようと思って。現物は後でね。」
遙は笑った。けど、ギターだって値が張る。いくら俺でも・・・。
「悪いけど、もらえん。」
「えっ?なんで?」
「だって、こんな高価なモン。」
「値段は関係ないでしょ。」
「だけど、こんなん買うより遙の好きなモン買うた方がええやん。」
「篤季。受け取って。これは、あたしの気持ちなんだから。それにこれはあたしのバイト代なんだから、あたしがどう使っても勝手じゃない。あたしは篤季にプレゼントしたいって思ったんだから。素直に受け取って。」
遙の気持ちは分かる。人に贈り物をしたときの満足感は何物にも変えがたい。
「・・・分かった。ありがとう。ホンマ嬉しい。」
そう言うと、遙はにこっと笑った。その笑顔に俺はもうメロメロ(死語)。
「そろそろ行こっか。」
遙にそう言われ、俺たちは教室に戻った。教室の戸を開けたその瞬間。
パ―――ン
なんと、またクラッカーが鳴った。
「篤季、退院おめでとー―ーーー。」
クラス全員が声をそろえる。今度は先生も一緒だ。俺は驚き入り、その場に立ち尽くした。
「篤季。何固まってんのよ。」
遙に小突かれ、我に返る。その瞬間、走馬灯のように記憶が駆け巡った。
「・・・思い出した・・・。」
「えっ?」
俺の呟きに1番に反応したのは、遙だった。俺は遙の肩を掴んだ。
「思い出した。怜哉が事件に巻き込まれて、俺らが協力して。俺は・・・俺は遙を守るために、銃で撃たれた・・・・。」
遙は俺の言葉に頷いた。
「そ・・そうだよ。篤季はあたしのこと、命がけで守ってくれたの。・・・・やっとお礼が言える。ありがとう。篤季。」
遙の目には涙が溢れていた。
「篤季・・。やっと戻ったか・・・。」
いつの間にか、怜哉が傍にいた。
「よかった。」
怜哉は俺の肩にもたれ、呟いた。俺には泣いてるように見えた。
「怜哉。ありがと。」
「お礼を言うんは、こっちの方や。ありがとう。」
俺は怜哉と抱き合った。短い間に生まれた友情や信頼関係をかみ締めながら。
「じゃあ、篤季の退院&記憶回復祝いだね!」
1人が叫び、皆が盛り上がる。
「よっしゃ。盛り上がるで。」
そして宴会が始まる。宴会と言っても1時間だけ。出し物と言っても即席の漫才やらコントやら・・・。何気ないことなのに嬉しかった。楽しかった。 1番驚いたのは、何と言っても怜哉がクラスメートとコントをしていたことだ。そんなキャラじゃないのに。俺は嬉しかった。怜哉にも友達ができたことがめちゃくちゃ嬉しかった。皆の怜哉に対する誤解は馨が解いたようだ。そして忘れられないのはコントの最後に俺にくれた怜哉の最高の笑顔だ。初めの印象とは全く違う。よく笑うようになった。
(あーあ。これでまた女子ドモが騒ぎ立てるな。)
そんなことを予感していた。

それがまさに現実となったのだが、本人は集団の女がどうやら怖いらしい。それは休み時間はおろか、放課後まで続いた。
「篤季。助けろ。」
「って言ってもね。俺の出る幕無し。そこらへんの彼女募集中なヤツらに分けてやれば?」
意地悪く言ってみる。
「くっそー。他人事やと思って。」
怜哉が拳を握る。
「だって他人事やもーん。」
「このヤロっ。」
怜哉は俺の背後から殴りかかった。
パシッ。
俺は余裕で受け止めた。
「怜哉クンよ。キミは一つ大事なことを忘れてるよ。俺は空手有段者だ。」
そう言うと、怜哉はしまったとゆう顔をした。
「そこんとこ、よーく覚えとくように。じゃね。」
俺は怜哉の手を離し、立ち去った。
「カッコつけ。」
一部始終を見てたらしい遙が呟く。
「っるせ。」
そう吐き捨てると、遙は俺の腕を組んだ。突然のことに驚く。
「・・・珍しいな。遙から腕組むなんて。」
「へへっ。何かね。自慢したくなったの。」
「自慢っすか?」
「そう自慢。篤季はあたしの彼氏なんだよって。」
そう言われると、かなり照れる。
「俺も。遙は俺の彼女なんだって、自慢したいよ。」
そう言うと遙は照れくさそうに笑った。うーん。やっぱカワイイ。(端から見ると思いっきりバカップルだろうな・・。)
「あ。そうだ。帰りに兄貴ンとこ寄っていい?」
「うん。いいけど。・・・事情徴収受けるの?」
「ああ。全部思い出したし。って言っても忘れてるところもあるかもだけど。」
「うん。きっと話してるうちに思い出すんじゃない?」
「そ、やな。」
俺たちは警察署に向かった。制服姿の俺たちを見て、奇妙に思った通行人がこっちを見ている。けど、そんなことはお構いなしだ。だって、俺たちは何もしてないんだから。
警察署には何度か入ったことがある。兄貴や親父の着替えを届けに。
「あれ?篤季クン?」
俺たちが入ると、即行で声を掛けられた。こいつは確か兄貴の部下やったな。名前は・・・。
「岡平サン?」
「そうそう。あ、待ってて。お兄さんやろ?呼んで来たるわ。」
「あ、いえ。その、俺が行きます。案内してもらえますか?」
そう言うと、岡平サンは「ついてき。」と言って歩き出した。俺と遙は彼について行った。
コンコン。
ドアをノックし入る。
「警部補。例の不正入試事件に絡んだ男子校生が来てますが。」
「ああ。入るように言って。」
「失礼します。」
「篤季?」
俺が入ると目玉が飛び出るくらい驚いている兄貴が立っていた。
「兄貴。俺、全部思い出した。」
「そうか。じゃ、とりあえずこっちに。あ、遙はそこにいて。」
俺は別室に呼び出された。兄貴と、もう1人の刑事が俺の目の前に座った。
「じゃ、とりあえず思い出したことを全部話して。」
兄貴が言う。俺は頷き、全てを話した。もちろん盗聴のことは内緒だ。
「それで全部か?」
鋭い視線が痛い。
「あ、ああ。そうだけど?」
「そうか。ありがとう。助かったよ。」
「じゃあ、そろそろ。」
「篤季。」
立ち上がろうとした瞬間、呼び止められた。
「何?」
心臓はドキドキ言ってる。まさか盗聴のことバレてんじゃ・・・。
「着替え取りに帰るから、用意しといてって言っといて。」
「分かった。」
なんだ。着替えか。驚かすなよ。
「じゃあ、帰るわ。」
「ああ。気をつけてな。」
俺は部屋を出た。

帰り道。遙に盗聴のことを聞いてみた。
「大丈夫だよ。誰も言ってないし。」
「じゃ、兄貴のハッタリか。」
「鋭いからね。祐兄ちゃん。」
「そ、昔っからな。そういやさ、一番危険な響介は?大丈夫だったんか?」
「響ちゃん?ああ、響ちゃんね。お兄ちゃんが『こいつはバカだから、事件のことをよく把握してないから、事情徴収したってムダだ』って言ったの。」
「・・・それでえんか?」
「うん。祐兄ちゃんがいたしね。」
兄貴ならすんなり響介を無視してそうだ。バカだって認めてるし。(結構失礼)
「でもよかった。篤季の記憶が戻って。」
遙がホッと胸を撫で下ろす。
「俺もほっとしてる。やっと胸のもやもやがスッキリしたってカンジ。」
「うん。笑顔もいつも通りだもん。」
「えっ?」
「だって、笑ってても何処か寂しそうだった。だから、あたしも悲しかった。一緒に心から笑える日が早く来ますようにって、お願いしてたんだ。実は。それがこんなに早く叶うとは・・・。」
遙は笑顔でそう言ったが、いつの間にかこんなに不安にさせてたんだ。
「ごめんな。心配かけて。」
俺は遙の手を繋いだ。自転車に乗ってるからかなり危ない。でもそんなことお構いなしだ。俺たちはそのまま家路に着いた。