font-size L M D S |
STAGE 5 最終決戦
翌朝。俺と遙はいつも通り教室に入る。いつもと変らない。ざわめきが、今日はなぜか妙に安心させる。「おはよー。」 「はよ。」 クラスメートと挨拶を交わし、席に着く。今日は馨と泉水が生徒会室に潜入してんだよな。辺りを見渡す。いない。まだ生徒会室にいるんだろうか。 「ねぇ。まだ馨ちゃん帰ってきてないよね。」 遙が俺に尋ねる。 「ああ。カバンもないし。」 「大丈夫かな?」 「なんで?」 「だってさ。向こうはこっちの動きに気づいてんでしょ?もしかして2人とも捕まってるってコト、ないよね。」 「・・・ダイジョブやろ。」 そうは言ったものの、俺には『嫌な予感』が増していた。とてつもなく嫌な予感が。 「篤季?どうかした?」 「ん?何でもない。」 「そ。ならいいけど。」 遙も気が気じゃないようだ。とにかく俺たちまで動いたら、向こうに気づかれてしまう。今はじっと我慢だ。馨は遅くても、S・H・Rまでには帰ってくるはずだ。時計を見る。 「あと5分。」 「何が?」 俺の呟きに反応する遙。 「あと5分でショートが始まる。」 「そ、だね。」 「それまでに帰ってくればええけど・・・。」 俺は唇を噛んだ。待つことが苦痛になる。心臓もバクバク言っている。鷹矢を待っていた時の感情に似てる。何もできずに、ただひたすら待つ。 「篤季。ホントに大丈夫かな?」 「・・・分からん。」 ここで気休めを言ったって仕方ないと思った。遙は俺の予感にきっと気づいてる。 「かと言って、あたしたちが行くワケにもいけないし・・・。」 遙が呟く。俺も同じコトを考えていた。 「とにかく待つしかないよな。」 「うん。」 俺たちはただひたすら待った。 そして5分後、S・H・Rが始まった。まだ馨は帰ってこない。 「なんだ。委員長来てないんか。じゃ、副委員。」 担任の白井が副委員長の遙に号令を求める。 ・・・馨。どうして戻ってこないんだよ。まさかホンマに捕まってしまったんか?考えられないコトではない。 ・・・いや、もしかしたら資料に夢中になっていて、帰ってこないのかもしれない。馨なら有り得る。 俺は考え直した。こういう時はポジティブに考えたほうがいい。じゃないと、暗い考えが自分を支配してしまいそうで、怖くなる。 ショートが終わっても馨は帰って来なかった。 「篤季。どうしよう。もうすぐ1時間目も始まっちゃうよ?」 遙は不安げに言った。俺もだんだん不安になってきた。 「そ、やな。とりあえずもうちょっと待ってみよう?もしかしたら資料があって、夢中になってるかもしれんし。」 「そーやね。」 「1時間目が終わっても帰って来なかったら、様子見に行ってみよ。」 俺の提案に遙は頷いた。そして1時間目が始まった。 「馨ちゃん。これ、何かな。」 「どれ?」 泉水から書類を受け取る。 「これは・・・。」 やっぱりおれの推理は当たっていた。 「泉水。証拠、見つけた。」 「これ?」 「そ。おれの推理は当たってたよ。」 「やった。すごいやん。馨ちゃん。」 「さんきゅ。・・うぐっ。」 そのとき、おれたち2人は背後から布を押し付けられた。意識が朦朧とし、その場に倒れてしまった。 「結局、帰って来なかったね。」 遙は溜息を吐いた。そうなのだ。授業が終わっても馨は帰って来なかった。 「泉水も行ってんよな。泉水のクラスにも行ってみるか?」 俺の言葉に遙が頷く。それで俺たちはまず泉水のクラスに行くことにした。 「え?泉水?まだ来てないけど・・。」 「そう。ありがと。」 遙が教室から戻ってくる。 「いないって。」 「そっか。じゃ、やっぱ 俺たちは生徒会室に向かった。俺の嫌な予感が当たってなければいいが。 生徒会室の扉は閉まっていた。もちろん鍵も。 「あれ?閉まってる。」 開けようとしたが無駄だった。 「なんで?馨ちゃんたちがいるなら開いてるはずだよね。」 遙は今にも泣き出しそうだ。俺だって泣きたいよ。何が起こってるのかさえ、分からんのやから。・・・俺はふと閃いた。 「中から鍵って掛けれる?」 「さあ?・・・哲サンなら知ってるんじゃない?」 「せやな。」 俺たちは屋上へと向かった。携帯をかけるために。生徒会室は生徒指導部の近くなのだ。 「あ、哲サン?生徒会室って中から鍵、閉めれる?」 『何をいきなり・・・。』 「いいから早く。時間ないんや。」 『他の教室と一緒で鍵は外からじゃないと閉められん。けど、それがどうかしたんか?』 「あとで説明するよ。アンガト。哲サン。じゃ。」 俺は即行で切った。 「遙。戻ろう。教室に。」 「えっ?馨ちゃんたちは?」 「もう捕まってるかもしれん。」 俺の言葉に遙は動揺が隠せなかった。俺だってこんなこと、考えたくない。けど、状況からするとそう考えざるを得ない。俺たちは立ち尽くしていた。 「どうゆうことなんやろ。向こうにはこっちの動きがバレバレってこと?」 遙が尋ねる。だが今の俺にはその言葉も耳に入ってなかった。 「篤季?」 「えっ?わりぃ。何?」 「大丈夫?顔色、悪いよ?」 「大丈夫や。」 「ならいいけど。」 大丈夫なワケない。俺のせいだ。俺が馨に話してしまったから、巻き込まれた。不信に思われても隠すべきだった。泉水にも。2人に何かあったら俺のせいだ。 『目の前で殺す。』 昨日哲サンが呟いた言葉が頭を過ぎる。 「篤季っ?」 「えっ?」 遙に腕を捕まれ、我に戻る。 「篤季。もしかして、自分のせいだとか思ってる?」 「・・・。」 当たってるだけに何も言えない。 「ダメだよ。そんな風に考えちゃ。悪いのは篤季じゃないんだから。怜哉クンにそう言ってたじゃない。」 「・・・分かってる。けど、このこと馨たちにバラしたのは俺だし・・・。」 「なら、あたしも同罪。」 「えっ?」 「馨ちゃんや泉水にバラすって言った時、あたしも同意したし、その場にいた。だから同罪。」 「は・・るか?」 いつもと違う遙に動揺する。そこにいるのはいつもの大人しい遙ではなかった。 「今、馨ちゃんたちが無事かどうか分かんない。けど、今できることやるしかないでしょ。」 「今、できるコト・・・?」 俺の呟きに遙は大きく頷いた。今できるコト・・・。 「俺、次の授業サボるわ。」 「は?」 「馨たちはまだ校内にいる気がする。だから俺、探す。」 「・・・じゃあ、あたしも。」 「遙はダメ。」 「なんで?」 「2人でサボっちゃ、余計怪しまれるやろ?それに危険過ぎる。」 「それは篤季だって・・・。」 「俺はいいの。空手があるから。」 「ヤダ。あたしも行く。」 「ヤダってダダッ子ですかい?」 「だって。それに哲サンに言われたじゃない。絶対一人になるなって。お荷物かもだけど・・。」 やっぱりいつもの遙じゃない。はっ。もしかして遙の好きな人って馨?だからこんなにも一生懸命なんか? 「・・・。分かった。遙も一緒に行こう。」 そう言うと遙は笑った。やっぱりそうなんか・・・?あかん。こんなこと考えてたら。今は2人の命がかかっているのだ。 探しにいこうと屋上の出入り口に手を掛けた。 「誰か来る。」 足音がした。俺たちはどうにかペントハウスの裏に隠れた。 「で、うまくいったのか?」 「はい。あ。それから生徒会室に忍び込んでいたのも、捕まえました。」 馨たちのことだ。俺は耳を澄ませた。話しているのは白井と教頭だ。 「まったく。油断も隙もない。で、バレたのか?」 「いえ。まだ大丈夫だと思います。」 「そーか。あのコトが外に漏れると厄介だからな。」 「はい。」 そうか。馨たちは何かを見つけたんだ。だから捕まってしまった。それにしても『あのコト』って何や? 「で。そのネズミたちは?」 「ぐっすり眠ってますよ。」 と言うことは、眠らされてるだけか。まだ生きてる可能性はあるな。 「それで?キミのクラスの萩原とかゆうヤツは?」 「まだ捕まえてません。向こうも用心してますし。何よりヤツは空手やってますからね。むやみに近づくとこっちが危ないですよ。」 「じゃあ、もう一人は?」 「水槻ですか?あれもずっと萩原にくっついてますから。手を出せません。」 なんやこいつら。遙も狙っとったんか! 「・・・。橘はどうなった?」 「学校にも来ないし、家にも帰ってないようです。」 「その萩原がかくまってるんじゃないのか?」 「その可能性も考えて家を見張らせてます。」 なんだと!俺ん家?ヤバい。怜哉は隣の遙ん家におるのに! 「よし。こうなれば時間の問題だな。」 「はい。」 2人は不気味に笑った。俺は背筋が凍るかと思った。そして何事もなかったように去って行った。 「篤季。やっぱり、馨ちゃんたち・・。」 「ああ。俺たちも狙われてんな。」 遙は頷きながら俯いてしまった。 「ダイジョブやって。さっきの聞いたやろ?俺と一緒におれば、むやみやたらに襲ってこんって。」 「そ、だね。」 「とにかく怜哉も危ない。」 「このこと、お兄ちゃんたちに知らせたほうがいんじゃない?」 「そやな。」 俺はまた携帯を取り出し、遼平の携帯にかけた。 『はい。』 「あ。俺、篤季やけど。」 『おう。どした?』 「分かったコト、報告しようと思って。」 俺はさっきの会話を伝えた。馨たちが捕まったことも。 『・・・分かった。お前らは教室に戻れ。』 「なんで?」 『今、授業中やろ?それに馨たちはきっともう校内にはいない。』 「えっ?」 『さっき教頭に報告したんやろ?それに校内に隠せる場所なんて、ないやん。』 「ある。」 『はっ?どこ?』 「生徒会室。」 『生徒会室、だと?』 「そ。あそこなら一般の生徒は立ち入らないし、いつもは鍵かかってる。」 『・・・だとしても、事件に関与してんのは3年だけなんだろ?そしたら、1年とか入ってきて見つけたらどうすんだよ。』 「そっか。」 『そーだよ。』 その時、下でエンジン音がした。下を覗く。すると白井の車が動き出していた。 「遼。今、白井の車が動いた。」 『何?じゃあ。もしかすると馨たちも乗ってるかもしれんな。』 「でも・・・どうやって・・・。」 生徒会室は3階にある。下に行くにはどうしても階段を使わなければいけない。でもその間に教室やら事務室やらがあって、誰にも見られずに馨たちを運ぶのは不可能だ。 「遼、近くにおるんやろ?」 『ああ。』 「じゃあ、追ってくれ。」 『了解。』 「あ。怜哉は?」 『ここにおるけど?』 「そっか。あ、そーだ。今は家に帰んなよ。」 『どうゆうこと?』 「俺ん家、見張られてんだよ。だから遙ん家もヤバいだろ?」 『分かった。あ、哲には俺から電話しとく。あ、それからな。昨日の泉水の持ってきた写真、どうやら当たってたらしいで。』 「え?それホンマ?」 『おう。怜哉が確認して、こいつやって。哲の話だと、そいつは生徒会の3年生や。』 「そっか。やっぱり生徒会が絡んでたんや。」 『でもま、今動くとしたら、教師の方やろうな。生徒は授業受けなあかんし。』 「まーな。分かった。また何か分かったら連絡して。俺もすっから。」 『OK。じゃ、気をつけろよ。お前も。』 そう言って電話は切れた。 「篤季・・・。」 「大丈夫だって。それより、あの車にホンマに馨たちが乗ってるって思う?」 「さっきの?」 「うん。」 「ムリじゃない?どう考えても。絶対誰かに見られるんじゃないかな?」 「やな。」 じゃあ、やっぱり馨たちは校内のどこかにおるってことか? 「校内にいるかもしれないってこと?」 遙が問う。 「多分。」 けど、どこに隠すってんだ?2人もの人間を。 「隠せる場所ってある?」 遙に訊いてみる。 「うーん。どうだろ。生徒会室・・・はヤバいか・・。」 そう言えばその隣に格好の隠し場所が。 「あっ。その隣の準備室は?」 「資料室みたいなとこ?」 「うん。そこならあんま近づかんのちゃう?」 「そっか。どうせ一時的に置いとくんだし。」 「行ってみるか?」 「うん。」 俺たちはなるべく目立たぬように歩いた。授業中やしね。いちお。 生徒会室は相変わらず鍵が掛かっている。そして資料室。これもまた鍵が掛かっている。俺は脱力感から座り込んだ。 「何してる?」 イキナリ声を掛けられ、俺の心臓は一瞬止まった。相手は生徒指導部の先生だった。 「あ・・えっと。」 遙がどもる。 「俺、気分悪くなっちゃって。保健室に行く途中なんスけど、また吐き気がして・・。」 俺は演技した。ごまかせるか? 「キミは付き添い?」 教師の言葉に頷く遙。 「そーか。で、大丈夫か?」 「はい。なんとか。」 ゆっくり立ち上がる。 「キミも早く授業に戻りなさい。」 「はい。」 遙にそう言うと、教師は奥の教室に入っていった。 「危なかったぁ。」 俺は溜息を吐いた。また座り込む。遙も一緒にしゃがんだ。 「ごめん。何も言えなくて・・・。」 「ええって。別に疑ってたワケちゃうし。」 「そ、だね。」 「それよりここ、どうやって開けるかやな。」 「でも授業中はヤバくない?」 「休み時間やって一緒やろ。」 「そ、だけどさ。怪しまれるじゃない。授業サボってるし。」 「まーな。いっぺん屋上戻るか?」 俺の提案に遙は頷いた。それで俺たちは屋上に戻った。さっき隠れた場所に座る。 「あの部屋。どうやって開けるか。」 「鍵借りたら早いけど。借りたら逆に怪しまれるし。」 「鍵師の馨が捕まってんじゃ、どうにもならんしな。」 「どうしよ。居場所さえ分かればいんやけど。」 そう。居場所。・・・。そうか。 「手はある。」 「えっ。」 「2人とも携帯持ってたよな。」 「うん。・・・あ、そっか。電話掛ければいんだ。」 「そゆこと。一か八かやけど。」 「どして?」 「もしかしたら携帯盗られてるかもしれんやん。それに薬嗅がされてるんやったら、起きるかどうかも分からんし。」 「そっか。」 「とりあえず馨に掛けてみる。」 俺は携帯を取り出し、馨にかけた。コール音が鳴る。鳴る度に緊張が走る。出てくれ。そう願うしかない。しばらく掛けたが、馨は出なかった。仕方なく切る。 「どうしたらいんだろ。全然分かんない。」 遙は泣きそうだった。同感。俺もどうしてえんか分からへん。 「大丈夫だよ。遙。2人とも無事に帰ってくるよ。」 そう思いたい。これは自分に言い聞かせる言葉。 「うん。そうだね。ここで弱音吐いたって仕方ないもんね。」 「遙。・・・強くなったな。」 「・・強くなんかないよ。ホントはすごく逃げたい。けど、片足突っ込んじゃった以上後には退けない。」 「・・・。」 数年前の遙はきっとこんな風に言わなかった。逃げたいがために命まで落とそうとした。そこまで追い詰められていたコトに気づけなかった自分が恥ずかしかった。 誰よりも近くにいたのに。支えになれなかった。それだけが悔やまれる。 「それにね。今は篤季がいるから強くなれるんだと思う。」 「へっ?俺?」 「うん。」 遙は笑顔で返事した。俺はイキナリのことで驚いた。 「だって、篤季はいつでも守ってくれてるし。あのとき、篤季がいてくれたのに、あたしは周りを見ようとしなかった。だからあんなバカなコトした。結局篤季に助けられたけど。・・・あのときのことは感謝してる。感謝してもしきれないくらい。」 俺は横に首を振った。 「俺、感謝されるようなことしてへん。俺は誰よりも遙の傍にいたのに、遙のコト気づいてやれんかった。支えになれんかった。」 「そんなことない。今だって十分支えになってるよ。それに、あたしのコト守ってくれるって言ったじゃない。それだけでも嬉しかったんだよ?」 遙のその言葉に救われた。ああ。やっぱ遙の笑顔には敵わんな。 「さんきゅ。」 胸の携帯が鳴ってる。バイブ機能にしてあったため、その振動で目が覚める。目を開ける。薄暗い。ここは?辺りを見渡す。どこかの資料室のようだ。 なんか肩が重い。ふと目を移すと、おれの方に泉水が寄りかかっていた。・・・そうか。おれたち見つかったんだ。後ろから襲われて。ご丁寧にも両手両足縛られている。 動けんやないか。しかも後ろで縛られてるし・・。どうすっかな・・。 「おい。泉水。起きろ。」 「うーん。」 「起きろって。」 おれは肩を揺らした。 「ん・・。あれ?馨ちゃん。おはよ。」 「こんなときに寝ぼけんな。」 「あれ?ここどこ?」 「さーな。泉水、手、出せ。」 「ん?ちょっと何これ。」 泉水も両手両足縛られていた。 「背中合わせんなって。おれが泉水の縄解くから。」 「分かった。」 おれたちは背中合わせになり、おれは泉水の縄を解いていた。 「馨ちゃん。」 「ん?」 「昨日、哲サンが言ったコト、当たると思う?」 「何が?」 「うちらが殺されるってヤツ。」 「・・・さーな。」 「こんなあっさり捕まるなんて。バカやね。」 「そうやな。」 「遙たち、心配してるかな?」 「そりゃあ、してんちゃうか?」 「どうなるんやろうね。うちら。」 「さーな。それよりここから早く抜け出さんことにはどうにもならんしな。」 おれはどうにか泉水の縄を解いた。 「泉水。おれのも解いて。」 泉水はおれの縄を解いた。 「泉水、ここどこだと思う?」 「そうやね。資料室?学校の。」 「だな。」 「馨ちゃん。解けない・・。」 「そこらへんにおれの鞄ない?」 「うーんと。あ。あった。」 「取って。」 泉水は入り口に置かれている鞄を取るため匍匐前進した。まだ足の縄をといてないから。いや・・先に足の縄解けよ、とつっこむべきか・・? 「はい。」 「・・・さんきゅ。そん中にナイフあるから、それで切って。」 「分かった。」 泉水は鞄をあさり、ナイフを取り出す。おれの縄を解き、自分の足の縄も解く。おれは鞄からハンカチを取り出し、泉水に渡した。 「何?」 「お前。顔真っ黒。」 匍匐前進のおかげであちこち汚れているのだ。 「・・・ありがと。」 泉水はハンカチを素直に受け取り、顔を拭いた。その間おれは辺りを見回した。どうせ入り口のドアは閉まっている。窓がない。というより、物陰に隠れてしまっている。本棚やらダンボールやら。 「馨ちゃん?何してんの?」 「んー。散策。」 ここがどの資料室かにもよる。抜け出し方にもイロイロあるし。・・・そういや・・。 おれは胸の内ポケットに入れている携帯を取り出した。不在着信が入っている。篤季からだ。 「どうかした?」 「ああ。篤季から不在着信入ってる。」 「電話かけてみたら?」 「そりゃヤバいだろ。」 「なんで?」 「時間的に授業中やし。メール送ってみる。」 おれは得意の早打ちでメールを送った。早く見てくれることを祈る。 「泉水。ここって生徒会の準備室ちゃう?」 「うーん。そういやそうかも。ちょっと待って。」 泉水はそう言うと辺りの書類を見た。 「うん。そうみたい。」 「思った通り。」 それなら窓からは出られない。なんてったって3階だし。 「これって生徒会室に繋がってる?」 「うん。あそこのドアから。」 泉水は1つのドアを指差した。生徒会室に行き、証拠を持ってそのまま逃げる。カンペキ。 「泉水、誰か来たら言えよ。」 「うん。」 泉水は見張りを、おれは鍵を開ける準備をした。 「あ。」 「何?」 いきなり叫んだので遙が驚いている。 「メールだ。」 俺は携帯を取り出した。馨からだった。 「『おれたちは無事だけど、どこかに監禁されている。分かるのはどこかの資料室だとゆうこと。恐らく生徒会室の隣の部屋。生徒会室に重要な証拠発見。おれの推理は正しかった。これから脱出を試みる。』」 俺は馨からのメールを読み上げた。 「じゃあ、二人とも無事なのね。よかった。」 遙が胸を撫で下ろす。 「これ、遼平のに転送しとく。」 俺は馨のメールを遼平に転送した。 「でもさ。お兄ちゃんたちが追ってる車って何だろ?」 「せやな。」 あれは確かに白井の車やった。馨たちは校内にいる。 「誰かに会うため・・・?」 「誰かって?」 俺の呟きに遙が即行ツッコむ。 「分からんけど。」 「じゃあさ。馨ちゃんたちが見つけた証拠って何だろ?」 「証拠か。推理が正しかったってんだから、それに関係あるコト、やんな。」 「生徒会室にあったんだから・・・。」 「不正入試・・・。」 俺は昨日の馨の言葉を呟いた。 「そうかも。」 遙も同意する。その時、またメールが入ってきた。開けてみる。今度は遼平からだ。 「『証拠ってなんだ?不正入試のコトか?それと、俺たちが追っていた車は例の倉庫に来ている。よく分からないが、何かの取引の現場みたいだ。』」 「取引?」 「なんやろ。金の受け渡しとか?」 「さあ?」 俺は遼平にメールを送り返した。もう少し情報が欲しい。闇雲に動きまくっても、先生に叱られるだけやし。情報と言えば、昨日会議室の隣の準備室で見たあの紙は何だったんだ? 今度は鷹矢にメールを送った。きっと今ごろパソコンの前に張り付けんなってるやろう。譲が。だから鷹矢に送ったのだ。 「そういや馨ちゃんたち、脱出成功したかな?」 「馨がおるんやし、ダイジョブちゃう?」 「そうだね。でも、ここに来てもらった方がいんじゃない?」 「そやな。」 俺は馨にメールを送った。 胸で携帯が振動している。取り出す。篤季からのメールだ。 「『俺たちはその上の屋上にいる。』」 「は?」 おれがイキナリ呟いたので泉水が驚いている。 「篤季たちや。」 「ああ。じゃあ、授業サボったんかな?」 「多分。」 カチャ。 ちょうど生徒会室への扉の鍵が開いた。おれは慎重にドアを開けた。どうやら誰もいないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。 「泉水。」 おれたちは生徒会室に移った。静かにドアを閉める。おれたちが広げていた資料はきちんと片付けられていた。ヤバイな。あの資料、持って行かれたかもしれん。 「泉水。さっきの資料、探して。」 「分かった。」 一度、金庫を開けているので、今度は簡単に開いた。中にはきちんと書類が入っていた。問題はあの書類があるかどうかだ。 「ないね。」 しばらく探したが、見つからなかった。ふと金庫に目を移す。あれ?なんかここおかしい。 「馨ちゃん?」 泉水が不信がっているのが分かったが、それも無視して金庫に手を伸ばす。 ガコン。 なんと、まだ奥があった。板が外れ、中から書類が顔を出した。 「何それ。」 泉水が驚愕している。そんなことはお構いなしだ。おれはその奥にしまわれていた書類を手にとる。 「これや。」 さっき見てたヤツ発見。さっそく親父発明の小型スキャナで読み込む。その資料と一緒に入ってたのも。 「よし。しまって。」 おれたちは急いでそれを片付けた。しかし背後の気配に気づかなかった。おれたちは後ろからまた布を押し付けられ、床に突っ伏した。 「おせーな。馨たち。」 「待つのは、長く感じるモンだよ。」 うん。分かってる。分かってるからこそ、何もできない自分が腹立たしい。 「篤季。大丈夫だって。いつも篤季が言ってるじゃない。」 遙は笑顔だった。だけどどこか不安そうだ。そう、遙だって同じ気持ちなんだ。 「せやな。わりぃ。俺、二人を信じるよ。」 そう言うと、遙は微笑んだ。そのとき、階段を駆け上がって来る足音が聞こえた。俺たちはとりあえず身を潜めていた。 屋上に上がってきたのは馨たちではなかった。 「探せ。必ずどこかにいるはずだ。」 その声は白井だった。あれ?白井は車でどっか行ったはずじゃ・・?どうゆうことだ?俺たちの存在がバレてんのか?2人ほどの教師が何かを探してる。 俺たちか?その中の1人が白井に何かぼそぼそ言っている。 「なるほど。こんなとこで授業サボってるとはね。」 白井はいつの間にか俺たちの前にいた。心臓が一瞬止まった。 「キミたち、いくら待ってもあの2人は来ないよ。」 「なんのことや?」 その言葉に反応した俺は冷静さを失っていた。 「それは君が良く知っているだろ?」 「てっめー。」 「教師に対して、そんな言葉遣いしてもいいのか?」 「ぐっ。」 「それに、校内では携帯電話禁止だ。」 そう言うと白井は俺のズボンのポケットから携帯を取り上げた。 「・・・馨たちはどうした?」 「どうって。安心しろ。無事だ。今は眠ってもらってるよ。もっとも、脱走なんてバカなことを考えてなければの話だが?」 白井は俺をチラッと見た。メール、読まれたんや。だから俺たちの居場所がバレた。しばらくの沈黙の後、白井が口を開いた。 「取引をしないか?」 「取引?」 「そう。橘怜哉を大人しく我々に渡せば、キミたちには一切手を出さない。どうだ?いい条件だろ?」 「怜哉を・・どうする気や?」 「それは教えられない。」 「殺すのか?」 そう訊いた時、一瞬白井は図星をつかれた顔をした。 「さあ?橘を欲しがってるのは、私たちではないからね。」 「?どうゆうことだ?」 「さあ。キミたちは知る必要もない。命が惜しくば、大人しく橘を渡しなさい。」 「イヤだね。怜哉は俺の大事な友達や。誰にも渡さへん。」 「仕方ない。では、キミたちにも来てもらおうか。」 2人の教師は俺たちを拘束し、連れ出した。 俺たちはワゴン車の後ろに乗せられていた。サードシートなので、逃げられない。トランクは開かんやろうし。 「篤季。」 遙が小声で話し掛けてくる。 「何?」 「あのさ。お兄ちゃんたちに知らせたほうがいんじゃない?」 「せやな。でもどうやって?」 そう言うと、遙は無言で自分の携帯を取り出した。あ、そうか。遙のは取られてなかったんや。遙は無言でメールを打ち出した。 救いだったのは、俺たちは縄で縛られなかったことだ。そうこうしてるうちに、車が停まった。 「降りろ。」 何とかメールを送り終え、俺たちは車を降りた。 「こっち来い。」 俺たちはあの倉庫に連れて来られてた。 「どうなるんだろ。あたしたち。」 遙が呟く。分からない。俺は頭を振った。 「分からん。けど、遼たちが絶対助けに来てくれる。」 「そう・・・だよね。」 俺たちは倉庫の奥に連れてこられた。 「そこにおれ。」 俺たちは倉庫の床に座らされた。 「そこで大人しくしてたら、お前たちのトモダチに逢わせてやろう。」 そう言うと、白井はどこかに消えていった。しかし他の教師が見張っている。 「・・・なあ、聞きたいんやけど。」 俺がそう言うと、教師はこっちを見た。だが返事はしない。俺は続けた。 「あんたらは何が狙いなんや?橘がどう関係あんねん?」 「お前たちには関係ない。」 そう言うと教師はまたあらぬ方向に向いた。反応がおかしい。こいつ、気が弱いので有名なのに、すごく冷たく鋭い目をした。 「おらっ、入れ。」 その時白井と共に馨たちが入ってきた。 「馨っ。」 俺は思わず叫んだ。 「えっ?篤季?遙も。」 「いいか。お前ら。ここでじっとしとけよ。逃げようなんて考えたら命はないと思え。」 そう言うと白井たちは倉庫を出て行った。そっか。教師だから、学校に戻らなあかんねや。 「で?なんで篤季たちまで捕まってんや?」 「馨に送ったメール、あいつらに読まれて居場所がバレた。」 「ごめん。削除しとくべきやったな。」 「ええよ。それより、どうするかやな。このまま大人しく待つか、逃げるか。」 「ねえ。」 不意に遙が話題に入る。 「ん?何?」 「このままいたほうがいんじゃない?」 意外な提案に一瞬言葉を失う。 「なんで?」 「だってさ。どっちにしたって片は付けなきゃいけないんだし・・・。」 「そうだね。遙の言う通り。」 馨が頷く。 「って言っても俺たちじゃどうしようもねーべ。」 「だから。お兄ちゃんたちに動いてもらうんじゃない。」 遙がニカっと笑った。 「動くって?」 泉水が問う。 「情報を集めるの。」 「ってどうやって?おれの携帯取られちゃってるし。」 「あ。うちも。」 「あたしのがあるって。」 遙は自分の携帯を胸の内ポケットから取り出した。 「で?まずどうすんだ?」 俺は興味津々だった。遙のことだ。何か思いついたに違いない。 「そうだね。哲サンのパソコンにメール送ってみる。」 そう言うと遙はメールを打ち出した。まず、俺たちが何処にいて、どうしてるか。今の状況を送った。そして返事が来る。 「『今は待機中。何かできることがあれば何でもどうぞ。』」 「OK。画面を見てるってコトやんね。」 馨はそう言うと自分のバックを開けた。 「あー。やっぱりナイフとかは取られてら。」 「お前。ナイフ持ってんのか?」 呆れて物が言えない。この比較的平和な日本でそんなもんが必要か? 「うん。ジャックナイフね。結構ちっちゃいヤツ。便利なんよな。これが。」 「馨ちゃん。それ、うちが持ってた。」 泉水がポケットから取り出す。 「あ。そっか。縄、切ったんだっけ。」 「そう。」 「まあ。それは置いといて。」 「置いとくんかい!」 思わずツッコんでしまう。 「えーっと。あ、あった。」 馨は俺の言葉を無視し、弁当箱を取り出した。 「なんや?それ。弁当食うんか?」 「ちゃうって。これは・・パソコンなんや。こう見えても。」 馨はそう言いながら、するすると巻いていたハンカチを除ける。その下には一見弁当箱のような小型パソコンがあった。 「これ、親父に頼んで作ってもらったの。」 嬉しそうに説明する。 「で?どうすんの?」 遙が本題に入る。 「ああ。これで哲サンとこのパソコンからデータ送ってもらう。」 そう言いながら馨はキーボードを打ち出した。どうやらメールを送ったようだ。即座に返事が来る。 「よし。データが来た。」 俺は横から画面を覗いていたがさっぱ分からん。やっぱこうゆうんは馨にお任せやな。 「これを解読し、警察にデータを送信する。これであいつらも終わりや。」 おれたちは全てのデータが送られてくるのを待った。 とりあえず哲サン家に戻って来たオレは信じられないコトを告げられた。 「えっ?篤季たちが捕まった?」 「ああ。まだ無事だ。」 「まだって・・。篤季たちはどこにいるんっスか?」 オレは遼平サンに飛びかかった。 「倉庫だ。あの。でも、今お前が行ってもムダや。」 「どうゆうことっスか?」 「あいつらは自分らで片付けよう思てんねん。お前が行った所で追い返されるのがオチや。」 「そんな。元はと言えば、オレが巻き込まれたのに。俺のせいで篤季たちまで、とばっちり受けるなんて。オレが片付けるべきなのに・・・。」 「じゃあ。片、付けてもらおうか。」 そう言うと遼平サンが笑った。なんか嫌な予感・・・。 「うし。データは揃った。」 しばらくして馨は俺たちを見渡した。 「哲サンたちもどうやら情報集めてたみたいや。」 そう言いながらディスプレイを俺たちに見せた。文章を個々に読んでいく。ある箇所に目が止まる。 「まさか・・・・。」 そう言ったのは遙だった。俺だって信じられない。まさか・・である。 「これ、ホンマ?」 泉水がおそるおそる訊ねる。馨が無言で頷く。泉水は声を失った。俺にも泉水の気持ちは分かる。こんなのってない。一番信頼できる人物でなければならないのに・・・。馨の推理はやはり正しかった。 そのとき、おかしな電子音が鳴る。 「あ。メールだ。」 おい!どんな着メロだ!明らかにおかしいで。それは。馨はそんなことお構いなしにメールを開ける。 「『今、怜哉が記憶取り戻し中。段々思い出してきた模様。情報は追って報告する。』」 「じゃあ。怜哉クンは哲サン家にいるってこと?」 泉水が訊く。 「ああ。俺んとこ、見張られてるから哲サン家にいろって遼に伝えたけんな。」 「そうなんや。とりあえずは安全だね。」 「まーな。」 「記憶ってさ、退学んなる前の?」 遙の問いに頷く。 「そうじゃない?」 「じゃあ、証人もいるってコトやね。」 馨はキーボードを打ちながら確認するように言う。 「何やってん?馨。」 「警察のホームページに乱入中。」 「乱入って・・。」 「だってさ、これ一刻を争うんやで?」 「そりゃ。そうやけど・・・。」 とにかくここは馨に任せることにした。 「でも一つ問題がある。」 やはりキーボードを打ちながら馨が言う。 「何?」 「これ、警察が信用するかどうか。」 「どうゆうことや?」 「イタズラだって思われるかもしれん。この手の嘘は多いし。」 「そっか。なら、俺の名前使え。」 「なんで?」 「俺はこれでも警官の息子やで。大丈夫。俺の兄貴やっておるし。」 「じゃあ、篤季の親父サンか兄貴に当てて送ったらええねんな。」 「ああ。」 「それでも信用してくれんかったら?」 遙が心配そうに言う。 「でもこれしか方法ないし・・。」 「とにかくやってみるしかないんやって。」 馨がエンターキーを押した。送信中の文字が出る。 「時間、かかるかもしれんな。」 馨が唇を噛んだ。うん。それは分かってる。でも待つしかないやん。 「大丈夫だよ。先生たちが帰って来んのは夕方やと思う。」 遙が確信をこめて言う。そっか。仕事があるもんな。 「でもその前にあの謎の組織の連中が来るんじゃ・・・。」 「その通り。」 泉水の声を遮り、中年男の声がした。振り返ると入り口に立っている。後ろにもかなりの人数がいる。馨は急いでパソコンを隠す。 「キミたちは勇気があるね。逃げようと思えば逃げられたのに・・。」 男は薄笑いを浮かべた。 「俺らは片を付けたいだけや。」 俺は思わず立ち上がった。続いて馨以外の皆も。 「ほう。なるほどね。」 「お前らは何者や。」 「キミたちに教える義務はない。」 「あたしたちには聞く権利がある。」 遙の反撃。意外な反撃に俺が驚く。 「でも、教える必要はない。」 男は気味の悪い笑みを浮かべた。 「じゃあ、なんで橘怜哉を狙うんや?」 俺は話題を変えてみた。 「いいでしょう・・。教えてあげましょう。理由は簡単。我々の秘密を知られてしまったからですよ。」 「秘密?」 「そう秘密です。キミたちも死にたくなかったら、これ以上変に勘ぐるのはやめなさい。」 「ヤだね!」 俺は言葉を吐き捨てた。これで時間を稼ぐしかない。でも俺はただ感情に任せていただけかもしれない。 「なんだと?」 男の顔つきが変わった。 「俺は真実から目を逸らすわけにはいかん。関わってしまった以上、真実を知りたい。」 「甘いな。世の中全てが真実とは限らん。」 「ああ。十分解ってるつもりや。だからこそ俺は、俺ぐらいは真実を知りたいし、言いたい。」 「それが甘いと言ってるんだ。そんなんで世の中渡っていけると思ったら大間違いだ。」 男は言葉を吐き捨てた。 「あんたは可哀相な人なんやな。」 「何がだ!」 「だってあんたは周りの人や世の中に裏切られてきたんやろ?」 「何を言うかと思えば・・。」 「そうなんやろ?だから自分しか信じるモノがなくて、自分も他の人を裏切って生きてるんや。信じる人がいないなんてかわいそすぎるわ。」 「うるさいっ。この世の中、賢く生きなきゃ生きてけないんだ!高校生の若造に何が分かるってんだ。」 「確かに俺らはオッサンの半分しか生きてないよ?けど、大事なモンが何かってのは分かってる。」 「それが甘いんだ。人は信用するに値しない。例えそれが自分でも。」 男の声は震えていた。自分さえも信じられなくなるなんて俺には考えられない。例えそうなったとしても、俺の周りには俺を信じてくれるヤツらがいる。だから俺も皆を信じられるんだ。 「さて。前置きはこれぐらいにして、そろそろ本題に入ろうか。キミたちはどこまで知ってるんだ?正直に言えば命は助けてあげましょう。」 「嘘や。おれらがしゃべったらしゃべったで、殺すつもりやで。」 資料を送り終わった馨が小声で呟く。横にいた俺は頷いた。 「死ぬか、生きるか。どうしたいです?」 男は沈黙している俺たちに問い掛けた。思わず生唾を飲み込む。 「さあ。どうします?」 そう言われたって、生きたいに決まってる。だけどこの場合、俺たちは不利だ。 「先生を呼んでください。そしたら全て話します。」 「馨っ。」 「いいから。」 俺が止めに入ると、馨が微笑んだ。何か考えでもあんのか? 「分かりました。誰を呼びます?」 「おれらの担任、白井先生を。」 「分かった。おい、呼んでこい。」 男は近くにいた手下に命じた。命じられた手下は走って行った。 沈黙が流れる。馨は何も言わない。訊くワケにもいかない。馨は男をじっと見つめていた。そして男も。馨のあの微笑は何を意味するのか、俺にはさっぱり分からなかった。 「えっ?まさか・・・。」 遼平サンたちは言葉を失っていた。オレは記憶を取り戻した。その一部始終を皆に説明した。そのとき、遼平サンの携帯が鳴った。 「メール・・・。遙からや!」 「読んで!」 鷹矢サンが催促する。 「『緊急事態!今あの謎の組織と接触中。殺されるかもしれない。助け求む。』」 「なんやて?」 いつも穏やかな哲サンの顔が強張る。 「かなりヤバめ?」 響介サンも顔が引きつっている。譲サンだけがパソコン画面にへばり付いている。 「どうするよ。俺たちが行ったって仕方ねーし。」 遼平サンは頭を掻いた。そのとき、遼平サンの携帯の着信音が鳴る。 「うわぉ。バビった。・・・ん?祐貴からやん。・・はい?」 『遼平?』 「うん。どうかした?」 『篤季は?今、どこだ?』 「どこって?」 『携帯にかけても繋がらんし。今な、警察のホームページにメールが来たんや。篤季の名前でな。』 「はい?」 『身の危険が迫ってるから助けてくれって。何か事件に巻き込まれたんか?』 「あ、まあ。」 『やっぱり。で、篤季たちはどこだ?』 「あのさ。そのメールに何て書いてあった?」 『何かのデータみたいなんがいっぱい。詳しくは見てない。』 「それ。大事な証拠やけん。消去すんなよ。篤季は哲ン家の近くの港の倉庫や。」 『今から行く。そこで落ち合おう。』 「分かった。」 そう言って電話を切った。譲サンがうずうずしてる。 「なんやって?」 「ああ。どうやら篤季たち、警察に応援頼んでたらしい。その確認の電話。」 「じゃあ・・・。」 「ああ。俺たちも行くで。」 「どうすんだよ。馨。」 俺は我慢できず、馨に耳打ちした。 「大丈夫。おれに任せて。」 「って言われても・・。」 その自信は一体何処から来るんですか?妙に自信たっぷりに言われると、逆に不安だ。 「連れて来ました。」 白井と呼びに行った手下が戻ってきた。まだ仕事中ちゃうんかい!とツッコみたくなる。 「白井クン、キミに話すって。」 男は白井を呼び入れた。白井は無言だった。 「さあ、正直に話すんだ。」 「いいですよ。はっきり言うと、おれたちはあなたたちが何者なのか、全く知りません。おれたちが知ってるのは、白井先生と教頭が何かを企んでるってコトだけです。そして、生徒会の3年生が関係しているかもしれないってコト。これは飽くまでおれたちの推測ですけど・・・。」 おいおい。ほとんどバラしてんじゃんか。ヤバくねーか?馨は白井を見ていた。俺もつられて見る。図星だったのか、白井は俯き、唇が震えていた。 「本当にそれだけか?」 男が尋ねる。 「はい。こんなところで嘘吐いたって仕方ないでしょう?」 馨があっけらかんと言う。かなりの度胸の持ち主だ。感心してしまう。 「よかろう。今回は見逃がしてやる。だが、これ以上深入りすると、今度こそ命はないぞ。」 男が念を押す。 「帰れるって。」 馨が笑顔になる。俺たちは入り口に向かい、歩き出した。そして白井とすれ違う。 「動くな。」 俺の後頭部に冷たさが走る。拳銃・・・。見えないが、それしか考えられない。 「篤季!」 遙が白井の後ろから叫ぶ。白井は動揺したのか、隙ができた。俺は下にしゃがみ、白井の拳銃から逃れる。そして座ったまま、白井に蹴りを入れる。その拍子に白井が転ぶ。 「動くな。」 今度は男が俺に拳銃を向けた。一瞬固まる。まるで映画のワンシーンのようなコトを自分が経験するなんて思わんかった。俺の頭は真っ白になったまま、動かなくなった。目の前に起きているコトが何なのかさえ分からくなった。呼吸をするのがやっとだった。 「さっき、キミは俺のコトを可哀相だと言ったね。この世で何が一番悲しいか、思い知らせてやろう。」 そう言いながら銃口を遙に向ける。 「やめろ!」 俺は遙の前に走った。男は引き金を引く。守らなあかん。遙は俺が守るって決めたんや。無我夢中だった。守らな・・・。 放たれた銃弾は俺の腹部に入った。痛みさえ感じない。痛すぎて麻痺したみたいだ。 「篤季!」 倒れる俺を遙が抱きとめた。遙は俺を抱えたままそのまま座り込む。意識が朦朧とする。 「は・・る・・か・・・?」 「篤季!大丈夫?しっかりして!」 「だ・・じょ・・か?」 言いたいことさえきちんと声にならない。目までかすむ。 「あたしは大丈夫。篤季が守ってくれたから。・・・・ダメだよ?死んだらダメだかんね。」 遙はそう言うと俺を抱きしめてくれた。温かい腕に抱かれ、俺はそのまま意識を失ってしまった。 なんてことだ。篤季が撃たれた。おれたちは入り口で立ち尽くしていた。遙たちを助けなきゃ。けど、足がすくんで動けない。男はまた遙に銃口を向けた。 「なんと愚かな。大丈夫だよ。すぐにキミも送ってあげるから。」 遙はキッと男を睨んだ。ヤバい。マジで。けど、動けない。その時おれの横からすっと人が出て行った。 「えっ?」 あの人は・・・。 「さよなら。お嬢ちゃん。」 「手を上げろ。銃刀法違反並びに殺人未遂の現行犯で逮捕する。」 男の後頭部に銃を押し付けている人物は紛れもなく・・・。 「祐兄!」 そう篤季の一番上の兄貴だ。遙が叫んだ通り。 「・・・ははっ。みっともない終わり方だ。」 男は自嘲するように笑い、拳銃を落とし、手をゆっくり上げた。他の者たちはというと、あっさり警察に捕まっていた。いつの間に・・・という疑問を抱いていると、哲サンたちがやってきた。 「皆、無事か?」 「・・・それが・・・。」 おれは倉庫の中を見た。哲サンたちも同じように見る。 「篤季・・・。」 信じられない、という声だった。遼平サンが駆け寄る。 「遙。どうゆうことや?」 顔を上げた遙は泣いていた。 「篤季・・あたしを・・助けようとして・・・それで・・・。」 「くそっ!」 遼サンは床を殴った。おれたちも同じ気持ちだ。悔しすぎて言葉が出ない。 「遼平。救急車、来た。」 後ろから声をかけたのは祐貴サンだった。 「祐・・。」 「お前が悔しがったって仕方ないだろう?」 「そっだけど・・・。」 「とにかく、何があったのか、全部話してもらうからな。」 祐貴サンの目は明らかに怒っていた。 オレは頭が真っ白になった。目の前には腹部を真っ赤に染めた篤季がいた。声も出なかった。オレのせいだ。後悔と悔しさがうずまく。 何が一体どうなってるのか、分からなかった。遙ちゃんが泣いている。なんで篤季が? 『大丈夫だって。俺には空手があるんやし。』 『お前が気にすることないって。俺が勝手にやってんねんから。』 篤季の言葉が頭を駆け巡る。救急車で運ばれてゆく篤季をオレは見守るコトしかできなかった。 |