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STAGE 4 情報屋加入
翌朝。俺たちはいつもより早く学校に来ていた。盗聴器を仕掛け直すためだ。どこにこんなことをするために朝早く学校に来る高校生がいるだろう?いや、ここにいるけど・・・。
「なぁ。遙。」
「ん?」
入り口で見張りをしている遙に問う。
「これって、犯罪、やんな?」
「多分ね。」
あっさりとした答えが返ってくる。多分って・・・。
「馨。これって犯罪やな?」
同じ質問を盗聴器を持っている馨に尋ねる。
「そうなんちゃう?」
おいおい。分かってんならすんなよ。
「あのね、篤季。確かにこれはやっちゃいけないことかもしれないけど、向こうはもっとやっちゃいけないことしてるかもしれんのよ?」
「遙の言う通り。」
馨が賛同する。賛同すんなっ。でもこれはさすがにヤバいやろ。哲サンを始めとするこいつらには良心の欠片もないのだろうか?
「ない。」
馨に即答され、俺はずっこけそうになった。いつの間に心まで読めるようになったんや?
「篤季、昨日仕掛けた盗聴器は?」
「ああ。確か柱の方に・・・。」
「あ。あった。」
そう、馨は昨日仕掛けた盗聴器を探していたのだ。遼平が分かりづらいトコに仕掛けたため、馨は発見できなかったのだ。
「んじゃ、俺、こっち見てくるわ。」
俺は隣の教室を指差した。そう、昨日哲サンに言われたことを実行するためだ。あー。何か俺、染まってきてるかも。
「あ、篤季。これ。」
遙はそう言って手袋を差し出した。
「手袋?」
「うん。もし警察沙汰んなっても、篤季が疑われないようにね。」
遙はそう言って笑った。まったく、よく気が利く。
「さんきゅ。」
俺は手袋を受け取り、部屋に入った。準備室の中は薄暗かった。窓際にまで本棚が取り付けられ、あまり採光ができない状態だった。 この部屋もあまり使われてないらしく、埃が溜まっている。俺は室内を見渡した。そしてふと、ある机の上の紙に目が止まった。 他のところは埃だらけなのに、ここだけあまりない。机の上の紙を取り上げる。
「なんじゃこりゃ。」
その紙には名前が羅列してあり、その横には走り書きのようにワケが分からない数字が書いてあった。担任の白井の名前を始め、数人の教師の名前だった。 俺はとりあえず馨に借りた小型の携帯スキャナで読み取り、紙を元通りに置いた。そして、ざっと室内を調べてみたが、これと言って何もなかった。俺は部屋を出た。
「篤季。何かあった?」
遙が問う。
「ああ。何かのリストみたいなんがな。スキャナで読み取ったから、今ごろ哲サン家のパソコンにでも行ってんちゃう?」
「そっか。」
「こんなとこで何やってんの?」
「うわぉ。」
イキナリ後ろから声を掛けられ、驚く。
「泉水?何やってんの?」
「こっちの台詞だって。寝坊スケの篤季までいるし。」
泉水は俺を睨んだ。
「泉水。朝からウルサイ。」
馨がウンザリしたように出てくる。もう仕掛け終わったようだ。
「馨ちゃんまで。3人で何やってんの?うちに内緒で。」
俺ら3人は沈黙した。こいつに話したら全てがパーだ。
「泉水には内緒。」
馨が一言。
「ひっどーい。うちだけ仲間外れぇー。」
泉水が叫ぶ。はっきり言ってウルサイ。
「耳元で叫ぶなって。いいから、こっち来い。」
ここにいては危険だ。上は職員室なのだ。誰か来るかもしれない。俺たちは教室に向かった。

「で?なんでうちに内緒やの?」
「そりゃぁ、おめーに話したらぜーんぶ他に話されるからな。」
「そうそう。」
俺が言うと、馨が頷く。
「ひっどー。いいもん。遙に聞くから。ねぇ。遙。」
「ヤダ。」
馨顔負けのスピードだ。
「まだ何も言ってないでしょ?」
「言わなくても分かる。」
「遙、性格悪くなった?」
「元からよ。お兄ちゃんの妹だもん。」
うーん。妙に納得してしまう言葉。
「教えてよ。」
それでもしつこく迫ってくる。
「じゃぁ、泉水はこんな時間に何してたんや?」
馨が切り返す。
「うっ。」
泉水が詰まる。ナイスだ。馨。
「言えないようなことか?」
俺も訊ねる。ますます困惑する泉水。
「そーね。泉水が言えば教えてあげないこともないわよ。」
遙がとどめの一撃。
「あーもー。言やーいんでしょ?言やー。」
泉水は半ばムキになっていた。
「ほら、遙に前言ったやろ?生徒会の3年がおかしいって。」
「首突っ込むなって言ったヤツ?」
遙のイヤミいっぱいの言葉に泉水はしまったという顔で頷く。
「・・・そう。それで、生徒会室を調べてたの。何か手がかりがあるかと思って。」
「で?何か見つかった?」
馨の問いに泉水は横に首を振った。
「ううん。けど、一箇所だけ調べてないの。」
「何処?」
「金庫の中。金庫の番号って会長と副会長しか知らんのよ。」
その言葉に馨は考え込み、また質問した。
「そこってさ、何が入ってんの?」
「何って。書類。重要書類。」
泉水の答えに馨はまた考え込んだ。
「そこ、調べてみよ。」
「は?何言ってんの?言ったやん?あそこの番号、うちは知らんって。」
「おれを誰だと思ってんの?」
馨は不敵に笑った。・・・・開ける気だ。馨ならやりかねない。
「今はもう行けないでしょ?もうほとんど生徒たちが登校しとるやろうし。」
遙が馨に反対する。
「そーやね。狙い目は明朝。」
馨はにっと笑った。この笑顔が怖い。
「また早起き?」
俺は泣きそうだった。今日起きるのも大変だったのだ。
「いいよ。篤季と遙は。おれと泉水で見てくる。」
「は?うちも?」
「うん。」
泉水の素っ頓狂な声に馨が頷く。
「なんで?」
「だって。誰か知ってる人が一緒の方が仕事速いっしょ?」
馨はニコっと笑った。
「ま、いいけど。ところでなんで馨ちゃんが調べるの?ってゆうか、あんたたちはうちに内緒で何やってんの?」
俺らは顔を見合わせた。
「ちょっと今は言えない。でも、いつかは言うから。」
馨がそう言うと、泉水はそれ以上詮索しなかった。
「じゃ、ちゃんといつかは教えてよ?」
と念を押しただけだった。やっぱり泉水は馨のコト好きなんかな?それとも弱みでも握られてんのか?
しばらくして泉水は自分の教室に戻っていった。

放課後。俺たちは哲サンの家に集まっていた。怜哉に会わせろとウルサイ泉水を連れて。
「じゃ、まだ泉水にはバレてへんのか?」
哲サンが小声で確認する。
「うん。でも時間の問題やと思う。」
「そーか。」
哲サンは考え込んでいた。これは一つの大きな賭けなのだ。もし泉水にバラさなければ、泉水が事件に巻き込まれることはない。 だけどもしバレたとしても、泉水から情報をもらうことができる。情報を持ってればの話やけど。
「ちょっと篤季。さっきから何コソコソしてんのよ。」
泉水の癇に障ったらしい。
「ちょっとな。」
俺は言葉を濁した。
「それより怜哉クン、ホンマにおるんやろうね?」
「なんや。怜哉に会いに来たんか?」
響介が鷹矢特製焼き飯を食べながらやって来る。哲サンに座って食べろと注意される。子供かよ・・。
「そー。で?どこにいんの?」
「ここにはおらんよ。」
鷹矢がきっぱりと言う。
「はぁ?篤季、あんた、ウソ言ったの?哲サン家にいるっつったやん!」
「あー。ウソは言ってない。」
俺じゃなく、鷹矢が答える。
「この部屋じゃなくて、向こうの部屋で寝てる。昨日寝られんかったんやって。」
そう、鷹矢は英語圏の人間だった。まだ日本語が十分に言えないのだ。この場合、意味の捉え方を間違ったのだろう。言いたいコトは分かる。
「鷹矢。泉水が言ったのは、この家に怜哉がいるかってことで、この部屋にいるかってコトちゃうねんって。」
俺は鷹矢の肩をポンッと叩いた。
「あ、そっか。日本語ってムズカシイ。」
鷹矢は頭がこんがらがってるようだ。
「主語が省略されてっからね。」
英語に堪能な哲サンが答える。
「ま。今の間違いは気にするコトちゃうって。俺もけっこうやるし。」
「バカだかんね。」
いつの間にか、部屋の入り口に立っていた遼平が毒舌を放つ。
「うっさい。」
「あれ?遼、帰ってきたんか?」
哲サンが声を掛ける。
「ああ。大丈夫やって。譲は置いてきたから。」
「そうゆう問題じゃなくて。」
哲サンが溜息混じりに言う。
「腹減ったから、何か食いモン買おうかと思ったらさ。二人ともマヌケに財布置いてってて。こうして取りに帰ってきたってワケ。」
「じゃんけんにでも負けたか。」
「あたり。」
哲サンが鋭く指摘し、遼平は苦笑した。
「じゃあ、歩いて帰ってきたの?」
遙が問う。
「うん。だって金ねーもん。」
「電話してくれたら、迎えに行ったのに。」
哲サンが言うと、遼平はポンっと手を打った。
「その手があったか。」
「思いつかんかったんかい!」
俺がツッコむと、遼平はあっさりとうん、と頷いた。昨日と逆だ。
「ま、とにかく篤季。来い。」
ワケ分からず遼平に手招きされるがままに、ふらふらと近づいた。それが運のツキ。俺はガシッと遼平に捕まえられた。
「人質確保。」
「はい?」
「じゃ。そうゆうことで。アデュー。」
遼平はそう言うと、部屋にいたみんなまで、
「アデュー。」
と言った。なんじゃ、こいつら!そして遼平は俺を引きずりながら外へ出た。そのまま車に乗せられる。
「何処行くん?」
「楽しいとこ。」
遼平はそう言いながら、悪魔の微笑を浮かべた。

嫌な予感は的中した。途中コンビニで食料を買い、譲が待機している学校近くまで行った。
「篤季、降りろ。」
言われるがままに降りた。そして近くに停まっていた車に近づく。哲サンの車やないかい!
「おい。譲。交代や。」
しかも乗っていたのは譲だった。
「これやるから、先帰れ。あとは俺と篤季でやるから。」
「分かった。」
そう言うと、譲は車から降りた。遼平は譲にさっき乗ってきた車のキーを渡し、交代した。
「何しよん?早よ乗れ。」
遼平に命令され、俺はしぶしぶ乗り込んだ。なーんか流されてへんか?俺。
「もしかしてこれで聞いてたのか?」
俺は後ろの機械を指差した。
「そ。結構感度ええねんで。」
遼平はコンビニで買ったお菓子と缶コーヒーを取り出した。飲み食いしながら、ヘッドホンを付け、機械の調節をした。
「これ、もしかして・・・。」
「馨のおとんに借りた。」
「よー貸してくれたな。」
「ま、馨から借りたって言った方が正しいかもな。」
俺は何も言えなかった。呆れて言葉が出てこなかったのだ。
「ところで、ここでずっとやってたの?」
「盗聴?もちろん。」
「朝から?」
「おう。おめーらが授業受けよるときに来たで。」
「ふーん。」
俺は差し出されたお菓子を頬張った。
「で?来たんか?ターゲットは。」
「今んとこ動きなし。」
となると、動くのは放課後。もしくは今日は動かない。そう言えば昨日盗聴したのって、放課後やったな。ということは、こうして張ってれば動き出すかもしれないってことか。
「おい。誰か来たで。」
遼平は靴音を聞いたのか、俺にもヘッドホンを渡した。
『で?今日は来てたのか?』
声からして教頭らしい。
『いえ。休んでました。』
『そーか。電話は?誰が掛けてきた?』
『本人です。恐らく、しばらくは来ないつもりでしょう。』
『厄介になったな。家には戻っとらんのか?』
『はい。一人でいることが危険だと悟ったんでしょう。恐らく、友達の家を渡り歩いているのではないかと。』
『そーか。』
そこで話が途切れる。もう一人の人間は恐らく白井。そして話してる内容は怜哉のこと。
『さて、どうするかの。お前のクラスの一人が気づいてるだろ?わしらのこと。』
『萩原・・・ですか?』
俺の名前が挙がる。向こうは盗聴されてるって知らないけど、妙に緊張する。
『そう。そいつはどこまで知っとるんだ?』
『さぁ?そこまでは。ですが、まだそんなに知らないと思いますけど?』
『けど、昨日お前の車のトランクに入れていた橘が現にいなくなっとるではないか。見張りの話だと急に襲われたと言っとる。それはどう説明するんだ?』
『それは・・・。私のことはバレてるかもしれませんが、教頭、あなたのことは気づかれてないはずです。それにきっと橘を誘拐した理由もヤツらには分かっていないと思います。』
『どうしてそう言い切れる?』
『それは・・・橘が記憶を失っているからです。』
『記憶を?』
『はい。退学する2,3日前の記憶を失ってるらしいんです。』
おかしい。怜哉の話だと、誘拐されて一度も話をしてないのだ。誰とも。それなのに、なんで白井はそんなこと知ってるんだ?
『そりゃ、結構。でもいつ思い出すか、分からんのだぞ?だったら始末するしかなかろう?萩原とか言う小僧も同じだ。』
俺は生唾を飲んだ。こうなると俺もターゲットに入ってくる。
『そのことなんですが、こうゆうのはいかかでしょう?』
『何かいい案でもあるのか?』
『はい。ちょっとお耳を拝借。』
すると何かこそこそ言い始めた。
「くっそ。もっと感度いいやつ付ければよかった。」
遼平はガンっとハンドルを叩いた。確かに今までの普通の会話ならまだしも、内緒話されると聞き取れない。歯痒くなる。
『なるほど。それはいいアイデアだ。』
『では早速明日、実行いたしましょう。』
『そうしてくれ。』
そこで二人は出て行った。
「明日か。明日、何らかのアクションをしてくるな。」
遼平が確認するように言う。
「ああ。多分。俺に。」
「お前。休め。明日。」
「イヤ。」
「なんでや?命がかかっとんのやで?どうせあいつらはお前を殺す気や。」
「分かってる。でもこんなことで逃げてたら、絶対に解決せーへん。俺は逃げる気はない。」
「そうは言っても・・・。」
「それに俺には空手がある。少しは闘える。」
俺は腕を叩いてみせた。
「これだけは言っとく。くれぐれも無茶だけはすんなよ。それから、絶対1人になんな。1人になったら、襲ってくる。」
遼平は確信をこめて言った。そう。怜哉のように。
「分かってる。絶対1人にはならん。それから無茶もせん。」
「それから、毎休み時間には連絡入れること。俺の携帯に、メールでも何でもええけん。」
「分かった。」
俺は頷いた。そのとき1台の車が校門から出てきた。
「白井の車や。」
「家の方向はあっちか?」
「恐らく。」
「なら、今日は動かんな。俺らも帰るか。」
そう言うと遼平はエンジンをかけ、ギアを入れ替えた。

家に帰ると、そこでは泉水がラブラブ光線を送っていた。相手はもちろん怜哉である。
「おかえり。篤季。」
遙が一番に声をかけてくれた。
「ただいま。」
俺は呆れつつ、返事した。相変わらずだ。怜哉もお気の毒に。
「遙。手伝う。」
俺は台所に向かった。哲サンの家の間取りは、リビング、ダイニング、キッチンとつながってるのだ。
「もうほとんど終わったけどね。じゃ、サラダ作って。」
「おう。なぁ。もしかしてずっとこう?」
俺はリビングを指差した。
「そうだよ。怜哉クンが起きてきた途端。怜哉クンもかわいそうにね。」
「ホンマや。で?哲サンたちは?」
地下室した。ライブ近いからって練習してる。」
「なるほどね。」
どうりで人口少ないと思った。リビングでは怜哉と泉水、ダイニングで馨が読書している。
「それでさっき遼平が地下に下りてったんや。」
「お兄ちゃん、何も言わなかったの?」
「ああ。こっちに用あるけんって言うただけ。」
「分かりづら。」
「いつもや。急に拉致るし。」
「あれはあたしもびびった。」
遙が苦笑する。
「はい。できたで。」
俺はレタスをちぎり、胡瓜をきざみ、プチトマトを乗せると言う簡単なサラダを作った。
「ありがと。これでもうほとんどできた。」
「ところでさ。この材料費ってどっから出んの?」
「哲サンの財布。」
「なるほど。」
妙に感心してしまう。そう、哲サンの実家は建築業界でも5本の指に入るほどの大会社なのだ。つまり、お金持ち。 だけどそれを鼻にかけたりしないのがいいのだろう。ルックスの良さも手伝って、異常に女にモテる。ま、今は芹華姉とゆう彼女持ちだが。
「ねぇ、篤季。何か分かった?」
「あ・・うん。少し・・・やけど。」
俺が言おうか言いまいか悩んでると、後ろで楽しそうな声がした。
「次のターゲットは篤季クン♪」
遼平だ。楽しそうに言われると、何かムカツク。
「楽しそうに言うなぁ――――!」
「だって楽しいもん。」
こいつは・・・っ。(怒)
「「え?」」
そう言ったのは遙と怜哉だった。
「ターゲットってどうゆうこと?」
遙が迫る。
「そう決まったワケちゃうって。」
「オレのせいや・・・。」
「怜哉・・・。」
「オレの・・・・。」
「ちゃう!」
キッチンから叫ぶが、怜哉には届かない。
「オレのせいや・・・。」
「ちゃうって言うてるやろ?」
俺は近くに行って叫んだ。怜哉の両肩に手を置く。
「よく聞け。こうなったんは誰のせいでもない。怜哉でもなければ、俺でもない。ええか?誰もお前のせいやとは思っとらん。だから、落ち着け。」
怜哉はようやく落ち着く。
「遼、紛らわしい言い方すんなや。」
「すまん。」
珍しく謝る。現状を見たからやろう。
「あー。ご飯できてるぅ―――。」
譲が喜んで入ってくる。その後に続いてみんなが入ってきた。
「できたから運んで。」
遙に言われ、俺と馨で運ぶ。
「ターゲットって何?」
楽しい夕食が始まると同時に泉水が迫る。
「うっ。」
「何でもないよ。」
馨が俺に代わってごまかす。
「ウソ。今の怜哉クンと遙の動揺ぶりから言って、絶対何かあるやん。教えなさいよ。」
「ダメ。泉水はおしゃべりだから。」
馨はかたくなに拒む。俺は哲サンのほうに限界サインを出した。ちなみに哲サンたちはダイニングのテーブルで(鷹矢が足を怪我してるから)、 俺たちはリビングのテーブルで食べている。アイコンタクトを取ると、哲サンが分かった言うように頷いた。
「泉水。その話はまた後でしよう。」
哲サンにそう言われ、泉水は仕方なく黙った。

「さて。泉水。どうしても知りたいのか?」
ここはリビング。夕食を食べ終わった後である。俺と遙は片付けをしながら、耳を傾けた。泉水の隣には馨が、泉水の前には哲サンと怜哉が座っている。他の皆はダイニングの方に集まっていた。
「うん。だってうちだけ仲間外れみたいで・・。」
泉水は哲サンの質問に俯きがちに答えた。
「そーか。でも、もしこの事を知ってしまえば、命が危なくなる可能性がある。」
「え?」
泉水は顔を上げる。驚いた形相で哲サンを見る。ココからでは哲サンの表情は分からない。
「それでもええんか?」
「そんな・・・みんなそんなに危ないことに関わってんの?」
「今のところ何とも言えない。でも現に鷹矢と怜哉が襲われてる。」
泉水は哲サンの言葉に動揺した。そして意を決したように言う。
「いい。それでも構わない。もしホンマに危なくても、後悔だけはしたーない。皆が危険な目に遭ってるのに、うちだけ安全なとこにいるなんてできない。」
泉水の言葉の後、しばらく沈黙が訪れた。俺たちが流してる水の音だけが空しく響く。
「分かった。話すよ。だけどこれだけは言っておく。このことは絶対に口外しないこと、これだけは守って。じゃないと、関係ない人まで巻き込んじゃうかもしれない。」
「分かった。それで馨ちゃんたちがなかなか教えてくれんかったんやね。」
「歩くスピーカーやけんな。」
馨が横から茶々を入れる。
「ひどーい。」
「事実。」
「泉水。ホンマにえんやな。」
哲サンは確認するように言った。
「うん。それにうちが入ったほうが得かもよ?情報収集はまかして!」
泉水はにこっと笑った。
「それじゃあ、話すよ。」
そう言って哲サンはこの事件に関わることになった経緯を話し始めた。俺たちは黙って聞いていた。遠目にも俺には怜哉が震えているのが分かった。 あいつ、またよからぬことコト考えてんちゃうやろな。
「そっか。それで急に篤季と怜哉クンが仲良くなったのね。」
泉水の着眼点は何かずれてる気がする。
「鷹矢の怪我の理由も、篤季と取っ組み合ったんじゃなかったんだ。」
そう。そう言ってごまかしてたのだ。
「今朝早く来てたのは、盗聴器仕掛けるためやったんや。・・・・盗聴器?」
泉水はそこで引っかかった。泉水だけは持ってたのか、良心。一番なさそうなのに。(失礼)
「盗聴器ってことは、あれでしょ?向こうの動きが分かるってこと?」
「ま。音だけやけど。」
馨が答える。
「すごーい。カッコい――――――。探偵みたい。」
俺はもう少しで持ってた皿を落とすところだった。やっぱりなかったか・・・。
「篤季。どうかした?」
様子がおかしいと察知した遙が訊ねる。
「ううん。何でもない。」
俺は皿を持ち直した。会話は続く。
「そこで泉水。相談なんやけど、情報収集を・・・。」
「分かってるって。明日はとりあえず馨ちゃんと生徒会室調べる。早朝は誰もいないから。」
「そうか。」
「でもなんで生徒会室?」
今まで黙って聞いていた響介が反応し、馨が答える。
「昨日言うたやん。生徒会の人間も関わっとんちゃうかって。それで、何か証拠になるものを探そうと思って。隠し場所ってそうそうないし。 あそこの金庫なら鍵じゃなくて番号だし、知ってる人間も先生以外は生徒会長と副会長しか知らない。となると何かを隠すには絶好の場所なんよな。」
「そっか。それで馨ちゃんが調べたいって言ったんやね?朝言われた時はすっごい不思議やったけど。」
「そういや、篤季。お前、ちゃんと調べたんか?」
「何が?」
哲サンにイキナリ話し掛けられる。
「昨日言ったヤツ。会議室の隣調べた?」
「調べたよ。スキャナで読み取って、パソコンに送ったよ?」
「ああ。来てた来てた。リストみたいなヤツだろ?」
譲が会話に入る。
「そうそう。何かよく分かんなかったけど。白井の名前あったし。」
「教頭の名前は?」
珍しく響介が訊く。食器を拭きながら俺は答えた。
「なかったよ。そのリストに書いてあった名前って全部教師の名前だった。」
「それ、ホンマ?」
譲の問いに俺は頷く。
「うん。最近妙に目立ってるヤツばっか。白井はともかく、他の奴らがな。」
「ますます謎やな。そのリストって。」
響介が頭を抱える。
「ねぇ。そのリストって見れる?」
鷹矢が譲に問う。
「ああ。見れるけど・・・。」
「見せて。」
「うん。確かここに・・・。」
そう言うと、譲はプリントアウトした紙を取り出し、鷹矢に渡した。鷹矢は食い入るように見つめる。俺たちは何が何だか分かんないので、とりあえずその様子を見守った。
「これ、名前やんな。」
譲に確認を取る。漢字が羅列してあるので、読みにくいのかもしれない。
「もしかすると、これって・・・。あ、いや。でもな。」
鷹矢は躊躇っていた。その言い方が気になる。
「なんや?知っとんなら言えや。」
遼平が頭を軽く小突く。
「あ・・でも間違ってるかも・・・。」
「いいから。」
「じゃ、言うけど。これが名前で、こっちが金額、これがgだとすると、これは麻薬の売り買いのリストかもしれない。」
売買とゆう言葉を知らない鷹矢なので、売り買いと言ったのだろう。それはともかく、俺たちはその言葉にかなりの衝撃を受けた。
「ま・・やく?」
うまく言葉が出ない。しかしその呟きに鷹矢は頷いた。
「そう。確信はないけど・・・。」
「でもどうしてそう思ったんだ?」
隣の遼平がそのリストを覗きながら訊ねる。
「見たこと・・・あるんや。」
「え?」
意外な告白に一同聞き入る。
「俺、アメリカいた頃、すっげー悪かって。一度だけ麻薬の取引、やったことがある。頼まれて。俺、どうしても金欲しくて。姉貴に楽さしてやりたくて。 一回だけって約束でやったんや。そのとき、こんなリスト渡されて、そいつらに売った。」
そこから先は言おうとはしなかった。でも俺はいつだったか、聞いたことがある。そう、あれは鷹矢がまだ日本に来たばかりで、日本語が少ししか話せなかった頃に。 空手を教えてって言われて理由を尋ねた。その時は上手く日本語が話せるようになったら話すって言った。しばらくして、その理由を鷹矢が話してくれた。 そう、さっき鷹矢が話した後にまだ続くのだ。その仕事が終わり、帰る途中だった。帰り道に姉貴と会った。一緒に帰ってるときに事件は起こった。 口封じのために鷹矢に向けて発射された銃弾を、その姉貴が庇って代わりに撃たれたのだ。当たり所が悪く、鷹矢の姉貴は病院に搬送されて間もなく息を引き取った。 だから鷹矢はもう大切な人を傷つけないように、大切な人を守れるように空手をやっているのだ。
「じゃ、これは麻薬のリスト?」
響介が紙を指差す。
「多分だよ。ただそのときのリストに似てるって言うだけで。」
鷹矢は自信無さそうに答える。
「鷹矢が言うことが正しいとして。とゆうことは、ここに名前書かれてるヤツらはクスリやってるってことか?」
遼平が誰にとゆうわけでもなく訊ねる。片付けが終わった俺と遙もリビングに移る。
「そ・・・なるね。」
譲が頷く。
「麻薬をやってるなら、それなりの症状が出るはずや。」
哲サンがリビングから発言する。
「そーか。そうゆうことか。」
何やら馨が1人で納得してる。
「何やねんな。1人で納得しとらんと、話せ。」
哲サンが催促する。
「最近妙に態度がでかくなったヤツらがおるんや。今まで大人しかったヤツやのに、急にな。だから不思議に思ってたんだ。でも、麻薬が関係してんなら、納得がいく。」
馨の言葉に一同頷く。ただ1人を除いて。
「えー。何が?」
響介がとぼけた口調で隣の譲に尋ねる。
「だから、もし麻薬使ってるとしたら、一種の興奮状態になって、自分の理想の人物にでもなれるってゆう錯覚に陥ってるってことや。」
「ふーん。」
分かったのか、分かっていないのか。
「しかも相手が麻薬常習者ってなったら、こりゃ厄介やな。」
「そーだね。迂闊に手を出せない。」
哲サンの言葉に譲が頷く。
「でもさ。まだそうと決まったワケちゃうし。それよりももっと厄介なんがあるやろ?」
俺がそう言うと、皆は首を傾げた。
「何?」
響介が身を乗り出してダイニングから訊いてくる。
「だから、バックに付いてる組織やって。今んとこ、そいつらが何者なんか分からんし。正体分からな、手の打ちようがない。」
「そっか。その問題があった。」
哲サンは溜息を吐いた。
「それに次のターゲットは篤季だし。」
馨が呟く。
「え?」
哲サンがその呟きに反応する。
「ああ、そうやったな。さっき遼に聞いてびっくりした。でも向こうがどう出るか分からん以上、むやみに動き回る方が危険やし。」
「とにかく明日は生徒会室の金庫を調べる。何も出てこないかもしれんけど。篤季たちには教室で待機してもらって。明日はとりあえずそれだけやろうと思う。」
馨が哲サンに提案する。哲サンも頷く。
「そうやな。その後でもっといろんなこと決めな、あかんな。」
「明日も俺たちで盗聴して、何か分かったら連絡する。」
遼平がダイニングで、譲と自分を指差しながら言う。
「じゃ、俺たちはやっぱり待機?」
響介が何かしたくてうずうずしてる。
「せやな。響は、これを機にギターをもーちょっと練習しろ。」
哲サンが冷たく言い放つ。
「え――。」
「文句言うな。」
哲サンに言われ、黙り込む。俺には見える。主人とペットの関係が。
「そうと決まったら、食後のコーヒーでも・・・。」
と哲サンが立ち上がろうとしていたときだった。
「あの・・・。オレは何したらいんっすか?」
怜哉がやっと口を開く。そう言えばさっきの会話で一言もしゃべってない。
「怜哉は家で待機して・・・。」
「イヤです。オレにも何かやらせてください。元はと言えばオレが悪いのに。オレが皆を事件に巻き込んで・・・。」
真後ろにいた俺はつい怜哉の頭にチョップした。
「いてっ。」
怜哉はそう言って俺を振り返った。
「篤季・・・?」
「それは言うなって言ったろ?大体俺らは好きで関わってんねん。でなきゃ、命かけれるかってんだ。お前のせいじゃない。こうなったんは。・・頼むから『オレのせいだ。』なんて言うなよ。じゃないと、俺たちがいる意味がない・・。」
俺がそう言うと、哲サンが俺の頭をポンッと叩いた。そして怜哉にも同じ事をした。
「篤季の言うとおり。前にも言ったけど、俺たちは好きでやってんだよ。だから怜哉が自分を責めることない。」
「哲サン・・・。」
「論点ズレてるから戻すけど、怜哉がそこまで言うんなら僕と代わってくれる?」
譲が自分を指差しながら言った。怜哉は譲の方を見る。
「パソコンでいろいろ調べたいことあるんよね。車ん中でやってもいんだけど、いろいろと不便なんだ。」
「いんっすか?」
「うん。」
「でもさ。学校近くって危なくない?」
馨がツッコむ。
「大丈夫だよ。車から出なきゃ、分かんないって。何時間かごとに車は移動させるし、トイレなら近くに公園あるから、わざわざ学校入んなくていいし。」
譲がイロイロと説明する。
「そうやな。帽子とか、深く被っとけばバレんやろうし。」
哲サンが賛同する。
「それよりもさ。髪、切ったらいんちゃう?」
響介が突拍子もないことを言う。
「何言う・・。」
遼平がツッコもうとすると、響介が説明し始める。
「だってさ。あれから全然学校行ってないんやろ?ほんで、今髪切ったら向こうには別人に見えるやろうし。」
「そっか。その手があったか。」
馨が納得する。
「ちょ、ちょっと待ってよ。髪切るなんて・・・。第一、本人がOKしなきゃ。」
泉水が妙に反応する。
「いいよ。別に。」
あっさりOKを出す怜哉に泉水が目を丸くする。
「いいって。そんなあっさり?」
「ホンマは切ろうと思ってたんやけど。時間と金がなくて。ずっと伸びっぱなしで。生徒指導がうるさくて。」
怜哉は苦笑した。
「その前にお前はパツキンやけん、注意されるんやって。」
俺が後ろから言うと、そっか、と笑った。
「でも誰が切るんだ?」
遼平がお茶を啜りながら聞く。
「あ。それなら姉貴に頼んでやるよ。うまくやればただでやってもらえる。」
「清華?」
「そ。」
俺の一番上の姉貴、清華は美容師なのだ。
「じゃ、それは篤季にまかせよ。」
「哲サン。電話借りるね。」
早めに言っておかなきゃ、あの人のことだ。すぐ飲みに行くに決まってる。電話をすると、快く引き受けてくれた。
「どうやった?」
「ああ。店閉まってから来いって。」
「よかったな。」
哲サンは怜哉の頭をポンッと叩いた。
「ありがと。篤季。」
少し照れたように言う怜哉は何だか新鮮だった。
「いいよ。俺にできるのはこれくらいやし。」
「はい。皆。ココアが入ったよ。」
遙はいつの間にか、台所でココアを入れていた。
「えー。俺コーヒーがいい。」
遼平が文句を言う。
「じゃ、自分でして。それにコーヒーは鉄分の吸収を妨げるから、食後には飲まない方がいいんだよ?」
遙はみんなにココアをふるまいながら素っ気なく返した。それを聞いて言い返せない遼平。なんかおもろい。そして俺もココアを受け取る。
「これ、砂糖ね。」
ココアを持った人たちに砂糖を回す。
「あー。そうだ。言い忘れてたけど、怜哉。」
「ん?」
俺が呼ぶと、怜哉が俺のほうを向いた。
「姉貴のカットモデルとしてなら、ただで切ってもいいって。」
「カットモデル?」
「そう。」
「げ。篤季。それはいくらなんでもマズイんちゃうか?」
姉貴の練習用のマネキンを見たことのある遼平が冷や汗を流す。確かにあれを見ると、嫌気がさす。
「大丈夫やって。姉貴もいちお人の子や。悪いようにはせんって。」
「そーかー?」
遼平は疑り深かった。
「そーやって。練習では凄まじいコトしよるけどな。俺の髪切ってんのって清姉やで?」
「それならええけど・・・。」
「あー。でもこないだ僕、切ってもらったよ?清華サンに。」
譲が嬉しそうに話す。
「おめーは金出してんやろ?」
「うん。」
遼平の問いに思いっきし頷く。
「そりゃ、金出してる人の髪はちゃんとするって。向こうも商売やし。」
「遼、どうしても清華姉のこと信じへんのやな。」
俺が呆れて言うと、一瞬の間があった。しかし次の瞬間、遼平が叫び出した。
「信じられるワケないやろー?あいつが俺にした仕打ち、てめーは知らねーから言えんねん。あいつ、俺に何したと思う?そう、あれは忘れもしない。小学生のときや。」
「あーあ。語り出しちゃったよ。」
哲サンが降参のポーズをする。遼平はお構いなしに話す。
「その頃日本に戻ってきたばかりの俺に清華は優しくいろんなことを教えてくれた。だから!俺は清華の言うことは何でも素直に聞いてた。そんなある日。事件は起こった!」
「何か、大げさやなぁ。」
響介が言うが、そんなこと遼平の耳に届いてるはずもない。まだ話は続く。
「あいつは俺を椅子に座らせ、美容院ごっこを始めた。そこまではいい。何しろまだ小学生だし、俺は素直にされるがままにされていた。しかーし! あいつは俺様の大事な髪の毛を切りやがった!先の方だけならまだしも、ごっそりと切りやがった。その後がまた許せない。 それを見たオフクロが『あら?遼ちゃん。こっちの方がカワイイわ。』とか何とか言って、俺を坊主にしやがったっ! ・・・せめてあんとき、親父さえいてくれれば、俺は坊主にならんかったかもしれへんのにっ・・・。」
遼平以外の全員は思ったはずだ。たとえ遼の親父(ヘアーメイクアーティスト)がいたとしても、彼は坊主になっていたであろうとゆうことを。
「だからお兄ちゃん、お母さんが髪切ってくれるって言うのを、かたくなに拒んでたのね。」
真実を知った妹が一言。
「そーだよ!それから俺は親父か、信頼できるヤツ以外に髪切らせねーんだよ。」
「つまり、清華サンと智子サン以外ね。」
哲サンが解説する。
「でもそれって小学生ガキの頃の話やろ?今は大丈夫ちゃうん?」
響介がそう言うなり、遼平は響介に迫った。
「お前ならするか?」
「あ、いや。しないかも。」
「だろ?」
「つまり、トラウマになってんだろ?その事件のせいで。」
哲サンがまたまた解説する。
「そうとも言う。」
「ってゆーか、遼平。これから髪切ってもらおうとしてる人間脅してどうすんねん。」
俺が言うと、遼平は素っ気なく答えた。
「大丈夫や。これは俺の昔話だから。」
「そーゆー意味ちゃうんやけど。」
「大丈夫やって。篤季。オレは篤季の言葉信じるから。」
怜哉はそう言って笑ったが、実は信じたいとゆう希望があるに違いない。少なくとも俺はそう思う。

しばらくして遼平の車に乗り込んで、俺と怜哉は姉貴の仕事場に顔を出した。ちなみに遼平は車で待機するらしい。身の危険を感じたようだ。
「ちーっす。」
俺がドアを開け、中に入ると店員が迎えてくれた。
「あれ?篤季。らっしゃい。」
「姉貴います?」
「今、奥で仕事してる。もうちょっとしたら、出てくるよ。」
「じゃ、ちょっと待たせてもらいます。」
俺は怜哉に店に入るように促し、ソファに座らせた。そのとき、姉貴が奥から出てきた。
「いらっしゃい。・・・彼ね。今回は。」
「そ。ちょっと料理してやって。」
「分かってるって。こっち来て。」
姉貴は怜哉を立たせ、鏡の前の椅子に座らせた。
「どうしたい?」
髪をときながら、鏡越しに聞く。
「さっぱりさせてください。」
怜哉は鏡を真っ直ぐ見た。怜哉の今の髪の長さは肩につくぐらいの長さだ。本人曰く、
『切るお金なくて、伸びっぱなし。』
なんだそうだ。そう、今は自活してる。自分で切ったりしたらしいが、上手くできないので諦めたんだと。 らしいっていやぁ、らしい。仲良くなったのは、つい最近なのに、妙に気が合う。俺も不器用なトコがあるから。
「そーね。後ろ髪を切って。サイドは少し長めの方が似合うかもね。髪の色はどうする?このまま金髪でいいの?」
「傷んでます?」
「ちょっとね。ちょっと茶色入ってきてる。この際、やり直す?」
「いんっすか?」
「いいのよ。」
「いいのかよ。」
後ろからさっきの店員がツッコむ。ちなみに姉貴の後輩である。
「いいのよ。店長だって、彼を見れば許してくれるわよ。うちの篤季でさえ、許しが出たんだから。」
姉貴はケラケラと笑った。店長?もしかしてあの店長か?
「いやーん。篤季クーン。来てたのぉ―――――。」
出た。店長。彼女はこの店の店長。この間40代に突入して、ちっとは大人しくなると思いきや、このようにまだまだミーハ―なのである。
「ご、ご無沙汰してます。」
一応挨拶しておく。
「ホントにね。今日はどうしたの?」
「俺のダチを連れて来たんすけど。」
「ああ。今清華がやってる子ね。」
そう言うと、店長は怜哉たちの方に身体を向けた。その瞬間、店長は物凄いスピードで清華姉に近づいた。
「彼の髪、あたしに切らして。」
「ヤですよ。この子はあたしのカットモデルとして来たんですから。」
「ケチ。」
「ケチで結構。でも、カラーリングしてもらってもいいですよ。」
「ホント?」
清華姉の言葉に目を輝かせる。
「ただし、全部ただ。」
「もちろんよ!」
快くOKを出す。この場合、姉貴が一枚上手とゆうべきなのだろうか?
「姉貴。カラーリングよりも黒に戻した方がいいかも。」
俺が提案すると、姉貴は頷いた。
「ああ。篤季の学校は髪染めるの禁止だっけ?」
「そう。」
「とゆうワケですんで。店長。」
「分かった。まかせて。」
店長は頷いたが、どうも信用できないのは俺だけだろうか?怜哉は先に髪の色を戻す。
「篤季。こっちおいで。」
俺は言われるがままに姉貴が呼ぶほうに行き、椅子に座らされる。
「あんたも髪伸びて来たから、ついでに切ったげる。」
「え?」
困惑している間に寝かされ、シャワーをかけられる。シャンプーが終わるとタオルを巻きつけられ、鏡の前に座らされ、ケープを付けられる。 そして姉貴はいつもの手つきで髪を切ってゆく。隣をふと見ると、怜哉の髪の色を直していた。そうこうしている間にドライヤーで乾かされ、切り損なった髪を切られる。 そして最後にはワックスで髪を散らされる。やっぱ自分でやるより姉貴がやったほうがバランスがいい。
いつもの姉貴と仕事中の姉貴はギャップがあるんよな。兄貴も芹華姉も同じだけど。きっと自分がやりたい仕事をやってるから、楽しんだろうと思う。イキイキしてるのが、手に取るように分かる。
「はーい。お疲れ。」
そう言ってケープを外される。
「こっちも終わったよ。」
店長が笑顔で言う。姉貴は今度は怜哉を椅子に座らせた。怜哉の細い髪はザクザク切られていく。俺とは全然違う髪質。 俺のは剛毛でくせ毛でおまけに茶髪。絶対ロンゲは似合わないだろうなと容易に予想できる髪なのである。怜哉はというと、細いストレート。 恐らく真っ黒だろう。いや、予想やけど。
「あれ?地毛って結構茶色なのね。」
髪を切っていた清華姉が言う。恐らくてっぺんの髪を見て言ったのだろう。伸びかけてる所の。
「はい。こげ茶って感じですけど。」
怜哉が苦笑しながら答える。
「篤季よりちょっと黒いって感じか。いいね。そんな色、好きなのよ。」
「そうなんですか?」
「うん。カラーリングだと、なかなか出ない色だから。」
そんな話をしながらも、怜哉の髪型は初めとかなり変わっている。なんだかイイカンジだ。
「ちょっと乾かすね。」
そう言ってドライヤーで乾かす。いつもながら仕事が速い。ほとんど完成に近づいてる。乾かし終わると、姉貴はハサミを持ち直し、切り損ねた髪を丁寧に切った。
「はい。終わりっ。」
ケープを外された怜哉はまるで別人のようだった。髪の長さも色も全く違うからかもしれない。
「すっげー。別人みてー。」
後ろでまだ残っていたもう一人の店員が叫ぶ。
「当たり前でしょ。あたしと清華がやったんだから。」
自慢げに店長が言う。
「いんっすか?ホンマにただで。」
怜哉が何だか申し訳無さそうに言う。
「いいの、いいの。これはあたしたちの趣味なんだから。」
店長は怜哉の前にビシっと指を出した。
「趣味っすか?」
「趣味よ。趣味以外の何物でもないわ。」
うん。そんな気がする。
「だって、楽しいじゃない。誰かを別人に思わせちゃうくらい変えちゃうなんて。」
「姉貴も?」
店長の言葉を聞いて姉貴にも聞いてみる。
「そーね。それもあるけど。うちの場合、柊平サンの仕事見てきて、あ、いいな、って思ったからね。芹華だって智子サンの影響でデザインの勉強してんだし。」
柊平とは遙たちの親父である。智子サンにオバサンって言ったら殺されるけど、柊平サンと言わなくても別に殺されない。(つまりオジサンでもOKなのだ。)
「そっか。」
「あんたはなんで建築科に行ったの?」
イキナリの質問に一瞬考えてしまう。
「なんでって。哲サンのお兄さんの仕事に感動して・・。」
哲サンのお兄さんはれっきとした建築家である。すると姉貴は笑った。
「一緒よ。誰かの仕事に感動して自分もそうなりたいって思うの。うちも芹華も祐貴も。」
兄貴はきっと親父に影響されたんだろうな。今度聞いてみよう。
「ほら、早く行きな。どうせ外で遼平が待ってんでしょ?」
よく分かったな。
「うん。ありがと。姉貴。」
「いいえ。お礼は店長に言って。」
「「ありがとうございました。」」
俺と怜哉は同時に店長に頭を下げた。
「イエイエ。どういたしまして。また来てね。」
「はい。」
そう返事すると、店を出た。遼平が乗ってる車の窓をノックする。ヤツはやはり寝てた。
「遅かったな。」
遼平はシートを起こし、ロックを開けた。
「ああ。染め直してもらってたから。」
乗り込みながら怜哉の頭を指差す。
「そう言うお前も切ってもらってるやん。」
遼平はバックミラーで俺を見、嫌な目つきで言う。目ざとい。
「これはムリヤリ・・・。」
「分かっとる。清華がムリヤリ切ったんやろ?」
「そ。」
「あいつのやりそうなこった。」
そう言いながらエンジンをかけ、ギアを入れ替える。その日はそのまま家に帰宅した。

家と言っても自分家ではなく、水槻家である。しばらくはココに泊まる事になってるのだ。
「ただいま。」
と家に入ると、先に帰っていた遙が迎えてくれた。
「おかえり。お風呂、入ってるよ。」
そう言う遙は風呂上りだ。
「わー。怜哉クン。髪短いのも似合う。清華姉が切ったの?」
「そ。」
靴を脱ぎながら俺が答える。どうせ俺のは気づかんだろうな。もともと髪短いし。切ったのだって、ちょこっとやし。
「色も変えたんだ。うん。別人みたい。」
「そ・・かな?」
怜哉が照れくさそうに言う。何かヤダ。この空気。
「篤季も切ってるし。どうせ清華姉にムリヤリ切られたんでしょ?ついでとか言って。」
すっげ。当たってる。俺は一瞬止まってしまった。
「当たり。よく分かったな。」
そう言うと遙は笑った。
「何年一緒にいると思ってんの?」
その言葉に一瞬ドキっとした。今の何か夫婦の会話みたいじゃね?・・ハイ・・妄想デス。
「お前ら風呂入らんのやったら、俺が先入るで。」
先に家に入っていた遼平がリビングから顔を出す。
「おう。」
そう返事し、俺たちはリビングに入った。遙は温かい紅茶を入れてくれた。
「なんか・・ごめんな。二人とも。」
イキナリ怜哉が謝る。
「何謝っとんねん。」
「だって・・・オレのせいで皆を危険な目に遭わせちゃって・・・。」
「さっき言うたやろ?そんなこと言うなって。俺らは好きでやってんねんから。それに俺には空手があるしな。」
俺は力こぶを作って見せた。
「そうそう。怜哉クンが気に病むことないよ。」
遙は紅茶を出しながら笑った。そのとき、電話のベルが鳴った。遙が出る。
「はい。水槻です。・・・・ああ。馨ちゃん?」
そう言いながらこっちを見る。なんだ?何か分かったんか?
「うん。え?それ、ホント?」
遙が叫ぶ。なんだ?俺は電話の近くに行った。
「ちょっと待って。」
遙は馨にそう言うと俺たちに説明した。
「もしかしたら怜哉クン襲った犯人が分かったかもって。」
「貸して。」
俺は遙から受話器を受け取った。
「もしもし?馨?どういうことや?」
『篤季か。実はさ。念のために泉水に聞いてみたんや。橘が言ってた特徴を。』
「短髪で学校指定のスニ―カーとか?」
『そ。そしたらさ、なんと。泉水が知ってたんだよ。まだ分からんけど。写真、哲サンに渡しといたから、明日にでも橘に確認してもらって。』
「分かった。怜哉にも言っとくよ。」
『よろしく。じゃーな。おやすみ。』
「おやすみ。」
そう言って電話は切れた。まさか泉水が知ってるとはな。まだ確認してないけど。
「なんだって?」
隣にいた遙が心配そうに覗き込む。
「ああ。その犯人らしきヤツの写真、哲サンに渡したから、明日にでも確認してって。」
「そっか。」
遙は溜息を吐いた。
「?どした?」
「だって・・・泉水が入った途端に分かっちゃうんだもん。あたし、役に立たないなって思って。」
「そんなことないって。泉水はただ顔が広いだけで。」
「あたしは知り合いだって少ないし、馨ちゃんみたいに何か作れるわけでも、篤季みたいに強いワケでもない。役に立ってないよ。」
「そんなことない。精神的に疲れとるときって、遙の笑顔と料理でどんだけ俺らが癒されてるか。遙の手料理はサイコーにうまいもん。」
「そうそう。オレも篤季と同感。」
後ろから怜哉がにゅっと出てくる。遙は一瞬驚いた顔になった。次の瞬間、極上の笑顔に変わる。
「ありがと。二人とも。」
カ――――。かわいすぎるっ。その笑顔に俺は腰が砕けそうになる。
「何やってんや?廊下で。あ。怜哉。風呂入れ。」
「あ、はーい。」
遼平が突如現れ、怜哉が去る。
「遙も早く寝ろ。明日もあるんやけん。」
「分かってるよ。じゃ、篤季。お兄ちゃん。おやすみなさい。」
「「おやすみ。」」
遙は階段を上っていった。遼平はリビングで髪を乾かしながらテレビをつけた。やってるのはどれも中途半端なドラマで、遼平は仕方なくニュースをつけた。しばらくボーっとテレビを見た。
「なぁ。遼平。」
俺は遼平の隣に座った。
「ん?」
「この事件のこと、どう思う?」
「どうって。せやな。ワケ分からんな。正直。」
遼平はそう言いながら煙草に火を点けた。
「俺もそう思う。今まで分かってるのを繋げるもんがない。もし同一犯なら向こうは複数犯やんな?」
「そうなるな。」
「教師が相手じゃ太刀打ちしにくい。」
「うん。けど、こうなった以上、関わらんわけにはいかんしな。」
遼平は溜息と一緒に煙を吐く。
「確かに。でも俺は先生たちの無実を証明したい。」
「あ、篤季たちの担任もおったな。そういや。」
「うん・・・。」
だけどそれだけじゃない。俺がこの事件を追ってんのは。何かって言うのは説明できないけど・・・・。それに何者か分からない組織がバックに付いてる。不安になる。
「遼平。」
「ん?」
「俺。ホンマはごっつ怖いねん。」
「・・・・。」
遼平は黙って俺の話を聞いてくれた。
「いつ殺されるか分からん。鷹矢は運良く逃げられたけど、俺が捕まって逃げられるかどうか分からんし。俺の空手がどの程度通用するのか分からへん。もしかしたら殺されるかもしれん。」
俺はそのとき多少のパニックに陥っていたのかもしれない。それを解いてくれたのは遼平の手だった。遼平は俺の頭をポンポンっと優しく叩くと、俺の頭を自分に引き寄せた。
「大丈夫や。お前は。俺らがついてっから。それに空手やってあるやん。鷹矢の空手で逃げてこられたんやけん、それを教えたお前ならもっと余裕で帰ってこれるはずや。」
「でも・・・。」
「不安なんは皆一緒や。誰もが不安抱えてる。けど誰一人何も言わないのは何でやと思う?・・・皆、自分の中で闘っとるんや。怖いっていう感情と、逃げたいっていう気持ちと。少なくとも俺はそうや。」
遼平はずっと俺の頭の上に手を乗せていた。温かかった。その手は昔落ち込んだ時に慰めてくれる兄貴の手に似ていた。
「そ、やな。俺もがんばる。敵にも自分にも負けんように。」
昨日俺が遙に言ったように。
「その意気や。おーし。待っとれ。俺がイイモン作ってやる。」
「人間の食べモン作ってや。」
「分かっとるわい!」
遼平はそう言いながらキッチンの方に行った。

オレはリビングの外で立ちすくんでいた。篤季がそんな風に感じてたなんて、知らなかった。いつもの篤季はもっとリラックスした、明るいヤツだった。 それとは逆に今は不安に震えている。そりゃそうやんな。篤季やって人間や。怖いモンやってある。けど、オレはスーパーマンみたいに篤季は何にも恐れないヤツだと思っていた。 オレがあまりに不安になってたから、篤季はオレを不安にさせないように明るく振舞ってたんだ。きっと。
オレはドアノブから手を離し、2階の自分に割り当ててくれた部屋に向かって歩いた。
今まで会ったヤツにそんなヤツはいなかった。近寄って来るのはオレの金目当てのヤツばっかだった。本気で友達だって思ってくれるヤツなんていなかった。 全てのものに幻滅を感じて家を出た。何もかもがイヤだった。オレに近づくやつらも親も兄弟も。留年して、篤季に会った。正直、羨ましかった。 いつも友達がたくさんいて、楽しそうで、悩みなんてこれっぽっちもないヤツなんだろうと思っていた。けどそれはオレの勝手な思い込みできっと篤季には篤季なりの苦労や悩みがあるんだろう。
オレは部屋に入るとベッドに転がった。
『皆、自分の中で闘っとるんや。』
遼平サンの言葉が頭の中でぐるぐる回っている。うん。そうや。オレも闘ってる。ホンマはめっちゃ逃げたい。けど皆はオレのために危険を顧み見ずにがんばってくれてる。そう思うと、不思議とがんばれる。誰やって怖いもんは怖い。とりあえず明日は遼平サンと盗聴しに行く。何か収穫があったらえんやけど・・・。
そんなことを考えながらオレは深い眠りへと落ちて行った。

俺が風呂から上がると既に遼平の姿はなかった。時計の針は11時を指している。頭をガシガシと拭きながら、俺はTVをつけた。 やってるのはほとんどニュースだ。他人の家なのに、こんなに寛げるのは普段からこの家に入り浸ってるためだろう。
「あれ?篤季。まだいたの?」
後ろで遙の声がする。
「いちゃ悪い?」
「いや、そういう意味じゃなくて。もうとっくに部屋に戻ってると思ったから。」
「今風呂から上がったんや。」
「あ。そっか。」
「遙はどした?寝たんやなかったんか?」
「うん。一応蒲団に潜ってたんだけどね。けど、寝れなくて。」
「んじゃ、俺がええもん作ったるわ。」
「え?」
「遙はここに座っとき。」
俺は遙をソファに座らせると、キッチンに向かった。牛乳を沸かし、俺はホットココアを作った。実はさっき遼平が作ってくれたものと同じだったりする。
「はい。」
「ありがと。・・・・おいしい。」
遙は一口飲んで笑った。
「よかった。」
俺は何となく遙の隣に座った。
「お兄ちゃんがね。眠れない時によく作ってくれるんだ。ホットココア。だから、これ飲むと何だか安心するんよね。」
「へー。そうなんや。俺も眠れんとき、鈴姉が作ってくれんねん。」
そう言うと遙はにっこり微笑んだ。一瞬ドキッとした。
「なぁ、遙。」
「ん?」
「好きな人、おるんか?」
「え?」
え?何言ってんねや?俺。いくら無意識とは言え、ちょっと唐突過ぎやった。
「あ、わりぃ。今のウソ。忘れて。」
「・・・いるよ。好きな人ぐらい。」
「え?」
遙の言葉を聞いた瞬間、俺の頭は真っ白になる。
「あれ?二人ともまだ起きとったんか?」
遼平がリビングのドアを開けて入ってくる。
「うん。もう寝るけど。どうかしたの?」
遙は立ち上がり、キッチンにコップをさげに行く。
「ああ。何か飲みモンないかと思って。今、曲書いてんねん。」
「へー。でも徹夜したら、明日に堪えるよ?」
「分かっとるって。済んだらすぐ寝るって。」
「そ?じゃ、二人ともおやすみ。」
「おやすみ。」
遼平が返事をし、遙は自室に戻ってった。
「どした?」
遼平は自分で何かを入れながら、俺に話し掛けてくる。
「え?」
「何かおかしいで。お前。遙に何か言われたんか?」
図星を突かれ、どう言えばいいのか分からなくなる。
「・・・遼平。もし・・・自分の好きな人に好きな人がおるって分かったらどうする?」
「遙がそう言うたんか?」
俺はこくんと頷いた。俺が遙を好きなことは既にバレバレのようだ。
「高校生んとき、俺も同じような経験したな、そう言えば。」
「遼平が?」
「おう。」
遼平は苦笑した。意外だ。遼平はモテるから、そんな悩みないと思ってた。コップを持って俺の隣に座る。
「高1んとき、いつもはただウルサイだけの女がフラレた現場、偶然目撃してな。そんとき初めてそいつの涙見た。その瞬間、守りたいって思った。 俺じゃ力不足かもしれんけど、守りたいって。そいつは俺の心配をよそにみるみる元気んなった。俺はそいつのことが好きやって気づいた。けど・・・そいつは・・俺の方に向いてはくれんかった。俺じゃなくて、俺のダチを好きんなっとった。・・・その俺のダチもそいつのことが好きや言うから、俺がヤツらをくっつけた。」
「それで?どうなった?」
「うまくやってるよ。今もな。」
遼平はまた苦笑した。辛そうだった。
「辛い、よな。」
俺がそう言うと、遼平はにっと笑った。
「辛いよ。確かにな。けど、俺はそれでよかったって思てる。何より彼女の幸せそうな顔見てたら、こっちも嬉しくなるし。」
「そっか。」
遼平の顔は穏やかだった。後悔はしてないようだ。
「けどな、篤季。これは俺の場合。お前はお前のやり方でやれ。」
「俺の・・・やり方?」
「せや。遙が誰を好きかは分からんけど、お前に可能性がないこともないやろ?それやったら、当たって砕けろ。一かばちかで賭けてみるってのもある。」
「他人事やと思て。」
「もしフラレたとしても、それも大事な経験やし。いい思い出やと思てさ。ま、俺としては将来弟になるんやったら、お前みたいなイジメがいのあるやつがええねんけどな。」
一瞬、げっと思った。一生イジメられるのはイヤだ。遼平は俺の頭をポンッと叩いた。
「悩め。少年。悩むだけ悩んだら、いつか必ず答えは出る。その時は、少しは大人に近づいとるはずや。」
そう言うとリビングから出て行った。俺もリビングの電気を消し、2階の部屋に戻る。
悩むだけ悩めって?簡単に言うけど、どう考えたって答えが出るとは思えない。
ベッドに転がる。天井に手を伸ばしてみる。
悩むたって。むー。・・・整理すると、俺は遙が好き。けど遙には好きな人がいる。その好きな人ってのが、分からない。馨か怜哉か他の男子、はたまた俺の知らない誰か。誰かって誰や?・・・・ま、それは置いといて。とにかく遙には好きな人がいる。
『遙が誰を好きかは分からんけど、お前に可能性がないこともないやろ?』
さっきの遼平の言葉が頭を過ぎる。ってことは遙が俺を好きかもしれないってことやんな?そんなことってあるのか?ま、飽くまで可能性だし。 1%くらいの確率やな。どうせ。
あー。考えてて悲しくなる。
寝返りを打つ。・・・俺はどうしたいんや?一体。遙に好きな人がおる。それは誰か分からない。けど俺は・・・。俺はやっぱり遙のコトが好きや。 誰に何て言われても。そう、それだけは絶対変わらん。例え記憶を失っても・・・。なんや。簡単やん。俺は遙を好きや。それでええねん。 例え報われん恋でも。そう思うと何だかすっきりした。このままでええねん。妙に納得し、安心すると俺は眠りに落ちて行った。