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STAGE 3 接近
どれくらいだっただろう。胸の辺りで震えている。恐らく携帯のバイブだろう。しかし腕が動かない。
「くそっ。手ぇ縛られてる。」
この縄さえほどければ・・・。でもどうやって?そうこうしているうちに電話は切れた。
「チッ。どうすりぁええねん。」
こうゆうとき篤季ならどうするだろう?やっぱどうにかしてここから抜け出すだろうか?幸いにも縛られているのは手だけだった。 しかし後ろで縛られているので動きづらい。何とか起き上がり、座りこんだ。頭がフラフラする。まだあの薬が残ってるんだろうか。
「さてと・・・どうすっかなぁ。」
辺りを見回してみる。倉庫?上の方と下の方とに小さな窓がある。周りにはダンボールが積み上げられている。
「そういやぁ、この光景って・・・。」
確か鷹矢サンが言っていたような・・・。そうだ。あいつらに捕まったのだ。正体不明の敵たちに。篤季が聞いたあの叫び声もきっと罠だったんだ。 くそっ。してやられた。何者なんだ?一体。オレは何とか立ち上がろうとした。しかし立てない。その時、誰かがこっちに来る気配がした。 オレはとりあえず気を失っているフリをした。近づいてくる足音に恐怖がよぎる。何とか手がかりを残そうと思った。 きっとここは鷹矢サンが連れてこられた場所。と言うことはここに篤季たちが来る可能性が強いのだ。
「まだ薬が効いてるようだな。連れてけ。」
中年ぐらいの男の声がした。指示されて、誰かがオレを担いだ。乱暴だったので、あやうく声が出そうになった。急に視界が明るくなった。 外に出たようだ。オレは薄目を開けて、場所を確認した。どこかの港のようだ。潮の香りがする。ここは哲サン家の近くだ。そう・・・確かに。 何度か来たことがあるからすぐに分かった。オレは車のトランクに入れられた。そして車が発車した。オレは頭の中でイメージしながら車に揺られた。

「着いたで。」
遼平は倉庫がある所から少し遠い所に停めた。車(ちなみにワゴン車)に乗っているのは、運転手の遼平、助手席に鷹矢、後部座席に馨と俺の4人だ。 他の人はとりあえず哲サン家で待機している。
「じゃあ、鷹矢と俺が行って見てくるから、馨と遼はここで待機しといて。」
「分かった。」
馨が頷く。
「もしかしたら俺らの動きを向こうは気づいてるかもしれん。不審な人物とか車とか見たら跡つけてくれんか?」
「OK!」
やっぱり馨が返事する。
「おめーらはどーすんだ?」
遼平が煙草に火を点けながら訊ねる。
「そんときは、哲サンにでも迎えに来てもらうよ。じゃ、行ってくる。」
「気ぃつけろよ。」
「おう。」
俺と鷹矢は車を降りた。誰もいない。人気が全くない。まだ昼間なのに恐ろしく感じるのはそのせいだろう。俺と鷹矢は目を合わせた。頷き、駆け出す。
「こっちや。」
鷹矢が誘導する。どうやら瀕死の状態でもだいたいの場所は覚えていたようだ。そうしてある一つの倉庫に辿り着く。
「多分ここや。俺がカンキンされとったトコは。」
「うし。だけど容易に踏み込んだら、蜂の巣になるかもしれんな。」
「こっちにちっさいけど、窓あるで。こっからのぞいてみる?」
鷹矢が指差す。確かに窓がある。鷹矢が周りを見張っている間、俺はその窓から中を覗いた。暗くてよく見えない。しかも地面近くにあるので、見にくい。
「誰もいねぇみてぇやけどな。」
立ち上がりながら、服の土を払う。
「なら、入ってみるか?」
鷹矢が中を指差す。俺はゆっくりと頷いた。

ドアの前に立つ。大きすぎる倉庫の扉。俺らは蜂の巣になる覚悟だった。ゆっくりと少しずつ扉を開ける。しかし撃ってくる様子はない。 それどころか、人の気配も全く感じなかった。恐る恐る顔を覗かせてみる。中は薄暗かった。周りに気をつけながらも中に入る。物音一つ立たない。 聞こえるのは俺らの足音だけ。
「なあ。だれもおらんみたいやな。」
鷹矢が辺りを見回しながら言う。
「せやな。」
緊張の糸がゆるむ。鷹矢はある場所に立った。
「ここや。ここに俺、両手両足縛られてたんや。」
俺もその場所に近づく。なるほど。これじゃあ、あの窓からは見えないし、入り口からもダンボールに阻まれて見えない。 上から灯かりが漏れているコトに気づく。見上げると上の方に小さな窓がある。あの高さじゃ、はしごを使わない限り中を見ることはできない。
「おい。アツキ。」
呼ばれて、ふと我に返る。
「なんや?」
「これってレイヤのじゃ・・・。」
差し出されたそれを見る。
「指輪?」
そう、これはたしかに怜哉のだ。イニシャルも彫ってある。記憶を辿る。携帯借りた時、確かにしていた。と言うことは確かにここにいたのだ。きっとさっきまで。
「一足遅かった・・・・。」
悔しさだけが渦巻く。もう少し早ければ・・・。
「でもさ、どこに連れてかれたんやろう?」
鷹矢がふと疑問を口にする。俺ははっとした。さっきまでいたかもしれない?
「戻るで。」
「えっ。ちょお待ってや。」
俺と鷹矢は車まで一目散に走った。

そのころ、おれと遼サンは車に待機していた。おれは予感がしていた。何かは分からない。それは不安だった。何かが起こる予感が・・・。 その時、車のエンジン音がした。振り返る。黒塗りの高級車。どこかで見たことがある。乗っている人物を見て、自分の記憶が正しかったことを確信する。
「やっぱり・・・。」
「何?やっぱりって。」
小さく呟いた言葉に遼サンが反応する。
「おれの記憶は正しかった。後で説明するけど、あの車、追ったほうがいいんじゃない?」
「そうやな。」
遼サンが車を走らせようとしたその時、おれは後ろから来た人物に気づいた。
「待って。篤季たちが帰ってきた。」
ドアを開ける。
「やっぱり、ここに監禁されてたみたいだ。指輪これ があった。」
俺が指輪を見せると馨が微笑わらった。
「篤季。乗って。おれたちも見つけたよ。橘をね。」
「えっ?」
ワケが分からずにいると、遼平が言う。
「とにかく早く乗れ。怪しい車、見つけたんや。」
その言葉に俺と鷹矢は急いで車に乗り込む。
「しっかり掴まっとけ。飛ばすで。」
そう言うと遼平は思い切りアクセルを踏んだ。

「でも何で分かんねん。怜哉が乗ってるって。」
俺は後部座席ながらシートベルトをし、シートに掴まりながら馨に問う。
「ん?勘カナ。」
馨は即答だった。拍子抜けする。
「カン・・・っスか?」
「そ。おれの記憶も正しかったみたいやし。」
「それ、さっきも言っとったよな?なんなんや?それって。」
遼平がバックミラー越しに訊ねる。
「ヒントその1、乗っていた人物。」
「はい?」
いきなりのコトで頭が回らない。第一、俺はその車に乗っていた人物の顔なんて見てない。
「ヒントその2、あの車の行き先。」
「行き先?」
そういや、こっちって確か・・・。
「俺らの学校?」
「当たり。」
俺の言葉に馨が反応する。
「当たりって。じゃあ、乗ってた人物って?」
「ああ。それはね、今までのコトを考えれば大体の予想はつくよ。」
「今までのって?」
「初めの事件を考えてみて。」
「初めの事件?ってーと、鷹矢拉致事件?」
「ううん。その前。」
「前?」
「そお。おれらの学校で起きたコト。」
馨の言葉に俺は数日前の記憶を手繰り寄せた。遙の家で見たニュースがふと浮かぶ。
「薬品盗難事件?」
「そっ。そっから既に始まってたとすれば?更に言うと、橘が停学させられる前から始まってるとすれば?」
「どうゆうコト?」
俺の頭の中は既に混乱していた。何がなんだか分からない。
「言っとくけど、これは飽くまでおれの勝手な推理やから。真実は分からないよ。けど橘は停学させられる2、3日前の記憶を失ってる。 その間に橘は見てはいけないモノを見てしまった。そのショックから記憶が曖昧になり、それが何だったのか分からなくなってしまった。 しかしそんなことを知らない彼らは橘に秘密を知られたと思い、とりあえず学校に来られないよう罠をかけ、停学処分にした。 だが、依然としてその不安は取り除かれない。ならいっそ、殺してしまえ。そう考え、橘を拉致し息の根を止めようとした。」
馨の推理は当たっているような気がした。そうすれば、辻褄も合う。
「なぁ、その見てはいけないモノって?」
鷹矢が訊ねる。
「それは知らない。」
馨があっけらかんと言う。
「知らないって・・・。」
「だって飽くまで推理やもん。それに続きがある。橘を拉致しようとしたが、マヌケにも間違って隣の鷹矢の部屋に入ってしまう。 しかもそれにも気づかない。おれの推測だけど、恐らく橘を拉致ろうとしたヤツは顔を知らなかった。」
「なんで?」
俺は即行で尋ねる。
「多分、金で雇われたかなんかやろうな。橘の特徴と部屋番号しか教えられてなかった。向こうもまさか間違うとは思わなかっただろうからね。」
「そっか。」
妙に納得してしまう。
「なあ。で、車に乗ってた人物ってのは?」
遼平が訊く。
「ああ。ここまで考えたら、何となく分からん?」
馨が問う。これまでのコトをもう一度考えてみる。怜哉が見てはイケナイモノを見て、学校に来られないようにできる人物。学校? さっきから引っかかる。あの車の行き先も俺らの学校らしいし・・。じゃあ、その人物って・・。
「もしかして・・・センコー?」
恐る恐る訊いてみる。
「アタリ。」
「ちょっと待て。とゆうことは、俺らの学校に容疑者がおるってことか?」
「そーなるね。」
馨があっけらかんと言う。俺はショックで声が出なかった。どうして?こんなにも身近にいる人が・・・。
「まあ、そう落ち込むなって。」
馨がポンっと肩を叩く。
「なんでおめーは平気なんだよ。」
俺はつい怒鳴ってしまった。
「なんでって言われてもねぇ。ただまだそうと決まったワケじゃないし。今の段階じゃ、何も分かんない。だからこうやって後つけてんじゃん。」
馨のポジティブな考えに脱帽だ。明るく言う彼の瞳はやっぱりショックを受けているカンジがした。馨も信じられないはずだ。きっと。
「そ・・やな。まだ決まったワケちゃうもんな。怒鳴ってゴメン。」
「ええよ。気持ちは分かるからさ。」
「着いたで。」
遼が車を止める。あの高級車は学校に入って行った。俺らは校門の斜め向かいにいる。
「やっぱり学校か。」
馨がうなる。
「どうすんだよ。」
鷹矢がじれったそうに言う。
「どうするって行くしかないっしょ。」
俺が言うと即行で反撃される。
「どうやってだよ!見つかったら、殺されるかもしれんのやで?」
「大丈夫や。今は定時が使ってんだろ?紛れりゃ見つかんねーだろ。」
遼平が鷹矢をなだめるように言う。
「さすが卒業生。」
「ヨイショしても何も出んで。」
別にヨイショなんかしてないのに・・・。
「よし。それで行こ。」
「どれ?」
馨の言葉に鷹矢がボケかます。
「だから、定時の生徒のように入ってけばバレないんやから、堂々と入ってけばええねん。」
「じゃあ、車、学校ン中入れてええんやな。」
遼が念を押す。馨が頷く。遼はギアを入れ替え、車をゆっくり発進させた。
「じゃあ、俺と遼が中に入るわ。」
「そやな。で、おれと鷹矢が怜哉を探す。多分まだ車の中にいると思うから。あ、念のため変装して。特に鷹矢は顔見られてるし。」
俺らは車に積んであった帽子やグラサンで簡単に変装した。遼平に至っては髪形まで変えている。そこまでしなくても・・・。
「行くで。」
「「「おう。」」」
俺らは車を後にした。

「なあ。どこ行ったと思う?」
何となく訊いてみる。俺らはとりあえず校舎に入った。
「そやな。やっぱ人気のねぇトコじゃねーの?」
「なんで?」
「だって馨の推理じゃ、怜哉はまだ車ン中におるんやろ?それ、ほっといてノンキに仕事すると思うか?トランクん中にでも入れられてたら、死ぬで?」
「でも、怜哉を殺すのが目的ちゃうの?」
「うっ。」
「そうなると酸欠で死んだとしても殺す手間が省けたとかって考えるんじゃ・・。」
自分で言ってて怖くなる。
「まあ、でも定時のセンコーではないな。」
「なんで?」
「だって定時って五時からだろ?仕事ほっぽりだして行くかよ。いないってバレたら自分のクビがヤバイんやで?それに何かあったときに怪しまれるだろうが。」
「そっか。じゃあ、全日の?」
「そうなるな。」
「顔、見んかったんか?遼は。」
「見たけど知らん顔やった。」
「なら、見れば分かるんやな?」
「ああ。」
俺らは普通科の職員室が見える場所に来ていた。ここからならこっちは見えても向こうからは見えない。
「どーや?おるか?」
「うーん。いねぇな。」
遼平はなぜか双眼鏡を持っていた。母校なので俺よりよく知っているのだ。遼平は双眼鏡を下へとずらした。
「あっ。」
「なんや?」
いきなり叫ばれ、驚く。
「いた。」
「どこに?」
「会議室。」
「会議室ぅ?」
なんでそんなトコに?
「行くで。」
遼平が走り出す。俺もその後を追った。

「どこや?」
鷹矢とおれは例の黒塗りの車を探していた。
「もしかしたら中庭に止めたんかも。あの人はいつもそうだから。」
馨の言葉に鷹矢は予感した。実は馨が見た人物ってのは、馨や篤季がよーく知ってる人物なんじゃないか?だからさっき篤季に言わなかったんじゃ・・・。
「やっぱりあった。」
おれの思った通り、車は中庭にあった。おれたち2人は校舎の影に隠れつつ、覗き見た。
「なあ、あそこ誰かおるで?」
鷹矢が指差した方向に人影があった。
「どうすんや?」
「こうなったら強行突破しかないね。」
「キョウコウトッパ?」
帰国子女な鷹矢にとって漢字を並べられたら理解不能になる。
「そ。鷹矢、あいつの気、失わせれる?」
「モチロン。」
鷹矢がにかっと笑う。
おれらは見張りらしき人物に近づいた。鷹矢はそいつの肩を後ろから叩き、振り返ったと同時にお腹に一発お見舞いする。そのままそいつは倒れこんだ。
「ナイス♪」
「それより早くしないと・・・。」
「そうだね。」
おれは車を覗いた。誰も何もない。
「じゃあ、やっぱトランクか。」
トランクに向かって声をかける。
「橘。おれ、森村。事情は篤季に聞いた。もしここにいるんなら、合図してくれ。」
するとトランクの中からノック音が聞こえた。
「ビンゴ♪」
おれは自分のショルダーバッグからあれ取り出す。
「何?それ。」
「鍵開け道具。」
「えっ。」
あっさり返ってきた答えに鷹矢が驚いた。しかしおれはそんなコトはお構いなしに鍵を開ける。
カチャッ♪
軽快な音と共に簡単に開いた。
「開いた。」
意外と早く開いた。驚きを隠せない鷹矢。おれはトランクを開けた。
「橘。」
声をかけると怜哉は薄目を開けた。ずっと暗い中にいたせいで眩しいのだろう。
「ダイジョブか?」
鷹矢も声をかける。
「ああ。何ともない。」
「とりあえず車まで行こう。」
おれは怜哉の手の縄をナイフで切った。そして怜哉に自分がかぶっていた帽子をかぶせた。そしておれたち3人は遼サンの車に向かった。

「ホンマに会議室におるんか?」
「おるよ。俺、見たもん。」
走りながら不安になってきた。だがここは遼平を信じるとしよう。にしても一体誰なんや?犯人ってのは。
「ブッ。」
走っていると遼平にぶつかった。
「いきなり止まんなよ。」
「シッ。」
遼平が人差し指を唇に当てる。
「ここや。」
遼平は灯かりが漏れている会議室を親指で差す。俺らはその隣の資料室に入った。
「こうゆうときは・・・。」
遼がポケットを探る。そして馨から手渡された盗聴器を取り出す。馨の父親は一応科学者で、なぜか変なモノをたくさん持っている。これもその一部だ。 そしてさっきこれを渡された。一度も家に帰ってない馨が盗聴器を持っていた・・・。馨は敵に回すとかなり怖い存在かもしれない・・・と改めて思う。 遼平は会議室を窺いながら、盗聴器を会議室の入り口付近に取り付ける。そして俺たちは資料室の奥でイヤホンを耳に押し入れ盗み聞きする。これも立派な犯罪だと思う・・・。
『で?例の取引はどうなった?』
例の取引?なんじゃそりゃ。にしてもこの声、どっかで聞いたコトあるような。
『順調ですよ。あの橘怜哉も捕らえましたしね。』
『で、ヤツはどこに?』
『薬でぐっすり眠っていますよ。トランクの中でね。』
『そうか。だがまだ殺すなよ?あの人たちのトコに連れてってからだ。』
『分かってますよ。』
そのとき、俺の携帯のバイブが鳴った。馨からだ。怜哉を助け出したらしい。
「俺らも退散すっか。」
遼は小声で言いながら立ち上がった。そして資料室から出て廊下を歩き出したときだった。
「何をしてるんだ?授業始まってるぞ。」
後ろから声をかけられた。一瞬歩みが止まる。緊張が走る。俺は口から心臓が飛び出るくらいドキドキした。しかしその声は俺のとってもよく知っている声だった。
「迷ったんスよ。ほらこの学校の校舎って迷路みたいに複雑だから・・。」
遼平が振り返り、何でもないように言い訳した。俺は振り返れなかった。代わりに帽子を深くかぶる。
「一年か?」
「そうっス。」
「何科だ?」
「工化っス。」
この校舎を使うもっともらしい科名を答える。
「分かるか?」
「何とか。来た道戻ってみます。」
「そうか。分からなかったら、近くの先生に聞きなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
俺らは一礼してその場を去った。
「ふう。危なかったな。」
遼平が溜息を漏らす。
「サンキュ。俺、焦っちまって。」
「いいって。別に怪しまれんかったみたいやし。」
遼はそう言ったが俺は不安だった。
「篤季?だーいじょぶやって。そんな心配すんなって。」
「いや。そうじゃない。」
「えっ?」
「犯人分かっちまった。」
「良かったじゃん。」
「信じたくないけどな。」
「篤季・・・。」
俺の沈んだ声を聞き、遼平が察したらしい。犯人は俺のごく身近な人物だということを。俺らは急いで車に戻った。

「おかえり。」
車に乗り込むと馨が笑顔で迎え入れてくれた。
「怜哉・・・無事、やったんやな。」
俺はサードシートに乗っている怜哉を見て、ほっと胸をなでおろした。
「ああ。心配かけて悪かったな。」
「ええよ。無事やったんやから。」
その間に遼平が車を出す。
「で、そっちは何か分かったんか?」
鷹矢が振り向いた。
「ああ。犯人、分かった。」
「マジ?」
鷹矢が嬉しそうに言う。
「ああ。馨の言った通り、センコーだった。しかも俺らのよく知ってる人物。」
そう言うと、馨が黙り込んだ。
「犯人は・・・俺らの担任・・・。」
「えっ?」
鷹矢と遼平が声をあげる。馨は思った通りという顔をしている。
「もう一人は?」
遼平の問いに馨が声を出す。
「?もう一人って?」
怪訝そうな顔をしてるところを見ると、馨は担任の顔しか見てなかったらしい。
「その担任と話してたんや。会議室で。」
遼平が説明する。
「あの声は・・・多分・・・教頭・・・。」
「教頭?」
俺が言うと遼平が聞き返す。俺は頷く。
「何か話、ややこしくなってる気が・・・。」
馨は頭を抱えた。確かにこの二人の共通するっていうと、教師であることぐらいだろう。なのになぜ?疑問だけが頭の中を駆け巡る。
「あのさ・・・。話、ぜっんぜん見えんのですけど・・。」
後ろで怜哉が首を傾げている。
「そうやな。とりあえず、哲んトコで説明するよ。」
遼平はそう言うと更にスピードを上げた。
「りょっ、遼平サンっ。スピード違反では?」
俺はシートにしがみつきながら問う。
「っるせ。後ろ。」
ハンドルを切りながら、短く言う。
「後ろ?」
振り返って見ると、一台の車が追って来ていた。
「もしかしてバレてんの?」
馨が苦笑する。
「怜哉。伏せとけ。」
怜哉は一応帽子をかぶっていたが、念のためだ。もう見られてる可能性の方が強いが。
「このまま振り切る。みんな、掴まっとけよ。」
そう言うとまたスピードを上げた。体がむち打ちになる。かなりイタイ。だがそんなコトは言ってられない。
「まさか街中で発砲してこんよな?」
そんなことを考える自分がオソロシイ。
「ははっ。アメリカならアリだな。」
鷹矢が苦笑いを浮かべる。怖い。恐ろしすぎるっ。何なんだ?この会話っ。
「しつこいっ。」
遼平が舌打ちする。この遼平の運転に付いて来れんだから向こうの運転も大したモンだ。
「何か言った?」
遼平がバックミラー越しに俺を見る。
「イエ。ナニモ。」
人の思考を読むなんて反則だぁ。
「とにかく振り切ってみる。」
そう言うと遼は赤になったばかりの信号に突っ込んだ。絶体絶命っ!こんなコトで死にたくねぇー!・・・・・しかし不思議なコトに事故らなかった。
「どんなモンや。俺の腕を見たか。」
遼は鼻で笑った。
「「二度とすんな!」」
俺と鷹矢は血管ブチ切れんばかりに怒鳴った。スピードは少し落とし、複雑な道に入る。追っ手もこれでは追って来れんだろう。
「ダイジョブか?橘。」
馨が後ろに声をかける。
「ああ。何とか。」
シートに伏せていたため、シートベルトをしてなかった怜哉は見事にシートから落ちていた。
「もう追って来んやろうから、ちゃんと座った方がええで。」
「そうする。」
俺も振り向き声をかけると即行で返事された。
「でもさ。あの車ってなんなんやろ?俺らがつけてたんとちゃう車種やったよな?」
鷹矢が話題を変える。どうやらサイドミラーを見ていたらしい。
「そうやな。」
遼平が短く答える。俺は思い当たる節があった。
「ひょっとして・・。」
「なんや?言ってみ?」
鷹矢が促す。
「なあ、遼。会議室での会話、覚えとる?」
「ああ。怜哉はまだ殺すなってヤツ?」
「うん。そのあと確かこう言ったよな?『あの人たちのトコに連れてってからだ』って。」
「あの人たち?」
馨が問う。
「ああ。確かにそう言った。そいつらかもしれん。」
「誰だろ?一体・・・。」
馨が考え込む。
「あのさ。話変わるけど、オレを襲ったのって担任ちゃうよ?」
怜哉がいきなり話し始める。
「じゃあ、誰?」
馨が訊く。
「顔はよく見えんかったけど。センコーじゃなかった。あれは生徒やった。」
「生徒ぉ?」
思わず訊き返してしまう。
「ああ。靴が学校指定のスニーカーだった。でもってオトコ。」
「スニーカーか。」
馨が呟く。
「スニーカーなんて誰でも履いてんちゃう?」
俺が言うと馨が首を振った。
「いや。ほとんど革靴だよ。現におれも篤季も革靴じゃん。」
「そっか。」
「それでかなり絞れるな。どんなだった?その靴。」
「ほら、白地だけのスニーカーだよ。運動靴じゃない方。」
「どれぐらい履いてると思う?」
「かなり汚れてた・・・と思う。三年とかやないか?一年じゃない。一年ならまだキレイなはずやろ?」
「あとは?何か見んかった?」
「そーやな。顔は逆光やったし意識も朦朧としとったから分からんかったけど。髪は篤季くらいの短髪だった。」
「坊主じゃなくて?」
馨は突っ込んで訊く。まるで探偵のように。
「ああ。篤季くらいだった。」
「じゃあ、野球部じゃないね。」
馨が笑う。怜哉も笑う。
「うん。だいぶ絞り込めた。」
馨がまとめる。
「あとはこれに当てはまる人物を探せばええねんな。」
俺が言うと馨は微笑んで頷く。
「着いたで。」
遼平は車を止め、エンジンを切る。何とか無事に哲サン家に着くことができた。一同胸をなでおろす。

「怜哉クン強奪オメデトウ。」
部屋に入るなり響介が拍手しながらワケの分からないコトを言う。
「救出と言え。」
「あう。」
そう言いながら遼平が響介をひざカックンする。
「おかえり。」
哲サンがその様子を見、笑いながら言う。
「おかえり。大丈夫だった?篤季。」
遙が近寄る。意外だ。こうゆうときって怜哉の方に行くと思った。
「う、うん。」
「おい。遙。なんで篤季の心配なんかしてんねん。殺しても死ななそうなヤツをよ。」
遼平が意地悪く笑う。って何やねん。それ。その言葉ソックリそのまま返してやるっ。
「だって。一番危なっかしいもん。」
「言えてる。」
遼が笑う。
「おいっ。」
思わずツッコんだ。それは遼平の方だろう?
「でも良かった。みんな無事で。」
遙が安心した顔をする。
「で?怜哉は大丈夫なんか?」
哲サンが煙草に火を点ける。
「あ、はい。ご迷惑おかけしちゃって。」
怜哉が頭を下げる。
「誰も迷惑なんて思ってねーよ。」
俺は怜哉の頭を小突いた。すると怜哉は照れ笑いをした。
「サンキュ。」
「にしてもよく見つかったね。」
譲がのんびりとコーヒーを飲みながら言う。
「ああ。馨のおかげやな。」
遼が言うと馨が首を傾げた。
「なんで?」
「馨が怪しいって言う車追ったら怜哉が乗ってたんや。」
遼が説明する。
「たまたまだよ。見たことある車だったし・・・。」
「どうゆうコト?」
今度は遙が首を傾げる。
「犯人が分かった。」
鷹矢が言うと一瞬時が止まる。
「ホンマに?」
遙が信じられないという顔で俺に問う。
「ああ。」
俺が頷くとすぐに反応が返ってきた。
「で?誰?」
譲が興味津々で訊ねる。俺らは一瞬ためらった。どう言えばいいのか分からなかった。しばらくして馨が口を開く。それは車の中で俺に聞いたことだった。
「最初の事件、覚えてる?」
「鷹矢拉致事件。」
響介は俺と全く同じに答える。しかし妙に自信満々だ。
「ううん。その前。」
「その前?」
馨が問うと響介が悩み始めた。馨は遙を見た。
「遙は分かる?おれらの学校で起きた事件。」
「理科室の薬品が盗まれたってヤツ?」
「そう。事件は既にここから始まっていたんだ。更に言うともっと前から。」
馨が言うとどよめきが起こる。
「なんでそうなんの?」
響介が問う。
「おれたちが追った車は真っ直ぐおれらの学校に向かってた。それでそう考えたんだ。そしたらすべてが繋がる気がしたんだ。」
「で?もっと前ってどうゆうこと?」
譲が引っ掛かった言葉を訊ねる。
「橘は停学する前の2,3日の記憶がないって言ってたよね?」
馨が確認する。
「ああ。」
「それで仮説を立ててみたんだ。もしかしたらそこからすべてが始まってたんじゃないかってね。」
「じゃあ、怜哉クンの記憶が無くなったのってそれと関係があるってコト?」
遙が頭の中を整理しつつ言う。
「おれの推理だとね。」
馨は肩を竦めた。
「じゃあ、オレはそれによって事件に巻き込まれたってコトか?」
怜哉はパニクってるように見えた。俺は何となく怜哉の肩を叩いた。
「飽くまで仮説だから・・・。」
俺はそれしか言えなかった。怜哉は頷いた。
「で?馨の推理は?」
今まで黙り込んでいた哲サンが口を開く。それで馨は車の中で俺たちに言ったコトを皆に告げた。一同、黙って聞き入った。そして一通り話し終わると、また馨が口を開いた。
「実は前々から不思議に思ってたコトがあるんや。」
「不思議にって?」
譲が問う。
「教頭って結構評判悪いんだよね。校内で。」
「なんで?」
響介がクエスチョンマークを飛ばす。
「ああ。あいつ、職権濫用しよんねん。あいつ来てから校則がやたら厳しくなったし。」
俺が言うと遙も頷く。
「うん。学級委員がしっかりしてないから、不出来なヤツが出るんだってイヤミ言われた。」
「まあ、こんな感じにね。」
馨がまとめる。
「ショッケンランヨウって何?」
鷹矢が訊ねる。そいやあ、こいつは帰国子女だったな。
「あ、おいらも分かんねー。」
響介が挙手する。
「お前、一体何年日本人やってんねん。」
遼平が呆れている。一同同じ気持ちだ。
「職権濫用って言うのはね、公務員が・・・教師とか警察官とかがその仕事をするために持ってる権利を、悪用して使うことなの。」
遙は鷹矢に分かりやすく説明する。
「なるほど。」
「ちなみに英語で言うと?」
「misfeasance.」
響介の言葉に哲サンが即答する。さすが5年間アメリカに住んでいただけある。発音もスバラシイ。
「あ、それなら分かる。」
鷹矢が頷く。怜哉はその光景を見て首を傾げていた。
「鷹矢はアメリカ育ちで哲サンは5年間ロスに住んでたんや。」
「ああ。それで。」
怜哉は納得したようだ。
「で、話戻すけど何が不思議なの?」
譲が軌道修正する。
「ああ。そうやった。その教頭が、最近いっぱい味方付けてるっていう噂が流れてんだ。」
「あ、それ。聞いたことある。」
馨の言葉に遙が反応する。
「確か生徒会との繋がりが異様に強くなったって。」
「どーゆーコト?」
遙の言葉がイマイチ理解できない。遙がまた口を開く。
「生徒会って言ってもごく少数だよ?だけど妙なんだって。」
「何が?」
「生徒会のコから聞いたんだけど、教頭が来た当初はみんなもイヤだったらしいの。教頭のやり方に賛成できないって。 だけど最近になって態度が急変したらしいの。『話してみるといい人だ。』って。それが会長から始まって、副会長に書記、会計の3年生。 その子は広報の2年生なんだけど。3年生が揃いも揃って言うモンだから、何かあるんじゃないかって言ってた。」
「待て。遙。その広報委員って・・。」
俺は頭を抱えた。
「アタリ。泉水のコト。」
「やっぱり・・。あいつ、ほっといたら何かしかねんで?」
「大丈夫よ。釘刺しといたから。」
「釘?」
「そ。あんまし首突っ込みすぎたら、そのうち命落とすよって。」
「・・・・それ、正解かも。」
「でもま、そうゆうコト。」
「分かるか!」
馨の強引なまとめ方に遼平が吠える。
「だからね。遙が言ったみたいに、教頭と生徒会の間で何かあったはずなんだよ。それを橘が目撃しちゃったんじゃないかっておれは推理してんだけど。」
馨が怜哉を見る。だが怜哉は首を傾げるだけだった。
「ま、何にせよ。失った記憶がすぐに戻るはずないし。その推理が正しいとしても、怜哉を殺そうとしとんのは誰なんや?」
遼平の言葉に馨が詰まる。俺は口を開いた。
「俺、考えたんやけど・・。」
「その足りない頭で?」
「うっせー。」
遼平の毒舌にツッコむ。なだめるように遙が入る。
「何?篤季。」
「あ、うん。あのさ。教頭と担任の口調からして、怜哉狙ってるヤツらって学校関係のヤツじゃないと思う。 何か教頭たちより上に立ってるっぽかったし。・・・多分やけど、・・・何か別の、組織ちゃうかなって。」
「組織?」
馨が反応する。
「あ、そうかも。」
鷹矢が口を開く。一同、鷹矢を見る。
「俺、あの倉庫から逃げ出して外に出た時、ヤツらも追ってきたんや。前にも言ったけど黒ずくめで・・。」
「えっ?」
初耳の馨が聞き返す。
「全員、黒い服やってん。マントみたいなんで、顔隠してた。」
「全員?」
鷹矢の言葉に馨がまた反応する。全員が黒ずくめだった、なんて。普通なら考えられない。だが、馨の聞き返しに鷹矢が深く頷く。一同、声を失う。
「その黒ずくめが銃持ってたってコトは、だ。ヤツらが警察庁襲って、銃盗み出した犯人なんかな?」
哲サンが沈黙を破る。
「その可能性はあるね。」
譲が頷く。
「でもさ。その組織って一体何なんだろ?それが判んないと、手の打ちようがないよね。」
遙が溜息を吐く。全員頷く。
「ところで遼。その会話、盗み聞きしたんってどこや?」
「え?ああ。会議室やけど?」
哲サンの不意の問いに俺は驚いた。そんなん聞いて、どうすんだ?しかし次の言葉に頭が真っ白になったのは言うまでもない。
「そこ、盗聴器仕掛けれる?」
「ああ。多分。でもどうすんだよ。そんなん仕掛けて。」
普通に答えるなよ。そりゃ、犯罪だってば。は・ん・ざ・い!
「盗聴すんに決まってるやん。」
「だからなんで?」
「今のは飽くまで推理やろ?それに証拠とかヒントとかが少なすぎる。それに会議室って実はあんま使ってないしな。やから、そこで話してたんやろうし。」
「よく知ってますね。」
怜哉が半分呆れているのが分かった。そうでしょうとも。犯罪だよ。そんなコトしたら。
「ああ。あそこは母校だし。俺、元生徒会長。」
哲サンがにっこり笑う。何か笑い方まで遼平に似てきた。悪魔の微笑だよ。それじゃ。
「そーやったんや。」
「そうそう。あ、それと何か物証が欲しいな。篤季、よろしく。」
「は?」
いきなり言われて、すぐに脳細胞は働かなかった。
「隣の部屋、準備室。そこにきっと何かあると思うな♪」
そこ探せって?楽しそうに言うなよ。んなコト。
「・・・犯罪やん。そこまでしたら。」
「キミは既に盗聴してるじゃん。」
「うっ。」
それを言われると痛い。って、あれは仕方なかったんやって。
「それに引き受けてくれないならいいよ。芹華にアレ、バラしちゃうから。」
「アレ?」
「そ、アレ。」
何だ?アレって。多すぎて検討がつかない。
「言ってもえんや。」
「わー。やりマス!!やらさせていただきマス!!」
こうでも言わなきゃ、やってないコトまででっちあげられそうや。
「初めからそう言やぁーええのに。」
哲サンが勝ち誇った目で見る。くっそー。いつか仕返ししてやる。
「何か言った?」
「イエ。ナニモ。」
なんで人の思考を読めるんだよぉー。(泣)ってゆうか絶対遼平に似てきたぞ。哲サン。
「「何か言った?」」
遼と哲サン、ダブル攻撃。
「ナニモイッテマセン。」
「じゃ、馨。盗聴器の準備、よろしく。」
「了解。」
了解すんなっ。
「あと、遙は篤季がちゃんと任務遂行するように見張っといて。」
「OK。」
OKすんなっ。あー、もうっ。絶対皆おかしいぞ。犯罪だぞ?分かってんのか?
「篤季、まだ不満そうだな。」
遼平が睨む。ひぃ―――。だからなんで人の思考読めるんだよぉ。
「メッソーモゴザイマセン。」
とりあえずこう言っとかないと・・・。
「ま、あんま無理すんなよ。向こうに見つかると、殺されるかもしれんし。」
あっけらかんと言う哲サン。それ、あんま言って欲しくなかったかも。
「そうそう。飽くまでこっそりとね。」
遼平が笑う。通称悪魔の微笑み。・・・そりゃ、あんたらはええよ。家にいるもんね。安全だもんね。くっそー。危険なコトばっか、やらせやがって!いつかバチ当たるで。
「何か言いたそうだな。篤季。」
哲サンが微笑む。あーあ。悪魔そっくりだよ。いや。そのものだよ。だけど言わない。何か怖いし。話を逸らす。
「・・・じゅ・・準備室ったって、鍵くらいかかってんじゃ・・。」
「大丈夫。あそこは年中開けっ放し。」
哲サンが笑う。なんじゃそりゃ。
「あ、そうそう。あそこ、鍵壊れてんだ。」
遙が思い出したように言う。
「哲サンがいた頃からって。直せよ。鍵くらい。」
「あそこ、誰も使ってないからさ。直すのずっと忘れてんじゃない?」
俺のツッコみに遙が答える。
「さいでっか。」
サスガに呆れてしまう。うちの学校ってロクなのいないんじゃ・・・。それに俺が含まれているコト考えると何ともオソロシイ。
「で、あの・・・オレは何したらいんっスか?」
怜哉が訊ねる。
「そーやね。とりあえずおとなしく遼平んトコにいなさい。」
「えっ?」
「キミ、しばらく学校休んだ方が安全やと思うわ。」
「そやな。」
哲サンの言葉に遼平が頷く。俺もそう思う。
「はーい。質問。」
譲が挙手する。
「何?」
「あのさ。馨は、担任が関与してるってなんで分かったの?」
そう言えばそうだ。妙に確信がこもっていた。
「ああ。それもさっき言ったのと、関係あるんやけど。おれらの担任って、やっぱりあんま評判良くないんよな。無愛想やし、やたら厳しいし。」
「そうそう。俺なんて何回追試受けさされたか。」
「篤季、赤点取ったの?」
遙が目を丸くしている。
「ううん。赤点ぎりぎり。」
「赤点取ってないのに、追試受けたの?」
「そ。ムリヤリな。入学当初なんてこの髪のせいで、校長室に呼ばれそうになったんやで。」
そうなのだ。俺のは天然茶髪なのに。
「ひどいね。それ。篤季のは生まれつきなのに。」
「やろ?親が来て何とか説得できたけどな。」
「親まで呼び出されたの?」
「そ。」
「信じらんない。」
遙はまるで自分のコトのように怒ってくれた。何となく嬉しい。ま、昔からだけどね。髪の毛に因縁つけられんのは。今までどんだけ絡まれたことか・・・。 ま、絡んで来るヤツらを一網打尽にしたんは言うまでもないんやけど。
「ね。評判悪いっしょ?」
馨がみんなに相槌を求める。
「で、また生徒会絡みとか?」
響介が問う。
「うーん。当たらずとも遠からずってヤツかな?」
「どうゆうこと?」
今度は譲が問う。
「それがさ。ある時から、生徒会と白井・・あ、担任ね。白井と妙に仲良くってさ。不思議なコトもあるモンやって思ってたんよな。それで今回の事件やろ?何かあると思ったってワケ。」
「なるほど。」
「じゃあさ、もしかしたら怜哉クンはその・・教頭と白井先生が何かしてるとこ、見ちゃった可能性もあるってコト?」
遙が訊ねる。
「そうかもね。」
馨の返答に怜哉が止まった。
「怜哉?」
「分かんない・・・。分かんねーよ。そんなコト言われたってっ・・。」
「落ち着け。怜哉。」
「思い出せねーよ。」
「落ち着けって。」
俺は怜哉の両肩を抑えた。
「今すぐに思い出せなんて言ってない。今やらなあかんコトは、さっき哲サンが言うたことや。俺らが絶対犯人捕まえたるから、怜哉はおとなしく待っとき。」
「・・・そんなコト言ったって・・。オレ、迷惑ばっかかけて。篤季とだってごく最近話しただけなのに・・・。哲サンたちにもすっごい迷惑かけてんのに。オレは・・・。」
「ええねんって。俺らは好きでやってんねんから。それに迷惑なんて思ってないって前にも言うたやろ?あれ、本心やで? じゃなかったら、あのめんどくさがりの遼平が動くワケないやん。」
「ほう。おめーは俺のコト、そんな風に思てたんか。」
ギクッ。
恐る恐る振り返ると、そこには血管ぶち切れそうな遼平が立っていた。
「あ・・の・・その・・。アヤ、言葉のアヤ!!」
「問答無用。」
カッと目を見開く。恐ろしすぎる形相。殴りつけてくる拳をつい受けてしまった。
「てっめぇ。いい根性してんじゃねーか。」
そりゃ、こっちの台詞だっ。俺は空手有段者やで!
「アツキ。ノシちまえ。」
鷹矢が野次を飛ばす。そりゃノスのは簡単やけど、後々を考えるとオソロシイモンが。
「はいはい。ストップ。」
哲サンが手をパンパンと叩く。
「なんで止めんねん。」
遼平が愚痴をこぼす。
「あのねぇ。結果は目に見えてるでしょーが。篤季は空手有段者なんやから。それに当たってるやん?めんどくさがりって。ぷぷっ。」
哲サンが意地悪く笑う。
「てめぇ。」
「お兄ちゃん。ホントのコト言われたからって、怒んないの。」
「遙まで・・・。」
「とーにーかく!ちゃんと決めなきゃ、いけないんじゃないの?」
譲が口を挟む。それで俺たちは明日に備えて話し合う事にした。
「あ。そういやさ。忘れてたんやけど。これ。」
俺はさっきのボールを取り出した。あのボールだ。ワープロ打ちの脅迫状付き。
「何や?これ。」
遼平がボールをしげしげと見つめる。
「怜哉が誘拐された後、どこからか飛んで来た脅迫状ボール。」
馨が冷静に説明する。
「ああ。それで篤季が顔に怪我してんの?」
譲が自分の頬を指差す。俺が怪我してる辺りを。
「そ。ガラス越しに投げられて。割れた破片が刺さった。」
「もしかしてそれ。そのままにしてきた?」
俺がそう言うと哲サンが身を乗り出した。
「うん。そういやそのままにして来たんちゃう?」
俺は急に不安になった。馨たちの顔を見る。
「もう片付けたんちゃうの?定時制とか。」
馨があっけらかんと言う。
「そういや、さっき遼平と盗聴した時、片付いてたかも。」
俺は記憶を辿った。怜哉が誘拐されたのも、遼平と盗聴したのも会議室だった。
「ああ。俺たちが行ったときにはもう直ってたよな?俺、気づかんかったもん。」
遼平はボールを皆に回しながら言う。
「会議室が鍵やな。」
哲サンが呟く。
「会議室・・・。」
確かに。それは思う。やっぱ会議室調べた方がええな。
「遼平たちが行ったときに既に片付けられてたってことは、やっぱ疑わしいのは教師ってコトか。」
「なんで?」
譲の呟きに、響介が首を傾げる。
「だって。もし生徒なら何もなかったように片付けんのはムリっしょ?教師なら他の人に何も言われなくて済むし。」
「ってことは替えのガラスも用意してたってワケか。」
今度は馨が呟く。
「なんで?」
やっぱり響介が訊ねる。おいおい。自分でちっとは考えろよ。
「だから、もし教師の複数犯ならおれと遙を呼び出すのも、橘や篤季が心配して見に来ることも全て計算できるってワケ。遙がなかなか帰って来なかったら、篤季が心配するのも見越してね。」
馨は淡々と説明する。ってことは、俺はまんまと敵の策略にハマってたってことか?なんか自分で考えてて悲しくなる。
「じゃ、篤季が聞いた叫び声ってのは?」
怜哉が口を開く。そうだ。俺は叫び声を聞いて怜哉の傍を離れたんだ。
「いるじゃない。生徒会にだって女の子は。」
遙が答える。
「そっか。生徒会が絡んでるってことは、その中の女子が叫んだ。または女教師。」
「いいねぇ。女教師って響き。」
俺が真剣に言ってんのに、遼平が笑う。
「スケベ親父みたい。」
「なっ。そんなことないで!」
最愛の妹に白い目で見られ、妙にムキになる。
「どうだか・・・。」
遙はそっぽを向いた。哲サンが咳払いをし、話をまとめ始める。
「とにかく、今回の事件は教師や生徒が関わってる。複数な。で、どうゆうワケだか何らかの組織と関わりがある。 しかしその組織ってのが、何なのか今のところ分かってない。それはま、置いとくとして・・。」
「置いとくんかい!」
遼平がツッコむ。哲サンはあっさり頷く。いいコンビだなぁ。
「うん。今んとこ分かってるのは、教頭とお前らの担任が最有力容疑者ってこと。さっきも言ったけど生徒会の3年生も関わってるかもしれないってこと。そしてなぜか怜哉の命も狙ってる。」
哲サンは最後の言葉を躊躇いがちに言った。一同言葉に詰まる。
「俺は絶対犯人捕まえてやる!いくら教師とは言え、やっていいことと悪いことくらい分かるはずや。それなのに人の命、奪おうとするなんて最低や。」
俺は溢れ出る感情を抑えることができなかった。きっと皆同じ気持ちだと思う。
「そうね。あたしもそう思う。」
遙が頷く。
「おれも。」
「俺も。」
と次々に俺に賛同する。
「でも無茶だけはすんなよ。向こうはどんな手でくるか、分からんのやし。」
哲サンが俺たちをなだめるように言った。
「分かってるよ。無茶はしない。けど絶対に事件の犯人と真相を暴いてやる。」
「がんばろうで。」
「おう。」
一致団結する。皆がいるだけで力強い。仲間がいるってコトがこんなにも俺の力になってくれる。仲間だからこそ、かもしれない。
「あ。そうや。」
俺はイキナリ思い出した。ポケットを探る。えーっと。確かココに。・・・あった。
「怜哉。これ。」
俺は握り拳を怜哉の前に突き出した。怜哉は訳が分からぬまま手を出した。俺はその手のひらの上に拳を開く。
「あ。これ。」
「あの倉庫で見つけた。それ、お前のやろ?」
「さんきゅ。まさかホンマに見つけてくれるとは思わんかった。」
怜哉は苦笑した。
「見つけて欲しかったんやろ?」
「まーね。」
「何?指輪?」
遙がひょこっと俺の後ろから顔を出す。
「おう。怜哉探しに行った時な、捕まってたらしい倉庫で見つけた。」
「必死やってん。何か手がかり残そうと思ったんや。きっと鷹矢サンが捕まってた場所と一緒やと思ったし、鷹矢サンおるけん、来るかなって思って。」
「ビンゴやったってワケや。」
俺と怜哉で交代に説明する。
「へー。でもよく怜哉クンのだって分かったね。」
「ああ。イニシャル彫ってるし、携帯借りた時、してんの見たかんな。」
「記憶力ええな。」
怜哉が感心する。
「それをテストで発揮すればいいのに・・・。」
遙が溜息を吐く。
「遙ちゃんも大変やな。」
「まーね。」
「おーい。」
何か話変わってますよー。
「さーて。そろそろ帰るか。お前ら明日学校やろ?」
遼平が立ち上がって伸びをする。
「あ。そうだった。盗聴器仕掛け直すんだっけ。」
馨も立ち上がる。
「篤季。遙。明日、朝7時半に学校集合ね。」
「げっ。マジで?」
「ウン。何があるか分からんし。早いほうがええやろ?」
と言う馨の独断で明朝は7時起きが決定した。いつも8時まで寝てる俺にはちょっとキツイかも。しゃーない。がんばるか。
「篤季。起こしたげるけど、ちゃんと起きてよ。」
遙が懇願するように俺を見る。
「分かってるよ。今日は帰って風呂入ってとっとと寝る。」
「そうして。」
「何やってんねん。帰るで。」
遼平が呼ぶので俺たちも玄関に向かった。そういや、俺たちって自転車で来てたんだっけ。すっかり忘れてたけど。
哲サン家の敷地内で遼平たちと別れ、馨と途中まで一緒に帰った。その後は遙と2人っきりだ。いつも一緒にいるけど、今日は何だか緊張する。 月明かりのせいだろうか?遙がいつもより大人っぽく見える。
「ねぇ。篤季。」
急に声を掛けられ、こけそうになる。
「何?」
「篤季は怖くないの?」
「え?」
「この事件。いつも泉水に巻き込まれるような事件と違うし。命までかかってるってなると、あたしはすごく怖い。篤季はいつも強気だからどうなんかなって思って。」
遙は下を向いたまま呟くように言う。
「俺やって怖いで。」
「え?」
遙にとって意外な答えだったのか、思わず顔を挙げて聞き返す。
「正直な。何がどうなっとんか、さっぱ分からん。殺されるかも分からん。死ぬんは、やっぱ怖いな。けど、目の前で困っとる人がおったら、 助けたらなって思うし。怜哉1人やったら、何もできんと思う。誰も1人やったら、何もできへん。それに弱気になってもうたら、負けてまう。 自分にな。やから、何があっても大丈夫って自分に言い聞かせるんや。自分でも不思議なんやけど、俺、誰かの命救えるんやったら、自分の命惜しくないねん。」
「うん。篤季らしい。」
「俺、らしい?」
「うん。篤季は名前の通りだね。友情に篤い。」
名前を誉められたのは初めてだ。妙に照れる。
「篤季の言った通りやんね。皆、怖いよね。やっぱ。でも怖がってちゃ、何もできない。だから強気でがんばるんだよね。」
遙は自分に言い聞かすように言った。
「遙。明日、いつも通りに学校行き。」
「なんで?」
急な提案に遙が聞き返す。
「怖いんやろ?なら、ムリして来ることない。俺と馨で十分や。」
「あたしが起こしに行かんで、誰が寝坊スケ起こすの?」
「え?」
「仲間はずれにしないで。」
そう言った遙の瞳は凛としていた。一瞬その瞳に吸い込まれた。
「だって。もしかしたら見つかるかもしれんし。」
「いいよ。見つかったって。篤季がいるもん。怖くないよ。」
そう言いつつも、ハンドルを持つ手が震えている。
「分かった。来いよ。俺が守ってやっから。」
そう言うと遙は安心した顔つきになった。
そんな会話をしてる間に家に着いた。

さっさと風呂に入り、俺はベッドに転がった。
明日は馨が盗聴器付ける。その間に俺は隣の準備室に入って、何かしらの証拠を掴む。何だっていいんだ。決定的な証拠。そんなもんが存在すんのか、謎やけど。
そんなことを考えながら俺は眠りについた。