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STAGE 2 罠?
「篤季っ。起きないと遅刻だよっ。」いつもとは違う優しい起こし方。 「うーん。あと五分・・・。」 「もー。何、悠長なこと言ってんの?遅刻するってばっ。」 優しい声が揺さぶり起こす。あぁ・・そうだ。結局俺、遙んちに泊まったんだった・・。 この声は遙だ。 「篤季。起きないとカワイイ遙ちゃん、オレがもらっちゃうよ。」 その声に俺は過敏に反応した。そして飛び起きる。 「あかんっ。」 「あっ、起きた。」 目の前には制服にエプロン姿の遙がいた。その後ろには、遙を後ろから抱きしめている怜哉の姿がっ。 「てめっ。何しとんねん!離れんかいっ!」 「ヤだね。」 「何やとっ。」 「もう二人ともやめてよ。朝からケンカなんかしないで。」 遙が止めに入る。怜哉も遙から離れる。 「篤季。着替えたら、下りてきてね。ご飯、できてるから。」 遙が微笑む。 「ああ。」 俺は短く返事する。その間に怜哉は部屋から出て行っていた。 「怒らないでね。篤季。怜哉クン、悪気はなかったんだから。」 遙が耳打ちする。いや、大有りだ。昨日言ったことはきっと本心。っていうか、いつの間に『怜哉クン』などと呼ぶようになったんだ? そんなことを考えながらふと目を移すと、遙の手首の傷が目に入った。 「遙。・・・・。」 俺は遙の左手をつかんだ。 「篤季?」 「ごめんな。」 「えっ?」 「俺、あんとき、遙んこと守れんかった。けど絶対俺が守るから。」 この手首の傷に誓って・・・。 「篤季・・。まだ気にしてたの?あれはあたしが勝手に・・・。」 「あの時、一番近くにいたのは俺やった。なのに、守れんかった。」 あのときの残像が今でもこの瞳に焼き付いている。遙は手首を切った。もう少し発見が遅れればきっと死んでた。 俺はいつの間にか遙の手を両手で握りしめていた。祈るように。 「篤季。あたしは篤季に感謝してるんだよ。あのとき、助けてくれたでしょ?篤季が。」 遙が右手をそっと俺の手にかぶせる。顔を上げると遙が微笑んでいるのが見えた。 「遙。俺、絶対守るから。2度と遙を傷つけない。」 「ありがと。」 遙が照れくさそうに笑う。っと。脈アリ?って・・そんなつもりで言ったわけじゃないんやけど・・。まっいっか。 「あのぅ。お取り込み中悪いですが、遅刻しますぜ。お2人さん。」 部屋の入り口で怜哉が睨んでいる。 「あっ。そうだね。じゃあ、篤季、着替えたら下りてきてね。」 「ああ。」 俺は遙たちが出て行ってから着替えた。 「その傷。どしたん?」 オレは遙ちゃんの手首を指差した。 「あ。・・・今思うと恥ずかしいんだけどね。・・・・自殺、しようと思ったの。」 「え?」 唐突な声にオレは驚いた。 「中学生の時ね。これでもかってくらいのイジメに遭ったの。ずっと篤季と同じクラスだったから、守ってくれてたんだけど。 中3 になって、篤季とクラスが分かれて。それからだよ。イジメが始まったのって。でも、誰かに打ち明ける勇気すらなくて。 自分で自分を追い詰めちゃったの。ココロが壊れちゃって、自暴自棄んなって。死のうって思った。で、手首切って。 たまたま、うちに来た篤季が見つけて、止血して、救急車呼んでくれたの。あのとき篤季がいなかったら絶対死んでた。篤季はあたしの命の恩人なの。」 そう言った遙ちゃんの顔はとても穏やかだった。同時に篤季に対する思いも伝わってきた。 俺は着替えを済ませ、1階に下りた。遙たちの両親の部屋の前を通る。確か誰もいないはずだ。遙たちの両親は今外国のはず。 部屋の前を通り過ぎようとすると、物凄いイビキが聞こえてきた。びっくりしすぎて心臓止まるかと思った・・(汗)・・誰や? 「ああ。お父さんが帰って来たの。久しぶりに。あのイビキはお父さんのだよ。」 遙が答える。なーるほど。どうりででかいイビキ。でもイメージは狂う。 「えんかな?女の子の家に泊まったりして。」 怜哉がいい子ぶったように尋ねる。今更。 「大丈夫。お父さん、そういうのどうでもいい人だから。」 「それか、俺ん家に泊まるトコないから、部屋借りたぐらいにしか思わねぇよ。」 俺は食卓につきながら言った。 「それはあるかも。」 遙が笑う。そして遙が用意してくれた朝食をありがたくいただく。 「あっ。もう出なきゃ。遅刻しちゃうよ。」 遙が時計を見ながら言う。 「ホンマ。今出たら、ギリギリセーフってとこか。」 コーヒーをすすりつつ、相槌を打つ。そして3人同時に立ち上がる。急いで家を出る。 「ハイッ。ギリギリセーフっ。」 なんとか予鈴に間に合った。滑り込みセーフだ。 「ちぃーすっ。」 「よっ。ご両人。仲良く登校かい?」 「うっせーよ。」 教室に遙と入ると同時に野次が飛ぶ。しかし次の瞬間、辺りは静かになった。怜哉が入ってきたからだ。 「どした?怜哉。入って来いや。」 俺が促す。そうしないと、怜哉はいつまで経っても入ってこない気がしたからだ。 「あっ。ああ。」 怜哉は苦笑しながら入って来た。一同がざわついてる中、S・H・Rが始まった。 「どうしたんや?篤季。お前、あの橘と妙に仲ええやんか。」 休み時間、俺は質問攻めになっていた。 「まーな。でも話してみると、案外ええヤツやで?」 俺は適当に答えて、すぐ怜哉の方に行った。遼平に1人にしないように言われてるし。だがそれだけではなかった。俺はもう友達だと思っていた。 確かに、遙のコトではライバルだが・・・。それ抜きには気持ちはもう親友同然だった。 「そういや、お前といつも一緒にいるヤツは?」 怜哉が話し掛けてくる。 「馨か?馨がどうかした?」 「オレといたら、あいつが近寄れないんちゃうか?」 「なんで?」 「なんでって・・・オレ、嫌われてるみたいやし。」 「そんなことないって。みんな、お前んコト誤解してんねんて。」 「誤解?」 「ああ。俺も実言うと、誤解してたし。」 「・・・。」 「正直言うとな。お前が留年した理由もさ、誰かを怪我させたとか、いろんな噂が飛び交ってて、それを信じてたんや。でも昨日、ホンマの理由聞いて全然ちゃうねんなって。ごめんな。」 「何も篤季が謝んなくても・・。」 「いや。そんな噂、信じてしまう俺が悪いねん。姉ちゃんから散々言われてたのに。」 「お姉さんが?」 「ああ。遼平たちより一コ年上の姉ちゃんがな。『噂にええことなんて絶対ない。ほとんどは人を愚弄してるだけや。 絶対噂なんかに耳貸したらあかん。じゃないと、その人の良い所さえも見えなくなってしまうから。』って。」 「へー。ええコト言うな。そのお姉さん。」 「ああ。自慢の姉貴や。俺んとこ、六人兄弟なんやけど・・。」 「多いな。」 「まーな。でもその中で一番俺のコト、可愛がってくれてたんや。」 「今は?」 「最近、仕事が忙しいみたいで・・・そういや会ってないや。」 「そっか。1回会ってみたいな。そのお姉さんと。」 「ああ、いつかな。」 その時、チャイムが鳴った。 その日の時間割には体育があった。俺はなるべく怜哉から目を離さないようにした。今日はサッカー。 サッカー自体、嫌いではないのだが、どうも怜哉を見失いそうで怖かった。だがこんだけの人数がいて、怪しいヤツがいたらすぐ分かる。 ほとんどは生徒で体操服着てるし。俺は怜哉が初めに口走った言葉を思い出し、気になっていた。 『てめーが仕組んだんだろ?オレは何もしてへんのに。』 仕組んだ、とはどういうことや?停学のことと何か関係があんのか?しかも本人は記憶を失ってる。やはり時間が解決してくれるのを待たなあかんのやろうか?怜哉の記憶が戻るまで。それじゃあ、何も解決しない。 分かってる。分かってるけど・・どうしたらええか、分からへん。俺は髪をくしゃっとつかんだ。 「篤季。どした?」 「馨・・。」 馨とは俺のイトコの幼なじみだ。小学校から一緒なので仲が良い。親友とも言える。馨は試合を見ている俺の隣に座った。 「それにしてもびっくりしたよ。あの橘怜哉と一緒に登校してくるんやもん。遙とはいつも通りとして。・・・いつの間に仲良くなったんや?」 馨は今朝のことに話題を戻した。 「ああ。いろいろあってな。今、ちょっと問題アリ、なんだわ。時機が来たら話すよ。」 「そう。大変なんやな。何かあったら、いつでも言えよ。おれら、親友やろ?」 「ああ。」 俺も馨も笑った。馨は優しい。言いたくないコトは無理に聞こうとはしない。それが俺にとって救いだった。 馨に心配かけたくなかったし、巻き込みたくなかった。今回の事件は何やらとてつもなく厄介なものだと感じていた。 「交代。」 審判の先生の声が響く。 「行こか。」 「おう。」 俺と馨はグラウンドに出た。 「どうゆうことか、話してもらいましょうか?」 放課後の掃除の時間、俺はイトコの泉水に詰め寄られていた。 「なっ、何のことっすか?」 突然押しかけて来て何を言い出すんだ。この女は・・。 「しらばっくれんじゃないよ。知ってんだかんね。いつの間に橘クンと仲良くなったの?」 「は?」 「は?じゃないよ。あんたのクラスの人に聞いたんやから!今朝、橘クンと登校してきたやろ。」 「ああ。そのこと。」 別に事件に巻き込まれかけているのはバレてないんだな。 「何よ。ほかに何かあんの?」 「ない、ない、ないっすよ。」 こいつに事件のことを話したら、絶対に首を突っ込んでくる。そうなれば余計危険になる。 「そこまで否定しなくても。で?何があったの?」 「別に。ただ話してみると悪いヤツちゃうなって。まぁ、意気投合したってとこやな。」 「ふーん。今度紹介してよね。・・・何よ。そのあからさまに嫌な顔は。」 「だってお前、見境ないんやもん。」 「何言うてんの。うちはええ男にしか、目ぇないんだから。」 「それがあかんのやって。っていうか、怜哉ってええ男なんか?」 「あったり前っしょ。この学校で橘クンがいっちばんかっこええって言われてんの、あんた知らんの?」 「知るわけないやん。そーか。かっこええんか。」 「何一人で納得してんのよ。」 「いや、別に。」 これはマズった。怜哉がかっこいいとなると、遙を取られる可能性は否定できない。 「篤季?あんた、どうかしたの?」 泉水が怪訝そうに顔を覗き込んでくる。 「あっ。いや、別に。」 「そっ。じゃ、よろしくね。」 「は?」 「は?じゃないやろ。紹介してってば。」 「ああ。気が向いたらな。」 「気が向いたらじゃないっ。絶対。」 泉水が至近距離で迫る。 「わっ、分かったよっ。」 「よろしい。じゃね。」 そう言うと泉水はどこかへ消えた。なんだったんだ?一体。 「萩原―。掃除終わるでぇ。」 同じ掃除区域のクラスメートが呼んでいる。 「ああ。」 俺は箒を片付けにロッカーに向かった。 「篤季、大丈夫?」 不意に俺は声をかけられた。振り向くとそこに遙がいた。 「あっ?何が?」 「何がってさっきからずっと考え込んでるやん。何考えてたの?眉間に皺寄せて。」 「いやっ。別に。」 眉間に皺寄せてたのか?そこまでしてたとは・・・。 「帰ろ?」 「おう。怜哉は?」 「さっきトイレ行ってくるって・・あっ、帰ってきた。」 見ると怜哉はすでに帰り支度を済ませてトイレから出てきた。 「お前なぁ。一人になんなよ。」 「なんで?」 そう、あっさり返されると言葉がない。 「なんでってお前、狙われてんやで。何時襲われるか、分からんのやから注意しとけ。」 「保護者みたい・・・。」 その怜哉の一言にムカッときた。てめぇを心配してやってんだろうがっ。 「と、とにかく、帰ろう?」 不穏な空気を察知したらしい遙が間に入る。とにかく家に帰ることにした。 とりあえず水槻家に帰った俺たちは1本の電話を受けた。 『今すぐ哲ん家に来い。』 遼平からだった。しかも一方的に切られた。こういうのを自己中心的という。電話を受けた俺はしばし受話器を持ったまま、立ち尽くしていた。 それを二人に話すと 「とりあえず行くしかないでしょ。」 と遙が言った。 「そうやな。けどさ、見つかる可能性があるんちゃうか?」 「誰に?」 俺の言葉にあっさりと返す遙。 「誰にって、怜哉のこと狙ってるヤツらやって。」 「ああ。そっか・・・。」 遙は少し考えこんだ。そして口を開く。 「じゃあさ、お兄ちゃんに電話して言ってみる?」 「せやな。」 「じゃあ、かけてみるね。」 遙はそう言うと電話がある廊下に出て行った。リビングには俺と怜哉しかいない。 「何かわりぃな。変なコトに巻き込んじゃって。」 怜哉は遙特製の紅茶が入ったコップを割れんばかりに握りしめた。 「気にすんなって。」 「でもさ・・・。」 「俺はむしろ感謝しとるで?」 「はっ?」 俺の言葉に怜哉は怪訝そうに聞き返す。 「だってさ。こんなことがなきゃ、絶対怜哉とはしゃべってなかったし、仲良くなんてなれなかったと思う。」 「そ・・かな。」 「そうやって。お前の噂、信じてたし。真相なんてあってないようなもんやからさ。」 怜哉は黙ったままだった。俺は紅茶を飲んだ。部屋に入ってきた遙に問う。 「何やって?」 「うん。迎えに来るって。」 「どうしても哲サン家でやる気なんやな。」 俺はどう言えばいいか分からなかった。遼平が何を考えているのかも分からなかった。とにかく俺たちは迎えが来るのを待った。 数分後。迎えの遼平の車が到着した。俺たちは待っている間に着替えを済ませていた。怜哉に至っては野球帽を深く被り、グラサンをしていた。 一目では誰だか判らない。俺たちは車に乗り込んだ。 「なんで哲サン家じゃないとあかんの?」 俺は後部座席に乗り込み、シートベルトをしながら遼平に尋ねた。なぜ後部座席でシートベルトをするのかというと、運転が荒いからだ。 俺は隣に座った怜哉にもベルトをするよう勧めた。 「なんでってそりゃ、哲ん家のがでっけーからよ。」 「は?」 「だから、俺ん家だとバンドの練習できんだろうが。防音とはいえ。楽器はほとんど哲ん家にあるし。」 「なーるほど。」 どんな状況でも練習はするわけね。 「そうゆうこと。」 「人の思考回路を読むなぁ――――――!!」 遼平はケケケッと笑いながらギアを入れ替えた。 「ダイジョブか?」 「・・な・・なんとか・・。」 俺は怜哉を支えた。酔ったらしい。確かにあの運転では誰でも酔う。俺はもう慣れたけど。何とかブジに哲サン家に到着。 いつものように地下室に下りるとすでに練習が始まっていた。俺たちが着くと一旦練習を中断。今後の行動について話し合うことにした。 「とにかくいつまでも遼ん家に居候するわけにもいかんしな。」 哲サンが煙草に火を点けた。 「まぁな。」 遼平も返事しながら相槌を打った。 「いえ、これ以上皆さんに迷惑かけるわけにはいかないです。」 怜哉が妙に改まって言った。一同、言葉を失う。 「迷惑なんて・・・。そんなこと、誰も思ってないよ。」 遙が弁解する。確かに。少なくとも俺はこれっぽっちも思っていない。 「でも・・・。」 「そうやって。俺は迷惑なんて思ってないで。」 俺は遙の言葉に付け足した。 「確かに、俺たちは別に嫌々やってるわけじゃない。嫌なら嫌だとはっきり言う 哲サンがあまりにはっきり言うので怜哉は何も言えなかった。 「まぁ、今はとりあえず遼のとこに居候ということで。いいアイデアが浮かぶまででも。」 哲サンが話を閉める。 「決まったところで練習や。ライブの日が迫ってるしな。」 響介がそう言いながら立ち上がる。メンバーも立ち上がった。それぞれのパートにつく。 怜哉は何が起こったのか、分からなかっただろう。 いきなり演奏が始まる。その迫力に圧倒されていた。初めて見た人は必ずこうなる。何度も見てきた俺でさえ、圧倒されるのだから。 その日は結局、バンド練習だけで終わった。 とにかく、今日はゆっくり寝ることにする。明日、何があるか分からないし。俺は借りたベッドですぐに眠りへと落ちていった。 次の日の放課後。今日も何もなく1日が過ぎようとしていた。帰り支度を整えた俺たちは、教室を出た。廊下に出ると、遙が呼び止められた。クラスメートだった。 「あ。水槻、谷センセに呼ばれてたよ。」 遙は学級副委員だった。ちなみに学級委員は馨である。 「え?そうなの?」 「うん。すぐに第一会議室に来いって。」 「そう。ありがと。」 「うん。あっ、馨はもう行ってるみたいだよ。」 「そう。じゃあ、ちょっと行ってくるね。」 遙は振り返ると、俺らにそう言って歩き出した。 「じゃあ、教室で待っとるけんな。」 俺がそう言うと、遙は分かったという風に手をひらひらと振った。 「怜哉、教室におろうで。」 「おう。」 俺らはまた教室に入った。遙を待ってる間、他愛もない話をしていた。それでなんだかんだと1時間くらい経った。 「そういや、遙。おっせーな。」 俺は時計を見ながら言った。 「何か、仕事言いつけられてんちゃう?」 「そうやろうけど。」 「なぁ、オレらも行って手伝ったほうがえんとちゃうか?」 「そうやな。」 そして俺らは席を立った。確か第一会議室。俺たちは渡り廊下を通って、第一会議室にたどり着いた。顔をそっと覗かせてみる。 「なぁ。誰もおらんのやけど。」 覗いていた俺は後ろにいた怜哉に声をかける。 「マジで?」 「おう。どっか、行ってもうたんかな?」 「そうかもな。そういやぁ、遙ちゃんって携帯とか持ってへんの?」 「持ってるけど?」 「かけてみたら?」 「でも俺の携帯、鞄の中。」 「オレが持ってるって。」 「ここじゃマズいけん、トイレ行こ。」 「うっす。」 というわけで俺たちはトイレに向かった。一応学校では携帯は禁止なのでトイレに隠れてかけることにした。しかし、何度かけても返事がない。 「なんでだ?」 「近くにセンコーがおるんやろ?」 俺の問いにあっさりと答えが返ってきた。 「とにかく会議室の前におったら帰ってくるんちゃう?」 怜哉が溜息を吐きながら言う。 「そやな。」 俺たちはトイレから出て、第一会議室の前に立っていた。しかし帰ってこない。 「どうするよ?」 「どうするったってな。」 そんな会話をしていたときだった。俺は微かな叫び声を聞いた。 「えっ?何か今、声しなかった?」 「いや。オレは聞こえんかったけど。何か聞こえたんか?」 「うん。確かに聞こえた・・・。」 俺はもう一度耳を澄ませてみた。やっぱり聞こえた。 『助けて。』 この声は・・・遙の声?まさか、怜哉に手を出せなかったから遙を? 「遙・・・。」 「えっ?あっ・・ちょっと待てよ。篤季ぃ。」 俺はそんな声すらもう耳に入っていなかった。 「あーあ。行っちゃったよ。にしても足、速ぇー。」 オレは立ち尽くしていた。その時には気づかなかった。背後から襲ってくる腕に。 「うぐっ。」 口にハンカチみたいなものを押し付けられた。これは・・・クロロホルム・・?朦朧とする意識の中、何か手がかりを残そうとしたが、身体が言うことを利かない。そのまま、廊下に倒れてしまった。 「あ・・つ・・・き・・。」 やっと出た言葉も空しく、怜哉は意識を失ってしまった。 俺は無我夢中で走った。ただ遙を助けたい一心で。叫び声がした方向へ走ってきたが、全く誰もいない。俺は辺りを見回した。 この辺は教室ばかりで怪しい奴もいない。俺は大きく息を吸った。そして一気に吐く。 「遙ぁぁぁぁ――――――――――。」 部活の応援団でも出さないような大声で叫んだ。 「何?恥ずかしいなぁ。」 後ろから声がした。俺はゆっくりと振り向いた。視線の先には遙の姿があった。その後ろでクスクスと笑っている馨の姿もあった。 「遙っ。無事やったか。」 俺は駆け寄って肩を揺らした。 「え?どういうこと?無事だったって。」 「俺、叫び声を聞いて。それでてっきり遙が襲われたんだと思って・・。」 「ヤダなー。あたしは無事だよ?」 「そうだな・・・。」 俺はハッとした。怜哉だ!ヤツらは怜哉が一人になる状況が欲しかったのだ。ということは・・・。俺はまた走り出した。来た道を戻る。 「篤季。」 遠くで遙が呼んだがそんなこと気にもしなかった。俺は一瞬でも早く怜哉の無事な姿を見たかった。無我夢中で来た道を戻った。廊下には誰もいない。 念のためと会議室も覗いてみる。しかしやはり誰もいない。近くを見回したが、隠れるようなところもない。 「しまった・・・。」 俺はやるせなくなり、呟く。 「ちょっと。どうしたの?篤季。」 遙と馨が戻ってくる。 「あれ?怜哉クンは?」 遙は辺りを見回した。俺はただ黙っていた。声すら出なかった。 「篤季・・・もしかして・・・。」 状況を察した遙が真剣な眼差しで問い掛けた。俺はただ俯いていた。何も言えなかった。俺の不注意で怜哉は・・・。そう思うと涙が溢れた。 ただ悔しかった。こんな間抜けな自分が情けなかった。俺はいつの間にか、拳を握りしめていた。気づくと俺の拳を遙が優しく握ってくれた。 「は・・る・か・・・?」 やっと出た声も途切れ途切れだった。 「大丈夫だよ。きっと怜哉クンは無事だよ。相手はどんなヤツか分かんないけど、すぐには殺さないと思うよ。多分。 だって怜哉クンの記憶、まだ戻ってないんでしょ?鷹矢クンだって、生きてたじゃない。」 そうだった。怜哉の記憶はまだ戻っていない。まだ生きてる可能性だってある。 「そう・・やな。落ち込んでなんか、いられへんよな?」 俺の涙はいつの間にか止まっていた。瞬間、殺気を感じた。 「遙っ。伏せろっ。」 俺は遙を庇うように伏せた。廊下の窓ガラスが割れ、その破片が飛び散った。目を上げると、そこにボールが転がっていた。 幸い、遙や馨には怪我はないようだ。俺は飛んできたボールを拾った。ボールが飛んできた方を見渡す。しかし誰もいない。ボールをふと見る。 そこには血のような赤い文字でこう書かれていた。 『このまま手を引け。さもなくば命の保証はない。』 「これって。」 隣で覗き込んでいた遙が叫んだ。 「ああ。立派な脅迫状。」 俺はボールを握りしめた。どうやら向こうはこっちの存在に完璧に気づいているらしい。 「篤季、血が・・・。」 俺の頬を割れたガラスが掠めたらしい。遙が自分のハンカチで血を拭いてくれた。 「あのさ、話全然見えんのやけど。橘のことだろ?怜哉って。」 傍観者と化していた馨が声を掛けてきた。 「ああ。・・・遙、馨にも話してもええかな?この際やから、協力してもらお。」 「そう・・だね。ただお兄ちゃんたちが何て言うか・・・。」 「遼平たちは関係ないやん。馨は俺の親友なんやから。」 そう言いながら馨の顔を見た。馨はにこっと笑って頷いた。 念のために、校内中を捜したが、怜哉の姿はどこにもなかった。 「そっか。だから橘とも仲良くなったんやね。」 俺たちは水槻家に移動し、馨に事情をすべて話した。まず鷹矢が巻き込まれたこと、それはどうやら怜哉が関係していたらしいことなどだ。 こっちが分かってることはわずかしかないが。すると馨が考え込むように言った。 「そう言やぁさ。こないだ、警察庁から拳銃が盗まれる事件があったよね?」 イキナリ馨が顔を上げ、そう問う。俺は数日前に見たニュースを思い出し、頷いた。 「うん?」 「それって、篤季が言う敵たちの仕業ちゃう?」 「どういうことや?」 「だから、警察庁から拳銃を盗み出したのも、橘を誘拐拉致したのも同一犯ちゃうかってこと。」 「何を根拠にそんなこと言うんや?」 俺は既に頭がこんがらがっていた。やっぱバカだからさっ。難しい話はちょっと苦手。 「鷹矢を襲ったヤツらは拳銃持ってたやろ?今の日本の法律じゃ、拳銃持ってるのは警察くらい。まぁー、ヤの人も持ってるか。 銃刀法違反かもやけど。ってことは・・・。」 「あっ、そっか。そういうことね。」 遙が納得したように頷く。 「えっ?どういうこと?」 俺は事情がよく飲み込めなかった。 「だからぁ。もう、お兄ちゃんたちにも説明するから。とにかく、哲サン家に行こっ。」 遙はそう言うと立ち上がった。俺たちは、遙に言われるままに行動した。 そして哲さん家のリビング。事情を知ってるメンバーが勢ぞろいしている。怜哉がいない時点で状況は何となく分かっているようだった。 「で、どうゆうコトなんや?」 腕組みした遼平が話を切り出す。片眉釣りあがってます・・こあいです・・。 「あっ、あぁ・・・。」 俺はどう言えばいいのか、分からなかった。 「あのね、怜哉クンが・・・その・・さらわれちゃったの・・・。」 俺に代わって、遙が話してくれた。しかし、予想通りだったのか、そんなに驚かなかった。 「どうやって?」 しばしの間の後、譲が質問してきた。 「あ・・・遙が先生に呼び出されて、なかなか帰って来んかったから、俺と怜哉で探しに行ったんや。けど誰もおらんで。だから、待ってたんや。 廊下で。そしたら叫び声が聞こえて。俺、てっきり遙が襲われたって思って。いつの間にか、夢中になって走ってたんや。 で、遙と会って無事だって分かって、急いで戻ったけどおらんかった。・・・俺のせいや。俺が怜哉から目ぇ離さんかったら・・・。」 自然と俺の手に力が入っていた。 「篤季は悪くないよ。だって篤季はあたしのコト、心配してくれたんやから。ねっ。」 遙は俺に相槌を求めた。しかし俺は何も言えなかった。 「で?なんで馨がおるんや?」 遼平が話題を変える。 「ああ・・馨は怜哉が連れ去られたとき、たまたま俺たちとおったんや。ホンマは言わんつもりやったけど・・・。 この際、協力してもらおうと思って・・・。」 俺がしどろもどろ話すと、遼は「ふーん。」と言うだけだった。 「で、馨もここに来たってことは、怜哉のコトだけやないんやろ?」 哲サンが的確に指摘する。 「・・・そう。」 今まで沈黙を保っていた馨が頷く。 「実は・・・。」 そうして馨は俺と遙に話してくれたことを、同じように説明した。 「なるほどね。」 メンバーはそう言うと黙りこくってしまった。 「その可能性もあるな。」 遼平が口を開く。一同、頷く。俺は3度目に聞いてやっと理解できた。 「とにかく今はレイヤを助けるのが先ちゃう?」 ふと鷹矢が提案する。 「せやな。どうにかして怜哉を見つけださな。」 哲サンが相槌を打つ。 「でもさ。どこをどうやって探すんや。居場所なんて、分からへんやん。」 遼平が水を差す。 「確かに。でも早く見つけださな・・・。」 哲サンが焦ったように言う。 「なんで?」 馨が質問する。 「相手は何かの理由で怜哉の命を狙ってる。怜哉を捕まえた今は・・・。」 哲サンは言葉を濁した。焦りだけが俺たちに襲いかかる。 「こうなりゃ、時間との勝負やな。」 遼平の言葉には力がこもっていた。昨日、今日会った人に対してここまで真剣になれるのは、俺たちぐらいやろうな。俺はふとそう思った。 他人のことなんかどうでもいい、自己中心的な世の中って言われてるけど、そうでもないような気がした。 だってこんなに誰かのために一生懸命になれる。命がかかってるってゆうのもあるかもしれないが、 少なくともここにいるメンバーは心が強い絆で繋がってる気がしてならない。その中に自分がいられることを誇りに思う。 「あっ。そうだ。怜哉クンって、携帯とか持ってないの?」 譲が思いつく。 「持ってると思う。けど・・番号、分かんない。」 遙が返事する。俺はふと思い出した。そうだ。確か、あの時。 「分かるよ。」 「え?どうやって?」 遙が聞き返す。 「俺たち、遙がなかなか帰って来んから遙の携帯に電話したんや。そんとき、俺は携帯持ってへんかったから怜哉のでかけたんや。 もしかしたら、遙の携帯の不在着信に入っとるかもしれん!」 「あっ、あった。名前が分かんない携帯番号。」 遙は俺の話を聞きながらすぐに携帯を調べた。 「多分それや。」 「かけてみる。」 遙は急いでダイヤルした。 「かかった。」 遙は呼び出し音を聞いて俺たちに報告する。しばらくかけたが、出なかった。 「なぁ。もしかしたら出られへんのかも。俺ん時も両手両足、しばられてたもん。」 鷹矢が希望の一言を告げる。 「そうかもな。鷹矢はすぐに殺されんかったんやから、怜哉ん時もすぐには殺さんと思う。」 俺はポジティブに考えることにした。暗いままなら、心まで押しつぶされそうな気がしたからだ。皆も同じ気持ちらしい。俺の言葉に頷く。 「ねぇ。鷹矢が監禁されてた場所って分かんないの?」 馨が尋ねる。 「どして?」 鷹矢が尋ね返す。 「もしかしたら同じトコに監禁されてるかもしれんやん?」 「そっか。・・・ごめん。詳しくは分からんのやけど。だいたいの位置は・・・。」 鷹矢は記憶を辿りながら紙に地図を書いた。それは俺と哲サンが鷹矢を迎えに行った場所の近くだった。 そこは地元の人間もあまり近づかない 「多分このへん。」 鷹矢はその場所に赤丸をつけた。 「それって倉庫だった?」 馨はまた質問する。 「ああ。多分。ダンボールがいっぱい積んであったと思う。あと中は薄暗かった。」 「OK。それだけ分かれば十分。」 馨はそう言うとにこっと笑った。何する気だ?まぁ、馨のことだ。何か思いついたに違いない。 無鉄砲な泉水とは違って、馨はちゃんと考えて行動する。その辺は馨のコトを信頼しているが。 「とりあえず、この場所を探してみよう。」 馨は皆に呼びかけた。その言葉と同時に俺たちは立ち上がった。 |