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STAGE 1 事件?
ドス〜ン!
目を開けると、朝になっていた。時は5月。庭に植えてある樹がそよ風に吹かれ、窓から覗いている。ベッドから落ちたせいで腰が痛い。
「篤季ぃー。早く起きなさーい。」
階段の下から母の呼ぶ声がする。俺は腰に手を当てながら、渋々起き上がった。
 俺は萩原篤季。県内の工業高校2年。ちなみに建築科である。俺は学校に行く支度を整え、1階に下りた。
萩原家の朝はいつも慌しい。父は新聞を片手に呑気にコーヒーを飲んでいる。しかもまだパジャマ姿だ。 警察官である父は家に帰って来たのは約1週間ぶりくらいだろう。母はみんなの朝食を作るのに忙しい。 長女、清華は美容師である。店は九時からなので、他の人よりはゆっくりしている。 父と同じく警察官である長男、祐貴はすでにスーツに着替え、朝食を食べていた。 三女、鈴華(専門学生)も朝食を食べている。次男、紘樹は朝食を食べながらバイトへ行く準備をしている。 もうこれでお分かりだろう。そう、萩原家は8人家族なのである。(次女、芹華は東京でモデルの仕事をしている。)
そして俺は朝食を取るため、席に着いた。が、俺の皿に乗ってるはずの目玉焼きが無かった。犯人は判っている。
「紘樹。お前また俺の分まで食ったな。」
「くっ、食ってへんて。」
そう言いながらも、冷や汗を掻いている。
「お前以外、誰が食うねん。」
睨みつけると、紘樹は蛇に睨まれた蛙のごとく、硬直した。
「ほら。うちのあげるから、早よ、食べな。遙が来るで。」
清華姉が口を挟んだ。
「サンキュ。清華姉。」
俺は清華姉からそれを受け取ると、食べ始めた。要するに、食べられればいいのだ。
しばらく玄関のチャイムが鳴った。鈴華姉が出る。
「篤季ぃ。遙、来たよぉー。」
玄関から鈴華姉の声がした。俺は牛乳ですべてを流し込むと慌てて玄関に出た。
「おはよ。篤季。」
遙はにこっと笑った。かわいい。俺は小声で「はよ。」と言った。俺は最近彼女、水槻遙が気になっている。 遙は俺の隣に住んでいる幼馴染。同い年で、幼稚園の時からずっと一緒で今は仲の良い友達だ。 いつから気になっているのかは分からない。けど気づいたら、好きになっていた。
「どしたの?ボーッとして。」
いきなり遙が顔を覗き込んで聞いてきた。
「えっ?あぁ・・。さっきベッドから落っこって腰打って痛いねや。」
俺はなんとかごまかした。痛がってみせた。ホンマはそんなに痛くない。
「まったく、ドジなんだから。けど大丈夫?」
「うん。まーな。」
「気をつけないと・・。」
寝ながらどーやって気ぃつけるんや?とツッコみを入れるのをやめ、「おう。」と返事した。 冷たく言い放したような言い方をしながらも、ちゃんと心配してくれるのが分かったので俺としては嬉しかった。

いつものように教室に入った。しかし空気がいつもと違っていた。教室の隅に目をやる。髪を見事なまでに金色に染めた少年がこっちを睨んでいる。 しかしすぐに目を逸らした。
彼の名は橘怜哉。俗に言う『不良』である。ちなみに彼は1年留年している。つまり俺らよりも1つ年上なのだ。 彼は1週間前、他校の生徒と喧嘩し停学になった。今日、やっと停学が終わったらしい。なぜか俺は嫌な予感がしてならなかった。

一時間目。建築構造。
ガターン!
物凄い音がした。教室中の目が一気に音がした方に向いた。音がした方を見ると、橘が机を蹴り倒していた。
「ってっめー、よくもヌケヌケと授業なんかできんなぁ!!」
授業に来た担任を睨みながらドスのきいた声で言った。
「全部てめーが仕組んだんやろ?オレは・・オレは何もしてへんのに・・・。」
俺には最後の一言がなぜか悲しく聞えた。教師は授業の邪魔をされキレそうになっている。しかし違う人物が先にキレた。学級委員長の馨だ。 近くにいた馨は思い切り立ち上がった。
「いい加減にしろよ。」
橘は馨の方を見て皮肉に笑った。
「へぇ、お前勇気あんのな。オレにたてつこうなんて。」
そう言いながら橘は右手を挙げた。馨は動こうとしない。いや、動けないのかもしれない。
「あっ、篤季・・・?」
俺は無意識に橘の手を抑えていた。橘は自分の手を意図も簡単に止められキレそうになっている。俺の手を振りほどくと今度は拳で俺に攻撃してきた。 俺はまた拳を止めた。
「お前さぁ、何でもボウリョクで済むと思てへんか?」
俺は呆れていた。溜息混じりに口にした言葉に、橘は恥ずかしくなったのか、そのまま教室を飛び出して行った。一同、あっけにとられていた。
「ったく。なんやねん、あいつ。あっ、センセー授業続けてください。」
「ああ、そうだな。」
ざわついて教室も静かになり、授業が再開された。

オレは屋上で頭を冷やしていた。なんでムカついたのか、自分でもよく分からない。ただあの白井(担任)の顔を見た途端、ムカついた。 きっとまた何かを仕掛けてくるだろう。1人ではどうにもできない・・。誰か居てくれれば・・。
「ガラじゃねーな。」
小さく呟く。ずっと独りだった。それはきっとこれからも。友達と呼べるヤツはいない。作ろうとも思わない。裏切られるのは、解っているから。 傷つくのが怖いだけかもしれない。
・・・それにしても喧嘩は強い方のオレの拳を意図も簡単に止めるなんて・・。あいつは只者じゃない。そう感じた。あいつとなら、友達になれるだろうか。 あいつの瞳は真っ直ぐで、それが痛かった。でもあいつは絶対裏切ったりしない気がした。空を見上げた。雲一つない青空だった。

「篤季。さっきはありがとな。」
「えっ?ああ。大した事してへんよ。」
1時間目が終わった休み時間、馨がお礼を言いにきた。その横から遙が入ってきた。
「ねぇ、お兄ちゃんたちの練習、見に行く?」
「行く行く。何時から?」
「えーっと、5時半からだったと思う。」
「2時間余るな。どーする?遙も行くんやろ?」
「じゃあ、うちに来たら?昨日作ったお菓子、余ってるし、差し入れも作るから。」
「分かった。行くわ。遙ん家。」
そう言うと遥はニコッと笑った。チャイムが鳴った。橘以外は揃っている。その日の授業に橘が現れることはなかった。おかげで授業は何事もなく進んだ。

俺は一旦家に戻り着替えてから遙ん家に行った。
「篤季は座ってて。」
遙はキッチンから俺に呼びかけた。
「うぃーっす。」
俺はリビングのソファに腰掛けた。4人家族の遙の家は8人家族の俺の家よりも、でかい。なぜかというと、遙の両親が有名人だからだ。 女優とか俳優ではなく。遙の父親は世界的に有名なヘアメイクアーティストで、今は仕事でアメリカにいるらしい。 清華姉の仕事先は遙の親父が作ったヘアーサロンだ。俺もよく実験台にされた。(今もたまにやらされるけど。) そして遙の母親はデザイナーで、『water moon』というブランドを出している。これが若者に人気で、流行の最先端を行っている。 俺や遙、遙の兄である遼平はよくモデルをやらされた。芹華姉が所属しているモデル会社も『water moon』と契約している会社だ。 それに発表前の試作段階の服をもらえたりして、結構お得だったりする。・・・自分でも現金だと思う。
「そういやぁー、次のライブっていつやっけ?」
ソファからキッチンにいる遙に呼びかける。
「7月の半ばくらいじゃない?」
遙はキッチンの奥から返事した。
「そっか。」
そう言えば、7月に空手の試合があったような・・・。まぁ、大丈夫やろうけど。
「どうかした?」
黙りこくった俺に遙が声をかける。
「いや。何でもない。」
俺は首を振った。
「そぉ?ならいいけど。」
遙が微笑む。やっぱりかわいい。
「はい。これでも食べてて。」
遙はソファに座っている俺のとこにケーキと紅茶を持ってきた。
「いっただっきまーす。」
俺はフォークを握り締め、一口食べる。
「うんまい!」
「良かった。」
遙がまた微笑んだ。
「マジでウマイわ、これ。」
俺は味わって食べた。いつもながらに美味い。やっぱ女の子は料理できんとなぁ。
「篤季みたいに食べてくれるとこっちとしては嬉しいよ。」
「なんで?」
「だってすっごいおいしそうに食べてくれるんだもん。」
「だってマジで美味いんやもん。」
そう言うと遙は笑った。俺もつられて笑った。その時、電話が鳴った。遙が出る。
「はい。水槻です。・・あっ、お兄ちゃん。どしたの?・・・うん。行くよ。・・・うん。分かった。はーい。・・・あとでね。」
「なんだって?」
電話を置いて戻ってくる遙に問い掛ける。
「ん?今日、練習見に来るかって。」
「ふーん。」
「さて。差し入れでも作ろっかな。」
遙はそのまま台所に消えた。俺は何となくテレビをつけた。何処も大体ニュースだったので、何となく地元のニュースを見ていた。
『では次のニュースです。昨夜、何者かによって警察庁から拳銃が盗まれるという事件が発生しました。事件がおこったのは・・・。』
「なんや。物騒やな。」
「どこで盗まれたって?」
キッチンから遙が尋ねる。
「譲ん家の近くのケイサツ。」
「ああ。あそこ。」
譲の説明はまた後で。
「でも銃なんて盗んで何すんねやろ?」
俺は紅茶を飲んだ。
「さぁ。でも危ないよね。誰かが拳銃を持ってるってことでしょ?」
遙が問う。
「まーな。誰が何の目的で盗んだかは分からんけど、大それたことするよな。ケイサツから盗むなんてな。」
「ホント。すぐ足つくんじゃない?」
「かもな。」
『次のニュースです。昨夜、県内の公立高校の化学実験室から薬品が多量に盗まれる事件が起こりました。事件が起こったのは・・・。』
「おいおい。これ、俺らの高校やんけ。」
「ホントに?」
遙がキッチンから覗く。
「おう。」
俺はテレビに集中した。なんでうちの高校で薬品が盗まれたんやろう?
「そう言えば、授業中に警察官らしい人がいるの、見た。」
遙が思い出したように言う。
「なんで薬品なんか・・・。」
『なお。盗まれた薬品はいずれも毒性を持っており、警察では内部と外部の犯行として両側から捜査を進めています。』
俺は今朝の嫌な予感を思い出した。当たってなければいいが。こういう勘は鋭いのだ。
「篤季?」
いつの間にか遙は俺の隣にいた。
「あ?何?」
「そろそろ行こっ。」
「ああ。」
俺は返事しながら立ち上がった。打ち消そうとしても胸のモヤモヤは消えなかった。

俺たちはチャリで10分くらいの場所にある、哲サン家に来ていた。ここで、遼平たちがバンドの練習をしている。
地下にある部屋に入るとそこは音楽一色に染められている。入ってすぐ目に付くのは部屋の真ん中に置かれたグランドピアノだろう。 そこに栗色の髪をした松沢譲が座っている。彼はドイツ人とのハーフ。さっき話していたのは彼のことだ。 その隣でギターを抱えている金髪が朝倉響介。遼平の幼なじみだ。ドラムの前に座っているのが遙の兄、水槻遼平。かなり赤く髪を染めている。 その遼平と話しているロングヘアーの兄ちゃんが赤樹哲哉。この家の主。そして俺の2番目の姉貴、芹華の彼氏だ。
「おう。篤季。来たか。」
「おう。来たさ。」
俺たちはパシっと手を合わせた。こいつがこのバンドのボーカルの杜野鷹矢。帰国子女で4年ぐらい経つがたまに日本語がおかしい。 この中では俺は鷹矢と仲がいい。俺が習っている空手を鷹矢に教えているうちに仲良くなった。物の考え方とかがとにかく似ているのだ。 歳は2つしか違わない。友達と言うより兄弟と言うほうが適当かもしれない。
「はい。差し入れ。」
遙が作ってきた差し入れを遼平に手渡す。
「さんきゅ。」
遼平は受け取るとさっそく中身を広げた。
「おお。うまそー。」
響介がよだれを垂らす勢いで覗き込んだ。
「お前、よだれ垂らすなよ。」
遼平が厳重注意をする。
「分かってるって。」
響介がよだれを拭う。ここからでは遙が何を作ったのかは見えない。でもおいしそうなのは分かる。そう思うとお腹が空いてきた。
「篤季も食べたら?」
遙が声をかけてくれた。けど遼平が取らせてくれない。・・・ひもじい・・。(さっきケーキを食べたのは棚上げ)
「あとで何か作ったげるから。今は我慢して。」
遙に耳打ちされる。その言葉だけで何だか我慢できる。あぁ、俺って現金・・・。
バンド練習は一時中断。皆遙からの差し入れを食べる事に集中してしまった。人が美味しく食べてるのを横で見ていることほど、辛いことはない。 けど遙の笑顔に免じて今は我慢。
しばらくするとまた練習を再開した。俺と遙はただ見ているだけだったが、それでも楽しかった。 音楽は好きだし、何よりこのバンドか創り出す音が好きだった。一見バラバラな個性を持ってる五人だが、一度楽器やマイクを持つと一つになる。 その感覚が好きだった。

その日も結構遅くまで練習していた。いつものように鷹矢は譲の車で自宅に戻っていた。
「じゃあ。明日は3時からの練習だから、15分前くらいに迎えに来るから。」
譲は窓を開け、車を降りた鷹矢に話し掛けた。
「OK。じゃあ、着いたら携帯かけて。」
「分かった。」
「じゃ、また明日。」
「おう。」
鷹矢はいつものようにアパートの2階に上がっていった。ドアが開く音と閉まる音がした。その音を聞いてから譲は車のギアを入れ替え、車を走らせた。

「ふぁ。疲れたっと。」
鷹矢はアクビをしながら家に入った。靴を脱ぐ。が、なかなか脱げない。
「なんやねん。こんなん履くんやなかったわ。」
鷹矢は意地になって靴を脱いでいた。背後の気配には全く気づかずに。
「!」
気づいた時はもう遅かった。鷹矢は後ろから何かを嗅がされた。そのまま意識は朦朧としてしまった。後の事は何も覚えていない。

鷹矢がそんな目に遭ってるとは露知らず、俺はその頃爆睡していた。

翌日。1時間目が始まっても橘は姿を現さなかった。
しかし、しばらくすると教室のドアが開いた。瞬間ざわめく。橘だった。橘は遅刻理由を教師に告げ、静かに席についた。俺は拍子抜けした。 なぜなら、昨日白井に対して取った態度と180度違ったからだ。
『白井に対する態度には何か理由がある。』
俺は反射的にそう思った。そういやアイツ、白井にからんだとき、何か言ってたな。何かを訴えかけるような言い方やった。 思い出そうとしたが、思い出せなかった。仕方ないのでとりあえず今考えるのはやめた。

休み時間。俺はあの橘に呼び出されていた。何の用か、内心不安だった。昨日のことだろうな。それしか思い当たる節がない。 俺たちは人気のない校舎裏に来ていた。
「橘。なんや?俺なんか呼び出して。」
俺は先を歩いていた橘に声をかけた。橘は歩を止めた。
「萩原。お前は人を裏切ったコトあるか?」
橘は向こうを向いたまま、俺に問い掛けた。
「は?」
俺は思わず聞き返した。ワケが分からない。
「だから、お前は人を裏切ったコトがあるかって聞いてんねや。」
橘は振り返った。その真っ直ぐな瞳に橘の真剣さが伝わってきた。
「ない。気づかんうちに人を傷つけてるかもしれんけど。俺はないと思う。」
「そうか。」
橘はそう言うと少し考え込んだ。
「一体何なんや?そんなこと聞いてどうすんねん。」
俺が問うと橘は意を決したように口を開いた。
「今日の放課後。時間空いてるか?」
「あっ、ああ。」
「じゃあ。放課後。駅前のマックで待っててくれ。そのとき全部話す。」
「おっ・・おう。」
橘のただならぬ雰囲気に俺は思わず返事した。橘はそう言うと一人教室に戻っていった。
「何やねんな。一体。」
俺は一人で立ち尽くした。

放課後。
「篤季。帰ろ?」
いつものように遙が声をかけてきた。
「わりぃ。先帰っといて。俺、寄るとこあるんだわ。」
「そう?じゃあ、今日の練習は来ないの?」
「ああ。そう言っといて。行けたら行くけど。」
「分かった。じゃあね。」
「おう。」
そう言うと遙は教室を出た。俺も橘との約束の場所に向かった。

俺がマックに行くとちょうど入り口で橘に会った。
「よう。わりぃな。なんか食べるか?」
橘が声をかけてきた。
「ああ。そうやな。腹減ったし。」
というわけで俺たちはマックの中に入った。
「おごるよ。来てくれたし。」
橘はそう言うとマジでおごってくれた。
「わりぃな。」
「ええよ。」
そして俺らは店の隅っこに行った。
「で。俺を呼び出したのはなんでや?」
俺はポテトを食いながら橘に尋ねた。
「ああ。・・・言っても信じてくれんかもしれんけど。お前なら信じてくれると思って話す。」
そう言うと橘は一つ溜息を漏らした。
「オレの・・記憶が・・停学になる前の2、3日前の記憶が・・全くないねん。」
「は?どうゆうことや?それ・・・。」
「自分でもよく分からん。けどホンマにそうなんや。」
「別に疑ってるワケちゃうよ。ただ・・。それよりお前、なんで昨日白井にキレたんや?」
「・・・それもよー分からん。ただ見てるとムカムカしてきて。」
「でもお前、てめーが仕組んだ、とかって言ってたで。」
「ああ。それは停学のコトや。」
「関係があんのか?その・・記憶がなくなったことと、停学と。」
「それも分からん。」
橘は今にも泣き出しそうな顔になった。俺はどう言えばいいのか、分からなくなった。そのとき俺の携帯が鳴った。
「ごめん。俺や。」
急いで取り出すと、遙からだった。
「はい。」
『あっ。篤季?鷹矢クン知らない?』
「は?鷹矢?そっちにおるんちゃうんか?」
『それがいないの。家にもいないみたいで・・。携帯にもかけたけど出ないし。』
「オチツケって。どうせどっかで油でも売ってるんやろ?」
『それはないと思うよ。鷹矢クン、時間は正確な方だし。譲クンが迎えに行くって分かってたんだから、なおさら。』
「で、譲は何て言ってるんや。」
『どこにもいないって。昨日、送ってって家に入る所まで見届けたって。』
「そっか。で。家ん中に入ったんか?」
『待って。譲クンに代わる。・・・もしもし?』
声が譲に変わる。
「譲は家ん中入ったんか?」
『うん。約束の時間過ぎても下りて来ないから呼びに行ったんや。でもいなくて。』
「そう。で、何か変わったコトは?」
『別に。蒲団もそのままだったし。変わったところは何も。』
「それ。蒲団。寝た形跡は?」
『どうなんやろ?蒲団引きっぱなしだったけど。』
「そっか。別に変わってはないんか。」
『そういやぁ、一つ不思議に思ったことが・・。』
「何?」
『昨日着てた服がなかった。鷹矢はなぜか1回着た服は組み合わせ替えないと、着ないんだ。でも昨日着てたどの服もなかった。』
「ということは、昨日の晩からいなくなったってことか。」
『多分。』
「・・・ここで考えててもラチ開かんわ。とりあえず俺もそっち行く。ツレも一緒やけどええか?哲サン家やろ?」
『ああ。別にかまんと思うよ。』
「じゃあ、行くから。」
『おう。』
そして電話を切った。
「橘。ちょっと一緒に来てくれんか?」
「あっああ。」
俺たちはハンバーガーを一気に食うと、ポテトと飲み物を手に店を出た。

俺たちは自転車で哲サン家に向かった。行きしに橘には事情を説明した。俺は胸騒ぎがしてならなかった。昨日から続くこの嫌な予感が当たらなければいいと思った。
20分くらいで哲サン家に着いた。
「うわっ。すげっ。」
橘は哲サンの家を見て、感嘆した。そりゃそうだろう。ここら辺の土地はほとんど哲サン家の物だ。 その豪邸の広さも俺ん家が余裕で2つくらい入りそうな広さだ。そこに1人で住んでるんだから、こっちとしてはたまったもんではない。 とにかく俺は橘を引き連れていつもの地下室に入った。
「あっ。来た。」
入ると遙の声がした。
「おう。あっ、こいつ、俺のクラスメートの橘怜哉。なんとなく鷹矢がいなくなったのと、関係がある気がして、連れてきた。」
俺が金髪の橘を紹介すると、一瞬時が止まった。橘は一礼した。
「おう。まぁ、座れや。」
遼平が椅子を勧める。俺たちはとりあえず座った。
「で?連絡ないんか?鷹矢から。」
俺は座るなり、誰に問うわけでもなく訊いた。
「うん。こっちからも何回か、かけてみたんだけど。電源切ってるか、電波が届かないとこにいるらしくて・・・。」
遙が俺の質問に答えた。
「なんでやろう?・・・ってゆーか、やっぱ何かの事件に巻き込まれてるんかな?」
俺は今までの胸のモヤモヤを声に出してしまった。
「どうゆうことや?」
遼平が尋ねる。
「ああ。鷹矢に限ってこんなことってないはずやし。昨日からずっと嫌な予感、してたんや。こんなときの俺の予感って嫌って言うほどよく当たるからな。」
俺は溜息を漏らした。
「で?橘クンはなんで関係あるんや?」
哲サンが静かに尋ねる。
「ああ。・・・言ってもえんかな?」
俺は一応橘に訊ねた。橘はきゅっと口を結んだまま、頷いた。
「こいつ、停学になる2、3日前の記憶がないらしいねん。」
「それっていつぐらい前?」
譲が問う。
「っと・・・。」
「1週間前っす。」
俺が答えに詰まると、橘が答える。
「そう。」
譲はそう言うと、少し考え込んでいた。
「ごめん。全然関係ないかもしれんけど。橘クンってどっかで見たことあるよな。」
哲サンはいきなりそう言ってしばらく考え込んでいた。橘は呆けた顔で哲サンを見ている。
「ああ、そうや。あれや。橘コンツェルンの長男やろ?」
哲サンは指を鳴らした。
「そうなんか?」
俺はマジで驚いた。そんな大会社の社長令息とは思わなかった。
「あっ、ああ。・・・でも今は家出中。」
橘は家のことをあまり話したくなさそうだった。俺らはそれ以上何も訊かなかった。
そして俺たちはなす術もなくただ鷹矢からの連絡があるのを、ひたすら待った。

鷹矢が目覚めたのは、暗い倉庫の中だった。それが倉庫だと分かったのは、山積にされたダンボールの箱がたくさんあったからだった。 小さな窓から、太陽の光が零れている。鷹矢はとりあえず身を起こした。手を後ろで縛られ、足も縛られていた。 だから、起きるのに時間がかかった。薬がまだ効いているのか、頭がくらくらする。
「っしょっと。・・・どこや?ここ。」
鷹矢は辺りを見回した。別段変わった様子はない。とにかく、この縄を解くのが先だ。鷹矢は手をお尻のポケットに何とか突っ込んだ。 ジャックナイフを取り出す。アメリカにいたとき、護身用に持っていたものだ。今でも何となく持っている。それが良かった。
(こんなときに役立つなんてな。)
鷹矢は皮肉に思いながらもナイフで、手の縄を切った。何とか切れたその時、
「やっとお目覚めですか?」
ふと男の声がした。ここからでは男の顔は見えない。ただ声からして、中年のような気はする。鷹矢は目を凝らしたが、やはり見えない。
「誰や?」
鷹矢が叫ぶ。その間も鷹矢は何とか正座をして、足の縄を切った。もちろんバレないように。
「いやいや。名乗るほどのものでは。でも、貴方なら分かるはずでしょう?橘怜哉クン。」
語尾は背筋が凍るほど冷たかった。
「た・・ち・・ばな?誰やねん。それ。」
「おやおや。自分の名前も忘れてしまったんですか?」
「はぁ?俺には杜野鷹矢ってゆー名前があるんっすけど。」
「そんな嘘、言ってもしかたないですよ。さすがの貴方も怖いのですね。」
「だぁかぁらぁ違うってばっ。まぁ、ええわ。それより俺をどうする気や?」
「決まってるじゃないですか。殺して差し上げるのですよ。貴方は我々の組織の重大な秘密を知ってしまったのですからね。」
「なんやて?」
「さぁ、みなさん。殺して差し上げなさい。」
男はあざ笑いながら指示を出す。鷹矢は会話の間に何とか、足の縄も切った。男が話し終わると同時に後ろにズラッと人が出てきた。 5人・・いや6人はいるかもしれない。大男が鷹矢に向かって歩いてくる。鷹矢は座り込んだまま、機会を窺った。 そして大男が鷹矢に手をかけようとした時に、鷹矢はその大男の股下をくぐった。不意を突かれた大男は瞬間的に動きが止まった。
「いつの間に。」
中年男が舌打ちする。鷹矢は闇雲に走った。走りながら入り口を捜した。山積になっているダンボールに身を隠しながら。そしてどうにか入り口を見つけた。
(さて。どうやって出るか。)
鷹矢はチャンスを窺った。この扉は引き戸式なので、開けるのには少し時間がいるようだ。
「出てきなさい。今なら許してあげますよ。」
中年男が叫んでいる。
(けっ。誰が出てくかよ。)
鷹矢は心の中で言葉を吐き捨てた。それにしてもどうしようか。鷹矢はふと閃いた。何も言わず、入り口を背にして立つ。もちろん、あっさり見つかる。
「よろしい。こちらに来なさい。」
中年男が手招きしている。
「誰が行くかよ。」
鷹矢は言葉を吐き捨てた。
「困りましたね。手荒なマネはしたくなかったんですけど。仕方がありません。」
そう言うと男は指図を出す。すると、後ろに待機していたヤツらがこっちに襲い掛かってきた。鷹矢はニヤッと笑った。狙ったとおり。 鷹矢は襲い掛かる手を鋭く避ける。もちろん、突っ込んで来るヤツらばかりではない。力に訴えるヤツもいる。 しかし、そんなヤツの手をするりと抜け、鷹矢は入り口のドアを手にした。勢いよく開ける。それには全員驚き、瞬間的に動きが止まる。 鷹矢はその隙に逃げる。
「追いかけるんだっ。」
中年男が命令する。全員が追いかける。
「げっ。マジっすかぁー?」
鷹矢は逃げながら後ろから追いかけてくる人たちに気づいた。夕方なのでまだ明るい。全員黒ずくめだった。
(何なんや?あいつら。)
鷹矢は不思議だった。制服のように全員が同じような格好をしている。鷹矢は全速力で逃げていたが、追いかけていた1人が鷹矢に追いついた。
「げっ。」
鷹矢はそいつが手にナイフを持っているのを見た。帽子を深くかぶっているので、それが男なのか、女なのかは分からない。 そいつは手にしていたナイフを走りながら鷹矢に振り下ろす。鷹矢はとっさに左手でカバーする。服が鮮血に染まる。 しかもナイフは鋭かったのでかなり痛い。しかし今はそんなことは言っていられない。鷹矢は瞬間的に止まり、そいつの隙を見て蹴り倒す。 そしてまた走り出す。すると今度は後ろから銃声がした。
(げっ。なんで銃なんて持ってるんだよぉー。)
鷹矢はとにかく走った。ひたすら走った。とにかく人がいる所まで出なきゃ、殺られる。鷹矢は必死で逃げた。あと少しでこの路地から抜けられる。 そのとき、また発砲してきた。今度は鷹矢の足を掠める。
「っ。」
弾が掠っただけでも服が鮮血に染まった。痛い。でも今はそんなことは言ってられない。力の限り、走った。さっきより、スピードは落ちてしまった。 しかしあと数メートルなのだ。大通りまであと少し。鷹矢はとにかく大通りまで走った。大通りに出るとそこは幾らか見慣れた街並みだった。 もう、追いかけてこない。ここは確か。鷹矢はポケットから携帯電話を取り出した。壁にもたれながら短縮ボタンを押す。
(誰か出てくれ。)
鷹矢は朦朧としかけた意識と戦いながら、電話を掛けた。

どれくらい経っただろう。鷹矢からの連絡を待ちつづける一同は緊張感で身体が固くなっていた。つい力んでしまう。会話も弾まない。 みんな、心配していた。もう限界だった。いつまで待てば鷹矢からの連絡があるのだろう。何も手につかず、緊張に押し潰されてしまいそうだった。 そのとき。哲サン家の電話が鳴った。ほとんど地下室にいるので、地下室にも子機を置いているのだ。緊張しつつ、哲サンが受話器を取る。
「はい。」
『あっ。テツ?俺、やけど・・。』
「鷹矢?」
哲サンの言葉に一同顔を挙げ、哲サンの方を見る。
「今どこにおんねん。」
『テツん家の近く。』
「お前なぁ。どれだけ皆が心配したと思ってんねん。」
『ごめん。・・・帰って詳しく説明するよ。』
「そうしてくれ。」
『一つ、お願いがあるんやけど。』
「なんや?」
『迎えにきて。』
「は?」
『俺ちょっと、動けんのよ。怪我してて。だから・・。』
「分かった。すぐ迎えに行く。で?場所は?」
哲サンはどうやら鷹矢に現在いる場所を聞いてるらしかった。そして電話を急いで切った。
「今の、鷹矢からだった。怪我してるらしいから、車で迎えに行ってくる。」
哲哉はそう言いながら車のキーを机の上で探していた。
「じゃあ、行ってくる。」
「待って。哲サン。」
出て行きかけた哲サンを呼び止める。振り向く。
「俺も連れてって。」
俺はすがるように言った。
「来な。」
哲サンは微笑むと、また歩き出した。俺は哲サンの後に従った。

俺は鷹矢が心配だった。行きの車の中でずっと胸騒ぎがしていた。鷹矢にもしものことがあったら・・・。 そう考えるだけで胸が張り裂けそうに痛かった。考えたくないコトばかりが頭の中をぐるぐる回っていた。鷹矢とは四年程前に初めて会った。 芹華姉の高校の文化祭だった。そのときはすごく大人しいヤツだと思った。そのころは心に傷を負ってたらしく、人と話すことを拒絶していた。 しかし姉貴に連れてかれて哲サン家で会ったときは、その第一印象がガラリと変わっていた。だっていきなり、
「カラテ教えて。」
って言われたら誰だって驚くだろう。鷹矢は真っ直ぐな瞳をしていた。あとから姉貴に鷹矢には家族がいないって聞いたときは、すごく驚いた。 そんな素振りはまったくもってしなかったからだ。空手を教わりたいって言ってきたのだって、もう大切な人を失くしたくないという理由だった。 俺なんかより、いっぱい苦労したんだ。そんな鷹矢を尊敬してるし、俺にとって大切な友達だ。親友だ。その親友が今、きっと危険な状態にある。 そう考えるだけで胸が押し潰されそうだった。苦しかった。
車は海岸沿いの道を走っていた。
「ここらへんのはずなんやけど。」
哲サンはスピードを落として、鷹矢を捜しながら走った。俺も捜した。ここらは釣り人が何人かいる。結局一周したけど鷹矢はいなかった。 哲サンが携帯で鷹矢に電話をしようとしたその時、俺が見つける。
「あっ。哲サン。いたっ。」
「どこ?」
「ほらっ、そこっ。」
俺は助手席の全開にした窓から、身を乗り出して指差した。
「あっ、ホンマや。」
哲サンは俺が指差した方向に車を走らせた。鷹矢は自販機の陰にうずくまっていた。俺は車が止まるか、止まらないかぐらいに車から飛び出した。
「鷹矢っ。」
駆け寄ると、鷹矢がゆっくりと顔を上げた。声の主が俺だと確認すると、ふっと力が抜けたようだった。服が赤く染まっていることに気づく。
「どしたんや?何があったんや?」
俺は鷹矢と同じようにひざまずいた。
「・・・た。・・・」
「えっ?」
「ハラ、ヘッタ・・・。」
「はぁ?」
鷹矢はそう言うとふにゃっと俺に倒れかかった。腹減っただと?皆がどれだけ心配したと思てんねん!!
「鷹矢は大丈夫なんか?」
車を邪魔にならないように置いてきた哲サンが駆け寄ってくる。
「・・・こいつ、海に沈めていいっすか?」

「あははははははは。」
「そんな笑うなよ。」
俺は遼平の豪快な笑いにムカついていた。
「でも、鷹矢クンが無事で良かったじゃない。」
遙が鷹矢たちにお茶を出しながら言った。当の鷹矢はと言うとガツガツと遼平特製の焼き飯を食っていた。もちろん、怪我の手当てもしてある。遙が。
「そ・・だけどさ・・・。」
俺はふて腐れた。
「ぷはー。うまかった。ごっそーさーん。」
鷹矢は最後にお茶を飲んで落ち着いた。
「さて。落ち着いたところで、鷹矢。なんで家にいなかったのか、なんで怪我したのか、全部話してもらおうか。」
鷹矢の向かいに座った哲サンが切り出す。
「ああ。それが俺にも分かんないことがあってさ。昨日ユズルに家まで送ってもらって、家に入って靴を脱いでたわけさ。 見ての通り、脱ぎにくくって。で、イッショケンメー脱いでたらいきなり後ろからクスリみたいなんかがされてさ。気がついたらソーコにいて。」
「倉庫ってあの近くの?」
俺は鷹矢に問う。あの辺にはたくさんの倉庫がある。それと言い忘れていたが、ここの地下室は靴で過ごすようになっている。
「ああ。ちょっとフクザツなとこのどっちかってーと小さいソーコやった。ダンボールがいっぱいあって、光もあんま入らんようなとこ。」
「ふーん。で、その後はどした?」
「ああ。で、オッサンが出てきて・・・俺、誰かとマチガワれてたらしい。」
「誰かって?」
遙が問う。
「たちばな・・れい・・や・・だったかな?」
鷹矢の言葉に一斉に橘の方に振り向く。
「やっぱり。」
俺は呟いた。
「ごめんなさい。俺と間違われてたんっすね。」
橘は申し訳なさそうに頭を下げた。
「えっ?」
鷹矢は事情が把握できてないようだ。俺は鷹矢に橘のことを説明した。
「なるほどね。でもマチガワれてよかったと思うよ。」
「え?なんで?」
俺は思わず聞き返した。
「ほら。見てみ。こっちはナイフ、こっちは銃でやられた。銃でやられた方はかすっただけやけど。それに他にもいっぱいおったんやで。 俺はアツキに空手習ってたから逃げれたけど、キミだったら殺されてたかもしれへんねんで。」
鷹矢の真剣な眼差しに一同凍りついた。
「・・・銃・・持ってたんか?向こうは。」
遼平がやっとのことで声を押し出した。鷹矢が静かに頷いた。一同、声を失う。
「でもなんで橘のコト、殺そうとしてんやろ?」
俺はふとした疑問に駆られた。殺すまでの動機。それが一体何なのかさえ、現段階では分からない。
「橘、思い当たることはないんか?」
俺が訊くと、橘は首を横に振った。
「そっか。」
もうお手上げだ。さっぱり分からない。
「ねえ、橘クンが記憶失ったコトと何か関係あるんじゃないの?」
遙が思いつく。
「そうかも。」
譲が頷く。
「鷹矢。その中年男は何か言ってたか?」
哲サンが静かに訊ねる。
「っとね。ダイジなヒミツを知られてしまったから、コロスって。」
その言葉を聞いた一同は、凍りついた。
「向こうは何人くらいおった?」
哲サンは思いついたように質問した。
「そうやな・・そのオッサン入れて、6、7人くらいかな。全員黒い服着とる変なヤツらやった。」
「それよりも、なんで鷹矢と怜哉くんが間違えられたか、だよね。」
譲が新たな疑問を投げかける。
「要するに、部屋を間違えただけやろ?」
遼平が即答する。
「鷹矢ん家って東町のボロアパートやんね。」
「ボロってゆーな。」
俺の言葉に怒る鷹矢。
「だってボロやん。」
「うっ。」
一言付け加えると何も言えなくなったようだ。
「って、この近くの東アパート?」
橘が反応する。
「うん。そうやけど。」
鷹矢が勢いに押され気味に答える。
「俺もそこなんっすよ。」
「えっ?それって・・・。」
「えっと・・もしかして2階に住んでたり?」
鷹矢が恐る恐る聞く。橘が頷く。
「はい。202号室だったりしちゃいます。」
「俺は203だったりするだな。」
「なるほどね。」
哲サンが納得する。
「つまり、犯人は橘くんを誘拐しようとして間違って鷹矢ん家に入っちゃって、しかも気づかんかったってワケね。遼平が言った通り。」
「なるほど。」
哲サンの説明に一同頷く。
「ってゆうか、なんで気づかんの?2人。お隣なのに。」
響介がクエスチョンマークを飛ばす。確かに。顔を見れば分かるはず。名前とか。
「あ。それ。俺も思った。」
譲が頷く。
「だって。逢わんもん。」
鷹矢があっさりと言う。
「なんで?」
「だってさ。俺ってどっちかってーと、夜型やん?レイヤの場合、アツキたちと一緒で朝から活動してんやん。だから見事なすれ違い。」
「なるほど。」
みんな妙に納得。
「でもさ普通気づくやろ?犯人も。鷹矢と橘がちゃうこと。」
俺が言うとすかさず遙が口を挟んだ。
「そうとは限らないよ。」
「どういうことや?」
思わず聞き返す。
「橘クン、昨日何か用事あった?」
「ああ。昨日はバイトがあったけど?それが何か?」
「なるほど。・・・向こうは遅くに帰ってくること分かってた。それぐらい調べてるだろうし。ということは忍び込むのは人通りも少なくなる夜ってこと。 電気とか付けちゃうと他の人に分かっちゃうから、電気は付けない。つまり、薄暗い中、帰りを待っていた。電気付けなかったら、間違えてることにも気づかない。 2人とも背格好、そんなに変わんないし。」
「確かに。でも金髪と茶髪じゃ、分かりそうやない?」
俺は2人を見比べた。ま、鷹矢の場合地毛なんやけど。
「まぁね。でもちょっとしか変わらない。薄暗いからそんなこと、分かんないよ。分かったとしても髪の色なんて染め直したと思うんじゃない?」
「そうか。」
一同納得。
「とにかく、いつまたそいつらが襲ってくるとは限らない。鷹矢も橘くんも絶対1人では行動しないこと。」
遼平が話をまとめる。全員が頷いた。

そして話し合った結果、橘は遼平の家に泊まることになった。自転車があるので、俺と橘は自転車で帰った。 途中で橘の家に立ち寄って今必要な荷物を取ってきた。
そして帰り道、いろんなコトを話した。今までずっと同じクラスだったのに、全然話したことがなかった。 話してみて、意外と普通のヤツだってコトが分かった。ホントは1歳年上だからそれだけで何か怖いと思っていた。 けど留年した理由も思ってたのとは違っていた。
「じゃあ、入院してたんや。」
「うん。半年くらい。ホンマは先生がそれは大目に見てやるって言ってたんやけど。そんなん嫌やったし。 勉強はちゃんとやりたかったから、1学年下に下りたんや。」
「そっか。そうやったんや。でもなんで髪染めてんの?」
「ちょっとした反抗。」
「は?」
意外な答えに俺は驚いた。
「親に対する反抗と、他のヤツらになめられんため、かな。」
「そ・・なんや。」
「なーんて。自分で好きでやってんねんけどな。」
橘はそう言うと笑った。初めて笑顔を見た。いっつもムスッとした顔してるから、その笑顔は意外だった。ホントに普通の高校生なのだ。 俺は何か親近感が沸いた。
「なあ。俺のことは篤季でええよ。」
俺がそう言うと橘は瞬間、固まった。しかし次の瞬間にはもう笑っていた。
「ああ。んじゃあ、俺んことも怜哉でええよ。」
そんな話をしていると遥の家に着いた。怜哉はその家の広さに驚いていた。
「おかえり。」
家に入ると遙が笑顔で迎えてくれた。
「とりあえず、部屋案内するね。」
そう言うと遙は先頭を歩き出した。2階に上がる。
「一応、ちょっとは掃除しといたんだけどね。汚いかも。」
遙はある部屋のドアを開けた。そこは洋室で客間らしい。ベッドなんか置いてる。サスガだ。俺ん家では考えられん。
「ここは橘クンの部屋ね。」
荷物を置いて、1階に下りる。
「怜哉、風呂入りーや。」
と遼平がノンキに言ってきた。既に入って湯上りさっぱりのようだ。
「あ、はい。」
そう言って怜哉は風呂場へと消えて行った。

30分後。さっぱりした顔で出てくる。
「気持ちよかった〜。」
「よかった。篤季も入る?」
遥が俺に話かける。
「俺は後でええよ。」
「じゃ。お先に。」
遙は風呂場へと消えた。
「・・・お前らってさ、付き合ってんの?」
「ぶっ。」
怜哉の言葉に飲みかけのジュースを吐き出しそうになった。
「きったなー。」
怜哉が冷たくツッコむ。
「誰のせいや!」
怒りがこもる。
「で?どうなん?」
怜哉が意地悪くしつこく聞いてきた。
「まだ付き合ってへんよ。」
「まだってことは付き合う予定でもあんの?」
「ない・・けど。」
俺はだんだん嫌な予感がしてきた。
「ふーん。じゃあ。オレも狙っていいわけね?」
「は?」
何を言い出すんだ、こいつは・・。
「付き合ってへんのやろ?なら、オレにもチャンスはあるってワケや。」
「だっ・・なん・・・。」
俺は言葉が出なかった。
「だってさ。カワイイし、気は利くし、料理上手いし、女の子らしいし。理想の女の子やん。」
怜哉がほくほく顔で言う。おいおい。なんで?こんな展開あり?つか、それよりてめーの命の心配しろよっ!!
「ちょっ・・待てっ。なんでそうなんねん。」
「気に入っちゃった。遙ちゃんのコト。」
怜哉が意地悪く笑う。俺は固まった。それからのことはよく覚えていない。

翌朝。オレ、怜哉は久々に目覚めの良い朝を迎えていた。何かがすっきりしている。篤季と友達になれた。もう友達なんてできないと思っていた。 裏切られるのが、怖かった。だけど、篤季は今まで会ったどんなヤツらとも違う気がした。
オレは制服に着替え、下のリビングに下りた。
「あ。おはよ。」
遙ちゃんは、もう起きて朝食を作っていた。朝食なんて何年ぶりだろう。
「座って。もうすぐできるから。」
「うん。」
オレは言われた通りに椅子に座った。いいな。このカンジ。家庭的だ。
「はい。どうぞ。」
差し出された朝食は、洋食だった。
「篤季ってば、まだ起きないのかな。起こしてくる。」
「あ。オレも。」
そうしてオレたちは2階の篤季の寝ている部屋に向かった。