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ACT.4 sun shower
翌日。奈月が登校すると、何やら教室が騒がしかった。窓際にクラスメートが固まって、校庭を見下ろしていた。
「どしたん?」
奈月は近くにいたクラスメートに尋ねた。
「ああ。あそこで喧嘩してんだ。」
クラスメートが指差した先を見て驚いた。不良らしき人物が五、六人。周りの教師達はどうすることもできず、ただ立ち尽くしていた。しかしその不良たちに囲まれている人物に見覚えがあった。
「湊くん?!」
そう、試験の日、不良に絡まれていたあの男だった。
「なんだ。黒川さん、知ってんの?」
さっきのクラスメートが訊く。奈月は武人から目線を外さずに答える。
「まーね。」
「でもあれじゃあ、先公も手も足も出せねーな。」
そのクラスメートの言葉に奈月は駆け出した。
「黒川さん?」
クラスメートが呼びかけた時には既に奈月はいなかった。

武人は呆れていた。まさか学校にまで来るとは思わなかった。とりあえず校庭まで逃げたが、周りに教師が居る限り手出しなんてできない。
(どうすっかなー。ここでケンカしたら俺がヤバイしなー。ま、それが狙いだろうけど。)
そんなコトを考えているうちに、六人が一斉に襲ってきた。
「マジでかぁーーー。」
いくらなんでもいっぺんに六人は相手できないので、武人はとりあえず逃げた。
「逃げんなー。こぉらーーー。」
「そんなん言われたってぇ。」
しかし、マヌケなことに石につまずいて前のめりで転んでしまった。
「はっ。マヌケなこった。」
あっという間に囲まれてしまった。立ち上がることすらできず、座り込んだままで頭を腕で覆った。
(ひぇー。マジ絶体絶命〜。)
そう思った時、突然武人の目の前にいた二人が倒れた。
「ぐはっ。」
武人と不良たちは驚き、その二人の後ろにいた人物を見やる。
「誰や。」
「奈月ちゃん!」
武人は驚いた。まさか助けに来てくれるとは思わなかった。
「あんたら、どーしようもないな。一人に六人がかりやなんて。弱いんなら、歯向かわんかったらええのに。」
奈月は関西弁で呆れながらそう言った。武人はその氷のように冷たい目を見て血の気が引いた。
(キレてらっしゃる。)
「てんめー。言わせておきゃー。」
叫びながら一人が奈月に殴りかかろうとした。しかしその攻撃を軽くかわし、みぞおちに一発。見事に入り、そいつはあまりの痛さに倒れこんだ。
「次は誰?」
奈月の言葉に一瞬たじろぐ。しかしその中の一人が叫びながら突っ込んできた。その男が奈月に辿り着く前に後ろから蹴りが入る。そのまま倒れ、顔面を打つ。
「あー。痛そー。」
蹴りを入れた張本人の武人が同情する。
「湊くん、大丈夫やった?」
「ああ。おかげ様で。」
「よかった。」
奈月はホッと胸を撫で下ろす。その笑顔に武人はメロメロになった。しかしそんな状況ではない。頭を振り、咳払いする。
「さーてっと。まだやる?」
武人は残りの二人を睨んだ。二人は身震いをすると、その場から逃げて行った。
「なーんだ。つまんねーの。」
武人が呟くと、後ろからヌッと手が伸び、肩を叩かれる。
「ほー。ならお前ら、二人とも仲良く職員室に来なさい。」
武人の背筋が凍ったのは言うまでもない。

「やるじゃん。」
「あれって、黒川さんだよね?」
「すげー!」
「強ーい!!」
「カッコいい!!」
奈月の闘いぶりを見ていたクラスメートたちは盛り上がっていた。
(あれが奈月?)
ただ一人、秀一だけが呆然としていた。あの華奢な体のどこにそんな強さがあったのか。
「あ、センセーに呼び出しくらってんじゃん?あれ。」
一人が窓の外を指差す。見ると、奈月たちは教師について校舎の方に向かっていた。浮かない様子を見るとどうやらそうらしい。
「あ。ホントだ。」
「そりゃ、あんだけ暴れてたらねー。」
「でもそれはあいつ、助けるためだろ?」
「そーだよ。黒川さんは悪くないよ。」
「抗議しに行こうぜ。抗議。」
何だかクラスメートが勝手に盛り上がる。
「抗議?」
クラスメートの言葉に秀一が聞き返す。
「おーよ。だって、俺らは一部始終見てたんだぜ?天野も見てたろ?黒川は悪くないって。」
「うん・・・まあ。」
「なら行くっしょ?職員室。」
「そーだな。」
秀一はそう言って微笑んだ。

「だぁかぁらぁ、センセー見てたっしょ?彼女は俺を助けるためにっ・・。」
「だからと言って校内で暴れていいとは言わない。」
(がー。この石頭めっ。)
武人は頭をかいた。
「もうええって。うちが勝手に出てったんやし。」
「でも・・・。」
「ええから。」
奈月は武人をなだめた。二人は職員室でなぜか正座をさせられていた。
(でもどうしょ・・・。このことがお父さんにバレたら・・・。)
上京するときの父親との条件は『問題起こしたら即強制送還』なのだ。この件がバレれば即行で連れ戻されかねない。
「はぁ・・・。」
奈月が溜息を漏らしたその時だった。廊下が何だか騒がしくなった。
「なんだ。キミたちは。教室に戻りなさい。」
「俺たちは抗議しにきたんです!」
「抗議、だと?」
「そーでーす。」
廊下の方を見ると、閉め切られた窓越しに生徒らしき人物が大勢居るのが見えた。
「ちょっと、待ちなさい!」
と言う教師の言葉を無視し、一人がガラっとドアを開けた。
「秀ちゃん!」
「秀ちゃん?」
奈月の叫び声に武人が過剰に反応する。ちらりと奈月の方を見た秀一と奈月は目が合った。秀一の目が『任せとけ』と言っている。
秀一は教師を見据え、堂々と話し始めた。
「彼女は悪くありませんよ。」
「誰だね?キミは。」
教師は眉間に皺を寄せながら、秀一を上から下まで舐めるように見た。
「一年英文科委員長の天野秀一です。」
「俺らはクラスメートでーす。」
秀一の自己紹介のすぐ後で廊下の外から声がする。そこで奈月は初めて廊下で抗議しているのが、自分のクラスメートだと知った。
「俺たちは一部始終、教室から見てました。彼女は否とされるようなことは何も行なっていないと思います。」
「だがねぇ。これはケジメとして・・。」
教師が秀一を制しながら言うと、秀一はキッと教師を睨んだ。
「先生方は彼が絡まれているとき、どうしてました?」
「どうって・・・。」
教師が言葉を濁す。
「ボーっと見てただけじゃねーか。」
廊下から答えが返ってくる。それに合わせて、「そーだ。そーだ。」と騒ぎ立てている。
「びびってたんじゃん。」
また誰かが言う。また「そーだ。そーだ。」と騒ぐ。
「それを考えると、彼女が取った行動はとても勇気あるものだと思いますし、処罰を与えるべきではないと思います。」
秀一の言葉に教師達は何も言えなかった。
「更に言うと、彼は被害者だと思います。学校にまで来られて、とても迷惑していると思うんですが・・。」
秀一は武人のフォローも始めた。これには武人自身も奈月も驚いた。
「でもそれは、こいつの日常の行動に問題があると思うがねぇ?」
嫌味ったらしく教師が言うと、秀一は溜息をついた。
「・・・先生は何もご存知ないんですね。」
「何をだ?」
秀一に言われ、急に不安そうになる。
「彼は街で絡まれている子を助けてるんですよ。今日来ていたヤツらはそれを逆恨みして、彼を襲おうとしてたんです。」
「そーなの?」
秀一の言葉に奈月は思わず、武人に訊ねた。
「ま、まーね。」
武人は照れ笑いした。
「その事実を知った上で、もう一度考え直してください。」
秀一は頭を下げた。廊下にいたクラスメートたちも「お願いします。」と頭を下げた。
「もういいんじゃないですか?」
「校長!」
どこからか校長が沸いて出た。いつの間に現れたのだろう?
「私も一部始終見てましたし、さっき警察の方が来られて、全て話してくださいました。警察官の話だと、彼らは万引きの常習犯で一度湊君によって捕まったそうですよ。それを逆恨みして学校にまで押しかけて来たともね。確かに暴力はいけませんが、今回二人を否とするのはどうかと思いますがね?」
校長の言葉に、教師はもう何も言えなくなる。
「〜〜〜〜分かりました。今回のコトはなかったことにしましょう。」
その言葉に一同歓声を上げたのは言うまでもない。正座が解かれた二人は安堵の溜息をついた。
「湊君。」
「はい。」
校長に呼び止められ武人は少し緊張した。
「キミのことは良く聞いていますよ。とても勇敢な少年だとね。警察の方からもお礼を言われました。キミのような生徒は学校の誇りです。これからもそれを続けてくださいね。」
「はい!」
武人は元気よく返事し、職員室を後にした。

その頃の英文科の教室。
「何で誰もいないんでしょうか?」
「さあ?」
何も知らずにショートホームルームに来た担任と副担任は誰もいない教室で首を傾げながら、立ち尽くしていた。

「ありがと。みんな。」
職員室から出た奈月はクラスメートたちにお礼を言った。
「いいって。俺ら何にもしてないし・・。」
「そうそう。ほとんど天野のオカゲだよな。」
「まさか先公、説き伏すとは思わんかったけど。」
「すごかったよね。」
「天野バンザイ。」
「やめてよ。恥ずかしいから。」
秀一は顔が真っ赤になり、手で顔を抑えていた。すると、一人が秀一の肩を組んだ。
「照れんなって。」
「そうそう。天野いなかったら、俺ら何もできんかったかもしれんし。」
「確かに。」
皆が頷く。
「そうそう、ありがとな。『秀ちゃん』。」
武人が秀一の後ろから肩を抱く。『秀ちゃん』と言う言葉が皮肉っぽく聞こえたのは、気のせいだろうか?
「秀・・ちゃん?」
秀一が一応初対面なのに慣れ慣れしいと眉間に皺を寄せる。
「そ。さっき、奈月ちゃんが言ってたからさ。」
「あ、ごめん。イヤやった?」
奈月に言われ、秀一は照れたようにそっぽを向いた。
「・・・別にいいけど。」
「でもよく俺のコト、知ってたね?」
武人が訊ねる。
「ああ。有名だよ。よく街でも見かけてたしね。」
「ふーん。そうなんだ。」
「お前ら、とっとと教室帰れ。」
ずっと廊下で話し込んでいたので、とうとう雷が落ちた。と同時に全員一目散に走り出す。
「そう言えば湊くんは普通科やないん?」
奈月がふとした疑問を投げかける。
「うん。そうだよ。」
「じゃあ、あっちやん。教室。」
奈月が反対方向を指差す。普通科と英文科では教室の方向がま逆なのだ。
「あ、そーだった。んじゃ、またね。」
そう言うと武人は自分の教室に戻っていった。
「変なヤツ。」
奈月は思わず笑った。

休み時間。奈月はちょっとした有名人だった。
「すごいよね。黒川さん。カッコよかった!」
「あ・・ありがと。」
奈月は困っていた。女の子に囲まれていたからだ。女の子は苦手だ。いや、自分も女なのだが。
「女子たちすげーな。」
「ああ。群がりすぎ。」
それは男子も呆れるほどだった。あの中に入るのには勇気がいるだろう。
奈月はどうやってこの状況から逃れようか悩んでいた。急に立つのもおかしいし・・・。
「黒川さん。」
突然奈月を呼ぶ声がした。廊下側からクラスメートの新堂あきらが奈月を呼んでいた。奈月が驚いていると、手招きされた。奈月は女の子の群れから離れ、廊下に居るあきらの元にやって来た。
「何?新堂さん。」
「いいから、こっち来て。」
あきらは奈月を教室から連れ出した。

あきらは男らしい名前だが、れっきとした女だ。だが、その外見は制服を着ていないと女の子と判断するには難しいほどかっこよかった。高い身長、短く切られた髪、そしてりりしい顔つき。私服だと男顔負けにカッコイイんじゃないかと思ってしまう。
入学当初、彼女は注目の的だった。そのほとんどは遠巻きに見ているだけだったが。
奈月も話すのは今日が初めてだ。
教室から少し離れ、渡り廊下までやって来た。真ん中あたりであきらが立ち止まる。奈月も立ち止まった。
「新堂さん、どうしたん?」
「あきらでいいよ。奈月。」
喋る口調もサバサバしている。困惑していると、あきらがこちらを見た。
「奈月ってさ、関西弁だよね?」
「あ、うん。大阪から来たんよ。」
「そうだったんだ。まぁそうだろうとは思ってたけど、やっぱ気になってさ。」
あきらはケラケラと笑った。そんなことを聞くためにわざわざ呼んだのだろうか?
「奈月は女の子苦手?」
「え?」
突然の質問に奈月は驚いた。少しの沈黙の後、頷く。
「うん。そうやね。女の子って苦手や。」
「やっぱり。見てて逃げたそうだったからさ。」
「やから呼び出してくれたん?」
奈月の問いに「そうだよ。」と頷く。
「ありがとう。」
そう言うとあきらは笑った。奈月も釣られて笑う。
「でもびっくりした。何か習ってた?」
「空手をね。やけどこんなとこで使うって思わんかった。」
「だろうね。」
あきらはまた笑った。彼女のみかけはクールなイメージだが、結構明るい性格なのかもしれない。彼女もサバサバしているタイプだからか、あきらといるのは苦にはならなかった。
「何であんなヤツ助けたの?」
「何でって・・・分からん。気づいたら校庭におったから。」
「そうなんだ?」
あきらの言葉に頷く。
「何かあんなフェアじゃないん見ると、腹立ってきて。一人に対して六人って最低やって思って・・・。」
「なるほどね。奈月は正義の味方って訳か。」
何だか少し皮肉に聞こえた気がしたが、気のせいだと思いその考えを振り払った。
「正義の味方なんかちゃうよ。ただ短気なだけ。」
「でもすごいよな。」
「え?」
思わぬ言葉に奈月は顔を上げた。
「だってさ、奈月が行ったとしても二対六な訳じゃん?圧倒的に不利な状況は変わらないでしょ。もしかしたら奈月がやられてたかもしれないのに。」
「そうやね。でももし勝てそうやない相手やったとしても、うちは行ってしまいそうや。」
奈月は溜息を漏らした。
「うち、そんなん考える間にキレてもうてるから。」
そう言うと、あきらは大爆笑した。

予鈴が鳴り、教室に戻る頃には奈月はあきらと仲良くなっていた。こんなに女の子と打ち解けられたのは、初めてかもしれない。何だか妙に嬉しかった。

昼休み。あきらと一緒にご飯を食べ終わり、片付けをしていた。あきらはトイレに席を立ち、奈月は次の授業の準備をした。
「なっつきちゃーん。」
廊下から楽しそうな声がした。
「湊くん?」
「やっほー。遊びに来たよーん♪」
手をぶんぶんと振りながら、奈月に笑顔を向けている。
「お前、うるさいから帰れ。」
窓際に座っていた秀一は、読書を邪魔されて眉間に皺を寄せていた。
「秀ちゃん、冷たいのぉ。」
武人が人差し指をくわえる。別にかわいくはない。
「ほー。あたしに逢いにきたのか?」
武人の後ろで声がした。ゆっくりと振り返る。
「その声は・・・。でぇーーーーー!!あきらぁーーーー!」
「人を化けモノみたいに言うな。失敬だぞ。」
武人の真後ろに立っていたあきらは武人を睨み付けた。
「あれ?知り合い?」
窓際にやってきた奈月が問うと、二人同時に口を開いた。
「「腐れ縁。」」
見事にハモったので、奈月と秀一は思わず笑った。当人たちはお互いを見て、また睨み合っている。
「あはは。幼馴染ってやつ?」
「そう。高校はこいつと離れられるって思ったのに!」
あきらが睨むと、武人も言い返した。
「それはこっちのセリフだっ!」
いがみ合う二人はお世辞にも仲がいいとは言えなかった。
「まぁまぁ。それにしても二人が幼馴染やったとはねぇ。」
奈月は変に感心した。世間はとっても狭いと思う。
「あ、やから『あんなやつ』って言うたんや。」
今頃さっきの会話の意味を知る。
「何の話?」
秀一に聞かれ、奈月は「何でもない」と返した。
「あ、そうだ。奈月ちゃん。音楽好き?」
武人がイキナリ話題を変える。
「うん。好きやけど。」
「ロックとかは?」
「好きやで。」
「よかったぁ。」
なぜかホッと胸を撫で下ろしている。
「どうしたん?」
「いやぁ。今度友達のバンドがライブするんだけど、チケット無理やり買わされちゃってさ。良かったら一緒に行ってくれないかなって。」
武人はポケットを探ってチケットを取り出した。何だか妙に枚数が多い気がする。
「ええよ。いつ?」
「今度の日曜。夕方からだけどね。」
武人は奈月にチケットを渡した。
「へぇ。おもしろそう。」
秀一が奈月の後ろからチケットを見た。
「秀ちゃんも行く?」
「行きたい。」
奈月が勝手に誘ってしまい、武人は涙を流した。
「くすん・・・。」
「何泣いてるん・・。」
「大方奈月とデートしたかったんだろうよ。まぁいいじゃん。どうせこのチケットさばけって言われたんだろ?」
あきらは武人が握り締めているチケットを指差した。
「うん・・・。」
「俺チケット買うよ?いくら?」
「うちも買うよ。」
秀一と奈月の言葉に武人は感動した。
「二人は俺のおごりでいいよ。」
武人は秀一にもチケットを渡す。秀一はそれでもお金を出そうとしたが、武人は受け取らなかった。
「あ、それから奈月ちゃんには条件がっ!」
「え?何?」
突然顔が近づき、奈月は後ずさった。
「俺のことは『タケ』って呼んで。」
にっこりと言われ、何だか妙に拍子抜けする。奈月は笑顔で頷いた。


そして放課後。奈月、あきら、武人、秀一は学校帰りにファーストフード店に立ち寄った。日曜のライブの時の詳細を話し合うためだ。席には奈月の隣に無理やり座った武人、その向かいにあきらと秀一が座った。
「にしても何でお前がここにいるんだ?」
あきらは納得しない様子で武人を睨んだ。
「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ!」
「あぁん?」
あきらの睨みに武人が萎縮する。
「奈月ちゃん・・・。あきらさんが怖いのぉ。」
武人はここぞとばかりに奈月にしがみついた。奈月は仕方なく「よしよし。」と慰めた。
「甘やかさなくていいからね。」
あきらは奈月に注意する。奈月は苦笑して頷いた。
「幼馴染なのに、何でそんなに仲悪いんだ?」
秀一がずばりと質問する。
「うじうじした男は嫌いだ。」
「男女は嫌い・・・。」
あきらと武人が同時に理由を述べた。お互いがお互いの悪口を言ったため、二人の・・・特にあきらのこめかみの血管がピクピクしているのが分かった。
「それにしても高校まで一緒やなんて、ホンマ腐れ縁やな。」
奈月がなだめるように言った。
「ま、あたしの場合、親に無理やり決められたんだけどね。」
あきらが溜息を吐く。一瞬顔が曇る。
「武はあんたの中で一番レベル高いトコだったんよねぇ。」
さっきの曇った顔から一転して悪魔の微笑みに変わる。
「うっせー。」
図星だったのか、武人はそれしか言い返せなかった。
「あきらはさ、何か他にやりたいこと、あったんじゃないの?」
「え?」
不意に奈月にツッコまれ、あきらは一瞬止まった。
「ははっ。すごいね。奈月は。何でも見抜いちゃうんだ。」
あきらが苦笑する。一拍の間を置いて、あきらは頷いた。
「うん。あるよ。」
あきらは真っ直ぐ奈月を見た。
「言ったら協力してくれる?」
「・・・うちにできることやったら・・・。」
「言ったね?」
不敵に笑うあきらを見て奈月は武人に耳打ちした。
「ねえ。ヤバイ?」
「かなり。」
武人の答えに奈月は冷や汗をかいた。
「そこ、コソコソしない。・・・教えてあげよう。あたしは写真家《フォトグラファー》になりたいんだ。」
「「フォトグラファー?」」
秀一と奈月が聞き返す。
「そ。ほら、カメラだってこうやって持ってるし。」
あきらは鞄から大事そうにカメラを取り出した。
「というわけで、モデル、やってもらおうか。」
「も、モデル?」
奈月は思わず聞き返した。
「そう。それから秀一、あんたもね。」
「は?俺も?」
まさか自分に振られると思わなかった秀一は愕然とした。
「俺は?」
「あんたはいい。」
武人の言葉にあきらは即答した。
「ひどひ。」
「そーだなー。さっそく次の日曜日ってのはどう?ライブの前とかさ。予定入ってたら、あれだけど・・・。」
武人を無視し、あきらは奈月たちに訊ねた。
「別に予定は入ってないけど・・・。」
「俺も・・・。」
「決まり!次の日曜、ここで十時に待ち合わせ!」
あきらはさっさと勝手に一人で決めていた。奈月たちは無理やり頷くしかなかった。
「ごめんな。あきらってばいっつもこうなんや。」
武人が耳打ちする。
「そこ、何コソコソしてんの?」
「イエ。ベツニ。」
「ま、とにかく日曜日詳しく話すけど。モデルって言っても撮るのは素人なんだから、気楽にしてくれたらいいからさ。」
「う、うん。」
あきらの言葉に頷く。
「そう言えばあきらは一緒にライブ行かないの?」
「あきらんとこって、門限七時だろ?」
「うん。」
あきらはコーヒーを飲みながら頷いた。七時門限とは、結構厳しい気がする。
「六時開演、八時終わりなんだよ。」
武人が説明すると、みんなが納得した。
「それにあたし、ライブとか興味ないし。」
「冷たいなぁ。メンバー知ってるくせに。」
あきらの言葉に武人が寂しそうな顔をする。
「メンバーって同じ中学だったとか?」
秀一の問いに武人は頷いた。
「そうだよ。ちょっと早めに行って、メンバーたち紹介するよ。」
武人の言葉に奈月たちは頷いた。


その夜。久々に早く帰って来た一真兄と夕食を取る。奈月は今日あった出来事を一通り話した。
「でさ、そのあきらにモデルになってって言われて・・。」
「引き受けたんやろ?」
一真の言葉に奈月は頷いた。
「うん。やって断れんかったし・・・。」
「奈月をモデルにねぇ。」
「何よ。それ。」
兄の含んだ言い方が気に食わない。奈月はプゥと頬を膨らませた。
「別にぃ。」
めちゃくちゃ嫌味っぽいんですけどっ!
だが話が進まないので、奈月は突っ込まないことにした。
「その後、武ちゃんの友達のバンドのライブ行くから、ちょっと遅ぅなるわ。」
「ライブかぁ。ええなぁ。」
ここんとこずっと雑誌のインタビューや、新曲作成のためスタジオにこもったりしていて、全然ライブをしていない。
「ライブしてーなー。」
一真は思わず本音を漏らした。
「やっぱライブ一番好きやね。」
「おうよ。そりゃ、はじけられるし。いっちゃん楽しいもんな。」
一真は笑顔で答えた。奈月はそんな兄を羨ましく思った。
「ええなぁ。うちもしてみたい。」
「ライブ?」
一真の問いに大きく頷く。
「もちろん!sparkleのライブ、いっつも楽しいもん。」
「やったら、お前も早うライブできるようにならなな。」
「うん。」
奈月は大きく頷いた。

翌朝。一真はいい匂いにつられて目が覚めた。
「あ。おはよう。」
奈月が笑顔で言う。
「はよ。」
あくびをしながら答える。奈月は朝食を作っていた。
「もうすぐできるよ。」
一真はその間に顔を洗ったり、着替えたりした。

数分後。
「はい。できた。」
奈月はパンとコーヒーとハムエッグを出した。今日は洋食のようだ。
「いただきます。」
「どうぞ。」
食べ始めると、電話がかかってきた。奈月が出る。
「はい。黒川です。はい。少々お待ちください。・・・お兄ちゃん。マネージャーさんから。」
一真は口に入ってるパンを飲み込み、コーヒーで流すと電話口に出た。
「もしもし?」
『あ。朝からすいません。』
声からしてマネージャーの西川だ。
「なんや?」
『はい。あの、仕事の時間が早まったんですけど、大丈夫ですか?』
「何時から?」
『えっと。九時半までに来れますか?』
そう言われ、時計を見る。現在七時半。
「ああ。余裕。あー、もしかして午後からのヤツ?」
『そうです。よろしくお願いします。』
「おう。」
『では失礼します。』
そう言って電話は切れた。電話を切り、振り返ると奈月がもう登校する準備をしていた。
「あれ?もう行くんか?」
「うん。だって電車時間間に合わんもん。」
奈月は時計を見ながら言った。
「俺がバイクで学校まで乗せてってやるで。」
「ホンマに?」
「おう。」
バイクだと学校まで三十分もあれば行ける。
「やったぁ。じゃあご飯ちゃんと食べようっと。」
奈月は再び座り、残っている朝食を食べた。

バイクだと本当にあっという間だった。毎日バイクで送って欲しいくらいだ。もちろんそんなことできないのは分かっているので口には出さない。
学校前だと目立つので、学校の近くで降ろしてもらった。
「ありがと。助かった。」
ヘルメットを一真に返す。
「ついでやしな。」
ヘルメット越しに笑いながら一真が答える。
「はは。今から仕事やろ?」
「そ。やってらんねーよ。こんな朝から。」
溜息混じりに言うが、そんなに嫌そうに見えない。
「がんばってな。」
「おう。お前もな。」
「うん。じゃあ、いってきます。」
手を振り去っていく奈月を見守り、一真はバイクを走らせた。

「おはよ、奈月。」
後ろから声をかけられ、振り返る。
「あ、秀ちゃん。おはよ。」
「さっきのバイクの人、誰?」
早速聞かれ、一瞬焦る。だが兄はヘルメットをしていたので、周囲にはバレていないはずだ。
「ああ。兄貴。」
「へー。あれが。俺、一瞬奈月の彼氏かと思った。」
秀一は笑った。逆に奈月の顔は曇った。
「彼はもういない・・・。」
「え?」
小さく呟いた言葉を秀一はしっかり聞いていた。次の瞬間、奈月は微笑んだ。寂しく。
「見とったんや。」
「あ、うん。目立ってた。」
「そう?」
奈月は笑った。秀一は奈月のさっきの言葉は聞かなかったことにした。触れてほしくない過去かもしれない。話題を進める。
「そういや。お兄さんって何の仕事してるの?」
「えっと・・。」
奈月は焦った。言いたくないが嘘もつきたくない。
「あ〜、音楽関係。・・うちもよく分からんのやけど・・・。」
「そうなんだ。奈月が音楽好きなのってお兄さんの影響?」
「うん。まあ。」
奈月は言葉を濁した。
「奈月ちゃーん!」
その時、頭上で声がした。上を向くと、三階の渡り廊下から武人が手を振っていた。
「なんか落ちそう。」
秀一が一言。武人は身を乗り出していた。
「危ないよー!」
奈月が叫ぶとあっさりと身を乗り出すのをやめた。

教室に向かう途中に、その渡り廊下に寄る。
「おっはよー。」
朝からハイテンションな武人が挨拶する。
「「おはよ。」」
「ところでなんで二人一緒に登校してんのぉ?」
いきなり曇る武人の顔に二人は思わず笑った。テンションの変わり具合が笑える。
「なんで笑うんだよぉ。」
「いや。別に。」
秀一が笑いを堪えながら答える。
「うちら、校門で会ったんやって。」
奈月が笑いをかみ殺しながら言う。
「あ。そうなんだ?」
バシンッ。
「邪魔。」
「あ、あきら。おはよ。」
武人の後ろから現れたのは、あきらだった。奈月は何事もなかったように挨拶しているが、実はあきらは武人の後頭部を教科書(しかもかなり分厚い)で殴っていた。
「ってー。なんすんねん!」
「なんでお前、関西弁なの?」
あきらは武人の質問を無視し、ツッコむ。
「人の話を聞けーー。」
「奈月。秀一。行こっ。」
「無視すなーーー。」
後ろで吠える武人を完全無視し、あきらは奈月たちと教室に向かった。
「ええの?あれ。」
奈月が後ろを指差す。
「いいの、いいの。あいつ、相手んしてたって時間の無駄。」
あっさり言い放つあきらに奈月は首を傾げた。何で武人にこんなにまで冷たい態度を取るのだろう?
でも奈月には聞けなかった。
『ダレモキズツケタクナイ。』
こうやって話をするのさえ、本当は怖い。秀一やあきら、武人と出会ってまだ数日も経っていない。本当は彼らを傷つけていないか、不安だ。思わず自分を押し込めてしまう。
『ホントウニココニイテイイノ?』
小さな疑問が大きな不安になる。奈月は胸の奥が痛かった。苦しい。息ができない。
奈月は俯いた。胸を思わず押さえる。
『大丈夫だよ。奈月。』
ふと『彼』の顔と声が浮かぶ。あの笑顔に何度救われただろう。いつも温かく包み込んでくれた。もういないのに。もう頼れないのに。なぜ今になって『彼』のことばかりが浮かぶんだろう。
「奈月?どした?気分でも悪い?」
秀一が下を俯いてる奈月に声をかける。
「えっ?ううん。なんでもない。」
「そう。ならいいけど。」
奈月の取り繕ったような笑顔に、秀一は何となく気づいた。朝、奈月が呟いていた言葉が頭を過ぎる。
『彼はもういない・・・。』
そのことと関係あるんだろうか。秀一にはその言葉の意味がさっぱり分からなかったが、訊いてはいけない気がした。何故だかは分からない。ただ、そんな気がした。本人が話してくれるのを待つしかないと思った。


そして日曜日。十時に奈月と秀一はこの間立ち寄ったファーストフード店の前に来ていた。
「遅いなぁ。あきら。」
「ほんと。何してんだ?自分で呼びつけといて。」
秀一は時間にルーズな人は嫌いらしい。ちなみに二人は十分前には待ち合わせ場所に来ていた。昨日、学校の帰り際にあきらに呼び止められ、念を押されたのだ。その本人が約束の時間過ぎても来ないのは、ルール違反だろう。
「ごっめーん!遅れて。」
「遅い!」
走ってきたあきらに秀一が怒鳴る。
「ごめんって。武、振り切んのに時間かかっちゃってさ。」
「置いてきたん?」
「うん。邪魔だしね。」
既に物扱いである。しかし誰も気にしていない。
「あっ・・と。あれ?ここら辺にちっこいの来てなかった?」
「ちっこいの?」
あきらは辺りを見回す。奈月と秀一はワケが分からず、首を傾げた。
「ちっこいのって、あたしのコト?」
不意に奈月の後ろから声がした。振り向くとカワイイ女の子が立っていた。確かに背は低い。
「おめー以外に誰がいるよ。」
あきらが毒舌を吐く。
「・・・・帰る。」
不機嫌になったのか、女の子はクルっと後ろを振り返った。あきらが追いかける。
「おい。待てよ。」
「じゃーん!武ちゃん登場〜!」
突然奈月の目の前に武人が現れた。奈月たちは驚きの余り、硬直してしまう。
「あれ〜?里佳っちじゃん。久しぶりぃ。」
武人は怒っている里佳の前に立ちはだかった。どこまでもマイペースな男である。
「武・・・。」
里佳は歩みが止まった。
「武。なんであんたここにいんの?」
あきらが睨み付ける。置いてきたはずの武人がなぜここにいるのか。
「なんでって。そりゃ、先回りしたから♪」
あきらの問いに明るく答える。
「先回りって。あんた電車乗り損なったんじゃ・・・。」
「うん。だから義兄《にい》さんに送ってもらった。こっちで用事があるからついでに。」
「・・・。」
あきらは脱力した。振り切ったのは無駄だったのだ。
「いやー。やっぱ車は早いねぇ。」
武人は上機嫌だった。あきらはこいつを無視して、話を進めることにした。
「・・・しゃーないな。あ、紹介しとく。こいつは神谷里佳。うちらと同い年。んで幼馴染。」
「よろしく。」
あきらの紹介に里佳がペコっと頭を下げる。
「こちらこそ。あ。うちは黒川奈月。こっちは天野秀一。うちらは高校であきらと同じクラスなんよ。」
「そうなんだ。あれ?関西弁?」
やはり珍しいのか里佳が尋ねる。
「大阪から来たんよ。」
奈月は短く答えた。里佳は「そっか。」と納得した。
「里佳にはメイクと衣装、やってもらおうと思って。それで呼んだんだ。」
あきらが説明する。そういえば、里佳は何やら大量に荷物を持ってる。
「ここじゃなんだし、場所変えよっか。」

そう言って来た場所は、近くの公園だった。
「公園っスか?」
奈月や秀一の気持ちを武人が代弁した。三人は今から始まる撮影がどんなものなのか、予想がつかなかった。
「さてと。里佳。今日の衣装は?」
「んっとね。これかな。」
里佳はカバンの中からノートを取り出し、広げてあきらに見せる。
「ふむ。さすがだね。あたしのイメージに合ってる。じゃあ、これでよろしく。」
「OK。」
里佳が頷く。あきらは早速カメラの準備をし始めた。里佳が袋の中身をチェックし、一つを武人に渡した。
「武ちゃん、天野くんの方よろしく。奈月ちゃんは、あたしね。」
「ラジャー。」
秀一と奈月は二人に連れられ、公衆トイレで着替えることにした。

「里佳ちゃん。衣装(これ)ってどうしたん?」
奈月は衣装を指差した。まさか買ってきたのだろうか?
「ああ。これ、全部あたしの手作りだよ。」
里佳は袋の中から服を一着取り出した。
「手作り?」
「そ。あ、これ着てね。あたし、服飾デザインの学校に行ってんの。」
里佳に手渡された服を持って個室に入る。
「へー。こういうん、好きなんや。」
「うん。何か作り出すってすごい楽しいから。」
「そっか。」
その気持ちは、奈月にも良く分かる。
奈月は着替えながら、気になっていることを里佳に聞いてみることにした。
「ねえ。一つ聞いてもいい?」
「何?」
「あきらって高校、親に決められたんよね。厳しいん?」
「うーん。そうだねぇ。あきらは長女なの。で、弟いるんだけど、まだ小さくてさ。あきらのお父さんは一代で会社築いた人で、実は結構な歳なのよ。それで後継者をって思ってんじゃない?ま、あたしはそんなに詳しくは知らないんだけど。」
「厳しいってわけやないんや。」
里佳の話を聞く限り、厳しい印象は受けない。
「そだね。どっちかって言うと甘いよ。あきらが反発しなかったのは、きっとお父さんの気持ちも分かるからだと思う。」
あきらと自分は似ている境遇だと思った。自分の道を選んだ奈月と親に従ったあきら。どっちが正しいというのはないのかもしれないが、なんとなく自分は本当に正しかったんだろうかと考えてしまう。
「着替えられた?」
「あ、うん。」
奈月は個室から出た。シンプルな白のノースリーブのワンピースに白のサンダル。
「うん。カワイイ。ちょっと待ってね。」
すると里佳は袋からスカーフを取り出し、奈月の首に巻いた。
「よし。外、出よ。メイクするから。」
「うん。」
外に出ると既に秀一たちが出てきていた。
「まず天野くんからね。」
そう言うと、里佳は秀一をベンチに座らせ、メイクを始めた。と言っても、ナチュラルメイクなので、傍目にはあまり分からない。
「俺、メイクされるのなんて初めてだよ。」
「あはは。男の子だもんね。」
秀一の言葉に里佳が笑う。
「大丈夫だよ。ナチュラルだから。」
里佳の言葉に秀一は妙にホッとした。そう話している間にも里佳はメイクセットを広げ、メイクを始めた。
奈月は里佳の手の動きをずっと目で追っていた。まるでプロのような動きだ。早々とメイクを済ませると、髪型もセットした。
「ハイ。完了!次、奈月ちゃん。座って。」
里佳に言われ、奈月はベンチに座った。おっとりしたような見た目からは想像できないが、里佳は物事をてきぱきとこなしていた。あきらの性格が移ったんじゃないかと思わず考えてしまう。
「目、閉じて。」
奈月は目を閉じ、里佳に身を委ねた。本格的なメイクをしたことがない奈月は、少しドキドキした。
しばらくして里佳の手は髪にへと移った。
「ハイ。できたよ。鏡、見てみる?」
里佳が鏡を差し出す。目の前にはメイクされ、ヘアーチェンジされた奈月が映っていた。
「なんか・・自分ちゃうみたい。」
「はは。そう?」
里佳は笑っていたが、おしゃれにあまり興味のなかった奈月にとってはまるで別人のように映った。
「奈月ちゃん。カワイイ。」
武人がホレボレしている。
「・・・ありがと。」
武人にストレートに言われ、奈月は照れた。
「さーて。撮影始めよっか。」
あきらの声で撮影が始まった。

とは言っても、素人である。どうしていいか、分からない。
「ちょっと二人とも硬くなんないでよ。不自然じゃん。」
「そう言われたって。」
秀一は奈月をチラっと見た。奈月も見る。目が合うと、妙な笑いが込み上げてきた。
「それそれ、自然にして。別に雑誌に載るんじゃないんだからさ。」
あきらがカメラを構える。その言葉に肩の荷が下りた二人は、あまりカメラを意識しないようにした。奈月に至っては、冬休み中に見た、sparkleのメンバーの撮影風景を思い出していた。モデルではないのに、迫力を感じた。まさに『プロ』だった。
「奈月?どうかした?」
急に黙り込んだ奈月に秀一は声をかけた。
「ん?ううん。何でもない。」
「そ。ならいいけど。」
そうは言ったものの、秀一は奈月の様子に異様さを感じていた。急に黙り込んだり、俯いたり。かと思えば、急に笑う。数日前から、ずっと続いてる。でも本人に聞き出す勇気なんてない。怖い。せっかくできた友達を失ってしまうのは。
『ほっといてくれ!お前になんかに関係ないだろ!』
あの時の言葉が浮かぶ。親切から出たお節介。もう、あんな思いはしたくない。だから、心を閉ざした。深く関わらない。そうすれば、あんな思いはしなくても済む。だけど、一人でいる勇気も度胸もなくて、結局誰かといなきゃ寂しくて不安になる。奈月はどことなく自分と重なる気がした。
「秀ちゃん?」
今度は秀一が黙り込んだので、奈月が声をかける。
「えっ?」
「どうかしたん?」
「ううん。別に。」
「そう?」
「じゃあ、今度は、あそこの噴水の前で撮ろうか。」
あきらが提案したその時だった。
「あ、雨。」
そう。雨が降ってきたのだ。
「天気雨だ。」
武人は空を見上げて言った。空は快晴なのに、雨が降っている。
「ちょっと休む?」
「ええよ。このままやろ?」
あきらの言葉を否定し、奈月が微笑んだ。
「でも・・・何か雨、ヒドクなってない?」
「ええよ。気持ちええし。」
奈月は顔を上げた。雨に打たれるのは好きだ。いろんな嫌なことを忘れさせてくれる。
奈月は上を向き、雨の粒を身体に浴びた。あきらは思わずシャッターを切った。切らずにはいられなかった。
「秀ちゃん。顔、上げてみ。気持ちええよ。嫌なこととか全部忘れられるから。」
呆気に取られていた秀一は奈月の言葉通りに顔を上げた。
「・・・・。」
本当だ。これだけのことなのに、嫌なこと全てを忘れられる気がする。
秀一の目から自然と涙が溢れ出した。理由は分からない。ただとめどなく溢れ出すのだ。しかしその涙は雨が洗い流してくれる。きっと泣いてるなんて、他の人にはきっと分からない。
あきらはただ無心でシャッターを切っていた。さっきの表情とは違う。二人のどこか寂しげで憂いに沈んだような瞳を、美しいと思った。

「二人のおかげでいい写真が撮れたよ。ありがと。」
あきらは二人にお礼を言った。
「そんな。大したことしてないよ。」
奈月は照れ笑いをした。
「にしてもずぶ濡れだね。」
武人が三人を見て言った。
「そりゃ。あんたみたいに雨に濡れないように避難しなかったからねぇ。」
あきらが意地悪く言う。
「ギクッ。」
「まあまあ。」
奈月が止めに入る。
「あれ?そういや、神谷さんは?」
秀一は辺りを見回した。
「ああ。里佳っちならいっぺん家に帰ってくるってよ。」
武人が答える。すると里佳が帰ってきた。
「あ。もう撮影終わってたんだ。」
「里佳。何やってたの?」
あきらが思わず尋ねる。
「何って。タオル取りに帰ってたんだよ。風邪引くでしょ。濡れたままだと。」
そう言いながら里佳はタオルを奈月たちに渡した。
「はい。あきらの。」
「さんきゅ。」
「お疲れさん。はい、着替え。」
里佳は奈月たちに自分たちの服を渡した。奈月たちは着替えに公衆トイレへ入った。

「で?ライブ行くまでどうすんの?」
一緒に昼食を取ったあと、あきらが訊ねる。
「俺は特に用事ないけど。」
「うちも。」
「おいらも。」
秀一、奈月、武人が返事をする。
「でも、とりあえず着替えに戻りたいかな。」
秀一の発言に奈月が頷く。撮影後に着替えたが、何だか気持ち悪い。
「うちも。ずぶ濡れやし。」
「じゃ、一回自分たちの家戻って、また集まるってのは?」
武人の提案にみんなが賛成する。
「ライブって?」
話を知らない里佳が尋ねる。武人が事情を説明する。
「いいな。あたしも行きたい。」
「いいよ。まだチケット余ってるし。じゃ、一緒に行く?」
武人がOKを出すと、里佳は喜んだ。

話し合いの結果、一度家に戻り、再び集まることになった。一同は駅で別れるとそれぞれの家へ戻って行った。