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ACT.2 crawler is crazy?
奈月が実家に戻り、再び静かな日々が訪れた。特に一真にとっては。「あーあ。なんかモノ足りんな」 芳春が机に顎を乗せて溜息を吐く。 「せやなー。やっぱ奈月ちゃんおったほうが楽しかったよな」 衛もだれきっている。 「しゃーないやないか。奈月ちゃんかて奈月ちゃんの生活があるんやから」 和之がギターの調律をしながら慰めた。 「そやけどさぁ」 芳春は認めつつもやはり溜息を吐く。 「また会えるんやから。元気出しなって」 悠一も励ます。ただ一人、一真は黙ったままだった。 「何言うても黒ちゃんが一番淋しいんちゃうか。やっぱ」 和之の言葉に一同頷く。 その時、一真の携帯が鳴った。着信を見ながら出る。 「はい。なんや。おふくろか」 どうやら一真の母親らしい。別に聞くつもりはないのだが、つい聞いてしまうのが人の常。メンバーは耳をそばだてた。 「それ、マジで言うてんの? ・・・・・・ああ。・・・・・・知ってた。けど考え変わると思って・・・・・・何も言わんかった」 一真の声だけで衛には何の話かすぐに分かった。 恐らく奈月のことだろう。高校に進学しないとでも言い出したのではないだろうか? 衛以外はさっぱり分からなかったが、大事な話であることは察した。 一真が電話を切ると同時に質問コーナーに入る。一真は溜息混じりで仕方なく説明した。 「えっ? 奈月ちゃん。高校行かへんの?」 「ホンマに?」 「何で?」 メンバーが口々に言う。 「知らん」 最後の悠一の質問に一真は即答した。 「でもそんな大事なこと、奈月ちゃん一人で決めたらアカンやろ」 和之が真面目に意見する。楽天家の彼としては珍しい。 「そうや。だから親が俺んとこ電話してきたんやないか」 一真は髪をくしゃっとつかんだ。煙草を取り出し、吸い始める。 どうすればいいのか、解決策が見つからない。 「あいつ、結構ガンコやからな。親もそれ知っとるし」 一真は溜息のように煙を吐き出した。 「ってことはもう決まってもうたん?」 衛が尋ねると、一真は首を横に振った。 「いや。まだや。まだ願書は出せるから。今からでもどっかに出して無理やりにでも受けさせて・・・・・・」 「無理強いはアカンやろ」 その言葉に悠一が反応する。 「分かってる」 「分かってへんよ。人は学歴なんかやないって一番言ってんのは黒ちゃんやないか」 キレかけた悠一を近くにいた衛が抑えた。 「悠一。抑えて。それよりこれからどうするんか、本人にちゃんと聞いてみたほうがえんちゃうか?」 「せやな」 一真はまだ新しい煙草をもみ消した。 「とりあえず、黒ちゃんは実家に帰ったほうがええよ」 衛がポンと一真の肩を叩く。 「でも、まだレコーディングが・・・・・・」 「大丈夫やって。後は俺たちに任しとき」 衛が自分の胸を叩く。何だかとっても怪しい。 「お前は信用できんからな」 「おいっ」 「黒ちゃん、相変わらず辛口やな」 和之が笑うと、皆も笑った。 「でもホンマに任せたで」 一真は衛の肩を叩いた。 「おう」 衛は任せとけと言わんばかりに元気よく返事をした。 一真は新幹線に乗り込み、実家へと向かった。 あまり帰って来れないが、駅を出ると、以前帰ってきたときと変わらない風景が広がっていた。 懐かしく思いながら、実家へと歩いていると後方で何やら声がした。 嫌な予感がし、後ろを振り返ると、そこにはココに居てはいけない人物がいた。 「げっ。なんで・・・・・・」 一真は信じられなかった。後ろから走ってやって来たのはなんと衛だった。 「よう。黒ちゃん」 衛は陽気に挨拶してきた。 「よう、じゃねーだろ。何でお前がここにおんねん。レコーディングは?」 「ああ。あれね。飽きた」 「飽きたじゃねーよ。てめーが任しときって言うたんやでっ!」 そう怒鳴り散らしても、衛はまったくもって動じない。 「うん。言ったね」 衛がノンキに答えるので、一真は頭を抱えた。 「あのなぁー」 何でこんなやつの言葉を信じたのだろう? 今更後悔する。 「とにかく行こうで。黒ちゃん」 ここで言い合いをしていても意味がない。一真は仕方なく歩き始めた。 「・・・・・・それよりマジでレコーディングは?」 「ああ。あとの三人に任せてきた」 「お前なぁ」 一真は呆れ過ぎて言葉が出てこなかった。 「だってあと、アレンジだけやし。悠一たちに任せて、帰って録って終わりにしたほうが早いやん」 「・・・・・・」 一真はもう何も言うまいと誓った。 駅から十分ほど歩き、ようやく家に辿り着いた。 一真は未だに持っている家の鍵で玄関を開けると、家に上がりこんだ。衛も一真の後に続く。 リビングから声が聞こえたので、一真たちは廊下から覗いた。 そこでは奈月と父親が言い争っていた。 「何で高校行かな、あかんの?」 「今の時代、高卒じゃなきゃ雇ってくれるとこなんてないんやで」 喧嘩腰の奈月をなだめるように父は穏やかにそう言う。 「でもうちは行きたぁない」 奈月はそっぽを向く。 「奈月。私らはお前のことを思ってやな・・・・・・」 「ウソ。世間体が悪いから高校行けって言うとるだけやんか」 「そんなことは・・・・・・」 「あるよ。ろくに人の話も聞かんで頭ごなしにダメなんて言わんで」 奈月は机をバンッと叩きつけた。 「分かった。話を聞こう」 父がそう言うので、奈月は深呼吸をして自分の気持ちを打ち明けた。 「うちは音楽をやりたいんよ。お兄ちゃんたちみたいに、音楽を作りたい。人の心を動かせるような・・・・・・」 「でもそれは・・・・・・」 「まだ終わってない」 「・・・・・・」 奈月の言葉に父は黙った。 「うちは自分が作った曲をいろんな人に聴いてもらいたい、そう思った。皆にレコーディングさせてもらったり、譜面を見てアレンジしたりするのがすっごく楽しかった。それに皆の音楽に感動したんよ。一つの音楽に全身全霊をかけて作っとる。だからこそ人の心に染み込むんやって分かった。うちもいつかはそんな音楽を作りたい。そう思っとる。音楽の世界がどんなに厳しいか、分かってる。けどやりたいんよ。一生かけても。今までそんな風に思ったことはなかった。自分でも正直驚いてる。だからこそやりたいんよ」 「でもな。それは、高校を卒業してからでもええやろ?」 父の言葉に奈月は首を横に振った。 「ううん。そんなの時間の無駄やって。行きたくもない高校行って、三年間過ごすなんて。それにいつ死ぬか、分からんのよ? もしかしたら明日死んじゃうかもしれない。後悔しながら死にたくないよ」 「だがな・・・・・・」 父はやはり反対しているようだ。 それよりも衛は、奈月の『死』と言う言葉が胸に突き刺さった。 十五歳の少女が、『死』を意識するのは、多少なりとも違和感がある。 冬休み、上京したあの日の、あの悲しげな憂いを帯びた表情は、誰かの『死』が関係しているのだろうか? だが、一真からは何も聞いていない。親類が亡くなったのなら、一真だって関係があるはずなのだが・・・・・・。 「じゃあ、こういうのは?」 衛の考えをよそに、一真がリビングに入り、提案する。 「お兄ちゃん」 「一真」 二人は驚いていた。まさか来るとは思わなかったからだろう。 「奈月を東京の高校に行かせる。んで奈月は高校に行きながら音楽をやる。それなら文句ないやろ?」 「やけどなぁ・・・・・・」 急な提案に父は渋った。 「その間の面倒は俺が見るわ。その方が安心やろ。一人よりも」 「まっ、まぁそうやけど・・・・・・」 父は困惑していた。突然のことで驚いたのだろう。 しばらく考えてから父は一真に向き直った。 「・・・・・・分かった。その条件飲むわ。やけど一つ忠告しておく。その間に何か一つでも問題を起こしたら即連れ戻しに行く。で、高校卒業しても音楽の芽が出んかったら、こっちに戻ってきて普通の仕事に就くこと。これが条件や」 「ありがと。お父さん」 奈月は嬉しさのあまり、父に抱きついた。 「お兄ちゃんもありがと」 一真にも抱きつく。 「でもお前、ちゃんと高校に行くんやで。それが第一の条件なんやから」 一真が念を押すと、奈月は笑顔で頷いた。 「うん! もちろん」 「衛。入って来ぃや」 一真はいつまでも入り口に立っている衛に声をかけた。 「あっ、ああ」 衛は恐縮しながら入って来る。父は「いらっしゃい」と言った後、リビングを出て行った。 「衛くんだけ? 来たん」 奈月がコーヒーを差し出す。衛は差し出されたコーヒーを受け取りながら、「うん」と頷く。 「他の人たちは?」 「レコーディング、曲のアレンジ、エトセトラ」 衛が出されたお菓子に手を出しながら答える。一真が何か言いたそうな目をしたが、気づかないフリをしておく。 「あー、そっか。でもびっくりした。いきなりお兄ちゃんおったから」 「オカンから電話もらってすぐ来たからな。・・・・・・でも勝手にあんな条件出したけど、よかったんか?」 今更ながらに聞いてみる。 「うん。音楽がやれるんならどんなことでもする気やったし」 「家出・・・・・・とか?」 一真が冗談交じりに言った。だが、一真自身、高校卒業してすぐ家出するように上京したので、有り得なくはない。 「うん。それも考えた。けどやっぱまずは親説得できんかったら、何もできんって思った。・・・・・・結局お兄ちゃんに助けてもらったけど」 奈月は苦笑した。 「奈月・・・・・・」 「ホンマありがと」 微笑む奈月に、一真は何も言えなくなり、少しの沈黙が流れる。 「おお。これうまい」 衛が見事に沈黙を破った。 「良かった。それね、昨日作ったんよ」 「奈月ちゃんが?」 「うん」 「いやぁー。マジでウマイ。これ」 衛に誉められ、奈月は照れた。喜んで食べてくれる人がいてくれるのは、本当に嬉しいものだ。 「何? もう帰んの?」 まだ来て一時間ほどだ。 「ああ。三人だけに任しきっとってもあかんしな」 一真が煙草を吸いながら答える。 「そっか。せっかく今夜は腕によりをかけて御馳走しようと思ってたのに」 奈月がしょんぼりしている。 「え? じゃあ、残ろうかな」 衛が涎を垂らすが、一真に首根っこを掴まれる。まるで猫だ。 「お前が戻らんでどうすんねん」 「・・・・・・御馳走」 「何やねんな」 卑しい衛に一真が睨む。 「まぁまぁ。仕方ないて、今回は。やから今度御馳走するわ。あとの三人にもね」 衛は奈月の笑顔に免じて今回は諦めることにした。 「駅まで送ってくよ」 三人が家を出ると、もう薄暗くなっていた。この分だとすぐ暗くなるだろう。 「奈月ちゃん。大丈夫なんか? 一人で帰って危なくない?」 衛が真ん中にいる一真を押しのけ、心配そうに覗き込んだ。 「うん。いざとなったら空手があるし」 奈月がぐっと拳を顔の前で握る。 「そっか。それやったら、大丈夫やな」 衛はホッと胸を撫で下ろした。 「それより、心配かけてごめんね」 突然奈月が謝るので、一真と衛は思わず奈月を見やった。 「知ってたんやろ? お兄ちゃん」 「えっ?」 奈月の言葉に驚く二人。 「分かってた。どうせ衛くんが言うたんやろ」 「うっ」 衛は図星を突かれ、言葉に詰まる。 「それから、うちが音楽やりたいって思ってるってことも気付いてたんやろ?」 「どうして・・・・・・」 一真が不思議がると、奈月はニヤッと笑った。 「女の勘をなめちゃいけません」 その不敵な笑みに、二人は思わず笑みが零れる。しかし、奈月の笑顔は少し曇った。 「でもね。何も言わんかったから、お兄ちゃんの気持ちが分からんかった。やからお母さんがお兄ちゃんに電話したって知った時、正直不安やった。もしかしたらうちのこと応援してくれんのやないかって」 「奈月・・・・・・」 まさか不安にさせていただなんて、一ミリも思っていなかったのだ。 「やからお兄ちゃんが来てくれて、条件出してお父さん説得してくれた時、ホンマに嬉しかった」 奈月はそう言って嬉しそうに笑った。 しかし一真は複雑だった。応援したい気持ちもあるが、父の気持ちも分かる。だが今は奈月を応援しようと、心に誓った。 「とにかくこれからは受験勉強に励むわ。お兄ちゃん、東京の高校案内送ってね」 奈月は吹っ切れたように微笑んだ。 三人が駅に着くと、胸ポケットを探っていた一真が声を上げる。 「あっ。煙草切れた。ちょう買ってくるわ」 「おう」 一真が売店へ向かい、衛と奈月が残される。 「奈月ちゃんさ、もし黒ちゃんが帰って来んかったら、どうしとった?」 衛はどうしてもそれが聞いてみたかった。一真の前では言いにくくても、二人きりならきっと答えてくれるだろうと思ったのだ。 「・・・・・・それでもお父さん、説得しとったと思う。どんな無理言うても」 奈月が静かに答える。 「どうやって?」 ツッコんで訊いてみると、奈月は少し考えた。 「音楽がやりたい。どうしても。父さんが言うようにいい高校出て、いい仕事に就けば生活は安定するかもしんない。けど、そんなんつまらん。誰かに媚びるような生き方なんてしたくないし、する気もない。そんなに器用には生きられへんっ」 奈月は少し興奮していた。奈月の本音を、聞くことができて衛は安心した。 奈月が深呼吸して落ち着きを取り戻すと、今度は衛が口を開いた。 「確かに。奈月ちゃんの言うとおりや。誰もが器用に生きれるわけちゃう。人の顔色窺いながら生きるなんて俺は真っ平や」 衛は奈月の顔を見て、笑う。 「同感」 奈月も笑った。 「おい。電車来るで」 いつの間にか一真が背後に立っていた。 「ほな、行こか。じゃーな。奈月ちゃん。勉強がんばってな」 衛が手を振ると、奈月は「うん」と言って手を振る。 「じゃーな」 一真はそれだけ言い、改札をくぐった。衛が追いかける。 奈月は二人を見送り、家路に着いた。 その夜。スタジオに戻ってきた一真はメンバーに奈月のことを話した。 しかし衛は勝手に出て行ったらしく、あとでボコボコにされていた。 「でもま、よかったんちゃう?」 和之は煙草に火をつけながら笑う。 「それが奈月にとってええもんかは、まだ分からんしな」 一真が溜息混じりに答えた。 「プラスになるか、マイナスになるか。吉と出るか、凶と出るか」 芳春が呟く。 「今んとこはそれがプラスや吉になるように、祈るしかないな」 悠一が付け足すと、メンバー全員が頷いた。 「奈月ちゃん。今頃勉強しとんやろうな」 衛がボーッとしながら呟く。 「そうやな。奈月ちゃんが勉強がんばってんやから、俺らはレコーディングがんばらなな」 悠一が意地悪く言いながら、衛の肩をポンっと叩く。 「あとはボーカルだけやで」 ベースを録り終わった一真が意地悪く笑った。 衛が固まったのは言うまでもない。 奈月は今までほとんどやっていなかった分を取り戻すため、猛勉強していた。元々頭は悪くない方なので、皆に何とか付いていけた。 問題はどこの高校を受けるかだ。兄から送られてくる高校のパンフレットを見ても、なかなかピンと来なかった。 「これだ」 奈月は兄から送られてきたパンフレットの一つに興味が沸いた。 早速奈月は兄に電話して詳しい情報を送ってもらった。親とも相談した結果、そこを受験することにした。 受験前日。奈月は再び一人で東京を訪れる。 前もって連絡しておいたので、今日は一真が迎えに来てくれた。明日の受験のため、今日は一真の家に泊まるのだ。 「忘れモン、ないやろうな」 家に着いてから、一真が確認する。 「うん。何回も確かめてきた」 奈月は荷物を部屋の隅に置いた。 「なあ。お前、マジであそこ受けるん?」 「うん。何で?」 確認され、奈月は首を傾げた。 「いや。意外やなと」 「そう? でもこれやったら将来役立つかなっと思って」 「まぁな」 奈月の言う将来は、音楽の方面と音楽以外の方面の両方、という意味だろう。 「それにね。初めてピンって来たんよ。これやって思えたから・・・・・・」 奈月はそう言って笑った。強い眼差しに一真はそれ以上何も言えなかった。 「まあ。お前がええんなら、別にええんやけどな」 一真は床に転がった。 「何よ。そのどーでもいいよーな言い方は」 奈月が転がった一真の顔を覗く。 「おめーは親父に似てガンコやからな」 一真は覗き込んだ奈月の鼻をつまんだ。 「いたっ。もー。何すんよ」 奈月は鼻を押さえて怒る。一真はただ笑っていた。 受験当日。今日は筆記試験のみである。 奈月は一真にバイクで校門近くまで送ってもらった。一真はフルフェイスのヘルメットをかぶっているので、周りには気付かれていない。 「大丈夫か? 受験票とか忘れてへんか?」 「うん。ちゃんと確認した」 「じゃあ、終わった頃に迎えに来るから、ここら辺で待っとけよ」 「はーい」 元気よく返事する。 「うし。じゃあ、行ってこい」 「うっす」 奈月は元気よく体育会系の返事し、試験会場に向かって歩き出した。 ここからはたった一人だ。周りに知っている人はいない。奈月にほどよい緊張感が生まれた。 一真は奈月が校舎に入るまで見送り、バイクを走らせてスタジオへ向かった。 「いよいよ、今日やな」 スタジオに着くと、すぐに衛が近づいてくる。 「あ?」 「奈月ちゃんの高校受験。今日が試験日やろ?」 「ああ」 それはそうなのだが、なぜ衛が張り切っているのか分からない。 「ああ・・・・・・って冷めてるな。黒ちゃん。大事な妹の将来がかかってんねやろ?」 「オーバーやな」 一真は鼻で笑った。 「オーバーなことあるかい。大切なことやろ?」 「まーな。でも俺らが気を揉んでもしゃーないやん。たとえあそこ落ちても滑り止めはあるんやし」 「うっ。まっ、まーな」 「俺らは俺らの仕事を果たしとけばええの」 一真は何故か自信に満ちた笑みを返した。その笑顔に衛は何も言えなくなった。 しかしメンバーに何を言われようと気のない返事で返す一真を見て、衛は彼なりに心配なんだと気づいた。 (結構問題解けたな) 奈月は全ての筆記試験を終えて、校舎から出た。公立なのでそれなりに難しい問題も出たが、勉強した甲斐もあり、答案用紙を埋めることができた。まぁ埋めただけであって、正解かどうかは分からないが。 「見つけたぁー」 奈月が校門を出ると、道の向こう側から声がした。ガラの悪そうなのが三、四人こっちを見ている。 「げっ。しつこー」 奈月の頭上で声がした。奈月が驚いて振り向くと、そこには背の高い男が立っていた。 制服を着ているのを見ると、どうやら同じ受験生らしい。奈月の目線の位置からして、百八十くらいありそうだ。きっと一真よりも背が高い。 奈月がそんなことを考えていると、ガラの悪そうなヤツらはこっち側に渡って来ていた。 「またっスか? 俺が何したって言うんスか?」 背の高い男が鬱陶しそうに言うと、キレかけた男が叫ぶ。 「てめぇーがこいつの腕をへし折ったんだろ?」 男は隣にいる男を指差しながら言った。その男は右腕にギプスに三角巾で固定していて、とても痛々しかった。 「言いがかりっすよ」 「うっせー」 言い争いが始まる。奈月は巻き込まれないように横に避けた。 「ちょっと待ちな」 奈月に気付いた一人の男が腕を掴んだ。 「何ですか? 離してください」 奈月が鬱陶しそうに振り返る。 「あんた、こいつの彼女やろ?」 「「は?」」 奈月と背の高い男は思わず聞き返した。 「何言うてるんですか? うちはこの人とは何の関係もありません。第一、名前も知らんし。たまたま通りかかっただけです。あしからずっ」 奈月は手を振り解いた。 「そうそう。彼女とおいらは全くもって関係ないっスよ」 男が笑いながら付け足す。 「そう言われてもな」 振り解かれた男がしつこく奈月の腕を掴む。 「離してください」 「ヤだね」 何で一真はまだ来ていないのだろう? 早く来ていれば、こんな喧嘩に巻き込まれずに済んだのに。 瞬間的に奈月は一真を恨めしく思った。 早く帰りたい。大体何で全く関係ない喧嘩に巻き込まれなければいけないのだろう? 今度はさっきよりも強く腕を掴まれていた。必死に抵抗しても、振り解けない。 「てめぇが大人しくやられたらええねん」 「そう言われてもねぇ」 背の高い男は余裕の笑みを浮かべている。 「それより、場所、変えません? 視線が痛いんで」 受験生たちが続々と校舎から出て来ている。視線が集まるのも仕方がない。 それで男たちは場所を変えることにした。 奈月は数人に掴まれ、更に口まで押さえられて、連れ去られた。 (・・・・・・おらんし。まだ出てきてへんのか?) 奈月が拉致されてから五分後。何も知らない一真が到着した。 まだ他の受験生たちが出て来ていたので一真はあまり目立たない所で門から出て来ている人波を見ていた。 しかし奈月はいつまで経っても出てこない。 その時、一真は何かが落ちているのを発見して、それを拾った。 (手袋? コレ・・・・・・確か今朝、奈月がしてたような) 一真は今朝の奈月を思い出す。確か、黒いコートを着て、緑のチェックのマフラーに手袋をしていた。そう、確かにこの手袋をしていた。 ということは・・・・・・。 (奈月は誰かに拉致られた?) そう考えるのが妥当だ。 手袋が落ちているということからして、奈月は校舎から出て、この校門のところにいた。そして無理やり誰かに連れ去られた。 (誘拐?) 一真は自分の考えを疑った。 奈月に限ってそんなことがあるだろうか? 空手有段者である。 だが相手が大人数なら? 話は別だ。 しかしこんな人通りの激しい所で誘拐などするだろうか? だが何故だか嫌な予感が胸をよぎる。一真は急いでバイクに跨った。きっとそう遠くへは行っていないはずだ。 エンジンをかけ、出発しようとした時、一真の携帯が鳴った。バイクを止め、ヘルメットを外し、緊張しつつ電話に出る。 「はい。・・・・・・なんや。衛か」 一真は溜息を漏らした。 『なんや、とはなんやねん。遅いから心配して電話したのに』 電話の向こうで衛が怒っている。 「わりぃ。ちょっと事件が起こってな」 『事件? なんや? 何があったんや?』 「奈月が多分・・・・・・拉致られた」 『拉致られた? どういうことや?』 電話の向こうでざわめきが起こる。衛の大声で周りにも事態が伝わったようだ。 「分からん。とにかく迎えに行ったら、奈月がおらんかったんや。しばらく待っても出てこんかって。そしたら奈月の手袋が落ちてるん見つけて・・・・・・」 『そうか。でも奈月ちゃん。空手やってへんかったっけ?』 「せやけど、あれでも一応女やで。男が束んなって襲ってきたら・・・・・・」 一真はそれ以上言えなかった。そんなこと考えたくない。 『せやな。でも多分、意外と近くにおるんちゃうか? そんな遠くへは行けんやろ』 「ああ。今から少し捜してみようと思ってな」 『うんうん。でもヤバくないか? 確か親父さんの条件って、 衛の言葉に、そう言えばそんな条件があったと思い出した。 「そうや。でもあんまオオゴトにせんかったら大丈夫やろ。とにかくもう少し捜してみるわ。帰りは遅くなるかもしれへんけど・・・・・・」 『ああ。それは大丈夫や。今、悠一が凝った音作ってるから結構皆ヒマなんや。心置きなく捜してや』 「・・・・・・わりぃな。なんか」 衛の優しさが胸に染みた。いつもはおちゃらけているが、こういう時はしっかりしている。まぁ前科持ちではあるが。 『ええって。そんなん。俺ら、仲間、やろ?』 電話の向こうで衛が笑ってるのが分かった。その言葉が妙に照れくさい。 「そうやな」 一真も思わず笑みが零れる。 『とにかく早よ電話切って、捜しや』 「ああ。おおきに」 『じゃあな』 「おう」 電話を切った一真はヘルメットをかぶり直すと、バイクを走らせた。 「いたっ」 奈月はずるずると引きずられながらやって来た。人気のない寂れた公園に着くと、手をいきなり離された。その勢いで、転びそうになるが、何とか持ちこたえる。 「ごめんね。なんか巻き込んじゃって」 背の高い男が奈月に謝った。奈月は首を横に振る。 「謝らんでもええよ。別にあんたが悪いわけちゃうし」 「ありがと。そう言ってもらえると、助かるよ」 満面の笑顔に、彼は素直で純粋な人なんだろうと思った。 「お二人さん、いちゃつくのは後にしてもらえませんかねぇ」 「生きて帰れたらの話だけどねぇ」 そう言うと一人がナイフを取り出した。 「道具を使うとは・・・・・・卑怯もいいとこだね」 背の高い男は呆れた。奈月も同じく呆れる。 「なんだとぉ! てめぇー。言ってくれるじゃねーか」 ナイフを持った男が男の子に襲い掛かるが、あっさり受け止められる。すると他の三人が一気に襲い掛かった。 「げっ。マジでぇー?」 一対四では勝ち目はない。もうだめだと諦めかけたとき。 「えっ?」 襲い掛かってきた二人が同時に倒れた。それには敵方も驚いて動きが止まった。 「あんたら、ええ加減にしーや」 奈月が冷たい目でこっちを見ている。 さっきの二人は奈月が後ろから回し蹴りを喰らわしたのだった。もちろん奈月はスカートなのだが、寒いので下にスパッツを履いていたのだ。 三人の開いた口が塞がらない。 「一人に一気に四人が襲い掛かるなんてみっともないと思わんの?」 奈月は本気で呆れていた。その言葉にやっと我に返った二人が言い返す。 「るせー。てめぇーも道連れだ」 「女だからって容赦しねーぞ」 二人は向きを変え、奈月の方に向かってきた。 「だーれが容赦せんって?」 奈月はいつの間にか一人の胸に入り、顎を掴む。その間にもう一人が奈月の後ろから襲ってきたが、奈月は気配のみで気づき、顎を掴んだまま、回し蹴りを喰らわせた。 そのまま顎を掴んでいた男をも背負い投げで投げ飛ばす。 「いってぇ」 「あっ。後ろ」 奈月はその声に敏感に反応した。 最初に蹴りを喰らった二人が襲いかかって来た。そのパンチをひらりとかわし、踵落としを喰らわせる。 もう一人の内側に入り込み、腹に肘鉄を食らわせる。 それはほんの数秒間の出来事。 背の高い男は呆気に取られたまま、その光景をただ見つめていた。 「あっ、おった」 路地に入り込むと、公園で騒いでいるのが聞こえてきた。もしかしたらとやって来ると、長い髪をポニテールでまとめ、黒いコートを着て、緑のチェックのマフラーを付けている少女を見つけた。間違いなく奈月だ。 一真が見つけた時には、奈月が一人の男を襲っている四人のうちの二人を後ろから蹴りを入れているところだった。 一真は何が何だか分からず、ただその様子を眺めていた。 そのうちに奈月はあっという間に四人の男をやっつけてしまった。 今までの心配は何だったのだろう? 何だか全身の力が抜ける。 それにしても今は出て行けない。奈月の他にもう一人いる。バレたら後がややこしいので、一真は近くに隠れた。 「すっげー」 背の高い男はただそう呟いた。 奈月はあっという間に倒した男たちを見下ろしながら、パンパンと手をはたいた。 男はその華奢な身体からは想像できない半端じゃない強さを目の当たりにし、その事実を受け止めるのに、しばしの時間が必要だった。 「大丈夫? 怪我、ない?」 奈月はボーっとつっ立っている男に声をかけた。 「あっ、ああ。俺は何ともないけど」 「ごめんなぁ。驚いたやろ」 関西弁がキュートだ。 「うん。ちょっとね」 思わず本音を漏らしてしまうが、彼女は笑った。 「それにしても何なん? この人たち」 「ああ。よくある逆恨み」 「ふーん」 「あ、名前、言ってなかったよね。俺は湊武人」 「うちは黒川奈月」 「奈月ちゃんか。君もあの高校受けたんだよね」 奈月が頷く。 「もしかしたら同じクラスかもね」 武人が笑いながら言う。まだ面接もしてないのに受かった気でいる。結構お気楽な性格なのかもしれない。奈月も思わず笑う。 ふと奈月は何かを忘れているような気がして、頭をフル回転させた。 「あーっ。お兄ちゃんっ」 奈月はやっと思い出し、思わず叫ぶ。 隠れていた一真は驚いた。見つかったのかと思ったが違うようだ。 「ごめん。お兄ちゃんと待ち合わせとるから、もう行くわ」 「うん。また逢えるといいね」 武人はニカッと笑った。奈月も笑顔を返す。 「じゃーね」 「ばいばい」 奈月が公園を出ると、見慣れたバイクがあった。 「あれ? お兄ちゃんのや」 「奈月」 「うわっ」 突然後ろから声がして、奈月は驚いた。 「なんや。お兄ちゃんか。びっくりさせんといてや」 「なんやって何やねんな。こっちは心配したっちゅーねん。ほらっ」 一真は拾った手袋を奈月に渡した。 「あっ。これ、落としとったんや」 「校門んとこでな。焦ったわ。奈月が誘拐されたんかと思って」 「ははっ。うちもびっくりしたんやけどね」 「とにかく、戻るで。皆も心配しとるやろうし。詳しいことは帰ってからな」 一真はそう言いながらヘルメットをかぶり、奈月にもヘルメットを渡す。 「うん」 ヘルメットをかぶると、二人はバイクに跨り、皆が待つスタジオへと戻った。 「何や。そうやったんや」 事情を聞いた衛がホッと胸を撫で下ろす。 「でも無事で良かったわ。何かあってからでは遅いからな」 悠一が真面目に言う。 「ご心配おかけしました」 奈月は一礼した。 「でも結局奈月ちゃんがやっつけたんやろ? その男たち」 芳春が興味津々で質問する。 「まーね」 奈月はあまり蒸し返されたくないようで、苦笑して頷いた。 「びびったわ。ホンマ。奈月、強うなったな」 一真がしみじみと言う。まるで親父だ。 「そんなしみじみ言わんといてよ」 奈月が嫌そうに一真を睨む。 「とにかく無事で何よりやな」 悠一がもう一度そう言うと、皆が頷いた。 「明日は面接やな」 衛が話題を変えると、奈月は頷いた。 「緊張せんようにな」 芳春が割って入る。 「頑張ってな」 メンバーの応援に奈月は笑顔で頷いた。 そして翌日。今日は面接だけなので、昨日よりも早く終わった。例のごとく、一真が迎えに来た。昨日のこともあり、少し早めに来たらしい。 (そういや、昨日の子、見ないなぁ) 奈月はヘルメットをかぶりながら、ふと思った。これだけの人数が受けに来ているのだから、ちょっとやそっとでは分からないだろうが。 (ま、いっか) 奈月がバイクに跨ろうとした時、後ろから声がした。 「いたっ。あいつだ」 奈月が振り向くと、そこには昨日のヤツらがいた。しかも何か人数が増えてる。 「げっ」 奈月が叫ぶ。察した一真がメットをかぶったまま、こっちを見る。 「なんや。昨日やられてたヤツらやんけ」 一真は全く動じなかった。奈月は鬱陶しそうに溜息を吐く。 「よー。昨日はよくもやってくれたなぁ」 いつの間にか、奈月たちの近くに来ていた。奈月が睨む。 「なんや? 生意気に」 一人がムッとしていた。やられたくせに口だけは減らない。 「やっちまおうで」 もう一人が後ろから提案する。 「ちょう待て」 一真がヘルメットをかぶったまま、それを遮る。 「なんや? てめーは」 「俺はこいつの兄貴や。妹にケンカ売るんは勝手やけど、場所考えろや」 一真は校門から出てくる人波の方に目をやった。敵方もつい見てしまう。 チラチラと見つつも、巻き込まれないために目を合わせないようにして受験生が出て来ている。 「わっ、分かった。場所変えよう。昨日の公園だ」 一人が言う。 「おいおい。彼女は関係ないだろ?」 その時再び頭上から声がした。男たちが振り向くと、そこに昨日の男、武人が立っていた。 「あ? なんやと?」 「だーかーらー、彼女は関係ないだろ。お前らは俺に用があんだろ?」 武人は皮肉に笑った。 「ああ。そーだよっ」 一人が武人に殴りかかろうとした。それを一真が簡単に止める。 「場所を考えろって、さっき言わんかったっけ?」 一真はそいつの手をねじ伏せた。 「いててててて。分かった。じゃあ、昨日の公園で決着つけるで」 そう言うと男たちはさっさと行ってしまった。 「お兄ちゃん」 奈月が一真の顔を覗き込む。 「なんや?」 一真は奈月の方を見た。 「お兄ちゃんは、ここにおって。手出しせんといてな」 「奈月」 そう言った奈月の瞳が真剣なのに気付いた。一真は溜息を吐いた。 「分かった。でも無茶、すんなよ? 高校、落ちたらヤバいかんな」 そう返すと、奈月は笑った。 「大丈夫やって。これ、持っとって」 奈月はヘルメットを脱ぎ、鞄と一緒に一真に預けた。 「おう」 受け取ると奈月はヤツらの後ろを歩き出した。 「あっ。待ってよ。奈月ちゃん」 後ろから武人が追いかける。 「ったく。とんだことに巻き込まれたな」 一真は溜息を漏らした。 奈月たちは昨日の公園にやって来た。 相変わらず、人はいない。確かに入り組んだ場所にあるので、あまり人に見られないで済む。 しかし奈月と武人、二人だけで闘わなければならない。向こうは八人だ。一人で四人を相手にすることになる。 「湊くん、いける?」 奈月は武人の方は見ず、ただ真っ直ぐ敵を見つめたまま訊ねた。 「ああ。奈月ちゃんこそ大丈夫なのか?」 武人も真っ直ぐ前を見たまま答えた。奈月は「大丈夫」と頷いた。 「行くで」 奈月が身構える。 「おう」 武人も身構えた。それと同時に向こう側が襲い掛かってきた。 「おお。やっとる。やっとる」 一真が公園に着いた時は既に決闘は始まっていた。 一真はバイクを公園の入り口に置き、ヘルメットを脱いで、代わりにサングラスを掛けた。そして向こう側には気付かれないような位置で煙草をふかしながら、戦いを見物していた。 (やるな。あの小僧) 武人は意外と腕が立つようだ。奈月と戦えば、互角ぐらいだろうか。まぁ、それはともかく。止めるべきか否か、一真は時機を見計らっていた。 「もう、それくらいで止めとけ」 一真は奈月を止めに入った時、ほとんどの男が気絶していた。辛うじて、まだ気絶してないヤツは既に戦意を失っていたので、一真は止めたのだ。 奈月は言われた通り、手を止めた。 「にしても。だらしないヤツらやな」 一真が煙草の煙を吐きながら、呆れたように言い放った。 「ホンマにね」 奈月は制服の埃を叩きながら、頷く。 「帰るで」 一真は煙草を持っていた携帯灰皿に押し付け、歩き始めた。 「はーい」 「奈月ちゃん」 奈月が帰ろうとすると、武人に呼び止められた。振り返ると、武人が笑顔を向けた。 「ありがとう」 お礼を言われ、奈月は驚いた。まさかお礼を言われるとは思わなかったのだ。だが、すぐに笑顔を向ける。 「どういたしまして。じゃーね」 奈月はそう言うと、兄の後を追いかけた。 「・・・・・・やべ・・・・・・。・・・・・・超かわいい」 武人はその瞬間にハートを射抜かれた。 こうして一騒動があったものの、無事に受験が終わり、奈月は中学校の卒業式に出るため実家に帰った。 そして卒業式が終わると、奈月は合格発表を見るため再び東京に出てきた。 合格発表日。一真は仕事を抜け出し、奈月と高校にやって来た。一真はバレないようにサングラスをして、奈月の後ろをついて歩く。 掲示板の前に立ち、奈月の手元を見やる。受験番号を覚え、掲示板に二人で目を移す。 しばらくして奈月は、一真の袖を引っ張った。 「あっ、た・・・・・・。お兄ちゃん、あった!」 「ホンマか」 奈月の指差す方を見て、一真も確認する。確かに受験票と同じ番号だった。 「おお。やったな!」 一真は嬉しさのあまり奈月を抱きしめた。奈月は照れくさそうに笑った。 「合格? やったやん」 スタジオに一真と一緒に戻ってきた奈月は、皆に報告をした。メンバー全員、自分のことのように喜んでくれた。 「今夜は飲み会やなっ」 芳春が提案する。 「結局それかいっ」 衛は芳春にチョップした。頭をさすりながら、芳春は衛を睨んだ。 「でもまぁ、えんちゃう? せっかくのお祝いなんやし」 和之が納得させる。 「別に構んけど。俺は」 こいつも飲みたいだけじゃないかと思いながら、衛はちらっと一真の方を見た。 「衛が全部準備してくれんならええで」 一真が意地悪く、微笑む。 「よっしゃあ。そしたら奈月ちゃんの合格祝いに俺が腕によりをかけて、ごっつうまい料理作ったるわ」 衛がガッツポーズをする。そしてメンバーは仕事を差し置いて、お祝いの準備に取り掛かった。 マネージャーの注意はあっさり無視された。 パーティー会場はもちろん、一真の家だ。 料理担当は衛で、一真がヘルパーする。和之が部屋の片付けをし、芳春と悠一は買出しに出かけた。 奈月は何もすることがなく、部屋に座らされていた。 「あのさ・・・・・・やっぱ何か手伝うって」 奈月は立ち上がって、キッチンに顔を出した。 「ええから、奈月ちゃんは座っといて」 しかし衛によって追い出されてしまい、結局元いた場所に座らされた。 「かんぱーい」 グラスがカチッと音を立てる。奈月はもちろんジュースで、他の五人はもちろんお酒である。しかし衛は酒に弱いので、途中からジュースに切り替えていた。 (結局お兄ちゃんたちが飲みたいだけやんか) 奈月は思わず毒づいた。 (ま、いっか) 奈月は兄たちが楽しんでる様子を見て、そう思った。 |