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  ACT.2 crawler is crazy? 2-1  

 奈月が実家に戻り、再び静かな日々が訪れた。特に一真にとっては。
「あーあ。なんかモノ足りんな」
 芳春が机に顎を乗せて溜息を吐く。
「せやなー。やっぱ奈月ちゃんおったほうが楽しかったよな」
 衛もだれきっている。
「しゃーないやないか。奈月ちゃんかて奈月ちゃんの生活があるんやから」
 和之がギターの調律をしながら慰めた。
「そやけどさぁ」
 芳春は認めつつもやはり溜息を吐く。
「また会えるんやから。元気出しなって」
 悠一も励ます。ただ一人、一真は黙ったままだった。
「何言うても黒ちゃんが一番淋しいんちゃうか。やっぱ」
 和之の言葉に一同頷く。
 その時、一真の携帯が鳴った。着信を見ながら出る。
「はい。なんや。おふくろか」
 どうやら一真の母親らしい。別に聞くつもりはないのだが、つい聞いてしまうのが人の常。メンバーは耳をそばだてた。
「それ、マジで言うてんの? ……ああ。……知ってた。けど考え変わると思って……何も言わんかった」
 一真の声だけで衛には何の話かすぐに分かった。
 恐らく奈月のことだろう。高校に進学しないとでも言い出したのではないだろうか?
 衛以外はさっぱり分からなかったが、大事な話であることは察した。
 一真が電話を切ると同時に質問コーナーに入る。一真は溜息混じりで仕方なく説明した。
「えっ? 奈月ちゃん。高校行かへんの?」
「ホンマに?」
「何で?」
 メンバーが口々に言う。
「知らん」
 最後の悠一の質問に一真は即答した。
「でもそんな大事なこと、奈月ちゃん一人で決めたらアカンやろ」
 和之が真面目に意見する。楽天家の彼としては珍しい。
「そうや。だから親が俺んとこ電話してきたんやないか」
 一真は髪をくしゃっとつかんだ。煙草を取り出し、吸い始める。
 どうすればいいのか、解決策が見つからない。
「あいつ、結構ガンコやからな。親もそれ知っとるし」
 一真は溜息のように煙を吐き出した。
「ってことはもう決まってもうたん?」
 衛が尋ねると、一真は首を横に振った。
「いや。まだや。まだ願書は出せるから。今からでもどっかに出して無理やりにでも受けさせて……」
「無理強いはアカンやろ」
 その言葉に悠一が反応する。
「分かってる」
「分かってへんよ。人は学歴なんかやないって一番言ってんのは黒ちゃんやないか」
 キレかけた悠一を近くにいた衛が抑えた。
「悠一。抑えて。それよりこれからどうするんか、本人にちゃんと聞いてみたほうがえんちゃうか?」
「せやな」
 一真はまだ新しい煙草をもみ消した。
「とりあえず、黒ちゃんは実家に帰ったほうがええよ」
 衛がポンと一真の肩を叩く。
「でも、まだレコーディングが……」
「大丈夫やって。後は俺たちに任しとき」
 衛が自分の胸を叩く。何だかとっても怪しい。
「お前は信用できんからな」
「おいっ」
「黒ちゃん、相変わらず辛口やな」
 和之が笑うと、皆も笑った。
「でもホンマに任せたで」
 一真は衛の肩を叩いた。
「おう」
 衛は任せとけと言わんばかりに元気よく返事をした。

 一真は新幹線に乗り込み、実家へと向かった。
 あまり帰って来れないが、駅を出ると、以前帰ってきたときと変わらない風景が広がっていた。
 懐かしく思いながら、実家へと歩いていると後方で何やら声がした。
 嫌な予感がし、後ろを振り返ると、そこにはココに居てはいけない人物がいた。
「げっ。なんで……」
 一真は信じられなかった。後ろから走ってやって来たのはなんと衛だった。
「よう。黒ちゃん」
 衛は陽気に挨拶してきた。
「よう、じゃねーだろ。何でお前がここにおんねん。レコーディングは?」
「ああ。あれね。飽きた」
「飽きたじゃねーよ。てめーが任しときって言うたんやでっ!」
 そう怒鳴り散らしても、衛はまったくもって動じない。
「うん。言ったね」
 衛がノンキに答えるので、一真は頭を抱えた。
「あのなぁー」
 何でこんなやつの言葉を信じたのだろう? 今更後悔する。
「とにかく行こうで。黒ちゃん」
 ここで言い合いをしていても意味がない。一真は仕方なく歩き始めた。
「……それよりマジでレコーディングは?」
「ああ。あとの三人に任せてきた」
「お前なぁ」
 一真は呆れ過ぎて言葉が出てこなかった。
「だってあと、アレンジだけやし。悠一たちに任せて、帰って録って終わりにしたほうが早いやん」
「……」
 一真はもう何も言うまいと誓った。

 駅から十分ほど歩き、ようやく家に辿り着いた。
 一真は未だに持っている家の鍵で玄関を開けると、家に上がりこんだ。衛も一真の後に続く。
 リビングから声が聞こえたので、一真たちは廊下から覗いた。
 そこでは奈月と父親が言い争っていた。
「何で高校行かな、あかんの?」
「今の時代、高卒じゃなきゃ雇ってくれるとこなんてないんやで」
 喧嘩腰の奈月をなだめるように父は穏やかにそう言う。
「でもうちは行きたぁない」
 奈月はそっぽを向く。
「奈月。私らはお前のことを思ってやな……」
「ウソ。世間体が悪いから高校行けって言うとるだけやんか」
「そんなことは……」
「あるよ。ろくに人の話も聞かんで頭ごなしにダメなんて言わんで」
 奈月は机をバンッと叩きつけた。
「分かった。話を聞こう」
 父がそう言うので、奈月は深呼吸をして自分の気持ちを打ち明けた。
「うちは音楽をやりたいんよ。お兄ちゃんたちみたいに、音楽を作りたい。人の心を動かせるような……」
「でもそれは……」
「まだ終わってない」
「……」
 奈月の言葉に父は黙った。
「うちは自分が作った曲をいろんな人に聴いてもらいたい、そう思った。皆にレコーディングさせてもらったり、譜面を見てアレンジしたりするのがすっごく楽しかった。それに皆の音楽に感動したんよ。一つの音楽に全身全霊をかけて作っとる。だからこそ人の心に染み込むんやって分かった。うちもいつかはそんな音楽を作りたい。そう思っとる。音楽の世界がどんなに厳しいか、分かってる。けどやりたいんよ。一生かけても。今までそんな風に思ったことはなかった。自分でも正直驚いてる。だからこそやりたいんよ」
「でもな。それは、高校を卒業してからでもええやろ?」
 父の言葉に奈月は首を横に振った。
「ううん。そんなの時間の無駄やって。行きたくもない高校行って、三年間過ごすなんて。それにいつ死ぬか、分からんのよ? もしかしたら明日死んじゃうかもしれない。後悔しながら死にたくないよ」
「だがな……」
 父はやはり反対しているようだ。
 それよりも衛は、奈月の『死』と言う言葉が胸に突き刺さった。
 十五歳の少女が、『死』を意識するのは、多少なりとも違和感がある。
 冬休み、上京したあの日の、あの悲しげな憂いを帯びた表情は、誰かの『死』が関係しているのだろうか?
 だが、一真からは何も聞いていない。親類が亡くなったのなら、一真だって関係があるはずなのだが……。
「じゃあ、こういうのは?」
 衛の考えをよそに、一真がリビングに入り、提案する。
「お兄ちゃん」
「一真」
 二人は驚いていた。まさか来るとは思わなかったからだろう。
「奈月を東京の高校に行かせる。んで奈月は高校に行きながら音楽をやる。それなら文句ないやろ?」
「やけどなぁ……」
 急な提案に父は渋った。
「その間の面倒は俺が見るわ。その方が安心やろ。一人よりも」
「まっ、まぁそうやけど……」
 父は困惑していた。突然のことで驚いたのだろう。
 しばらく考えてから父は一真に向き直った。
「……分かった。その条件飲むわ。やけど一つ忠告しておく。その間に何か一つでも問題を起こしたら即連れ戻しに行く。で、高校卒業しても音楽の芽が出んかったら、こっちに戻ってきて普通の仕事に就くこと。これが条件や」
「ありがと。お父さん」
 奈月は嬉しさのあまり、父に抱きついた。
「お兄ちゃんもありがと」
 一真にも抱きつく。
「でもお前、ちゃんと高校に行くんやで。それが第一の条件なんやから」
 一真が念を押すと、奈月は笑顔で頷いた。
「うん! もちろん」
「衛。入って来ぃや」
 一真はいつまでも入り口に立っている衛に声をかけた。
「あっ、ああ」
 衛は恐縮しながら入って来る。父は「いらっしゃい」と言った後、リビングを出て行った。
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