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  ACT.2 crawler is crazy? 2-2  

「衛くんだけ? 来たん」
 奈月がコーヒーを差し出す。衛は差し出されたコーヒーを受け取りながら、「うん」と頷く。
「他の人たちは?」
「レコーディング、曲のアレンジ、エトセトラ」
 衛が出されたお菓子に手を出しながら答える。一真が何か言いたそうな目をしたが、気づかないフリをしておく。
「あー、そっか。でもびっくりした。いきなりお兄ちゃんおったから」
「オカンから電話もらってすぐ来たからな。……でも勝手にあんな条件出したけど、よかったんか?」
 今更ながらに聞いてみる。
「うん。音楽がやれるんならどんなことでもする気やったし」
「家出……とか?」
 一真が冗談交じりに言った。だが、一真自身、高校卒業してすぐ家出するように上京したので、有り得なくはない。
「うん。それも考えた。けどやっぱまずは親説得できんかったら、何もできんって思った。……結局お兄ちゃんに助けてもらったけど」
 奈月は苦笑した。
「奈月……」
「ホンマありがと」
 微笑む奈月に、一真は何も言えなくなり、少しの沈黙が流れる。
「おお。これうまい」
 衛が見事に沈黙を破った。
「良かった。それね、昨日作ったんよ」
「奈月ちゃんが?」
「うん」
「いやぁー。マジでウマイ。これ」
 衛に誉められ、奈月は照れた。喜んで食べてくれる人がいてくれるのは、本当に嬉しいものだ。

「何? もう帰んの?」
 まだ来て一時間ほどだ。
「ああ。三人だけに任しきっとってもあかんしな」
 一真が煙草を吸いながら答える。
「そっか。せっかく今夜は腕によりをかけて御馳走しようと思ってたのに」
 奈月がしょんぼりしている。
「え? じゃあ、残ろうかな」
 衛が涎を垂らすが、一真に首根っこを掴まれる。まるで猫だ。
「お前が戻らんでどうすんねん」
「……御馳走」
「何やねんな」
 卑しい衛に一真が睨む。
「まぁまぁ。仕方ないて、今回は。やから今度御馳走するわ。あとの三人にもね」
 衛は奈月の笑顔に免じて今回は諦めることにした。
「駅まで送ってくよ」

 三人が家を出ると、もう薄暗くなっていた。この分だとすぐ暗くなるだろう。
「奈月ちゃん。大丈夫なんか? 一人で帰って危なくない?」
 衛が真ん中にいる一真を押しのけ、心配そうに覗き込んだ。
「うん。いざとなったら空手があるし」
 奈月がぐっと拳を顔の前で握る。
「そっか。それやったら、大丈夫やな」
 衛はホッと胸を撫で下ろした。
「それより、心配かけてごめんね」
 突然奈月が謝るので、一真と衛は思わず奈月を見やった。
「知ってたんやろ? お兄ちゃん」
「えっ?」
 奈月の言葉に驚く二人。
「分かってた。どうせ衛くんが言うたんやろ」
「うっ」
 衛は図星を突かれ、言葉に詰まる。
「それから、うちが音楽やりたいって思ってるってことも気付いてたんやろ?」
「どうして……」
 一真が不思議がると、奈月はニヤッと笑った。
「女の勘をなめちゃいけません」
 その不敵な笑みに、二人は思わず笑みが零れる。しかし、奈月の笑顔は少し曇った。
「でもね。何も言わんかったから、お兄ちゃんの気持ちが分からんかった。やからお母さんがお兄ちゃんに電話したって知った時、正直不安やった。もしかしたらうちのこと応援してくれんのやないかって」
「奈月……」
 まさか不安にさせていただなんて、一ミリも思っていなかったのだ。
「やからお兄ちゃんが来てくれて、条件出してお父さん説得してくれた時、ホンマに嬉しかった」
 奈月はそう言って嬉しそうに笑った。
 しかし一真は複雑だった。応援したい気持ちもあるが、父の気持ちも分かる。だが今は奈月を応援しようと、心に誓った。
「とにかくこれからは受験勉強に励むわ。お兄ちゃん、東京の高校案内送ってね」
 奈月は吹っ切れたように微笑んだ。

 三人が駅に着くと、胸ポケットを探っていた一真が声を上げる。
「あっ。煙草切れた。ちょう買ってくるわ」
「おう」
 一真が売店へ向かい、衛と奈月が残される。
「奈月ちゃんさ、もし黒ちゃんが帰って来んかったら、どうしとった?」
 衛はどうしてもそれが聞いてみたかった。一真の前では言いにくくても、二人きりならきっと答えてくれるだろうと思ったのだ。
「……それでもお父さん、説得しとったと思う。どんな無理言うても」
 奈月が静かに答える。
「どうやって?」
 ツッコんで訊いてみると、奈月は少し考えた。
「音楽がやりたい。どうしても。父さんが言うようにいい高校出て、いい仕事に就けば生活は安定するかもしんない。けど、そんなんつまらん。誰かに媚びるような生き方なんてしたくないし、する気もない。そんなに器用には生きられへんっ」
 奈月は少し興奮していた。奈月の本音を、聞くことができて衛は安心した。
 奈月が深呼吸して落ち着きを取り戻すと、今度は衛が口を開いた。
「確かに。奈月ちゃんの言うとおりや。誰もが器用に生きれるわけちゃう。人の顔色窺いながら生きるなんて俺は真っ平や」
 衛は奈月の顔を見て、笑う。
「同感」
 奈月も笑った。
「おい。電車来るで」
 いつの間にか一真が背後に立っていた。
「ほな、行こか。じゃーな。奈月ちゃん。勉強がんばってな」
 衛が手を振ると、奈月は「うん」と言って手を振る。
「じゃーな」
 一真はそれだけ言い、改札をくぐった。衛が追いかける。
 奈月は二人を見送り、家路に着いた。

 その夜。スタジオに戻ってきた一真はメンバーに奈月のことを話した。
 しかし衛は勝手に出て行ったらしく、あとでボコボコにされていた。
「でもま、よかったんちゃう?」
 和之は煙草に火をつけながら笑う。
「それが奈月にとってええもんかは、まだ分からんしな」
 一真が溜息混じりに答えた。
「プラスになるか、マイナスになるか。吉と出るか、凶と出るか」
 芳春が呟く。
「今んとこはそれがプラスや吉になるように、祈るしかないな」
 悠一が付け足すと、メンバー全員が頷いた。
「奈月ちゃん。今頃勉強しとんやろうな」
 衛がボーッとしながら呟く。
「そうやな。奈月ちゃんが勉強がんばってんやから、俺らはレコーディングがんばらなな」
 悠一が意地悪く言いながら、衛の肩をポンっと叩く。
「あとはボーカルだけやで」
 ベースを録り終わった一真が意地悪く笑った。
 衛が固まったのは言うまでもない。

 奈月は今までほとんどやっていなかった分を取り戻すため、猛勉強していた。元々頭は悪くない方なので、皆に何とか付いていけた。
 問題はどこの高校を受けるかだ。兄から送られてくる高校のパンフレットを見ても、なかなかピンと来なかった。
「これだ」
 奈月は兄から送られてきたパンフレットの一つに興味が沸いた。
 早速奈月は兄に電話して詳しい情報を送ってもらった。親とも相談した結果、そこを受験することにした。

 受験前日。奈月は再び一人で東京を訪れる。
 前もって連絡しておいたので、今日は一真が迎えに来てくれた。明日の受験のため、今日は一真の家に泊まるのだ。
「忘れモン、ないやろうな」
 家に着いてから、一真が確認する。
「うん。何回も確かめてきた」
 奈月は荷物を部屋の隅に置いた。
「なあ。お前、マジであそこ受けるん?」
「うん。何で?」
 確認され、奈月は首を傾げた。
「いや。意外やなと」
「そう? でもこれやったら将来役立つかなっと思って」
「まぁな」
 奈月の言う将来は、音楽の方面と音楽以外の方面の両方、という意味だろう。
「それにね。初めてピンって来たんよ。これやって思えたから……」
 奈月はそう言って笑った。強い眼差しに一真はそれ以上何も言えなかった。
「まあ。お前がええんなら、別にええんやけどな」
 一真は床に転がった。
「何よ。そのどーでもいいよーな言い方は」
 奈月が転がった一真の顔を覗く。
「おめーは親父に似てガンコやからな」
 一真は覗き込んだ奈月の鼻をつまんだ。
「いたっ。もー。何すんよ」
 奈月は鼻を押さえて怒る。一真はただ笑っていた。
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