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  ACT.1 芽生え 1-4  

 次の日も奈月はやはりスタジオに来ていた。メンバーやスタッフとも仲良くなり、奈月は笑顔を見せるようになっていた。
「奈月ちゃん。よう笑うようなったな」
 和之が一真に話しかける。遠くで衛たちと雑談している奈月たちに目をやる。
「ああ。元は結構明るい性格やからな」
 一真は奈月を見ながらそう言った。何だか遠い目をしている。和之は何かを察したのかそれ以上何も聞かなかった。

「なっつきちゃーん。今日もレコーディングしてみぃひんか」
 衛がノリノリでやってきた。
「ええけど……。自分はやらんでええの? レコーディング」
「うっ」
 痛いところを衝かれ、衛は一瞬止まった。
「大丈夫っ」
「どこがやねん」
 間髪入れず、後ろから一真に楽譜で頭をパシッと叩かれる。
「いったいなぁ。何すんねんな」
「お前が歌入れせな、曲が完成せんのやけど?」
 一真が無表情で衛を見る。だがその瞳には呆れが入っていた。
「そうそう。俺らはもうやってんねんで」
 悠一が横で笑う。他の二人もうんうんと頷く。
「えっ? マジで? いつの間に」
「衛ちゃんが奈月ちゃんとだべってる間に」
 悠一があっさりと返事する。
「ってか、歌えるようになったんか?」
 和之がツッコむ。
「うーん。多分」
「多分やあかんやろっ」
 一真がまた後ろからチョップをかます。
「とりあえず衛のレコーディングが先やな」
 芳春の提案に、衛以外の全員が頷く。衛は渋々、ブースの中に入っていった。

 イントロが流れ、衛が歌い始める。悠一作曲のこの曲は、メロディラインがとても難しい。さらっとは歌いこなせない曲だと奈月は思った。
 それを歌いこなす衛を奈月はブースの外から見守っていた。ただ聴き入っていた。真剣な眼差し。それに気付いた一真は昨日抱いた奈月の異変を確信した。
(あいつやっぱり……)
 ただやはりここでは口には出さなかった。

「そういやぁ、奈月ちゃんって宿題とか終わったん?」
 不意に芳春が尋ねる。確かに勉強している姿をメンバーたちは見ていない。一真もよく考えると家の中でさえそんな姿を見たことがなかった。奈月は笑って答える。
「そんなのとっくにやっちゃったよ」
「すごっ。いつくらいに?」
 芳春が拍子抜けする。
「冬休み入る前ぐらいかな」
「マジでぇ? 俺なんていっつもギリギリやったもんな」
「うん。そんなカンジする」
 芳春の言葉に奈月が間髪入れず頷く。
「やっぱり?」
 芳春が聞き返してきたので、周りで聞いていた人たちに笑いが起こった。自分のコトよく分かってらっしゃる。
「でも受験勉強はせんでええの?」
 和之が鋭くツッコむ。衛はその質問に冷や冷やした。ここで『高校に行かない』とは言いづらいだろう。
「えっ……と……。うん。まだどこに行くかも決まってないし」
 奈月は何とか誤魔化す。
「ふーん。やっぱ将来のこととか考えてんの?」
 悠一が横から会話に入る。
「うん。まーね」
「なりたいもんとか決まっとん?」
 芳春に聞かれ、奈月は少し考えた。はにかんだ笑顔を見せながら答える。
「うーん。まだ分からんけど。でも音楽関係の仕事に就きたいなって」
 そのとき少し離れて聞いていた一真と衛が顔を見合わせる。
「おお。ってことは俺たちと同じような仕事ってことか」
 芳春が歓喜を表す。
「まだ分からんけど……」
 奈月は肩をすくめる。
「分からんで。もしかしたら何年か後には俺らの上司になってるかもしれへんし」
 和之が笑う。
「そうかもしれんな」
 悠一も笑いながら返事する。ただ一真と衛は曖昧な笑みしか浮かべられなかった。


 そして年末がやってきた。今年はsparkleのメンバーが一真の家に集まり、年越し蕎麦を食べながら、カウントダウンを待った。
「五・四・三・二・一……おめでとおー」
 みんなでカウントし、拍手する。
「今年もよろしくー」
 芳春が一番に叫ぶ。
「今年もええ曲いっぱい作れるようにがんばろうな」
 衛が励ますように言った。たまにはまともな事を言う。
「ええ詞もな」
 和之が笑いながらツッコむ。
「分かってるよ」
 歌詞担当の衛はふてくされた。
「でもさ、ええよな。こうやってみんなで年越すのも」
 悠一がのんびりと言うと、一同頷いた。
「そういやー、も少ししたら奈月ちゃん、帰ってまうんやな」
 芳春がしんみりと言うので、皆しんみりしてしまった。
「うん。学校あるしね」
「そっか。まだ中学生やもんなぁ」
 悠一がミカンに手を伸ばしながら言う。
「でも今年から高校生やんな」
 和之がビールに口をつける。
「うん」
 奈月が複雑な笑みを浮かべる。
「まぁ、そうゆう話は置いといて。そろそろ寝ません?」
 衛が提案する。どうやら睡魔が襲ってきたらしい。飲めない酒を飲み、連日のレコーディング作業で疲れもたまっているのだろう。全員一致で寝ることにした。

 奈月と一真がテーブルを片付ける。一真の部屋はお世辞にも広いとは言えない。男が五人も寝転がれば、もういっぱいいっぱいだった。
「ハル、お前ベランダで寝ろ」
 衛が無茶苦茶なことを言う。
「無茶なこと言うなや」
「いいよ。うちが台所で寝るから」
 奈月がそんな無茶なことしないように言う。
「えんやって。じゃあ、ハル。お前が台所の方で寝ろ」
 衛が指示する。
「えー。寒いんちゃうん。カーペットないし」
 芳春が嫌そうな顔をする。
「なら、ここの布団使え」
 一真が指差す先にいつも一真が使っている布団があった。芳春は渋々布団を持って、台所に布団を敷いた。
「そんじゃあ、おやすみ」
 衛はホットカーペットの上に寝転がった。よっぽど眠たかったのだろう。すぐに寝息が聞こえてくる。そんな衛に奈月が毛布をかける。
「そいつに毛布かけたら俺らが寒いで」
 一真が言うと、奈月が切り返す。
「あと、コタツ布団があるやん」
「小っこいがな」
「うーん……」
「とりあえず、俺らも衛ちゃんと水平に寝て、布団を一緒にかけたらどうや?」
「そうしょう」
 悠一の提案に全員が乗る。

 そうして和之、悠一、衛、奈月、一真の順に寝転がった。一真としては奈月を衛の隣には寝かせたくなかったが、衛が部屋の真ん中に寝ているし、端だと奈月が寒いだろうと思い、こんな並びになってしまったのだった。
「おやすみー」
「おやすみ」
 電気を消し、全員眠りに就いた。

 翌日。メンバーはいい香りに反応して起き上がった。
「なんや、ええ匂いがするで」
「ホンマや」
 台所で包丁の刻む音がする。
「なんかええな。こうゆうの」
 衛が想像を膨らます。
「あ。起きた? おはよう」
 奈月がこちらに顔を向ける。
「「「「おはよー」」」」
「何作ってんの?」
 衛が芳春を蹴飛ばしながらやって来る。
「ありふれた朝食」
 奈月は鍋に手をかけた。蓋を開けると味噌の匂いが広がる。
「上手そうな味噌汁」
 衛は思わず涎を垂らしそうになった。
「あはっ。良かった。材料なかったからさ。急きょ和食になったけど。良かった?」
「うん。和食好きだし」
 衛が笑顔で答え、奈月が微笑む。衛は楽しみにしながら部屋へ戻ると、既に一真がこたつを出していた。朝食を並べるのをメンバーも手伝い、朝食の準備が整い、早速朝食にありつく。
「お前ら。ちっとは遠慮しろや」
 一真がガツガツ食べるメンバーに怒鳴る。
「うるさいな」
 衛が睨むが、全然迫力はない。
「……。衛、その犬食いはやめろ」
 一真は呆れた。

 そして翌日からはまたスタジオにこもりっきりだった。春に出す予定のアルバムを仕上げるため、何度となくレコーディングが繰り返された。
 奈月は全ての作業を興味津々に見ていた。一真はやはり何も言わなかった。

「なぁ。奈月ちゃん。キーボード弾けるんやったよね」
 衛が声をかける。
「うん。弾けるけど。どうしたん?」
 奈月がきょとんと答える。
「ちょっと手伝ってほしいんやけど」
「いいけど。何を?」
「この譜面通りに弾いてみてくれる?」
 衛は楽譜を奈月に差し出した。奈月はそれを受け取るとキーボードの前に置いた。そして弾き始める。
 楽譜にはメロディーだけしかなかったので、奈月は右手でメロディーを弾きながら、左手でコードを合わせた。
 それが弾き終わっても、しばし衛は沈黙していた。しばらくして口を開く。
「悪いけど、もっかい弾いてくれん?」
 いつになく真剣な衛の言葉に頷くと、奈月はもう一度弾き始めた。
 衛はじっと奈月を見た。その手つきと顔を。奈月は楽しそうに弾いていた。が、その瞳は真剣そのものだった。
 そして衛はその音色に聴き入った。目を閉じ、イメージをさらに膨らます。曲を弾き終わると衛が笑顔でお礼を言った。
「ありがと」
 奈月は首を横に振った。お礼言われると何だか照れくさい。
 衛はメロディーを口ずさみながら楽譜に何やら書き込んでいる。奈月はその作業をただ見つめていた。

 そしてあっという間に奈月が帰る日が来てしまった。長いようで短い冬休みだった。メンバーは全員で駅まで見送りに行った。
「奈月ちゃん。元気でな」
 芳春が涙ながらに別れを告げる。
「もー。ハルくんってば。永遠の別れちゃうんやから」
 奈月が苦笑する。
「でもホンマ、気ぃつけてな」
 和之が微笑む。
「うん」
 奈月も微笑む。
「また遊びに来てな」
 衛が和之の横に割って入る。
「うん」
 奈月は笑顔で返事をした。そしてホームに入ってきた電車に乗り込む。
「じゃーね。曲作り、がんばってね」
 暗い顔で現れた奈月は帰る時には笑顔だった。皆も笑顔で見送った。
 ホームに残された五人は、電車が見えなくなるまで見送った。

 帰りの新幹線の中で、奈月はいつになく胸が高鳴っていた。やはり兄のところに行ったのは正解だった。いろんな体験をさせてもらい、音楽を作る現場に立ち会えたのは、貴重な経験だ。
 高校なんて行ってる時間がもったいない。今すぐにでも兄たちのようになりたい。
 彼女の中に、ほんの少し何かが芽生えた。
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