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  ACT.1 芽生え 1-3  

 翌日。一真はいい匂いで目が覚めた。体を起こすと、布団がかかっていることに気付く。 どうやら家に帰ってきてすぐ寝ていたらしい。
 匂いにつられてキッチンを見ると、奈月がすでに起きて朝食の準備をしていた。一瞬、実家の母親とかぶって見えた。
「あっ、お兄ちゃん。おはよっ」
 起きた一真に気付いた奈月が微笑む。一真は短く「はよ」と返事する。
「お前、早いな」
「違うよ。お兄ちゃんが遅いんだって」
 奈月が微笑う。一真は頭を掻きながら、寝ぼけ眼で時計を見た。もう既に十一時を過ぎていた。そう、奈月は朝食ではなく、昼食を作っていたのだ。
 一真は昨日の服のまま、また床に転がった。今日も午後から仕事が入っている。今日は雑誌のインタビューだ。これから撮影がある。考えただけで、また疲労感が襲って来て、思わず溜息が漏れる。
 そうしていると、奈月が食器をテーブルに並べ始めた。
「お疲れですね。お兄様」
 奈月が転がっている一真に目をやって言った。
「おうよ」
 一真は返事しながら、ゆっくり身を起こした。今日の昼食は和食だった。実家で母がよく作ってくれたものだったので、何だか懐かしく感じた。もちろん見た目は母のように美味しそうではないが。早速煮物を口に入れてみる。
「……美味い」
「ホント?」
 呟いた言葉に瞬時に奈月の反応が返る。一真はまたその煮物を口に運びながら頷いた。見た目はそんなに綺麗ではないが、味は母と同じた。急にふと母親の顔が浮かんび、いつの間にか微笑んでいた。
「どしたの?」
 奈月は不思議がったが、一真は微笑んだまま「何でもない」と食事をした。

 雑誌のインタビューのため、一真は都内の某スタジオに来ていた。今日もやっぱり奈月がついて来ている。
 そして今はソロで写真を撮っている。スタジオに組まれたシンプルなセットの中に堂々と立つ姿は威圧感があった。
 四番手の一真の撮影シーンに奈月は目を奪われた。楽器ベースを持って演奏していなくても本当はカッコいい人なのだということに初めて気付いた。
 シャッターを切る音がする度に変わる表情。傍目にはそんなに変わってないかもしれないが、奈月には分かった。一瞬一瞬の表情が微妙に変わっている
「はい。OK」
 カメラマンが合図する。一真は「ありがとーございました」と一礼をしながら戻ってきた。
「次は衛ちゃんやで」
 悠一が衛の肩を叩く。
「おう。見ててな。奈月ちゃん」
 そう言うと衛も同じセットの真ん中に立つ。同じセットなのに一真とは対照的な感じがした。
 奈月はいつの間にか衛から目が離せなかった。
 くるくる変わる表情。どんなポーズもカッコよく決める。さすが『sparkle』の五十嵐衛フロントマン。シャッターを切る度に動き回り、カメラマンとの息もぴったり合っている。いつものおちゃらけた雰囲気はない。まさにプロ。
 奈月はそんな衛を尊敬した。それと同時に苦手だとも感じた。苦手と言えば語弊があるかもしれないが、ただ自分との違いを思い知らされた。レコーディングの時にも感じた。
 衛はボーカリストとしても人間としても、自分にとても自信を持っている。誇りも持っている。もちろんいい意味で、だ。
 奈月はというと、衛とは逆に自分に自信も誇りもなかった。自分がどうすればいいかさえも分からない。
 ここにいるメンバーはみんな自信に溢れているように見えた。羨ましかった。自分もいつかあんな風に自信を持ちたい。だがその自信はどうやってつければいいのだろう。
 そんなことを考えながらも奈月は衛に見入っていた。
「なっつきちゃん。どうやった?」
 撮影が終わって、立ち尽くしている奈月に衛が声をかける。
「うん。すごかった」
 その一言しか出なかった。どう表現すればいいかさえ今の奈月には思いつかなかった。
「そういや、これ何?」
 芳春が奈月の持ってきた箱を指差す。
「あっ、これ差し入れ」
 その一言で我に返り、箱を開ける。中に入っていたのはクリスマスケーキだった。ブッシュドノエルを切り分け、食べやすいようになっていた。
「うまそー」
「ほんまや」
 口々に感想を述べる。
「今日って一応クリスマスやし。皆もお腹空いたかなって……」
 奈月が少し照れながら説明する。
「これって手作り?」
 芳春が身を乗り出して訊くと、奈月は頷いた。
「やっぱ手作りに限るよな。ケーキは」
「なんかあったんか? 衛ちゃん」
 衛がしみじみ言うと、悠一が素早くツッコむ。
「いや。別に……」
 衛は言葉を濁した。
「食ってもいい? 奈月ちゃん」
 芳春が涎を垂らしながら訊く。
「あ、うん」
 奈月が頷くと同時にメンバーの手が伸び、早速食べ始めた。
「おお。美味い」
「ホンマや」
「やっぱ手作りってええよなぁ」
 口々に感想を述べる。奈月は皆がおいしく食べてくれるのが、すごく嬉しかった。

 それからも奈月は一真に連れられてレコーディングスタジオに顔を出していた。
 そんなある日のことだった。
「奈月ちゃん。レコーディングしてみんか?」
「は?」
 衛のいきなりすぎる提案に奈月だけでなくその場にいた全員が衛を凝視した。
「何言うてんの。衛ちゃん」
 悠一が笑いながらツッコむ。冗談だと思ったからだ。
「やから奈月ちゃんに歌入れしてもらおうって言うてるんやんか。もちろん、遊びやけど」
「そんな時間あるんか?」
 一真にツッコまれ、衛の顔は一瞬曇った。
「大丈夫っ」
 衛は何事もなかったかのようにVサインを出した。
「「「大丈夫ちゃうやんっ」」」
 和之以外のメンバーがツッコミを入れる。
「だ、大丈夫やって!」
 衛は言い張る。メンバーは顔を見合わせた。
「まぁでも。それもおもろいかもな」
「やろ?」
 芳春が衛に賛同すると、衛の顔が輝いた。
「ったく。お前が責任持てよ」
 一真はぶっきらぼうに言い放った。言い出したら聞かないのはよぉく知っている。
「うん。そりゃあ、もちろん」
 衛は笑って頷いた。
「どうする? 奈月ちゃん、やってみる?」
 和之が隣に座っている奈月に声をかけた。
「うん。ちょっとやってみたいかも」
 奈月は頷いた。
「じゃあ、決まりね」
 衛は嬉しそうに微笑んだ。

「緊張せんでええよ。遊びやから。そーやなぁ、カラオケやと思ってくれたらええで」
 衛がブースの外から奈月に声を掛ける。
「準備ええか? 行くで」
 そしてイントロが流れ出す。それはsparkleの曲だった。
 奈月は音が流れ出したと同時に瞳を閉じた。曲のイメージをつかみながら、奈月は歌い始めた。
 衛とは違った歌い方。それが妙に新鮮だった。それはもちろんsparkleのメンバーにも、その場にいたスタッフにも。奈月の歌声に全員が引き込まれた。とびきり歌が上手い訳ではない。だが、なぜか引き込まれていった。
 歌い終わると、奈月は力が抜けた。ブースの外では拍手が起こっていた。
「良かったで」
「何かすごい引き込まれたわ」
 ブースの外に出ると、皆が口々に感想を述べた。
「ありがと」
 奈月ははにかんだ笑顔を見せた。
「どうやった?」
 衛が奈月に感想を聞く。少し考えながら奈月は答えた。
「うーん。一言で言うと楽しかった。でもなんかすごい緊張した」
「そう? 全然そんなことなかったで」
「そうそう」
 横から悠一が会話に入り、その隣で芳春が頷く。
「聴いてみる?」
 衛の提案に奈月は頷いた。

 奈月は目を閉じて集中して聴いていた。初めて聞く自分の歌声。
(あっ、外れた)
 時折間違う音程が恥ずかしかった。何より周りのスタッフも聴いているのが一番恥ずかしい。奈月はただ黙って聴いていた。
「どうだった?」
 聴き終わり、衛が声を掛ける。
「うん。いっぱい音外れてた」
「そう? そんなに外れてないと思うけど」
 衛がきょとん聞き返した。この時スタッフ全員から溜息が漏れた。なぜ自分で作曲した曲なのに分かっていないのか。
「えっ? 何? みんなどうしたの?」
 やはり本人だけが分かってないようだ。全員、面倒くさいので何でもないとそっぽを向く。
「あれ? どしたの? 奈月ちゃん」
 曲は終わっているのに、何だか険しい顔をしていた奈月に芳春が声を掛ける。
「え? 何でもないよ」
 奈月はそう言って笑みを浮かべる。
 その時、一真は何となくだが奈月の異変に気付いた。しかしその場では何も言わず、ただ黙って奈月を見守った。
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