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  ACT.1 芽生え 1-2  

 翌朝。奈月は昨晩はよく眠れたらしく、すっきりした顔をしていた。あの後、一真は酒を飲んで無理やり寝た。
「奈月。聞いたで。衛から」
「何? お兄ちゃん」
 奈月は朝食を作りながら聞き返した。内心は『何言ったんだ?』とかなりビクビクしていた。
「お前さぁ、冬休み、終わるまでおるんやて?」
「……うん」
 なんだ、そのことか、とホッと胸を撫で下ろす。
「何でそんなにおんねん」
「だって……父さんと母さんは、町内会のくじ引きで温泉旅行当たって、とっとと行ってしもたんやもん」
「でももう一人、素敵なオニイサマがおるやん」
 実は黒川家は三人兄弟だ。一真の二つ下に弟がいる。
「ちぃ兄ちゃんは、ほとんど家におらんし……」
「……。にしても、こっち来るんなら連絡ぐらい入れとけ」
「急……やったから」
 このまま言い合いしても仕方ないと、一真は話題を変えた。
「でもよく俺らがスタジオにおるって分かったな?」
「事務所に行ったら、教えてくれた」
 奈月の答えに一瞬驚く。事務所は普通居場所を教えないのだが、奈月の事を知っていたからかもしれない。

「どこ行くん?」
 朝食後、一真が玄関に立っているのを見つけた奈月が呼び止める。
「仕事」
「何の?」
「レコーディング」
「うちも行きたい」
「はぁ?」
 一真は思わず振り返った。
「だって、お兄ちゃんが仕事してるとこ、見たいし。家におったってつまらんもん」
 仕事場なら昨日見たじゃねーかと思いつつも、やっぱりかわいい妹にはすぐ折れる。
「……。分ーった。ついてき」
 奈月は急いで支度をして、兄の後についていった。

「ちぃーっす」
 一真が挨拶してミーティングルームに入る。みんなが「おはよー」と挨拶したとき、衛は一真の後ろから入ってきた人物を凝視した。
「奈月ちゃん?」
 衛が言うと同時に周りが静まりかえる。一気に奈月に視線が集中する。
「ホンマや。でもなんで?」
 悠一はその場にいた全員が思ったであろうことを口にした。
「こいつがどうしてもついてくるって言うから」
 一真がとても短く説明する。
「お邪魔します」
 奈月はぺこっと頭を下げた。奈月が居るだけで、むさ苦しいムードが華やかになったのは言うまでもない。

「じゃあ、ドラムとベース、やってみようか」
 ディレクターが指示を出す。呼ばれたドラムの芳春とベースの一真が立ち上がり、ブースに入った。
 奈月はブースの外で二人を真剣に見つめた。他のメンバーは、自分たちのテイクを待ちつつ、譜面をチェックしている。
 ドラムとベースだけなので、曲がどんなものかは奈月には分からない。けどなぜか目が離せなかった。兄がこんなに真剣に仕事をしているのを見るのは初めてだったからかもしれない。だが、ブースに立っているのが、一真でなくてもきっと奈月は目を離せなかっただろう。

「はい、OK!」
 ブースの中で演奏していた時間はほんの数分だったが、奈月には長時間に思えた。
 衛は今まで死んでいたような奈月の瞳が輝いたのを見逃さなかった。二人が出てくると、入れ違いにギターの和之とキーボードの悠一が入った。
 これはいわゆる音の確認なので本番ではない。しかしメンバーの表情は真剣そのものだった。いつものおちゃらけた雰囲気はまったくない。ブースに入っているときだけの話だが。
「すごい」
 奈月はじっとブースの中を眺めながら、静かに口を開いた。悠一の鮮やかなキーボードと和之の軽快なギターを目の当たりにしたからだ。その声に衛が素早く反応した。
「やろ?」
 衛はまるで自分のことのように悠一たちを自慢した。奈月はブースの方に目線を向けたまま頷いた。
 この『sparkle』を結成したのは、ほぼ衛だった。元々『sparkle』は衛、悠一、和之の三人だったが、他のバンドで活躍していた一真とバンドが解散したばかりの芳春を引き抜き、今の『sparkle』があるのだ。
「はい、OK!」
 ディレクターの合図で二人が出てきた。さっきまで真剣そのものだった二人の表情はすっかり元に戻っていた。
「どーやった?」
 悠一が早速奈月に感想を訊いた。奈月はようやく目線をブースからメンバーの方へ向けるた。
「すっごい良かった」
 奈月は今までしなかったような笑顔で答えた。
 メンバーは全員、自分の目を疑った。今までずっと俯いてばかりだった奈月の顔がとても生き生きしていたからだ。
「奈月ちゃんさ、笑った方がかわいいで」
 悠一が照れもせずににこやかに言う。すると奈月はボッと顔が赤くなった。照れているらしい。
「きゃわいいっ!」
「きゃっ」
 奈月の隣にいた衛がそれに反応して、奈月に抱きついた。それを見た一真が衛を思い切り突き飛ばした。
「いてっっ! 何すんねんな」
 衛が地面に尻もちをついたまま抗議する。
「お前がいらんことするからやろーが」
 一真は衛を見下すように見る。明らかに目が怒っている。それを見て、他のメンバーに笑いが起こる。奈月も密かに笑っていた。

「あ〜。楽しかったぁ」
 奈月は家に入るなり、いきなり叫んだ。
 一真は今日の奈月の反応を見て、少し安心した。ずっと暗い顔をしていたのが、今日は笑顔だったからだ。
 音楽に対して、瞳が輝いていたのに気づいた。しかしそのことに関しては、複雑だった。この仕事の大変さは自身がよく知っている。音楽が悪いわけではない。でもそれを仕事にするとなると、話は別だ。
 いつの間にか、話が飛躍していた自分に、一真は思わず笑いが零れた。
「何?」
 兄が笑ってるのを見て、奈月が話しかける。
「いや、別に」
 一真は笑いを堪えた。いくら何でも考え過ぎだ。奈月はまだそんなことを言っていない。
「お兄ちゃん。お風呂、入ったよ」
「おう」

 そして順番に風呂で疲れを癒した二人は、仲良く眠りについた。

 翌日も奈月はレコーディングスタジオに来ていた。
「はい、どうぞ」
 奈月はなぜか、お茶汲みをしていた。しかしそれは強制ではなく、本人が勝手にしていることだった。
「ありがと。けど別に奈月ちゃんがせんでも、ええねんで」
 悠一は奈月から淹れたてのコーヒーを受け取りながら、言った。
「うん。でもこれぐらいしか、できることないし……」
 奈月は苦笑いを浮かべる。
「やらせとけばええねん。こんぐらいでしか役に立たへんのやから」
 一真が冷たく言い放つ。その言い方に奈月は少しムッとした。しかし奈月が言い返す前に衛が立ち上がった。
「それはちゃうで、黒ちゃん! この男だらけでむさ苦しい仕事場スタジオに若くてかわいい、奈月ちゃんがおる。それだけで『がんばろう』って気になるんやないかい。なっ、せやろ?」
 他のメンバーに相槌を求める。
「衛の言う通りや」
 悠一と芳春がうんうんと頷いた。
「衛、言いたいことは分かった。でもお前は奈月に近づくな」
 一真が怒るのも、無理はなかった。いつの間にか奈月の隣にいた衛は、奈月の肩に馴れ馴れしく腕を回していたのだ。
 それでも離れようとしない衛に一真が一言。
「そいつ、空手の段、持ってるんやで」
 その瞬間、衛は素早く手を離した。顔も強張っている。その場にいた人たちの時が一瞬止まった。しかし次の瞬間、皆は衛の反応に対して笑い出した。
「もう。お兄ちゃん。変なコト言わんといてよ」
 奈月がふてくされる。
「なんや、ウソかいな」
 衛がホッとしながら言うと、あっさり否定される。
「ううん。事実」
 奈月のその言葉に衛は凍りついた。
「事実なんやから、ええやないか」
 一真はコーヒーを片手に反論する。
「そーじゃなくて。ここで言わんでも、ええやんか」
 ここから凍りついている衛を無視し、黒川兄妹の軽い口喧嘩に突入するが、他の人はさっさと仕事に戻った。

 そしてあっという間に時間は過ぎ、夜中になった。
「奈月。お前、先帰って寝ろ。マネージャーにでも送らせるから」
 一見ぶっきらぼうに見えるが、一真なりに妹を気遣っていた。
「ううん」
 奈月は首を横に振った。
「なんで帰らんのや?」
「……ここに……おりたいから」
 奈月は少し言葉に詰まった。ただ居るだけなのだが、ここに居たかった。
「でもここじゃ、寝られんやろ?」
 一真はなおも奈月を帰らせようとした。
「ええやないか。奈月ちゃんがここにおりたい、言うてんねんから。なぁ?」
 衛が割って入ってきた。そして奈月に同意を求める。
「そうは言うても……。……衛」
「何や?」
「手を離せ」
 一真の声は少し怒りに満ちていた。衛はまた性懲りもなく、奈月の肩を抱いていたのだ。こういう時に余計なことをしないで欲しい。
「手を離せというのが、聞こえんのか? おのれは」
 一真は低い声で言いながら、衛の両方の頬をつねった。
「ひたたたたたっ。わかひまひは。ごへんははひ」(訳:分かりました。ごめんなさい)
 流石に痛かったのか、衛はパッと手を離した。それを見ていた周りからまた笑いが起こる。
「衛。やられるん、分かってんのにすんなや」
 悠一は衛の肩をポンッと叩き、笑いながらツッコむ。
「だってぇー」
 衛は頬を抑えながら泣きそうになっていた。まるで小学生だ。しかしこれは衛なりに場を和ませようとしていたのだった。
「まぁ、ええわ。眠ぅなったら言えよ」
「うん」
 一真は口調は呆れが入っていたが、奈月に優しく微笑んだ。奈月も微笑み返した。

 真夜中。やっと仕事に一段落ついたところで家に帰ってきた。一真は疲れ果てたのか、即眠りについた。
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