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  ACT.1 芽生え 1-1  

 その数週間後。年が暮れかけたある真冬の事だった。
 相変わらずスタジオに入り浸っているメンバーのところに、マネージャーが入ってくる。
「黒川くん。あなたにお客よ」
「客? 俺に?」
 黒川と呼ばれた男の前に、一人の少女が姿を現す。
「奈月? なんで東京ココにおんねん!」
 彼女、奈月を見たとき、黒川一真が驚きのあまり叫んだ。地元に居るはずの妹が現れたのだから、驚くのも無理はない。
 彼は『sparkle』というロックバンドのメンバーである。一真はそのバンドでベースを弾いている。ちなみにメンバーからは『黒ちゃん』と呼ばれている。
 一真の叫びに驚き、こっちを見ているリーダーと呼ばれていた男が五十嵐衛。このバンドのボーカルである。他にギターの岡野和之、キーボードの東悠一、ドラムの安藤芳春(通称ハル)が同じように一真を見ている。
 一真の問いに、奈月は俯き、黙ったままだった。
「何か言えよ」
 一真はドカッと椅子に腰を下ろした。まだ奈月は俯いたまま、言葉を発しようとしない。一真は溜息をついて煙草を取り出し吸い始めた。
 しばしの沈黙が続くと、衛が沈黙を嫌うように口を開いた。
「まぁ、ええやんか。理由《わけ》、言いたくないんやったら言わんでもええよ」
 その言葉に奈月は衛を見上げ、また俯いた。
「今夜、泊まってくんやろ? そしたら今晩、パーティーしょうで。パーティー」
 突然後ろにいた悠一が提案する。
「それ、ええな」
 隣にいた芳春が相槌を打つ。
「それ、ただ単にお前らが酒飲みたいだけやろ?」
 二人の会話を聞いていた和之がツッコむと、悠一と芳春は「バレた?」と笑った。その隣で衛は溜息をついた。
 あの三人は今の状況を分かっているのだろうか? いつもどこかズレててよく分からない。
「とにかくちょっと待ってろ。仕事終わらせんと、家にも帰れんし。話はそれからや」
 一真が煙草をもみ消し立ち上がった。
 奈月を休憩室のソファに座らせると、自分たちは仕事を終わらせるため、スタジオに戻った。

 待っている間、奈月はどう説明しようかと悩んでいた。
 本当のことを伝えるべきなんだろうか?
 だけど、今言うには辛すぎる。まだ何も癒えていない。でもここに居る理由をきちんと言わないときっと追い返される。
 奈月は必死でどう説明するかを考えていた。

 仕事も終わり、メンバーは一旦自分の家に帰ったが、衛だけは一真の家に直接行くことにした。どうせ黒川家が宴会の場になるからだ。
 一真の家はワンルームでダブルの布団が敷きっぱなしだったりするので、結構狭い。黒で統一された部屋は少し暗い感じがした。
「黒ちゃん、台所借りるで」
 衛は席には座らず、台所に向かった。一真は布団を片付けながら「おう」と短く返事をする。
「で、奈月。お前、何しに来たんや?」
 もう一度訊く。すると今度は少し考え、口を開いた。
「……遊びに来ただけ」
 ようやく口を開いた。果たしてこれで納得してくれるのだろうか。
「ほんまにそれだけか?」
「……そう」
「なら、最初からそう言やーええやんか」
 奈月が黙り込んだので、一真は煙草を吸い始めた。数ヶ月前に会った時よりも様子がおかしいことには気づいていたが、事情を聞ける雰囲気ではない。沈黙が訪れる。
「黒ちゃんとこ、何もないやん」
 台所にいた衛が沈黙を破る。冷蔵庫などを物色したが、何も見つからなかったようだ。
「ああ、そう言やぁ、最近買い物行ってへんわ」
「なら何か買うてくるわ。奈月ちゃん、一緒に行かへんか?」
「えっ?」
 奈月はびっくりした顔で衛を見て、一真に目線を向けた。視線を受けた一真は「行ってこい」と軽く言い放つ。奈月は頷くと立ち上がった。
「黒ちゃん、何食べたい?」
「何でもええよ」
 玄関から呼びかけた衛の言葉に、適当な返事が返ってくる。そして二人は家を出た。

 道中、奈月と来たものの衛は何を話せばいいのか分からず、なかなか会話を始められなかった。
 衛はふと奈月を見やる。以前よりも髪が伸び、その綺麗な黒髪は腰の辺りまで伸びていた。今はその髪で顔を隠すように俯いているが、時々見せるその横顔は大人びていた。
 しばらくしてやっとのことで話しかけた。
「そう言やぁ、奈月ちゃんって何年生やったっけ?」
「中三」
「そっかぁ。こないだ会ったのって、小学生のときやったから結構経ってんやね」
「……」
 会話が続かない。十一歳離れているとはいえ、幼い頃から知っているので、なついてくれていたのに……。
 こんなに喋らない子だったっけ? 前はもっと喋ってたような気がする。時が経つと人は変わるものだが、こうも変わるものだろうか。
 だがめげずにもう一度話しかけてみる。
「もう冬休みなん? 学校」
 奈月は軽く頷いた。
「いつまでこっち東京におれるん?」
「冬休み終わるまで」
 その言葉に一瞬止まってしまった。冬休みが終わるまでと言うと、約二週間はある。そんなにいて大丈夫なのだろうか。受験生なのに。
「中三やろ? 大丈夫なん?」
「ええよ。高校、行く気ないから」
(はいぃ?)
 何かすごいことを聞いてしまった気がする。
「行く気ないって、高校行かへんってこと?」
 衛の問いに奈月は曖昧に頷く。
 衛はどうしたらいいのか、分からなかった。近くのスーパーが物凄く遠くに感じた。

 他愛もない話をしながら買い物を済ませ戻ってきた衛は、早速料理を始めた。衛は意外と料理は得意なので、素早く支度をしている。
「うちは何したらいい?」
「ああ。座っとってええよ。俺がするから」
「え? でも……」
「ええから!」
 衛は奈月の背中の押して一真がくつろいでいる部屋に押しやった。それでも奈月は納得しないようだ。
「あいつがやりたいんやから、やらせとけばええねん」
 一真のその一言で、奈月はしぶしぶ座った。

 料理ができた頃にようやく他のメンバーが揃ってやってきた。
 夕食を取った後は、奈月を除く五人には飲み会と化してした。しかし衛はあまり飲まないので、他のメンバーと違い、チビチビと飲んでいた。

 奈月は飲み会の間に風呂に入ることにした。酔った勢いで覗こうとする輩は一真によって容赦なくぶん殴られた。

 衛はビールを口にしながら、奈月が言った一言が気になっていた。
『高校には行かない』
 何度も頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 彼女に何かあったのだろうか? これは一真に言ってもいいのだろうか? 別に口止めもされなかったので言ってもいいのだろうが……。
 衛は頭を横に振った。大事なことなんだから、本人が直接言うほうがいいに決まっている。そう一人で納得した。

「お前ら、とっとと帰れ」
 という一真の一言で宴会は御開きになった。ワンルームなので、奈月がゆっくり眠れないからだ。酔ってはいても、奈月のことを気にかけていたようだ。
 そうして衛以外のメンバーはふらふらと自宅へと帰って行った。無事に辿り着けるのか、衛は少し心配したが、タクシーを使うだろうと勝手に推測した。

 残った衛は、皆が食べた後の片付けをした。このまま放っておいてもいいのだが、一真も奈月も疲れているだろうという衛なりの親切だった。

 キッチンから戻ってくると、奈月はすでに眠りについていた。
「よっぽど疲れてたんやね」
「みたいやな」
 衛は微笑んだ。ずっとあまり笑わなかった奈月は、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。大人びた表情をしていても、やっぱり子供なんだと思ってしまう。
「黒ちゃん」
「ん? なんや?」
 衛が静かに声をかけると、一真は読んでいた雑誌から目を離した。
「奈月ちゃんって冬休み終わるまでおるらしいで」
 そう言い終わらないうちに、一真の返事が返ってくる。
「そうなん?」
「聞いてへんの?」
「聞いてない」
「なんで?」
「なんでって、奈月こいつが言わへんのやもん」
 一真があっさりと答えた。衛は呆れたように、溜息をつく。
「黒ちゃんから聞けばええやんか……」
「あっ、そっか」
 あまりにも素で切り替えされ、衛は呆れた。
「他になんか言うてへんかった?」
「え?」
 衛は悩んだ。高校に行かないことはやっぱり奈月本人が言うべきことだが……。果たして奈月はちゃんと一真に言うだろうか。
「あんな、これ言うたこと、奈月ちゃんには言わんといて」
「? ああ」
「奈月ちゃん、高校行かへんねんて」
 衛は机を見つめたまま、静かに言葉を吐いた。一真は言葉に詰まった。
「っっ。嘘……やろ?」
「嘘やない。本人からちゃんと聞いたんやから」
「何で?」
「理由は聞いてへん。何て言うたらええか、分からんくて……。聞けんかった」
 衛は一真の目を見るのが、辛かった。一真は十一歳離れた妹をまるで自分の子供のように可愛がってきた。衛はそれを知っている。
 その妹が理由は不明だが、高校に行かないと言うのだ。ショックはどんなものだろう。しかし気にはなる。
 衛はそっと目を上げた。一真は目を大きく見開いて一点見つめになっている。かなりショックだったようだ。衛は彼に何て声をかければいいのか、分からなかった。
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