×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



    

font-size       
ACT.12 everyday life
 翌朝。学校に行く準備を済ませた奈月は、まず朝食を作った。いい香りが充満しているにも関わらず、昨晩酔い潰れてリビングで寝ているsparkleのメンバーは誰一人として起きやしない。
 呆れつつ、奈月は朝食を取った。どうやってこいつらを起こそうか? と思案する。
 ただ揺すって起こしても、きっと起きない。
 布団を剥げばどうだろう? 冬なら効果はありそうだが、暖かくなってきた最近ではあまり効果はないかもしれない。
 しかし何もしない訳にもいかない。昨日、兄は午前中から仕事があると言ってたのだから。
「お兄ちゃん! 起きて!」
 まず一真を揺すって耳元で大声で叫んでみたが、眉根を寄せて寝返りを打たれた。
「起きろ!」
 今度は布団を剥いでみるが、寒いのか丸く縮こまっただけで、やはり起きない。
「どうしろって言うんよ」
 もうどうやったって起きる気配がないのだ。ふと時計を見ると、そろそろ家を出なければいけない時間だった。
「お兄ちゃん! うち、もう学校行くで?」
「うーん・・・・・・」
 一応返事らしき声が漏れたが、やはり起きない。
「起きんで遅刻しても知らんよ?!」
 そう怒鳴ったとき、家の電話が鳴った。朝から誰だろう? と思いつつ、近くにあった子機を見ると、衛の名前が点灯していた。
「もしもし?」
『おはよー。奈月ちゃん』
 朝からテンションの高い声が受話器の向こうから漏れる。
「おはよ。衛くん、どうしたん?」
『いやー。あいつらどうしたかなぁって。どうせ起きてないんやろ?』
 どうやら心配だったらしい。衛はお酒を飲んでいないが、衛以外のメンバー四人は浴びるようにお酒を飲んでいた。衛の心配も良く分かる。
「ご名答。お兄ちゃんを揺すって耳元で怒鳴っても、布団剥いでも起きんよ」
 そう言うと、衛は「やっぱり」と大爆笑した。
『でもそろそろ奈月ちゃん、学校行かなあかんのちゃうん?』
「そうなんよ。どうしようかと思って」
 考えあぐねていたところに、衛から電話がかかってきたのだ。
『ならさ。俺そっち行って、そいつら起こすわ。奈月ちゃんは学校行きなー』
「え。でもどうやって入るん?」
 ここは一応一階の玄関でセキュリティがかかっている。暗証番号を入力するか、インターホンで開けるかのどちらかでしか開かない。
『大丈夫。俺、前に黒ちゃんに暗証番号教えてもらったことあんねん。それで入れるはず』
「それならええけど」
『そいつらは俺がちゃんと仕事連れてくから、奈月ちゃんは安心して学校行ちゃってー』
 奈月の選択肢には、衛に任せるしかもう残っていなかった。学校へ行く時間も迫っている。
「分かった。じゃあ、衛くん、お願いします」
『はーい』
 無駄に元気な返事が返ってくる。
「あ、朝ご飯作ってるから食べてね」
『マジで! ありがとう』
 衛は嬉しそうに返事した。
「何かあったら連絡してね」
『うんうん。そうするよ』
 奈月はこの場を衛に任せ、学校へと急いだ。

 一時間目が終わった休憩時間。奈月はメールが着ていることに気づいた。開いてみると、衛からだった。
『今仕事場に向かってるとこー。ちゃんと起こしたから安心してね! 朝食ありがとう! うまかった♪』
 添付されていた写真を一枚開いてみると、車の中で眠っている衛以外の四人が写っていた。
(やっぱり寝てるやん)
 思わずツッコんだが、一応起きて準備をしたのだろうからまぁいいとしよう。
 二枚目を開くと衛が大きな口を開けて、奈月お手製のサンドイッチを食べている姿が写っていた。
 衛らしいと思わず笑みが漏れる。
「何ニヤニヤしてんだ?」
 ツッコまれ、顔を上げるとあきらがいた。
「何でもない」
 この写真を見せるわけにはいかない。携帯電話を閉じ、ポケットに入れた。
「何だよ? 彼氏からか?」
「そんな人おらんって」
 あきらはいつもこうやって奈月をからかう。
「それよりどうかしたん?」
 あきらが声をかけてくるのは、珍しい。
「あー、うん。あのさ。昼休み、相談乗ってもらいたいことがあるんだけど。いいかな?」
「うん。ええよ」
 快諾すると、あきらは少しホッとした表情を見せた。
「よかった。じゃあ、昼休み」
 そう言って、あきらは自分の席に戻って行った。
(相談なんて珍しい)
 そう思いながらも奈月は次の授業の準備をした。

 そして昼休み。いつものメンバーで屋上に上り、昼食を取る。
「奈月、秀。遅くなったけど」
 そう言ってあきらが取り出したのは、以前に奈月と秀一がモデルになって撮った写真だった。
「あー、そういやこんなことしてたな」
「秀ちゃん。そんな他人事みたいに・・・・・・」
 あまりにさらっと言い放ったので、奈月は思わずツッコんだ。
「おー。結構綺麗に撮れてんじゃん」
 武人も並べられた写真を覗き込む。
「当たり前だろ。あたしが撮ったんだから」
「いいのはモデルだろ?」
 あきらの言い分に、秀一がツッコんだ。
「両方いいんだよ!」
 妙な空気を察知した武人が叫ぶ。するとあきらはコホンと咳払いをした。
「まぁとにかく、相談って言うのは、これだ」
 そう言ってあきらは写真を指差した。
「写真がどうかしたん?」
 何を言いたいのかが分からず、奈月が訊く。
「この写真を、コンテストに出したいんだけど。いいかな?」
 思わぬ言葉に奈月たちは驚いた。
「コンテスト?」
 秀一が聞き返す。
「そう。これ」
 そう言ってあきらはポケットから紙を一枚取り出し、奈月と秀一に見せた。それは写真コンテストのチラシだった。
「これに出すん?」
 奈月の問いに、あきらが頷く。
「うん。腕を試したいんだ。自分が今どれくらいの技術を持ってるのか分からないけど、この写真は今までで一番良く撮れてるから」
「どれを出すんだ?」
 秀一が広げている写真を見ながら聞いた。
「おいらならこれだなー」
 武人が奈月のワンショットを指差す。
「あ、俺もそう思った」
 秀一が同意し、当の奈月も頷いた。
「うちもそれかなぁ? 自分で言うんも変やけど」
「三人ともアタリ。それを出そうと思ってた」
 あきらが苦笑する。その写真は、ちょうど天気雨が降リ始めた時の写真だった。他にも秀一とのツーショットがあるが、この写真だけは強い意志のようなものを感じた。
「奈月がいい表情してくれたからなぁ。この強い目がかっこいいよな」
 あきらは満足そうにその写真を眺めた。
「そうだな。凛としてて、かっこいいよな」
 秀一も同意する。
「何か・・・・・・普段の奈月ちゃんとちょっと違う感じがするー」
 武人が唸る。
「いいんだよ。それで」
「へ?」
 あきらの言葉に、武人がマヌケな声を出した。
「写真ってのは、笑顔を写すだけじゃない。いろんな表情を捕らえるもんなんだ」
「そっか」
 納得した武人はもう一度写真を見た。
「・・・・・・何かエロイな」
「え?」
 武人の呟きに奈月が驚く。しかし秀一はやっぱりという表情を浮かべた。
「武もそう思う?」
「やっぱり秀も?」
 男二人で何やら納得している。
「お前らなぁ。芸術作品に何て事を・・・・・・。確かにエロイが」
「ちょっと! あきらまで何て事言うんよ?!」
 味方だと思っていたあきらまでがそんな発言をするので、奈月は焦った。
「いやぁ、この雨に濡れた髪とかさ。これはあんまり写ってないけど、濡れた服とかヤバイよ?」
 秀一が解説してくれるが、嬉しくない。奈月は写真をかき集めた。
「もー! そんなん言うやったらコンテスト出したらあかん!」
「じょ、冗談だって!」
 まさかの行動に出た奈月に、あきらが焦る。
「でもさ。俺はいいと思うよ。自分の力を試すって、すごい勇気のいることだけど、夢に少しずつでも近づけてる気がするよな」
 秀一の言葉に、奈月も頷いた。
「それは・・・・・・うちもそう思う」
「じゃあ・・・・・・」
 奈月の言葉に、あきらは期待する。
「ええよ。コンテスト出しても。てか、出すべきやと思う」
 奈月にそう言われ、あきらは笑顔で頷いた。
「うん」
「結果はちゃんと教えてくれよ」
「それはもちろん」
 秀一の言葉にもあきらは笑顔で頷いた。

 奈月は週末、バンドの練習前に沙紀の妹、真紀の見舞いに来ていた。
「見て。綺麗やろ?」
 奈月は持ってきた花束を真紀に見せた。
「わあ。どしたの? こんなにたくさん」
 聞かれ、奈月は一瞬返答に困った。実は一真のファンから送られてきたものだったりするのだ。しかし一真のことはまだ真紀には話していない。
「実はお兄ちゃんがもらってきたんやけどね。うちってほとんど家、留守にするから勿体ないなぁって」
 嘘ではない。
「そっか。ありがとね」
 真紀は素直に納得し、お礼を言った。何故か少し心が痛む。
 一緒に来ていた沙紀が、その花束を持って病室を出て行った。奈月はそれを見送り、真紀に向き直った。
「今日は体調ええの?」
 真紀はベッドを起こし、座っている。もちろん体調がいい悪いに関わらず、あまり長居はしないようには心がけている。
「今日は気分がいいんだ。天気がいいからかな?」
 真紀はそう笑顔で答え、窓の外を見やった。外は青空が広がっていて、近づいてくる夏を予感させるほどの晴天だった。梅雨は一体どこに行ったのだろう? と思わず首を傾げてしまうほどだ。
 真紀の顔色がいつもより良いことに気づき、奈月はホッと胸を撫で下ろした。
「そう言えば、お兄ちゃんが奈月ちゃんのバンドに入ったって本当?」
 奈月に向き直った真紀の目が妙に輝いている。
「あー、うん。そうやけど。情報早いね?」
 奈月がそう言うと、真紀はフフッと笑った。
「武ちゃんに聞いたの」
 その言葉に奈月はなるほどと納得した。それにしても武人は情報を伝えるのが早い。沙紀が加入したのは先週の話だが、沙紀はまだ話していないと言っていたので、今日はその話をしようと思っていたのだった。
「そっか。うちが言おうと思ってたのにー」
 恨めしくそう言うと、真紀はクスクスと笑った。
「でもどう? お兄ちゃんが入って、何か変わった?」
 真紀に聞かれ、奈月は頷く。
「うん。何よりベースボーカルから解放されたんが一番かな?」
 そう言うと、また真紀は笑った。
「あはは。やっぱり大変なの? ベースボーカルって」
「結構大変。リズムキープしながらってのが・・・・・・」
 そう答えると、真紀は「そっか」と頷いた。
「奈月ちゃんの歌、聞いてみたいな」
 真紀が呟く。奈月は思わず苦笑いを浮かべた。
「でもまだ聞かせられるようなんとちゃうからなぁ」
「ライブとかしないの?」
 間髪入れずに真紀に聞かれる。
「一応はライブ目標でやってるんやけど。・・・・・・もし外出許可出たら、ライブ見に来てくれる?」
 そう聞くと、真紀は明るい笑顔で頷いた。
「もちろん」

 しばらく談笑をした奈月と沙紀は病室を出て、駐輪場に向かった。今日も例のごとく沙紀のバイクでやって来たのだ。
「そっか。武に先に言われてたか」
 沙紀がバンドに入ったことを言おうと決めてたのに、先に言われてたのでちょっとつまらなかった。そのことを沙紀に報告すると、沙紀は笑った。
「武ちゃんも酷いよねー。うちも真紀ちゃんが驚くの楽しみにしとったのに」
 ぷぅと頬を膨らませると、沙紀は更に笑った。
「それは直接本人に文句言え」
「ホンマね! 絶対文句言うたる」
 そう言うと、また沙紀は笑った。武人のオロオロする姿が目に浮かぶようだ。
 しかし沙紀が何故笑ってるのか分からず、奈月は首を傾げた。
「何笑っとん?」
「いや、別に」
 いつもそう言って、はぐらかされる。別に面白いことを言っているつもりなんてないのに・・・・・・。沙紀の笑いのツボがよく分からない。

 お昼はまた智広の実家の食堂で済ませ、二人は武人の家に向かった。
「おー。来た来た」
 二人が着くと、武人が待ってましたと言わんばかりに叫ぶ。秀一は既に来ていたが、まだ練習は始めていなかった。
「まだ練習始めとらんの?」
 いつもなら先に二人で合わせてたりするのに、と奈月が尋ねる。
「あ、そうそう。そのことなんだけど!」
 そう言いながら、武人が勢いよく立ち上がった。
「今日はスタジオでやってみないかい?」
「え? スタジオ?」
 あまりに突然の提案に、奈月は首を傾げる。
「予約してんのか?」
 沙紀が訊くと、武人は首を振った。
「ううん」
 あまりにあっさりと首していたので、沙紀は呆れて溜息をついた。
「お前な。平日ならまだしも、週末は予約しなきゃ入れないだろ!」
「大丈夫だよ」
「何が?」
 何とも自信たっぷりに言われ、沙紀は怒る気力が失せながらも聞いてみた。
「ヤッさんとこだし!」
「・・・・・・」
 武人の魂胆が丸分かり過ぎて、溜息も出ない。
「それはお前、奈月をダシに行くってことか?」
「んー、違うな」
 沙紀の問いに、武人はチッチッと右手の人差し指を振った。
「あ?」
「こないだヤッさんに会った時に、スタジオ練習したいって話したら、最近暇だからいつでも来いって言われたのさ!」
 武人は右手の親指をグッと突き立てた。
「いくら暇でもそれは常識としてどうなんだ?」
 秀一も呆れながらツッコんだ。
「大丈夫だって。行こうって」
「待て」
 武人が意気揚揚と出て行こうとするのを、沙紀が肩を掴んで引き戻す。
「何だよ?」
「先に電話しろ」
「えー?」
 沙紀の言葉に武人はおもむろに嫌な顔をした。
「いいからしろ」
 沙紀の気迫に負け、武人は渋々携帯電話をジーンズのポケットから取り出した。電話帳を検索する。
「えーっと・・・・・・あれ? ヤッさんにかけたらいいんだっけ? 店?」
「どっちでもいいだろ」
 武人の問いに、沙紀は呆れつつ答えた。
「らじゃ」
 武人はめんどくさくなり、履歴を探して、泰仁にかけることにした。
「ねぇ、沙紀くん」
「ん?」
 電話をしている武人を横目で見ながら、奈月は沙紀に話しかけた。
「ヤスくんのスタジオって?」
 まさか経営はしていないだろうが、武人の話だけではよく分からない。
「あぁ。ヤッさんのバイト先だよ。結構長いことバイトしてるから、店長代理みたいな感じになってる」
「店長代理?」
 まさかとは思ったが、結構すごいポジションにいることに奈月と秀一は驚いた。
「でもなー、スタジオが結構狭くて。その近くに他にもスタジオが新しくできたりして、あんま客来ないって言ってたな」
 沙紀は愚痴られた事を思い出し、溜息をついた。
「やから『暇だから来い』なんて武ちゃんに言うたんかな?」
「多分な」
 奈月の問いに、沙紀が頷く。
「だったら普通に予約取れるんじゃない?」
 秀一が言うと、沙紀の眉間に皺が寄った。
「多分な」
「沙紀くん、何でそんな難しい顔してんの?」
 奈月がそう聞くと、今度は頭を掻いた。
「・・・・・・何か嫌な奴に遭遇しそうでさ・・・・・・」
「嫌な奴?」
 沙紀の言葉を秀一が聞き返す。
「嫌な奴って?」
 何だか興味津々で聞いてくる奈月に、沙紀はプイっと横を向いた。
「教えん」
「何でよ!?」
 沙紀の態度に、思わず怒鳴る。
「お前ぜってー首突っ込んでくるから」
「えー?」
 沙紀の言うことを否定しようとすると、秀一がクスクスと笑っているのに気づいた。
「秀ちゃん、何笑ってんの?」
「いやぁ・・・・・・確かに首、突っ込みそうだと思って・・・・・・」
 秀一が笑いを堪えながら答える。
「なっ!」
 秀一の言い分に、奈月は言い返す。
「首突っ込んだらあかんの?」
「そこかよ」
 思わず沙紀がツッコんだ。やはり沙紀はツッコミ役らしい。するとまた秀一が笑った。
「いい漫才コンビだな」
「漫才やってないから」
 沙紀が即否定する。
「沙紀くん、漫才嫌い?」
「お前、何か間違ってる」
 奈月の問いにまたツッコむ。そのやり取りにまたまた秀一は笑った。
「何か面白いことでもあった?」
 ようやく電話を切った武人が会話に参加する。
「別に何もねぇよ。それより何だって?」
 沙紀が話を進める。
「あぁ。空いてるからいつでも来いって」
「その割には長電話だったな」
 沙紀はそう言いながらベースを背負い直した。
「いやぁ・・・・・・まぁね」
 何かを隠しているような武人の口ぶりに奈月が気づく。
「何かあったん?」
「え? いや。何もないよ」
 奈月に聞かれ、武人は慌ててそう答えた。
「何だ? 気になるから言え」
 沙紀が睨むと、武人がチラッと奈月を見やった。
「・・・・・・練習の時に、ヤッさんも奈月ちゃんの歌聴きたいってごねるからさ・・・・・・」
「何抜かしてんだ、あのオッサン」
 武人の言葉に、沙紀が暴言を吐いた。
「オッサンって・・・・・・。沙紀くん、ヤスくんのこと嫌い?」
 さっきの『漫才嫌い?』の言い方と同じ言い方で奈月が問う。
「好きか嫌いで言ったら嫌いだな」
「そんなはっきり・・・・・・」
 思わぬ即答に、奈月もどうツッコんでいいのか分からなくなった。
「まぁとにかくスタジオ行こうぜ。結局ヤッさんを説得できなかったけど」
「お前何気にすごいことをさらりと言ったな」
 武人の言葉を沙紀が拾う。
「いやぁさ、電話じゃ埒が明かないと思ったからさ」
「武、お前・・・・・・」
「ん? 何?」
 何故か沙紀の眉間に皺が寄った。
「そんな難しい言葉知ってたんだな!」
「失敬な!」
 沙紀の驚き方に、武人は間髪入れずに言い返した。
「せやで。沙紀くん、失礼やわ。武ちゃんやってそれくらい知ってるよね?」
「う、うん」
 思わぬ奈月の加勢に、なぜか妙に複雑な気分になる。
「あれ? 武ちゃん。どうかしたん?」
「・・・・・・何か妙に切なくなって・・・・・・」
 そう言いながら、武人は胸を押さえた。
「え? 何で?」
「男心は複雑なんだよ」
 秀一がクスクス笑いながら、武人の代わりに答える。
「へ?」
「おら。ウダウダ言ってねぇで、さっさと行くぞ」
 ベースとエフェクターケースを持って準備万端な沙紀が、奈月の頭をペチッと叩いた。
「いたっ。もー。沙紀くん、暴力はんたーい」
「はいはい」
 二人は再び漫才をしながら、湊家のガレージを出て行った。
「どうした?」
 ギターとエフェクターケースを持った秀一は、何やら固まってる武人に話しかける。
「いや・・・・・・。珍しいなと思って」
「珍しい?」
 その言葉の意味が理解できず、秀一は聞き返した。
「沙紀が女の子にあんな風に接するのって、あんまないなぁって思って」
 沙紀はどちらかと言うと女の子は苦手なので、奈月と仲がいいことに驚いたのだ。
「ヤキモチ?」
「へっ?」
 突然秀一に問われ、間抜けな返事をしてしまった。
「好きなんだろ? 奈月の事」
「・・・・・・やっぱバレた?」
 武人が観念すると、秀一が苦笑する。
「見てりゃ分かるよ。まぁでも奈月は気づいてないみたいだけどな」
「いいのか悪いのか・・・・・・」
 秀一の言葉に、武人も苦笑いを浮かべた。ドラムのタムの上に置いてあったスティックを手に取り、鞄に突っ込む。
「でもま、しばらくはこのままでいいかなって思う」
「どうして?」
 武人の言葉に秀一が聞いた。
「もし告ってダメだったら、今の関係が壊れるかもしれないから、かな?」
「武・・・・・・」
「それに今告白したって、成功率低いと思うんだ。だからもう少し成功率上げてからの方がいいかなって思ったり」
 そう言って、武人はニカッと笑った。
「そうだな。がんばれ」
 秀一はポンっと武人の背中を叩いた。
「奈月は鈍いから、相当頑張らないとダメだけどな」
「ハハッ」
 秀一の言葉に武人は思わず笑ってしまった。


 泰仁が働いているスタジオは、武人の家から徒歩十分ほどだった。駅近くの雑居ビルの三階。大きな荷物を持っていない武人がまず最初に入る。
「ちっす」
「お。来たな」
 入口を入ってすぐのところに受付のカウンターがあり、そこに泰仁がいた。
「うぃーっす」
 続けて、沙紀、奈月、秀一が入ると、泰仁がすかさず奈月を見つける。
「奈月ちゃん! いらっしゃい!」
 テンションが急に上がり、カウンターからわざわざ出てきた。
「こんにちは。急にごめんね」
 そう言うと、泰仁はものすごい勢いで両手と首を振った。
「全然、全然! 来てくれて嬉しいよ!」
「ヤッさんのテンションの高さが異常」
 武人が冷たく言い放ったが、当の本人は聞いていない。
「狭いとこだけど思うけど、存分に練習してってね!」
 泰仁はそう言いながら、奈月の手を取った。
「あ、ありがとう」
 泰仁の勢いに、奈月もどうリアクションしていいのか分からない。
「それよりホントに暇なんだな。この時間で空いてるなんて」
 沙紀が言うと、泰仁は奈月の手を握ったまま口を開く。
「あー、夕方に一組入ってるだけだからね。大丈夫だよ。二部屋あるから」
 沙紀の質問に対しての返答のはずなのに、何故か奈月に向かって返事をした。
「ヤッさん、いつまで奈月ちゃんの手を握ってる気?」
 泰仁の目に余る行動にイライラし始めた武人が怒る。
「ずっとこうしていたい・・・・・・」
「アホか。練習できないだろ」
 沙紀が冷たく言い放つ。
「ヤスくん、そろそろ離してくれん?」
 奈月がお願いすると、泰仁が涙目になった。
「俺のこと嫌い?」
「そうじゃなくて・・・・・・」
 どうしたらいいのか、もう分からない。
「練習したいから・・・・・・。ね? お願い」
 そう言うと、泰仁は渋々手を離した。
「奈月ちゃんにお願いされたらしょうがないよなぁ」
 何だか全員疲労感に襲われる。泰仁はそれに気づかず、カウンターで受付の手続き始めた。
「奈月」
 今のうちだと沙紀が奈月を呼び、耳元であることを囁いた。
「了解」
 奈月が小さく頷く。
「部屋はこっちね」
 カウンターから出てきた泰仁は、奥にある二つの扉の右側を開いた。武人を筆頭に順番に入っていく。最後に奈月が入り、その後ろから入ろうとした泰仁を制した。
「ヤスくんは入ったらあかん」
「え? 何で?」
 まさか奈月に止められると思っていなかった泰仁は虚を突かれる。
「だって・・・・・・恥ずかしいやん?」
 そう言いながら上目遣いで泰仁を見た。その視線に思惑どおり泰仁がやられる。
「え? だって、あの・・・・・・」
 何とか入ろうとするが、言葉が出てこない。
「やから、ヤスくんは外で待っといて」
 奈月はそう言って軽く泰仁の胸を押した。一歩室内に入りかけていた足が後退する。その瞬間、奈月はドアのノブに手をかけた。
「後でね」
「う、うん」
 奈月の最高の笑顔にやられた泰仁は、自分でも気づかぬうちに頷いていた。

 奈月がドアを閉め、振り返ると、他の三人は各自楽器の準備をしていた。
「奈月、グッジョブ」
 一番入口の近くにいた沙紀が左手を突き出す。
「沙紀くんもナイス!」
 奈月は突き出された左手に、右手でハイタッチした。
「え? どういうこと?」
 訳が分からない武人が頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「沙紀くんがアドバイスしてくれたんよ」
「へ?」
「上目遣いでやんわり拒否しろってな」
 奈月の言葉を沙紀が引き継ぐ。
「なるほどね。奈月って魔性の女なのかと思った」
 秀一がそう言って笑った。
「秀ちゃんひどっ」
 マイクの準備をしていた奈月がショックを受ける。
「でもよく分かったな。ヤッさんの対処法」
「あんだけ分かりやすいヤツいないだろ」
 武人の問いに沙紀が平然と答えた。
「まぁ確かに・・・・・・」
 武人だって泰仁の思考は読める。それがただ泰仁が分かりやすいだけなのか、奈月が絡んでいるからかは分からない。
「さーてやるかー」
 準備が整った四人は練習を始めた。

 泰仁は追い出されてからスタジオの扉に貼りついてみたが、そもそも防音扉だということに気づき、渋々カウンターに戻った。
「あーあ。奈月ちゃんの歌、聞きたかったなぁ」
 大きく溜息をつく。あの扉の向こうでは奈月の歌を聞き放題なのに・・・・・・。
「つか何で沙紀がいたんだ・・・・・・?」
 加入したことを知らない泰仁は唸った。
「ずるい」
 バイトも一緒、バンドも一緒ってどういうことだ? 大体自分は沙紀よりも先に奈月のことを知っていたはずなのに・・・・・・。
「沙紀よりも先って洒落みてぇ・・・・・・って何考えてんだ?」
 すぐにくだらないことを考えてしまう自分が嫌になる。
 その時、店の入口が開いた。
「ちーっす」
 入ってきたのは圭吾と幸介だった。
「いらっしゃーい」
 今日予約している一組、LUCKY STRIKEだ。いつもこの二人が一番最初に来る。
「あれ? 今日はいつもより早いな?」
 確か予約は一時間後のはずだ。
「二人で曲作ろうと思って」
 訊くと、幸介が答えた。
「ふーん。熱心なこって。あ、ちゃんとお代はもらうからな?」
「あん?」
 言った瞬間、圭吾に睨まれる。目付きが悪いので、余計怖い。
「ヒッ」
「圭吾! あ、ちゃんと払いますよ」
 幸介が圭吾を怒り、そう言った。
「うぅ・・・・・・。圭吾、俺のこと先輩だと思ってないだろ・・・・・・」
 そう言うと、圭吾は再び泰仁を睨んだ。いや、ただこちらを見たのかもしれないが、目付きが悪すぎて睨まれたように感じた。
「一応自覚はあるんだ?」
「圭吾くん・・・・・・。俺だって凹むよ?」
 意地悪な言葉に泣きそうになる。
「確かに年は上だけど、バンド歴は変わらんだろ」
「うっ」
 そう言われると何も言い返せない。
「まぁまぁ。とにかく俺ら先にスタジオ入ってるんで、他の奴ら来たら伝えといてください」
「分かった」
 幸介が間に入り、圭吾と一緒にスタジオに入って行った。LUCKY STRIKEはよくここを利用してくれるので、もう勝手も十分分かっている。
「あ・・・・・・。そういやLUCKY STRIKEが来るんだったな・・・・・・。ってことはあいつも来るのか・・・・・・」
 嫌なことを思い出した。沙紀が来るとは思っていなかったので、武人たちの予約に応じたのに。
「まぁいいや。俺の知ったこっちゃねーし」
 泰仁は一瞬でポジティブに考えることにした。

「武ちゃん。真紀ちゃんに沙紀くんが加入したこと言うたやろ」
 秀一と沙紀が、音について話している時、突然奈月が武人に話を振った。
「うん。言ったね」
「もー。何で先に言うんよー。うちが言いたかったのにぃ」
 奈月が膨れると、沙紀の予想通り武人が慌てる。
「え? あ、ご、ごめん」
 武人が謝っても、奈月は膨れたままだ。
「えーっと。何したら許してくれる?」
「じゃあ、今日はジュース奢ってな」
「も、もちろん!」
 そんなのでいいのかと、武人は胸を撫で下ろした。
 一連の会話を聞いていた沙紀がボソっと呟く。
「奈月ってさ。天然で魔性なんじゃね?」
「奇遇だな。俺も今同じこと思った」
 秀一が頷くと、二人して何故か溜息が漏れた。
「何か言うた?」
 奈月がこちらを見やる。
「何でもねぇよ。やるぞ」
 沙紀はそう言ってベースを抱え直すと、他のメンバーもそれぞれの位置についた。


 三時間後、ようやく奈月たちが入っていたスタジオの扉が開いた。
「お。お疲れー」
 受付にいた泰仁が出てきたメンバーを見てそう言うと、何だか沙紀の冷たい視線が突き刺さった。
「三時間そこにいたのか?」
「え? いたけど?」
 素で答えると、沙紀が呆れ返る。
「よくこんな暇なとこで三時間過ごせるな」
「酷くね? つーかこれが俺の仕事だし! それにちゃんと仕事しつつ歌詞書いてたし!」
 泰仁は一枚の紙を沙紀に突き出して見せたが、それは再び沙紀を呆れさせるだけだった。
「それはそれでどうなんだ?」
「はいはい。そこまで。ヤッさん精算よろ!」
 言い合いが続きそうだったので、武人は二人の間に割って入った。
「えーっと。ワリカンだろ? 一人千五十円な」
 沙紀、武人、秀一がまずお金を払い、奈月がお金を出そうとした時だった。
「奈月ちゃんはいいよ!」
「へ?」
 またしても泰仁が何やら言い始める。
「奈月ちゃんは俺のおごり!」
「えー。何だよ、それ」
 お金を払った武人が文句を言うが、泰仁はお構いなしだ。
「何でうちだけ?」
「俺が払いたいから」
 その瞬間、全員が確信した。こいつは好きになった女性には貢ぐタイプだと。
「でも・・・・・・そんなんあかんよ。うちもちゃんと払う」
 奈月は手の中にあった千円札と五十円玉を受付のカウンターに置いた。
「えー。いいって。奈月ちゃんからお金取れないよー」
 泰仁がお金を奈月に返そうとすると、奈月がキッと睨んだ。
「そんなん言うんやったら、もうこのスタジオには来んからね!」
「うっ」
 奈月にそう言われては、受け取らないわけにはいかない。
「わ、分かった」
 ようやく泰仁は奈月からお金を受け取ることにした。
「早くもヤッさんの扱い方分かってきたのか」
 沙紀が後ろで笑っている。
「ちゃうってー」
 その時、もう一つのスタジオの扉が開き、中から智広と圭吾が出てきた。
「あれ? お前らもスタジオだったんだ?」
 気づいた圭吾が声をかける。
「あー、だから今日はアンプいらないって言ったんだ」
 智広がそう言うと、武人が頷いた。
「そうそう。ヤッさんに来いって言われてたし」
 そんな会話をしていると、後ろから淳史、幸介、誠人も出てきた。
「あっ」
 幸介が沙紀を見つけ、声を上げる。彼らに背を向けていた沙紀は五人を一瞥すると、スタジオから出て行った。
「え? 沙紀くん?」
 奈月が呼び止めようとすると、沙紀は少しだけ振り向いた。
「支払終わったんだからとっとと出ねぇと邪魔だろ」
 確かにここは狭いので、十人もの人間がいるスペースはない。沙紀の言葉に納得し、奈月も外に出ると、武人と秀一も出て行った。
「うーん。やっぱりか」
 出て行った四人を見つめ、幸介が呟いた。
「何だ。まだ避けられてんのか」
 圭吾が呆れている。
「いい加減仲直りしたら?」
 智広も呆れてそう言った。
「そうだな」
 誠人は苦笑いを浮かべた。

「沙紀くん。もしかして嫌な奴って、あの中におったん?」
 先を歩いていた沙紀を奈月は追いかけて聞いてみた。
「だったら何だ」
 何だか妙に怒っている。
「何怒ってるんよ」
「怒ってねぇよ」
 明らかに不機嫌だ。そこで奈月は推理をしてみることにした。
「うーん。もしかして、マコっちゃん?」
「なっ!」
 沙紀は歩を止め、奈月を振り返る。
「何でそう思うんだ?」
「勘」
「・・・・・・」
 あまりにはっきりそう言ったので、沙紀は言葉を失った。
「最初に出てきた圭吾くんと智広には特に反応せんかった。淳史にも。んで、幸くんはマコっちゃんの反応も見てた。となるとマコっちゃんってことやろ? マコっちゃんも様子が何かおかしかったしね。それから一番最初に沙紀くんに会った時にマコっちゃんと喧嘩してるって話を武ちゃんとしてたの思い出して」
 奈月の推理を聞き、沙紀は溜息をついた。
「お前は変なとこで鋭くて、妙に物覚えいいな」
「じゃあやっぱり・・・・・・」
 奈月の言葉に頷く。
「そうだよ。当たりだ」
「すごいなー。奈月ちゃん」
 二人の後ろで話を聞いていた武人が驚いた。
「でも何で? 何かあったん?」
 奈月の問いに沙紀は口をつぐむ。
「言いたくないんやったら、ええけど・・・・・・」
 触れてはいけなかったのかと、奈月がそう言うと、沙紀は一つ溜息をついた。
「そう言う訳じゃないけど。なんつーか、説明するのめんどくせぇ」
「えー」
 沙紀のあまりの投げっぷりに奈月と秀一は拍子抜けした。
「まぁ要するにくだらないことで喧嘩してるんだよ」
 武人が笑いながらそう説明する。
「そうなん?」
 そうは言われても、何だか納得がいかない。
「そうだよ。くだらないことだ」
 説明するのが本当にめんどくさいのか、沙紀はそう言ってまた歩き始めた。
「奈月ちゃんが気にすることないよ。本人たちの問題だし」
 武人はそう言って、奈月の肩を叩いた。
「うん・・・・・・」

 翌日、奈月はいつも通り学校に行き、授業をこなした。
 そして放課後。掃除を済ませ、帰り支度をしているところにクラスメートの女の子が二人駆け込んできた。
「奈月ちゃん!」
「どうしたん? そんな息切らして」
 二人は息を整え、奈月を見た。
「校門で、イケメンに声掛けられた!」
「・・・・・・え?」
 事情が全く飲み込めない。それでなぜここまで戻ってきて、自分に報告するのか。
「それで、何でうちんとこに戻って来たん?」
「その人、奈月ちゃんのこと呼んでたの」
「うちのこと?」
「そう」
 二人に頷かれ、奈月は頭をフル回転させたが、思い当たるような人物が浮かばなかった。一真はわざわざ学校には来ないだろうし、沙紀だってそうだ。
「とにかく待ってるから、早く!」
 二人に腕を引っ張られ、奈月は慌てて自分の鞄を掴んだ。
「わ、分かったって」
 奈月は半ば強引に引っ張られながら、校門へと急いだ。

「連れてきましたー」
「お。おおきに」
 校門で待っていた男が笑顔でその二人にお礼を言った。奈月は男を見て、驚いた。
「ちい兄・・・・・・何でこんなとこおるん?」
「え? お兄さん?」
 奈月の発言に、二人のクラスメートも驚く。するとちい兄と言われた男はニッと笑った。
「そうやでー。奈月呼んできてくれておおきにな〜」
「いえ・・・・・・」
 彼女たちは照れながら、奈月たちをを残して帰って行った。
 二人を見送り、自分たちも歩き始める。奈月は兄の顔を睨んだ。
「で、何でこんなとこにおるん? 仕事は?」
「あー。バイト辞めた」
 兄の言葉に奈月は呆れる。
「はぁ? また?」
「またとか言うなや。俺には合わんかったんや」
 そう言って兄は不機嫌そうにプイっと横を向いた。
 この二番目の兄、浩次は一真の二歳下、奈月の九歳年上なのだが、末っ子の期間が長かったせいか、かなりの末っ子気質なのである。
 奈月は溜息をついた。
「はぁ・・・・・・。で、何しに来たん? こんなとこまで」
「そりゃぁカワイイ妹の顔見るためやんか」
 さっきとは打って変わって満面の笑みで答える。
 ・・・・・・嘘だ。バイトを辞めたことを父に怒られて勢いで家出したに決まってる。
 だけど奈月は何も言わなかった。ここで言っても仕方がない。
「でもよう分かったね? うちの学校」
 そう言うと、浩次はまた笑った。
「あぁ。前にオカンに聞いたからな」
「そっか」
 母親は入学式に出席したので、奈月の学校を知っている。それよりも『前に聞いた』ということはこういうときのためにリサーチしておいたのだと気づき、奈月は呆れた。
 ちなみに奈月がまだ実家にいた時も、浩次は親に怒られるとよく家出をした。大抵は地元の友達のところに入り浸っていて、通報を受けた奈月が連れ戻しに行っていた。
「ちい兄さ、お兄ちゃんに言うたん?」
「ん? 言うてるわけないやん」
 あっけらかんという浩次に、奈月は頭を抱えた。今まで家出をしても一真の元に来なかったのは、一真が仕事で捕まらないこともあるが、一真に父親同様に怒られるからだった。
 だが、今回はなぜ来たのか、奈月は気になった。
「ちい兄、どうせまた家出したんやろ?」
「え・・・・・・バレた?」
 浩次は苦笑しながら、人差し指で頬を掻いた。
「バレたらお兄ちゃんに烈火の如く怒られんで」
「やから奈月んとこ来たんやないかい」
「・・・・・・」
 この男は・・・・・・。呆れ過ぎて言葉もない。
「分かったよ。何とか誤魔化すけど、バレた時は知らんで」
「サッスガ! やっぱ奈月は話早いなぁ」
 浩次は調子よく奈月に抱きついた。
「ちい兄、暑い」
「あーーーー!」
 突然背後で叫び声がした。何事かと思ったら、武人が顔面蒼白でこっちを見ていた。隣にいた秀一も驚いた顔をしている。
「あ、武ちゃんに秀ちゃん。今帰りやったんや」
「ん? 友達?」
 浩次がようやくはがれたので、奈月は頷いた。
「奈月ちゃん! 誰? この人」
 武人が慌てながら、浩次を指差した。その慌てように、隣にいた秀一がポンポンと肩を叩いた。
「武。落ち着けって」
「落ち着いてられるかー」
 何故か秀一に怒鳴る。
「あー。この人はうちの二番目のお兄ちゃん」
「へ?」
 奈月が紹介すると、武人はさっきと一変する。
「何だー。ってお兄さん、二人いたの?」
「あれ? 言うてなかったっけ?」
 奈月がそう聞くと、二人は頷いた。
「じゃあ奈月が今一緒に住んでるのは、上のお兄さん?」
「そうやで」
 秀一の問いに、奈月が頷く。
「ちい兄は、実家に住んどるから」
「あれ? じゃあ今日は?」
 武人もどうしてここにいるのか気になったらしい。すると、ちゃっかりしている浩次は奈月が返事する前に口を開いた。
「カワイイ妹の顔見に」
「へぇ」
 奈月は自分の兄に呆れたが、何も言わなかった。ツッコむのは非常にめんどくさい。
「あれ? でも今日奈月、バイトじゃなかったっけ?」
「そうなんよね」
 秀一が気付くと、浩次がやけに興味を持った。
「奈月ってどんなとこでバイトしとんの?」
 そう聞かれると、奈月はニヤッと笑いながら口を開く。
「ちい兄の好きそうなところ」
 そう言うと、何やら勝手に妄想を始めた。やはりツッコむのは面倒くさいので放っておく。
「じゃあ奈月ちゃんがバイトしてる間、お兄さんはどうするの?」
 武人に聞かれ、妄想を繰り広げていた浩次が我に返る。
「奈月のバイト先についてくけど?」
「何でそんな当たり前みたいに言うてるん?」
 奈月は即行でツッコミを入れた。それを見て、秀一が笑う。
「秀ちゃん、何笑っとん」
「いやぁ・・・・・・漫才だなぁと思って」
 秀一にそう言われ、奈月は溜息をついた。別に漫才をする気はさらさらないのだ。
「てか奈月ちゃん、お兄さんついてっても大丈夫でしょ? あそこ結構自由だし。皆入り浸ってるじゃん」
 武人がケラケラと笑いながら言った。
 確かに誠一のバンドメンバーである貴司や晋平、直也を始めとして最近では泰仁も店によく来るようになった。そして大抵入り浸り、営業妨害だと誠一か沙紀に追い出される。時たま追い出されるメンバーの中に店長が混じってるのは、奈月の見間違いではないはずだ。
 奈月は浩次を見やった。
「ちい兄、ホンマについて来るん?」
「うん!」
 満面の笑みで答える。奈月は頭を抱えたが、ほったらかしにして何か問題を起こされても困るので付いてきてもらうことにした。