ACT.12 everyday life 12-4
三時間後、ようやく奈月たちが入っていたスタジオの扉が開いた。
「お。お疲れー」
受付にいた泰仁が出てきたメンバーを見てそう言うと、何だか沙紀の冷たい視線が突き刺さった。
「三時間そこにいたのか?」
「え? いたけど?」
素で答えると、沙紀が呆れ返る。
「よくこんな暇なとこで三時間過ごせるな」
「酷くね? つーかこれが俺の仕事だし! それにちゃんと仕事しつつ歌詞書いてたし!」
泰仁は一枚の紙を沙紀に突き出して見せたが、それは再び沙紀を呆れさせるだけだった。
「それはそれでどうなんだ?」
「はいはい。そこまで。ヤッさん精算よろ!」
言い合いが続きそうだったので、武人は二人の間に割って入った。
「えーっと。ワリカンだろ? 一人千五十円な」
沙紀、武人、秀一がまずお金を払い、奈月がお金を出そうとした時だった。
「奈月ちゃんはいいよ!」
「へ?」
またしても泰仁が何やら言い始める。
「奈月ちゃんは俺のおごり!」
「えー。何だよ、それ」
お金を払った武人が文句を言うが、泰仁はお構いなしだ。
「何でうちだけ?」
「俺が払いたいから」
その瞬間、全員が確信した。こいつは好きになった女性には貢ぐタイプだと。
「でも……そんなんあかんよ。うちもちゃんと払う」
奈月は手の中にあった千円札と五十円玉を受付のカウンターに置いた。
「えー。いいって。奈月ちゃんからお金取れないよー」
泰仁がお金を奈月に返そうとすると、奈月がキッと睨んだ。
「そんなん言うんやったら、もうこのスタジオには来んからね!」
「うっ」
奈月にそう言われては、受け取らないわけにはいかない。
「わ、分かった」
ようやく泰仁は奈月からお金を受け取ることにした。
「早くもヤッさんの扱い方分かってきたのか」
沙紀が後ろで笑っている。
「ちゃうってー」
その時、もう一つのスタジオの扉が開き、中から智広と圭吾が出てきた。
「あれ? お前らもスタジオだったんだ?」
気づいた圭吾が声をかける。
「あー、だから今日はアンプいらないって言ったんだ」
智広がそう言うと、武人が頷いた。
「そうそう。ヤッさんに来いって言われてたし」
そんな会話をしていると、後ろから淳史、幸介、誠人も出てきた。
「あっ」
幸介が沙紀を見つけ、声を上げる。彼らに背を向けていた沙紀は五人を一瞥すると、スタジオから出て行った。
「え? 沙紀くん?」
奈月が呼び止めようとすると、沙紀は少しだけ振り向いた。
「支払終わったんだからとっとと出ねぇと邪魔だろ」
確かにここは狭いので、十人もの人間がいるスペースはない。沙紀の言葉に納得し、奈月も外に出ると、武人と秀一も出て行った。
「うーん。やっぱりか」
出て行った四人を見つめ、幸介が呟いた。
「何だ。まだ避けられてんのか」
圭吾が呆れている。
「いい加減仲直りしたら?」
智広も呆れてそう言った。
「そうだな」
誠人は苦笑いを浮かべた。
「沙紀くん。もしかして嫌な奴って、あの中におったん?」
先を歩いていた沙紀を奈月は追いかけて聞いてみた。
「だったら何だ」
何だか妙に怒っている。
「何怒ってるんよ」
「怒ってねぇよ」
明らかに不機嫌だ。そこで奈月は推理をしてみることにした。
「うーん。もしかして、マコっちゃん?」
「なっ!」
沙紀は歩を止め、奈月を振り返る。
「何でそう思うんだ?」
「勘」
「……」
あまりにはっきりそう言ったので、沙紀は言葉を失った。
「最初に出てきた圭吾くんと智広には特に反応せんかった。淳史にも。んで、幸くんはマコっちゃんの反応も見てた。となるとマコっちゃんってことやろ? マコっちゃんも様子が何かおかしかったしね。それから一番最初に沙紀くんに会った時にマコっちゃんと喧嘩してるって話を武ちゃんとしてたの思い出して」
奈月の推理を聞き、沙紀は溜息をついた。
「お前は変なとこで鋭くて、妙に物覚えいいな」
「じゃあやっぱり……」
奈月の言葉に頷く。
「そうだよ。当たりだ」
「すごいなー。奈月ちゃん」
二人の後ろで話を聞いていた武人が驚いた。
「でも何で? 何かあったん?」
奈月の問いに沙紀は口をつぐむ。
「言いたくないんやったら、ええけど……」
触れてはいけなかったのかと、奈月がそう言うと、沙紀は一つ溜息をついた。
「そう言う訳じゃないけど。なんつーか、説明するのめんどくせぇ」
「えー」
沙紀のあまりの投げっぷりに奈月と秀一は拍子抜けした。
「まぁ要するにくだらないことで喧嘩してるんだよ」
武人が笑いながらそう説明する。
「そうなん?」
そうは言われても、何だか納得がいかない。
「そうだよ。くだらないことだ」
説明するのが本当にめんどくさいのか、沙紀はそう言ってまた歩き始めた。
「奈月ちゃんが気にすることないよ。本人たちの問題だし」
武人はそう言って、奈月の肩を叩いた。
「うん……」
翌日、奈月はいつも通り学校に行き、授業をこなした。
そして放課後。掃除を済ませ、帰り支度をしているところにクラスメートの女の子が二人駆け込んできた。
「奈月ちゃん!」
「どうしたん? そんな息切らして」
二人は息を整え、奈月を見た。
「校門で、イケメンに声掛けられた!」
「……え?」
事情が全く飲み込めない。それでなぜここまで戻ってきて、自分に報告するのか。
「それで、何でうちんとこに戻って来たん?」
「その人、奈月ちゃんのこと呼んでたの」
「うちのこと?」
「そう」
二人に頷かれ、奈月は頭をフル回転させたが、思い当たるような人物が浮かばなかった。一真はわざわざ学校には来ないだろうし、沙紀だってそうだ。
「とにかく待ってるから、早く!」
二人に腕を引っ張られ、奈月は慌てて自分の鞄を掴んだ。
「わ、分かったって」
奈月は半ば強引に引っ張られながら、校門へと急いだ。
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