ACT.12 everyday life 12-3
「どうした?」
ギターとエフェクターケースを持った秀一は、何やら固まってる武人に話しかける。
「いや……。珍しいなと思って」
「珍しい?」
その言葉の意味が理解できず、秀一は聞き返した。
「沙紀が女の子にあんな風に接するのって、あんまないなぁって思って」
沙紀はどちらかと言うと女の子は苦手なので、奈月と仲がいいことに驚いたのだ。
「ヤキモチ?」
「へっ?」
突然秀一に問われ、間抜けな返事をしてしまった。
「好きなんだろ? 奈月の事」
「……やっぱバレた?」
武人が観念すると、秀一が苦笑する。
「見てりゃ分かるよ。まぁでも奈月は気づいてないみたいだけどな」
「いいのか悪いのか……」
秀一の言葉に、武人も苦笑いを浮かべた。ドラムのタムの上に置いてあったスティックを手に取り、鞄に突っ込む。
「でもま、しばらくはこのままでいいかなって思う」
「どうして?」
武人の言葉に秀一が聞いた。
「もし告ってダメだったら、今の関係が壊れるかもしれないから、かな?」
「武……」
「それに今告白したって、成功率低いと思うんだ。だからもう少し成功率上げてからの方がいいかなって思ったり」
そう言って、武人はニカッと笑った。
「そうだな。がんばれ」
秀一はポンっと武人の背中を叩いた。
「奈月は鈍いから、相当頑張らないとダメだけどな」
「ハハッ」
秀一の言葉に武人は思わず笑ってしまった。
泰仁が働いているスタジオは、武人の家から徒歩十分ほどだった。駅近くの雑居ビルの三階。大きな荷物を持っていない武人がまず最初に入る。
「ちっす」
「お。来たな」
入口を入ってすぐのところに受付のカウンターがあり、そこに泰仁がいた。
「うぃーっす」
続けて、沙紀、奈月、秀一が入ると、泰仁がすかさず奈月を見つける。
「奈月ちゃん! いらっしゃい!」
テンションが急に上がり、カウンターからわざわざ出てきた。
「こんにちは。急にごめんね」
そう言うと、泰仁はものすごい勢いで両手と首を振った。
「全然、全然! 来てくれて嬉しいよ!」
「ヤッさんのテンションの高さが異常」
武人が冷たく言い放ったが、当の本人は聞いていない。
「狭いとこだけど思うけど、存分に練習してってね!」
泰仁はそう言いながら、奈月の手を取った。
「あ、ありがとう」
泰仁の勢いに、奈月もどうリアクションしていいのか分からない。
「それよりホントに暇なんだな。この時間で空いてるなんて」
沙紀が言うと、泰仁は奈月の手を握ったまま口を開く。
「あー、夕方に一組入ってるだけだからね。大丈夫だよ。二部屋あるから」
沙紀の質問に対しての返答のはずなのに、何故か奈月に向かって返事をした。
「ヤッさん、いつまで奈月ちゃんの手を握ってる気?」
泰仁の目に余る行動にイライラし始めた武人が怒る。
「ずっとこうしていたい……」
「アホか。練習できないだろ」
沙紀が冷たく言い放つ。
「ヤスくん、そろそろ離してくれん?」
奈月がお願いすると、泰仁が涙目になった。
「俺のこと嫌い?」
「そうじゃなくて……」
どうしたらいいのか、もう分からない。
「練習したいから……。ね? お願い」
そう言うと、泰仁は渋々手を離した。
「奈月ちゃんにお願いされたらしょうがないよなぁ」
何だか全員疲労感に襲われる。泰仁はそれに気づかず、カウンターで受付の手続き始めた。
「奈月」
今のうちだと沙紀が奈月を呼び、耳元であることを囁いた。
「了解」
奈月が小さく頷く。
「部屋はこっちね」
カウンターから出てきた泰仁は、奥にある二つの扉の右側を開いた。武人を筆頭に順番に入っていく。最後に奈月が入り、その後ろから入ろうとした泰仁を制した。
「ヤスくんは入ったらあかん」
「え? 何で?」
まさか奈月に止められると思っていなかった泰仁は虚を突かれる。
「だって……恥ずかしいやん?」
そう言いながら上目遣いで泰仁を見た。その視線に思惑どおり泰仁がやられる。
「え? だって、あの……」
何とか入ろうとするが、言葉が出てこない。
「やから、ヤスくんは外で待っといて」
奈月はそう言って軽く泰仁の胸を押した。一歩室内に入りかけていた足が後退する。その瞬間、奈月はドアのノブに手をかけた。
「後でね」
「う、うん」
奈月の最高の笑顔にやられた泰仁は、自分でも気づかぬうちに頷いていた。
奈月がドアを閉め、振り返ると、他の三人は各自楽器の準備をしていた。
「奈月、グッジョブ」
一番入口の近くにいた沙紀が左手を突き出す。
「沙紀くんもナイス!」
奈月は突き出された左手に、右手でハイタッチした。
「え? どういうこと?」
訳が分からない武人が頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「沙紀くんがアドバイスしてくれたんよ」
「へ?」
「上目遣いでやんわり拒否しろってな」
奈月の言葉を沙紀が引き継ぐ。
「なるほどね。奈月って魔性の女なのかと思った」
秀一がそう言って笑った。
「秀ちゃんひどっ」
マイクの準備をしていた奈月がショックを受ける。
「でもよく分かったな。ヤッさんの対処法」
「あんだけ分かりやすいヤツいないだろ」
武人の問いに沙紀が平然と答えた。
「まぁ確かに……」
武人だって泰仁の思考は読める。それがただ泰仁が分かりやすいだけなのか、奈月が絡んでいるからかは分からない。
「さーてやるかー」
準備が整った四人は練習を始めた。
泰仁は追い出されてからスタジオの扉に貼りついてみたが、そもそも防音扉だということに気づき、渋々カウンターに戻った。
「あーあ。奈月ちゃんの歌、聞きたかったなぁ」
大きく溜息をつく。あの扉の向こうでは奈月の歌を聞き放題なのに……。
「つか何で沙紀がいたんだ……?」
加入したことを知らない泰仁は唸った。
「ずるい」
バイトも一緒、バンドも一緒ってどういうことだ? 大体自分は沙紀よりも先に奈月のことを知っていたはずなのに……。
「沙紀よりも先って洒落みてぇ……って何考えてんだ?」
すぐにくだらないことを考えてしまう自分が嫌になる。
その時、店の入口が開いた。
「ちーっす」
入ってきたのは圭吾と幸介だった。
「いらっしゃーい」
今日予約している一組、LUCKY STRIKEだ。いつもこの二人が一番最初に来る。
「あれ? 今日はいつもより早いな?」
確か予約は一時間後のはずだ。
「二人で曲作ろうと思って」
訊くと、幸介が答えた。
「ふーん。熱心なこって。あ、ちゃんとお代はもらうからな?」
「あん?」
言った瞬間、圭吾に睨まれる。目付きが悪いので、余計怖い。
「ヒッ」
「圭吾! あ、ちゃんと払いますよ」
幸介が圭吾を怒り、そう言った。
「うぅ……。圭吾、俺のこと先輩だと思ってないだろ……」
そう言うと、圭吾は再び泰仁を睨んだ。いや、ただこちらを見たのかもしれないが、目付きが悪すぎて睨まれたように感じた。
「一応自覚はあるんだ?」
「圭吾くん……。俺だって凹むよ?」
意地悪な言葉に泣きそうになる。
「確かに年は上だけど、バンド歴は変わらんだろ」
「うっ」
そう言われると何も言い返せない。
「まぁまぁ。とにかく俺ら先にスタジオ入ってるんで、他の奴ら来たら伝えといてください」
「分かった」
幸介が間に入り、圭吾と一緒にスタジオに入って行った。LUCKY STRIKEはよくここを利用してくれるので、もう勝手も十分分かっている。
「あ……。そういやLUCKY STRIKEが来るんだったな……。ってことはあいつも来るのか……」
嫌なことを思い出した。沙紀が来るとは思っていなかったので、武人たちの予約に応じたのに。
「まぁいいや。俺の知ったこっちゃねーし」
泰仁は一瞬でポジティブに考えることにした。
「武ちゃん。真紀ちゃんに沙紀くんが加入したこと言うたやろ」
秀一と沙紀が、音について話している時、突然奈月が武人に話を振った。
「うん。言ったね」
「もー。何で先に言うんよー。うちが言いたかったのにぃ」
奈月が膨れると、沙紀の予想通り武人が慌てる。
「え? あ、ご、ごめん」
武人が謝っても、奈月は膨れたままだ。
「えーっと。何したら許してくれる?」
「じゃあ、今日はジュース奢ってな」
「も、もちろん!」
そんなのでいいのかと、武人は胸を撫で下ろした。
一連の会話を聞いていた沙紀がボソっと呟く。
「奈月ってさ。天然で魔性なんじゃね?」
「奇遇だな。俺も今同じこと思った」
秀一が頷くと、二人して何故か溜息が漏れた。
「何か言うた?」
奈月がこちらを見やる。
「何でもねぇよ。やるぞ」
沙紀はそう言ってベースを抱え直すと、他のメンバーもそれぞれの位置についた。
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