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STAGE 6  文化祭  6-5

 バンドコンテストでは、練習をあまりできなかったにも関わらず、樹里たちのバンドが優勝した。
 そしてダンスコンテストでは、何と晴樹たちが優勝した。ラップを取り入れたのが高評価を得たようだ。

 表彰式も終わり、樹里たちバンドメンバーは練習用教室で打ち上げをしていた。後から晴樹たちダンスメンバーも合流する予定だ。
「で、虎太郎は何であんなとこで寝てたんだ?」
 雄治が問うと、虎太郎は思い出しながら答えた。
「ボク、ジュリが変な男に連れてかれたって聞いて……。それでその人に付いてったらあのソーコで、後ろからなぐられて……」
「そだったのか」
 思ってもみなかった事実に全員が驚いた。
「ねぇ。コタ、その人の顔、覚えてない?」
「んーっと……」
 樹里に聞かれ、虎太郎は考え込んだ。
「どっかで見た顔なんだけどなぁ……」
 そう言いながら必死に思い出そうとしていると、突然声がした。
「それってこいつらのことじゃないの?」
 声の主を辿ると、教室の入口に晴樹が立っていた。
「ハル! こいつらって?」
 樹里の問いに晴樹は少し横にずれる。その後ろにはバンドコンテスト準優勝したバンドメンバー三人が立っていた。
「あ! そうだ!」
 虎太郎が彼らの顔を見て、思い出して叫ぶ。するとその瞬間、彼らは全員土下座した。
「「「ごめんなさいぃ!!」」」
 突然の出来事に樹里たちは驚いた。
「俺たちが全部悪いんです!」
「『音楽ヤメロ』って楽譜を荒らしたのも俺らです」
「メンバーたちに脅迫状送ったのも俺らなんです」
「虎太郎くんを騙して閉じ込めたのも……」
 メンバーは口々に自分たちのした事を白状した。樹里たちはあまりのことに唖然とした。
「でも……何で?」
 樹里は目的が分からず尋ねた。
「俺たち、どうしても優勝したかったんです。……でも結局負けちゃいましたけど……」
 バンドコンテストは学校公認のオーディションみたいなものだ。もし優勝すればプロの道が開けるかもしれないと思ったのだろう。
 樹里は自分のバンドメンバーと顔を合わせた。目で会話をし頷くと、樹里たちは立ち上がり、三人の前に立つ。三人は恐怖の余り、顔を上げることができなかった。
「顔、上げて」
 樹里の意外な言葉に驚き、三人は思わず顔を上げた。
「確かにあなたたちがした事は間違ってる。でも……その気持ち、分からなくもない」
 樹里の言葉に、三人は顔を見合わせた。
「それにもう過ぎたことだし。こうして謝りに来てくれたし、ね」
 拓実が言を継ぐ。
「今度は正々堂々と勝負しようぜ」
 雄治がニッと笑った。その笑顔に、三人の良心がチクチクと痛んだ。
「ホントにすいませんでした!!」
 彼らは再び謝った。

「でもよく分かったね。あの人たちが犯人って」
 三人が帰った後、晴樹も打ち上げに参加し、恭一たちも片付けを終えてやってきた。
「あぁ。俺、変だと思って、コンテストの後で聞き込みしてたら、目撃者がいてさ。それで問い詰めたら、白状したってわけ。んで、樹里たちに悪い事したから謝りたいって言うから連れて来たんだ」
「そだったんだ」
 まさかこんなにあっさりと犯人が見つかると思わず、樹里たちは拍子抜けしていた。
「でも犯人分かって良かったな」
 晴樹がそう言って笑うと、樹里も笑顔になる。
「ありがとね。ハル」
 樹里がお礼を言うと、メンバーも口々にお礼を言った。
「ありがと」
「サンキュー」
「ありがとな」
「アリガト」
 全員に言われると、何だか照れる。
「俺が気になっただけだからさ」
 照れ隠しにそう言うと、雄治が意地悪く笑った。
「樹里絡みだからだろ?」
「うっ……」
 図星すぎて言い返せない。すると、涼が思い出したように樹里と晴樹を見やった。
「あ、そういや聞いたぞ。お前らやっと付き合い出したんだってな」
「やっとって……」
 気づかれていたのかと、晴樹は思わずツッコんだ。
「なんだ。お前ら、お互い気づいてなかったのか?」
 雄治が逆に驚いている。
「この二人の鈍さは異常」
 拓実が溜息をつくと、樹里と晴樹は顔を見合わせて、苦笑した。

 その頃、沙耶華は貴寛をある空き教室に呼び出していた。
「ごめんね。急に呼び出して」
「ううん。どした?」
 貴寛はいつもと変わらぬ笑顔で答えた。その笑顔が嬉しくもあり、何だか悲しくもある。
 沙耶華は深呼吸して、息を整えた。
「あ、あのね」
「うん?」
「あたし……貴寛の事……好きなの!」
「え?」
 思ってもみなかった告白に貴寛は驚いた。
「冗談、とかじゃなくて……?」
 沙耶華は顔を真っ赤にしながら頷いた。
 この瞬間、拓実が言っていた意味をようやく理解できた。
『一つだけ……どんなにがんばっても手に入らなかったものがある。俺が好きな人は、俺を見てはくれなかった』
 これは他でもない、沙耶華のことだ。
「あ……俺……」
 貴寛はどう答えていいか分からなくなった。すると、沙耶華が口を開く。
「分かってる。貴寛は樹里の事好きだって」
「……」
 沙耶華のその言葉に何も言えなくなる。
「でもどうしてもこれだけは言いたかったの。ずっと……ずっと前から貴寛の事が好きだった」
 沙耶華は自分でも驚くほど素直に気持ちを伝えられた。
「い、いつから?」
 貴寛は動揺しながら尋ねる。
「中学……かな? 貴寛だけだったの。ハルや拓実は別として……樹里とあたしを分け隔てなく接してくれたのって。皆はあたしのこと、樹里のお飾りみたいにしか見てくれなかった。だから怖くなって、こうやって眼鏡をかけなきゃ人と接する事ができなくなったの」
 貴寛は初めて聞かされる事実に驚きを隠せなかった。
 沙耶華がイジメに遭っていたのは何となく知っていたが、そこまで重症だとは思わなかった。
「今回の事件、樹里はいつも前向きに戦ってた。一度も逃げようとしなかった。……だから……今度はあたしが立ち向かおうって思ったんだ」
 沙耶華はかけていた眼鏡を外した。
「これをかけるのは……今日でおしまい。これがなくても人と接せれるようにならないといけないし、自分の気持ちを貴寛に打ち明けたいって……そう思ったの」
 いつもとは違う沙耶華に貴寛は驚き入っていた。
「でも……俺……樹里にあんなことしたのに……」
 誘拐、監禁のことだ。
「それだけ樹里のことを本気で好きなんだって思った」
「そっか……」
 意外な返答に拍子抜けする。
「ごめんね。困らせようとしてるんじゃなくて、ただあたしの気持ちを伝えたかっただけだから」
 俯いた貴寛に沙耶華は言葉を付け足した。すると、貴寛は何かを決意したように顔を上げた。
「沙耶」
「うん?」
 沙耶華を真っ直ぐに見る。沙耶華は目を逸らせたくなる気持ちを抑え、貴寛を見つめた。
「俺さ、本気で樹里の事好きだったんだ」
「……うん」
 それは十分すぎるほど分かっている。
「だからさ、簡単に気持ちは切り替わらないと思う」
「うん」
「それに……沙耶の事を好きになるって保証はない」
「うん」
 現実を突き付けられ、沙耶華の目線が下がっていく。
「だから、ごめん。沙耶の気持ちに応えられない」
「うん」
 分かっていたことだ。その答えは十分予想できた。
 だけど胸がギューッと締め付けられるほど苦しい。失恋って、こんなにも辛いんだ。
 沙耶華は込み上げてくる感情と涙を必死に飲み込んで、顔を上げた。
「ありがとう。……正直に言ってくれて」
「沙耶の気持ちは嬉しかった。ごめんな。応えられなくて」
 貴寛の言葉に、沙耶華は首を横に振る。
 今なら、恭一の気持ちがよく分かる。そう、きっと恭一も今の自分と同じように感じていたはずだ。
「これからも友達でいてくれる?」
 そう聞くと、貴寛は苦笑した。
「当たり前だろ」
 その言葉を聞けただけで、何だか嬉しい。
「じゃあ、俺もう行くな。生徒会の仕事残ってるし」
「うん。来てくれてありがとう」
 貴寛は首を振ると、「じゃあな」ともう一度言った。
「また、明日」
 沙耶華は精一杯の笑顔で貴寛を見送った。

『沙耶はちゃんと自分の気持ち言ったんだろ? だったら、傷つくってよりは、すっきりするんじゃないかな?』
 晴樹の言葉が蘇る。確かに今まで閉じ込めていた自分の気持ちを伝えて、何だかすっきりしている。
「だけどちょっと切ないかなぁ……」
「沙耶見っけ」
 ふと声がして、振り返ると、教室の入口に拓実が立っていた。
「拓実! どうしてここに」
「最後の見回りだよ。沙耶みたく空き教室でまだ残ってるヤツらを帰らせるためにね」
 生徒会長はそんなこともしなきゃいけないのかと沙耶華は思わず笑った。
「お仕事ご苦労様」
 沙耶華は自分の鞄を手に取り、入口にいる拓実に近づく。
「そういや沙耶、打ち上げに行かなかったのか?」
 拓実は生徒会の仕事のため中座したが、先程まで樹里たちが打ち上げをしていたはずだ。
「うん。ちょっとね……」
「そっか」
 拓実は何も聞かなかった。
 きっと気づいてるはずだ。目の端が赤いことも、何かあったことも。
 拓実はいつもこうして何も聞かないでいてくれる。だけど心配されていないわけではないのは、彼の空気で分かる。
 拓実と居ると、ホッとしている自分がいた。
「沙耶、一緒に帰るか?」
「拓実はもう仕事終わったの?」
 そう聞くと、拓実は優しく微笑んで頷いた。
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