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エピローグ

 街がオレンジ色に染まっていく。いつも見慣れた風景だが、今日は何だか違って見えた。それは、やはり失恋のせいなのだろうか?
 沙耶華は隣にいる拓実をチラリと見た。いつもと変わらないはずなのに、何だか違う人に見える。
 不意に沈黙が怖くなり、話題を探す。
「コンテスト優勝おめでとう」
「サンキュ。まぁ……練習してないのに優勝したっつーのも変な感じだけどな」
 沙耶華は気になっていることを聞いてみることにした。
「でも……戻ってきたかったんでしょ? 本当は」
 その質問に拓実は少し驚いた顔をしたが、間を置いて頷く。
「うん。樹里が一人で頑張ってたのは、知ってたし。こんなことでバンドを終わらせたくないって思ってた。だから皆で合わすことはできなくても、練習はしてたんだ」
 その言葉を聞いて、幾分かホッとする。やっぱりあのバンドは五人じゃなくちゃいけない。
「良かった」
「え?」
 沙耶華の呟きを思わず聞き返す。
「やっぱり『silver bullet』は五人じゃなきゃ」
 その言葉が嬉しくて、拓実は笑みが零れた。
「そうだな」
 その笑顔はいつもの拓実だった。
「そういや沙耶、眼鏡、外したんだな」
 そう言われ、何だかドキッとする。
「やっぱ……変?」
「何で? 眼鏡かけてない方が本来の沙耶だろ?」
 その言葉に安心した沙耶華は、突然総てをさらけ出したい衝動に駆られた。だけど、それでも拓実は受け入れてくれる気がした。
「あたしね、振られたんだ」
 突然の話題転換に、拓実は一瞬驚く。
「貴寛にか?」
 あまりにもあっさりと聞かれたので、沙耶華の方が驚いた。
「な、何で知ってんの?!」
 そう聞くと、拓実は意地悪く笑う。
「沙耶見てたら分かるよ」
「そんなに分かりやすいかなー?」
 沙耶華は思わず自分の頬を両手で覆った。
 晴樹にも見破られてたくらいだ。もしかしてすごく顔に出やすいのかもしれない。
「貴寛が樹里のこと好きだって、知ってたんだろ?」
 そう聞かれ、頷く。
「分かってたんだ。答えは聞かなくても。だけど、伝えたかった」
 ふと浮かんだのは、恭一の顔。彼だって、答えを聞かなくても分かっていたはずだ。
「何でまた急に?」
 一瞬答えをためらったが、沙耶華は口を開いた。
「恭一くんにね、告白されたんだ」
「え?」
 思わぬ言葉に、拓実は驚いた。恭一が沙耶華を好きだなんて、初めて知った。
「恭一って、吉岡だろ?」
 確認され、「もちろん」と頷く。
「恭一くんは、あたしが貴寛のこと好きだって、気づいてたんだ。だけどあたしに気持ちを伝えてくれた。だからあたしも、貴寛に伝えようって思ったの」
「そっか」
「そしたら見事に当たって砕けたってわけ」
 沙耶華は自嘲した。
「でも、後悔はしてないんだろ?」
 拓実の問いに、沙耶華は笑顔で頷いた。
「むしろスッキリした。不毛な恋はこれで終わり。新しい恋でも探そうっと」
 思い切り伸びをする。案外立ち直りが早いのかもしれない。
「じゃあ、俺にしとくか?」
「はいっ?」
 拓実の思わぬ一言に、沙耶華は驚いた。拓実はその様子を見て、クスクスと笑っている。
「ちょ、拓実! 何笑ってんのよ」
「別に?」
 そう言うが、明らかに面白がって笑っている。
「からかうの、やめてよね」
「俺が冗談でそんなこと言うとでも?」
 急に真顔になる拓実に、沙耶華の心臓が暴れ始めた。
「……っ!」
 今が夕方で良かったと思う。真っ赤になった顔をカモフラージュしてくれるから。
「まぁ長期戦は覚悟の上だから。沙耶も覚悟しとけよ」
 拓実はそう言って、意地悪く笑った。


 翌日の授業もなく、午前中のみ文化祭の片付けだ。
 晴樹は片付けが進む体育館を舞台袖から見ていた。劇のセットやバンドコンテストで使用した機材などが片付けられていく。
「どしたの? ハル」
 突っ立ってる晴樹に樹里が話し掛けた。
「何かあっという間だったなって……」
 そう言うと樹里が頷く。
「そだねー。いろんなことあったし」
「うん……」
 二人は一連の事件を思い出していた。
「でも解決してよかった」
 樹里がそう言って笑う。一番巻き込まれたのは、樹里自身だ。
「そうだな。あ、でも一つ気になるのが、樹里が感じたあの視線」
「あぁ」
 あれか、と樹里が頷く。
「推測だけど……あたしの勘違い。もしくは……」
「ベル役を勝ち取れなかった女子の恨み」
 にょきっと沙耶華が現れ、晴樹は心臓が止まるかと思った。
「うわっ。お前なぁ……」
「何よ?」
 神出鬼没過ぎるのも大概にしてもらいたい。
「沙耶の言う通りね。多分そうだと思う」
 樹里は全く動じず、沙耶華の意見に賛成する。
「樹里が勘違いするわけないしねぇ」
 沙耶華が笑うと、樹里が詰め寄る。
「沙耶。何が言いたいの?」
「そりゃあ……」
「何の話?」
 恭一たちが話に混ざって来る。どうやら彼らも仕事が一段落したのだろう。
「あぁ、事件の話」
 視線の、と晴樹は付け足しておく。
「あー、結局それだけ犯人分かんないんだよな」
「そうそう」
 要の言葉に沙耶華が頷き、続けた。
「で、樹里が自分の勘違いじゃないかって言うけど、それは有り得ないって話」
「え? なんで?」
 陽介が問う。そう言えば彼らはあの事を知らないのだと、晴樹たちは思い出し、沙耶華が口を開く。
「あぁ、知らなかったの? 樹里は……」
「危ない!」
 沙耶華が説明しようとすると、樹里が叫んだ。と、同時に沙耶華の真上に落ちてきた劇の小道具を蹴り落とす。
「うわっ」
 棚の上から落下してきた小道具は、樹里の見事な蹴りにより見るも無残な姿になっていた。
「これで分かった?」
 沙耶華が笑って三人を見やる。恭一たちはあまりの事に目が点になっていた。
「樹里は空手有段者なんだよ」
 晴樹が言葉を付け足すと、三人は自分の耳を疑い、一拍置いて驚いた。
「「「えええええええ!!!」」」
「空手だけじゃなくて武術ほとんどだけどね」
 樹里が満面の笑みで言うと、三人は固まった。
「おーい。大丈夫かぁ?」
 これで樹里のイメージはもろく崩れ去ったであろう。この三人の樹里のイメージは清楚可憐な大和撫子だったはずだ。
「あーあ。再起不能だ、こりゃ」
 沙耶華は三人を見てそう呟いた。


「ねぇ、ハル知らない?」
 放課後、樹里は晴樹を探していた。
「ん? いや、見てないよ」
 まだ教室に残っていた恭一たちが返事すると、樹里は眉根を寄せた。
「どこ行ったんだろ?」
「メールか何かしてみた?」
 陽介の問いに樹里は頷いた。
「したけど、返事なし。電話も電波か電源が切れてるの」
「そっか」
 成す術がなく、樹里は困り果てた。
「まいっか。とりあえずバンド練習行ってくる。ハル見かけたら連絡するように言ってくれる?」
「うん。分かった」
 三人が承諾すると、樹里は笑顔を向けた。
「ありがと。じゃあね」
 樹里は恭一たちと別れ、バンド練習に向かった。

「なぁ、要。お前、樹里ちゃんのこと諦めたのか?」
 恭一が何も話そうとしなかった要に問い掛ける。
「ハルが相手じゃどうしようもないよ」
 自嘲するように要が笑う。
「お前モテるんだから、いい子いるさ」
 陽介は要の背中をポンッと叩いた。
「サンキュ」
 要は寂しそうに笑った。

「あ……始まったか」
 晴樹は響いてきた音楽に気づいた。屋上で寝転がったまま、何となく携帯電話を取り出す。
「げっ。やべっ」
 携帯電話はいつの間にか電池が切れていた。仕方なく腕時計を見ると、一時を少し回ったところだった。
「一時か……」
 いつの間にこんな時間になっていたのだろう。十一時過ぎに学校が終わってから、樹里たちと昼食を食べた。
 その後、バタバタと忙しい樹里たちとは別に行動し、晴樹は屋上で寝転がった。
 青く広がる空を見つめながら、ずっと考えている。
 自分のやりたいことって何なのだろう?
 高三にもなって、まだ決まっていない進路に不安が募る。
 樹里や拓実たちはこのままプロデビューするのが目標だろう。沙耶華は服飾関係の仕事に就きたいと言っていたのを聞いたことがある。恐らく専門学校か大学に行くのだろう。
 でも自分は?
 何をしたいのかなんて今まで漠然としか考えたことがない。
 ずっと見つからない探し物をしている。自分に何が向いてるとか、何がしたいとか、よく分からない。
 ただ目の前に広がる雲一つない青い空を見つめて、溜息を吐いた。
「分かるわけねーよな」
 そう呟きながら、自分の髪をくしゃっと掴む。
「ハァ……」
 大きく溜息を吐くと、起き上がって屋上を後にした。

 階段を下り、樹里たちが練習している教室に向かう。
 教室の窓が空いていて、音が漏れてきた。晴樹は邪魔しないように廊下から見守った。
 歌ってる時の樹里は生き生きしているので、見ていて気持ちがいい。
 樹里の歌声に何度救われたろう? 心に響く声。
(あれ? これ新曲か?)
 今まで聞いたことがない曲だった。曲調はポップな感じだから、恐らく樹里が作ったのだろう。
「明日が見えないと肩落とす君 僕の手は君に届いてる?
 夢が見えないと嘆いてる君 僕が一緒に探してあげる
 一歩踏み出すのが怖いなら 手をつないで一緒に踏み出そう
 君が僕を助けてくれたように 今度は僕が君の力になろう
 明日が見えないなら 一緒に探そう
 二人ならきっと見つかるさ」
 晴樹はその歌詞にドキッとした。まるで自分に向けて歌ってくれているような錯覚をする。
 きっとそれは偶然なのだろうが、歌ってる樹里の笑顔に晴樹の心は癒された。

「あれ? ハル。いたんだ」
 一通り歌い終わった樹里は、廊下にいた晴樹に気づいた。
「うん。さっき来たんだ」
「なら入ってくればいいのに」
 樹里に言われ、ようやく晴樹は教室に入る。
「さっきの……新曲?」
 訊くと樹里は頷いた。
「うん。そだよ」
「樹里が作ったの?」
 そう聞くと、今度は複雑な顔をした。
「うー。やっぱ分かる?」
「アレンジが何となく……」
 晴樹の答えに、樹里は頬を膨らませる。
「むぅ」
「ハル、耳いいな」
 雄治が感心した。伊達に結成時から聞いていない。
「樹里、あの歌詞さ……」
「ん?」
 晴樹は気になったが訊くのをやめた。勘違いなら恥ずかしい。
「いや……何でもない」
「さーて。そろそろ上がるかぁ」
「早っ。まだそんなしてないじゃん!」
 雄治が伸びをすると、樹里がツッコんだ。
「だってこれからバイトなんだもんよぉ」
 雄治は勘弁してくれと目で訴える。仕方なく樹里も諦めた。
「あっそ」
「俺も生徒会の方顔出してくる」
 拓実も荷物を片付け始めた。
「二人抜けるんじゃしょうがないな。俺も帰ろ」
 涼もベースを片付け始める。
「じゃあ今日は解散だぁね」
 樹里は仕方ないと諦めた。晴樹も機材の片付けを手伝った。
「ハル、コタ、帰ろっか」
 樹里が二人に呼びかけると、二人は頷いた。

 三人が一緒に教室を出たると、沙耶華がやって来る。
「あれ? 練習もう終わっちゃった?」
「うん。みんな用事だって」
 樹里が返事すると、沙耶華の視界に虎太郎が入った。
「そっか。んじゃ、ちょとコタ借りるね。二人は先に帰ってて」
「え?」
 沙耶華に突然指名され、虎太郎は驚いた。
「コタ、ちょっと付き合って」
 そう言いながら、沙耶華は驚いている虎太郎の手を引っ張る。
「?」
 虎太郎は訳が分からず、沙耶華に連れ去られてしまった。
「何だったんだろう?」
「さぁ?」
 樹里と晴樹は二人を見送った。

「サヤ。どしたの?」
 二人と離れてから、虎太郎が尋ねる。
「二人きりにさせてあげよーと思ってね」
「あー、なるほど」
 その言葉で、虎太郎も沙耶華なりの気遣いだと気づいた。

「ハル、さっき何か言いかけたよね?」
「え?」
 帰り道、樹里から問い掛けられる。
「ほら、歌詞がどうって」
「あっ……えと……」
 まさかちゃんと聞いているとは思わず、晴樹は何だか焦った。すると、樹里はクスッと笑う。
「自分のことだと思った?」
「え?」
 図星だった晴樹が驚くと、樹里はまた笑った。
「当たり」
「へ?」
 晴樹は再び驚いた。
「ハル、悩んでたでしょ?」
「う……」
 見抜かれているとは、思わなかった。
「夢とか自分がやりたいことって、悩んで見つけるもんじゃないと思うよ?」
「うん……」
 樹里の言いたいことは何となく分かる。だけど悩まずにはいられない。
「あたしがこんなこと言うの、恥ずかしいけど……」
 樹里は少し躊躇い、晴樹の顔を見つめた。
「ダンスしてるときのハル、すごく生き生きしてて、かっこよかったよ」
「え……?」
 まさか褒められると思わなかった晴樹は、突然心臓が高鳴る。上手く思考が働かない。
「そ……かな?」
「うん。ホントにダンス好きなんだなぁって」
 確かにダンスは好きだ。元々体を動かすことが好きだからかもしれない。
「ハルはそっち方面に興味ないの?」
「ダンス?」
 聞き返すと、樹里は頷いた。
 興味がない……わけではない。ただ不安が大きい。
「俺にできるわけないよ……」
 思わず口をついて出たネガティブな言葉。
「やってみなきゃわかんないでしょ?」
 意外な樹里の言葉に、違う意味で胸が高鳴る。
 樹里の言うとおり、できるかどうかなんて、やってみなきゃ分からない。
「ありがと、樹里。俺、もう少し考えてみるよ」
 晴樹の言葉に樹里は笑って頷いた。

 翌日、晴樹は一人、学校の屋上で夕日を見つめた。
 一晩じっくりと考えた晴樹には昨日のような迷いはない。探し物が見つかったような、すっきりした気分だった。
「よし、がんばるぞ!」

 それからの時間はあっという間に過ぎていった。
 silver bulletのメンバーは文化祭の時にスカウトされ、現在はインディーズデビューのための準備をしている。
 晴樹は同じくダンスに魅了された恭一たちとダンスチームを組み、ダンススクールで基本を学びながらプロデビューを目指すことにした。

 そして樹里と晴樹が同じ舞台に立つようになるのは、もう少し後のお話。
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