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STAGE 6  文化祭  6-3

 沙耶華は上演が終わった劇の後片付けをしていた。午後からはコンテスト会場に変わるため、劇の道具を邪魔にならないように片付けなければならない。
「沙耶」
 名前を呼ばれて顔を上げると、目の前に恭一が立っていた。
「あ、恭一くん。片付け終わった?」
「うん。こっち終わった。何か手伝うことない?」
 聞かれ、沙耶華は首を振る。
「ううん。こっちも終わったから」
「そう」
 少しの沈黙の後、恭一が口を開いた。
「あのさ……ちょっといいかな?」
「うん。いいけど……。どうかしたの?」
 恭一が急に改まり、沙耶華も何となく緊張し始める。いつの間にか周りに人がいなくなっていた。
「俺、さ……」
 言葉に詰まりながら恭一は声を出した。
「沙耶のこと、好きなんだ」
「……え?」
 あまりにも突然な告白に、沙耶華は驚き、頭が真っ白になる。
「……あたし?」
 思わず聞き返すと、恭一は真っ赤な顔で頷いた。
 まさか告白されると思っていなかった沙耶華はどう返事すればいいのか、分からなくなる。
「俺じゃ……だめ?」
 恭一の切ない声を聞き、沙耶華は決心した。ちゃんと返事しよう。
「ごめんなさい」
 お辞儀をして謝ると、恭一は分かっていたのか、諦めたように笑った。
「やっぱりね」
「え?」
 恭一の意外な反応に、顔を上げる。
「知ってたよ。他に好きな人いるの」
「!」
 気づかれていた事に更に驚いた。
「沙耶は仁科が好きなんだろ?」
 そう言われ、沙耶華はこくんと頷いた。
「見てれば分かるよ。仁科が樹里ちゃんのこと好きだってことも、沙耶は気づいてたんだろ?」
 その言葉を聞いて、沙耶華の目に涙が溢れた。
 この人はちゃんと見てくれていた。樹里ではなく、自分を。どうして気付かなかったんだろう?
 沙耶華の顔を見て、恭一が苦笑する。
「泣くなよ。俺が惨めになるから」
 そう言われ、沙耶華は溢れ出しそうな涙を堪えた。
「沙耶に好きな人いるってのは分かってたけど、気持ちだけは伝えたかったんだ」
 恭一の言葉に頷く。恭一の気持ちは、痛いほどよく分かる。
「でもさ、樹里ちゃんにあんな事したのに……それでもやっぱり好きなの?」
 恭一が疑問を投げかけると、沙耶華は頷いた。
「それだけ……樹里の事好きなんだって思った。やった事は間違ってるけど……。好きな人に振り向いてもらいたいって言うのは分かるから……」
「そっか」
 沙耶華の答えに、納得したようだ。沙耶華と同じ様に、貴寛の気持ちもまた、よく分かる。
「伝えてよかった」
 恭一の意外な言葉に、沙耶華は俯いていた顔を上げた。
「沙耶はちゃんと本音言ってくれたし。このまま打ち明けなかったらモヤモヤがずっとあったと思う。ちゃんと本音言ってくれてありがとな」
 恭一の泣き出しそうな笑顔に、胸がチクリと痛む。
 樹里に振られた要と同じ状況だ。今なら樹里の気持ちが痛いほどよく分かる。
「ごめん、ね……」
 声を絞り出すように言うと、恭一はまた苦笑した。
「謝るなよ。惨めになるからさ」
 何を、どう言えばいいのか分からない。こんな時どうしたらいいのだろう?
 そう考えていると、恭一が口火を切った。
「こんな俺だけど、友達で居てくれる?」
「当たり前だよ」
 沙耶華が即答すると、恭一は笑顔になった。
「よかった。沙耶もさ。頑張れよ」
「え?」
 意外な言葉に驚く。
「仁科のこと、諦めんなよ」
「うん」
 恭一の応援に、沙耶華は笑顔で答えた。
「沙耶さ、眼鏡取ってみたら?」
「え?」
 突然のアドバイスに驚き、思わず眼鏡に手を伸ばす。
「花火大会ん時取ってたじゃん? そっちのがかわいいよ」
 恭一がサラリとそんな事を言うので沙耶華は照れた。
「もっと自信持ちなって」
 恭一の笑顔に、沙耶華は救われた。



「ハル!」
 突然呼び止められ、晴樹は振り返ると、樹里が慌てて走って来た。何だか切羽詰まった状況なのだと、樹里の様子で判断する。
「どした?」
 晴樹の傍まで来た樹里に問いかけると、少し上がった息を整えてから口を開いた。
「虎太郎見なかった?」
「コタ? いや、見てないけど」
 そう答えると、樹里は溜息を吐いた。困り果てて呟く。
「どこ行ったんだろ?」
「虎太郎、居なくなったのか?」
 晴樹の問いに樹里は頷いた。
「そうなの。もうすぐ本番なのに……」
「携帯は?」
 晴樹の問いに、首を振る。
「かけたけど留守電」
「じゃあ、コタの行きそうなとこは?」
 再び訊かれ、樹里は困惑した表情を浮かべた。
「分かんない……。練習用教室にも体育館にもいないのは確か」
 思いつく限りの虎太郎が行きそうな所はもう既に確認済みらしい。晴樹は少し考え、何かを思いついた。
「樹里、来て」
「え?」
 突然晴樹が走り出したので、樹里はその後を付いて行った。


 着いた先は、放送室だった。
「田中っ! 頼む。放送室使わせて!」
「はぁ? 何すんだよ」
 同級生の放送部員に頼み込む。樹里には晴樹の考えが何となく分かった。
「虎太郎がいなくなったんだ。今からバンドコンテストあるのに……」
「で?」
 晴樹が事情を説明すると、田中は目を細めて晴樹を見やる。
「放送で呼び出す」
「迷子のお知らせじゃないんだからさぁ」
 晴樹の返答に、脱力した。
「頼むって。樹里のためにも……なっ?」
 田中はその言葉に心が揺らいだ。後ろに樹里がいるのを今更確認する。
「わ、分かったよ。でも変な放送すんなよ?」
「分かってるよ。ありがと!」
 晴樹はそう言って、樹里を放送室に入れ、マイクの前に座らせる。
「虎太郎、呼びだすのは樹里しかできないからな」
 晴樹の言葉に頷くと、田中がGOサインを出した。放送を始める。
「突然の校内放送失礼します。三年の藍田樹里です。うちのバンドメンバーである虎太郎が見つからないので、校内放送で呼びかけたいと思います」
 そして一旦呼吸を整えた。
「Kotaro! Where are you? Comeback here! Right now! Everyone wait for you! Without you,we can't play!」
 まくしたてるように英語でそこまで言うと、もう一度呼吸を整える。
「……失礼ついでに皆さんにもお願いします。もし虎太郎を見かけたなら、体育館に行くように言ってあげてください。皆さんのお越しを、体育館でお待ちしております」
 樹里はちゃっかりバンドコンテストの宣伝もした。
 放送が無事に終わると、樹里は田中に笑顔を向けた。
「田中君、ありがと」
「え? あぁいやぁ……お安い御用だよ」
 樹里にお礼を言われ、田中は照れている。
「田中、サンキュな。樹里、戻ろう」
「うん。ありがとね!」
 二人は放送室を後にした。


「樹里、何て言ったんだ?」
 何となく言ってた意味は分かったような気はするのだが、早口だったので、きちんと聞き取れなかった。
「『虎太郎、どこにいるの? 今すぐ戻って来なさい。皆待ってるんだよ? 虎太郎がいなきゃ演奏できないよ!』って言ったの」
「なるほど」
 樹里が英語で放送したのは、虎太郎はやはり英語の方が理解しやすいからだった。
「あ」
「どした?」
 急に叫んだ樹里に驚く。
「携帯鳴ってる……」
 樹里は着信の相手を確認し、慌てて電話に出た。
「もしもし? 今どこ?」
 樹里は電話の相手から何かを聞くと、顔つきが変わった。
「分かった。すぐ行く」
「何?」
 樹里が電話を切ると、電話の内容が聞こえていなかった晴樹が尋ねる。
「虎太郎が見つかったんだって」
 見つかったにしては、樹里の顔がやけに険しい。
「どこにいたんだ?」
「一昨日あたしがいたとこ」
 樹里の言葉でどこの場所なのかがよく分かった。
 二人は急いで現場に向かった。
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