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STAGE 6 文化祭 6-2
「やるねー。ハル」
「沙耶!?」
晴樹は心臓が飛び出るほど驚いた。いつの間に隣にいたんだろう? 沙耶華はいつも神出鬼没で困る。
早くなった心臓を落ち着かせ、口を開く。
「ホントは皆戻りたかったんだろうけど、キッカケがなかったのかもな」
晴樹はステージの五人を見やった。やっぱりこの五人が揃うと、しっくりくる。
「そのこともだけど、樹里の事もね」
沙耶華の言葉に、さっき樹里にキスされたことを思い出してしまい、一気に顔が真っ赤になる。
「ちゃんと言ったんでしょ? 樹里に」
沙耶華の確認に晴樹は頷いた。
「言ったでしょ? 『成せば成る。成さねば成らぬ何事も』ってね」
「何だよ。それ」
そう言えばそんなことを言っていた。だけど、沙耶華の言い方はいつも含みがあるので、真意が掴めない。
「拉致られた樹里を助け出すなんて、普通できないよねぇ」
そう言われ、晴樹は慌てた。
「たっ、たまたまだろ! それに、沙耶や恭一がいなかったら、助け出すなんてできなかったよ」
そう言うと、沙耶華が笑う。
「でもよかったじゃない。これで晴れて恋人になれたんだから」
沙耶華は意地悪く、晴樹を小突いた。
「っるせ」
晴樹は照れてしまい、言い返すことができなかった。
樹里たちは今まで練習していなかったにもかかわらず、予選を見事に突破した。
放課後、樹里とバンドメンバー、晴樹と沙耶華とダンスメンバー、それに貴寛も練習用教室に集まっていた。突然四人が来なくなった経緯を聞くためだ。
「じゃあ、誰かに脅されたってこと?」
メンバーの話を聞いた樹里が確認するように聞き返すと、四人は頷いた。
「『これ以上樹里に関わると、樹里の命がないぞ』みたいな脅迫文だった」
拓実が思い出しながら説明を加える。
「何よ……それ……」
樹里は怒りのせいか、コップを持つ手が震えている。
「まさか俺以外のメンバーも脅されてたとはな……」
涼が溜息を吐いた。
「結局、犯人分かってないんだろ?」
貴寛が確認すると、脅されていた四人が頷く。ちなみに彼の所業は、この場にいる皆に告白し、謝罪した。
「誰が書いたかなんて、もう分かんないだろ」
時間が経ち過ぎているため、拓実は諦めていた。
「まぁ、そうだな」
貴寛も溜息を吐く。
「何でこんなことになったんだろ……」
樹里が今更ながら考える。
「ボク、ジュリがアブナイって思ったから……」
虎太郎が泣きそうになっていた。雄治や涼も頷いた。
「ココが荒らされた時、樹里が狙われてるかも……みたいな話になっただろ? それで……もしかしたら今度はホントに襲ってくるんじゃないかって……」
拓実が虎太郎の言葉に付け足す。
確かにそうだ。晴樹がもしメンバーだったら警戒して近づかないようにするかもしれない。
「一番これに踊らされたな……」
涼が言うと、一同頷いた。
「犯人が分かんなかったら手の打ちようがないし……」
沙耶華が溜息を吐く。もしこの脅しが本当なら、コンテストに出た時点で犯人の怒りを買っているに違いない。
「とにかく、もし今後同じような事があっても、俺たちはもう絶対樹里を一人にしないから」
拓実が樹里に宣言すると、他の三人も力強く頷いた。
「うん。こんな脅しで負けるようなあたしたちじゃないんだって、犯人に分からせなきゃ」
樹里の力強い言葉に、一同頷いた。
そして文化祭当日。今日はバンドコンテストとダンスコンテストの決勝があるが、その前に晴樹のクラスの出し物、ミュージカル『美女と野獣』が行われる。
晴樹は裏で雑用係として舞台袖から樹里たちの演技を見守っていた。
昨日、リハーサルを見たはずなのに、樹里の歌に惹き込まれる。それはきっと観客たちも同じだろう。
「樹里って演技もできるのよねぇ」
隣から聞こえた呟きに、晴樹は驚いた。
「沙耶。お前、神出鬼没過ぎてこえーよ」
「失礼ね」
いつの間にか隣に立っている沙耶華に、晴樹はいつも驚く。
「ハマリ役だよね。樹里」
沙耶華はステージに視線を戻した。
「うん」
「今更、野獣の役がやりたいんじゃないの?」
沙耶華が意地悪く笑う。
「なっ、そんなことっ」
「あるくせにぃ」
沙耶華は腕で晴樹を小突いた。樹里と付き合い始めてから、沙耶華が余計意地悪になった気がする。
「お前だってベルの役やりたいんじゃないのかよ」
「あたしは……」
晴樹も意地悪く返すと、少しの間が開いた。
「あたしがベルみたいな華やかな役、できるわけないじゃない」
沙耶華の言葉に、晴樹は悲しくなった。
いつも樹里の影にいるような沙耶華。それもこれも中学の時のイジメが原因だ。沙耶華がいじめられた原因は、その髪だった。色素の薄い茶系の髪に、綺麗にかかった天然パーマ。
疎ましく思った同級生の女子たちが、沙耶華をいじめた。いつもそれを助けていたのは、他でもない樹里だった。
樹里もまたイジメの対象になったが、性格の違いなのだろうか、沙耶華とは逆にいつも立ち向かっていた。
樹里と沙耶華が仲がいいのは、ただ幼馴染だから、というだけではないようだ。
「ハル。もうすぐ出番だよ」
沙耶華に声をかけられ、晴樹は急いで次のセットの準備をした。暗転した少しの間に一部のセットを変える。
劇はクライマックスに差しかかる。
「愛してるわ……」
樹里の迫真の演技に観衆が涙する。
そしてリハーサル通り、魔法が解ける演出が成功し、拍手が沸き起こる。
野獣の被り物を脱ぎ捨てた貴寛は、樹里を抱きしめた。
その瞬間、舞台袖で見ていた晴樹はかなりの嫉妬を覚える。
(抑えろ……。樹里は俺を好きって言ってくれたんだから……)
晴樹は必死で自分の気持ちを落ち着けた。目を逸らさずに、二人の演技を見守る。
そしてキスシーン。
「あ!」
晴樹は思わず声を出してしまった。
今のは、絶対した!
「今の……した……?」
一緒に見ていた沙耶華も呆然としている。
「した……よな?」
舞台袖の晴樹たちの位置からしっかり唇と唇が触れたのが見えた。樹里は一瞬驚いた顔になったが、何とかそのまま芝居を続ける。
観衆の割れんばかりの拍手を受けながら、幕が下りる。
「お疲れー」
「お疲れ様ー」
舞台袖に戻ってきた役者陣をクラスメートが迎える。
晴樹は居ても立ってもいられず、貴寛の前に立った。
「貴寛!」
「おう。ハル。お疲れ」
ノンキに言う貴寛に、晴樹はキレた。
「お疲れじゃねー。お前! 樹里にキスしたろ!」
晴樹の言葉に見えていなかったであろう他のクラスメートがざわめく。
「あー、あれね。事故じゃん?」
悪びれもせずあっさりと言う貴寛に晴樹は堪忍袋の緒が切れた。
「どこが事故だよ! 絶対狙ってやったんだろ!」
そう言うと貴寛は不敵に笑った。
「だとしたら? 言っとくけど、俺はお前なんか認めねーからな」
「んだよ、それ!」
貴寛の言葉に殴りかかろうとすると、誰かに止められる。
「樹里!」
見ると、樹里が晴樹の腕に絡みついていた。
「何やってんのよ? 皆見てるでしょ」
「だって! こいつ、キス……」
最初は意気込んでた晴樹も樹里の顔を見て、冷静さを少し取り戻す。
「それで怒ってたの?」
貴寛とのやり取りを聞いてなかった樹里は、それでようやく喧嘩の原因を知る。晴樹が頷くと、樹里は呆れたように笑った。
「バカね。あれは芝居でしょ」
そう言われても納得できるハズがない。自然と視線が下がってしまう。
「ハル」
呼ばれて顔を上げた瞬間、樹里の唇が晴樹に当たる。
「あ!」
この樹里の行動に周りの方が驚く。
「これで満足? さーってと歌でも歌ってこよーっと」
樹里はマイペースにそう言ってその場を去って行った。
晴樹は驚きのあまり、その場に立ち尽くしていたが、その様子を見ていた周りのクラスメートが黙ってはいなかった。
「おい! ハル、どういうことだよ!!」
「何? 樹里ちゃんとそう言う関係?」
「水臭いなぁ。何で言ってくれないんだよぉ」
晴樹はあっという間にクラスメートに囲まれてしまった。
貴寛が何も言わず、その場を去って行ったのが見えた。
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