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STAGE 6 文化祭 6-1
翌日は文化祭前日。今日は明日の文化祭の準備のみが行われる。
今までに少しずつ準備を進めていたので、午前中は文化祭の最終的な準備、午後からは前夜祭が行われた。
前夜祭では明日のダンスコンテストやバンドコンテストの予選が行われる。
晴樹たちは余裕でダンスコンテストの予選を突破した。
ちなみに要が昨日突然消えたのは、バイトに入っていたことを忘れていて、急いで向かったためだったらしい。昨晩、晴樹と恭一に謝罪のメールが入っていた。
「ハルたち、おめでと」
予選を突破した晴樹たちに沙耶華がお祝いを言いに来た。
「サンキュ。あれ? 樹里は?」
姿が見えない樹里が気になり、晴樹が問う。
「一人でバンドコンテスト出るみたいよ?」
ダンスコンテストの後、バンドコンテストが行われる。樹里はもう準備をしているんだろうか?
「ハル。気になったんだけどさ」
「ん?」
沙耶華に話を振られ、晴樹は片付けながら返事する。
「あんた、樹里の告白の返事したの?」
その言葉に晴樹は持っていたCD-ROMを落とした。
「ハル! 割れるだろがっ!」
恭一に怒られるが、晴樹はそんな事は耳に入っていない。それどころじゃない事態に慌てる。
「ヤベ……。舞い上がっててしてねぇ……」
「あーあ。知ーらない」
やっぱりという顔で沙耶華が呆れた。
「早く返事して来い」
恭一が晴樹の背中を押す。
「樹里ならまだ練習教室にいると思うよ」
沙耶華の言葉に晴樹は急いで教室に向かった。
「樹里!」
いつもの練習用教室の扉を勢いよく開けると、意外と入口の近くにいた樹里が驚いてこちらを見た。
「びっくりした。ハル、どしたの? 息切らせて」
樹里はギターをケースに片付けながら訊く。
「あのさっ。昨日の……」
晴樹が言葉に詰まると、樹里は昨日の誘拐事件を思い出した。
「昨日? ありがとね。助けに来てくれて」
樹里がお礼を言うが、晴樹はそのことじゃない、と首を振る。
「俺も樹里の事が好きだ!」
そう叫ぶと、樹里は突然の事に固まった。次の瞬間、ホッとしたのか極上の笑顔に変わる。
「なーんだ。それならそうと早く言ってよ」
樹里はそう言いながら近づき、晴樹を小突いた。
「すっごいドキドキしたんだからね。ハル、何も言わないし。ひょっとしてあんなとこで告ったから迷惑だったのかなとか色々考えたんだから」
樹里がプンプンと怒る。それさえもかわいく見える、なんて言ったら、また怒るだろうか?
「ごめん……」
そう言い終わらないうちに、突然樹里が抱き付いてきた。何が起こったか分からず、混乱する。
「え? え?」
樹里は晴樹の胸に顔を押しつけたまま、静かに口を開いた。
「ハル……。ギュってして」
「え?」
突然の事に、まだ状況が分からない。
とりあえず言われたとおり、手を伸ばして、樹里を抱きしめた。
昔は変わらなかった背も、晴樹はいつの間にか樹里を追い越していた。肩に樹里の髪が触れる。全身の血流が一気に上昇して、熱くなる。
今、抱きしめていることが、夢のようで、全く現実味がない。
晴樹の身体に巻きついている細い腕が強くなる。それに比例するように晴樹も樹里を強く抱きしめた。
折れてしまいそうな華奢な体なのに、どうして樹里はこんなにも凛としているんだろう? 無理ばかりしているのだと思えてならない。
「ありがと」
泣き出しそうな声で呟くのが聞こえた。
「うし。充電完了」
そう言って樹里は晴樹から離れた。
「充電?」
思わぬ言葉に晴樹が聞き返すと、樹里は笑顔で頷いた。
「あたしの元気の源はハルなんだよ」
そう笑った樹里を今まで以上に愛しく思う。
「ハル、ダンスコンテスト予選突破おめでと」
「ありがと」
予選突破したことは校内放送ででも聞いたのだろう。
「今度はあたしの番」
そう言ってギターケースを背負う。
「持とうか?」
「大丈夫」
差し出した手を、樹里は断った。その代わり、晴樹をじっと見つめた。
「ねぇ、ワガママ言ってもいい?」
「何?」
我儘なんて初めてだと思いながら訊くと、意外なことを言われる。
「目、つぶって」
それのどこが我儘なのだろうと思いながら、晴樹は目を閉じた。
するとその瞬間、唇に樹里の体温が伝わる。驚いた晴樹は思わず目を開けた。
目の前には満足そうな樹里の笑顔。
「行ってくるね」
そう言うと樹里は教室を出て行った。
晴樹は驚きのあまり、固まって動けなかった。
バンドコンテストの予選の順番はくじ引きで決められる。樹里はクジで、一番最後になった。
(最後か……)
今年で三回目だが、トリは初めてなので、緊張が増す。気持ちを落ち着けるように、ギターの調律を始めた。
「樹里」
名前を呼ばれ、顔を上げると目の前に貴寛が立っていた。
「昨日はマジでごめん」
頭を下げ、謝罪する。
「もういいって」
樹里は笑って許した。反省もしているようだし、分かってくれたのならそれでいい。
「ホントに……一人……なんだな」
貴寛は周りを見て呟いた。樹里のバンドメンバーが誰一人としていない。樹里は苦笑しながら頷いた。
貴寛は先程まで一緒にいたはずの拓実を思い出し、溜息が漏れた。
「拓実はどっか行っちゃうしな……。どんな事情かは分かんないけどさ。頑張れよ」
それしか言葉が出てこない。樹里は相変わらず笑顔を向けた。
「ありがと。精一杯歌うよ」
樹里の言葉に、貴寛は笑顔で頷くと、自分の持ち場に戻って行った。
その頃、晴樹は一人で校内を駆け回っていた。前夜祭でもあるコンテストは一応全校生参加しなければいけないのだが、中には数人サボっている者もいる。
「コタロー!」
ようやく見つけた虎太郎を捕まえると、有無を言わさず連行する。
「雄治!」
自分のクラスで昼寝をしていた雄治も無理やり連れ出す。
「おい。どこ行くんだよ」
「るせー。付いて来い」
いつもと違う晴樹の気迫に負け、二人は黙って晴樹に付いて行くことにした。
行き着いた先は体育館。現在、バンドコンテストを開催している。
晴樹たちが入って来た時には、ほとんどの順番が終わり、最後、樹里の番だった。
ステージに出てきた樹里を見て、虎太郎と雄治は顔を見合わせた。バンドコンテストなのに、樹里は一人でステージに立っている。
「どもー。『silver bullet』です。と、言いたいとこなんですが、諸事情のため今回はあたし一人で参加させていただきます。よろしくお願いします」
樹里が一礼すると、会場は盛り上がった。
樹里はアコースティックギターをかき鳴らす。
『君と見たあの景色 僕は忘れないよ
どんなに遠く離れても 僕はここにいるよ
いつでも君を想ってる いつまでも待ってる』
樹里の今現在の想いを綴った歌詞に、雄治と虎太郎は胸が押し潰されそうだった。
すると、晴樹が口を開いた。
「なぁ。何があったのか知らないけど、もう樹里を一人にしないで欲しいんだ」
晴樹の呟きに雄治と虎太郎は再び顔を合わせた。
「あいつが強がりなの、お前らよく知ってるだろ?」
晴樹の言葉に二人は頷くと、急いで舞台裏に回った。
拓実は舞台の袖から樹里の姿を見ていた。
「我慢してないで行けば?」
後ろから貴寛に囁かれ、ドキッとする。
「事情は知らないけど、樹里、一人でも歌い続けるって言ってたぞ。いつか戻って来てくれるって信じてるって」
貴寛の言葉に拓実の心が揺れる。
その時、虎太郎と雄治が舞台袖にやって来た。
「拓実」
雄治が声をかけると、拓実は振り返る。
「雄治。虎太郎も……」
三人は顔を見合わせ、ようやく事態を把握した。
「俺の事、忘れてないか?」
「涼。どうして?」
ひょっこりと現れた涼に三人は驚いた。
「参ったよ。昨日バイト先にハルが来てさ。散々説教された」
涼が苦笑すると、四人は顔を見合せて笑った。
昨日、別行動で帰った晴樹は涼のバイト先のコンビニに鬼のような形相でやってきた。
「樹里は一人で今戦ってる。涼は樹里の仲間だろ? 何で来なくなったのかは知らないけど、もう樹里を一人にしないでくれ! ……樹里はたった一人でも歌い続けるって言ってた。樹里、絶対みんなに戻ってきてもらいたいって思ってるんだ。明日のコンテストも一人で出るって……。だから……もし今もまだ樹里と一緒に音楽やりたいって思ってるなら、明日来てくれ」
晴樹はそれだけ言うと帰って行った。
その言葉に、もうこの際、OBだからとか、ダメだと言われてるからだとかは考えないことにした。
樹里が一曲歌い終わると拍手と共にざわめきが起こった。後ろで物音がしたので、樹里が振り返ると、メンバーがスタンバイして微笑んでいた。
「み……んな……」
驚きが隠せない樹里だったが、次の瞬間、笑顔に変わる。
「えっと。何かメンバー揃っちゃったんで、次のナンバーは五人でお送りします」
樹里の言葉に、会場全体が盛り上がった。
「それでは聞いてください。『ブラックコーヒー』」
そしてライブが始まる。
もはやコンテストではなくなっている気がするが、そこは気にしないことにした。
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