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STAGE 5  誘拐?  5-4

 その頃、気絶させられていた樹里はようやく目を覚ました。
(ここは?)
 薄暗くてよく分からない。立ち上がろうとして、ようやく気づいた。手を後ろで縛られている。
(何これ?)
 全く状況が飲み込めない。何でこんな状況になっているのだろう?
 身体を動かしてみたが、身動きも取れない。手を柱に回され、丁寧に縛られていたのだ。
 樹里はゆっくり思い出してみた。
(えーっと……。確か着替えて、トイレに行って……)
 その後の記憶がない。
 樹里はトイレから出てきたところを襲われたのだ。
 いつもだったら気配を読むことができるのに……。マヌケな自分が情けなくなる。
 今一体何時だろう? 沙耶華や晴樹が待っているはずだ。いや、もしかしてもう帰ってしまっただろうか?
 樹里がそんな事を考えているとドアが開いた。
「やぁ。目、覚めた?」
 顔はよく見えないが、その声に聞き覚えがあった樹里は驚いた。
「何で? 何であなたがこんな事……?」
 樹里がそう言って叫ぶと、男は口を開いた。
「ホントはこんな手荒な真似、したくなかったんだけど。俺はね、ずっと前から樹里の事好きだったんだ」
 男はゆっくりと樹里に近づく。
「何それ……? だからってこんなこと……。間違ってるよ!」
 樹里が叫ぶと、男は苦笑いを浮かべた。
「分かってるよ。でも、樹里が俺を全然見てくれないから、仕方がなかったんだ。あいつにもムカついてたしね」
「あいつって……?」
 寂しそうにそう言った男に、樹里は問いかけた。


 晴樹と沙耶華と恭一の三人はその場所に向かって走っていた。
 唯一誰にも見つからない場所。
 それは体育館裏の倉庫だ。そこは使われなくなったものが置いてある、言わば廃材置き場である。
 人間を校内に、誰にも見つからないように隠すとしたら、そこしか考えられない。
 倉庫が視界に入った時、窓に人影が映った。
「誰かいる!」
 見つけた沙耶華が叫ぶと、三人は急いで倉庫に向かった。


「あいつって?」
「教えて欲しい?」
 その言葉に樹里は素直に頷いた。
「拓実だよ。あいつと付き合ってるんだろ?」
 思いもよらない名前に、樹里は一瞬固まる。
「え? 何言ってるの? あたしが好きなのはっ……」
 樹里が否定しようとしたが、男は樹里の頬に触れ、顔を近づけてきた。
 その時、ドアが勢いよく開く。
「樹里!」
「ハル!」
 現れた人物の名を叫ぶ。
「チッ」
 男の舌打ちが樹里に聞こえた。
 倉庫に入って来た晴樹は樹里に近づいている男に気付き、駆け寄って来る。
「何やってんだよ。離れろ!」
 晴樹が男を突き飛ばした時、恭一が入口近くにある倉庫内の電気のスイッチを入れた。
 薄明かりの中、男の顔が浮かび上がる。
「ウソ……」
 入口にいた沙耶華は我が目を疑った。もちろん、晴樹と恭一も同じだ。
「何でお前が……? 何で貴寛がココにいるんだよ!?」
 思ってもみない展開に全員、頭が真っ白になる。
 ふと縛られている樹里に気づいた恭一が縄を解いた。
「動機は……嫉妬、かな?」
 自嘲しながら、貴寛が自白を始める。突き飛ばされ、地面に尻餅をついたまま、口を開いた。
「拓実は……いつも首席成績で、校内の人気者。顔も運動神経もいい。いっつも俺は二番だった」
 貴寛は自分の両腕を抱いた。震えた声で真相を話す。
「ずっとどうやったら拓実に勝てるんだろうって、そればっかり考えてた。そんな時、衣装がボロボロにされる事件があった。俺は何となく犯人は分かってたんだ。俺のファンクラブとか言ってる女子が樹里への嫉妬であんな事したんだろうって。それで……思いついたんだ。文化祭ができなくなったりしたら、拓実の評判が落ちるって。だから手始めに自分のクラスのセットを壊した」
 晴樹は貴寛の名前が名簿に載っていなかったことを思い出し、疑問が沸く。
「でも……鍵は?」
 そう聞くと、貴寛は鼻で笑った。
「そんなの……放課後に、職員会議して蛻の殻になってるときに堂々と拝借したんだよ」
 生徒会長の拓実と副会長の貴寛だけが、鍵が入ったボックスの番号を知っていると言っていたことを思い出し、納得する。
「その次に拓実のクラスの衣装もボロボロにした。でも……気づいたんだ。こんなことしても意味ないって……。衣装だってセットだって作り直せば済んでしまう。だから辞めたんだ」
 それから衣装やセットが壊されなくなったのは、貴寛が辞めたからだろう。
「それ以降、貴寛は何もしてないんだな?」
 晴樹が確認すると、貴寛は苦笑した。
「今日樹里を誘拐したくらいかな?」
 沙耶華と恭一、晴樹はそれぞれ顔を見合わせた。
「今日、あたしを誘拐したのは何のため?」
 樹里が聞くと、貴寛は俯いていた顔を上げた。
「我慢できなかったんだ。今日のリハで、樹里を抱きしめたとき、絶対離したくないって思った。このまま拓実の所に行ってしまうのが嫌で……」
 貴寛の言葉に晴樹たちは首を傾げた。何故拓実の名前が出てくるのか、理解できない。
 そこで樹里は、ようやく貴寛の言葉を訂正した。
「貴寛。誤解があるみたいだから言っておくけど、あたし、拓実とは付き合ってないよ」
 驚いた貴寛は、樹里を見詰めたまま固まった。
「ついでに言うと、拓実とは一ヶ月近く話してない」
「え? バンドは?」
 その反応に、晴樹たちはメンバーとの不和と貴寛は無関係だと気付く。
 樹里は貴寛に事情を説明した。
「急に……?」
 貴寛の問いに樹里は頷いた。
「でも……あたしが歌い続ける事には変わりないから。あたしが歌い続けていればいつか必ず戻って来てくれるって……そう信じてる」
 樹里は力強く言葉を付け足した。
「強いな。樹里は」
 貴寛はそう言って目を細めた。
「それから、もう一つ」
「え?」
「あたしの好きな人は……」
 樹里の思いがけない言葉に晴樹は生唾を飲み込んだ。その時、突然樹里が腕を絡ませてくる。
「ハルだよ」
「「え!?」」
 思ってもみない言葉に晴樹と貴寛は驚いた。沙耶華は当然知っていたし、恭一も薄々は感じていたので、さほど驚かない。
「だから拓実とは全然関係ないの」
「そっか」
 貴寛は力なく笑った。自分の思い違いに、ようやく気づいたようだ。
「えーっと、樹里サン?」
 一方の晴樹は混乱していた。絡まる腕に意識しすぎて、体温も次第に高くなってくる。
「ん?」
「今のは……ホントデスカ?」
 思わず確認してしまう。
「ここで嘘言ってどうすんのよ」
 樹里は照れながら怒った。晴樹は嬉し過ぎて、どう反応していいのか分からない。
 樹里は晴樹から手を離し、まだ座り込んでいる貴寛に向き直った。
「とにかく! 貴寛、もうバカな事考えないでよね」
 樹里が念押しすると、貴寛は素直に謝った。
「分かってる。ホントごめん」
 反省しているようなので、それ以上何も言わないでおく。
「分かったんならいいよ」
 一件落着のようなので、恭一が声をかける。
「んじゃ、帰ろうか?」
 その言葉に、晴樹以外が頷いた。
「わりぃ。俺、寄るとこできた」
「え?」
 晴樹の意外な言葉に樹里たちは驚いた。
「先、帰ってて」
 晴樹はそう言うと、皆と別れて、ある場所へ向かった。
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