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STAGE 5  誘拐?  5-3

 教室に戻ると既に二人は戻って来ていた。
「ハル。これ」
 沙耶華が差し出したハンカチは、見覚えのあるハンカチだった。樹里のお気に入りのハンカチで、晴樹は何度もこれを目にしている。
「樹里の……」
 晴樹はそれしか声が出なかった。今まで考えていた事に自分で混乱する。
「なぁ……。俺、考えてたんだけどさ……」
 不意に恭一が口を開く。
「樹里ちゃん、誰かにさらわれた、なんてないよね?」
 晴樹は驚いた。自分も恭一と全く同じ事を考えていたのだ。
「俺も、実はそう考えてた」
「でも樹里に限って……」
 沙耶華が否定しようとする。樹里にはアレがある。
「とりあえずさらわれたと仮定して、誰が犯人なんだ?」
 晴樹が二人に問いかけると、二人は考え込んだ。答えなんてすぐに出るはずがない。
 晴樹は自分の考えを二人に話すことにした。
「なぁ。俺さ、思ったんだけど、数ヶ月前に変な事件あったろ?」
 晴樹の言葉に二人は思い出して頷く。
「セットや衣装がぼろぼろにされた事件?」
「そう」
 沙耶華の問いに晴樹は頷いた。
「それと関係あるんじゃないかって思うんだ。もしさらわれたのだとしたらな」
 その言葉に二人は困惑する。そんな前から繋がっているなんて、思ってもみなかったのだ。
「前に樹里は『自分がターゲットなんじゃないか』って言ってた。自分を狙った犯行じゃないかって」
 沙耶華は楽譜がばら撒かれた時の樹里の言葉を思い出した。晴樹は言葉を続ける。
「もしそうだとしたら今回樹里がいなくなったのも納得行くかなって」
 晴樹はそう仮定したものの、心のどこかで否定していた。本当はこんなこと考えたくもない。
「だとしても犯人は? 目的は樹里だとして、犯人は誰?」
 沙耶華の声は今にも泣きだしそうだった。
 すると今まで静かに聞いていた恭一が、パニックになりそうな沙耶華の肩を叩いた。
「ちょっと整理してみよう」
 恭一は黒板に向かい、白のチョークを取った。
「まず衣装がめちゃくちゃにされていた」
 そう言いながら恭一は黒板に簡単にメモをする。
「次はセットがめちゃくちゃにされてた」
 沙耶華が言うと、恭一はその隣にメモをした。
「それからすぐに新藤のクラスの衣装もめちゃくちゃにされた」
「あ、その頃、樹里が変な視線を感じたって言ってた」
 恭一の言葉に晴樹が続く。恭一はそれも書いた。
「夏休みに入って、夏休みの後半に、練習用の教室が荒らされた」
 沙耶華が思い出しながら言う。
「その数日後から樹里以外のバンドメンバーが来なくなった」
 晴樹は自分の発した言葉で、胸が痛んだ。
「その間に要が樹里ちゃんに告ると」
「それ、関係ないだろ……」
 恭一が突然事件とは無関係な事を言うので、晴樹は思わずツッコむ。
「まぁ、分かりやすくていいじゃん?」
 悪気なくそう言いながら、黒板に黄色のチョークで書く。
「それ書くんなら、あたしと樹里の喧嘩ってのも入れないと」
 沙耶華が苦笑する。
「へ? 喧嘩してたの?」
「あたしが一方的にね。もうとっくに解決したけど」
 沙耶華はそう言って笑った。恭一はそのことも黄色のチョークでメモした。
「こんなもんか。んで、今日の樹里ちゃん失踪っと」
 最後に付け足す。ざっと見ても、犯人の目的が全く分からない。
「……全然分からないな」
 晴樹の呟きに、二人も頷いた。
「とりあえず一つ一つの事件で怪しい人を搾り出してみよう」
 恭一が提案する。まず最初の事件を思い出してみた。
「まず衣装がめちゃくちゃにされた事件。……うーん。アリバイない人って言っても当時も分かんなかったんだよなぁ」
 恭一は頭を抱えた。容疑者は不特定多数いるのだ。
「俺が怪しいって思ったのは、貴寛のファンクラブの女子。ベルの……樹里の衣装だけが妙にボロボロだったからさ」
 晴樹の言葉に沙耶華も頷いた。
「うん。他の衣装はそうでもなかったんだけど、樹里の衣装だけ修復不可能だったから最初から作り直したの」
 沙耶華の言葉に恭一は事件の隣に赤チョークで怪しい人物を書いた。この場合複数なので『貴寛ファンクラブ』と一まとめにしておく。
「次はセット破壊事件」
 恭一はメモをしているところを持っていた赤チョークで指した。
「これの容疑者はよく分からなかったんだよな?」
 恭一の問いかけに、晴樹は頷いた。
「うん。一応名簿を確認したけど、鍵を借りたのは俺らのクラスの人間しかいなかった」
「とりあえずその鍵を借りに行った人間の名前書いておこうか」
 恭一の提案に晴樹は覚えている限り名前を言った。恭一が書き取る。ほぼ大道具や小道具を作っていたメンバーだった。
「こんなもんか」
「ねぇ。今更言うのもあれだけど、犯行があった日の前日とかの人だけでよかったんじゃない?」
 沙耶華の意見に二人は固まった。恭一は咳払いして、仕切り直す。
「ハル。前日に鍵を借りた人、覚えてる?」
「えっと……確か……」
 晴樹は名簿を見た記憶を必死に呼び起こした。
「要だ」
「要?」
 思わず恭一が聞き返すと、晴樹は深く頷いた。
「確かだよ。要がそんなことするはずないって、思ったから……」
 晴樹の言葉に恭一は複雑な思いで名前を書き込んだ。
「飽くまで前日に借りた人でしょ?」
 沙耶華のツッコミに、二人は苦笑しながら「そうだな」と頷いた。
「次。新藤のクラスの衣装破損事件」
 恭一が話題を移す。
「これも全然分からないんだよな」
 手がかりも何もないのだ。自分のクラスでもないので、結局どうなったのかすら分からない。
「だな。とりあえず保留」
 恭一は次の事件を赤チョークで指した。
「変な視線を感じたのって樹里ちゃんだけ?」
 恭一の問いに、二人は頷いた。
「うん。あたしが聞いたのは樹里だけ」
「俺も樹里からしか聞いてない」
「これも謎だな」
 恭一はそれを飛ばし、次の事件に視線を移す。
「練習教室荒らし事件」
「これも意味不明って感じだったよな?」
 晴樹が沙耶華に問うと、沙耶華は頷いた。
「うん。楽譜が散らばってて……。その中の数枚に赤い字で『音楽やめろ』って走り書きがあったの」
 沙耶華の情報を恭一は青チョークでメモした。
「虎太郎が怖がってた」
 晴樹の言葉に、沙耶華が「そうそう」と頷く。
「フラッシュバックしちゃったみたい。アメリカでイジメられてたらしいから」
 沙耶華が説明すると、初めて知る事実に恭一は驚いた。
「そだったんだ」
「その数日後にホントにメンバーが来なくなった」
 晴樹は呟くように言った。すると恭一が口を開く。
「誰かに脅されたんじゃないのか?」
「あたしたちもそう考えたんだけど、樹里が確信が持てないから聞くなって……」
 沙耶華がそう言うと、恭一は「そうか」と言いながら、事件の隣に『誰かに脅された?』と書いた。
「沙耶と樹里ちゃんの喧嘩の原因って何だったんだ? 差し支えなければでいいけど」
 恭一の質問に沙耶華はあの日あったことを説明した。
「なるほどねぇ」
 話を聞きながら『貴寛ファンクラブ』と書き足す。
「こうやって見ると貴寛のファンクラブの子が怪しいよな」
「だな」
 恭一の書いた一覧表を見て晴樹が言うと、恭一も頷いた。
「樹里の気を失わせたとして、ファンクラブの女子なら数人で運べるんじゃないか?」
「でもそれだと目立つでしょ」
 晴樹の意見は沙耶華に即ダメ出しされる。
「となると怪しいのは……」
 恭一は一覧を見た。赤く書かれた名前に、三人は固まる。
「……要……」
 信じたくない気持ちで恭一が名前を口にした。
「まさかな……」
 晴樹は苦笑した。沙耶華は複雑な思いで口を開いた。
「でも今のとこ一番怪しいのは要くんだよ。セット破壊事件の時、前日に鍵を持っていたのは要くん。樹里の事、本気で狙ってたのも事実だし。今日だっていつの間にかいなくなってるし……」
 沙耶華の意見は最もな気がしたが、晴樹は反論した。
「だからってこんなことする必要あるか? セット壊したり、拓実んとこの衣装ボロボロにしたり……」
 それは沙耶華も納得ができなかった。樹里を狙っていたと言うのは分かるが、こんな事をしても要には一切得にならない。
「そうなんだよね……。その動機が分からないんだよね」
 沙耶華も口ごもる。
「じゃあさ、話を変えよう。樹里ちゃんが拉致られたとして、どこになら隠したり監禁できたりすると思う?」
 恭一が話題を変えた。二人はそう聞かれ、考える。
「隠し場所?」
「校内に限られるよね……」
 二人が考えている間に、恭一はまだ半分残っている黒板のスペースに、校内の簡単な見取り図を書いた。
「教室は何だかんだ言って危険だから除外」
「ここに校庭の掃除用具入れがあって……」
 三人は協力して校内の見取り図を完成させた。
「なぁ……。もしかしてここじゃね?」
 晴樹は一つの場所を指差した。
「あ、そうだな。ここなら樹里ちゃんを隠せるし、人もあまり来ない」
 恭一が頷く。三人は顔を見合わせた。
「行こう」
 晴樹の言葉に三人は教室を飛び出した。
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