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STAGE 5  誘拐?  5-1

 放課後。いつもの練習で、晴樹は要を盗み見た。
 あの日何故睨まれたのかよく分からないままだ。翌日にはいつもの要に戻っていたので、聞くに聞けなかった。
 晴樹は気のせいだと思うことにした。
「ハル、合わせるぞ」
「あ、うん」
 恭一がCDを再生し、四人は一通り踊り始める。
 樹里に教えてもらいながらラップも作ったが、練習時はマイクは使わないので、各人がきちんとペースを掴まなければならない。個々がしっかり覚えていないと、ラップが歌えなくなるので、集中して踊った。


 何度か通しで踊り終わると、恭一はCDを止めた。
「ふー。結構いい感じじゃね?」
「だな。本番もこの調子でいければいいな」
 恭一の言葉に、晴樹は頷いた。
「やべ。バイトが……」
 陽介が時計を見て慌てる。
「あ、今日バイトの日か」
 要が思い出すと、陽介は頷いた。
「わりぃ。先抜けるな」
 陽介はさっさと帰り支度をし、自分の鞄を肩にかける。
「いいよ。今日は解散しようぜ」
 晴樹がそう言うと、陽介はホッとした。
「じゃあまた明日な」
「またな」
 陽介はバイトへと急いで帰って行った。
「陽介、何のバイトだっけ?」
「んーっと……。何だっけ?」
 晴樹が聞くと、要が唸り、恭一に振る。
「コンビニだろ? 陽介んちの近くの」
「へー」
 バイトをしていない晴樹は感心した。
「そういやハルはバイトしてねーの?」
「うん」
「よく小遣い足りるな?」
 晴樹が頷くと、要は驚いた。
「まぁ必要なもんがあるときは買ってもらうし」
「ハルは要みたく何でも欲しがらないんだよ」
 恭一が意地悪く言うと、要が反論する。
「ひでー。俺何でも欲しがったりなんかは……」
「ウソツケ。パソ関係、お前いつも欲しいっつってるじゃん」
「うっ」
 恭一が指摘すると、要は言葉に詰まった。
「要ってパソコン持ってんだ」
「うん。一応自分のね。最近オンラインゲームにハマっててさぁ」
 要が楽しそうに話し始めるが、恭一に止められる。
「はいはい。二人とも、帰るぞ」
 恭一の様子からして、この話を何度も聞かされているのだろうと察しがついた。
「そういやさ。今日体育館で劇のリハやるって言ってなかったっけ?」
 突然要が思い出す。
「そうだった。見に行く?」
「行こうぜ」
 満場一致で、三人は体育館に向かった。


 晴樹たちが体育館の後ろからこっそり中に入ると、丁度樹里たちがリハーサルの真っ最中だった。
 通しのリハーサルなので、皆きちんと衣装を着ている。衣装のせいか、いつもと雰囲気が違う樹里に晴樹は見とれた。
 高校生の劇なのに、意外と本格的なミュージカルだ。
 音楽や効果音は虎太郎を中心にパソコンで音を作った。ミュージカルの曲はオリジナルではないが、雰囲気がやっぱり違う。
「すげーな」
 要が呟くと、二人は思わず頷いた。いつも練習風景を見ていたとは言え、衣装や舞台セットがあるのとないのとでは全然違う。
「そんなとこじゃなくて、もっと前で見たら?」
 突然後ろから声がし、晴樹たちが振り返ると、沙耶華が立っていた。
「樹里、かわいいでしょ」
 沙耶華の言葉に全員コクンと頷く。その素直さに沙耶華は噴き出した。
「ぷっ。素直だぁ」
「だって、いつもと雰囲気違うし……」
 晴樹が言い訳のように言うが、沙耶華は笑う。
「分かってるって。それならもっと前で見たらいいじゃない」
 沙耶華は三人を舞台の近くに連れてきた。三人は特等席で樹里と貴寛の演技に見入った。
(やっぱ貴寛との方がお似合いかも……)
 一瞬そう思ったが、晴樹はその考えをすぐに打ち消した。
(こんなこと考えちゃダメだ)
 負け試合なんて思いたくない。
 晴樹は頭を掻き毟った。
「頭痒いの?」
 不意に沙耶華にツッコまれる。
「へ? ちがっ」
「分かってるわよ。どうせ貴寛と樹里お似合いだなぁ、とか考えてたんでしょ?」
「……どうしてそれを……」
 図星だった晴樹は驚いた。
「だってあたしも思っちゃったんだもん」
 沙耶華の言葉に晴樹は固まった。
 沙耶華は貴寛が好きで、貴寛は樹里の事を想っている。そして沙耶華は貴寛が樹里の事を好きだと知っている。何て切ないのだろう。
「そんな顔しないの」
 眉根を寄せていた晴樹に沙耶華が笑った。
「だって……」
「貴寛がこっちを見てくれないのは、昔からよ」
 沙耶華の言葉が悲しく響く。何て言えばいいのか、晴樹は分からなくなった。
「ハル。一ついい事教えてあげる」
「何?」
 晴樹は沙耶華を見やった。
「樹里が好きなのは、貴寛じゃないよ」
「え?」
 突然の思いもよらぬ情報に晴樹は思考が停止した。
「だからハルにもチャンスがあるってこと」
 沙耶華はニヤリと笑った。何とも意地悪な笑顔である。
「でも……俺なんか……。てかお前、樹里の好きなヤツ知ってるのか?」
「当たり前でしょ。親友だもん」
「誰?」
 沙耶華に思わず聞いてしまうが、教えてくれるはずがなかった。
「教えるわけないでしょ。そういうことは本人に聞きなさい」
「むー」
 いじける晴樹に沙耶華は舞台を指差した。
「ほら、クライマックスだよ」
 舞台では野獣が戦いの末に息を引き取り、ベルが愛の言葉をかける場面だった。
「ヤダ。死なないで……。私を置いて逝かないで……」
 演技だと分かっているが、樹里は涙ぐんでいるように見えた。
「愛してるわ……」
 そう言いながら樹里は横たわる貴寛にすがりついた。
 その瞬間、効果音が鳴り、暗転する。
 その間に貴寛は野獣の被り物を外し、人間の姿に戻った。照明などを効果的に使い、魔法が解けたように演出する。
「僕だよ」
 人間に戻った野獣がベルに微笑みかける。一瞬分からないという顔をしたベルは、その目を見て野獣だと確信する。
「貴方……なのね?」
 そう言うと貴寛は樹里を抱きしめた。
(あ!)
 晴樹はその瞬間、嫉妬に駆られた。芝居だと分かっていても、貴寛の魂胆がバレバレである。これを狙っていたのだ。
 ふと沙耶華を見たが、沙耶華は意外と冷静に見ている。
 沙耶華は……もしかして諦めているのだろうか? 可能性がないわけではないはずなのだが……。
 晴樹はもう一度舞台に目線を戻した。すると今度はキスシーンだった。
(!!)
 実際にはしていないと分かっていても、そう見えるので、ヤキモキする。
(貴寛……。ホントにキスしてたらぶっ飛ばす)
 そんな物騒なことを考える自分は、心が狭いのだろうか?
 それよりも余裕がないのかもしれない。


 無事にリハーサルが終わり、役者陣は舞台の袖に引っ込んだ。晴樹たちも舞台袖の方に行く。
「お疲れー」
「どうだった?」
 樹里が晴樹たちに問いかけると、沙耶華が一番に感想を述べた。
「よかったよー。結構舞台でもできるもんなんだねー」
「野獣から人間に戻るとこなんてすごかった」
 続いて恭一が感想を述べる。樹里は嬉しいのか笑顔で聞いている。
「あれ? そう言えば、陽介くんと要くんは?」
 樹里はいつもつるんでいる人がいないことに気づく。
「陽介はバイト。要は……」
 答えながら晴樹と恭一が辺りを見回す。さっきまで一緒にいたはずの要はいつの間にかいなくなっていた。
「あれ? さっきまでいたのに」
「帰ったのかな?」
 晴樹の問いに、恭一が「多分そうだろ」と頷いた。
「そう。じゃ、あたしは着替えてくるね」
「うん。待ってるね」
 樹里の言葉に、沙耶華が頷いた。


 晴樹、恭一、沙耶華の三人は体育館の前で、他愛もない話をしながら、着替えに戻った樹理を待つことにした。
「いよいよ明後日だねぇ。文化祭」
 沙耶華の言葉に恭一が頷く。
「だな。早いよなぁ」
「明日一日授業ないんだよな?」
「そだよ」
 晴樹が確認すると、再び恭一が頷く。
「よっしゃー!」
 晴樹が喜ぶと、沙耶華が意地悪く笑う。
「文化祭の準備はあるけどねー」
 しかし授業に比べたらそんなことは大したことじゃない。
「授業よりマシ」
「言うと思った」
 晴樹の言葉に間髪入れず沙耶華が言い放つ。そのやり取りを見て、恭一が笑った。
「ホント仲いいよな。お前ら」
「幼馴染だし。ていうか腐れ縁?」
 沙耶華が聞くと、晴樹は苦笑した。
「つか沙耶華が樹里にくっついて来たんだろ?」
「その言葉そっくりそのまま返します」
「むー」
 二人のやり取りに、恭一がまた笑う。
「兄妹みたいだな」
「恭一くん、笑いすぎだよ」
 あまりに笑うので、沙耶華は恥ずかしくなった。
「お前だってあの二人とは仲いいじゃん」
 あの二人とは陽介と要のことだ。晴樹のツッコミに今度は恭一が苦笑した。
「まぁあいつらとは腐れ縁だしな」
「やっぱいるんだねぇ」
 沙耶華の言葉に、恭一も晴樹も頷いた。
「それにしても……」
 沙耶華は自分の腕時計を確認する。
「樹里、遅くない?」
「そういや、そうだな」
 晴樹も腕時計を確認した。かれこれ三十分以上経っている。
「いくら衣装が脱ぎ着しにくいって言っても、こんなにもはかかんないはずだよ」
 沙耶華は眉間に皺を寄せた。
「電話してみるか?」
 晴樹は携帯電話を取り出し、短縮ボタンで樹里の携帯電話を鳴らしてみる。しかし数回コールが鳴っただけで、留守電に切り替わってしまった。
「留守電だ」
 そう言いながら、携帯を切ってポケットにしまう。
「うーん。樹里、携帯は制服のポケットに入れてるはずなんだけどな……」
 沙耶華が唸る。制服のポケットに入っていれば、鳴らせばバイブレーション機能で気づくはずだ。
「でもこんなに遅いのはおかしいよな? 見に行こうか」
 恭一の提案に、二人は賛成した。
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