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STAGE 4 裏切り 4-5
「じゅーり」
練習場に行こうとして呼ばれた樹里は後ろを振り返る。そこには犬コロのようになつく要がいた。樹里は歩を止め、要と向き合う。
「要くん……」
「はい。喉渇いたと思って」
要は樹里の好きなスポーツドリンクを渡した。
「ありがと」
素直に受け取る。樹里は要をチラッと見た。この間の告白が嘘のようにケロリとしている。
「ん? 俺の顔何か付いてる?」
見つめていたのに気づいたのか、要は樹里に顔を近づけた。
「ううん。これ、ありがとね」
要の顔をよけるように樹里が顔を背けて、歩き始める。
「俺、本気だから」
要の声は真剣だった。樹里は何を言えばいいのか分からなくなる。しかし意を決して振り返った。
「要くん、あたし……」
「樹里が誰を好きでもいいよ。でも、俺は諦め切れない」
要の目は真剣そのものだった。樹里は目線を合わせるのが怖くなり、顔を背ける。
「俺さ、一年の時からずっと本気で樹里のこと好きだったんだ。だからこうやって友達になれたこともすごく嬉しい」
要は笑顔になったが、どこか寂しそうだった。
「要くん。あたし……」
樹里は言うべきかどうか迷った。自分の好きな人を打ち明けることを。
恐らく彼はそれでも諦めないだろう。それでも自分が黙っているのは、フェアじゃない。
晴樹はその頃、校庭で無心に踊っていた。
要の動向がとても気になる。今の練習にも来ていない。今頃樹里とどこかで……。
(んなわけあるかい!)
晴樹はすぐに自分の考えを打ち消した。
「ハル!」
突然陽介に呼ばれ、晴樹は我に返る。
「どしたんだ? ダンス、乱れてるよ」
自分では合わせているつもりだったのに、ずれていたらしい。
「ハルらしくないなぁ」
恭一も心配そうに、晴樹に近づく。
「ごめん……」
晴樹が謝ると、恭一と陽介は互いに顔を見合わせた。
「要のことか?」
恭一が口火を切る。晴樹が驚いて顔を上げると、二人はやっぱりという顔をした。
「あいつさ、振られたっぽいよ」
言うべきか迷った陽介は、ゆっくりそう言った。
「え?」
「今日、聞いたんだ。本人から」
恭一が説明を加える。
「あいつ、諦め悪いから、樹里ちゃんも困ってるだろうに」
陽介は溜息と共に言葉を吐き出した。練習に来ていない要の動向は何となく二人にも分かっているようだ。
「多分、樹里ちゃんに振り向いてもらおうと必死なんだろうな」
恭一が溜息をつく。
要の気持ちも分かる。でもやっぱり晴樹としては、練習ほっぽりだしてまで樹里に執着しないでほしい。自分だって、できるなら樹里と一緒にいたいのだ。
「要には俺たちから言っておくからさ」
「あんま気にすんな。樹里ちゃんだって、あいつのこと相手にしてないみたいだったし」
陽介が慰めるように晴樹の肩を叩いた。
「わりぃな。私情挟んじゃって……」
「こればっかりは仕方ないよ。俺がもしハルの立場なら、同じこと考えてると思うぞ」
恭一が優しくそう言ってくれたので、何だか気持ちが楽になる。
「俺も。まぁ要の気持ちも分からんでもないけどな」
陽介が苦笑した。二人の優しさがとても嬉しかった。
「え……?」
樹里に好きな人を告白された要は困惑した。
「マジ……で?」
要の問いに樹里は大きく頷く。
「だから、ごめんなさい」
樹里はそう言って頭を下げた。要は動揺しているのか、何も言わなかった。
「これ以上、要くんを期待させるようなことをしたくないの」
樹里の必死の思いは、ようやく要に伝わった。
「俺、数%でも可能性残ってない?」
諦めの悪い質問をする。
「ごめんなさい」
樹里はただ謝るしかなかった。しばらくの沈黙の後、樹里は言葉をまとめた。
「要くんのことは、好きだよ? でもそれは……友達としての好きって言うか……。恋愛感情ではないの」
樹里はまっすぐ要の目を見つめる。その視線を先に逸らしたのは要だった。
「そっか……」
溜息のように言葉を吐き出す。一拍置いて、要は樹里を見つめた。
「ごめんな。樹里のこと、余計困らせて」
樹里は「そんなことはない」と、首を横に振る。
「数%も可能性がないなら、諦めるしかないよな」
呟くように言うと、要は泣き出しそうな笑顔を作った。
「ごめんな。しつこくして。でも俺、本気だったんだ」
「うん。好きだって言ってくれて嬉しかったよ」
要は笑顔のまま樹里に背を向ける。そして上を向いて、泣きだしそうなのを堪えながら、声を絞り出した。
「友達ではいてくれる?」
「もちろんだよ!」
樹里は即答した。
「さんきゅ。今までごめんな。じゃーな」
要はそう言うとそのまま歩き出した。泣き声に近い声に気づいた樹里は要を追いかけようとした。
(追いかけちゃダメだ……)
樹里は駆け出そうとしたが、自制した。もし追いかければ、要に期待を持たせてしまう。樹里は要の背中を静かに見送った。
「樹里」
不意に声をかけられ、樹里が振り返る。
「沙耶……」
「ごめん。見ちゃった」
さっきの場面をだ。
「あんなのでよかったのかな?」
樹里は泣きそうになりながら、沙耶華に問う。
「十分」
沙耶華はゆっくりと頷いた。思わず樹里は沙耶華に抱き付く。
「やっぱ辛いよ……。あんな顔見ちゃうと……」
あの泣き出しそうな、寂しそうな笑顔。こっちまで居たたまれなくなる。
「うんうん。樹里、これだけは慣れないよね」
「慣れるわけないでしょ」
沙耶華が苦笑すると、樹里が言い返した。樹里はモテるので、それなりに告白されたことはある。しかし、樹里はそのすべての人を断ってきた。
「樹里……」
「ん?」
沙耶華は樹里の腕を解いた。
「いい加減、告っちゃえば?」
「なっ!」
突然の提案に樹里は驚いた。
「もう十分じゃん。時間的に」
「そう言う沙耶はどうなのよ?」
思わぬ切り替えしに沙耶華は困惑した。
「あたし? あたしは……ってあたしのことは今いいのよ!」
「よくないよ。沙耶だって時間的に十分じゃない?」
言い返され、沙耶華は返答に困った。
樹里は気づいていないのだろうか? 貴寛が樹里に好意を持っていることを……。
(気づいてなさげ……)
樹里は自分のことになるととことん鈍い。
「どうかした?」
黙り込んだ沙耶華の顔を樹里が覗き込む。慌てて首を振った。
「ううん。何でもない。練習するんでしょ? 教室行こう」
沙耶華の提案通り、二人は練習用の教室に向かった。
「あ、要!」
校舎から出てきた要を見つけた陽介が叫ぶ。恭一と晴樹も要を見つけた。
「要。何やってたんだよ」
恭一が近づいてきた要に問うと、要は愛想笑いを浮かべた。
「ごめん。ちょっと野暮用が……」
「どうせ樹里ちゃんとこだったんだろ?」
陽介が意地悪く言うと、要の動きが一瞬止まった。
「わりぃ。やっぱ今日は帰るわ」
「はぁ? 来たばっかじゃん!」
要の気まぐれに、恭一が素っ頓狂な声を上げる。
「ちょっと用事思い出してさ。悪いな」
その時、晴樹は要と目が合った。しかし要は何を言う訳でもなく、そのまま帰ってしまった。
「ったく。何だよ。あいつ」
恭一と陽介は勝手に帰った要に怒る。
(何だよ……。一体)
要に睨まれた気がした晴樹は、訳が分からなかった。
なぜ睨まれたのか? 晴樹には何故そんな目で見られたのか理解できず、頭を抱えた。
そして怒涛の九月が過ぎ、文化祭が催される十月に入った。結局、夏休み前から起こっていた不思議な事件はいつの間にか全く起こらなくなった。
あれは一体何だったんだろう?
ふと晴樹は考える。
劇の衣装や小道具をめちゃくちゃにした犯人も、樹里たちのバンドが練習している教室を荒らした犯人も全く見当付かず、文化祭の準備の忙しさのせいで、皆も事件のことを忘れていた。
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