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STAGE 4  裏切り  4-4

「ごめんね。すっかり遅くなっちゃって」
 三人が帰る頃には既に日が落ちてしまっていた。
「ううん。樹里がすっきりしたんならいいよ」
 沙耶華が首を横に振る。
「でも良かったよ。二人が仲直りして」
 晴樹が笑うと、樹里と沙耶華はお互い顔を見合わせて照れたように笑った。
「俺、考えてたんだけどさ」
 晴樹が二人の顔を交互に見る。
「拓実たちも誰かに何か言われたんじゃないか?」
「え?」
「何かって?」
 晴樹の問いに、二人は首を傾げた。
「沙耶みたいにさ。樹里と距離を置け、みたいなこと……」
 これは飽くまで晴樹の推測だ。二人は顔をしかめた。
「でも言われただけで、連絡も取らなくなる?」
 沙耶華が不審がる。
「脅されてるとか……」
 晴樹が言い添えると、樹里は考え込んだ。
「聞いてみればいいんじゃん?」
「待って」
 沙耶華が提案すると、樹里が叫んだ。
「え?」
「それ……聞くのちょっと待って」
 樹里は何かを決意したように二人をまっすぐ見た。
「例えそうだとしても、あたしは皆を信じてる。皆が自分の意思で戻ってくること……。だから……」
 樹里がギュッと両手の拳を握ると、二人は樹里の気持ちを汲み取り頷いた。
「分かった。樹里がそう言うなら、本人に聞くのはやめる」
 沙耶華がそう言うと、樹里はほっとした表情を見せた。


「え? 要くんが?」
 沙耶華は信じられないという表情で樹里を見た。
 仲直りした沙耶華は今日は樹里の家に泊まることにしたのだ。
 樹里の部屋で寝る準備をして話している時、樹里は要から告白されたことを沙耶華に話した。
「うん……」
「それっていつ?」
「昨日……劇の練習が終わって、ギターの練習しようと思ってた時……」
 樹里は恥ずかしそうに、ゆっくりと言った。沙耶華は驚いたためか、黙り込んでしまった。
「で、返事したの?」
 しばらくしてようやく沙耶華が尋ねた。
「ちゃんと断ったよ。他に好きな人がいるからって……」
「で、要くんは何て?」
「それでも諦めないって……」
 樹里は困った表情をして答えた。
 沙耶華は脱力てしまった。そんな大変なことがあったのだから、きっと一番に相談したかっただろうに。自分は冷たい態度で樹里を傷つけてしまった。
「ごめん。樹里」
「え?」
 急に謝られ樹里は驚いた。
「そんなことあったの、全然知らなくて……あたし……」
「ううん。気にしないで。知らなくて当然だもん」
 樹里は沙耶華の肩を叩いた。
 あんなに酷いことを言ったのに、樹里はまた優しく笑ってくれる。沙耶華は樹里に再び抱きついた。
「沙耶? どしたの?」
「樹里、人が良すぎるよ」
「えー? 何それ?」
 沙耶華の言葉に樹里は笑った。
「もう絶対あんなバカなこと考えないから!」
 沙耶華は樹里の瞳を真っ直ぐに見て誓う。
 すると樹里は穏やかな笑顔を見せた。沙耶華も笑顔になる。
「にしても要くん、意外だなぁ。告るなんて。樹里のこと好きだってのは、薄々気づいてたけど……」
「ええ? いつから!?」
 樹里が驚いている。沙耶華は呆れた目つきで樹里を見た。
「……。樹里、鈍すぎ」
「ひどっ。でもいつから気づいてたの?」
 そう聞かれても、もちろんはっきりと日にちを覚えているわけではない。
「最近樹里の周りをうろちょろしてると言うか……樹里のこと呼び捨てにしてたりとかしたし……」
「うーん。言われてみれば……」
 樹里は思い出しながら頷いた。
「……ホントに今まで気づかなかったの?」
「うん」
 はっきりきっぱり頷かれ、沙耶華は呆れた。
 この分だと晴樹の気持ちにすら気づいていないだろうな。
(ハル……ご愁傷様)


 樹里はベッドの上で考えていた。
『拓実たちも脅されているのかも?』
 晴樹の言葉が反芻する。
 脅される? 誰に? 何て言って? 何のために?
 疑問が次々に湧き上がるが、どれも答えが出るはずがない。
(信じてるなんて言ったけど……ホントは勇気がないだけなのかも……)
 もし晴樹の推理が外れていたら? ただ本当に自分と音楽がやりたくなくなっただけだとしたら?
(怖い……)
 樹里は布団をかぶった。
 今まで女の子たちに嫌われていた。なぜかは分からない。モテる貴寛と仲いいからなのか、目立つのが気に食わないのか……。とにかく同姓に嫌われるのは慣れていた。
 でも今まで仲良くバンド活動をしていた仲間たちに嫌われたかもしれない。
 そう考えるととても怖くなった。
(そんなはずない!)
 そう思いたかった。樹里は寝返りを打って、無理やり眠った。


 翌朝。晴樹はいつものように藍田家で二度目の朝食をごちそうになり、そのまま学校へ樹里と沙耶華と一緒に向かった。
 教室に入る手前で、樹里に呼び止められる。
「ハル。昨日はありがとね」
 照れたように樹里はそう言った。初めて見る表情に心臓が暴れだす。慌てて晴樹は首を振った。
「いや、俺は何も……」
「あたし、あのままだったら、今日こんなにすっきりしなかったと思う。ホントにありがとね」
 素直にお礼を言われると、何だか照れる。
「樹里はさ、何でも溜め込みすぎなんだよ。ちょっとはどっかで吐き出さないと、樹里が壊れてしまうぞ」
 晴樹が言うと、樹里は笑いながら頷いた。
「うん。そだね」
「俺の胸くらいいつでも貸してやるからさ」
「ありがと」
 恥ずかしがりながら言うと、樹里は嬉しそうに笑った。晴樹の心臓がまたしても早鐘になったのは言うまでもない。


 放課後。いつものように樹里たちのクラスは劇の練習やセット作りなどに勤しんでいた。大道具の晴樹はその練習を横目にセットの仕上げをしていた。
「ハル。あんたヤバイよ」
 突然、背後から現れた沙耶華に言われ、晴樹は驚いた。
「は? 何だよ。イキナリ」
「昨日あたし、樹里んとこ泊まったでしょ?」
 沙耶華に確認され、頷く。あの後、沙耶華は樹里の家に一緒に入って行った。
「聞いちゃったの」
「何を?」
 沙耶華の言葉に内心、妙に焦る。
「ハル。先越されちゃったよ」
「だから何がだよ」
 はっきり言わない沙耶華に晴樹は更に焦った。沙耶華は周りを見て、顔を近づけ小声で囁く。
「一昨日、要くんに告られたんだって」
「へっ?」
 沙耶華の言っている意味が理解できない。
「へ? じゃないでしょ。要くんに先越されちゃったのよ。ハル、分かってる?」
 沙耶華の人差し指が晴樹の目の前で止まる。
「樹里、何て返事したんだ?」
 焦ってそう聞くと、沙耶華はプイっとそっぽを向いた。
「それは本人から直接聞きな」
「えー。意地悪だな」
「ハル! あんたがボーっとしてたら、他の男に樹里取られちゃうのよ? 分かってる?」
 沙耶華にはっきり言われ、晴樹はとっても焦った。
(何て返事したんだ?)
 思わず樹里を見る。いつもと変わらない態度。要もいつも通り樹里にベッタリだ。
(まさかOKしてないよな……?)
「ハル」
 急に呼ばれ振り返ると、恭一と陽介が申し訳なさそうに立っていた。
「ごめん。今の会話聞こえちゃった……」
 何故か恭一が謝る。更に陽介も謝った。
「あいつ、諦め悪いからさ……。もし断られてても、しばらくは樹里ちゃんにベッタリだと思う」
 陽介は本当にすまなさそうだった。
「ハハ……」
 晴樹からは乾いた笑いしか出てこなかった。
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