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STAGE 4 裏切り 4-3
沙耶華は片付けを終え、教室を後にした。
「あ、いたいた。沙耶ー」
呼ばれた方へ振り返ると、樹里がこちらに向かって走ってきた。
「片付け、終わったんだ。ちょうどあたしも帰るとこだったんだ。一緒に帰ろっ」
明るく言う樹里を見て、さっきの会話が蘇る。
『藍田さんは高井さんを友達としてじゃなく、自分の引き立て役のために一緒にいるんじゃない?』
「九月入ったのに、まだ暑いねぇ」
樹里はそう言いながら、鞄から下敷きを出して扇ぎ始めた。
「うん……」
軽くそう返事する。
「どうかした?」
様子がおかしいと思った樹里が、心配そうに顔を覗き込んだ。
「何でもない」
沙耶華はすぐに顔を逸らせ、自分の中に湧き上がる嫌な感情を必死に抑える。
「そう? でも何か変だよ? ホントに大丈夫?」
樹里が心配してくれていることは、十分分かっているが、それどころではない。
「うるさいなぁ! ほっといてよ! 樹里には関係ないでしょ!!」
思わず怒鳴ってしまった。沙耶華がこんな一方的に怒鳴るところを初めて見た樹里は驚いていた。その顔を見て、沙耶華はようやく我に返る。
「ごめん。先帰る!」
沙耶華はそう言うと走って帰ってしまった。
「あっ、沙耶!」
樹里が何か言いかけたが、沙耶華は聞こえないフリをした。
沙耶華は家に戻ると、自分の部屋に籠った。
自己嫌悪に陥る。怒鳴ったときの樹里の顔はきょとんとしていたが、同時に傷ついた顔をしていた。
(言いすぎた……よね)
今までこんなことなかった。多少の喧嘩はしたけど、こんな一方的な喧嘩は初めてだ。
全部自分が悪い。いくら嫌な感情を抑えるためとはいえ、樹里を傷つけたことには変わりない。
(明日、謝ろう!)
そう決意して、今日は早く寝ることにした。
翌朝。一緒に登校している樹里の様子がおかしいことに晴樹は気付いた。
「樹里、何かあったのか?」
「え? 何もないよ」
いつもと変わらない笑顔だったが、どこか無理をしているように感じた。
「そう? 元気なさそうだけど……」
晴樹がそう言うと、樹里は笑顔を返す。
「そんなことないって。早く学校行こう」
樹里に促され、晴樹は学校に向かった。
先に家を出た沙耶華はいつもより少し早く学校に着いた。自分の席に着いて、気持ちを落ち着かせる。
「おはよう」
樹里はいつも通り、晴樹と共に登校して来た。沙耶華は普通に挨拶しようと顔を上げたが、樹里はこっちを見ようともしなかった。
(怒ってる……?)
いや、怒っているというより、樹里もどう接したらいいのか分からないようだ。
沙耶華もきっかけを掴めず、挨拶すらできなかった。
休み時間。席に座っていると、晴樹に話しかけられる。
「沙耶。樹里と何かあったのか?」
思わずドキっとした。図星すぎて返事に困る。
「ハル……」
「言いにくいことか?」
沙耶華が頷くと、晴樹は沙耶華と共に場所を移動した。
晴樹たちがいつもダンスの練習している校庭に来た沙耶華は、昨日のことを晴樹に話した。
「なるほどね。それで真に受けたのか?」
「真に受けた……って言うか……。もしかしたらそうなのかもって一瞬でも思っちゃって」
沙耶華は口ごもりながら返事した。
「沙耶は、今まで樹里の何を見てきたんだ?」
晴樹にそう聞かれたが、沙耶華は答えられなかった。
「計算で人の面倒見るほど、お人よしじゃないだろ?」
晴樹の言葉に沙耶華は頷いた。
樹里は本当に好き嫌いがはっきりしている。自分の敵と思った人は話すことすらしない。でも、自分の友達だと思った人には、親身になってその人のことを大事にする。
「樹里のこと、一番良く知ってるのはお前だろ?」
そう言われ、沙耶華は自分が今まで考えていたことに嫌悪した。大粒の涙が流れる。
「俺、羨ましかったんだぞ。お前ら、めちゃくちゃ仲いいから」
晴樹は苦笑しながら言った。
「謝れるよな?」
晴樹の言葉にコクンと頷く。
「なら大丈夫だよ。それくらいで壊れちゃうような薄っぺらい友情じゃないだろ?」
晴樹はそう言って、沙耶華の肩を叩いた。その優しい言葉に、沙耶華はまた涙が零れた。
沙耶華はずっと謝るきっかけを探していた。でもなかなかタイミングが掴めない。
(うー。謝るキッカケがないよぉ)
沙耶華は泣きたくなってきた。しかしふと見えた樹里の顔。
(あ。泣きそう)
十七年来の親友の沙耶華には分かった。あれは樹里が泣くのを堪えている顔。樹里はいつもギリギリのところで泣かない。いつも強がっている。それだけ樹里は不器用なのだ。
謝るきっかけを掴めないまま、放課後になってしまった。
沙耶華は樹里を探していた。劇の練習が終わって、声をかけようとしたが、樹里の姿はすぐに消えてしまったのだ。
急いで追いかけたが、練習用の教室にはいなかった。沙耶華は校内を走り回ったが、どこにも樹里の姿を見つけられなかった。
「沙耶」
後ろから呼ばれ、沙耶華は振り返った。
「ハル」
「まだ謝れてないのか?」
晴樹の問いに頷く。
「そっか」
晴樹もどう声をかけていいのか分からないらしい。
「ごめんね。ハル。心配かけて」
「いや……。俺はいいんだけどさ。樹里が、泣きそうだったから……」
晴樹も気づいてたんだと思いながら、俯いていた顔を上げる。
「拓実たちが来なくなって、辛くても泣かなかった。でも……沙耶にまで冷たくされたら、樹里は誰を支えにしたらいいのか、分からなくなったんじゃないかな?」
晴樹の言葉に、沙耶華は胸が苦しくなった。
何てことをしたんだろう……。樹里のこと、一番分かってるつもりだったのに……。
「今朝一緒に登校した時も、様子がおかしかったんだ。だから何かあったんだろうとは思ったんだけど。聞いても『何でもない』って言うしさ。樹里ってさ、気が強いって言うか……そういうとこ不器用じゃん?」
「うん」
樹里は人に甘えるとか、頼るとか、そういうことができない性格なのだ。
「でも沙耶も十分不器用だな」
晴樹はそう言って笑った。
「ホントにね」
沙耶華も笑う。
「それで樹里は?」
晴樹に聞かれ、沙耶華は溜息をついた。
「それが、校内を探したんだけどどこにもいなくて……」
「樹里が行きそうなとことか、心当たりないのか?」
晴樹に聞かれ、沙耶華は思い出した。
「あ、もしかしたら……あそこかも!」
沙耶華はそう言って、突然走り出す。
「え? 沙耶、待てよ」
晴樹も慌てて追いかけた。
二人は学校を出ると、いつもの帰り道とは少し違う道を走った。
「……やっぱり……いた」
沙耶華は息を切らしながら、一人でポツンと座っている樹里を見つけた。
「ここは……」
着いた先は近所の土手だった。小さい頃、幼馴染の皆でよく遊んだ場所。
「小さい時から樹里が泣きそうになるとよく来てた場所」
沙耶華は答えると、樹里にゆっくりと近づいた。
「樹里」
呼びかけると、樹里の肩がぴくっと動く。そしてゆっくりと顔を上げた。
遠くにいた晴樹からも見えた。やっぱり樹里は泣いていた。
「ごめんね」
沙耶華が泣きそうな声で謝ると、樹里はきょとんとした。
「あたし……樹里にヒドイこと言った。樹里のこと一番よく知ってるのはあたしなのに……」
沙耶華の目から涙が零れる。逆に樹里は驚いて、涙が止まっていた。
沙耶華は零れた涙を拭いながら、昨日の出来事を樹里に話した。
「それで、あんなこと言ったのか」
樹里はようやく沙耶華の行動の意味が理解できた。
「変だと思ったんだ。沙耶が急にあんなこと言うなんてさ」
「樹里……」
「そりゃあ、ショックだったよ。一番の親友だと思ってた沙耶に『関係ない』なんて言われたんだから」
沙耶華は自分がどれだけ酷いことを言ったのかを、再認識した。
「ごめん……」
「もういいよ。あたしも沙耶の立場ならそう言ってたかもしれないし」
「樹里ぃ」
その言葉を聞き、沙耶華の目に再びじわっと涙が溢れる。
「泣くなよぉ。もう何とも思ってないから」
その言葉に、沙耶華は樹里に抱きついた。
「沙耶は泣き虫だね」
樹里は沙耶華の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
遠くで見守っていた晴樹はもう大丈夫だと思い、二人に近づいた。
「解決……かな?」
「ハル」
樹里は晴樹がいたことに初めて知り、驚く。沙耶華も樹里から離れた。
「樹里もさ。泣いてすっきりしたろ」
晴樹はしゃがんで、樹里と同じ目線になった。
「うん。そうだね」
「ずっと泣くの我慢してたんだろ?」
晴樹の言葉に驚いた表情をしたが、樹里は苦笑しながら頷いた。
「もしかして……まだ泣き足りない?」
晴樹がそう言うと、樹里の瞳からじわっと涙が溢れた。
「何で……そんなこと言うかな」
樹里は必死で涙を堪える。
「今ならココ空いてるぞ」
晴樹はそう言いながら、自分の胸を親指で指した。その言葉を聞いた樹里は勢いよく晴樹に抱きついた。
「うわっ」
しゃがんでいた晴樹はその勢いに地面に尻餅をついた。
まさか本当に抱きついて来ると思わなかった晴樹は焦り、心臓が早鐘のように鳴り響いた。緊張しながらも、ゆっくりと樹里の肩に腕を回す。
沙耶華はその隣に腰を下ろした。
樹里が泣き止むまで、二人は傍にいた。
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