looking for...
STAGE 4 裏切り 4-2
晴樹は何だか気に食わなかった。最近の要の行動がやたら目に付く。劇の練習の時も樹里にベッタリなのだ。
「樹里。はい、お茶」
「あ、ありがと」
樹里は要に差し出されたお茶を飲んだ。何だかとっても楽しそうである。
晴樹はその様子を遠くから見ていた。
「いつの間にか呼び捨てになってる……」
沙耶華がポツリと呟く。それは晴樹だって気付いていた。だから余計気に食わない。
「ハル。早くしないと樹里取られちゃうよ」
「分かってるよ!」
沙耶華に痛いところを突かれ、思わずふてくされて返す。
そのことは晴樹にだってよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーく分かっている。
「ぶっさいくな顔してんな。ハル」
横から声をかけてきたのは恭一だった。仏頂面をしていると、自分でも気づき顔を戻す。
「原因は要だろ?」
陽介は事情を察した。その言葉に、恭一は要の行動を目で追う。
「あれって、何て言うか……下僕?」
「て言うより犬」
恭一が言うと、すかさず陽介が言い直す。
「それだ」
適切な比喩を見つけ、恭一が納得する。
犬とは酷い言われようだが、まさに適切だった。要が尻尾を振って樹里になついているように見える。
「ハル。悪いな。要、いいやつなんだけどさ……」
どうやら晴樹が樹里に好意を持っていることは、周りにバレバレのようだ。なので敢えて何も言わない。
「あいつ、いつも好きになったら一直線って言うか……」
恭一が要のフォローをする。
「知ってるよ」
晴樹は思わず苦笑した。三年間一緒にいれば、大体分かる。
「要、ずっと樹里ちゃんのファンだったからさ。俺らはアイドルみたいな感覚だけど……。あいつは違ったみたいだ」
「俺たちのこと、名前で呼んでくれるのも嬉しいらしい」
陽介の言葉に、恭一が付け足した。
気持ちは分からなくもない。晴樹は昔から知ってるので、もちろん初めから呼び捨てだが、名前を呼ばれると何だか特別な感じがして嬉しい。大抵は名字で呼ばれるからだ。
晴樹は樹里と要を目で追った。今までは貴寛を警戒していたが、これでライバルが一人増えてしまった。思わず唸る。
「ハルが悶絶してる……」
「ほっといていいよ」
恭一の言葉に、沙耶華が冷たく言い放つ。
「沙耶、冷たい……」
晴樹がそう言うと、沙耶華は楽しそうに笑った。
「あたしはただハルはハルで悩んでるからそっとしといてあげようという意味で……」
「嘘こくな」
「うひひ」
晴樹に見抜かれると、変な笑いを浮かべた。
「そう言えば、新藤たちとはまだ連絡取れないのか?」
恭一は話題を変えた。
「うん。学校で会おうとしても、タイミングが合わないし。携帯にかけてもメールしても返事なし」
晴樹はお手上げだと、両手を掲げた。
「何でだろ? あんなに仲良かったのに……」
陽介が眉を寄せる。
「分かんね。急にこうなっちゃったからさ。俺もどうしたらいいか分からなくて」
晴樹は溜息をついた。
全員が樹里を見た。いつもと変わらない笑顔。まるで何もなかったかのような素振。
「無理しちゃって」
沙耶華が呟く。
「ホントにな」
晴樹は樹里を見ていると、胸が苦しくなった。
樹里は昔からそうだった。絶対他人には弱音を見せない。それは晴樹にも沙耶華にもだ。いつも前を向いていた。
でもこのままだといつか樹里が壊れてしまうんじゃないか?
晴樹はそんな心配をしていた。
「樹里ちゃんってすごいよな……」
恭一が呟く。
「絶対弱音吐かないと言うか……いつも凛としてる」
陽介が付け加えると、晴樹が頷いた。
「うん。昔からそうなんだ。絶対他人に弱音を吐かない」
「へぇ」
晴樹の言葉に二人は感心した。
「樹里の強さに、いつも助けられてる」
沙耶華がポツリと呟く。
「いつも周りのことにばっか神経使っちゃってさ。自分のことは後回し」
沙耶華の目に涙が溢れる。
「沙耶……」
二人を今まで見てきた晴樹も居たたまれなくなった。沙耶華をずっと支えてきた樹里。
「でも今回ばかりは樹里も相当堪えたと思うよ。樹里、自分のせいでこうなったって思ってるみたいだし」
晴樹がやっとの思いで口にする。
「だよなぁ。全部樹里ちゃんがなんだかんだで関係してるから……」
恭一がそう言うと、陽介も頷いた。
「でも……誰が何のために?」
沙耶華が誰に問うでもなく呟いた。
全員同じ疑問を持っている。
何のためにこんなことをするんだろう? こんなことをして誰か得をするんだろうか?
その疑問の答えは誰にも分からない。
劇の練習が終わった樹里は練習用の教室に向かった。
「ちーっす」
いつものように声をかけながら、扉を開けるが誰もいない。
「いるわけないか……」
樹里は苦笑した。
毎日こうしてココに来ては、皆の残像を見る。泣きたくなる気持ちを押し込め、樹里はギターケースを開けた。
「樹里」
「……要くん」
声がしたと思ったら、要が教室の入り口に立っていた。
「どしたの? ダンスの練習じゃなかったの?」
樹里は要に背を向け、ギターをケースから出しながら問う。
「樹里。俺、樹里のことが好きだ」
突然の告白に樹里は頭が真っ白になる。
「え? 何言って……」
振り返ると、いつの間にか要が目の前にいた。
「ずっと好きだった。一年の時から……」
要の瞳は真剣だった。そんな彼の気持ちに、樹里は今、初めて気付いた。
「……ありがと」
やっとのことで声を絞り出す。
「でも……あたしには他に好きな人が……」
そう言い終わらないうちに、要は樹里を抱きしめた。
「かっ、要くん?」
突然のことに、樹里はパニックになった。何が何だか分からない。
「俺じゃダメ?」
耳元で甘く囁かれる。樹里は今までこんなことをされたことがないので、どうしていいか分からなくなった。
やっとのことで、腕を解く。
「ごめん。あたし……まだその人に気持ちを伝えてないの。だから……」
「……そう。でも俺、諦めないから」
それだけ言うと要は教室を出て行った。
「……何なの……一体……」
樹里は突然の出来事にパニックになっていた。
その頃、沙耶華は教室に残って劇の道具や衣装の片付けをしていた。
「高井さんも大変ね」
「え?」
突然、クラスメートにそう言われ、沙耶華は顔を上げた。そこには樹里を快く思っていない貴寛のファンの女子が三人いた。
「何が?」
聞き返すと、三人ともが同情するような目で沙耶華を見た。
「だって……ねー」
一人が言うと、他の子と顔を見合わせる。何だか嫌な感じだ。
「藍田さんって高井さんしか友達いないんでしょ?」
女友達が、だとすぐに気付く。
「そんなこと……」
言い返そうとすると、すぐに遮られる。
「皆、藍田さんのこと快く思ってないよ」
「え……?」
思ってもみない言葉に、沙耶華の思考が一瞬停止する。
「だってさ、何か男共はべらせてるし……」
「貴寛くんが条件出したからって主役やってるし」
ただの妬みにしか聞こえない。
「こんなこと言いたくはないけど……。高井さんってどっちかって言うとあんまり目立たないでしょ?」
それは事実なので否定はしない。
「藍田さんは高井さんを友達としてじゃなくて、自分の引き立て役のために一緒にいるんじゃないかなぁって……」
「は?」
何を言ってるのか分からない。しかし他の二人は頷いた。
「それ、あたしも思った。何て言うか……。幼馴染のよしみで一緒にいるみたいな?」
別の子が付け足す。沙耶華は困惑した。彼女たちが何を言おうとしているのか分からない。否定したいが、何かが胸の奥で燻っている。
「高井さん、少し藍田さんと距離置いた方がいいんじゃない?」
また別の子が提案する。
「距離?」
「そうそう。藍田さん、図に乗ってるのよ。高井さんの面倒見てるってのを男子に見せ付けて……それで面倒見のいい女の子ってのをアピールしてんのよ」
「そんなっ!」
沙耶華は否定した。でも心のどこかで『そうかもしれない』という思いがよぎる。しかしすぐにその考えを取り消した。
「そんなことあるわけない!」
「そう言い切れる?」
そう切り返され、沙耶華は黙り込んだ。樹里は確かに面倒見がいい。でもそれが計算だとは考えられない。ただそういう性分なだけ。だけどうまく言葉にできない。
「黙ったってことは少しはそう思ったのね」
一人に言われ、沙耶華は俯いた顔を上げた。
「ちがっ!」
「違わない。そう思ったから否定しなかったんじゃん」
「高井さん、悪いこと言わないからさ。少しの間距離取った方がいいかもよ?」
なぜかそれが名案に思えてきた。こんな自分がとっても嫌だ。
Copyright (c) 2008 kazuki All rights reserved.