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STAGE 4  裏切り  4-1

 それから数日後のある日。午前中、樹里はいつものように劇の練習をこなし、バンド練習へ向かっていた。
(うわー。遅くなっちゃったなー)
 時計を見て焦る。一時からバンドの練習なのに、時計はもう既に一時半を指していた。
(待ちくたびれているだろうなぁ)
 樹里はトランプをしながら待っているであろうメンバーを思い浮かべながら、いつものように教室の扉を開けた。
「遅くなってごめん!」
 謝りながら入る。いつもならすぐ誰かが返事してくれるのに、何も返ってこない。
「……あれ?」
 樹里は教室を見渡した。そこには誰もおらず、ただしんと静まり返っていた。
「……誰も……いない?」
 信じられないと思いながら、教室の番号を確認する。
「合ってる……よね」
 いつもの教室だ。間違うはずがない。ドラムセットも他の機材も置いたままだ。だが教室には誰一人いない。
 不安に思いながら、恐る恐る教室に入った。
「もう……悪い冗談やめてよ」
 誰もいない教室に向かって言葉を発す。しかし何か返事が返ってくるわけでも、誰かが出てくるわけでもなかった。
 樹里は悪い冗談でメンバーが隠れてると思い、机の下やロッカーの中を調べた。
 だが誰もいない。どこにも、誰もいなかった。
「何で……?」
 泣き出しそうになる感情を抑え、樹里は窓の外を見た。中庭で晴樹たちがいつものようにダンスの練習している。樹里は窓を開け、晴樹に向かって叫んだ。
「ハルー!」
 その声にすぐに気づき、全員が樹里を見る。
「どしたー?」
 呼ばれた晴樹が返事する。
「うちのメンバー知らない?」
「さぁ? 見てないけど」
 晴樹は樹里の質問を不思議に思いながら答えた。その答えに樹里は泣き出しそうに笑う。
「そう。ありがとー」
「何かあったのか?」
 樹里の様子がどこかおかしいことに、晴樹はすぐに気づいた。
「何でもなーい。ありがとー」
 樹里はそう言いながら、窓を閉めてしまった。
 晴樹には遠目でも分かった。樹里が泣きそうな顔をしていたことに。
「わりぃ。俺、ちょっと抜ける」
 晴樹は三人に断りを入れ、樹里の元へと急いだ。


 樹里は窓を閉め、立ち尽くしていた。
(まさか時間、間違えた?)
 そんなはずはない。昨日きちんと拓実に確認した。
 自分の時計が壊れてるのだろうか?
 そう思い、携帯の時計を見るがやはり一時半過ぎだ。
「何で……誰もいないの?」
 樹里は震える声で呟くと、教室を出た。


 階段を駆け上がってきた晴樹は、教室から出てきた樹里を見つける。
「樹里!」
 叫ぶと樹里は俯いていた顔を上げた。
「ハル……」
「どうした? 何かあったのか?」
「何でもないよ」
 顔を背け、そう言い張る樹里の両肩を晴樹が掴む。
「何が何でもないだよ! 泣きそうな顔して!」
 急に怒鳴られ、樹里はきょとんとした。その反応で、晴樹は我に返る。
「あ……ごめん。怒鳴ったりして……」
 晴樹は樹里の肩を掴んでいた手を放し、もう一度訊いた。
「何かあったのか?」
 すると樹里はまた俯く。そしてポツリと呟いた。
「……いないの……」
「え?」
 か細い声に、晴樹は思わず聞き返す。
「誰もいないの」
 今度ははっきりと聞こえた。
「教室に?」
 そう聞くと樹里はコクンと頷く。
「時間、間違ってるわけないよな」
 一人くらい間違うとしても全員が間違うはずがない。
「あ。もしかして自分のクラスの手伝いとかまだやってるのかも?」
 樹里が思いつくと、晴樹が頷いた。
「そうだな。俺、拓実んとこ聞いてくるから、樹里は雄治んとこ聞いてこい」
「うん」
 拓実の教室より近い雄治の教室に樹里を行かせ、晴樹は拓実の教室まで走った。


「あの……拓実、いる?」
 晴樹は教室に残って作業をしていた拓実のクラスメートに聞いた。
「さぁ? もうとっくにバンドの練習行ったんじゃね?」
「そっか。ありがと」
 ここにはいない。他に行くとすれば……。
 晴樹は向きを変え、また走り出した。


 生徒会室には貴寛と数人の生徒会メンバーがいた。早速貴寛に聞いてみる。
「拓実? こっちには来てないよ?」
「そっか」
 生徒会長の拓実ならここにはいると思ったのに、当てが外れた。
「どうかしたのか?」
 そう尋ねられ、かいつまんで話す。
「いや……バンドの練習に来てなくて、樹里が探してたからさ」
 その言葉に貴寛は驚いた顔をした。
「そっか。でもこっちには来てないよ。来たらそっち行くように言っとく」
「うん。よろしく」
 晴樹が生徒会室から出ようとすると、貴寛に呼び止められる。
「ハル」
「ん?」
「あ……いや、何でもない」
 貴寛は口をつぐんだ。何かを知っているのだろうか? と不審に思いながらも、今回は問いたださないことにする。
「そうか? じゃ、またな」
 晴樹は生徒会室を出ると、樹里の元へ急いだ。


 再び練習用の教室に戻ってくると、既に樹里が戻って来ていた。晴樹に気づき、樹里が顔を上げる。
「拓実、いた?」
 少し期待をするような眼差しに、胸が痛んだ。
「ううん。クラスと生徒会室行って来たけどいないって」
「そっか」
 樹里は結果を聞いて俯いた。
「雄治もいなかったのか?」
 その問いに樹里は頷く。晴樹はグッと拳を握り、次の言葉を絞り出した。
「虎太郎もいないし……。涼も来てないみたいだ」
 晴樹はついでに他のメンバーが行動しそうな場所を探したが、どこにもいなかった。
「ありがと。ハル。もういいよ。今日は練習なくなったのかも」
「……大丈夫か?」
 晴樹の問いに、樹里はにっこりと笑った。しかし晴樹には泣きそうにしか見えなかった。
「ごめんね。ハル。ダンスの練習してたのに……」
「こっちは大丈夫だよ。そういや、携帯は鳴らしてみた?」
 樹里はコクンと頷く。
「うん。メールもしてみたけど……。電話も出ないし、メールも返って来ない」
 樹里はお手上げのポーズをした。四人もいて、誰一人もメールに気づかないなんておかしい。
「誰も返してこないのはおかしいよな」
「仕方ないよ。四人ともたまたま電話もメールもできない状態なのかもしれないし」
 樹里はそう言ったが、晴樹は納得できなかった。


 それから毎日樹里は教室で待ち続けたが誰一人、姿を現わすことはなかった。連絡さえも取れなかった。


 そんな状態が続く中、夏休みが明け二学期に突入した。唯一バンドメンバーで同じクラスの虎太郎は樹里たちと明らかに距離を置いていた。
(フラッシュバックがそんなにきつかったのか?)
 晴樹はそう考えて、虎太郎に連絡をよこさなかった理由や練習に来なかった理由を無理に聞こうとはしないことにした。これ以上、虎太郎の傷口を広げたくない。
 拓実と雄治はクラスが違うので、タイミングが合わず、会うことすらできなかった。涼はバイト尽くしらしく、樹里の家にも来なくなっていた。


 ある日の放課後。樹里は屋上に上った。
「よしっ」
 屋上から見える夕日に向かい、気合を入れる。そしてそのまま練習教室に向かった。


「ハル」
 ダンスの練習に向かおうとした晴樹は、沙耶華に呼び止められる。
「ん? 何?」
「樹里のことなんだけど……」
 沙耶華の言いたいことは、その瞬間に何となく分かった。
「あー、うん」
「このままで大丈夫かなぁ?」
「大丈夫じゃないだろ」
 それは傍で見ていてよく分かる。
「だよねぇ……」
 沙耶華が溜息をついた。大丈夫じゃないことは分かるが、自分たちができることは何もないように思えた。
「流石の樹里も今回ばっかりは……」
 晴樹がそう言いかけた瞬間、上の教室からギター音が聞こえた。二人は顔を見合わせる。
(もしかして戻ってきた?)
 晴樹と沙耶華はそんな期待をしながら階段を駆け上がった。


 二人はドアが開いている教室をゆっくり覗いてみる。
「あれ? 二人ともどうしたの?」
 しかしそこにいたのは樹里一人だけだった。
「今ギターが聞こえたから……」
 沙耶華が答えると、樹里は笑う。
「あぁ。この音ね」
 そう言って抱えているエレキギターを鳴らした。
「他のヤツらは?」
 晴樹が尋ねると、樹里は溜息をつく。
「相変わらずだよ」
 相変わらず来ない、ということだ。
「でも何で樹里はここに?」
 沙耶華が訊くと、樹里は真っ直ぐな目で二人を見た。
「あたし、やることにしたの」
「何を?」
 突拍子もない言葉に、二人は思わず聞き返す。
「決まってるでしょ。音楽よ」
 樹里は不敵に笑った。
「あたしにはこれしかないの。皆が来なくなった理由は分かんないけど……。あたし、例え一人になっても歌い続けるって決めたの。あたしの歌に共感してくれる人が必ずいるって信じてるから。それにあの四人は少なくともあたしの歌に共感してくれてたもの。今はきっと何かの理由でできないだけだと思う」
 樹里は一度俯いた。そしてまた顔を上げる。
「だからいつかまた五人で演奏ができるように……『あたしはここにいるよ!』ってサインを送り続けようと思ったの」
「樹里……」
 樹里は笑顔でそう言った。
 何て強いんだろう。一人になっても、仲間に裏切られるような状況になっても、樹里は凛としていた。
 自分がもし樹里の立場なら、こんな前向きに考えられただろうか?
 晴樹と沙耶華はそう考えずにはいられなかった。
「樹里」
 晴樹が呼ぶと、樹里は真っ直ぐに晴樹の目を見た。
「頑張れよ。俺、何もできないけど……応援してるからさ」
「あ、あたしも」
 沙耶華も手を挙げる。
「ありがと。二人とも。頑張るね」
 樹里は両手で拳を握った。とにかく元気になった樹里を見て、二人は安心した。
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