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STAGE 3 疑惑 3-3
数日後の夏祭り当日。午前、午後と学校で忙しく過ごした樹里は、沙耶華の家に来ていた。
「樹里、似合うじゃん」
「そお?」
浴衣を着せてもらった樹里はくるりと一回転してみた。
「かわいいわねぇ」
沙耶華の母親がにっこりと言った。その言葉に樹里ははにかむ。
「へへっ。ありがと。おばさま」
「沙耶、髪結ってあげなさい」
「はーい」
沙耶華は樹里の髪を結い始める。
「沙耶華は着ないの?」
後ろから母に聞かれ、沙耶華は頷いた。
「あたしは……似合わないから」
「何言ってんの。そんなわけないじゃない。沙耶、かわいいんだからもっと自信持ちなさいよ」
樹里の言葉にも沙耶華はネガティブだった。
「……いいの」
諦めた口調に樹里は悲しくなる。
「よくない!」
「樹里、動かないで」
樹里が振り返ると、沙耶華は樹里の顔を前に向けた。それでも樹里は諦めない。
「おばさま。沙耶の浴衣ってあるんでしょ?」
「もちろん」
にっこりと笑うと、どこからか浴衣をもう一着出した。
「お母さん!」
「沙耶華に着て欲しくってねぇ。いい機会だから着なさい」
沙耶華の母は娘に迫った。
数分後、観念した沙耶華は大人しく着替えさせられていた。
「かわいーーーーー!」
樹里は着替え終わった沙耶華を見て、絶叫した。
「恥ずかしいよぉ」
沙耶華は赤面した顔を手で覆った。
「もっと自信持ちなって! 沙耶、かわいいんだから」
そう言いながら樹里は沙耶華の眼鏡を外した。
「あっ」
「今日はこれ無し!」
樹里は眼鏡をさっさと片付けた。
「目、悪くないんだから大丈夫でしょ」
樹里に言われ、沙耶華は口をつぐんだ。
実は沙耶華の眼鏡に度は入っていない。眼鏡をしているのは、人と接するのが怖いからだ。
中学生の時、沙耶華はイジメに遭い、それ以来、晴樹や樹里といった気心知れた人以外とはあまり話さなくなった。本当は眼鏡と言うフィルターがなければ、学校さえも怖い。
「良い機会だと思うよ。沙耶、あの三人組にはちょっと心開いてるでしょ」
最近特に接する機会が多かった恭一、陽介、要にはだいぶ心を開いてると樹里には見えていた。
「……う、うん」
「眼鏡がなくても、人と接するようにしなきゃ」
「……うん」
それは沙耶華自身、十分分かっている。
「ほら、髪やらないと。皆来ちゃうよ」
樹里は優しく笑いかけた。
迎えに来た晴樹、貴寛、雄治、拓実、虎太郎、恭一、陽介、要は玄関で固まっていた。樹里のかわいさはもちろんだったが、意外な人物のかわいさに目を奪われた。眼鏡をかけていないだけでも雰囲気がいつもと違う。
「ちょっと、沙耶。あたしの後ろに隠れててもしょうがないでしょ!」
樹里は沙耶華を自分の前に出した。
「ほぇー。化けるもんだなぁ」
雄治が感心している。
「雄ちゃん、言い方失礼だよ」
樹里がプンプンと怒った。
「素直にかわいいって言えばいいのにぃ」
もちろん自分のことではなく、沙耶華のことをだ。
「樹里もかわいいよ」
「そんな取ってつけたみたいに言われても……」
棒読みな雄治の言葉にツッコむ。
「あ、早く行かないと、花火大会始まっちゃうよ」
沙耶華は恥ずかしいあまり、話をそらせた。
花火会場はやはり混んでいた。見渡す限りに人だらけである。
「うーん。こんなんじゃ花火見えないなぁ」
晴樹は唸った。
「おいら見えるけどね」
一番背の高い雄治が言い放つ。
「そらぁね……」
晴樹は呆れた。雄治の身長は一八〇センチは優にある。それに比べ晴樹は一七〇ちょい。しかも樹里や沙耶華は一六〇前後なのだ。
「仕方ねーな。皆おいらに付いて来い」
そう言うと雄治はスタスタ歩き出した。
「え? ちょ……雄ちゃん待ってよー」
慣れない下駄で歩いている樹里と沙耶華は必死で雄治を追いかけた。
「おい、雄治。ちっとはゆっくり歩け」
その様子を見た拓実が雄治に一言注意する。
「おっと。わりぃわりぃ」
雄治は頭を掻きながら謝った。
雄治が皆を案内したのはある廃ビルだった。勝手に屋上まで上がる。
「ここから見えるの?」
沙耶華が問う。
「うん。沙耶、樹里、ここ立ってみ」
雄治は二人を花火がよく見える位置に誘導した。
「へー。こんなとこあるなんて知らなかったぁ」
「おいらの穴場スポット」
樹里の言葉に雄治が答える。
「大方いつもここで口説いてるんだろ」
拓実にズバリ言われ、雄治はギクッとした。
「分かりやすっ」
晴樹が叫ぶと、雄治に脳天をチョップされる。
「ってぇ。何すんだよ!」
「今まで付き合ったことのないやつに言われたかないやい」
「何をーっ!」
今にも取っ組み合いを始めそうな二人を拓実が止める。
「二人ともストップ。それよりあれ、見てみ」
二人は拓実が指差した方を見た。その先には樹里が見えた。その隣にいるのは何と要だった。
「なんちゅー組み合わせ……」
雄治が一言。晴樹は言葉を失った。楽しそうに二人が話しているのをただ見ているしかできない。
「ハル。いい加減行動しないと、佐伯に樹里持ってかれちゃうよ?」
「え?」
拓実の言葉に動揺する。
「佐伯、本気っぽいな」
雄治が付け足す。二人の言葉に晴樹は焦った。どうしたらいいのかすら分からない。
「とりあえず二人の会話阻止して来い」
二人に背中を押され、晴樹は樹里と要の少し後ろに立った。それに気づいた樹里が晴樹に話しかける。
「ハル。見て見て。綺麗だねー」
樹里は花火に夢中だった。
「う……うん。綺麗だな」
それしか答えられない。要の方をちらっと盗み見る。何も変わらない態度。いつもの要だと思う。晴樹は妙な安心を覚えた。
だけど心の奥では何かが引っ掛かる。それが何か分からなかった。
その後ろで雄治と拓実が晴樹の様子を観察していた。
「うーん。どうよ? あれ」
「どうよ? って言われても……。ハル、もちょっと焦った方がいいよなぁ」
拓実の言葉に雄治はうんうんと頷いた。
その夜。晴樹はいつになく眠れなかった。
要の行動がとても気になる。拓実と雄治の言うように、要も樹里のことを本気で想っているんだろうか?
否定をしたいが、樹里がモテるのは昔からなのでそう簡単に否定できない。
「うー」
晴樹は唸った。今夜が蒸し暑いせいかもしれないが、変な汗が出てくる。
こんな気持ちが嫌だ。今に始まったことではないが、自分の友達が樹里を好きだなんて……。
恭一や陽介も好きだと言ってるが、それはアイドルみたいな感覚らしい。だが要は一人の女の子として樹里を好きなのだろう。
じゃあ樹里は? 樹里は一体誰が好きなんだ? あのバンドの中には……。
(んなわきゃない)
見てる限りではバンドの中にはいそうにない。一番怪しいのは涼だが……。確か涼には彼女がいる。
どうしたらいい? 自問自答を繰り返しても答えは出ない。
樹里が誰を好きかも分からない。じゃあ、自分は?
(やっぱ好きだ)
いつからだろう。樹里を好きになったのは……。随分昔のような気がする。幼馴染だから、初対面なんて覚えてない。それこそ生まれた時から知っている。
気になり始めたのは、彼女がバンドを始めてからだ。いつも以上に輝く樹里にいつしか惹かれていた。
ホントに音楽が好きなんだ。特に歌うことが。
彼女の歌声は晴樹にとってなくてはならないものだ。ずっと聞いていたい。辛い時、悲しい時は励ましてくれる。逆に楽しく、嬉しい気持ちにしてくれる。樹里の歌は魔法みたいだ。
(……こんなこと考えてる俺って……)
晴樹は天井を仰いだ。
(俺はどうしたい?)
その答えは簡単だ。ただ樹里の傍にいたい。
(そしてずっと……これからも……)
晴樹はそう思うと何だかすっきりした。
これでいいんだ。樹里の傍にいたいから傍にいる。これで十分だ。
晴樹はそのまま目を閉じた。
いつの間にか深い眠りに就いていた。
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