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STAGE 3  疑惑  3-2

 翌朝。樹里が目を開けると、いつもと違う天井が広がっていた。
「ん……」
 そうだ。昨夜、怖かったので兄の部屋に泊めてもらったのだ。
「……何時?」
 樹里は寝返りを打って時計を見た。時計の針は九時を指している。
「え?」
 樹里は飛び起きた。もう一度時計を見る。
「お、お兄ちゃん。起きて!」
 樹里は隣で寝ていた兄を揺さぶって起こす。
「んー。何ぃ?」
 一応返事はするが、目が開いていない。
「今日午前中、バイトじゃなかった?」
「そう……だよ」
 比呂はやはりまだ眠いのか、目を閉じたまま答えた。
「もう九時だよ! 早く起きて!」
「えー? 九時?」
 まだノンキな兄に樹里は布団をはいだ。
「バイト、十時からでしょ? 朝ご飯作るから早く起きて」
「うーん」
 布団を剥がされた兄は、もぞもぞと縮こまりまだ寝ようとしている。
「遅刻しても知らないからね」
 樹里は唸っている兄を放置し、パジャマのまま一階に下りた。キッチンに置いてあるエプロンを着けて朝食の支度を始めた。
 その時玄関のベルが鳴った。インターホンに出る。
「はよっす」
 カメラ付きインターホンの前で晴樹がいた。学校に行くのは昼からなのだが、比呂がバイトに行くので樹里を一人にしないように、早めに来たのだ。
「あ、おはよ。ハル。悪いんだけど、鍵開けて入ってきて。今ちょっと手が離せなくて」
「らじゃっ」
 晴樹は藍田家が隠してある鍵でドアを開けた。また元の場所に戻しておく。
 家の中に入るといい匂いが充満していた。
「おー。うまそー」
「ハルのはちょっと待ってね」
 今にもつまみ食いしそうだったので、樹里はストップをかけた。
「ハル。悪いけど、お兄ちゃん起きたか見てきてくれる? バイトなのにノンキにまだ寝てるかもしれないから」
「おう。寝てたら、一発ケリ入れとく」
「よろしく」
 晴樹は二階の比呂の部屋に向かった。家が向かいで幼馴染の晴樹は、よくこの家に出入りするので、勝手をよく知っている。
「比呂兄。入るぞー」
 ドアを開けると思った通り、比呂はまだ眠っていた。
「比呂兄。起きろよ。バイトだろ?」
「う……ん」
「ほら、起きろって」
 晴樹がそう言うと比呂は両手を伸ばした。『起こせ』と言ってるらしい。晴樹は溜息をつきながら手を取って起こす。
「起きたか?」
 座っても比呂はまだ唸っていたので、今度は立ち上がらせた。
「俺も下にいるから、着替えて下りて来いよ」


 晴樹は比呂をほったらかして一階に下りてきた。
 キッチンでは樹里がパジャマ姿のまま、朝食を作っていた。なぜかその姿に妙に意識をしてしまう。
「お兄ちゃん、起きた?」
 晴樹が降りて来た事に気づいた樹里が声をかける。
「あ……うん。多分。立たせて来たから」
「ありがとね」
 しばらくして、ようやく比呂が降りてきた。
「ノンキだね。お兄ちゃん」
 樹里が呆れる。見た感じ、まだ覚醒していないようだ。
「近いからな」
 比呂のバイト先のコンビニは徒歩五分で行ける場所にあるのだ。
「いっただきまーす」
 比呂はマイペースに食事を始めた。
「はい。ハルの分」
「サンキュー」
 晴樹は家でもちゃんと朝食を食べてきているのだが、毎回ちゃっかり藍田家でも食べる。成長期の男の子の食欲は異常だ。
「お兄ちゃん。いくら近いからってのんびりしすぎじゃない?」
 トロトロ食事をする兄に呆れ返る。
「遅刻しなきゃいんだって」
 兄のマイペース具合に、樹里は溜息をついた。


 昼食を済ませた晴樹と樹里は学校へ向かった。晴樹は樹里を教室まで送り届ける。
「んじゃ、ま。練習終わったらこっち来るから」
「うん」
 晴樹の言葉に樹里は頷いた。それから晴樹は既にいるメンバーに話しかける。
「それまでみんな、樹里のことよろしく」
「おう」
 任せとけとでも言うように雄治が返事した。
「じゃっ」
「あ、ハル」
 教室を出て行きかけた晴樹を樹里が呼び止める。
「ん? 何?」
「ありがとう」
「……おう」
 樹里の照れたような笑顔に、一気に体温が急上昇する。高鳴る心臓を押さえながら、晴樹は校庭に向かった。


「今日は大丈夫だった?」
 校庭には既に三人が来ており、恭一が晴樹を見つけると開口一番そう訊ねた。
「おう。何もなかったよ」
「でもまだ安心はできねぇよな」
 陽介の呟きに一同頷く。
「そだけどさ」
「でも何なんだろ?」
「ん?」
 要がふと口にする。
「樹里ちゃんさ、買い物が終わってから視線に気づいたんだよね?」
「うん」
 確認され、晴樹は話を思い出しながら頷いた。
「それまでずっと見られてたんじゃないの?」
「だとしても買い物中は周りにお客がいっぱいいるから気づかなかったんじゃないか?」
「そうなのかなぁ?」
 恭一の言葉に要は首を傾げた。
「でも樹里ちゃん、敏感なんだね。俺だったら気づかないかも」
 陽介の言葉に恭一も頷いた。
「だな。俺も思った」
「ああ。樹里の場合……」
「ハル!」
 突然かなり上の方で声がしたので、晴樹は呼ばれた方向に顔を向けた。校舎四階の窓から顔を出している貴寛を発見する。
「何?」
「お前ら、コンテストの参加申込書出したのか?」
 貴寛に聞かれ、思い出した。参加申し込みをしないとコンテストに出られない。
「え? あ、忘れてた。恭一たち出してないよな」
「うん」
 三人に頷かれ、晴樹は慌てて返事する。
「わりー。今そっち行くわ」
「早くしねーと締め切るぞー」
 意地悪く貴寛が笑う。
「イジメだー」
 貴寛のいる生徒会室は四階にある。
「しゃーない。全力疾走しますか」
 四人は校舎に向かって走り出した。


 それから数日後の晴樹たちのクラスは、相変わらず劇の練習に勤しんでいた。そして今は休憩中である。
「そういやもうすぐ、夏祭りだね」
 樹里が携帯のカレンダーを見て呟いた。
「あー。もうそんな時期か……」
 沙耶華が衣装の直しをしながら返事する。
「ハルたちも行くよね?」
「来るんじゃない? 毎年一緒に行ってるんだし」
 樹里の質問に沙耶華はあっけらかんと答える。
 沙耶華は何となく教室を見渡すが、晴樹たちの姿が見えない。
「そういや、ハルは?」
「中庭で練習してるんじゃない?」
 樹里に言われ、沙耶華は窓から中庭を覗いた。四人がダンスの練習をしているのが見える。
「あ、ほんとだ」
「何見てんだ?」
 突然貴寛が現れた。思わぬ至近距離に沙耶華は驚いた。その様子を貴寛ファンクラブの子達がじっと見ているのに気づく。
「ハ、ハルたちが練習してるなぁって……」
 視線が痛いのでそう言って、沙耶華は貴寛から少し離れた。一方貴寛はそんなことには気づきもせず、窓の外に目を移す。
「ほんとだ。がんばってんだな。あいつらも」
 晴樹たち大道具の係は、ほとんどの仕事が終わっているので、外で練習しているらしい。
「あ、貴寛も行く? 夏祭り」
 ふと樹里が顔を上げた。
「そりゃもちろん」
 樹里の誘いとあらば、行かないわけにいかない。
「あー。今年は浴衣着たいかも」
 樹里が突然思いた。
「あ。それならうちのお母さんに着せてもらおうよ」
 沙耶華の母親は着付けができる。
「え? いいの?」
「うん。浴衣だってお姉ちゃんたちのお下がりがあるし」
 三姉妹の末っ子である沙耶華は、以前二人の姉が浴衣を着ていたのを思い出した。
「じゃあ、お願いしようかな」
「浴衣かぁ。いいねぇ」
 貴寛が何やら妄想しながら、樹里の目の前にしゃがみこむ。
「何だったら着せてやろうか?」
「何調子のいいこと言ってんだ」
「お……重い」
 今度は晴樹が現れ、樹里の前にしゃがんでいた貴寛の上に乗った。
「ったく。ちょっと習い事してるからって調子に乗んな」
「分かったから……どいてくれ……」
 絞り出すような声にこの辺で勘弁しといてやる。
「あれ? さっきまで練習してたよね?」
 沙耶華は幽霊でも見るかのように晴樹を見た。
「うん」
「いつの間に……」
 いくらなんでも戻ってくるのが早すぎる気がする。だがそれを気にせずに樹里が話しかける。
「あ、ハルたちも行くでしょ? 夏祭り」
「もちろん」
 毎年のイベントは欠かさない。要と陽介も頷く。
「あれ? 恭一くんは?」
 いつものメンバーが一人足らないことに樹里が気づいた。
「ああ。あいつはジュース買いに行った」
「そっか。行くかな? 恭一くんも」
「行くんじゃねーの? 樹里に誘われたら……」
 晴樹は自分でも嫉妬丸出しな言い方だと思ったが、樹里は気づいていないようだった。
「男の嫉妬はみっともないわよ」
「っるせ」
 沙耶華の耳打ちに晴樹は言い返す。その時、恭一が戻ってくる。
「あれ? 何の話?」
「あ、おかえり。恭一くん。今ね、夏祭り一緒に行こうって話してたの。恭一くんも行くでしょ?」
「もちろん」
 樹里に聞かれ、恭一は笑顔で答えた。
「あ、そうそう。ハイ」
 恭一は持っていたジュースのうち二本を、樹里と沙耶華に渡す。
「え? いいの?」
 まさか自分たちに渡されると思っていなかった二人が、きょとんとしている。
「うん」
「「ありがとう」」
 樹里と沙耶華は声をそろえてお礼を言った。
「どういたしまして」
「かっこつけが……」
 笑顔の恭一の後ろで要と陽介が毒づく。
「なぁ。俺のは?」
 晴樹が恭一の後ろから顔を出す。
「ない」
「えー? なんでー?」
「俺、女の子には優しいの」
 そう言われ、晴樹はふくれた。
「まぁまぁ、あたしの半分あげるから」
 そう言うと樹里はどこからか紙コップを持ってきた。缶を開け、ジュースを注ぐ。
「間接が良かったなぁ」
「え? 何?」
 晴樹が呟くと、樹里がきょとんとした顔で聞き返した。
「いや、なんでもない」
 思わず本音が口から出た晴樹は慌てて否定した。
「ハイ。どうぞって、これ恭一くんの台詞だね」
 樹里は笑いながら晴樹にコップを渡した。
「あはは」
 晴樹は乾いた笑いを浮かべた。
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