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STAGE 3  疑惑  3-1

「重っ。買いすぎた……」
 樹里は買いすぎた荷物にてこずっていた。二人暮らしなのに、毎回大量に食材を買うのは、兄が一人で異常によく食べるからだ。
「やっぱハルに荷物持ち頼めばよかったー」
 今更後悔をしても遅い。
「しょうがない。迎えに来てもらおうっと」
 樹里はスーパーを出てすぐ、邪魔にならないところに荷物を置いて携帯電話を取り出した。
 その時、背中に妙な視線を感じた。だが、振り返るのは怖い。樹里はとにかく何でもないフリをして携帯の短縮ボタンを即座に押した。
(早く出て)
 樹里は携帯を耳に押し当て、心の中で叫んだ。三コール目で比呂が出る。
『もしもし?』
「お兄ちゃん。あたし」
『どした?』
 ノンキな声が返ってくる。その声に少し安心した。
「今駅前のスーパーにいるんだけど、迎えに来てくれる?」
 そう頼むと、とても嫌そうな声が返ってくる。
『えー?』
「えー、じゃなくて。誰のために買い込んでると思ってんのよ」
 そう言うと、比呂は観念した。一応自覚はしているらしい。
『うっ。分かったよ。十分くらいでそっち行く』
「うん。お願いね」
 ホッとしながら、電話を切る。
 十分。その間どうしたらいいのだろう? 視線はどんどん強くなる……気がする。だけど振り返れない。
 樹里はもう一度携帯電話を開き、着信履歴を見た。すぐに通話ボタンを押す。
『もしもし?』
 相手は意外と早く出た。
「沙耶? 今大丈夫?」
『うん。どうかしたの?』
 突然の電話に、沙耶華は驚いているようだった。
「沙耶の声聞きたくなっちゃって」
『あは。そりゃ、嬉しいこと』
 樹里の言葉に沙耶華が笑う。他愛もない話を少ししてから、今日起きたことを報告ことにした。
「……今日ね、またやられたの」
 不意に話し初めた樹里に沙耶華の声が一瞬凍る。
『え? 何が?』
 聞き返す沙耶華の声が、何だか震えている。薄々分かっているのだろう。
「ほら、夏休み前に衣装がめちゃくちゃにされたじゃない? 今度はね、セットもやられたの」
『それホント?』
 沙耶華は信じられないようだ。
「うん。しかもね、拓実のクラスの衣装までやられたの」
『え? うちのクラスだけ狙ってたんじゃないの?』
 樹里の言葉に沙耶華は驚き入った。
「みたい」
『セット置いてる教室って、鍵掛けてたんでしょ?』
「うん」
『どうやってやったんだろう?』
 沙耶華もやはり同じ疑問が浮かんだようだ。
「それなのよね。手口も何も分からないから、こっちも手の打ちようがなくて……」
『で? 結局どうなったの?』
「先生たちに報告しただけ」
 そう言うと、沙耶華は驚嘆した。
『それだけ?』
「だってどうしようもなかったんだもん。先生たちに見回りとか強化してもらうしか」
『そりゃそうだけど……。クラスのみんなは?』
 反応は何となく分かるが、一応聞いてみる。
「かなり怒ってる」
『そりゃそうだよね。あたしもめちゃくちゃ悔しかったもん』
「文化祭、無事にできればいんだけどね」
『だね』
 そんなことを話していると、樹里の前に見慣れた車が止まった。
「あ、じゃあ。また明日電話するよ」
『明日は練習あるの?』
「明日はバンドの方だけだよ」
『そっか。じゃ、適当に差し入れ持って行くよ』
「うん。ありがと。じゃ、また明日ね」
 お互いに「バイバイ」と言って、樹里は電話を切った。同時に兄が車から出てくる。
「また大量に買ったなー」
 その言葉に樹里は呆れながらツッコんだ。
「ほとんど食べるの、お兄ちゃんだよ」
 そう言われると、比呂は何も言い返せない。
「……分かってるから迎えに来たんだろ?」
 比呂は地面に置かれていた荷物を持った。
「近くにいたの?」
「ああ。ツレんとこで飲み会」
「飲酒運転?」
 樹里に疑いの目で見られ、慌てて否定する。
「まだ飲んでねーよ。飲もうと思ったら、電話かかってきたんだから」
「ごめんね」
 突然謝られ、比呂は虚を突かれた。
「何謝ってんだ? 大丈夫だよ。また飲みに行くし」
「え?」
 比呂の言葉に樹里は思わず聞き返す。
「樹里送ってったら、また戻るんだよ」
「ヤダ」
「え?」
 いつもはぶつくさ言いながらも送り出してくれる妹が、なぜ反対したのか分からず、比呂は困惑した。
「どうかしたのか?」
 そう聞いても、樹里は俯いたままだった。
「とにかく乗れ。な?」
 荷物を入れ終わった比呂は助手席のドアを開け、樹里を乗せた。比呂も運転席に回って、車に乗り込む。シートベルトをしっかり締め、比呂はギアを入れて、車を発進させた。
「どうかしたのか?」
 もう一度聞いてみる。
「……誰かにつけられてる気がするの」
 樹里は俯いたまま答えた。
「え? 誰かって?」
 思わぬ言葉に驚き、驚いて聞き返す。
「分かんない」
 樹里は首を横に振った。
「でもすごく嫌な視線を感じて……怖くて振り向けなかったの。だからお兄ちゃん待ってる間もずっと沙耶と電話してて……」
 樹里は両腕をさすった。比呂は左手を伸ばし、震える樹里の手を握った。
「大丈夫だ。俺が付いてるから」


『樹里が誰かにつけられてる?』
 電話の向こうで晴樹が叫んだ。比呂は樹里が風呂に入っている間に、晴樹に電話をかけたのだ。
「そう。本人がそう言ってる」
『でも何で……』
 晴樹は不思議に思った。
「分からない。ハル、何か心当たりないか? 変な人見たとか」
『いや。特には……』
 考えてみたが、思い当たらなかった。
「そうか」
『樹里は?』
「ああ。今、風呂に入ってる」
 何だか落ち着かなくて立っていた比呂は、ようやくリビングのソファに座った。
『そっか。でも珍しいな。この時間に比呂兄が家にいるなんて』
 茶化すと、意外と真面目に反応が返ってきた。
「樹里が怖がってんのに、ノンキに飲みに行けると思うか?」
『比呂兄なら行きそう』
 ププッと笑っているのが、電話越しに分かる。
「あのなぁ。俺だって樹里のこと心配してんだぞ」
『冗談だよ。でもそれなら樹里が狙われてるかもしれないってことだよな』
 これは一連の事件と何か関係があるのだろうか?
「かもな。ハル。できるだけ樹里を一人にしないようにしてくれるか?」
 比呂のお願いを晴樹は快諾した。
『うん。もちろんだよ。明日はバンドの練習だって言ってたから、学校行くまで一緒に行くよ。練習中は男が四人もいるから、狙われにくいだろうし』
「ああ。そうだな」
『拓実たちには俺から連絡しとくよ。一人にしないようにって』
「頼む」
 比呂にそう言われ、晴樹は一段と責任が増した。
『明日、樹里に迎えに行くって言っといて』
「分かった。じゃあな」
『おう』
 電話を切ると丁度樹里が出てきた。
「お先ー。お兄ちゃんも入って来たら?」
「大丈夫か? 一人で」
 変な心配をする比呂に、樹里は笑った。
「大丈夫だよ。サスガに家の中までは入ってこないだろうし」
「何かあったらすぐ呼べよ」
「分かったって」
 樹里は笑いながら、比呂の背中を押した。


「何だって?」
 電話を切ると、晴樹の家に来ていた陽介に訊かれる。
「何かさ。樹里、誰かにつけられてたみたいなんだって」
「え?」
 その言葉を聞いた陽介、恭一、要の三人が驚き固まった。
「今日樹里さ、買い物行くって別に帰ったじゃん?」
「うん」
「買い物が終わって外に出てから、嫌な視線を感じたらしいんだ。でも怖くて振り返られなかったんだって」
「それって……」
「樹里ちゃんが狙われてるってこと?」
 恭一たちもやはりそう考えた。
「分かんない。だけど用心に越したことはないから、これからは樹里を一人にしないようにしようって、比呂兄と話してたんだ」
「だな」
 それがいいと陽介が頷く。
「俺らも協力するよ」
「おう。あ、俺拓実に電話しとかなきゃ」
 晴樹は再び携帯電話を取り上げた。
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