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STAGE 2  事件?  2-3

 数日後。終業式が終わり、夏休みに入る。
 樹里は相変わらず忙しい。午前中は劇の練習、午後からはバンドの練習だ。
「歌ってばっかダネ」
 虎太郎に言われ、樹里は苦笑した。
「そうだね」
「そっか。劇っつってもミュージカルだもんな」
 雄治は自分で買ってきたお菓子を頬張りながら言った。
「大丈夫か? 喉」
「大丈夫。そんな無茶な発声はしてないもん」
 拓実の心配は無用だった。発声の仕方はしっかりと身に付いている。
「衣装はどうなった?」
「着々と製作してるみたいよ」
 涼の問いに樹里が答えた。
「ダンス組も手伝ってんだって?」
 雄治がそう聞くと、樹里はムッとしながら頷いた。
「うん。ひどいのよ。あたしが手伝ってあげるって言った時はいいって断ったのにぃ」
 未だにそれが許せないらしい。
「しょーがねーべ。樹里は家事できるのになぜか裁縫だけはダメだかんな」
 雄治がズバッと言った。事実なだけに言い返せない。
「不器用なくせに料理の腕だけはいいんだよな」
 涼が笑いながら言う。
「だってそれは小さい時からやってたもん」
 留守がちな両親の代わりに、祖父や祖母が面倒を見てくれていた時期もあったが、家事は小さい時からやっていたので、身に付いている。特に、何もできない兄がいるので、生きていく上で料理は必須だった。
「まぁまぁ」
 ほっとくと果てしない言い合いになりそうなので、拓実がなだめる。
「おー。皆。やってんねぇ」
 突然教室に一人の男が入って来た。全員の視線が男に集まる。
「あ、お兄ちゃん」
「やっ」
 現れたのは樹里の兄で涼の親友でもある藍田比呂だった。比呂はもこうしてごくたまにバンドの見学に来る。
「何しに来た?」
「遊びに」
 親友であるはずの涼の冷たい言い方にも負けず、あっさりと返した。
「バイトは?」
「休み。家にいてもつまんないからさ」
 比呂はそう言いながら入ってきて、まるで自分の物のように雄治のお菓子をつまむ。
「そういや、ハルと沙耶は?」
 いつもならここに二人が混ざっているのだが、ここ最近は二人ともいない。
「ハルなら裏庭でダンスの練習。沙耶は衣装の復旧作業」
 樹里が端的に答えると、比呂は記憶を辿って頷いた。
「ああ。ボロボロにされたやつか」
 樹里が「そう」と頷く。樹里に事情を聞いていた比呂は、「うーん」と唸り始めた。
「犯人見つかってないんだろ?」
「うん。だって見つけようがないじゃん」
「全校生徒が容疑者だからな」
 樹里の言葉に雄治が付け足すと、比呂は納得した。
「樹里!」
 突然、教室の扉が勢いよく開いた。裏庭でダンスの練習をしていたはずの晴樹が飛び込んでくる。
「どうしたの?」
「大変なんだ! とにかく来て!」
 樹里は状況が分からないまま晴樹と共に教室を出た。
 他のメンバーも好奇心には勝てず、二人の後を追った。


 晴樹に連れられて教室に戻ると、貴寛の暗い顔が見えた。劇の準備をしていたクラスメートも数名残っている。クラスメートの顔も何だか暗い。
「貴寛。どうかしたの?」
「困ったことになったよ」
 そう言って貴寛は視線を移した。樹里たちもそこに目をやる。
「!」
 言葉が出なかった。衣装がボロボロにされた時には無事だった大道具、背景のセットなどがめちゃくちゃに切り刻まれていた。
「ひどい! 誰がこんなこと!」
 樹里は眉をひそめながら叫んだ。後から付いてきたメンバーもその惨状に驚き入って言葉が出ない。
「分からない」
 貴寛は溜息混じりに首を横に振った。
「衣装がボロボロにされてから、あの教室にも鍵をかけてたんだ。それなのに……」
 晴樹は説明しながら言葉に詰まる。大道具担当だった晴樹は、悔しさの余りギュッと拳を握りしめた。
「鍵は、どこに保管してた?」
 拓実が問うと、貴寛が顔を上げた。
「職員室。でも誰が取りに来たかなんて、先生たちは覚えてないさ」
「誰でも……取りに行けた……?」
 樹里が呟く。
「ナンデだろ?」
 ふと虎太郎が呟いた。
「何が?」
 隣にいた雄治が問うと、虎太郎は疑問を説明した。
「だって衣装がめちゃくちゃにされたトキ、コレはブジだったんダヨ? なのに、ダレカに見つかるかもしれないリスクがあるのに、二回に分けるヒツヨウ、ある?」
 虎太郎の意見に全員が納得する。確かに二回に分ける理由が分からない。
「これを発見したのは?」
 拓実が尋ねると、貴寛が口を開いた。
「さっき。午前中は劇の出演者だけが集まって、ここで練習してた。午後になって、大道具係のみんなが劇のセットを作るために、教室を開けた。そしたらこの有様だ」
「でもここで練習してた時、窓とかも開けてたけど、別に不審な人はいなかったし。それに保管してる教室はここのすぐ隣だから、誰かがドアを開けたら音で分かると思うよ。ドアの建て付け悪かったし」
 午前中の劇の練習に出ていた樹里が続けた。
「ドアから入ったとは限らねーぞ」
 涼の言葉に一斉に涼を見る。
「どういうこと?」
 晴樹が問う。すると涼はこっちへ来いと指で合図し、衣装や道具を保管している教室に連れて来た。
「確かにドアは建て付け悪くて、普通に開くと音がする」
 涼がドアを開けると、ドアは軋んだ音を立てて開いた。
「だけどな。ここの教室、不思議なことがあってよ」
 そう言うと涼は教室の中にずんずんと入って行き、ある場所の壁の前で止まる。
「よっと」
 涼は突然腰壁を蹴った。全員が呆気に取られたその瞬間、古い型の木の板が外れる。
「え?」
 その場にいた全員が驚いた。そこには小さいながらにも、向こう側の教室に通じているようだ。
「何コレ?」
「なんだ。まだあったのか」
 この学校のOBである比呂が笑う。
「お兄ちゃん、知ってるの?」
「まー。一応卒業生だし」
「この校舎、古いからな」
 涼が付け足した。
「ここってどこに繋がってんだ?」
 雄治がその壁に近づき、覗き込む。
「あっちの教室」
 比呂が隣の教室を指差す。
 この教室は丁度北館と中館のつなぎの場所で、今は物置になっている。元々は資料室だったらしい。そしてこの教室は晴樹たちのクラスと隣の空き教室との間にある。涼がぶち抜いた木の枠は空き教室のほうに繋がっていた。ちなみに隣の空き教室もあまり活用されておらず、開けられることは滅多にない。
「懐かしいな」
「おう」
 比呂と涼がニヤニヤと笑っているので、樹里がツッコんだ。
「何で懐かしいの?」
「ああ。よくここの板取って、こっちで授業サボってたんだよ」
 涼があっさりと答えるが、樹里はじと目で兄を睨んだ。
「お兄ちゃん? そんなことしてたの?」
「……う〜……ま、あの……時効だ。うん。時効」
 比呂の目線が宙を泳ぐ。そんなやり取りの間に、冷静に分析した拓実が本題に戻した。
「いや。それよりさ。向こうに行けたとしても、あんまし関係ないんじゃないか?」
 すると、涼が自分の推理を説明し始めた。
「準備してる時は、ここは開けっ放しだろ? その時に入ってココに隠れる。で、誰もいなくなった時に出てきて……」
「そりゃできるだろうけど。出るときどうすんだよ」
 拓実に聞き返され、涼は周りを見回した。
「そりゃ、窓から……」
「ココは三階だ」
 拓実は呆れながらツッコんだ。隣の教室も鍵を開けていなければ、出るのは不可能である。
「できるべ。こっちにでっかい木が生えてるから、そこに移ってだな」
「そんな危険冒してまで誰がすんだよ。こんなこと」
 雄治の意見に、今度は晴樹がツッコんだ。
「一番有り得るのは……」
 樹里の言葉に一斉に樹里に視線が集まる。
「有り得るのは?」
「職員室で鍵を借りるの」
「……」
 とても単純な推理に一同固まった。確かにそれが一番手っ取り早い。
「誰が取りに来たかなんて、誰も覚えてないってさっき言ってたじゃない」
「でもドアが開けば音が……」
 貴寛が言うと、樹里がきちんと答えた。
「そんなの誰もいない時間にやっちゃえば分かんないでしょ。夏休みだから常に人がいるわけじゃないし」
「そらそうだ」
 一同が妙に納得する。しかし、よく鍵を取りに行く晴樹は何かが引っ掛かった。
「でも鍵借りるときって……」
「あっ! そうだよ!」
 晴樹の言葉に恭一が気づく。
「「利用者名簿」」
 二人同時に言葉を発した。
「利用者名簿?」
 あまり鍵を取りに行かない樹里は、聞き返した。
「そう。鍵を借りるときは必ず利用者名簿にクラスと名前書かなきゃ、借りられないんだ。先生が誰もいなかったら絶対に鍵は借りれない」
 晴樹が説明する。晴樹や恭一は何度も鍵を取りに行っているので、システムは把握している。
「何で先生がいないと取れないの?」
「鍵を保管しているとこに鍵が掛かってんだ。ダイヤル式の」
「へぇ」
 樹里の問いに今度は恭一が答えた。
「その番号は先生しか知らないのか?」
 涼が問うと、拓実が口を開いた。
「いや。俺も貴寛も知ってるぞ」
 その言葉に貴寛が頷いた。
「生徒では俺ら二人だけだ。秘密厳守でな」
「一般の生徒は知らないってことだよね」
 樹里の質問に拓実と貴寛は「もちろん」と頷いた。
「そりゃ知らないだろ。俺、聞いてから口に出してないもん」
「俺もだよ」
「状況からして二人は犯人じゃないし。とりあえず、利用者名簿から調べた方が良さそうだな」
 晴樹の提案に全員頷いた。
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