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STAGE 2 事件? 2-2
CDを聞き終わると、再び雄治が声をかける。
「んじゃま、一曲やりますか」
それを合図に五人は楽器を持って、それぞれの配置に付いた。
「何やる?」
「そりゃ、あれしかないでしょ」
樹里の問いに雄治が答える。
「あれね」
「そう、あれ」
『あれ』が何なのか、五人以外は全く分からない。大体何故『あれ』で通じるのが不思議だ。
始まった曲は聞き覚えのある曲だった。この間も演奏していた曲。
「ブラックコーヒー」
沙耶華が突然呟いた。
「飲みたいのか?」
思わず晴樹が問うと、沙耶華は横に首を振った。
「違うわよ。曲のタイトル」
「そうなんだ」
晴樹が驚くと、沙耶華は呆れた。
「知らなかったの?」
「タイトル、初めて聞いた」
晴樹がそう返すと、沙耶華は溜息をついた。普通は曲を聴くと、タイトルも知りたくなると思うのだが、晴樹は違うのだろうか?
「でも何で『ブラックコーヒー』?」
「この曲のイメージがそうなんだってさ」
なんじゃそら、と晴樹は思った。
確か作曲は涼だったはずだ。樹里が聞いた曲のイメージがそうだったのだろうが、音楽に詳しくない晴樹にはよく分からなかった。
曲が終わると続けて違う曲を演奏した。今度は聞いたことがない。
「あれ? 新曲?」
「こないだ雄くんが書いた曲みたい」
晴樹の問いに沙耶華が答えた。そう言えば、テスト前に樹里に歌詞を付けてくれとCDを持参していたのを思い出した。
「沙耶は聞いたことあんのか?」
「うん。デモ段階の時だけどね」
「ふーん」
樹里と沙耶華は仲がいいから、自分の知らないところで二人は遊んでたりする。四六時中一緒にいると言っても過言ではない。
「何? 羨ましい?」
「は? 何が?」
沙耶華がニヤニヤと笑っている。思わず晴樹は眉根を寄せた。
「樹里のこと好きなんでしょ? 顔に書いてあるわよ」
晴樹の気持ちは沙耶華にはバレバレだった。ここで隠しても無駄だと悟った晴樹は観念した。
「ま、まーな。でもお前らは仲良すぎるんだよ」
「だって親友だもーん」
「ハイハイ。どうせ俺は幼馴染止まりですよ」
意地の悪い沙耶華の言い方に思わず幼稚園児のように返す。
「あら? そーとも限らないわよ?」
「え? どういう意味?」
沙耶華の期待を持たせる言葉に晴樹は引っ掛かった。
「ま、『成せば成る。成さねば成らぬ。何事も』ってね」
「何だよ、それ」
ことわざで返されても分からない。言われっぱなしで面白くない晴樹は、言い返すことにした。
「て言うか、お前はどうなんだよ」
「何が?」
晴樹の言葉に沙耶華が聞き返す。
「お前、貴寛のこと好きなんだろ?」
「なっ……!」
沙耶華は本気で驚いた。なぜ晴樹が知っているのか、分からなかったからだ。
「お前こそ顔に書いてあるぞ」
その反応が証拠、とでも言うように晴樹は言った。
「素直になれよ」
「うるさい」
沙耶華はそう言うと晴樹から離れた。
(ちょっと言い過ぎたか?)
思わぬ沙耶華の反応に、一人反省する晴樹だった。
翌日。思えばこの時から少しずつ異変が起こり始めていたのかもしれない。
「ハル。ここのセットの小道具知らね?」
突然、晴樹は劇の準備をしていたクラスメートに問われた。
「さぁ? 俺見てねーけど。お前がどっか置き忘れたんじゃないのか?」
そう言うと、クラスメートは首を傾げた。
「いやぁ? 俺、ここに置いといたハズなんだけどな」
彼は置いてあったと言う場所を指差した。
「昨日はあったのか?」
「うん」
昨日のことを思い出し、彼は頷く。晴樹も首を傾げた。
「おかしーな?」
「うーん。ま、もう一回捜してみるよ。サンキュ」
「おう」
だが結局捜していた小道具は見つからず、再び新しく作る羽目になった。
その数日後。この日のホームルームは劇の準備をすることになっていた。
晴樹は同じ大道具係のクラスメートと一緒に材料や衣装、セットを置いている空き教室のドアを開けた。
「ちょっと何だよ。これ!」
「どうかしたのか?」
教室の扉を開けた瞬間、クラスメートが叫んだ。後ろにいた晴樹が問うと、クラスメートは教室の中を指差した。
「見ろよ、これ」
「うわっ!」
見た瞬間、驚きのあまり晴樹は叫んだ。置いてあった衣装がボロボロにされていた。しかしこの教室には鍵がかかっておらず、誰がやったのかも分からない。
「ひでーな、これ」
晴樹はボロボロになっている衣装を拾い上げた。一緒に置いてあったセットや小道具には手をつけず、なぜか衣装だけがボロボロだった。
「一体誰が……?」
クラスメートが呟いた。同じように晴樹も疑問を口にする。
「何で衣装だけ……?」
「どうしたんだ?」
異変に気づいた恭一たちがやって来た。
「うわっ!」
「何だこれ?」
要や陽介もその惨状に眉間に皺を寄せる。
「おい。小道具とか大道具とか、なくなってるもんとかないか?」
恭一に聞かれ、みんなで調べ始めた。
「特になくなってるもんはないぞ」
一通り確認してみたが、特になくなっている物も、傷つけられている物もなかった。
「じゃあ、衣装だけやられたってことか?」
不思議に思った恭一は眉をひそめた。
「なぁ、特にベルの衣装だけが酷くないか?」
「そう言えば……」
晴樹の言葉にその場にいた全員がその現状に気づく。他の衣装はそうでもないのに、ベル役の樹里の衣装だけ、原型を留めていない状態だった。
「恨みを持っているヤツが犯人?」
陽介の呟きに、恭一が溜息をついた。
「そんなのいっぱいいるだろ? ベルになりたいって女子はたくさんいるんだから」
「そうだよな」
「実はそう見せかけて違うとか?」
晴樹が意見を言ってみると、四人にじっと見られた。
「……ち、違う……かな……?」
あまりにじーっと見られたので不安になる。
「何やってんの?」
なかなか戻って来ない晴樹たちの様子を見に、今度は樹里と沙耶華が入って来た。
「うわ。ひどーい!」
教室の中を覗いた沙耶華と樹里が同時に叫んだ。
「誰がこんなひどいこと……」
沙耶華は自分が作ったベルの衣装がボロボロにされていることに気づき、固まっていた。
「俺、先生呼んで来る」
最初に発見したクラスメートが職員室へ走って行った。
「ひどい……」
沙耶華は自分が作ったベルの衣装を手に取った。衣装と言うより布切れに近い状態だ。
「沙耶。あたしも手伝うからさ」
「いい!」
樹里の申し出をはっきりきっぱり断る。樹里の不器用さを沙耶華はとてもよーーーーく知っている。
しかしあまりにもはっきりきっぱり断ってしまったので、不自然だと思い、沙耶華は言い訳した。
「そ、それより樹里は台詞とか覚えなきゃいけないでしょ?」
「でも……」
それでも納得しない樹里に念押しする。
「大丈夫。これだって一人で作ったんだから。それに、本番までまだ時間はあるし」
「そう?」
心配そうな樹里に沙耶華は深く頷いた。樹里が手伝うとなれば、一人でするより余計に時間がかかりそうだ。まともに雑巾も作れない人が服なんて作れるわけない。
「あ、俺手伝うよ。上手くできるか分かんないけど」
恭一が申し出る。
「ホント?」
樹里の時と反応が違う沙耶華に、樹里はムッとした。
「恭一ばっかカッコつけんなよ。俺も手伝う」
「あ、二人ともずるい! 俺も手伝うよ」
恭一に便乗し、陽介と要も申し出た。
「ありがとう」
三人の申し出に沙耶華は嬉しそうに笑った。
校内で沙耶華の笑顔を見るのは珍しい。彼女は笑顔を樹里や晴樹など幼馴染以外になかなか見せることがないのだ。思わぬ沙耶華の笑顔に三人は少し照れている。
「沙耶ぁ? あたしの時と反応違わない?」
樹里が恨めしそうに見ている。
「そ、そんなことないよ。樹里はベル役で忙しいだろうし。ね?」
沙耶華は一生懸命取り繕った。そんな言い合いをしていると、ようやく担任がやってくる。
「ひどいな、これは」
担任は現場を見て一言呟いた。
そしてクラス全員が教室に集められた。担任が事情を話すとクラスは一気にざわついた。
「はい! 静かに! 犯人は誰だか分からないが、もしこの中にいるのなら、この後に私まで言いに来るように」
担任は『以上』と締めくくると、教室を出て行った。
「犯人が自首するわけねーじゃん」
「やる気ねーな」
担任が去った後も、クラスはざわついている。すると学級委員である貴寛が立ち上がった。
「犯人は誰か分からない。こんなことをされて悔しいよ。でも今は練習をするべきだと思う」
「仁科君の言う通りだわ!」
貴寛のファンの女子が賛同する。
そこでクラスの全員が劇の準備に戻ることにした。しかしなぜ台詞口調だったのかは未だに謎である。
教室の机を全部後ろに固め、劇の出演者たちはいつものように教室の前方で練習を始めた。そして大道具、小道具、衣装係は教室の後ろに集まったり、廊下に出て自分たちに割り当てられた仕事をこなしていた。
他のクラスは喫茶店やたこ焼き屋など飲食関係なので、晴樹たちほど忙しくはないにしても、やはり教室や廊下に材料を広げ、店作りをしていた。
「よお。ハル。どうだ? 樹里の様子」
隣のクラスの雄治が廊下にいた晴樹に声をかける。
「中で練習してるよ。でも本番まで楽しみは取っておいたほうがいいんじゃないか?」
そう言うと、雄治は「そうだな」と笑った。
「でもまさか樹里が劇に出るとは思わなかった。そこまで五人でやりたいとはな」
「うーん。やっぱ今年で最後だから諦めきれないんじゃないか? 五人揃ってのバンドだろ」
「さっすがハル。樹里のことは何でもお見通しだな」
雄治はニヤニヤしながら、肘で晴樹を小突いた。
「そんなことねーよ」
その時、どこで騒ぎを聞きつけたのか、拓実が現れた。
「ハル。大丈夫なのか?」
「ああ。生徒会長は流石に情報が早いな」
「何々?」
事情を知らない雄治が聞いてきたので、晴樹はさっきの出来事を二人に話した。
「衣装……だけ?」
「そ。数日前は小道具がなくなったんだ。それは誰かがどこかに置き忘れてきたんだろってぐらいにしか考えてなかったんだけどさ。今回は衣装だけがボロボロにされてたからさ……」
「明らかに犯人が誰かいるってことだもんな」
拓実の言葉に晴樹は頷いた。
「犯人っつってもさ、教室には鍵かかってなかったんだろ? 全校生徒が容疑者じゃん」
「そうなんだよな」
事情を横で聞いていた雄治が言うと、晴樹はお手上げのポーズをした。
「そういや沙耶が樹里の衣装作ってたんだよな?」
拓実が質問をすると、晴樹は頷いた。
「うん。作り直すってさ」
「一人で?」
「いや。あの三人組が助っ人するって言ってた」
晴樹が指差した教室の中で四人が話しているのが見えた。その光景に、拓実と雄治は驚く。
「……珍しいもん見た」
「ほんとだ」
沙耶華は中学の時にイジメに遭ってから、樹里や晴樹といった幼馴染は別にして、あまり人と接さなくなった。
「沙耶もあの三人にはようやく心開きかけたんじゃねーかな?」
「いい兆候だ」
晴樹の言葉に拓実が嬉しそうに笑った。
「お、樹里。ハマってんじゃん」
衣装を着てはいないが役になりきっている樹里が視界に入る。
「こら! 雄治! サボんな!」
「げっ」
クラスメートに見つかった雄治は自分のクラスへと連行された。
「俺もクラス戻るよ。何かあったら、また言ってくれ」
「分かった」
そうして拓実も自分のクラスへ戻って行った。
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