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STAGE 2 事件? 2-1
それから樹里の忙しい日々が始まった。放課後は劇の練習に出ているため、バンドでの練習がほとんどできなくなっていた。
いくら貴寛が言い出したこととはいえ、樹里に嫉妬を燃やす女子たちも少なからずいた。
特に貴寛のファンクラブの女子たちは、樹里のことを快く思っていない。しかも衣装係にその女子たちが集中していたため、ここぞとばかりに樹里に嫌がらせをした。しかし樹里は全く負けていなかった。
例えば彼女たちはわざと寸法をきつめに衣装を作り、「太ったんじゃない?」と嫌味を言う。
すると樹里は「そうね。また胸が大きくなったのかしら?」とか「昨日貴寛がおいしいケーキごちそうしてくれたから」と、言い返していた。
もちろん彼女たちがわざとやっているのは、他から見ても一目瞭然だったので、樹里の衣装は沙耶華が担当することになった。
「樹里。あんまり煽らない方がいんじゃない?」
「言われたら言い返さなきゃ。向こうが図に乗るだけだもん」
樹里のその返答に、沙耶華は曖昧な笑顔を浮かべた。
「強いね。樹里は」
「沙耶……」
沙耶華は一拍間を置き、顔を上げた。
「ほら、樹里。リハするみたいだよ」
「……うん」
樹里は沙耶華を気にしながらもリハの準備に取り掛かった。
「沙耶。お前もしかして……」
その様子を見ていた晴樹は心配になり声を掛けた。
「あれ? ハル。まだいたの? ダンスの練習行ったんじゃなかったの?」
突然現れた晴樹に沙耶華は何事もなかったかのように返す。
「お前、まさかまだあのこと……」
「だらしないよね。もう二年も前の話なのに」
沙耶華は自嘲した。
「だらしなくは……ないけど……さ」
こういう時、どう言えばいいか分からない。
「ごめん。変なこと思い出させて。もうあんま気にすんなよ。なっ」
晴樹は沙耶華の肩をポンッと叩いた。
「うん。ありがと」
「ハル。練習行くぞ」
「おう。じゃーな」
恭一に呼ばれた晴樹は、教室を後にした。
その頃、バンドメンバーは、だれきっていた。
「あー。今日も樹里来ねーのかよ」
トランプを投げ出して雄治が叫んだ。
「しょうがないだろ。条件、樹里が勝手に受けちまったんだから」
その場にいなかった涼が腑に落ちないとぼやく。
「おーい。次、虎太郎の番だぞ」
雄治に促され、虎太郎は手持ちカードを出した。
「虎太郎もつまらないんだな。樹里も沙耶もいねーから」
虎太郎の気持ちを察した拓実がそう言うと、虎太郎が頷いた。
「様子、見に行ってみるべ?」
雄治が提案すると拓実に却下される。
「ダメだって樹里に言われてるだろ?」
どうやら演技をしている姿をメンバーに見られるのは恥ずかしいらしい。
「そりゃそうだけどさ。虎太郎は同じクラスだろ? 虎太郎を盾に行ったら?」
「ボクもダメだって」
「何で?」
意外な答えに雄治が噛みつきそうな勢いで聞き返す。
「ハズカシイって」
「ったくー」
雄二は溜息交じりに言った。
「勝手だよな。何も一人で抱え込まなくていいのに」
涼は腹立たしいのか、机を殴るようにカードを出した。拓実も頷く。
「貴寛の魂胆が丸分かりな分、余計腹立つしな」
要するに樹里を相手役にしたかったのだ。そのためにわざと条件をつけて参加させたのだろう。
「頭いいと言うか、ずる賢いと言うか……」
「結局こっちの練習できなくなってんじゃん。これじゃ五人で出るどころか、全然出れねんじゃねーか?」
雄治の言い分はもっともだった。このままでは本当にバンドコンテストの参加自体が怪しくなってきた。
「ちぃーっす」
突然教室の扉が開いた。四人は扉に目を向ける。
「なんだ。ハルかよ」
淡い期待を抱いていた雄治が溜息をついた。
「なんだとは何だよ」
「どうしたんだ?」
喧嘩になると予想した拓実が話題を逸らす。
「雨降ってきたからさ。外で練習できなくなっちまって」
「雨宿りってワケか」
「そうそう」
晴樹の後ろから恭一、要、陽介が「お邪魔します」と入ってくる。
「ハル。樹里の様子、どうなんだ?」
気になった拓実が問う。
「女子どもの嫌がらせを物ともせず、嫌味返ししてる」
「……分かったような。分からんような」
雄二が首を傾げた。
「要するに負けてないってことか」
「そう」
拓実の言葉に晴樹は頷いた。
「劇って何やるんだっけ?」
「美女と野獣」
「……貴寛、野獣の役、よく引き受けたな」
拓実が言うと、晴樹は呆れながら返した。
「魔法が解けたとき、美形であることが条件ってのを知ってたからな」
そう言うと全員が納得した。貴寛の天然ナルシストぶりはよーく知っている。
「樹里の出番が多いってことは、台詞も多いと……」
「しかもなぜかミュージカルなんだよな」
晴樹はそう言いながら、置いてあったジュースを勝手に紙コップに入れて飲み始めた。他の三人にも入れる。
「ミュージカル?」
「歌って踊るのか?」
「まー、そんなとこ」
口々に聞かれ、晴樹はめんどくさそうに答えた。
「曲とかは? 誰かが作ってんのか?」
「んなワケねーじゃん。ディズニーのだよ」
「やっぱりな」
晴樹の言葉に拓実が笑いながら頷いた。
「つっても、三十分くらいに抑えた短縮バージョンだし」
「流石に二時間もは上演できないしな」
陽介の言葉に要が付け足す。
「それに歌とダンス、両方できる人ってなかなかいないからな」
恭一が言うと、陽介が思い出す。
「そうそう。それでもこないだある女子がキレてさ。『納得行かない』とか言い出して、もう一回オーディションすることんなって……」
「で、結局大差で樹里ちゃんに決まったんだ」
陽介の言葉を要が引き継いだ。
「ほー。大変だーね。ハルのクラス」
他人事の雄治がノンキに言う。
「そう言う雄治んとこは何すんだ?」
「おいらんとこはたこ焼き屋」
「いーなー。そう言うオーソドックスな方が楽でいいよな」
晴樹たちは心底羨ましがった。一応拓実にも聞いてみる。
「拓実んとこは?」
「喫茶店」
やはりありきたりな答えに、再び羨ましくなった。
「喫茶店か。やっぱそういう方がいいよな」
「いや。そんなに甘くないぞ」
「へ?」
拓実が頭を抱える。
「ああ。こいつんとこ、女装喫茶」
どこで情報を仕入れたのか、涼が代わりに答えた。
「女装……?」
晴樹が聞き返すと、拓実は両手で顔を覆ったまま、こくんと頷いた。
「マジでぇ?」
「マジで」
聞き返すと拓実は嫌そうに肯定した。
「え? 拓実、女装するの?」
急に女の子の声がしたので、全員が驚き、声のした方に顔を向ける。教室の入り口に樹里と沙耶華が立っていた。
「樹里! 沙耶! 劇の練習してたんじゃ……」
一番聞かれたくなかった二人に聞かれ、拓実の顔が引き攣る。
「今日は早めに終わったの。で、本当なの? 拓実。女装するの?」
樹里はとっても楽しそうだった。
「女装するなら、メイクしてあげる。拓実、絶対かわいくなるよ」
沙耶華が妙にワクワクしている。
「いや。俺は女装しないから」
はっきりきっぱり言うと、二人はつまらなさそうにした。
「えー。何でぇ?」
「俺は主に生徒会の方に回るから、クラスの方は裏方しかやんねーの」
その言い訳は樹里も沙耶華も腑に落ちなかった。
「えー? 貴寛は思いっきりクラスの方出てるよ?」
「それは貴寛の勝手だろ? 俺は生徒会長だしな」
拓実が強くきっぱりそう言うと、二人は声を揃えた。
「つまんないのぉー」
「あのなぁ」
二人の反応に拓実は頭を抱える。
「拓実なら絶対美人さんだと思うなぁ」
「あ、沙耶。今やっちゃえば?」
「そっかぁ」
「おい! やめろって!」
勝手に話を進める二人に拓実がツッコむ。
「さーてと。折角五人揃ったし、さっそく音合わせようぜ」
このままコントが続きそうなので、雄治が伸びをしながら話題を変える。
「そうだね。あ、そうそう。ハイ。これ」
「何?」
樹里は思い出したように恭一にCDを渡した。
「頼まれてたダンスの曲。虎太郎が仕上げてくれたの」
その言葉を聞き、ダンス組の四人の顔が驚きに変わる。
「うわっ! マジで? ありがとう! 聞いてもいい?」
「どぞどぞ。ラジカセがそこにあるから」
樹里が指さした方向にCDラジカセがあった。恭一は早速CDをセットし、再生してみる。
「すっげ。かっけー!」
イントロを聞いた瞬間、恭一たちが叫んだ。
「樹里。いつの間に……」
今までそんな時間なかったハズだ。劇の練習に時間を取られ、家では両親がいない分の家事をこなしているのだ。曲を作るなどと言う時間はなかった、と思う。
「大体はすぐできたんだけどね。結局虎太郎に助けてもらっちゃった」
「にしてもよくできたよな。ダンス用の曲って言うか、インストって初めてじゃね?」
何故か雄治が後ろから樹里に抱きついてみるが、樹里は別に振り払うわけでもない。その光景はまるで兄妹だ。
「うん。だって恭一くんとハルから大体のリズムとかどんな雰囲気がいいかとか聞いてたからね」
「そっか」
何事もないように話す二人を見て、樹里に思いを寄せているダンス組四人は心底雄治が羨ましかった。
「ん? 恭一くん?」
恭一のことを名字ではなく名前で呼んだことに、晴樹が気づく。この間まで名字で呼んでいたのに。
「あ、だって友達なのにいつまでも名字で呼ぶのは変かなーと思って」
「良かったな。樹里に友達として認定されたぞ」
涼が三人の肩を順番に叩いた。
「そういや樹里は友達だと思ってないと名前では呼ばないもんな」
雄治は過去を振り返った。樹里が名前で呼ぶ人間はそういない。
「あ、踊りにくかったら言ってね。アレンジ変えてみるから」
「うん」
名前で呼ばれたのがよっぽど嬉しかったのか、恭一は満面の笑みで答えた。
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